粕谷 紀子(かすや のりこ、1952年〈昭和27年〉11月1… 粕谷 紀子(かすや のりこ、1952年〈昭和27年〉11月19日 - )は、日本の漫画家。東京都大田区出身。 1975年、『夜明け』が『週刊少女コミック』4月20日号(小学館)に掲載されデビュー。代表作にいずれもテレビドラマ化された『離婚予定日』(2004年放送)、『私はシャドウ』(2011年放送)など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ:漫画家)。
ますむら ひろし(本名、増村 博、1952年(昭和27年)1… ますむら ひろし(本名、増村 博、1952年(昭和27年)10月23日 - )は、日本の男性漫画家。山形県米沢市出身。山形県立米沢興譲館高等学校卒後、東京デザイナー学院二部商業デザイン科[要出典]卒業。 横尾忠則、伊坂芳太良に憧れてイラストレーターを志し、1971年に上京しデザイン学校に通った。 1973年に21歳でに本名の「増村博」名義で賞金目当てに応募した『霧にむせぶ夜』が第5回手塚賞に準入選。 その後『ガロ』誌に作品を発表。1975年からしばらく青林堂に入社して働いていたこともある。『マンガ少年』誌で「ますむらひろしのファンタジーゾーン」(単行本『アタゴオル物語』収録作品およびSF作品の短編)シリーズを発表。
三原 順(みはら じゅん、本名:鈴木 順子、1952年(昭和… 三原 順(みはら じゅん、本名:鈴木 順子、1952年(昭和27年)10月7日 - 1995年(平成7年)3月20日)は、日本の漫画家。北海道札幌市出身。世の中にある問題を尖鋭的に書き続けた。42歳で病没。 三原順のペンネームは、ファンであったグループサウンズバンド「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」のギタリスト・ボーカリスト三原綱木にちなむ。また、生前は当人の意向により本名等は一切公表されていなかった。 中学時代からマンガを描き始め、高校時代から、別冊マーガレット(以下、「別マ」という。)まんがスクールに応募を始めた。そこで「別マまんがスクール」始まって以来の問題児と呼ばれたのが、三原順である。
白山 宣之(しらやま のぶゆき、1952年8月25日 - 2… 白山 宣之(しらやま のぶゆき、1952年8月25日 - 2012年4月8日)は、日本の漫画家。長崎県雲仙市吾妻町出身。 長崎県雲仙市吾妻町で生まれる。幼稚園のときに一家で上京し、目黒区立大岡山小学校に入学。その後、江ノ島、吾妻町、福岡と各地を転々とする。 福岡大学附属大濠高等学校卒業後上京。宮谷一彦、みやわき心太郎に師事。 1974年、『ガロ』 (青林堂)でデビュー。その後は青年誌を中心に寡作ではあったが短編漫画を執筆する。 2012年4月8日、病没。 同じニューウェーブ世代の漫画家とは親交が深く、大友克洋や山本おさむと共作を発表したこともある。
白 六郎(はく ろくろう、1952年8月20日 - )は、日… 白 六郎(はく ろくろう、1952年8月20日 - )は、日本の漫画家・アニメーター。本名は蒲原 直樹(かもはら なおき)。一部の作品は本名で発表している。佐賀県出身、血液型はO型。 法政大学二部(夜間部)在学中に、ダイナミックプロに入社した。アシスタントとして働きながら書いた『北国の母』(増刊ジャンプ)、『山猫先生』(月刊ジャンプ)で漫画家デビュー。同プロにて『Xボンバー』、『UFOロボ グレンダイザー』のコミカライズのほか、秋田書店を中心に『紳助竜介物語』『松村和子物語』などの芸能人の紹介漫画や、『特装騎兵ドルバック』『マッドマシン(未放映)』など、アニメ作品の漫画化を行う。 1988年(昭和63年)に新興出版より出版された『漫画・日の丸君が代』のために白 六郎のペンネームを使用。
堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952… 堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952年7月30日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐世保市出身、長崎県立佐世保北高等学校、立教大学卒業。福岡県福岡市在住。 デビューは『別冊マーガレット』誌で、当時のペンネームは本名の「すえつぐ なおと」であった。その後、「堀田かつひこ」に改名。雑誌に発表した『オバタリアン』は庶民的なおばさん世代を風刺した漫画として人気を集め、タイトルは流行語にまでなった。そのことから、「おばさんウォッチャー」としてマスコミに専門家として紹介されたことがある。 新聞でも産経新聞夕刊に「カボスさん」(1990年~95年)を連載。中日新聞や東京新聞、西日本新聞、北海道新聞などブロック紙3社連合に属する地方紙にも『主婦コー座』という漫画エッセイを執筆した。
