古川 益三(ふるかわ ますぞう、1950年10月21日 - … 古川 益三(ふるかわ ますぞう、1950年10月21日 - )は、滋賀県出身の日本の漫画家、実業家。株式会社まんだらけ取締役会長。 『ガロ』等で活躍した漫画家で、安部慎一、鈴木翁二と並び、「ガロ三羽烏」や「一二三トリオ」と称される漫画家の一人。ライフワークは精神世界求道で、宇宙と人間誕生の謎の解明による地球と宇宙の救済。「宇宙全史」ワーク、ミッション展開中。趣味はトライアスロン。同じく漫画家である松本零士と親交が深い。
すがや みつる (1950年9月20日 - )は、日本の漫画… すがや みつる (1950年9月20日 - )は、日本の漫画家、漫画原作者、小説家。学位は修士(実践人間科学)(早稲田大学・2011年)。京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコース教授も務めた。日本マンガ学会第11期会長(5代目) 本名は菅谷 充(読みは同じ)。他のペンネームは漫画原作者として鶴見 史郎(ツルミはミツルのもじり)、鷹見 吾郎があるほか、本名でも小説家として活動している。静岡県富士市出身。血液型O型。 代表作は、『仮面ライダー』、『ゲームセンターあらし』、『こんにちはマイコン』等。 マイコン、コンピューターゲーム、パソコン通信、実務に関する教養漫画、F1など、時代を先取りした題材をテーマとするが、つねに本格的な流行到来前に新たなジャンルに取り組んでいる。
倉多 江美(くらた えみ、1950年9月20日 - )は、日… 倉多 江美(くらた えみ、1950年9月20日 - )は、日本の女性漫画家。愛称は「江美サマ」。血液型A型、神奈川県鎌倉市出身。大阪育ち。 針金のような描線と乾いたユーモアを持ち味とし、哲学や心理学、民俗学、世界史などもテーマとした独特の作風は「異色」と評され、少女漫画の枠を超えて幅広い読者層を得た。 なお「倉田江美」と表記されることがあるがこれは誤りで、本人が「倉田江美」のペンネームを用いたことはない。 神奈川県鎌倉市に生まれ、幼稚園の頃に大阪へ移る。高校卒業後、大阪・梅田の河原デザインスクール(1962年設立)に1年間通った後、漫画を描き始める。1974年(昭和49年)1月に『雨の日は魔法』で小学館『少女コミック増刊ちゃお』からデビュー。
新宅 よしみつ(しんたく よしみつ、1950年9月20日 -… 新宅 よしみつ(しんたく よしみつ、1950年9月20日 - )は、日本の漫画家。広島県呉市倉橋島出身。別名:新宅 善光(読みは同じ)。 高校を中退し、1967年に上京後、井上智に弟子入り。その後、久松文雄、梅本さちおのアシスタントを経て1972年、少年マガジン増刊号にて「闇に光る眼」でデビュー。後に永井豪のダイナミックプロでもアシスタントとして活動している。 2018年現在は画家としても活動しており、広島県呉市で絵画展を開いている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
有吉 京子(ありよし きょうこ、1950年9月14日 - )… 有吉 京子(ありよし きょうこ、1950年9月14日 - )は、日本の漫画家。熊本県熊本市出身。1971年、第9回マーガレットまんが研究生に入選した「仔ネコと少女」が『別冊マーガレット』夏の増刊号に掲載されデビュー。1976年に連載開始された『SWAN』はシリーズ累計で2千万部を超え、バレエマンガの金字塔として評価されている。 熊本県熊本市出身。2歳ずつ年の離れた三人姉妹の次女。1963年、九州女学院中学校に進学。中学2年から漫画の投稿を始め、編集者からは激励の手紙をもらう。1969年に九州女学院高等学校を卒業後は漫画家を目指すため上京することを決意、費用を稼ぐためにアルバイトを始め、姉の援助もあり19歳の秋に上京する。
池沢 早人師(いけざわ さとし、1950年8月27日 - )… 池沢 早人師(いけざわ さとし、1950年8月27日 - )は、日本の漫画家・小説家でカーマニア、レーシングドライバー。旧ペンネームは池沢 さとし。代表作は『サーキットの狼』『サーキットの狼II モデナの剣』など。 千葉県野田市出身。野田市立南部中学校卒。高校在学中の1969年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて『怪童のひびき』が新人佳作賞を受賞し、デビュー。週刊少年ジャンプにて1975年に連載が開始された『サーキットの狼』は高い人気を得て社会現象となり、1970年代後半の「スーパーカーブーム」の火付け役となった。 その後も『Beat Shot!!』や『サーキットの狼II モデナの剣』など多数の作品を発表し、多くの熱狂的なファンを獲得。
