亀井 秀雄(かめい ひでお、1937年〈昭和12年〉2月18… 亀井 秀雄(かめい ひでお、1937年〈昭和12年〉2月18日 - 2016年〈平成28年〉6月17日)は、日本の文学研究者・評論家。文学博士(北海道大学・論文博士・1999年)。その対象分野は、言語論・身体論・表現論・文体論・文学史(論)・評伝など多岐にわたる。北海道大学名誉教授、その後市立小樽文学館に館長として勤務し、退職。合同会社オピニオン・ランチャーを設立し、その代表社員を務めた。 1937年(昭和12年)、群馬県勢多郡粕川村女渕(現・前橋市粕川町女渕)に生まれる。1955年に群馬県立前橋高等学校を卒業した後、北海道大学文類に入学。 在野の儒学者だった父親の亀井一雄により、2年後には文学部の東洋史学講座へ進む予定だったが、当時の北大の東洋史学講座では内紛が起こり、講義が行われない状態となった。
首藤 基澄(しゅとう もとすみ、1937年1月17日- )は… 首藤 基澄(しゅとう もとすみ、1937年1月17日- )は、日本の文学研究者、文芸評論家、熊本大学名誉教授。平成音楽大学教授。日本近代文学が専攻。 大分県大野町生まれ。熊本大学法文学部卒、東京都立大学 (1949-2011)大学院博士課程中退。1977年「近代詩人の研究」で、東京都立大学から文学博士を取得。別府大学講師、熊本大学教養部助教授を経て、1975年に教授。2002年、定年退官、名誉教授。 俳句では『未来図』(鍵和田秞子)に所属。
林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は… 林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は、日本の経済学者・心理学研究者・評論家。日本ユング研究会会長。 1937年、長野県飯田市生まれ。東京大学法学部に進み、在学中は1958年から1961年まで学生運動に加わり、全学連組織部長として60年安保闘争に参加した。1962年に東京大学を卒業し、同大学大学院経済学研究科に進んだ。指導教官は大塚久雄であった。1968年に博士課程単位取得満期退学。 1970年、東京女子大学専任講師となった。1971年にマックス・ウェーバーについて論じた学位論文『ウェーバー社会学の方法と構想』で経済学博士号を取得。1975年から1976年までドイツ・テュービンゲン大学に留学し、帰国後にカール・グスタフ・ユングの研究に転じてユングの著作の翻訳を手がける。
木曾 好能(きそ よしのぶ、1937年1月10日 - 199… 木曾 好能(きそ よしのぶ、1937年1月10日 - 1994年10月3日)は、日本の哲学研究者、元京都大学文学部教授。 専門はイギリス哲学。京都大学文学部卒業。1973年京都大学文学部哲学科助教授、1988年教授となり、デイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』第1巻(法政大学出版局、1995年)を訳したところで胃がんのため死去。
原 剛 (はら たけし、1937年(昭和12年) - )は、… 原 剛 (はら たけし、1937年(昭和12年) - )は、日本の軍事史研究者、陸上自衛官。防衛省防衛研究所図書館調査員、軍事史学会副会長。最終階級は1等陸佐。専攻は日本軍事史(特に国土防衛史)。 香川県出身。県立観音寺第一高校卒業後、1960年(昭和35年)防衛大学校本科卒業(第4期生)。同年陸上自衛隊入隊。第10普通科連隊、第28普通科連隊に勤務後、防衛大学校、陸上自衛隊少年工科学校、陸上自衛隊幹部候補生学校教官を歴任。この期間に日本大学法学部政治経済学科を卒業(通信教育課程)、国士舘大学で歴史学を研修[要出典]。 1980年(昭和55年)より防衛庁防衛研究所戦史部所員。1991年に自衛官を退官後、教官として防衛研究所戦史部勤務、1998年定年退官し非常勤調査員として戦史部に勤務後、現職。