六田 登(ろくだ のぼる、1952年〈昭和27年〉7月23日… 六田 登(ろくだ のぼる、1952年〈昭和27年〉7月23日 - )は、日本の漫画家、同人作家、京都精華大学特任教授。男性。大阪府八尾市出身。 高校時代はアストロ作画会や作画グループで同人活動を行っていた。 1971年、19歳で漫画家を目指し、ヒッチハイクで上京。初めはルポイラストや単行本の企画・構成をする。その後、ろくだのぼ〜る名義で、御厨さと美と共に『小学六年生』(小学館)の読者ページ『ハロー6ワイドショー』にて活躍。 1978年、『最終テスト』が第1回小学館新人コミック大賞佳作となり、漫画家としてデビューした。その後は『週刊少年サンデー』などで『ダッシュ勝平』や『その名もあがろう』などの少年向けギャグ漫画を発表。
村生 ミオ(むらお ミオ、本名:村井 幹生(むらい みきお)… 村生 ミオ(むらお ミオ、本名:村井 幹生(むらい みきお)、1952年4月28日 - 2022年4月16日)は、日本の漫画家。男性。徳島県徳島市出身。 遺作となった『奴隷先生』は作画担当の友野ヒロが原作も引き継いで執筆、『闇に抱かれる女』は連載開始前に20話近くの原稿を描き溜めていた。
伊東 愛子(いとう あいこ、1952年〈昭和27年〉4月27… 伊東 愛子(いとう あいこ、1952年〈昭和27年〉4月27日 - )は、日本の漫画家。出生地:東京都新宿区四谷。明正高(現・東京都立芦花高等学校)卒業。1991年頃より『いとうあいこ』名義でも作品発表している。 1972年に週刊セブンティーン漫画賞(第2席)を受賞。デビュー作は『風にのったミオ』(『週刊セブンティーン』1973年3月27日号・第11号 / 集英社掲載)で「ポスト24年組」の一人。デビューまで1年半ほど竹宮惠子のアシスタントをしていた。主として、生活に密着した日常的な作品を描く。しばらくセブンティーン誌で活動するが、出版界の紙不足によりしばらく仕事のない状態が続いたという。 代表作に『良くんの春』に始まる「良くんシリーズ」、学園漫画『先生に異議あり!』、『タッチマイ♥ハート』、『ザ・ウームズ・アイズ(子宮の目)』、『ナーヴァスなあの娘(ベイビー)』など。
荒 正義(あら まさよし、1952年4月12日 - )は、日… 荒 正義(あら まさよし、1952年4月12日 - )は、日本プロ麻雀連盟に所属する競技麻雀のプロ雀士、エッセイスト、漫画原作者。北海道常呂郡留辺蘂町出身(現在は北見市と合併)。現在、日本プロ麻雀連盟副会長。同団体内での段位は九段。 テレビ対局などにおけるキャッチフレーズは「精密機械」、「北海の荒法師」、「最後の裏プロ」。趣味は囲碁でアマチュア七段。 18歳で上京し、23歳でプロ入りを果たす。そのことについて2013年の著書で「それが好いことなのか、能力が乏しいのかいまだにわからない」と述べている。 1976年、最高位戦第一期新人王。 1977年、王位戦優勝。 1981年、麻雀連盟設立、加盟。 1991年、第8期鳳凰戦優勝。
竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 -… 竹村 よしひこ(たけむら よしひこ、1952年4月10日 - )は、日本の漫画家。高知県南国市出身。高知県立高知工業高等学校建築科卒。本名は竹村芳彦。 寺田ヒロオ、藤子不二雄、一峰大二などのアシスタントを経て、1975年「ろぼっ子ビートン」(てれびくん連載)でデビュー。80、90年代は少年誌で活躍していた。現在は故郷の高知県で暮らしている。 趣味はドライブ、映画鑑賞。
佐伯 かよの(さえき かよの、本名:新谷 佳代乃(しんたに … 佐伯 かよの(さえき かよの、本名:新谷 佳代乃(しんたに かよの)、女性、1952年3月30日 - 2021年8月29日)は、日本の漫画家。山口県萩市出身。山口県立萩高等学校卒業。夫は『エリア88』等の作品で知られる漫画家の新谷かおる。新谷との娘に女優の新谷摩乃がいる。 代表作に『スマッシュ!メグ』、『口紅コンバット』、『燁姫(あきひ)』、『緋の稜線』など多数。 1972年にりぼん漫画賞佳作入選。同年、『りぼん春の増刊号』に掲載された「世界一幸福な男の話」でデビュー。 1973年に、同じく『りぼん』にて受賞歴のある新谷かおると結婚。 1980年、『少女コミック』で「スマッシュ!メグ」の連載を開始。
内山 亜紀(うちやま あき、1952年2月29日 - )は、… 内山 亜紀(うちやま あき、1952年2月29日 - )は、日本の漫画家。 東京都板橋区出身。本名の野口 正之名義で作品を発表していた時期もある。ロリコン漫画を描くことで知られる。 東京デザイナー学院卒業後、会社勤務を経て『まんぱコミック』1977年6月号に掲載された『怪人豊島区巣鴨にのくのにじゅうはち』(野口正之名義)で漫画家デビュー。最初期は吾妻ひでおタッチだったが、三流劇画誌で再デビュー以降は劇画タッチの標準的な成人漫画も描いていた。やがて内山亜紀名義でロリコン漫画を描き始めて人気を博したが、注文が来たので描いていただけで、当初はロリコンという言葉すら知らなかったという。意識して描くようになったのは、みのり書房の『月刊OUT』『月刊Peke』に作品を発表し始めた1979年頃からのことである。