いがらし ゆみこ(1950年8月26日 - )は、日本の漫画… いがらし ゆみこ(1950年8月26日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、現在は北海道札幌市在住。血液型はA型(AO)。 1968年、北海道札幌旭丘高等学校3年のときに『りぼん』増刊号(集英社)に掲載された『白い鮫のいる島』でデビュー。上京し、潤徳女子高等学校に編入・卒業。その後、『なかよし』(講談社)専属作家として活動。幼年誌で執筆の後、レディースコミック誌や女性誌などで活動する。小説やドラマのコミカライズ、漫画原作も行う。五十岸ひとみ、五十嵐優美子、山川虹子(漫画原作者として)などの筆名でも執筆する。日本ペンクラブ会員。 元ジャニーズJr.で、現在は“男の娘(おとこのこ)”として漫画や執筆活動をしているいがらし奈波こと五十嵐慶一は、声優・井上和彦との間にもうけた実子(長男)。
夏目 房之介(なつめ ふさのすけ、1950年8月18日 - … 夏目 房之介(なつめ ふさのすけ、1950年8月18日 - )は、日本の漫画批評家、漫画家、エッセイストである。本人の自称は「漫画コラムニスト」。有限会社夏目房之介事務所代表取締役。
金子 節子(かねこ せつこ、1950年8月6日 - )は、日… 金子 節子(かねこ せつこ、1950年8月6日 - )は、日本の漫画家。栃木県芳賀郡茂木町出身で、現在は栃木県宇都宮市在住。既婚。
制野 秀一(せいの しゅういち、1950年7月21日 - 2… 制野 秀一(せいの しゅういち、1950年7月21日 - 2005年8月21日)は、山形県山形市出身の漫画家、イラストレーター。別名:せいの秀一、生田正次。 漫画家を目指し、高校を中退して上京。横山まさみち・つのだじろう・赤塚不二夫らのアシスタントを経て、1973年に『怒りの朝』(『週刊少年キング』掲載)でデビュー。主に官能劇画誌で活動するが、特撮テレビ番組のコミカライズで児童誌にも執筆する。 長女は、2003年初代TBSベイスターズガールの中嶋愛(めぐみ、旧姓:制野)。親子とも血液型はAB型である。婿は、元プロ野球選手の中嶋聡。 2005年8月21日、心不全で死去。55歳没。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
中島 徳博(なかじま のりひろ、1950年7月12日 - 2… 中島 徳博(なかじま のりひろ、1950年7月12日 - 2014年8月28日)は、日本の漫画家。鹿児島県鹿児島市出身。代表作に『アストロ球団』。 1950年、鹿児島県鹿児島市に生まれる。家が母子家庭で貧しかったために、小学生の時から新聞配達をして家計を支えており、中学生になると自らを高校生と偽って日雇いの肉体労働をしていた。 漫画専門誌「COM」に影響を受け、漫画を描き始める。鹿児島実業高校在学中の1967年に『ふりむけ青春に』(東京漫画出版社)で貸本漫画デビュー、卒業後は大阪で看板屋の仕事をするかたわら、日の丸文庫に原稿を持ち込むなどして漫画家を目指していた。1969年、「週刊少年ジャンプ」掲載の『悪友伝』で商業誌デビュー。
河 あきら(かわ あきら、本名:小川 まり子、1950年7月… 河 あきら(かわ あきら、本名:小川 まり子、1950年7月8日 - )は、日本の漫画家。千葉県東金市出身。女性。千葉県立東金高等学校卒業。
倉科 遼(くらしな りょう、1950年6月23日 - )は、… 倉科 遼(くらしな りょう、1950年6月23日 - )は、日本の漫画原作者、元漫画家。 栃木県那須郡黒磯町(現:那須塩原市)出身。明治大学中退。水商売モノ(本人いわく「ネオン街モノ」)を得意としてネオン劇画の開祖とも言われる、この分野でのビッグネームである。以前は、司敬(つかさ けい)名義で劇画を執筆していた(「司敬」名義での漫画原作も存在する)。 漫画原作のほかに、本名の大場 敬司(おおば けいじ)名義で編集プロダクション「フリーハンド」及び「オフィスケイ」も経営しており、雑誌まるごと、もしくは一部を出版社から請け負っている。また、フリーハンドが中心となって自作品の舞台化も積極的に行っており、自身も製作総指揮などを務める。
