尾上 兼英(おのえ かねひで、1927年(昭和2年)4月 -… 尾上 兼英(おのえ かねひで、1927年(昭和2年)4月 - 2017年(平成29年)5月11日)は、日本の中国文学者、近代文学を専攻。 岡山県津山の渡辺家に生まれ、尾上柴舟の養嗣子となる。1952年東京大学文学部中国文学科卒。1957年大学院(旧制)修了、東大文学部助手、1961年北海道大学文学部助教授、1968年東大文学部助教授併任、1971年東京大学東洋文化研究所教授、1984年同所長。東大評議員を務め1988年に定年退官、名誉教授、神奈川大学教授在職中は、学生の短期語学留学を引率した。1999年退職。 肺炎のため2005年5月11日に死去、90歳。同年秋、瑞宝中綬章を受勲。 漢字の成り立ちを小学生向けに監修した『旺文社小学漢字新辞典 改訂版』では、「櫻」の解説を次のように述べた。
蔭木 英雄(かげき ひでお、1927年3月30日 - 201… 蔭木 英雄(かげき ひでお、1927年3月30日 - 2017年9月 )は、日本の漢文学者、相愛大学名誉教授。 兵庫県神戸市湊東区荒田町生まれ。陸軍士官学校在学中肺結核に罹り陸軍病院で療養中に禅に触れる。1947年国立兵庫療養所で所内の参禅会に入り、青原寺和尚より英種居士の法名を受ける。1948年兵庫県揖保郡太市小学校助教諭、小・中・高校(全日制・定時制)に勤務しつつ1959年関西大学二部文学部東洋文学科卒、1970年同大学院博士課程満期退学、1975年「五山詩史の研究」で文学博士。相愛女子大学助教授、相愛大学教授、1995年定年退職、名誉教授。
伊藤 虎丸(いとう とらまる、1927年3月30日 - 20… 伊藤 虎丸(いとう とらまる、1927年3月30日 - 2003年1月31日)は、日本の中国文学者。専門は中国近現代文学、魯迅と日本の比較、郁達夫と創造社など。 東京都生まれ。1944年、旅順工科大学に入学するも、日本が敗戦して帰国。帰国後は肺結核を発病して5年間病床に就き、この間にキリスト教を信仰するようになる。1953年、東京教育大学文学部に入学し、中国文学を専攻する。同大学院を経て東京大学大学院中退。明治学院高等学校教諭、1963年広島大学教授、1973年和光大学教授、1980年東京女子大学教授。1995年明海大学教授、2000年退任、平和学園理事長。 2003年1月31日、肺炎のため死去。
別宮 貞徳(べっく さだのり、1927年3月28日 - 20… 別宮 貞徳(べっく さだのり、1927年3月28日 - 2025年3月21日[要出典])は、日本の英文学者・翻訳家。元上智大学文学部教授。 1927年、東京府で生まれた。兵庫県立第一神戸中学校、第一高等学校理科を経て、東京大学理学部動物学科に入学。しかし在学中に聖職者を志し、東京カトリック神学院に入学。健康上の問題で休学し、上智大学ラテン哲学科を経て、同大学英文学科を卒業。同大学大学院修士課程を修了。 1972年から1992年まで上智大学教授。 同僚であったピーター・ミルワード、チェスタトンなどの多くの翻訳のほか、誤訳批評・批判でも知られる。また、クラシック音楽にも造詣が深く、数多くの著書がある。
赤座 憲久(あかざ のりひさ、1927年3月21日 - 20… 赤座 憲久(あかざ のりひさ、1927年3月21日 - 2012年8月31日)は、日本の児童文学者。 岐阜県稲葉郡那加村(現各務原市)生まれ。岐阜師範学校(後の岐阜大学教育学部)卒。 はじめは「短歌人」に入会して短歌を創作。斎藤史に師事し、のちに「原型」に移る。岐阜県内の小学校、岐阜県立岐阜盲学校の教員を経て1971年より大垣女子短期大学教授。 1962年『目のみえぬ子ら』で毎日出版文化賞、1964年『大杉の地蔵』で講談社児童文学新人賞、1988年『雨のにおい星の声』で新美南吉児童文学賞、産経児童出版文化賞、絵本にっぽん大賞、1989年『かかみ野の土』『かかみ野の空』で日本児童文芸家協会賞受賞。
関口 功(せきぐち いさお、1927年3月21日 - 201… 関口 功(せきぐち いさお、1927年3月21日 - 2016年4月8日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。アメリカの黒人文学が専門。 東京出身。明治大学専門部文科文芸科、早稲田大学第二文学部英文科を卒業。明治大学文学部助教授、1968年教授。文学部長、1997年定年退任。
堤 精二(つつみ せいじ、1927年2月27日 -2017年… 堤 精二(つつみ せいじ、1927年2月27日 -2017年11月7日)は、日本の国文学者。お茶の水女子大学名誉教授。専門は日本近世文学、特に井原西鶴。息子に堤玄太がいる。 東京市小石川区(現在の東京都文京区)に生まれる。1945年(昭和20年)3月、都立上野中学校(現在の東京都立上野高等学校)卒業。1948年(昭和23年)3月、松本高等学校(現在の信州大学)文科乙類卒業。松本高校在学時代は蹴球ばかりしていて1年留年した。松本高校の体育教師は彼に97点という成績をつけたが、これはこの教師が松本高校で教えていた期間中最高の点数だったという。 1952年(昭和27年)3月、東京大学文学部国語国文学科卒業、同大学文学部助手。
伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 201… 伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 2017年9月18日)は、中国文学者、東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1947年東京外国語学校中国語科卒業。1950年東京大学文学部中国文学科卒業、1952年同大学院満期退学、東京都立大学 (1949-2011)(現首都大学東京)助手、1959年専任講師、1964年助教授、1970年東大教養学部助教授(中国語)、1974年教授、1987年定年退官、名誉教授、中京大学教授。1992年同教養部長、1997年定年。 若いころ中国文学仲間と同人誌『北斗』を創刊、のち日中友好協会理事長、会長を務めた。業績は多岐にわたるが、特に老舎で、日本老舎研究会会長も務めた。
北川 忠彦(きたがわ ただひこ、1927年1月27日 - 1… 北川 忠彦(きたがわ ただひこ、1927年1月27日 - 1994年4月3日)は、日本の国文学者。専攻は能・狂言研究。 愛媛県松山市出身。京都大学文学部卒業。愛媛大学助教授、立命館大学助教授、天理大学教授、京都女子大学教授、龍谷大学教授を歴任。1994年4月3日、膵臓癌のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 19… 奥村 恒哉(おくむら つねや、1927年1月25日 - 1991年)は、日本の国文学者。専攻は平安時代文学。 京都府宇治市生まれ。島根県出身。松江高等学校を経て、京都大学文学部卒業。和歌を中心に研究。鹿児島県立短期大学教授を長年務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
中内 正夫(なかうち まさお、1927年1月25日 - )は… 中内 正夫(なかうち まさお、1927年1月25日 - )は、日本の英文学者。 福岡県出身。広島文理科大学英文科卒、1958年東京大学大学院英文科修士課程修了、東京理科大学講師、慶應義塾大学講師、中央大学助教授、教授、創価大学文学部教授。創価女子短期大学教授を四年務めた。97年定年。
江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年… 江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年7月4日)は、日本のロシア文学者。東京工業大学名誉教授。本名は「馬場 宏(ばば ひろし)」。 1927年、ロシア文学研究者・外村史郎の長男として東京都で生まれた。東京府立第十中学校で学ぶ。中学の同期には経営者・詩人の堤清二がいた。第一高等学校を経て、東京大学法学部を卒業。ロシア語は独学で、終戦後実地で鍛え上げたという。 卒業後は東京工業大学助教授に着任。後に同大学教授に昇進。東京工業大学を退任後、名誉教授となった。中京大学教授もつとめた。2001年7月4日午前9時13分、気管支炎のため74歳で逝去した。 ペンネームの「江川卓」は、1953年頃から名乗っている。
篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日… 篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の文学研究者・文芸評論家・英文学者。 岐阜県出身。旧制岐阜中学から旧制松江高等学校へ進み、1948年、東京帝国大学文学部英文科入学。1951年、東京大学英文科を卒業。高校教諭を経て、1955年、東京都立商科短期大学専任講師。1957年、旧・東京都立大学英文科専任講師。1960年、助教授。1973年、教授。 松江高校時代に駒田信二から新しい文学状況に関しての知見を得て、当時刊行され間もないマチネ・ポエティク運動の加藤周一・中村真一郎・福永武彦共著『1946・文学的考察』(後年に冨山房百科文庫版で解説を担当)に出会い、近代日本の私小説的風土を克服する、国際的な文学のありかたに関心をもつ。
川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年… 川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年1月16日 - 2009年11月29日)は、日本の俳人・国文学者。広島県出身。 呉市生まれ。父は海軍士官。1953年、東京大学文学部国文学科卒業。1958年、同大学院満期退学。米沢女子大学、共立女子大学を経て、明治大学法学部教授。 東京府立第八中学校(現・東京都立小山台高等学校)で加藤楸邨に教わり、のちに俳句を楸邨に師事、「寒雷」に参加する。1970年、森澄雄の「杉」創刊に参加、編集を務める。1980年、超結社の同人誌「貂」を創刊、2003年まで代表を務め、2004年より名誉代表となる。1991年、句集『夏』で読売文学賞受賞。1998年、句集『秋』で詩歌文学館賞、評論『俳句初心』で俳人協会評論賞受賞。
橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1… 橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1日 - 1969年〈昭和44年〉1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學教授。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。旧制群馬県立高崎中学校、旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科を卒業。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した。1965年(昭和40年)國學院大学教授。 42歳で肺癌により死去した。墓所は高崎市八幡霊園。 小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。 「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一、佐藤謙三)でした。
中村了昭(なかむら りょうしょう、1927年 - )は、日本… 中村了昭(なかむら りょうしょう、1927年 - )は、日本のインド哲学・古典インド文学者、鹿児島国際大学名誉教授。専攻はインド古代・中古の文化・哲学史。『ラーマーヤナ』原典完訳刊行を行った。 鹿児島県生まれ。旧制鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)を経て、1944年海軍兵学校第76期入校(1945年学校解散により修了)。1949年旧制第七高等学校造士館(現鹿児島大学)文科卒業。1953年旧制東北大学文学部卒業。卒業論文は「数論偈諸註の比較対照の研究」。東北大学大学院文学研究科博士課程印度哲学専攻満期。金倉円照が恩師。後に、1977年「サーンクヤ哲学の研究」で文学博士(立正大学)。
小泉 仰(こいずみ たかし、1927年 - 2020年)は、… 小泉 仰(こいずみ たかし、1927年 - 2020年)は、日本の教育者、文学者。学位は、文学博士。慶應義塾大学名誉教授、慶應義塾福澤研究センター顧問、福澤諭吉協会理事、日本比較思想学会理事、日本イギリス哲学会名誉会員、日本基督教団中渋谷教会長老。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中島 昭和(なかじま あきかず、1927年 - 2013年)… 中島 昭和(なかじま あきかず、1927年 - 2013年)は、日本のフランス文学者。中央大学名誉教授。 埼玉県生まれ。松本高等学校文科を経て、1951年東京大学仏文科卒業。1998年まで中央大学教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英… 西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英文学者、東北学院大学名誉教授。 宮城県石巻市出身。東北大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退、東北学院大学助教授、教授を務め、1998年定年、名誉教授。1991年「憂鬱の時代 文豪ジョン・ダンの軌跡」で東北学院大学文学博士。
川崎 淳之助(かわさき じゅんのすけ、1927年 - 201… 川崎 淳之助(かわさき じゅんのすけ、1927年 - 2018年)は、英文学者、立教大学名誉教授。 神奈川県生まれ。立教大学文学部英米文学科卒業。立教大学文学部教授、1992年定年退職、川並総合研究所をへて聖徳大学人文学部学部教授。日本ワイルド協会名誉会長。専攻はイギリス演劇(エリザベス朝演劇、風習喜劇)中央アジア・モンゴルの歴史にも造詣が深い。
矢代 和夫(やしろ かずお、1927年(昭和2年) - )は… 矢代 和夫(やしろ かずお、1927年(昭和2年) - )は、国文学者。中世文学専攻。 東京生まれ。早稲田大学文学部国文科卒、同大学院修士課程修了。旧・東京都立大学助教授、教授、1993年定年退官。
小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本の… 小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本のフランス文学者、東京大学教養学部名誉教授、日仏会館顧問。