伊賀 和洋(いが かずひろ、1952年2月28日 - )は、… 伊賀 和洋(いが かずひろ、1952年2月28日 - )は、日本の漫画家。 1952年生まれ、山形県南陽市出身。高校卒業後の1970年、さいとう・たかをプロダクションに入社。劇画の手ほどきを受ける。1972年に小池一夫主宰のスタジオ・シップ(現・小池書院)に移り、数々の作品を発表。 初期のペンネームは伊賀一洋。小池一夫の原作で、『槓聴(カンテン)の女』(「週刊現代」1976年8月)、『筒子裸五面待(トンズラゴメンチャン)』(「週刊サンケイ」1976年8月)などの麻雀漫画を執筆した。 2025年、南陽市立結城豊太郎記念館にて、企画展「劇画の魂を受け継ぐ人・漫画家伊賀和洋の世界」が開催された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
鈴賀 レニ(すずか レニ、1952年2月19日 - )は、日… 鈴賀 レニ(すずか レニ、1952年2月19日 - )は、日本の漫画家。本名は村中 志津枝(むらなか しずえ)。広島県大竹市出身。鈴賀 れにと表記する場合もある。 幼少のころは近所友達と虫取り、チャンバラごっこをしていた。その頃に漫画にはまり小学生、中学生時代から漫画雑誌をよく読むようになった。高校時代の雑誌への漫画投稿を経て、1972年に講談社の『なかよし増刊』に『ダイアナの湖』でデビュー。1年後に上京した。1980年代には小学館の学年誌などで作品を発表していた。中国語が好きで北京に留学もして1993年に日本語教師として香港に行った。1994年から2001年にかけて香港漫画出版社に勤務した。代表作は『ミキとアキ』。
福谷 たかし(ふくたに たかし、1952年2月4日 - 20… 福谷 たかし(ふくたに たかし、1952年2月4日 - 2000年9月9日)は、日本の漫画家。本名、福谷 宜史(ふくたに たかひさ)。岡山県西大寺市(現・岡山市東区)西大寺出身、岡山市立西大寺小学校、岡山市立西大寺中学校卒。広島工業大学附属工業高校デザイン科中退。 幼いころ両親が離婚し、予科練出身の厳格な父と継母に育てられる。2歳下の妹がいたが、そちらは実母に引き取られた。小学生時代に西大寺在住だったベル・串田を訪ねて自作の漫画を見てもらうなど、当時から漫画好きだった。高校では一時期暴走族に入り、バイクでの飲酒運転や人身事故を起こすなど素行が悪く、1年生の終わりには悪友との窃盗事件で退学処分を受ける。
中島 昌利(なかじま まさとし、1952年1月22日 - )… 中島 昌利(なかじま まさとし、1952年1月22日 - )は、日本の漫画家。東京都葛飾区出身。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 200… 鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 2008年1月12日頃、本名:鴨澤祐仁)は、日本の漫画家、イラストレーター。岩手県北上市出身。岩手大学教育学部特設美術科中退。 別ペンネームに鴨沢ユージ、鴨沢祐二、カモノハシ悠次郎があり、“祐”の表記がころもへんにみぎのため、鴨沢“裕仁”と誤記されることも多い。一時期「かもざわゆうじ」と称していたこともある。鴨沢佑二という表記も見られるが、本人があえて使っていたのか、誤記なのか不明。雅号としては鴨葱堂も使用している。 1971年『黒の手帖』誌上にて、「珍奇版 愛の絵本」でイラストデビュー。1975年マンガ雑誌『ガロ』4月号にて『クシー君の発明』でマンガ家デビュー。
よつや 渚(よつや なぎさ、1952年 - )は、日本の漫画… よつや 渚(よつや なぎさ、1952年 - )は、日本の漫画家。本名は四柳 慎一(よつやなぎ しんいち)。 1952年千葉県生まれ。1974年3月千葉商科大学商経学部卒業。1974年4月株式会社千葉銀行入行。同行に22年間勤務後、1996年7月に漫画家へ転業。株式会社近代セールス社の発行誌を中心に執筆活動中。
みやぞえ 郁雄(みやぞえ いくお、1952年 - )は、佐賀… みやぞえ 郁雄(みやぞえ いくお、1952年 - )は、佐賀県唐津市出身の漫画家。別名義にみやぞえ郁也、宮添育男、宮添郁雄、宮添いくお。 手塚治虫のアシスタントを経て、1972年、「正義を愛する者 月光仮面」のコミカライズでデビュー。