庄司 陽子(しょうじ ようこ、1950年6月4日 - )は、… 庄司 陽子(しょうじ ようこ、1950年6月4日 - )は、日本の漫画家。千葉県茂原市出身、最終学歴はトキワ松学園女子短期大学(当時)卒業。 1950年6月4日、父43歳・母36歳の時に千葉県茂原市の日立製作所の社宅「高志寮」の一室で隣室の家族に見守られながら四人姉妹の末っ子として誕生。1969年に東京都立大森高等学校を卒業し、1971年にトキワ松学園女子短期大学(当時)を卒業。2歳年上の里中満智子が第1回講談社新人漫画賞の受賞により16歳デビューを知り同じく講談社に絞って投稿を始め、1968年高校3年生の春、投稿3作目で「佳作入選」を果たし担当編集者がつく。没ネーム多数ののち担当者に指導されながら描いた16ページの短編『海とルコックちゃん』が同年冬の『少女フレンド増刊』(講談社) に掲載されてデビュー。
福山 庸治(ふくやま ようじ、1950年5月20日 - )は… 福山 庸治(ふくやま ようじ、1950年5月20日 - )は、日本の漫画家。福岡県大牟田市出身。東京学芸大学教育学部卒業。 1970年、『漫画アクション』(双葉社)に掲載の『納屋の中』でデビューした。代表作は『マドモアゼル モーツァルト』。 1993年から『週刊ダイヤモンド』に連載された『F氏的日常』で2001年12月、第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞する。 2000年代には日本工学院専門学校のマンガ・アニメーション科マンガコースにて講師を勤めていた。
和田 慎二(わだ しんじ、本名:岩本 良文(いわもと よしふ… 和田 慎二(わだ しんじ、本名:岩本 良文(いわもと よしふみ)、1950年4月19日 - 2011年7月5日)は、日本の漫画家。広島県呉市出身。漫画原作者・挿絵画家としての仕事も手がけていた。
飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月… 飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月16日 - )は、日本のライター、小説家、漫画家、超常現象研究家。「飛鳥昭雄」の他に、「総本家 飛鳥昭雄」「あすかあきお」や「千秋寺亰介」(せんしゅうじ きょうすけ)を筆名として用いる。モルモン教徒。
安部 慎一(あべ しんいち、1950年4月7日 - )は、日… 安部 慎一(あべ しんいち、1950年4月7日 - )は、日本の漫画家、小説家。福岡県田川市出身。作品によっては「愼一」「あ部愼一」との表記もあり。愛称は「アベシン」。 1970年代より『ガロ』『ヤングコミック』などを中心に活躍した漫画家。鈴木翁二、古川益三と並び、「ガロ三羽烏」や「一二三トリオ」と称される漫画家の一人。 高校時代はスポーツに精を出し、剣道、空手、陸上に打ち込む。高校3年生の頃に永島慎二の「青春裁判」に心を打たれ、三日間家出をして永島の元を訪れる。 高校卒業後に上京し、永島の家の近くの杉並区阿佐ヶ谷の富士荘2階に住む。本格的に漫画を描き始め、『ビッグコミック』新人賞に投稿する。最終審査まで残ったが、あまりにも永島の影響が出過ぎていたために、選考委員の石森章太郎 から「影響を受け過ぎてはいけない」と批評され落選。
望月 かつみ(もちつき かつみ、1950年3月30日 - 2… 望月 かつみ(もちつき かつみ、1950年3月30日 - 2026年4月8日)は日本の漫画家、イラストレーター、ゲームクリエイター。埼玉県出身。 1950年、埼玉県川口市に生まれる。立教大学では漫画研究会に所属していた。大学在学中に緑書房『フィッシュマガジン』掲載の「僕は迷ブリーダー」で漫画家デビューする。以降、各社で児童書の挿絵や小学館の学年別学習雑誌で学習漫画を中心に活動する。代表作は『小学二年生』で1981年から1988年まで連載した『バニーのなんでもウォッチング』。 1983年、エニックス(現スクウェア・エニックス)が主催した第2回ゲーム・ホビープログラムコンテストで応募作の『ロリータ・シンドローム』がプログラム賞を受賞し、FM-7およびPC-8801用に製品化される。
小室 しげ子 (こむろ しげこ、1950年3月25日 - )… 小室 しげ子 (こむろ しげこ、1950年3月25日 - )は、日本の漫画家。宮城県白石市出身。女性。代表作に「あの日の夢を花たばにして」・「Aの悲劇」・「ばらの封印」などがある。 高校卒業後、1970年、『週刊少女コミック』第26号(10月11日号)の第3回週刊少女コミックまんが研究生に入選し、同年、『別冊少女コミック』掲載の「おとなってずるい」でデビュー。以後、小学館ほか、主として講談社の雑誌を中心に活躍し、アニメ絵本、カット、イラストの仕事も手がけている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