八木 浩(やぎ ひろし、1927年 - 1986年4月4日)… 八木 浩(やぎ ひろし、1927年 - 1986年4月4日)は、日本のドイツ文学者、詩人。元大阪外国語大学教授。 大阪府生まれ。1946年大阪明星高校卒業。1950年京都大学文学部ドイツ文学科卒業。1952年大阪外国語大学講師、助教授、教授(1972年)。 大阪外国語大学学生課長、同付属図書館長。日本独文学会理事、阪神ドイツ文学会幹事、クヴェレ会(ドイツ文学研究グループ)会員。劇団「潮流」、劇団「どろ」と協同活動、ワイマル友の会会長、日本原水協全国理事、大阪原水協理事長、大阪平和を守る会理事。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長谷川 強(はせがわ つよし、1927年 -2024年2月1… 長谷川 強(はせがわ つよし、1927年 -2024年2月16日 )は、日本の国文学者。学位は、文学博士(九州大学・論文博士・1971年)(学位論文「浮世草子の研究 八文字屋本を中心とする」)。国文学研究資料館名誉教授。専攻は、近世小説・演劇。 東京大学文学部卒。1971年、「浮世草子の研究 八文字屋本を中心とする」で九州大学より文学博士の学位を取得。熊本大学助教授、埼玉大学教授、国文学研究資料館教授。1991年、定年退官、名誉教授、昭和女子大学教授。1997年、退任。
山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月1… 山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月13日)は、日本の英米文学者、翻訳家。専修大学名誉教授。 福井県に生れる。東京大学文学部卒業。
上坂 信男(うえさか のぶお、1927年(昭和2年) - 2… 上坂 信男(うえさか のぶお、1927年(昭和2年) - 2018年(平成30年)4月8日)は、国文学者。文学博士(青山学院大学・論文博士・1981年)(学位論文「源氏物語の研究」)。『源氏物語』が専門だが、現代文学も論じる。 神奈川県横須賀市生まれ。1950年早稲田大学高等師範部卒業。関東学院六浦高等学校教諭、青山学院大学助教授、1981年「源氏物語の研究」で青山学院大学より文学博士の学位を取得。早稲田大学文学部教授、1993年共立女子大学文芸学部教授。1997年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大西 昭男(おおにし あきお、1926年12月29日 - 2… 大西 昭男(おおにし あきお、1926年12月29日 - 2005年2月26日)は、英文学者。関西大学名誉教授。専門はヘンリー・ジェイムズ。 大阪府出身。1943年(昭和18年)大阪市立天王寺商業学校を卒業、1947年(昭和22年)関西大学専門部国漢科卒業。1951年(昭和26年)京都大学文学部英文科卒業、関西大学文学部助手、専任講師、助教授、1963年(昭和38年)教授、文学部長、1979年(昭和54年)学長、5期務め1994年(平成4年)退任。 1979年(昭和54年)「ヘンリー・ジェイムズの文学」で関西大学文学博士。関西大学名誉教授、学校法人関西大学理事長を務めた。 関西大教授の谷沢永一と親しく、学長選では谷沢が参謀となった。
桑原 三郎(くわばら さぶろう、1926年12月20日 - … 桑原 三郎(くわばら さぶろう、1926年12月20日 - 2009年1月21日)は日本の教育者、児童文学者、文学博士。日本児童文芸家協会顧問、慶應義塾福澤研究センター顧問。 人形劇『きかんしゃトーマス』の原作となった絵本『汽車のえほん』の翻訳者のひとり。 1926年、群馬県利根郡池田村大字奈良(現沼田市奈良町)に桑原武一郎、志げの3男として生まれる[要出典]。父は誕生4ヶ月前に腹膜炎で急死、母も生後8ヶ月足らずで脳溢血で死亡、祖母そめとともに乳母杉野そうのもとで育った[要出典]。12歳年上の兄真一郎を父親代わりに、5歳年上の姉富子が教育係になって幼少期を過ごした[要出典]。その姉も18歳の時、災害死して兄1人ともう1人の姉朝子が記憶に残る兄弟となったためか、兄弟愛は強かった[要出典]。
三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 20… 三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 2018年7月13日)は、日本のドイツ文学者・哲学者、神戸大学名誉教授。 大阪府生まれ。京都大学文学部独文科卒業。鹿児島大学講師、神戸大学教養部助教授、文学部教授、90年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授。 2008年、瑞宝中綬章受章。 2018年7月13日、胃がんのため、神戸市須磨区の病院で死去、91歳。叙正四位。
赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月… 赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月20日 - 2015年〈平成27年〉4月22日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。専門は電波天文学。日本物理学会および電子情報通信学会のフェロー会員。 長野県東筑摩郡寿村(現松本市)生まれ。旧姓は青木。 赤羽の弟子には川尻矗大、大師堂経明、海部宣男、平林久、井口哲夫、稲谷順司、福井康雄、長谷川哲夫、佐藤文男、加藤隆二、長井嗣信、春日隆、土井恒久らがいる。