山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )… 山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の映画監督、映像作家、美術家、漫画家。北海道夕張郡長沼町出身。 1974年(昭和49年)、北海道綜合美術専門学校(現北海道芸術デザイン専門学校)を卒業し、演劇実験室天井桟敷に入団。寺山修司監督『田園に死す』の疑景工作を担う。その後も、寺山修司の映画『ボクサー』(1977年)、『草迷宮』(1979年)、『さらば箱舟』(1984年)の美術や衣装デザインを担当している。 1977年(昭和52年)、札幌にて漫画家・湊谷夢吉らと「銀河画報社映画倶楽部」を結成。稲垣足穂の「一千一夜物語」をモチーフとした8ミリ映画の第一作『スバルの夜』(1977年)が、オフシアター・フィルムフェスティバル'79(後のぴあフィルムフェスティバル)に入選。
おだ 辰夫(おだ たつお、1952年 - )は、広島県三次市… おだ 辰夫(おだ たつお、1952年 - )は、広島県三次市出身の漫画家。 1969年、『フクメンくん』(週刊少年ジャンプ)でデビュー。 作中では、登場人物が全速力で走り抜ける時、コマの中で自身の姓にあやかった「おだだだだだだ…」という擬音が出るのが特徴(外部リンク参照)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
ひきの 真二(ひきの しんじ、1952年 - )は、日本の漫… ひきの 真二(ひきの しんじ、1952年 - )は、日本の漫画家。男性。大阪府八尾市出身。 1979年よりひきちん名義で、小学館の学年別学習雑誌である『小学四年生』の読者ページ「とびだせ 小4ランド」・「ひきちんのおせっかい広場」などで活躍する(1982年3月まで)。 1980年に「サマーライダー」により第8回小学館新人コミック大賞青年部門で佳作を受賞する。 1981年、『ビッグコミックスピリッツ』掲載の「みんな元気か!」で連載デビューし、小学館の児童向け雑誌に舞台を移し、オリジナル作品をいくつか掲載する。その後、NHK特番をコミック化した学習漫画を何冊も手がける。 初期の児童向け作品及びコンビニで働く若夫婦を主題にした『ドラマ新婚さん』は原作無しの作品であるが、他はほとんどが原作付き作品である。
コンタロウ(本名:高階 光幸(たかしな みつゆき)、1951… コンタロウ(本名:高階 光幸(たかしな みつゆき)、1951年12月11日 - )は、日本の漫画家。兵庫県養父市出身。兵庫県立八鹿高等学校から岡山大学薬学部を経て、1977年、千葉大学工学部印刷工学科卒業。 1974年、大学在学中に『週刊少年ジャンプ』(集英社)のヤングジャンプ賞に『先生の日』が佳作入選。翌年の1975年、同じく『週刊少年ジャンプ』にて開催された赤塚賞に、応募した作品『父帰る!!』が入選し、同作品が掲載された後、『友情学園』で連載デビューする。 趣味は蕎麦打ち。プロレスに造詣が深く、プロレスをテーマにした作品も数多く発表している。子息は映像作家の高階匠。姪はシンガーソングライターのさぁさで、MVのコラボも行っている。
ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫… ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、エッセイスト、俳優。京都府京都市出身。本名は久内道夫。1976年に、『パースペクティブ・キッド』が「ガロ」の新人賞に入選し、以後は同誌を中心に漫画作品を発表した。作画には製図ペンを用いる。『理髪店主の悲しみ』は2002年に映画化された。また、俳優として笑殺軍団リリパットアーミーや、映画・CMなどに出演している。
原田 久仁信(はらだ くにちか、1951年〈昭和26年〉11… 原田 久仁信(はらだ くにちか、1951年〈昭和26年〉11月3日 - 2025年〈令和7年〉5月7日)は、日本の漫画家。妻がいる。 福岡県福岡市出身、1959年・小学2年で諸事情により静岡県熱海市の叔父のもとに2歳下の妹と共に預けられ育つ。 1970年、静岡県立熱海高等学校卒業後、東京に上京。漫画制作の際のファッションセンスを磨き勉強したいと考え、一旦はアパレル企業(株式会社ジュン)に就職しデザイン室で働くも1年で自ら退職し、漫画家を目指しながら数年間様々なアルバイト生活を過ごす。伊豆諸島・新島でのひと夏のアルバイト経験により、新島の伝説をモチーフに初めて完成させた短編『ビッグ・ウェーブ』が第1回『小学館新人コミック大賞・少年まんが部門(1977年上期)入選第2席』を受賞。