畑中 純(はたなか じゅん、1950年3月20日 - 201… 畑中 純(はたなか じゅん、1950年3月20日 - 2012年6月13日)は、日本の漫画家。男性。福岡県小倉市(現:北九州市)出身。漫画家としてだけでなく、版画家としても活動した。 16歳の時に漫画家を志すようになり、福岡県立小倉南高等学校卒業後、1968年に上京し、東京デザインカレッジ・マンガ科に在籍。肉体労働をしながら、1コマ漫画を描き始める。1974年に1コマ漫画集『それでも僕らは走っている』を自費出版。1977年『月夜』でデビュー。1979年から『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)にて10年近く続いた連載『まんだら屋の良太』(第10回(1981年度)日本漫画家協会賞受賞)で知られるようになる。
美和 剛(みわ ごう、1950年3月17日 - )は、日本の… 美和 剛(みわ ごう、1950年3月17日 - )は、日本の漫画家。以前は竹中 小虎(たけなか ことら)・佐藤 貞夫(さとう さだお)名義で執筆していた。尚、以前はローマ字表記の際にmiwagouが用いられていたが『農業ノススメ 恋と涙の就農生活』完結後の2008年からgoh miwaと表記されるようになった。 秋田県雄勝郡羽後町生まれ。秋田県立湯沢高等学校卒業。劇画家の佐藤まさあきに師事する。ビッグコミック新人賞に入選。現在、羽後町在住。芳文社発行の青年漫画誌週漫スペシャルに不定期に『業界のピンチヒッター』等を執筆。その独特のユーモアを好む読者が多い。最も影響を受けた漫画家はさいとう・たかを。
平口 広美(ひらくち ひろみ、1950年3月11日。 - )… 平口 広美(ひらくち ひろみ、1950年3月11日。 - )は、北海道伊達市出身の漫画家、AV男優兼AV監督。既婚。血液型はO型。 高校卒業後上京。1976年より美学校に入り、赤瀬川原平に師事。1978年に『ガロ』で漫画家デビュー後、三流エロ劇画誌で執筆。さらにAV男優や性風俗ルポでも活躍した。 この項目は、性風俗関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:性/PJ:性)。
雑賀 陽平(さいが ようへい、本名:石井 利信、1950年3… 雑賀 陽平(さいが ようへい、本名:石井 利信、1950年3月8日 - 2005年4月25日)は、兵庫県神戸市出身の漫画家。 1968年、兵庫県立夢野台高等学校卒業。1971年、漫画雑誌「COM」10月号に於いて、『我らの時代-失われない世界-』で第20回新人賞を受賞。その後、1980年創刊の季刊誌「漫金超(まんがゴールデンスーパーデラックス)」ではいしいひさいちや川崎ゆきおなどとともに活躍。作品数は多くはなかったが、ラジカルなナンセンス漫画家として知られた。その後は「週刊朝日」の『デキゴトロジー』を夏目房之介と担当していた他、「夕刊フジ」や「神戸新聞」などに4コマ漫画を連載していた。 その後は本業である画廊「東邦アート」の大阪支店長を務め、漫画家としての活動は休止していたが、2005年4月25日、通勤途中にJR福知山線脱線事故に遭遇し急逝した。
林 律雄(はやし のりお、1950年3月1日 - )は、日本… 林 律雄(はやし のりお、1950年3月1日 - )は、日本の漫画原作者。栃木県出身。駒澤大学出身。『週刊漫画TIMES』に掲載された『謀殺第八課』(作画:北野英明)でデビュー。第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門にて、『総務部総務課山口六平太』がマンガ部門優秀賞を受賞した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
渡辺 和博(わたなべ かずひろ、1950年〈昭和25年〉2月… 渡辺 和博(わたなべ かずひろ、1950年〈昭和25年〉2月26日 - 2007年〈平成19年〉2月6日)は、日本の編集者、漫画家、イラストレーター、エッセイスト。 1950年(昭和25年)、裕福な薬局の子供として、広島県広島市に生まれる。崇徳高等学校卒業。 運動神経は鈍かったものの、子供のころからメカ好き、オートバイ好きであった。高校時代に二輪免許を取得し、自動車雑誌の購読も始めた。後の自身の漫画作品にも、オートバイに関する内容や、それにまつわる青春群像ものが多く、いわゆる「エンスー」となっていった。 1968年(昭和43年)に上京後、東京綜合写真専門学校に入学してカメラマンを目指していたが中退した。
