岩田 次夫(いわた つぐお、1953年10月15日 - 20… 岩田 次夫(いわた つぐお、1953年10月15日 - 2004年3月22日)は、同人誌研究家、同人誌評論家、生活協同組合職員(システムエンジニア)。同人サークル「岩田次夫」主宰。愛称はイワえもん(イワエモン)。 子供の時は身体が弱く、存在感を示すために勉強に力を入れた。高校では高校全共闘に参加。埼玉大学に進学後、生協運動に携わるようになり、卒業後は生協に就職した。 日本共産党に入党したが、同人活動が忙しくなり党員としての活動はほとんど行っていなかった。 1978年ころからコミックマーケット(コミケ)などの同人誌即売会に参加するようになった。当初は同人活動をファンのお遊びとしてとらえていたが、やがて考えを改めるようになった。
若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月… 若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月5日 - 2005年〈平成17年〉11月25日)は、日本のドイツ語翻訳家、ドイツ文化研究家。 宮城県出身(北海道札幌市生まれ)。宮城県第一女子高等学校卒業、1977年東京外国語大学ドイツ語科卒業。1974年から1975年、1980年から1981年ドイツ留学、ビーレフェルト大学(ドイツ語版)・ミュンヘン大学で学ぶ。外資系銀行、出版社勤務の後、フリーランスで通訳、翻訳、ライター等の仕事に従事。また、来日したドイツ人ジャーナリストの取材コーディネーターも務めていた。 児童文学を中心に、数多くのドイツ文学を翻訳・紹介。また、第二次世界大戦中の反ナチス運動「白いバラ」の中心メンバーであったゾフィー・ショルの伝記(ヘルマン・フィンケ著)の翻訳も行った。
中島 政希(なかじま まさき、1953年8月13日 - )は… 中島 政希(なかじま まさき、1953年8月13日 - )は、日本の政治家、政治史研究家。元衆議院議員(1期)。公益財団法人「友愛」理事。一般財団法人「東アジア共同体研究所」評議員長。政治団体「政党政治研究所」代表。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。大学院では政治外交史を専攻、指導教授は大畑篤四郎。同時期の大畑研究室の先輩に多賀秀敏(早稲田大学教授)、後輩に篠原初枝(早稲田大学教授)がいた。 大学院在学中の1977年11月から自由民主党の石田博英の政策担当秘書を務める。当時は公設政策担当秘書制度がない時代で、政策専門の秘書をもつ政治家は稀だった。
草柳 俊一(くさやなぎ しゅんいち、1953年6月17日 -… 草柳 俊一(くさやなぎ しゅんいち、1953年6月17日 - )は、日本の録音エンジニア、落語研究家。 神奈川県横浜市生まれ。日本大学芸術学部卒。 落語などの録音に興味を持ったのは中学生の頃。父親がオープンリールのレコーダーで古今亭志ん生や春風亭柳橋(6代目)を録音しているのに関心を持ったのがきっかけとなった。 1977年、アオイスタジオへ入社して映画関係の仕事に従事する。1980年、音楽部門へ配置されてアシスタントに従事する。1984年7月、ハミングバード録音課へ入社する。1994年7月、マイカルハミングバードが映像音楽事業を譲渡したことからワーナーミュージック・ジャパン録音課へ移籍する。1996年8月、同社を退社してフリーランスとなる。
三上 賀代(みかみ かよ、1953年 - )は日本の舞踏家、… 三上 賀代(みかみ かよ、1953年 - )は日本の舞踏家、研究家、作家。配偶者は同じく舞踏家で元天井桟敷の三上宥起夫。 お茶の水女子大学国文科を1976年に卒業してから、1978年から約3年、土方巽に師事し、のちに彼の暗黒舞踏の研究基礎を築き、お茶の水女子大学院博士課程「舞踊教育学」で1997年に新たな学位を取得する。舞踏技法の試論について本も出版する。 1983年~1998年、野口体操の創始者野口三千三にも師事し、その間1992年にとりふね舞踏舎を設立し、現在まで各国で多くの公演を実施する。 2001年、舞踏家としての活動に加わえ、京都精華大学で講師を務める。2022年3月、京都精華大学名誉教授となる
押尾 一彦(おすお かずひこ、1953年 - )は、日本の航… 押尾 一彦(おすお かずひこ、1953年 - )は、日本の航空史研究家。 静岡県に生まれる。日本大学農獣医学部(現:生物資源科学部)を卒業。 太平洋戦争の日本陸海軍航空史をテーマに執筆している この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