いまい かおる(1951年9月22日 - )は、日本の漫画家… いまい かおる(1951年9月22日 - )は、日本の漫画家。東京都荒川区出身。出身校は第二瑞光小学校。女性。本名は今井薫。兄弟は、兄、弟。 もともと漫画を描くことが大好きな少女で、漫画好きの兄愛読書の「少年サンデー」「少年マガジン」などを見ているうちに漫画が好きになった。「物心ついたときから、女の子やお姫さまのいたずら描きをしていました。小学校入学時には、生活の一部になっていました。ノート、本の余白なんかに描きましたね」 中学生時代より、鈴木光明が主催し顧問をしていた漫画同人誌に参加をしていた。高校卒業後三越の紳士靴売り場に就職し、その在職中に新人発掘用単行本に採用掲載された「アニキの初恋」が漫画家としてのデビュー作となった。
眉月 はるな(まゆづき はるな、1951年9月12日 - )… 眉月 はるな(まゆづき はるな、1951年9月12日 - )は、日本の漫画家・アニメーター。愛媛県宇和島市出身。 1967年に上京し、荘司としおに師事。1969年、少年画報(少年画報社)よりデビュー。1970年、週刊少年ジャンプに初の連載『アニマル球場』を発表。その後も同誌に作品を幾つか連載・掲載する。1971年1月、『セブン・グループ』の仲間とともに『セブン・プロダクション』を設立。アニメーターとしては東京ムービー作品の動画を手掛けている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
いしい ひさいち(本名石井壽一、男性、1951年(昭和26年… いしい ひさいち(本名石井壽一、男性、1951年(昭和26年)9月2日 - )は、日本の漫画家である。最長期作品はののちゃん、代表作はがんばれ!!タブチくん!!である。編集プロダクション「チャンネルゼロ」監査役。
飯田 耕一郎(いいだ こういちろう、1951年8月24日 -… 飯田 耕一郎(いいだ こういちろう、1951年8月24日 - 2026年2月25日)は、日本の漫画家、漫画評論家。京都府京都市左京区出身。 1969年2月、「奇人クラブ」(村岡栄一、岡田史子、つか絵夢子らを輩出した同人会)に入会。1970年に虫プロ商事「COM」への持ち込みを経て、社員として入社。その後、同社「ファニー」、芸文社「コミックVAN」の編集者を経て漫画家になる(「COMコミックス」1972年4・5月合併号(虫プロ商事)掲載「けだるい時」でデビュー)。以後、三流劇画誌やニューウェーブコミック誌を中心に活躍。一時期には雑誌『相撲』で現役力士の伝記漫画も描いた。また、創作者として漫画を描きつつ、同時に漫画評論活動も行った。
押井 守(おしい まもる、1951年8月8日 - )は、日本… 押井 守(おしい まもる、1951年8月8日 - )は、日本の映画監督、アニメーション演出家、小説家、脚本家、漫画原作者、劇作家、ゲームクリエイター。東京大学大学院特任教授、東京経済大学客員教授などとしても活動している。2021年時点は静岡県熱海市在住。 東京都大田区大森出身。東京都立小山台高等学校、東京学芸大学教育学部美術教育学科卒。静岡県熱海市在住。2008年度から2009年度まで東京経済大学コミュニケーション学部の客員教授を務めた。 2017年時点で日本SF作家クラブ会員だったが、2024年6月時点の会員名簿には名前がない。 日本のアニメーション監督で、世界三大映画祭すべてに出品したことがある唯一の監督である(2018年現在)。
竹内 オサム(たけうち おさむ、1951年7月1日- 、本名… 竹内 オサム(たけうち おさむ、1951年7月1日- 、本名・竹内長武)は、日本の漫画研究家、漫画家、同志社大学社会学部名誉教授。日本児童文学学会、日本マンガ学会、各会員。 専門は児童文化とマンガ史である。とりわけ戦前のマンガ史と手塚治虫研究の分野に業績が多い。 大阪府出身。大阪教育大学大学院修士課程修了。大阪国際女子大学教授、同志社大学文学部教授を経て、社会学部メディア学科教授。2022年定年退職、名誉教授。 大学時代はマンガ家をめざし、村上知彦、雑賀陽平、高宮成河、亜庭じゅんらとマンガ創作誌『空飛ぶまんが アップル・コア』に参加する。同時に、1970年代後半から子ども漫画の研究活動を開始。日本における本格的な漫画研究の分野の樹立を目指した。
あや 秀夫(あや ひでお、本名:源田 秀夫、1951年6月2… あや 秀夫(あや ひでお、本名:源田 秀夫、1951年6月28日 - )は、日本の漫画家。 北海道北見市出身。18歳から23歳までアニメ制作会社タツノコプロに勤務をしながら、小学館の学習雑誌に同社のコミカライズ作品を執筆。1976年、『ラブリーフレンド』5月号掲載の「ぼく 未久!」で本格デビュー(源田秀夫名義)。1977年に、『九回裏に向かって走れ』が『マンガ少年』の新人漫画賞を受賞し2月号に掲載される(源田秀夫名義)。さらに1978年、小学館新人コミック大賞に、『ぼくのサヨナラヒット』が2席入選。同年『週刊少年サンデー』誌上で連載された『ヒット・エンド・ラン』で人気を集める。その他の代表作には、『風の伝説』などがある。