内山 知也(うちやま ちなり、1926年11月15日 - 2… 内山 知也(うちやま ちなり、1926年11月15日 - 2018年7月29日)は、日本の漢文学者、筑波大学名誉教授。斯文会常務理事、漢字文化振興会常務理事。専門は漢文小説。 1926年、新潟県生まれ。東京文理科大学漢文学専攻で学んだ。卒業後は同大学研究科へ進んだが、太平洋戦争の戦局悪化により応召し、1945年に復学。 その後は、新潟大学教育学部講師に着いた。大東文化大学助教授・教授を経て、1976年より筑波大学教授となった。1980年に学位論文『隋唐小説研究』を筑波大学に提出して文学博士号を取得。1992年に筑波大学を定年退官し、名誉教授となった。同年より大東文化大学教授となり、1997年に退職した。
伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 20… 伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 2017年12月8日 )は、日本の国文学者。日本近代文学専攻。横浜市立大学名誉教授。 福岡県直方市生まれ。1950年東京大学文学部国文学科卒業。横浜市立大学文理学部助教授、教授。1992年定年退官、名誉教授。日本文学協会に属し、左翼的立場から日本近代文学を研究する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 19… 平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 1993年10月20日)は、ドイツ文学者、京都大学文学部名誉教授。 1953年京大文学部卒。浪速大学助教授を経て、1969年京大文学部独文科助教授、1976年主任教授、1990年定年退官。 トラークルを研究していたが、その後ゲーテ研究に移る。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
井上 宗雄(いのうえ むねお、1926年10月10日 - 2… 井上 宗雄(いのうえ むねお、1926年10月10日 - 2011年3月18日)は、日本の国文学者。専攻は、中古・中世和歌史。学位は、文学博士(立教大学・論文博士・1966年)(学位論文「中世歌壇史の研究 南北朝期」)。立教大学名誉教授。 東京生まれ。1949年第二早稲田高等学院(文科)修了後、学制改革により早稲田大学第一文学部国文学専修に編入、1951年同学科卒業。1953年早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻修了。1953年早稲田大学高等学院教諭、1962年立教大学専任講師、1965年同大学助教授。1966年「中世歌壇史の研究 南北朝期」で立教大学より文学博士の学位を取得。1971年立教大学教授。
松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022… 松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022年11月2日)は、日本の編集者、出版事業家、児童文学者。 京都府京都市生まれ。生家は近江商人の家系で、6人姉兄弟で長姉は1914年生まれ。幼時より上村松園や竹内栖鳳などの作品に接して育つ。 洋画家の須田国太郎は叔父で、若いころ彼のアトリエに入り浸っていたこともある。また国太郎の息子で東海旅客鉄道元社長の須田寬とは親戚にあたる。 同志社大学法学部政治学科を卒業する直前、24歳のとき、自宅に下宿していた佐藤身紀子と恋仲になったことがきっかけで、身紀子の父佐藤喜一の経営する福音館書店の編集者となった。のち身紀子は妻となる。 このとき実験的に作った「福音館小辞典文庫」シリーズが成功を収めたため、翌1952年2月、佐藤と共に正式に福音館書店を発足させた。
朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月… 朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月29日 - 2000年 <平成12年> 5月9日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。位階は正四位。勲三等旭日中綬章。 横浜市生まれ。1950年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院をへて、名古屋大学講師、愛知県立女子短期大学助教授、東京外国語大学助教授、教授、1992年定年退官、名誉教授。 1993年から1997年日本フランス語フランス文学会会長。専攻は17世紀フランス文学で、多くの翻訳をなした。2000年死去。