村崎 恭子(むらさき きょうこ、1937年 - )は、アイヌ… 村崎 恭子(むらさき きょうこ、1937年 - )は、アイヌ語の研究者。横浜国立大学名誉教授。専攻は言語学、樺太アイヌ語学。 村崎は元々は東京外国語大学でモンゴル語を専攻していた。その後に東京大学に学士入学した際、アイヌ語の辞典を編纂するプロジェクトが偶然にも進行中であった。その際に樺太アイヌ語の調査を当時の指導教官に勧められたことが、アイヌ語研究に携わる転機となった。 また、村崎は1963年9月に『民族学研究』27巻4号の誌上で、 1962年6月の時点で北海道での千島アイヌ語の話者が途絶え、事実上死語となったことを報告した。彼女は1962年の夏に北海道で調査を行ったが、結果として千島アイヌ語のインフォーマントは既に存在しなかった。
田中 敏雄(たなか としお、1937年 - )は、日本の文学… 田中 敏雄(たなか としお、1937年 - )は、日本の文学研究者。東京外国語大学名誉教授。専門は現代ヒンディー文学。 東京都生まれ。東京外国語大学ヒンディー語専攻卒業後、インド・デリー大学に留学。帰国後は東京外国語大学にて教鞭を執り、ヒンディー文学の研究と教育に従事した。 2000年3月に東京外国語大学を退職し、名誉教授の称号を受ける。その後、麗沢大学および恵泉女学園大学で非常勤講師を務めた。 現代ヒンディー文学を中心に、インドの言語文化、非暴力運動(サッティヤーグラハ)などに関する研究を行った。 代表的な著作に『南アフリカでのサッティヤーグラハの歴史 1 非暴力不服従運動の誕生』(東洋文庫)などがある。
滝川 義人(たきがわ よしと、1937年 - )は、日本のユ… 滝川 義人(たきがわ よしと、1937年 - )は、日本のユダヤ、中東研究者。 長崎県諌早市出身。1962年、早稲田大学第一文学部卒業。会社勤務を経て、イスラエルに渡りキブツで2年間生活した。日本に帰国、駐日イスラエル大使館に30年以上勤務。イスラエル大使館チーフインフォメーションオフィサーを経て、中東報道研究機関(MEMRI)日本代表。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
矢島 道弘(やじま みちひろ、1937年 - )は、日本近代… 矢島 道弘(やじま みちひろ、1937年 - )は、日本近代文学研究者。 横浜市生れ。1960年早稲田大学卒業。61年同大学国語国文学専攻科修了。1966年、伴悦、島田昭男、荻久保泰幸らと無頼文学会を創設、事務局長となる。横浜市立東高等学校、東横学園女子短期大学を経て関東学院女子短期大学、国士舘大学講師、「かながわの文学を探る会」会長。
高島 邦子(たかしま くにこ、1937年(昭和12年) - … 高島 邦子(たかしま くにこ、1937年(昭和12年) - 2000年(平成12年)5月24日)は、日本のアメリカ演劇研究者。 福井県生まれ。立命館大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了、龍谷大学大学院博士課程満期退学。1988年摂南大学国際言語文化学部助教授、1992年同教授。1994年『20世紀アメリカ演劇ーアメリカ神話の解剖』で河竹賞受賞。2000年乳がんで逝去。
山口 昌伴(やまぐち まさとも、1937年 - 2013年8… 山口 昌伴(やまぐち まさとも、1937年 - 2013年8月17日)は、日本のエッセイスト、研究者。父は画家・デザイナーの山口正城。 1963年、早稲田大学建築学科卒業。 1972年まで建築事務所勤務の後、GKインダストリアルデザイン研究所入所。GK道具学研究所所長として、住居学・考現学・生活学の視点からの研究に従事。日本生活学会理事、日本産業技術史学会理事、国立民族学博物館研究協力員となる。この間、『室内』『マイホームプラン』『建築知識』などに多くの記事を寄稿。エッセイストとしては、矢田洋、丹羽小丸、知久章など多くのペンネームでも執筆する。 1996年には栄久庵憲司、川添登らとともに道具学会を設立。
飛高隆夫(ひだか たかお、1936年12月22日-2020年… 飛高隆夫(ひだか たかお、1936年12月22日-2020年10月16日)は、日本近代文学研究者。大妻女子大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1959年東京教育大学文学部国文科卒、1965年同大学院文学研究科博士課程満期退学、1967年大妻女子大学文学部専任講師、1970年助教授、1982年教授。1997年退職、名誉教授、皇學館大學教授、2005年退職。