岡庭 加奈(おかにわ かな、1953年 - )は、日本の西洋… 岡庭 加奈(おかにわ かな、1953年 - )は、日本の西洋占星術研究家。アメリカ占星術協会(AFA)会員。(社)日本写真協会会員。日本風景写真協会会員。(社)日本地震学会会員。兵庫県神戸市生まれ。聖心女子学院初等科・中等科・高等科、聖心女子大学文学部卒業。所属事務所はスカイコーポレーション。有限会社ミィーボート代表取締役。 1966年の中学一年の時にアストロロジー(占星学)に関心を持ち、1983年に研究用ツールの研究開発を始める。 1996年に西洋占星術支援ソフトMIIBOATが収録されたフロッピーディスク付きの「Windows版ソフトによる占星学教室」を刊行した。
見目 誠(けんもく まこと、1952年〈昭和27年〉8月27… 見目 誠(けんもく まこと、1952年〈昭和27年〉8月27日 - 2013年〈平成25年〉7月14日)は、日本の翻訳家、俳人、詩歌研究家。埼玉県生まれ。1976年学習院大学文学部卒。同大学院仏文科博士課程単位取得退学。その後高校教諭をしながら、文筆・翻訳活動を行った。日本フランス語フランス文学会、日本翻訳家協会、俳人協会、国際俳句交流協会会員。「馬酔木」、「関西文学」同人。 東京都立九段高等学校、学習院大学を経て、学習院大学大学院でフランス文学を専攻する。高校時代より中原中也、ボードレール、ランボーなどを愛読した。 大学時代には松尾芭蕉に傾倒する。大学院生時代に尾崎放哉の詩に出会う。 大学院退学後、教職に就く傍ら当時海外で知られていなかった日本文学の仏訳に取り組む。
秋山 孝(あきやま たかし、1952年5月18日 - 202… 秋山 孝(あきやま たかし、1952年5月18日 - 2022年1月18日)は日本のイラストレーター・グラフィックデザイナー・イラストレーション学研究家。新潟県立長岡商業高等学校、多摩美術大学を卒業し東京藝術大学大学院を修了。多摩美術大学教授。秋山孝ポスター美術館長岡館長を務めた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小佐田 定雄(おさだ さだお、1952年2月26日 - )は… 小佐田 定雄(おさだ さだお、1952年2月26日 - )は、日本の演芸研究家、演芸作家、落語作家、狂言作家。関西演芸作家協会会員。本名、中平定雄。大阪府大阪市生まれ。1974年に関西学院大学法学部卒業。妻は、弟子のくまざわあかね(2004年 - )。ドイツ人の孫あり。 中学生の頃に、桂米朝やSF作家の小松左京が出演する番組『題名のない番組』(ラジオ大阪)を聴き、ハガキ投稿の常連となる。関西学院大学在学中は、古典芸能研究部に所属した。在学時期は重ならないものの、5代目桂米團治は大学(学部は文学部)および古典芸能研究部の後輩に当たる。1971年11月11日に朝日放送ラジオが開催した「1080分落語会」に通しで参加した約50人の一人だったという。
梅谷 忠洋(うめたに ただひろ、1952年1月16日 - )… 梅谷 忠洋(うめたに ただひろ、1952年1月16日 - )は、作曲家、音楽家(フルーティスト)、潜在能力研究家、M&Uスクール学長である。 吹奏楽の名門といわれた兵庫県の西宮市立今津中学校にて得津武史に師事。大谷大学入学と同時に、19歳で指揮者宇宿允人に師事し、ヴィエール室内合奏団(現・関西フィルハーモニー管弦楽団)、フィルハーモニアTOKYOの首席フルート奏者を歴任。数多くのコンチェルトを演奏。1979年、『おもいで酒』(歌:小林幸子)を作曲。クラシック出身の演歌作曲家として歌謡界の注目を浴び、第21回日本レコード大賞、有線放送大賞など多くの金賞を受賞。NHKをはじめ各放送局のDJ、司会、音楽講師を務める一方、作曲や編曲、コンサート、ディナーショーを各地で行っている。
楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリー… 楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、テレビ司会者、エッセイスト、翻訳家、サイエンスライター、チョコレート研究家。元日本テレビアナウンサー。身長170cm。独身。日本ペンクラブ会員。 三重県伊勢市古市出身。三重県立伊勢高等学校、東京理科大学理学部第一部応用化学科卒業後、1974年、日本テレビにアナウンサーとして入社。同期には松永二三男と小池裕美子がいる。 1981年秋に退社、フリーアナウンサー、エッセイストに転身。『なるほど!ザ・ワールド』『世界まる見え!テレビ特捜部』などの海外情報系番組を多く担当した。日本テレビ『金曜娯楽館』とフジテレビの年末大型イベント『FNS歌謡祭』においては、芳村真理の後任として抜擢された。
