赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2… 赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2013年10月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 大阪市生まれ。1952年京都大学法学部卒業、1956年大阪大学文学部仏文科卒、1959年同大学院文学研究科修士課程修了、パリ大学博士(哲学)。大阪大学教養部助教授、文学部仏文科教授。1991年定年退官、名誉教授。妻の赤木冨美子は大阪外国語大学名誉教授。
篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 -… 篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 - 2022年12月25日)は、日本のフランス文学・比較文学者、記号学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京大学文学部仏文科を卒業。1957年から東京外国語大学で教え、助教授、教授。1991年定年退官、名誉教授。 19世紀フランス文学の研究から出発し、記号学や物語論など当時先端的な文学理論を吸収しながら、文学評論にとどまらず、強制収容所文学の分析などを含めた視野の広い研究を展開した。晩年は日本文化の研究にも手を染めた。翻訳も多数ある。とりわけポール・ニザン『アデン・アラビア』、ミシュレ『魔女』、ロラン・バルト『サド、フーリエ、ロヨラ』は有名。
高橋 和夫(たかはし かずお、1928年2月15日 - )は… 高橋 和夫(たかはし かずお、1928年2月15日 - )は、国文学者、群馬大学名誉教授。 東京生まれ。1950年東京大学文学部国文科卒、1962年同大学院修士課程修了、群馬大学教育学部講師、助教授、教授。1993年定年退官、名誉教授。 1962年垣内松三賞、1967年久松賞、1975年博報賞受賞。
濱田 泰三(はまだ たいぞう、1928年2月13日 - 20… 濱田 泰三(はまだ たいぞう、1928年2月13日 - 2019年8月17日)は、日本の文学者(フランス文学)、文芸評論家。早稲田大学名誉教授、公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター顧問。「濱田」の「濱」が旧字体のため、新字体で浜田 泰三(はまだ たいぞう)と表記されることもある。 日本放送協会での勤務を経て、早稲田大学法学部教授、早稲田大学図書館館長(第12代)、学校法人早稲田大学常任理事、財団法人パブリックヘルスリサーチセンター理事長などを歴任した。 フランス文学者であるとともに、文芸評論家としても活躍した。また、レフ・トロツキーやルネ・グルッセの著作の翻訳を手掛け、仏教など宗教に纏わる識見も有するなど、多才な活動を展開した。
永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 200… 永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 2000年4月22日)は、日本の英文学者、翻訳家。ジェイムズ・ジョイスやシェイクスピア、ガルシア・ロルカの翻訳者として知られる。 東京大学文学部英文科を卒業後、旧・東京都立大学助教授などを経て、1970年からスペインのセビリアに定住し、主に海洋文学史を研究。ブロンテ「嵐が丘」、ジョイス「ユリシーズ」翻訳が著名である。 鳥取県米子市に生まれた。父は永川重幸。 1945年2月、広島陸軍幼年学校を脱走、軍学校の脱走者は逮捕されたら銃殺刑に処されることが決まっていたため日本全国を転々と逃亡して8月の敗戦を迎え、この体験が丸谷才一の小説『笹まくら』の題材となった──と伝えられていたが、永川玲二の弟の永川祐三によるとこの話は虚構であり、実際には1942年4月に広島の陸軍幼年学校に入学、そのまま卒業し、1945年4月、東京代々木の陸軍予科士官学校に入学したことが資料の上で裏付けられるという。
新島 淳良(にいじま あつよし、1928年2月7日 - 20… 新島 淳良(にいじま あつよし、1928年2月7日 - 2002年1月12日)は、日本の中国文学者、コミュニティー活動家。
倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年… 倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、翻訳家。神奈川大学名誉教授。 東京府生まれ。1953年東京外国語大学フランス学科卒。1958年から1960年までパリ大学文学部留学。上智大学助教授、教授、神奈川大学教授、1998年定年退任、名誉教授。 シャルル・ペギーを中心にキリスト教文学を研究、翻訳した。フランス語のみならずイタリア語、スペイン語、英語に通じ、語学教科書も数多く執筆した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年… 木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年8月14日)は、日本の詩人、英米文学者、翻訳家、童話作家、作詞家。本名は小島 昭三(こじま しょうぞう)。 新日本文学会、日本文芸家協会、各会員。 京都府京都市中京区生まれ。第六高等学校在学中に敗戦を迎える。1947年東京大学文学部英文科入学、学生運動に加わり、東京大学新聞を編集する。また在学中から詩誌「列島」などに加わり、発行人もつとめた。 1951年卒業、東京都立北野高等学校教諭として英語を教える。 1953年野間宏の跋文を得て『木島始詩集』を刊行、1954年専修大学講師、1963年法政大学第一教養部講師となり、助教授、教授を務める。