十川 信介(とがわ しんすけ、1936年12月21日 - 2… 十川 信介(とがわ しんすけ、1936年12月21日 - 2018年11月18日)は、日本文学研究者。専門は日本近代文学。学習院大学名誉教授。 北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校を経て、1960年京都大学文学部国文学科卒、1966年、同大学院文学研究科博士課程満期退学。1967年京都府立大学講師、1968年同助教授を経て、1978年学習院大学教授。2007年、定年退職、学習院大学名教授。2008年日本近代文学館副理事長。2010年より花園大学客員教授。 京大で中村光夫の教えを受け、二葉亭四迷研究を始める。1981年、『島崎藤村』で亀井勝一郎賞受賞。 2018年11月18日、虚血性心疾患のため、死去。
東郷 克美(とうごう かつみ、男性、1936年12月9日 -… 東郷 克美(とうごう かつみ、男性、1936年12月9日 - )は、日本の日本文学研究者。専門は日本近代文学。早稲田大学名誉教授。 鹿児島県さつま町出身。1959年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。安田女子高等学校教諭、東京都立深川高等学校、東京都立小平高等学校、早稲田大学高等学院の教諭を経て、1971年成城短期大学専任講師。1979年成城大学文芸学部助教授、1982年同教授。1993年早稲田大学教育学部教授。2006年、同大学を定年退職、名誉教授。
高野 政晴(たかの まさはる、1936年(昭和11年)11月… 高野 政晴(たかの まさはる、1936年(昭和11年)11月25日 - )は、日本の研究者、教育者。学位は、工学博士(東京大学)。同大学名誉教授。精密工学、機械工学、ロボット工学を専門とし、6自由度ロボットアームの効率的な逆運動学(英語版)解法を提案した。東京大学で助手、講師、助教授、教授、関西大学教授を歴任し、日本学術会議委員(第16期、第5部)も務めた。2016年秋、瑞宝中綬章受勲。 東京大学工学部精密機械工学科を卒業。同大学院工学研究科精密機械工学専攻を1963年3月に卒業し、同年4月に助手へ就任。歯車や振動の研究に従事し、1967年に論文博士で学位を取得する。搬送装置やリンク機構の研究に従事し、1965年10月から講師、1968年4月から助教授となる。
越智 道雄(おち みちお、1936年11月3日 - 2021… 越智 道雄(おち みちお、1936年11月3日 - 2021年5月26日)は、日本の英語圏政治/文化研究者、翻訳家。明治大学名誉教授。 愛媛県今治市出身。1965年広島大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、1966年玉川大学文学部助教授、1970年明治大学商学部助教授、1975年教授、2007年定年退職、名誉教授。 1983年にザヴィア・ハーバート「かわいそうな私の国」で日本翻訳出版文化賞、1987年にローズマリー・ハリス「遠い日の歌が聞こえる」翻訳で産経児童出版文化賞受賞。 多元文化国家アメリカ論で多数の著書がある。他にオーストラリアを中心にカナダ・ニュージーランド・南アを含めた「英語圏新世界諸国」をアメリカとエコーさせる視点での論考、アメリカを中心とする多数の翻訳に加えて、児童文学・ミステリ・SFの翻訳がある。
本城 靖久(ほんじょう のぶひさ、1936年10月19日- … 本城 靖久(ほんじょう のぶひさ、1936年10月19日- )は、日本の旅行学研究者。大学教員も務めた。 母・本城はつは、人見絹枝らと第3回国際女子競技大会に出場した陸上選手だった。甥は写真家の本城直季。 京都市生まれ。京都大学法学部卒業。自治省に入省。1967年から1971年まで、フランスに留学、パリ国際行政学院アジア部卒。国連職員としてセネガル、ケニアで勤務。 1983年に『グランド・ツアー』でサントリー学芸賞受賞。同作は漫画化(石ノ森章太郎作画・仲倉重郎脚本『グランド・ツアー 英国式大修学旅行』中央公論社〈中公コミック〉、1997年)もされた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