死没日付をもって正四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月1… 小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月19日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の物理学者、天文学者。 勲等は勲一等。正三位。学位はPh.D.(ロチェスター大学・1955年)、理学博士(東京大学・1967年)。東京大学特別栄誉教授・名誉教授、東海大学特別栄誉教授、杉並区立桃井第五小学校名誉校長、日本学術会議栄誉会員、日本学士院会員、文化功労者。血液型はA型。 シカゴ大学研究員、東京大学原子核研究所助教授、東京大学理学部教授、東京大学高エネルギー物理学実験施設施設長、東海大学理学部教授、財団法人平成基礎科学財団理事長などを歴任した。 愛知県生まれの物理学者であり、ニュートリノ天文学を開拓した天文学者でもある。
島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 201… 島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 2016年4月16日)は、日本の国文学者。瑞宝中綬章受章。 1926年、大阪府大阪市生まれ。住吉中学校、大阪第一師範学校を経て、京都大学文学部に進学。1950年、同大学を卒業。 卒業後は、市岡高校、住吉高校で教諭を務め、その後、佐賀大学文理学部助教授に就いた。愛知県立大学助教授に転じ、後に教授に昇任。その後、大阪大学教授に就任。1978年、学位論文『連歌史の研究』を大阪大学に提出して文学博士の学位を取得。大阪大学を退任後は、名誉教授となった。その後は武庫川女子大学で教鞭をとった。 自身も歌人として歌を詠み、歌誌『マグマ』、『日本歌人』に所属。
相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年… 相馬 大(そうま だい、1926年8月28日 - 2011年5月23日)は、日本の詩人・随筆家・国文学者。本名・出川光治。 長野県須坂市出身。旧制上高井農学校(長野県須坂園芸高等学校)を経て、1950年立命館大学文学部日本文学科卒業。京都市立中学校国語教諭を経て、京都聖母女学院短期大学助教授、教授、図書館長を務めた。詩の他、京都文化についての随筆を多く残した。
渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 201… 渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 2019年12月6日)は、日本の国語学者・国文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 京都市生まれ。1948年、京都大学文学部卒業。1962年、「国語構文論」で文学博士(京都大学)。大阪女子大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1985年退官、名誉教授、上智大学教授、1997年退任。1991年6月から3年間、国語学会代表理事を務めた。 2019年12月6日20時56分、肺炎のため、神奈川県藤沢市の病院で死去。93歳没。
阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年… 阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年12月26日)は、日本の英文学者。 宮城県仙台市生まれ。1951年東北大学文学部英文科卒、東北大学教養部助教授、文学部教授、1989年定年退官、名誉教授、いわき明星大学人文学部教授。1997年退職。長男は哲学者の阿部宏慈・山形大学教授。 2014年12月26日、肺炎のため死去。
二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017… 二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017年3月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京女子大学名誉教授。フランス文学者二宮敬の妻。 東京生まれ。東京女子大学外国語学部卒、東京大学文学部仏文科卒。1955年東京女子大学専任講師、敬とともにフランス留学。その後助教授、教授、1995年定年退任、名誉教授。