酒井 憲二(さかい けんじ、1928年1月15日 - 201… 酒井 憲二(さかい けんじ、1928年1月15日 - 2012年11月28日)は、日本の国語学者・国文学者。 1928年、酒井與蔵・美世里の長男として、福井県今立郡北中山村川島(現鯖江市川島町)に生まれる。北中山尋常高等小学校(北中山村国民学校)・福井師範学校・日本大学文学部国文学科(二部)を首席で卒業。文学博士(日本大学)。鯖江市中央中学校、東京都墨田区立言問小学校、都立小松川高校・上野高校(いずれも定時制)教諭、山梨県立女子短期大学(現山梨県立大学)講師、図書館短期大学助教授(図書館大学(仮称)創設準備室委員)、図書館情報大学(現筑波大学図書館情報メディア研究科)教授(大学院担当科目は書誌学特論1、および、日本大学文理学部にて国語学演習)、平成4年(1992)定年退官。
宮崎昭威(みやざき てるたけ、1928年1月12日-2015… 宮崎昭威(みやざき てるたけ、1928年1月12日-2015年2月9日)は、英文学者。東京出身。法政大学文学部英文科卒、同大学院中退、中央大学経済学部助教授、教授、98年定年退任、名誉教授。
大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1… 大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1996年6月4日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元学習院大学教授。 父は大久保偵次。東京出身。1952年東京大学仏文科卒業。学習院大学助教授、教授。在職中に死去。
池田 廉(いけだ きよし、1928年1月2日 - 2025年… 池田 廉(いけだ きよし、1928年1月2日 - 2025年4月24日)は、イタリア文学者、大阪外国語大学名誉教授。 1928年、東京生まれ。京都大学文学部文学科伊語・伊文学専攻、1950年に卒業。1953年、京都大学大学院修了。 1953年、京都大学文学部助手。1955年、イタリア政府給費奨学生としてパドヴァ大学に留学。1966年、大阪外国語大学助教授となり、1972年に教授となる。1993年に大阪外国語大学を定年退官し、名誉教授となった。その後も名古屋芸術大学の教授として教鞭をとった。 2025年、97歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
森本 茂(もりもと しげる、1928年1月2日 - 1996… 森本 茂(もりもと しげる、1928年1月2日 - 1996年6月24日)は、日本の国文学者。 京都府生まれ。1956年(昭和31年)3月、立命館大学大学院日本文学科修士課程修了。相愛女子大学助教授、教授、梅花女子大学文学部教授、香川大学教育学部教授、1992年奈良大学文学部国文学科教授。1992年3月28日、「大和物語の考証的研究」で立命館大学より論文博士として博士(文学)の学位を取得。
杉本 龍太郎(すぎもと りゅうたろう、1928年 - )は、… 杉本 龍太郎(すぎもと りゅうたろう、1928年 - )は、英文学者、大阪女子大学名誉教授。 大阪生まれ。大阪帝国大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了、大阪大学助手、関西学院大学文学部講師、大阪市立大学文学部助教授、大阪女子大学教授、92年定年退官、名誉教授、広島女学院大学教授。英国の形而上詩が専門。
上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文… 上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。 石川県金沢市生まれ。東京大学文学部卒。出版社勤務ののち、明星大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
植田 兼義(うえだ かねよし、1928年 - )は、日本のド… 植田 兼義(うえだ かねよし、1928年 - )は、日本のドイツ文学者。 東京生まれ。1957年東京大学文学部独文科卒。熊本大学助教授、中央大学法学部助教授、教授。99年定年。1978年『ニャールのサガ』で日本翻訳出版文化賞受賞。