井手 久登(いで ひさと、1936年9月9日 - )は、日本… 井手 久登(いで ひさと、1936年9月9日 - )は、日本の造園・緑地学研究者。生態学者。教育者。東京大学名誉教授。日本学術会議会員。農学博士。首都機能移転の環境に関する研究会座長。岳父は経済史学者の大塚久雄。 研究テーマは生態学的土地利用計画、農村計画学、緑地環境計画。造園系文化財保護・現地保存と環境保全。都市緑化・緑地保全、植生分布、果樹変異、生垣、緑環境・緑景観、保存樹街路樹保全などや生活環やナショナル・トラストなど。1992年、農村計画学会会長。1995年、日本都市計画学会副会長。日本公園緑地協会公園緑地研究委員会委員長。2001年、日本都市計画学会功績賞。2014年、第8回みどりの学術賞。
小鷹 信光(こだか のぶみつ、1936年8月26日 - 20… 小鷹 信光(こだか のぶみつ、1936年8月26日 - 2015年12月8日)は、日本のハードボイルドを中心としたミステリ評論家、翻訳家、アンソロジスト、小説家、アメリカ文化研究者。 名和 立行名義も使用した。本名・中島信也。 日本推理作家協会、日本冒険作家クラブ、マルタの鷹協会日本支部、アメリカ探偵作家クラブ、アメリカ私立探偵作家クラブ各会員。 1936年、岐阜県高山市で生まれる。ただし、両親とも富山生まれで、小鷹の兄と弟も富山で生まれている。次男の小鷹だけは父が勤務していた銀行の高山支店勤務中に生まれたものの、2008年に行われた片岡義男との対談では「家族五人と富山から上京してきて建売住宅に入った」「私の田舎は富山なんだけど、荷物を送ったら空襲で丸焼けになった」などと語っており、出身は富山という認識だったことがうかがえる。
大藤 幹夫(おおふじ みきお、1936年8月17日 -202… 大藤 幹夫(おおふじ みきお、1936年8月17日 -2025年2月26日 )は、日本の日本児童文学研究者。大阪教育大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪教育大学大学院修士課程修了。武庫川女子大学助教授、大阪教育大学助教授、教授、2000年定年退官、名誉教授、大阪総合保育大学教授。1999年、藤本芳則・上田信道と同人を務める季刊『児童文学資料研究』で日本児童文学学会賞特別賞受賞。
由水 常雄(よしみず つねお、1936年8月2日 - )は、… 由水 常雄(よしみず つねお、1936年8月2日 - )は、日本の歴史研究者、ガラス工芸家。徳島県生まれ。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学大学院博士課程修了。1968年より1970年までチェコ政府招聘留学生としてプラハ大学でガラス工芸史、東西美術交渉史を専攻。
小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本… 小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本の演劇研究者、演劇学者・演出家。東京学芸大学名誉教授・元副学長。有明教育芸術短期大学終身名誉学長。 高等教育におけるパーフォーミング・アーツ(演劇・舞踊・音楽)教育のフィロソフィの構築とその実際に尽力。 理論の中心は、日本の伝統芸術(能狂言と歌舞伎、日本舞踊、日本の伝統音楽)の基礎教育と西洋の芸術教育との融合におかれた。専門は演劇教育学、現代演出論。長野県下高井郡木島平村出身。「鬼島志郎」の筆名がある。
日隈 威徳(ひぐま たけのり、1936年(昭和11年)7月2… 日隈 威徳(ひぐま たけのり、1936年(昭和11年)7月22日 - 2019年(平成31年)1月20日)は、日本の宗教研究者。「全国宗教人・日本共産党を支持する会」代表世話人、勤労者通信大学講師、アジア・アフリカ研究所所員。筆名の七里和乗(しちり わじょう)でも執筆した。
星野 晃一(ほしの こういち、1936年6月9日- )は、日… 星野 晃一(ほしの こういち、1936年6月9日- )は、日本の日本近代文学研究者。城西国際大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。城西大学女子短期大学部助教授、教授、城西国際大学教授、2007年定年退職、武蔵野大学客員教授。2010年退職。室生犀星が専門。