村上 もとか(むらかみ もとか、本名:村上 紀香、1951年… 村上 もとか(むらかみ もとか、本名:村上 紀香、1951年6月3日 - )は、日本の漫画家。東京都世田谷区出身、練馬区在住。男性。息子は声優の村上紀生。 父親が映画会社の美術部に勤務していたこともあり、幼い頃から絵に親しみ、少年時代にはプラモデルの箱絵の戦車や飛行機を描く日々を送った。また近所の女の子の家にあった少女漫画雑誌で「フイチンさん」を読み、満州への憧れを持つなど後の作風に繋がる影響を受ける。当初は小説の挿絵画家を目指すも、1960年代の漫画の隆盛を機に漫画に興味が移り、高校時代に手塚治虫が創刊した漫画雑誌『COM』の影響を受け、本格的に漫画家を目指すようになった。 神奈川県立大和高等学校卒業後は建築製図の職業訓練校に進むも中退し、近くに住んでいた漫画家の望月あきらのもとに押しかけ無理やりアシスタントにしてもらったが、半年後事情があってアシスタントチームが解散になり、そこから雑誌に漫画を投稿する日々を過ごした[リンク切れ]。
かとう ひろし(本名および旧名:加藤 広司、1951年5月1… かとう ひろし(本名および旧名:加藤 広司、1951年5月10日 - )は、日本の漫画家、グラフィックデザイナー。千葉県出身。千葉大学卒業。 代表作は、『月刊コロコロコミック』(小学館)で連載されていた『仮面ライダーSD 疾風伝説』『はるかなる甲子園 駆けろ!大空』『サイファー』『チョコボのふしぎものがたり』など。後にWeb漫画や『コミックボンボン』(講談社)などでも執筆している。また、2004年より漫画の専門学校の講師としても活動している。 1971年、漫画雑誌『COM』に投稿した『女の中の男一匹』でデビュー。この作品は4ページ分を1ページに縮小して掲載するという試みを用いている。『COM』への投稿は続いたものの、雑誌の廃刊でいったん漫画家活動を休止。
小林 のり一(こばやし のりかず、本名:田沼 則一〈たぬま … 小林 のり一(こばやし のりかず、本名:田沼 則一〈たぬま のりかず〉、1951年5月9日 - 2022年7月6日)は、日本のコメディアン・漫画家。以前は、三木のり一と名乗っていたが、結婚後改名。舞台、TV、映画、漫画、お笑いとこなすマルチ活動している。 父親の三木のり平は、昭和を代表する喜劇役者。東京都中央区日本橋浜町出身。母方の祖父は新宿末廣亭の高座上の額「和気満堂」を書いた中山呑海。息子はものつくり株式会社の田沼遊歩。 父・三木のり平と仕事で何度も共演したが、私生活では三木は小林たちの育児に一切関わらなかったことから父子としての触れ合いはあまりなかった。本人によると「父と一緒に外出することや家族団欒で食事をした記憶も数えるほどしかなく、『おはよう』の挨拶のやり取りすらほとんどなかった。
新谷 かおる(しんたに かおる、本名:新谷 薫(読み同じ)、… 新谷 かおる(しんたに かおる、本名:新谷 薫(読み同じ)、1951年4月26日 - )は、日本の男性漫画家、同人活動家。大阪府豊中市出身。大阪高等学校卒業。
沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、… 沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、日本の漫画家。北海道出身。本名は沼吉信(ぬま よしのぶ)。北海道札幌北高等学校卒業。 1974年『週刊少年ジャンプ』(集英社)のフレッシュジャンプ賞入選、翌年『月刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載された『ああ兄弟』でデビュー。当時のペンネームは『マヌー・しん吉』であった。その後、『月刊少年ジャンプ』で『スターびっくり箱』を連載、デビュー早々の長期間の連載となった。後にペンネームを『沼よしのぶ』に変更し、1970年代後期からは『週刊少年マガジン』(講談社)、1980年代中期からは『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)、1990年代初期からは『漫画サンデー』(実業之日本社)と主な発表の場を変更しながら活動していった。
佐多 みさき(さた みさき、1951年2月26日 - 202… 佐多 みさき(さた みさき、1951年2月26日 - 2021年8月[要出典])は、日本の漫画家。本名は福留 雅裕(ふくとめ まさひろ)。鹿児島県鹿児島市出身。 中学の時から、東京の『武蔵野漫画研究会』とコンタクトをとり、一コマ漫画やストーリー漫画を投稿する。鹿児島県立鹿児島工業高等学校電気科卒業後、就職のために上京。都内の電気会社に入社して約1年、が、やはり漫画家への夢を捨てきれずに、当時アシスタントを募集していた池上遼一のもとに飛び込んだ。約1年間みっちりと漫画の勉強をした後に独立、1972年に持ち込んだ原稿が採用され、『闇の中の軌跡』(芳文社『長編コミック』)でデビューした。 2021年8月、膵臓癌で死亡2021年11月号の「つりコミック」編集後記で報告された。