山口 三夫(やまぐち みつお、1928年 - 1997年11… 山口 三夫(やまぐち みつお、1928年 - 1997年11月)は、フランス文学者。 奈良県生まれ。海軍兵学校に入学し(76期)、江田島で敗戦を迎える。1948年第三高等学校入学、1949年東京大学文学部美学科に編入、ロマン・ロランに傾倒、卒業後詩作などをし、1966年多摩美術大学助教授、反アパルトヘイト運動に関わり、小宮山量平の知遇を得て理論社から著作を刊行、大学を辞職ののち、1975年静岡大学教養部助教授、教授、1990年定年退官。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
三浦 富美子(みうら ふみこ、1928年 - )は、日本の英… 三浦 富美子(みうら ふみこ、1928年 - )は、日本の英文学者、歌人、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 日本女子大学卒業。メリーランド大学を経て、サンフランシスコ州立大学で英文学の修士号を取得。慶應義塾大学教授を務め、1994年定年となり名誉教授。ベティ・フリーダンの『The Feminine Mystique』を翻訳した(邦題『新しい女性の創造』)。 夫は英文学者の三浦新市。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
伊藤 敬(いとう けい、1928年 - )は、日本の国文学者… 伊藤 敬(いとう けい、1928年 - )は、日本の国文学者。 北海道生まれ。北海道大学文学部卒。藤女子大学教授を務めた。中世文学専攻。
マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1… マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1日)は、日本生まれの米国の英文学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。専門は、英文学(ビクトリア朝文学)、日本文学、比較文学。 東京府生まれ。次兄は建設省の官僚であった三好勝彦。1945年旧制東京府立第五中学校(現小石川高等学校)卒業、49年第一高等学校卒業、51年東京大学文学部英文科卒業、学習院大学助手、同講師時代にフルブライト奨学生としてイェール大学大学院に学ぶ。 1953年強制送還され学習院に戻るが米国人と結婚していたため再度渡米、ニューヨーク大学において英文学で博士号取得。1963年、博士論文作成中にカリフォルニア大学バークレー校に英文学の助教授(assistant professor)として迎えられ、ヴィクトリア朝英文学を専門に教える。
飛田 茂雄(とびた しげお、1927年12月22日 - 20… 飛田 茂雄(とびた しげお、1927年12月22日 - 2002年11月5日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、中央大学名誉教授。日本ヘンリー・ミラー協会名誉会長。 東京都世田谷区出身。1940年、主計将校だった父の転勤に伴って広島に転居。勤労動員先の陸軍被服支廠で被爆している。1952年、青山学院大学英文科卒業。1957年、早稲田大学大学院文学研究科近代英文学専攻博士課程修了(中退)。1955年、青山学院大学助手、1957年に同専任講師、1960年同助教授。1963年、小樽商科大学助教授、1969年に中央大学商学部教授、1993年に中央大学総合政策学部教授。 この間1976年4月から半年間カールトン大学客員研究員、1978年4月から1年間ノースカロライナ大学チャペルヒル校客員研究員を歴任。
清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2… 清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2002年7月17日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。甲南女子大学名誉教授。 専門分野は19世紀フランス文学とその関連芸術。 和歌山県生まれ。京都大学文学部フランス文学専攻卒業。大阪音楽大学助教授を経て甲南女子大学教授。1998年定年退職し、名誉教授。 2002年、肝不全により74歳で死去した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - … 金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - 2018年6月6日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。専門は、ドイツ文学・ドイツ思想。 東京出身。1952年東京大学文学部独文学科卒業。54年同大学院修士課程修了。日本放送協会に勤務し、国際局欧米部チーフディレクター。1977年に広島大学総合科学部教授、亜細亜大学教養部教授、1983年静岡大学教授。1991年定年退官し日本大学教授。1998年に退職。 1993年に日本独学史学会賞,2007年に国際文化表現学会賞受賞[要出典]。