市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 20… 市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 2019年1月6日)は、フランス文学者、日欧交渉史研究者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程修了。1966-1970年フランスのモンペリエ大学に留学。早稲田大学文学部教授。2002年に定年後は、学習院女子大学非常勤講師。慶應義塾大学特別招聘教授、マドリッド・アウトノマ大学客員教授を歴任。2016年春、瑞宝中綬章受勲。2019年1月6日、肺炎のため死去。82歳没。叙従五位。 百科全書・18世紀啓蒙思想を中心とするフランス思想・文学および比較文化専攻。
茂木 雅夫(もぎ まさお、1936年6月3日 - )は、 日… 茂木 雅夫(もぎ まさお、1936年6月3日 - )は、 日本文学研究者、作家。 茨城県行方市に生まれる。茨城県立麻生高等学校普通科を卒業した後に作家を志望して上京。1960年に早稲田大学文学部日本文学科を卒業。この年の4月から聖光学院中学校・高等学校の国語教諭として2000年3月まで勤務。1994年9月から2012年3月まで日本大学(大学院)芸術学部文芸科の非常勤講師を勤めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
斎藤 末弘(さいとう すえひろ、1936年5月31日 - )… 斎藤 末弘(さいとう すえひろ、1936年5月31日 - )は、日本近代文学研究者、西南学院大学名誉教授。 北海道生まれ。1955年に北海道滝川高等学校を卒業、1959年に國學院大學文学部を卒業。角川書店編集部、日本キリスト教団出版局、東京電機大学非常勤講師を経て、1978年西南学院大学文学部講師に就任。助教授を経て、1986年に教授となる。国際文化部長、文学研究科長を歴任し、2004年に学校法人西南学院理事長に就任。2007年に西南学院大を定年退職し、名誉教授となる。2015年春、旭日中綬章受勲。 1960-73年、椎名麟三、高見沢潤子、佐古純一郎らと共に「たねの会」結成に参加。個人研究誌『椎名麟三研究』主宰。
原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 -… 原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 - 2023年11月23日)は、日本近世演劇研究者、明治大学名誉教授。 東京生まれ。1955年成蹊高等学校卒業、1960年東京大学文学部国文科卒、1966年同大学院博士課程単位取得満期退学、東京大学文学部助手。1971年横浜市立大学文理学部助教授、1981年明治大学文学部教授。2005年同図書館長。2007年定年退職、名誉教授。歌舞伎学会会長、義太夫協会代表理事などを務めた。 2014年第46回河竹賞、第36回角川源義賞受賞。2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 2023年11月23日、誤嚥性肺炎のため東京都の病院で死去。87歳没。
切畑 健(きりはた けん、1936年5月7日- )は、日本の… 切畑 健(きりはた けん、1936年5月7日- )は、日本の伝統服飾の研究者、京都国立博物館名誉館員。 大阪市生まれ。京都市立美術大学日本画科卒業。京都国立博物館に入り、京都文化資料研究センター調査資料室長、普及室長を経て、大手前女子大学文学部教授。2007年退職。
大輪 靖宏(おおわ やすひろ、1936年(昭和11年)4月6… 大輪 靖宏(おおわ やすひろ、1936年(昭和11年)4月6日 - )は、日本の俳人・日本文学研究者。専門は日本近世文学。上智大学名誉教授。公益社団法人日本伝統俳句協会副会長、国際俳句交流協会常務理事、慶大俳句丘の会会長、横浜俳和会顧問、和の句会主宰。 東京府東京市蒲田区生まれ。山梨県、福岡県、大阪府で育ち、大阪府立豊中高等学校を経て、1960年、慶應義塾大学文学部国文学科卒業。同年、日本テレビに入社するも退職し、1961年、慶應大学大学院文学研究科国文学専攻に進学。1968年、博士課程単位取得満期退学。1970年、同大学附属研究所国際センター専任講師、1973年、上智大学文学部専任講師、1974年、助教授、1981年、教授。