田中 秀雄(たなか ひでお、1952年 - )は、日本近現代… 田中 秀雄(たなか ひでお、1952年 - )は、日本近現代史研究家、映画評論家である。東亜連盟の流れをくむ石原莞爾平和思想研究会をはじめ、台湾研究フォーラム、日韓教育文化協議会、軍事史学会、戦略研究学会等の会員。 福岡県出身。慶應義塾大学文学部を卒業。映画『南京の真実』第一部『七人の死刑囚』については高く評価している。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、… 永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、科学史・技術文化史研究家、ジャーナリスト、SF史家。 明治大学理工学部、成城大学文藝学部、日本ジャーナリスト専門学校、東京綜合写真専門学校の講師を勤め、日本SF作家クラブにも所属。と学会運営委員。 東京都立大学理学部卒業。在学中からSFファン活動を開始。編集者、メカニックライターとして活動。1987年、SF同人誌『イスカーチェリ』に掲載された「科学ロマンスとサイエンス・フィクションをめぐって」により、SFファンジン大賞・評論部門を受賞。2002年、「光の街」によりSFファンジン大賞・研究部門を受賞。 テレビアニメ『機動戦士ガンダム』のファンとして、放送後の科学考証に係わり、その世界観を築いたひとり。
高橋 成計(たかはし しげかず、1952年 - )は、日本の… 高橋 成計(たかはし しげかず、1952年 - )は、日本の城郭研究家。城郭談話会会員。 1952年、徳島県三好市生まれ。立正大学短期大学部社会科卒業。 会社勤務の傍ら、摂津・丹波の城郭調査に取り組む。1993年3月、中野卓郎・藤田達生と八上城研究会を結成し、八上城などの波多野氏関係の城郭や古文書の共同調査を開始する。同年12月、八上城の支城・法光寺城跡のある法光寺山で開発計画が策定されているとの報道がされると、八上城研究会として遺跡保存運動を行った。 2011年から2013年、京都府の中世城郭跡調査の調査員を務めた。その後、近畿・中国・東海を中心に中世城館を調査する。
石井 道遠(いしい みちとお、1951年(昭和26年)12月… 石井 道遠(いしい みちとお、1951年(昭和26年)12月11日 - )は、日本の財務官僚、昆虫研究家。第40代国税庁長官。東日本銀行頭取・会長、コンコルディア・フィナンシャルグループ副社長を歴任した。東京都出身。趣味は昆虫採集。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
近藤 雅樹(こんどう まさき、1951年8月7日 - 201… 近藤 雅樹(こんどう まさき、1951年8月7日 - 2013年8月3日)は、日本の民具研究家・民俗学者。元国立民族学博物館教授。 東京都出身。1977年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒。高等学校美術科講師、日本常民文化研究所研究員、技術職員を経て、1982年兵庫県立歴史博物館学芸員に就任。1990年に国立民族学博物館第1研究部助手。1999年同民族学研究開発センター教授に就任。2003年からは国立民族学博物館・博物館民族学研究部教授、翌年、同民族文化研究部教授。ほかに甲南大学、甲子園短期大学、松山大学等で教鞭を執る。 2013年8月3日、心不全により自宅で亡くなっているのが発見された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
永田 生慈(ながた せいじ、昭和26年(1951年)8月1日… 永田 生慈(ながた せいじ、昭和26年(1951年)8月1日 - 平成30年(2018年)2月6日)は、日本の浮世絵研究家。特に葛飾北斎の研究と作品蒐集を精力的に行い、コレクションは島根県立美術館に寄贈・収蔵された。 島根県津和野町生まれ。小学3年生の時、古本屋で北斎の『画本早引』の入手がきっかけで北斎に魅せられ、十代半ばから作品を蒐集する。浮世絵研究者の楢崎宗重を慕って立正大学文学部に入学。在学時から、北斎専門研究雑誌『北斎研究』の発行・編集に関わった(2016年、第56号で休刊)。 卒業後、1977年より太田記念美術館に勤務、副館長兼学芸部長を歴任した。その間にも、国内外の北斎展で監修を務め、多くの著作を記した。