梅田 昌志郎(うめだ よしろう、1927年12月10日 - … 梅田 昌志郎(うめだ よしろう、1927年12月10日 - )は、英文学者、作家。本名は芳朗。 札幌市生まれ。1951年(昭和26年)北海道大学卒、1960年「海と死者」で中央公論新人賞受賞。文化学院や法政大学講師を務め、英文学などの翻訳がいくつかある。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 20… 森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 2012年10月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、道元研究家。東京大学名誉教授。 1927年、奈良県で生まれた。東京府立第十一中学校(現・東京都立江北高等学校)を経て、東京大学文学部仏文科に進学。同大学大学院に進み、博士課程を中退。 1960年、東京大学教養学部助教授に就き、フランス語を講じた。のち教授昇格。1988年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。2012年に死去。 専門はフランス文学ならびにフランス思想であり、はじめサルトルなど実存主義に始まり、メルロ=ポンティ、ロラン・バルト、ジャック・デリダなどを日本に紹介した。その後、フランス思想との関連から道元へと関心を深め、『正法眼蔵』の読解を行なっている。
石川実(いしかわ みのる、1927年〈昭和2年〉11月7日 … 石川実(いしかわ みのる、1927年〈昭和2年〉11月7日 - 2021年〈令和3年〉11月29日)は、日本の英文学者、慶應義塾大学名誉教授。シェイクスピアを専門とした。 茨城県生まれ。慶應義塾大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了。1963年同助手、1967年同工学部講師、1971年助教授、1978年教授。1993年定年、名誉教授、東京家政学院大学教授。 2021年11月29日、心不全のため死去。94歳没。
佐竹 昭広(さたけ あきひろ、1927年10月19日 - 2… 佐竹 昭広(さたけ あきひろ、1927年10月19日 - 2008年7月1日)は、国文学者・万葉学者、京都大学名誉教授。1994年紫綬褒章受章。 1927年、東京都生まれ。1946年5月、満18歳の時に短歌における字余についての論文を発表。それは『万葉集』の短歌の99%、『古今和歌集』『後撰和歌集』の100%に当てはまる字余の法則を発見したものであった(「万葉集短歌字余考」『文学』昭和21年5月)。 京都大学へ進み、1952年に同大学文学部を卒業。その後、5年間特別研究生として同大学に在籍した。 1957年、学習院大学講師となった。後に助教授に昇進。1960年に母校の京都大学文学部助教授に転じ、1973年に教授昇格。
伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008… 伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008年3月8日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學名誉教授。 愛知県生まれ。1956年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了、國學院大學文学部助教授、教授。1998年定年退任、名誉教授。 言語学、歴史学などの翻訳多数。
松田 修(まつだ おさむ、1927年10月1日 - 2004… 松田 修(まつだ おさむ、1927年10月1日 - 2004年2月6日)は、日本の国文学者、文芸評論家。国文学研究資料館名誉教授。近世文学専攻。 京都大学卒業、同大学院に学ぶ。福岡女子大学助教授を経て、国文学研究資料館教授、法政大学教授を務めた。井原西鶴の研究から始まり、芸能史、民俗学の知見を踏まえ、近世文化における闇の部分を評論家的な筆致で論じ、広末保とともに影響を与えた。映画論も書いた。著作集全8巻がある。 2004年2月6日、午後0時20分、死去。
勝尾 金弥(かつお きんや、1927年9月20日 - 202… 勝尾 金弥(かつお きんや、1927年9月20日 - 2020年4月4日 )は、日本の児童文学者。愛知県立大学名誉教授。 1927年 警察官であった林弥三郎の四男、九番目の子として石川県金沢市に生まれる。父の仕事の関係で石川県七尾市、茨城県へと移り住む。1937年 当時旅順に住んでいた叔父夫婦の勝尾貞蔵・栄子の養子となり、勝尾姓となる。 1953年 金沢大学教育学部卒業。金沢市内の中学校教諭を経て、愛知県立大学教授(1991年定年退官、現在は名誉教授)、梅花女子大学教授(1999年退職)を勤める。この間、数々の児童文学を著す。後年は金沢市に在住。 (多くは「かつおきんや」名義、漢字表記は記す) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 201… 寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 2011年9月14日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。父は寿岳文章、母は寿岳しづ、姉は寿岳章子。 京都府出身。国際天文学連合第51分科会(生物天文学)の副委員長を務め、日本における地球外知的生命体探査の第一人者として知られる。 父は英文学者・書誌学者の寿岳文章、母は翻訳家・評論家・小説家の寿岳しづ、姉は国語学者・随筆家・社会運動家の寿岳章子。1933年、一家で京都府向日市に転居し少年期を過ごした。