藤崎 康夫(ふじさき やすお、1936年3月30日 - )は… 藤崎 康夫(ふじさき やすお、1936年3月30日 - )は、日本の評論家、移民史研究者、児童文学作家。 ブラジル日本語新聞「ニッケイ新聞」(旧名パウリスタ新聞)東京支社名誉支社長。雑誌『児童文学』編集長。 熊本県生まれ。1944年朝鮮から引き揚げ。1958年熊本大学教育学部理科学科卒業。天草、東京で中学校教師等を経て、著作活動へ。南米の日本人移民の調査などを行った。 第17回日本児童文芸家協会賞受賞。弟子に奥野修司などがいる。
藤村 龍雄(ふじむら たつお、1936年3月13日 - )は… 藤村 龍雄(ふじむら たつお、1936年3月13日 - )は、日本の哲学研究者・論理学者。東京水産大学名誉教授。 樺太生まれ。岩手県立千厩高等学校卒、1958年千葉大学文理学部哲学科卒、1964年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、東京薬科大学専任講師、1965年国士舘大学専任講師、1966年鹿児島大学法文学部助手、1967年講師に就任、1968年東京水産大学講師、1970年助教授、1980年教授、1999年定年退官、名誉教授、2001年立正大学教授、2006年に定年退職。 『フレーゲ著作集』で2000年日本翻訳出版文化賞受賞。
磯野 直秀(いその なおひで、1936年(昭和11年)3月8… 磯野 直秀(いその なおひで、1936年(昭和11年)3月8日 - 2012年(平成24年)7月9日)は、日本の動物学者、博物学史研究者。慶應義塾大学名誉教授(博物学史)。 1936年生まれ。東京生まれ。1959年東京大学理学部生物学科動物学専攻卒、1964年同大学院生物系研究科動物学専攻博士課程修了、「ウニ卵の五炭糖リン酸回路」で理学博士。1965年東京都立大学 (1949-2011)理学部助手、1977年慶應義塾大学理工学部助教授、1981年教授、2002年定年退任、名誉教授(博物学史)。 古文書に掲載されている動植物の記述や絵を研究して「日本博物誌総合年表」(磯野直秀 2012)などの著作をおこなった。
藤井 かよ(ふじい かよ、1936年1月17日 - 2009… 藤井 かよ(ふじい かよ、1936年1月17日 - 2009年12月29日)は、日本の英米文学研究者、比較文化学者、翻訳家。 1959年早稲田大学文学部卒業。1959年から1963年アメリカ、イギリス、イタリアへ遊学。1968年同大学大学院博士課程満期退学(英文学)。大正大学文学部講師、早稲田大学文学部講師。1978年より大正大学教授。 2006年「恋愛小説と現代の女性文化」で大正大学文学博士。2006年定年、名誉教授。大正大学は藤井の遺志により留学生向けの「藤井かよ奨学金」を運用している。 夫は物理学者の藤井昭彦。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
加藤 僖一(かとう きいち、1936年1月13日 - )は、… 加藤 僖一(かとう きいち、1936年1月13日 - )は、書の研究者、良寛研究者、新潟大学名誉教授。 東京市(現江戸川区)生まれ。1959年新潟大学教育学部書道科卒。京都大学文学部哲学科研修員、新潟大学教育学部講師、助教授、教授、2001年定年退官、名誉教授。良寛研究所所長、全国良寛会副会長、北京大学良寛研究会名誉会長、正筆会参事、読売書法会幹事。写真家でもある。2015年11月瑞宝中綬章受章。
福島 鑄郎(福島 鋳郎、ふくしま じゅうろう、1936年1月… 福島 鑄郎(福島 鋳郎、ふくしま じゅうろう、1936年1月1日- 2006年6月)は、日本の戦後雑誌・出版史の研究者、雑誌収集家。プランゲ文庫の存在を、いち早く日本に広く紹介したことでも知られる。日本出版学会会員、メディア史研究会会員、大衆文学研究会会員、占領史研究会会員。 本稿では可能な限り初出に従って、「鑄」「鋳」の別を個別の著作に付記した。 栃木県生まれ。本名・重信。1954年栃木県立馬頭高等学校卒業後、昼間に古書店巡りの時間を確保するため、日販や藤沢市民病院などで警備員を務めながら、雑誌の収集や研究に励んだ。1972年11月3日、竹前栄治・天川晃とともに日本占領史研究会(1992年解散)を設立。