矢島 正雄(やじま まさお、1950年2月15日 - )は、… 矢島 正雄(やじま まさお、1950年2月15日 - )は、日本の脚本家、漫画原作者。 神奈川県出身。東洋大学卒。1976年、第1回創作テレビドラマ大賞に「回送車」で佳作入選。以後多くのドラマ脚本や漫画原作を手がける。2009年11月24日に自身のシナリオスクール「矢島正雄脚本塾」が開講した。 ※がついているものは、もとになった漫画の原作も担当。
竹宮 惠子(たけみや けいこ、1950年〈昭和25年〉2月1… 竹宮 惠子(たけみや けいこ、1950年〈昭和25年〉2月13日 - )は、日本の漫画家。京都精華大学名誉教授・元学長。旧表記は竹宮恵子。 代表作は『風と木の詩』『地球へ…』など。昭和24年(1949年)前後に生まれて、漫画のみならず文化・社会に大きな影響を与えた女性漫画家たち「24年組」の一人である。徳島県徳島市生まれ、徳島県板野郡北島町育ち。福岡県朝倉市在住。2023年4月時点で、日本漫画家協会理事。 2人姉妹の長女として徳島市に生まれる。父の竹宮義一は陸軍軍人で、スパイやゲリラ戦の要員を育てる陸軍中野学校二俣分校1期生であった。 5歳頃から日常的に漫画を広告チラシの裏などに絵を真似て描くようになり、初期はわたなべまさこを手本にしていた。
ささや ななえこ(1950年〈昭和25年〉1月31日 - 2… ささや ななえこ(1950年〈昭和25年〉1月31日 - 2024年〈令和6年〉6月8日、本名・佐川七重、旧名・ささや ななえ)は、日本の漫画家。北海道芦別市出身。血液型はB型。ペンネームは旧姓の本名「笹谷七重」より。1996年に「ささやななえ」から「ささやななえこ」に改名した。24年組のひとりで、山岸凉子、萩尾望都、竹宮惠子、坂田靖子らとも親交が深い。 1970年、第5回りぼんコミック賞の受賞作『かもめ ―GULL―』が月刊誌『りぼんコミック』1月号(集英社)に掲載されデビュー。1990年に『おかめはちもく』で日本漫画家協会賞優秀賞、2004年に『凍りついた瞳』でエイボン教育賞を受賞している。
増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2… 増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2021年6月30日から7月1日にかけての未明)は、日本の漫画原作者、小説家、書評家、映画評論家、音楽評論家。東京都出身。血液型はB型。 漫画家・竹宮惠子のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを20歳のときから務め、『変奏曲』の原作なども担当する。15年間務めたのち独立、フリーライターとして活動する。のりす・はーぜの筆名で、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』や、イギリスのパブリックスクールを舞台にしたミステリー『永遠の少年』を執筆。他に、増山のりえの名前で『アリス・ブック』『少女風雅』の編纂など。 幼少時から指が人よりもよく動いたという理由で、両親のすすめでピアノを習い始め、小・中学校時代は桐朋学園大学の『子供のための音楽教室』に通い、将来はプロのピアニストを目指していた。
岡野 雄一(おかの ゆういち、1950年1月11日 - )は… 岡野 雄一(おかの ゆういち、1950年1月11日 - )は、日本の漫画家。自著においては自身のことをペコロスと名乗る。ペコロスとは西洋玉ねぎのことで、自身のはげ頭にそっくりなので借用している。既婚(再婚)で息子が一人いる。 1950年、長崎県長崎市にて生まれ育った。父は再婚で、親戚にあたる女性と結婚した。その間に生まれたのが、岡野である。父は三菱重工業長崎造船所に勤務するかたわら、斎藤茂吉に師事するアララギの歌人でもあった。 長崎市立勝山小学校(のちに長崎市立新興善小学校、長崎市立磨屋小学校と統合再編され長崎市立桜町小学校と長崎市立諏訪小学校に)、長崎市立長崎中学校を経て、長崎県立長崎東高等学校に入学する。
吉沢 やすみ(よしざわ やすみ、1950年〈昭和25年〉1月… 吉沢 やすみ(よしざわ やすみ、1950年〈昭和25年〉1月8日 - )は、日本の男性漫画家、同人作家、実業家。 娘は漫画家の大月悠祐子(かなん)。義理の息子(悠祐子の夫)は漫画家の大井昌和。 山梨県山梨市出身、父親はギャンブル狂いの果てに失踪したため母子家庭で育つ。 山梨県立日川高等学校に進学、高校在学時より同人作家として活動を開始し、貝塚ひろしが主催する同人誌「まんがマニア」に漫画を投稿。高校卒業後に弟と母に向かって「絶対マンガ家になる」と発して旅立ち、上京。貝塚に師事する。なお、高校での1年後輩にプロレスラーのジャンボ鶴田がいた。 1970年(昭和45年)、貝塚の紹介で『週刊少年ジャンプ』に『ど根性ガエル』の読切り(吉沢 保己名義)を投稿。