金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は… 金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は、日本の国文学者、宮城教育大学名誉教授。 福島市生まれ。本籍・仙台市。海軍兵学校在学。1950年東北大学文学部国文科卒業。同大学院博士課程中退、宮城県第二女子高等学校教諭、宮城県仙台第一高等学校教諭、東北大学講師、宮城教育大学助教授、教授、図書館長をへて92年定年退官、名誉教授、山形女子短期大学教授。近世俳諧、特に『奥の細道』が専門。
大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 20… 大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 2024年3月12日)は、日本のイタリア文学者、フランス文学者、翻訳家。本名「てるお」だが「あきお」と読むこともある。 アルベルト・モラヴィアの作品を数多く訳した。(児童向けを含め)フランス文学の訳書も出している。 英文学の翻訳者大久保康雄は遠縁の親戚に当たる。 茨城県結城郡西豊田村(現・八千代町)生まれ。1945年第一高等学校入学を経て、東京大学文学部仏文科卒。 2024年3月12日、老衰のため死去。96歳没。
福井 芳男(ふくい よしお、1927年9月1日 - 2014… 福井 芳男(ふくい よしお、1927年9月1日 - 2014年10月21日 )は、日本のフランス文学者、フランス語教師。東京大学教養学部教授を経て、東京大学名誉教授。 東京生まれ。1952年、東京大学文学部仏文科卒、同年、特別研究生。1953年より1年間、パリ大学に留学。1960年、CNRS研修生。国際基督教大学助教授。1962年、中央大学助教授。1964年、パリ大学文学博士、1965年、「17世紀フランス詩の洗練」で辰野隆賞受賞、フランス教育功労章オフィシエ受章。1969年、中央大学教授、1971年、東京大学教養学部教授。1986年、放送教育開発センター教授、1988年、東京大学を定年退官し名誉教授、1989年、放送教育開発センター研究開発部長、1991年、同定年退職し、放送大学客員教授、のち、帝京平成大学教授。
福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 19… 福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 1997年6月8日)は、日本の文芸評論家、ドイツ文学者、翻訳家。 専門は、登山にまつわる随筆、紀行、ドイツ文学などの翻訳のほか、トーマス・マン、 テオドール・フォンターネ、ロベルト・ムジールを中心にドイツ近代小説の研究。また、井上靖夫人の次兄の娘婿で、最もよき理解者である。『井上靖の世界』『井上靖評伝覚』は、文献的にも作家論的にも井上靖に関する最高の業績である。 香川県三豊郡大野原村(現 観音寺市大野原町)出身。旧制香川県立三豊中学校、旧制松山高等学校を経て、1952年東京大学文学部独文科卒業。同年東京大学文学部助手。 1953年茨城大学講師、1955年立教大学文学部講師を経て、1967年立教大学文学部教授。
青木 信仰(あおき しんこう、 1927年8月30日 - 2… 青木 信仰(あおき しんこう、 1927年8月30日 - 2011年10月9日)は、日本の天文学者。 東京府に生まれる。第一高等学校に進み,1947年に東京大学理学部天文学科に入学した。1952年に卒業、麻布の東京大学理学部の天文教室に採用され、その後東京天文台に移籍する。1961年の1年間,アメリカ航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターで人工衛星の運動の研究に従事した。1970年に教授に昇任。 専門は、天文学の基本座標系と地球自転運動・地球内部構造との関係、銀河の構造と力学など。地球のコアとマントルの相互作用が黄道傾斜角に及ぼす影響を述べた論文は広く引用された。天文定数系の問題では、国際天文学連合(IAU)の委員として大きな役割を果たした。
小浜 俊郎(こはま しゅんろう、1927年8月29日 - 2… 小浜 俊郎(こはま しゅんろう、1927年8月29日 - 2020年7月5日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 東京府(現練馬区)出身。 1954年、東京大学文学部仏文科卒。1961年、慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。慶應義塾大学法学部助教授。1971年、慶應義塾大学法学部教授、1993年、定年退任、慶應義塾大学名誉教授。 2020年7月5日7時57分、老衰のため死去。92歳没。
粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日… 粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日 - 2024年(令和6年)4月19日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者、美術評論家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。「歴程」同人。法政大学名誉教授。 1927年、愛知県西尾市生まれ。京都府立第一中学校、第三高等学校で学び、卒業した。1948年、東京帝国大学文学部仏文科に入学。1952年に東京大学を卒業し、その後はフランス文学の翻訳、美術評論等を多く手掛けた。 1964年に法政大学経済学部助教授となり、後に教授昇格。1997年に法政大学を定年退職して名誉教授となった。草野心平と1960年代に出会って以降、生涯にわたって交友が深く、後にいわき市立草野心平記念文学館長を務めた。
梶原 正昭(かじはら まさあき、1927年8月7日 - 19… 梶原 正昭(かじはら まさあき、1927年8月7日 - 1998年9月23日)は、日本の国文学者。早稲田大学名誉教授。軍記物語を研究。 神奈川県出身。1954年早稲田大学第一文学部卒業、1956年同大学大学院文学研究科修士課程修了、1959年同博士課程修了。1963年早稲田大学教育学部専任講師、1965年助教授、1970年教授。1998年、定年退職、名誉教授。
渡辺 義愛(わたなべ よしなる、1927年8月2日 -201… 渡辺 義愛(わたなべ よしなる、1927年8月2日 -2018年8月3日)は、フランス文学者、上智大学名誉教授。 富山県出身。1959年東京大学文学部仏文科卒、1959年同大学院修士課程修了。1964年上智大学文学部講師、助教授、1972年教授。1998年定年退任、名誉教授。キリスト教的な著作を翻訳した。 2018年8月3日、心不全のため死去。91歳没。
橋本 四郎(はしもと しろう、1927年7月13日 - 19… 橋本 四郎(はしもと しろう、1927年7月13日 - 1985年7月22日)は、日本の国文学者、国語学者。 京都市下京区梅小路生まれ。1950年第三高等学校卒業、1953年旧制京都大学文学部国文科卒業。1956年京都女子大学助教授、1957年、旧制京都大学大学院退学。1963年大阪女子大学助教授、1969年同教授。1985年7月22日急逝。没後、正四位勲三等瑞宝章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
北村 崇郎(きたむら たかお、1927年(昭和2年)7月8日… 北村 崇郎(きたむら たかお、1927年(昭和2年)7月8日 - )は、日本のアメリカ文学者。 岐阜県関市出身。1954年テキサス州に渡り、1955年再度渡米。1962年国際基督教大学教育学修士、ハワード大学修士、12年間の米国留学ののち、1969年中央大学助教授、教授、1989年名古屋学院大学教授。妻・北村光世(1939 - )は元青山学院大学教授、ラテンアメリカ文学、ハーブ研究家。息子に英語、スペイン語の二か国語教育を行った。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岩淵 達治(いわぶち たつじ、1927年7月6日 - 201… 岩淵 達治(いわぶち たつじ、1927年7月6日 - 2013年2月7日 )は、日本のドイツ文学者、演劇評論家、演出家、劇作家。学習院大学名誉教授。ベルトルト・ブレヒト研究の第一人者だった。 1927年、東京市麻布区(現・東京都港区麻布)に開業医の子として生まれる。1944年都立一中四修卒、 1947年旧制東京高校卒、 1951年東京大学文学部独文科卒。 埼玉大学文理学部助手、 1953年学習院大学文学部独文科専任講師、 1956年助教授、1967年教授。1997年定年退職。 ドイツ演劇が専門で、千田是也の門下生である。ベルトルト・ブレヒトの全戯曲を翻訳した。演劇の現場にあって、ハイナー・ミュラーの『カルテット』(ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ『危険な関係』が原作)を訳し、渡邊守章と競演の形で演出を行った。