竹内 オサム(たけうち おさむ、1951年7月1日- 、本名… 竹内 オサム(たけうち おさむ、1951年7月1日- 、本名・竹内長武)は、日本の漫画研究家、漫画家、同志社大学社会学部名誉教授。日本児童文学学会、日本マンガ学会、各会員。 専門は児童文化とマンガ史である。とりわけ戦前のマンガ史と手塚治虫研究の分野に業績が多い。 大阪府出身。大阪教育大学大学院修士課程修了。大阪国際女子大学教授、同志社大学文学部教授を経て、社会学部メディア学科教授。2022年定年退職、名誉教授。 大学時代はマンガ家をめざし、村上知彦、雑賀陽平、高宮成河、亜庭じゅんらとマンガ創作誌『空飛ぶまんが アップル・コア』に参加する。同時に、1970年代後半から子ども漫画の研究活動を開始。日本における本格的な漫画研究の分野の樹立を目指した。
中河 伸俊(なかがわ のぶとし、1951年3月2日 - )は… 中河 伸俊(なかがわ のぶとし、1951年3月2日 - )は、日本の社会学者、音楽研究家、関西大学名誉教授。 東京生まれ。1974年同志社大学文学部社会学科卒、1983年京都大学大学院文学研究科満期退学、富山大学教養部講師、1985年助教授、1993年人文学部助教授、1995年教授。その後、大阪府立大学人間社会学部教授を経て、関西大学総合情報学部教授。2003年、「社会問題の構築主義的探求 理論と応用」で京都大学から博士(文学)の学位を授与される。
福本 友美子(ふくもと ゆみこ、1951年 - )は、東京都… 福本 友美子(ふくもと ゆみこ、1951年 - )は、東京都出身の児童図書研究家、翻訳家。 1951年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部図書館・情報学科を卒業後、調布市立図書館に司書として6年間勤務、主に児童サービスに携わる。1980年よりフリーで選定・批評・編集・翻訳など、子どもの本に関するさまざまな分野で活動を始める。2000年5月の国際子ども図書館の部分開館時、JBBY(日本国際児童図書評議会)での研究をもとに「子どもの本・翻訳の歩み展」展覧会 に実行委員として参加。『子どもの本・翻訳の歩み展展示会目録ー国際子ども図書館開館記念』 の出版に携わる。また2004年にはケニアの村に図書館をつくるプロジェクトに参加、ケニア現地での図書館開館に立ち会った。
クリストファー遙盟(Christopher Yohmei B… クリストファー遙盟(Christopher Yohmei Blasdel、1951年 - )は、アメリカ合衆国出身・日本在住の尺八奏者、執筆家、民族音楽研究家。 1972年に来日し竹盟社宗家・山口五郎(後に人間国宝)に師事。1978年東京芸術大学に入学、1982年同大学院を修了。1984年に山口五郎より師範・雅号「遙盟」を授かる。 国際文化会館芸術監督(1987−2013)、テンプル大学講師(日本音楽)、プラハ尺八フェスティバルのシニア・アドバイザーなどを務める。現在ハワイ大学講師(日本音楽)。合気道五段。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
浅野 秀剛(あさの しゅうごう、1950年12月28日 - … 浅野 秀剛(あさの しゅうごう、1950年12月28日 - )は、日本の美術史研究家。特に浮世絵を独学で学び、浮世絵考証研究の第一人者とうたわれる。 秋田県能代市生まれ。秋田県立能代高等学校、立命館大学理工学部数学物理学科卒業。在学中は古美術研究会の会長を務めた。上京して築地市場でアルバイトをしながら日本浮世絵協会(現・国際浮世絵学会)で活動。通信教育で学芸員の資格をとり、34歳で千葉市教育委員会の学芸員となる。2007年、「初期浮世絵」で博士(哲学)(学習院大学)。千葉市美術館学芸課長を経て、財団法人大和文華館館長、2013年6月からはあべのハルカス美術館館長も兼任。 2025年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」では、浮世絵考証を担当した。
佐々木 正子(ささき まさこ、1950年12月5日 - )は… 佐々木 正子(ささき まさこ、1950年12月5日 - )は、日本画家、美術研究家。嵯峨美術大学学長。夫は、美術史家の佐々木丞平。 1950年、神奈川県に生まれる。東京藝術大学美術学部絵画科卒業。2005年、京都嵯峨芸術大学(現嵯峨美術大学)教授。 1997年に国華賞、1999年に日本学士院賞、2000年にフンボルト賞を各・受賞。 2026年1月、皇居での講書始にて「江戸時代の日本絵画」を進講した。