美内 すずえ(みうち すずえ、本名:西尾 鈴恵(にしお すず… 美内 すずえ(みうち すずえ、本名:西尾 鈴恵(にしお すずえ)、1951年〈昭和26年〉2月20日 - )は、日本の漫画家。大阪府生まれ、大阪府大阪市出身。血液型はO型。最終学歴:大阪成蹊女子高。既婚。アカルプロジェクトのオーナー。 実家は理髪店で、幼少時代はよく映画を見に行ったという。中学時代に貸本屋で手塚治虫などの漫画に熱狂するも母親に漫画を読むことを禁じられ、それならばと自分自身で漫画を描き始めるようになる。 1967年(昭和42年)、高校時代に『別冊マーガレット』10月号に「山の月と子だぬきと」でデビューした。さらに1976年(昭和51年)には『ガラスの仮面』が『花とゆめ』にて連載開始する。
いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - … いしかわ じゅん(本名:石川 潤、1951年2月15日 - )は、日本の漫画家・小説家・漫画評論家。 漫画家の藤臣柊子は元妻。日本SF作家クラブ会員だったが2023年5月時点では退会している(元妻の藤臣も同様)。既婚者。実父は元愛知県議会議員で元全トヨタ自動車労連会長の石川義之( - 2024年3月、97歳没)。 愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)出身。愛知県立豊田西高等学校、明治大学商学部卒。大学在学中に明治大学漫画研究会に所属し、先輩として三学年上にかわぐちかいじ、二学年上にほんまりうがいた。ただし、5年間に手掛けた漫画は十数枚程度だった。 1975年4月、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)に入社し生産管理部に配属されるも、翌1976年2月に退社。
あだち 充(あだち みつる、1951年2月9日 - )は、日… あだち 充(あだち みつる、1951年2月9日 - )は、日本の漫画家。群馬県伊勢崎市出身。群馬県立前橋商業高等学校卒。本名は安達 充(読み同じ)。 群馬県伊勢崎市に生まれる。三男一女の末っ子であり、直近の兄で3歳半年上のあだち勉から甚だしい影響を受ける。 少年時代は、兄のあだち勉とともに、貸本漫画の読者投稿コーナーの常連だった。勉は高校在学中から貸本漫画で原稿料を得ており、充はその手伝いをしていたことから、貸本漫画業界で「群馬の天才兄弟」として知られる存在となる。 絵を仕事にする希望を持ち、地元では一番商業美術に力を入れていた群馬県立前橋商業高等学校の商業美術部に入部する。しかし、明確な展望はなく、両親の勧める通りに安定した職業へ就く可能性もあったという。
ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。… ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。釜ヶ崎再生フォーラム前事務局長。鹿児島県出身。 立命館大学経済学部卒業後、大阪市西成区萩之茶屋にある財団法人西成労働福祉センターに勤務。1977年同センターを利用する日雇い労働者向けの広報誌(センターだより)に4コマ漫画を描き始める。その後青年誌や新聞にてあいりん地区(釜ヶ崎)を舞台に日雇い労働者の姿を描いた『カマやん』シリーズなどを連載する。近年は南北問題や地雷問題、まちづくり問題にも関わる。大阪府箕面市在住。 ありむらのほとんどすべてのマンガで主人公となっているカマやんは戦災孤児であり、戦後の混乱期からずっと釜ヶ崎で生きてきた、生粋のカマの人間である。
川崎 ゆきお(かわさき ゆきお、1951年 - 2024年)… 川崎 ゆきお(かわさき ゆきお、1951年 - 2024年)は、兵庫県伊丹市出身の漫画家、エッセイスト。本名、川崎行雄。 高校時代に雑誌『ガロ』で水木しげるの漫画と出会い、漫画家を志す。1968年から、屋我平勇・宇原泰年らとの肉筆漫画同人誌『もののけ』を主催する。 1971年に「うらぶれ夜風」で『ガロ』でデビュー。「ヘタウマ」ならぬ「ヘタヘタ」のあまりの絵の下手さに編集部内でも議論があったが、編集長の長井勝一の一存で掲載となった。『ガロ』と並行して、1976年より三流劇画御三家の一つ『漫画エロジェニカ』誌でも断続的に作品を発表。1980年より、ニューウェーブ漫画誌の一つである『マンガ奇想天外』にも作品を発表した。
岩田 廉太郎(いわた れんたろう 1951年 - 2023年… 岩田 廉太郎(いわた れんたろう 1951年 - 2023年8月5日)は、日本の漫画家。 鳥取県鳥取市出身、鳥取県立鳥取東高等学校卒業後、手塚治虫のアシスタントとして働きながら書いた『少年探偵団』で漫画デビュー。『無敵超人ザンボット3』や『UFO大戦争 戦え! レッドタイガー』等のコミカライズ作品を描いた。1989年には、鳥取で制作スタジオ「まんが工房」を開設し、鳥取県・島根県内の地元新聞日曜版に連載した。歴史マンガ系の作品の制作活動をしていた。 本人は『ジェッターマルス』のコミカライズを執筆した時には楽だったが、『ザンボット3』のコミカライズを執筆したときには角ばっていたロボットや戦闘基地(ザンボット3、ザンボエース、ビアル一世、ビアル二世、バンドック)を描いたときにはとても苦労したと語っている。