永松 潔(ながまつ きよし、1950年1月5日 - )は、日… 永松 潔(ながまつ きよし、1950年1月5日 - )は、日本の漫画家。男性。福岡県福岡市出身。 1971年、『コミックマガジン』(芳文社)に掲載の「望郷」でデビュー。主に青年誌で活躍している。代表作に『ツヨシしっかりしなさい』など。 『ビッグコミックオリジナル』にて『テツぼん』(原作:高橋遠州)を連載。『テツぼん』には『ツヨシしっかりしなさい』のツヨシたち登場人物がゲスト出演した。
一ノ関 圭(いちのせき けい、1950年 - )は、日本の漫… 一ノ関 圭(いちのせき けい、1950年 - )は、日本の漫画家。秋田県大館市出身。女性。秋田県立大館鳳鳴高等学校、東京藝術大学油絵科卒。大学在学中に投稿した「らんぷの下」が第14回ビッグコミック賞を受賞(夢屋日の市名義)。一関圭名義をへて一ノ関圭名義に。 江戸・明治を舞台に、歴史の波に埋もれた人物の懸命な生き様を描く骨太な作風が特徴である。 また非常に絵の上手い漫画家としても知られ、吾妻ひでおは『DEATH NOTE』での小畑健の絵について「幻の漫画家・一ノ関圭のような自在さはない」との感想を述べ、竹熊健太郎は「美術をテーマにした漫画で納得行く漫画内絵画を描けていたのは、俺の知る範囲では一ノ関圭が筆頭」と語るなど、その画力の高さは現在でも伝説となっている。
伊藤 重夫(いとう しげお、1950年 - )は、日本の 漫… 伊藤 重夫(いとう しげお、1950年 - )は、日本の 漫画家、絵本作家、デザイナー。兵庫県神戸市出身。 兵庫県立兵庫工業高等学校デザイン科を出て、セツ・モード・セミナー中退。1971年に勝川克志、宮岡漣二、三宅政吉らと跋折羅社を設立(1977年退会)。神戸にてデザイン・スタジオ『ロケット・スタジオ』主宰。『跋折羅』(跋折羅社)、『夜行』(北冬書房)等に作品を発表した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
法月 理栄(のりづき りえ、1950年 - )は、日本の漫画… 法月 理栄(のりづき りえ、1950年 - )は、日本の漫画家。 1950年静岡県島田市に生まれる。東京デザインカレッジを卒業後に結婚、子育てが一段落したのを機に漫画を描き始める。デビュー作は『毎日小学生新聞』に連載された『たまご』。1978年に『利平さんとこのおばあちゃん』が第3回小学館新人コミック大賞・佳作を受賞し、1979年から『ビッグコミック』で同作が連載された。 2003年には富士山をモチーフにした静岡県の公式キャラクターふじっぴーを考案している。 ほのぼのとした中にも活動的な主人公を描いた作品が主体である。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
はっとり かずお(1950年 - )は、日本の漫画家。愛知県… はっとり かずお(1950年 - )は、日本の漫画家。愛知県瀬戸市出身。別名:服部一男。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
高岡 凡太郎(たかおか ぼんたろう、1950年 - )は、日… 高岡 凡太郎(たかおか ぼんたろう、1950年 - )は、日本の漫画家。愛媛県出身。本名:高岡正夫。 1969年に愛媛県立野村高等学校を卒業後、上京し1971年『ガキすて山』で第2回手塚賞準入選、同作でデビュー(高岡正夫名義)。その後も1972年に『クーソー部落』で第3回手塚賞佳作入選している。 主に、日本プロ野球関係の4コマ漫画などを執筆。1980年代から日刊スポーツ大阪本社発行版(以下、日刊スポーツ大阪版)や週刊ベースボールで連載。日刊スポーツ大阪版については、発行所の関係から、阪神タイガースをはじめとした関西地方の球団をネタに扱っている。 1985年、阪神がリーグ優勝した時に発行された『別冊週刊ベースボール』秋季号「タイガース優勝」の取材で、自身は近鉄バファローズファンであるが、阪神を追っていくうちに阪神への愛着もわいてきたことを明らかにしている。