三日木 人(みかぎ じん、1950年11月16日ー )は、日… 三日木 人(みかぎ じん、1950年11月16日ー )は、日本の歴史小説家、歴史研究家。第22回歴史浪漫文学賞受賞。 徳島県三好市三野町の神主の家系に生まれる。生家は鎌倉時代から続く旧家。郡司(市長以上、県知事未満に相当)となった家柄で、本人は21代目当主にあたる。 学卒後、編集者を経て、編集制作会社を30年以上にわたって主宰。その後、作家に転身する。 三好市ゆかりの武将三好長慶シリーズ『新・三好長慶伝-龍は天道をゆく』『三好長慶の遺命-篠原長房士魂録』『われは鬼なり-十河一存伝』の三好三部作の著者として知られ、これら著作は、「三好長慶NHK大河ドラマ誘致推進協議会(徳島・関西)」「徳島県人会近畿連合会」「近畿三好ふるさと会連合会」、さらに「三好長慶会」をはじめとする三好長慶顕彰諸団体(通称:三好ネットワーク/11団体加入)などの推奨図書として刊行されている。
古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は… 古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は、日本の歴史研究家。敦賀市にある資料館「人道の港 敦賀ムゼウム」初代館長。杉原千畝や根井三郎、ユダヤ人避難民、そしてポーランド孤児などの研究で知られる。
飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月… 飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月16日 - )は、日本のライター、小説家、漫画家、超常現象研究家。「飛鳥昭雄」の他に、「総本家 飛鳥昭雄」「あすかあきお」や「千秋寺亰介」(せんしゅうじ きょうすけ)を筆名として用いる。モルモン教徒。
寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、… 寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、日本の鉄道研究家、鉄道写真家、鉄道作家、鉄道評論家、元公立小学校教諭(地方公務員)、鉄道友の会会員、鉄道運輸史研究会会員。 大阪府八尾市出身。柏原市在住。 幼き頃より鉄道に興味を示し、義務教育在籍中から鉄道写真を撮影するようになり、また並行して鉄道雑誌に投稿したり、鉄道の歴史を研究する活動を行っていた。趣味活動対象は主に日本国有鉄道(国鉄、なかでも旧大阪鉄道管理局や天王寺鉄道管理局管内を中心とした関西地区関連)・JRグループ(特に地元のアーバンネットワーク関連)であるが、近畿日本鉄道(近鉄)や京阪電気鉄道(京阪)や南海電気鉄道(南海)などの大手私鉄関連も行っている。
立川 健治(たちかわ けんじ、1950年 - )は、日本の競… 立川 健治(たちかわ けんじ、1950年 - )は、日本の競馬史研究家。専攻は日本近代社会運動・思想史、日本近代競馬史。
草場 純(くさば じゅん、1950年 - )は、日本のゲーム… 草場 純(くさば じゅん、1950年 - )は、日本のゲーム研究家である。世界中のボードゲームやカードゲームの普及と、埋もれた伝統ゲームの発掘に努めている。日本バックギャモン協会評議員。 東京都生まれ。都立秋川高校卒業後、1974年に東京学芸大学を卒業。大学時代は漫画研究会に所属。また、柴野拓美、大宮信光らが行っていた「SFファン科学研究会」に参加し、現在も継続している。 卒業後、都内公立小学校に勤務し、子どもたちとさまざまな遊びを実践。 1976年、ゲームについての最初の論考を『SFマガジン』2月号に掲載。1982年、ゲームサークル「なかよし村とゲームの木」を設立し、以来30年以上にわたって1700回を超えるゲーム会を開催。
武田 崇元(たけだ すうげん 1950年 - )は日本の出版… 武田 崇元(たけだ すうげん 1950年 - )は日本の出版事業家、神道霊学研究家、超常現象研究家。本名は武田洋一。武田益尚、武内裕、有賀龍太などの筆名を持つ。