田森 庸介(たもり ようすけ、1951年 - 2026年4月… 田森 庸介(たもり ようすけ、1951年 - 2026年4月10日)は、日本の漫画家、小説家。ペンネームは他に高峰 丈、吹田 盛夫。慶應義塾大学商学部卒業。在学中は漫画研究会に所属、先輩にヒサクニヒコなどがいる。主にSFファンタジーメインの漫画を描く。代表作はゲーム化もされた『ポポロクロイス物語』など。 東京都生まれ。幼少期は漫画より絵物語や映画を愛好していたが、手塚治虫の『フィルムは生きている』に感銘し漫画家を志す。 大学在学時より同人活動を行い1977年に高峰丈名義にて『ぞうり虫の詩序曲』でデビュー。同時期に吹田盛夫名義でナンセンス四コマ漫画などを執筆していたが、このペンネームでのデビュー作は不明。
中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身… 中本 繁(なかもと しげる、1951年 - )は、長崎県出身の日本の漫画家。『ドリーム仮面』で第2回手塚賞佳作、『ガラガラウマウマ』で第3回手塚賞受賞。 代表作は『ドリーム仮面』。 長崎県西彼杵郡崎戸町(現在の西海市)の離島に生まれる。漫画家を志し19歳で上京、新小岩に住みながら投稿を始める。 1971年、週刊少年ジャンプに投稿した短編『ドリーム仮面』が下半期の第2回手塚賞の佳作となり、翌年の1972年には『ガラガラウマウマ』が第3回手塚賞を受賞、同賞初の正賞者となった。 1973年1月8日号から週刊少年ジャンプ本誌にて『ドリーム仮面』の連載を開始、同年8月20日号まで全33話を連載。商業連載はその1作のみで、以降は漫画界から姿を消した。
佐藤 史生(さとう しお、1950年12月6日 - 2010… 佐藤 史生(さとう しお、1950年12月6日 - 2010年4月4日)は、日本の漫画家。女性。本名は佐藤ちよ子。24年組あるいはポスト24年組 のひとり。理知的な作風が特徴で、寡作でありながら根強い人気を誇る。代表作に『夢みる惑星』『ワン・ゼロ』など。 魔術や神話を先端科学と巧みにミックスする独自の作品世界を持つ。長編『夢みる惑星』は、はるかな昔に火星から移住してきた人々が築いた超古代文明の終焉の物語である。もうひとつの長編作品『ワン・ゼロ』では、意志を持ちネットワークに侵入する電子頭脳と魔神たち(大乗仏教の神々とインド古代神および古神道の神々との戦い)を描く。「ネペンティス」「心臓のない巨人」など、巨大な交易船で宇宙を旅しながら何世代も生き続ける隔離された人々が登場する「複合船」のシリーズは、文化人類学あるいは民俗学的なコード(ハレとケ、ケガレ、マレビトなど)を埋め込んだサイエンス・フィクション (SF) といえる。
おかべ りか(1950年11月10日 - 2017年7月8日… おかべ りか(1950年11月10日 - 2017年7月8日)は、日本の女性漫画家・挿絵画家。埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身。獨協大学外国語学部フランス語学科卒業。 おもに児童書・絵本・育児誌などを中心に漫画や挿絵、翻訳などを手がける。子供の視点を中心にした、鋭い観察眼と人物描写に基づくユーモラスな作風が特色。また1970年代には集英社『明星』などで挿絵を描いていた。 福音館書店より刊行していた月刊誌『おおきなポケット』では漫画作品を断続的に連載。うち『とちめんぼう劇場』『よい子への道』などを単行本化。 2002年より北澤楽天顕彰会理事。他、さいたま市民漫画展(のち北澤楽天漫画大賞)審査員、さいたま市文化財等選考委員を務める。
おおや ちき(1950年〈昭和25年〉10月23日 - )は… おおや ちき(1950年〈昭和25年〉10月23日 - )は日本のイラストレーター、元漫画家。パズル作家。岐阜県出身。 本名は大矢千枝子。「大矢ちき」でデビューの後、現在の表記に改めた。愛知県立芸術大学卒業。 1972年、『りぼん』に『王子さまがいっぱい』でデビュー。1974年には自らの作品の執筆とともに、一条ゆかりの作品『デザイナー』のメインキャラクターのひとり「柾(まさき)」の作画を担当したり、大島弓子の『ロジオン ロマーヌイチ ラスコーリニコフ -罪と罰より-』のアシスタントを行ったりした。『りぼん』での活動は1975年の『回転木馬』が最後となった。 その後活動の場を『リリカ』に移し、1978年には『ぴあ』でイラストパズル「ぴあパノラマ館」を開始。