柴田 昌弘(しばた まさひろ、1949年12月26日 - )… 柴田 昌弘(しばた まさひろ、1949年12月26日 - )は、日本の元漫画家。 妻は漫画家の市川ジュン。2015年より京都精華大学ストーリーマンガコース教員。 三重県松阪市出身。成蹊大学卒業。 「別冊マーガレット」(集英社)1973年6月号に掲載された「白薔薇の散る海」でデビュー(投稿3作目)。投稿時代より鈴木光明主宰の「三日月会」に入会した縁で仲間となった和田慎二のアシスタントをデビュー後に一時期務める。少女漫画にメカニックやハードなSF・サスペンスの要素を大いに取り込み、人気を博した。少年漫画を経て、青年漫画を中心に活動していた。代表作に『紅い牙 ブルーソネット』など。 浅香晶原作の「スーパー★ノバ」シリーズなどライトノベルの挿絵も複数担当している。
やまさき 拓味(やまさき ひろみ、1949年12月22日 -… やまさき 拓味(やまさき ひろみ、1949年12月22日 - )は、日本の漫画家。和歌山県新宮市出身。男性。血液型B型。代表作は、競馬を題材とした漫画『優駿の門』シリーズ。 和歌山県新宮市出生。和歌山県立新宮商業高等学校(現・和歌山県立新翔高等学校)卒業後、劇画家を目指して、1968年3月10日に上京「さいとう・プロダクション」入社。3年半後、さいとうプロの友人だった山本又一朗と小山ゆう、田中視一らと、オリオンプロを設立し、キャラクター商品(トムとジェリー、ミラーマン、シルバー仮面、怪傑ライオン丸など)のデザインや挿絵やカットの仕事をTV局から請け負っていた。漫画の仕事もすべく、先にさいとうプロを独立した小池一夫のスタジオシップ(現・小池書院)へ1971年に合併した。
聖 悠紀(ひじり ゆき、英: Yuki Hijiri、194… 聖 悠紀(ひじり ゆき、英: Yuki Hijiri、1949年12月21日 - 2022年10月30日)は、日本の男性漫画家。本名は長谷川 清俊(はせがわ きよとし)。『くるくるパッX』など一部の作品ではひじり悠紀や聖 ゆきの表記が使われていた。SF漫画を中心に執筆しており、代表作に『超人ロック』シリーズなど多数。 新潟県新発田市出身で、小学生時代は三条市や新潟市など新潟県内を転々としていた。中学3年生で愛知県名古屋市へ転居し、高校進学後に石森章太郎の「マンガ家入門」を読んだことがきっかけとなって、漫画を描くようになる。 高校2年の時、貸本屋で借りた「ボーイズライフ」に掲載されていた作画グループの会員募集を見て会員になり、1967年(昭和42年)にグループの肉筆回覧誌に掲載するため送った作品が、後に代表作となる『超人ロック』の1作目「ニンバスと負の世界」で、これにより一挙に会員の注目を集めた。
奥村 真理子(おくむら まりこ、1949年12月16日 - … 奥村 真理子(おくむら まりこ、1949年12月16日 - )は、日本の漫画家。石川県金沢市出身。小学館の学年誌や同社の『ぴょんぴょん』に連載を持っていた。
矢萩 貴子(やはぎ たかこ、1949年12月12日 - )は… 矢萩 貴子(やはぎ たかこ、1949年12月12日 - )は、日本の漫画家。女性。神奈川県出身。 東京芸術大学で油絵を専攻。卒業後、絵画教室の講師や高校の美術の非常勤講師をしながらSMを題材にした同人誌を作り、1987年、マガジン・マガジンの『ミステリー・レディース』でデビュー、1990年からは主にレディースコミックを執筆している。静岡県在住。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
さだやす 圭(さだやす けい、本名:貞安 三郎(さだやす さ… さだやす 圭(さだやす けい、本名:貞安 三郎(さだやす さぶろう)、1949年12月7日 - )は、日本の漫画家。代表作は『おかしな2人』、『ああ播磨灘』など。 広島県三原市出身だが、大阪府で育ったため、広島弁は忘れたが大阪弁は話すことができる。デビュー作はRCCラジオの広島カープのラジオ中継を聴きながら執筆をしていた。さだやすはラジオ中継から「野球の面白さ」を教わったといい、これが後のデビュー2作目の作品や『なんと孫六』に活かされた。 1975年に『週刊少年キング増刊KINGオリジナル』(少年画報社)に掲載された『ヘラクレスの手』で漫画家デビュー。同年に貴ノ花利彰が優勝したことに感激し、これが後の『ああ播磨灘』に繋がっているとさだやすは話している。