杉本 圭三郎(すぎもと けいさぶろう、1927年6月25日-… 杉本 圭三郎(すぎもと けいさぶろう、1927年6月25日-2015年7月10日)は、日本の国文学者。 栃木県生まれ。1956年法政大学第二文学部日本文学科卒、1959年同大学院修士課程修了、文学部助手、1963年教養部専任講師、助教授、文学部教授、1998年定年退任、名誉教授。中世文学を主として研究し、『平家物語』の全現代語訳をおこなった。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 20… 片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 2015年5月11日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東北大学・1976年)(学位論文「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」)。東北大学名誉教授。 神奈川県鎌倉市小町出身。東北大学国文科卒、同大学院博士課程中退、東北大学教養部助教授、教授、1976年「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。91年定年退官、名誉教授、いわき明星大学教授、2001年退職。中世和歌が専門。長男は片野道郎。
安堂 信也(あんどう しんや、1927年6月1日 - 200… 安堂 信也(あんどう しんや、1927年6月1日 - 2000年10月18日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京出身。京城で敗戦を迎える。1951年早稲田大学仏文科卒、大学院に進み、1952年パリ第3大学に留学。留学時代にはなだいなだと過ごすこともあった 。1954年帰国し、文学座で演劇の実践に携わる。1956年博士課程進学、1959年中退、1962年早稲田大学文学部専任講師、1965年助教授、1970年教授。演劇博物館副館長などを務め、1995年定年退任。 マイムやダンス・バレエに貢献した及川廣信のマイム研究所では大野一雄らと共に指導し門下から舞踏の大野慶人,マイムの佐々木博康らを輩出した。
高橋 忠治(たかはし ちゅうじ、1927年5月15日 - 2… 高橋 忠治(たかはし ちゅうじ、1927年5月15日 - 2020年12月23日)は、日本の児童文学者。民話にも造詣が深い。詩人・童話作家としても知られ、地域に根ざした児童文学の創作を掲げる。 1927年(昭和2年)、長野県飯山市に生まれる。長野師範学校の研究科から法政大学文学部を卒業後教員として故郷に戻り、小学校へ赴任する。教鞭をとりつつ独創性のある教育論を述べ、地元文芸誌「信州白樺」などで連載を行う。民俗学者として特に民話に深く通じ、1955年に日本児童文学者協会に加盟。はまみつをや和田登らとともに信州児童文学会を立ち上げ、1978年から同会会長も務める。1958年から同会発行の文芸誌「とうげの旗」編集委員を務め、数多くの詩や童話を掲載している。
渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 199… 渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 1995年4月25日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 実業家渥美育郎の子として東京に生まれる。元鹿島建設(鹿島)名誉会長の渥美健夫は兄、小説家の田畑麦彦は義兄(妻の兄)。東京大学英文科卒、ミシガン大学に留学。1956年より学習院大学助教授、1967年より東京工業大学助教授、1969年より学習院大学教授を務めた。 J・D・サリンジャー、F・スコット・フィッツジェラルドなどを翻訳、研究した。 1995年4月25日、骨髄異形成症候群のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鈴木 昭一(すずき しょういち、1927年4月5日 - 20… 鈴木 昭一(すずき しょういち、1927年4月5日 - 2026年4月13日)は、国文学者。帝塚山短期大学名誉教授。 台湾生まれ。1951年京都大学文学部国文科卒。奈良県立郡山高等学校・奈良県立郡山農業高等学校・奈良県立奈良商業高等学校教諭、天理大学・桜井女子短期大学非常勤講師、帝塚山短期大学助教授・教授・図書館長、1997年定年退任、名誉教授、藤村記念館館長。島崎藤村を研究した。
宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 19… 宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 1996年12月18日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 20世紀アメリカ小説を専攻、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドのほか、フィリップ・ロス、ジョン・アップダイクなど戦後作家の翻訳で知られる。 東京生まれ。1951年東京大学文学部英文科卒、1953年同大学院修士課程修了。茨城大学講師、1958年中央大学講師、1961年助教授、1968年教授、1970年東京工業大学教授、1983年学習院大学教授となった。 旧姓・山内。妻は洋画家の宮本三郎の娘・美音子。 子に英米文学者で、筑波大学名誉教授・放送大学教授の宮本陽一郎がいる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。