中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1… 中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1日 - )は、生命誌研究者、JT生命誌研究館名誉館長。理学博士(東京大学、1964年)。東京府出身。長女は、スウェーデン語講師、翻訳家の中村友子。 東大理学部卒。企業所属の生命科学研究所開設に際し研究員となる。人間社会との接点を測りながら遺伝子研究に携わる。生命体の本質を知るには生物の履歴が必要と考え、生命誌研究館を設立。著書に『生命科学から生命誌へ』(1991年)など。
木曽 明子(木曾 明子、きそ あきこ、1936年 - 202… 木曽 明子(木曾 明子、きそ あきこ、1936年 - 2024年)は、日本の古代ギリシア文学研究者。学位は、文学博士。大阪大学名誉教授。 満州生まれ。京都大学大学院文学部博士課程満期退学、1987年文学博士。松平千秋門下生。大阪大学教養部教授、1994年同文学部教授、1997年退官、名誉教授、北見工業大学教授を経て2002年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の… 西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の歴史学者、日本女性史研究者、相愛大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年、京都女子大学文学部卒。相愛大学教授。2007年、定年退任、名誉教授。
江本 裕(えもと ひろし、1936年 - )は、日本の国文学… 江本 裕(えもと ひろし、1936年 - )は、日本の国文学者・近世文学研究者。大妻女子大学名誉教授。 1936年、鹿児島県生まれ。1959年、熊本大学国文科を卒業。早稲田大学大学院に進み、1962年修士課程を修了。 1967年、都留文科大学講師となる。のち助教授昇進。1972年より文部省初中局教科書調査官。1979年、大妻女子大学助教授となった。のち教授昇進。2000年に大妻女子大学を定年退職し、名誉教授となった。
本間 禎一(ほんま ていいち、1936年(昭和11年) - … 本間 禎一(ほんま ていいち、1936年(昭和11年) - )は、日本の研究者、工学者、東京大学工学博士。金属表面科学の権威者。 (科学研究費補助金) この項目は、工学・技術に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:技術と産業)。
泉谷 周三郎(いずみや しゅうざぶろう、1936年 - )は… 泉谷 周三郎(いずみや しゅうざぶろう、1936年 - )は、日本の哲学研究者。横浜国立大学名誉教授。 東京生まれ。1955年秋田県立横手高等学校卒、東京教育大学卒、1966年同大学院博士課程中退、福島工業高等専門学校講師、横浜国立大学教育人間科学部助教授、教授、附属横浜中学校校長、2000年定年、中部大学教授、聖学院大学客員教授。
鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本… 鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本近代文学の研究者、都留文科大学名誉教授。文学博士。 福島県いわき市生まれ。東京教育大学文学部国文科卒業。都留文科大学教授を務め、2002年定年退官。中島敦、芥川龍之介、壺井栄を研究。腎不全で闘病し、姉から腎臓移植を受けた経験を描いた『姉から贈られたいのち』がある。2012年日本児童文学学会特別賞受賞。2013年『評伝壺井栄』でやまなし文学賞受賞。2018年9月20日、82歳で逝去。[要出典]