弓月 光(ゆづき ひかる、本名:西村 司、1949年12月5… 弓月 光(ゆづき ひかる、本名:西村 司、1949年12月5日 - )は、日本の漫画家。男性。高知県吾川郡伊野町(現・いの町)出身。淳心学院高等学校卒業。 1968年(昭和43年)に第1回りぼん新人漫画賞で準入選してデビュー。集英社の雑誌を主として少女漫画・少年漫画・青年漫画と幅広く活動する。代表作に『ボクの初体験』・『エリート狂走曲』・『みんなあげちゃう♡』など。『グランドジャンプ』誌上において「甘い生活 2nd season」および「瞬きのソーニャ」を連載中。日本漫画家協会の参与を務めている。 淳心学院高等学校3年の時に『まんが王』(秋田書店)と『少年』(光文社)の新人賞に応募、佳作に入賞し、『少年』に応募したものについては付録に掲載されている。
向後 つぐお(こうご つぐお、1949年11月19日 - )… 向後 つぐお(こうご つぐお、1949年11月19日 - )は、日本の漫画家。東京都江東区亀戸出身。現在のペンネームは向後次雄。デビュー時はこうご次男というペンネームを使用していた。 16歳の時、永島慎二の元に内弟子として入る。当時のアシスタント仲間に村岡栄一や三橋乙揶らがおり、永島の作品『若者たち』のモデルとなっている。デビュー作は18歳の時、『COM』1968年5月号付録「ぐら・こん」Vol.1に掲載された『埃』。永島慎二のアメリカ旅行(1968年)の間は辻なおきのアシスタントになり、永島慎二の帰国に伴い再び1年間アシスタントを務めたのち独立した。青年誌を中心に、女性を主人公にした作品が多い。
愛川 哲也(あいかわ てつや、1949年11月 - )は、日… 愛川 哲也(あいかわ てつや、1949年11月 - )は、日本の漫画家。北海道岩見沢市出身。 1980年代頃からペンネームを愛川てつやとして活動を開始し、主に少年誌で活動する。当時の代表作である『多摩川ギャル日記』は、2年間にわたってプロ野球のファームの取材を行った愛川本人の成果を漫画にした作品である。 1980年代中頃からはペンネームを戻し、青年誌で活動するようになる。『漫画サンデー』(実業之日本社)で連載した作品のうち、『部長の愛人』『偏差値 H倶楽部』『令嬢物語』は実写映画化、『MoMoKo』はOVA化された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
松田 一輝(まつだ いっき、本名:小高 利昭、1949年10… 松田 一輝(まつだ いっき、本名:小高 利昭、1949年10月16日 - )は、日本の漫画家。北海道茅部郡森町出身。血液型はO型。 絵を描くのが好きで、小学生の頃から漫画家志望であった。しかし漫画家になるのには時期があると思っていたため、高校卒業後は俳優の学校に通った後に、会社勤めをしていた。 そんな会社勤めをしていた時期に、『週刊少年ジャンプ』(集英社)の第五回手塚賞の入賞作品の中に高橋よしひろの作品があったのを見て、自分にも漫画を描けるという実感を持ち、漫画家の道に進むことを決意した。その後すぐに会社に休暇届を出し、20日で30ページの作品『おらは雨太郎』を完成し、同作品で1972年手塚賞佳作入選。
神保 あつし(じんぼ あつし、1949年10月1日 - )は… 神保 あつし(じんぼ あつし、1949年10月1日 - )は日本の漫画家。本名は神保厚。4コマ漫画を主に描いている。 新潟県燕市出身、新潟県立三条高等学校卒業、東京デザインカレッジ・漫画科で学ぶ。東京デザインカレッジ在学中には『COM』1968年9月号付属の『ぐらこん5』に同人誌優秀作品として「わるもの君」が掲載された。その後虫プロ商事、新潟デザインセンターを経て独立し、現在に至る。 4コマ漫画のため単行本化された作品は少ないがキャリアは長く、日本農業新聞連載の『ゴリパパ一家』は1987年10月1日より始まり、2017年5月1日で通算1万回を突破。同年に日本農業新聞創刊90周年記念作品として10分間アニメ『ゴリパパ一家の農業はオモシロイ』が製作された。
一条 ゆかり(いちじょう ゆかり、本名:藤本 典子(ふじもと… 一条 ゆかり(いちじょう ゆかり、本名:藤本 典子(ふじもと のりこ)、1949年9月19日 - )は、日本の漫画家。岡山県玉野市出身。玉野市立玉野商業高等学校卒業。 少女漫画の技法に貢献した。代表作に『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』『プライド』等。 1960年代終わりから70年代の半ばごろ、少女漫画の華麗な画風の進展をリードした作家。平面的・装飾的とも言えるイラスト的な線によるドラマチックな表現を進めた。当時の発表の場である『りぼん』『りぼんコミック』は当時の少女漫画の前衛的な場の一つともなっていた。 その後も総じて安定した長期の作家活動をしている。コメディ「有閑倶楽部」は長くシリーズ化されたヒット作となっている。