高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2… 高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2010年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 埼玉県生まれ。東京大学独文科卒。新潟大学助教授をへて都立大学教授。ギュンター・グラスの翻訳者として知られる。 2010年10月30日、老衰で死去。84歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 豊(すずき ゆたか、1926年7月5日 - 2001年… 鈴木 豊(すずき ゆたか、1926年7月5日 - 2001年3月15日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京府八王子市の商家に生まれる。1950年早稲田大学文学部仏文科卒、大学院に進み、佐藤輝夫の指導を受ける。1952年同副手、1954年商学部非常勤講師、1955年専任講師、1958年助教授、1963年教授。専門はフランス古典演劇だが、多く通俗小説を翻訳し、須賀 慣の筆名でポルノ小説も翻訳した。これはモリエールの「スガナレル」をもじったものである。1997年定年。2001年、膀胱がんのため74歳で死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
前川 祐一(まえかわ ゆういち、1926年6月14日 - 2… 前川 祐一(まえかわ ゆういち、1926年6月14日 - 2001年8月31日)は、英文学者。東京府生まれ、父はフランス文学者の前川堅市。東京大学文学部英文学科卒業。1991年まで立教大学教授、その後中京大学教授。 ウォルター・ペイターなど19世紀イギリス文学を専攻。アーサー・シモンズ『象徴主義の文学運動』(岩野泡鳴が初訳)を訳している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 20… 小暮 智一(こぐれ ともかず、1926年6月10日 - 2025年5月22日)は、日本の天文学者。専門は天体物理学、天体分光学。京都大学名誉教授。美星天文台名誉台長。第35代日本天文学会理事長。群馬県桐生市出身。 1926年群馬県桐生市生まれ。父は開業医。9人兄弟。桐生市立昭和尋常高等小学校、旧制・群馬県立桐生中学校、旧制・浦和高等学校(理科甲類)を経て、1950年に京都大学理学部(宇宙物理学専攻)を卒業。数少ない同期の一人に寿岳潤がいた。大学卒業後、大阪市立高校で数学、京都府立高校で地学の高等学校教員を務める。 1961年京都大学理学部助手。1969年茨城大学理学部助教授。1969年茨城大学理学部教授。
西山 浅次郎(にしやま あさじろう、1926年5月20日 -… 西山 浅次郎(にしやま あさじろう、1926年5月20日 - 2021年3月30日)は、英文学者、慶應義塾大学名誉教授。 茨城県生まれ。1950年慶應義塾大学文学部英文科卒、1958年慶大法学部講師、64年助教授、71年教授、1989年定年退任、名誉教授、杏林大学教授。
小和田 顯(おわだ あきら、1926年〈大正15年〉4月26… 小和田 顯(おわだ あきら、1926年〈大正15年〉4月26日 - 2008年〈平成20年〉10月)は日本の漢文学者。専修大学教授。 1926年、新潟県にて教員小和田毅夫・静夫妻の長男として生まれた。1932年、旧制六日町中学を卒業[要出典]。1948年、旧制新潟高等学校を卒業。東京大学文学部中国哲学科に入学し、1958年に卒業し、同大学大学院に進んだ。1963年、同大学院人文科学研究科博士課程を満期退学。 1966年10月にロンドン大学アジア・アフリカ研究所(SOAS)に渡って助教授待遇で勤務。1967年4月からはロンドン日本語学校校長を兼務した。1970年に日本へ帰国した後は旺文社などの出版社で漢和辞典の編者、編集主幹、編集委員等を務めた。
水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2… 水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2005年8月3日)は、日本の英文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 宮城県仙台生まれ。1950年東京大学英文科卒業、立教大学助教授、教授、1992年定年、名誉教授。『コン・ティキ号探検記』の翻訳で知られ、以後も探検ものを多く翻訳した。日本バートランド・ラッセル協会設立発起人の一人。 2005年8月3日、肺炎のため死去。
泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2… 泉 三太郎(いずみ さんたろう、1926年4月21日 - 2003年1月10日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、図書出版社社長。 本名・山下三郎。兄にドイツ文学者の山下肇。弟に三浦大四郎(文芸座プロモーション代表取締役)。 東京生まれ。1949年、東京外国語大学ロシア科を卒業し、泉 三太郎名義で『イルクーツク物語』の翻訳(1961年度テアトロン賞)など、当時のソビエト文学の翻訳、紹介とともに、自作の小説、評論等を発表する。さらにソビエトの演劇を紹介し、「イルクーツク物語」「私のかわいそうなマラート」などの日本での上演にも関わった。 1955年に大病を患ったのを機に、出版社経営に注力するようになり、図書出版社社長、ダヴィッド社取締役などを務めた。