安田 矩明(やすだ のりあき、1935年12月11日 - 2… 安田 矩明(やすだ のりあき、1935年12月11日 - 2004年4月16日)は、日本の陸上競技選手・指導者・研究者、新聞記者。専門は棒高跳で元・日本記録保持者。中京大学名誉教授。日本統治時代の台湾生まれ、鳥取県出身。 安田の現役時代は棒高跳のポールの進化が続いていた頃であり、竹、スチール、グラスファイバーの3種を手に競技を行った。 1935年(昭和10年)12月11日、日本統治下の台湾の台北県樹林鎮(現・新北市樹林区)に安田家7人兄弟の5番目として生まれた。当時の樹林は台北市の郊外にある田舎町であり、父は台湾で国民学校の校長を務め、自宅は学校の裏にあった。高いところに登るのが好きで、2歳の頃に学校の樋を伝って10 mほどの高さの屋根まで登り、母をひやひやさせた経験があるという。
柚木 馥(ゆのき ふく、1935年11月22日 - 2007… 柚木 馥(ゆのき ふく、1935年11月22日 - 2007年1月30日)は、日本の障害児教育研究者。岐阜大学名誉教授。 群馬県出身。1958年東京教育大学教育学部特殊教育専攻卒、1965年北海道大学大学院教育学研究科博士課程満期退学、岐阜大学教育学部講師、助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、桜花学園大学教授。1999年「知的障害者の法外小規模施設における教育実践」で北海道大学より博士(教育学)の学位を取得。
田中 一生(たなか かずお、1935年11月21日 - 20… 田中 一生(たなか かずお、1935年11月21日 - 2007年3月9日)は、東欧・バルカン地域、とくにユーゴスラビアの言語・文学を日本に紹介し続けた、在野の研究者、翻訳家、作家。本名・一夫。 北海道中西部の美唄市生まれ。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。1962年、政府交換留学生としてベオグラード大学哲学部美術史科に留学。1968年に帰国後、大学講師などを務めながら、イヴォ・アンドリッチの翻訳のほか、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語、スロベニア語、バルカン現代史を研究した。 2006年に、バルカン地域の紹介などの業績に対し、当時のセルビア・モンテネグロから勲二等ヴーク・カラジッチ勲章が送られた。
生田 滋(いくた しげる、1935年11月2日 - 2024… 生田 滋(いくた しげる、1935年11月2日 - 2024年1月17日)は、日本の東南アジア史研究者。大東文化大学名誉教授。専門は、前近代の東南アジア史、大航海時代史、古琉球史。旧満洲国・ハルビン市生まれ。 1959年、東京大学文学部東洋史学科を卒業。1961年、同大学院人文科学研究科修士課程(東洋史専攻)を修了。同年、財団法人東洋文庫入職。同文庫附置ユネスコ東アジア文化研究センター研究員、同調査資料室長を経て、1986年から大東文化大学国際関係学部国際文化学科教授。2006年3月、同大を定年退職。同年から同大名誉教授。 2024年1月17日午前6時、病気療養中のところ東京都内の病院で死去、満88歳没。
増田 繁夫(ますだ しげお、1935年10月26日 - )は… 増田 繁夫(ますだ しげお、1935年10月26日 - )は、日本の日本文学研究者。大阪市立大学名誉教授。 兵庫県小野市生まれ。京都大学文学部卒業。甲南大学助教授、梅花女子大学助教授、大阪市立大学教授、1998年定年退官、名誉教授、武庫川女子大学教授。
市村 俊彦(いちむら としひこ、1935年9月23日 - )… 市村 俊彦(いちむら としひこ、1935年9月23日 - )は日本のテレパシーの研究者。 新潟県中蒲原郡横越村(現新潟市江南区)生まれ。新潟県立新潟工業高等学校、新潟大学理学部物理学科(物性物理専攻)を卒業。新潟青陵高等学校、新潟明訓高等学校で教諭経験。 会社勤務の傍ら、数百名の会員を擁する超心理研究会を主宰し、1967年から1987年にかけて会誌『テレパシー』を119号まで発行した。
関口 安義(せきぐち やすよし、1935年9月23日 - )… 関口 安義(せきぐち やすよし、1935年9月23日 - )は、日本近代文学の研究者。都留文科大学名誉教授。