小林 章夫(こばやし あきお、1949年12月29日 - 2… 小林 章夫(こばやし あきお、1949年12月29日 - 2021年8月5日)は、日本の英文学者、英国文化研究家。上智大学名誉教授。 東京都生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1975年、上智大学大学院文学研究科修士課程修了。同博士課程中退。同年、同志社女子大学研究助手。1979年、専任講師。1982年に助教授。1985年、ヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。1988年に教授。1995年、上智大学文学部英文学科教授。1999年、「憂鬱な詩人 - アレグザンダー・ポープの政治諷刺」で上智大学文学博士。2016年に名誉教授、帝京大学外国語学部長・教授。2020年に定年退職。 2021年8月5日、心不全のため死去。
布野 修司(ふの しゅうじ、1949年8月10日 - )は、… 布野 修司(ふの しゅうじ、1949年8月10日 - )は、日本の建築・都市研究家、建築批評家。工学博士(東京大学・論文博士・1987年)。滋賀県立大学名誉教授。同副学長及び理事(研究・評価担当)を歴任。日本建築学会副会長、復旧復興支援部会部会長。 島根県出雲市生まれ。1972年東京大学工学部建築学科卒業。1976年同大学院博士課程中退、同大学工学部助手、1978年東洋大学工学部講師、1984年助教授、1991年京都大学工学部建築学科助教授。2005年滋賀県立大学環境科学部教授。2015年定年退官。 1987年「インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究 ハウジング・システムに関する方法論的考察」で東京大学より工学博士の学位を取得。
平木 収(ひらき おさむ、1949年8月7日 - 2009年… 平木 収(ひらき おさむ、1949年8月7日 - 2009年2月24日)は、日本の写真評論家、写真史研究家。 川崎市民ミュージアム学芸員、九州産業大学教授、大阪芸術大学非常勤、日本写真協会理事などを歴任。フリー以後、写真評論家という肩書きにこだわりを公言し、「時代性」「社会を映す鏡」「写真論写真」などの観点から写真批評や講義を行い多くの後進や写真家を育成した。 京都府宮津市に生まれ、小・中・高と京都市伏見区で育つ。早稲田大学第二文学部美術専攻卒業。大学時代には写真部に所属。フォトギャラリー・プリズムでは東京綜合写真専門学校や東京造形大学の在校生や卒業生らと立ち上げ、金銭面で閉廊したがその間自身の作品展示も行う。
矢野 環(やの たまき、男性、1949年5月24日 - )は… 矢野 環(やの たまき、男性、1949年5月24日 - )は、日本の数学者、茶道研究家、同志社大学文化情報学部教授。専門は数理文献学、茶道・華道・香道史、伝統文化論、応用多変量解析、数学。 京都市生まれ。1972年京都大学理学部卒、1977年同大学院理学研究科数学専攻博士課程修了、「b函数の理論について」で理学博士。1977年埼玉大学理学部数学科助手、1983年助教授、1995年教授、2005年同志社大学文化情報学部教授。 1999年茶道文化学術賞受賞。
甲野 善紀(こうの よしのり、1949年 - )は、東京都出… 甲野 善紀(こうの よしのり、1949年 - )は、東京都出身の武術を主とした身体技法の研究家。明星高等学校卒。 東京農業大学畜産学科中退。古武術に関する著書多数。
生形 貴重(うぶかた たかしげ、1949年(昭和24年) -… 生形 貴重(うぶかた たかしげ、1949年(昭和24年) - )は、国文学者、茶道研究家、千里金蘭大学教授。専門は中世日本文学、茶道文化論。表千家茶道の普及・発展のため、講演や著述活動に従事。 大阪の表千家の茶家「生形朝宗庵」に生まれる。彫刻家・生形貴春(1948- )は兄。1973年同志社大学文学部国文科卒、77年同大学院博士課程中退。同志社女子中高等学校教諭、大谷女子短期大学国際文化学科教授、国際文化学科長、千里金蘭大学看護学部教授、不審菴文庫運営委員。1985年『四部合戦状本平家物語全釈』で日本古典文学会賞受賞。
山本 一生(やまもと いっしょう、1948年10月14日 -… 山本 一生(やまもと いっしょう、1948年10月14日 - )は、日本の近代史研究家、競馬史研究家 。 東京都生まれ。東京大学文学部国史学科卒業後、石油精製会社に勤務する傍ら、競馬の歴史や血統に関して翻訳・執筆を行う。 1997年よりフリーとなり、伊藤隆のもとで『有馬頼寧日記』の編集に加わり、その後は戦間期の日記を読み解く作業を行っている。 2007年『恋と伯爵と大正デモクラシー―有馬頼寧日記1919』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2021年『百間、まだ死なざるや 内田百間伝』で読売文学賞受賞。
マック 赤坂(マック あかさか、本名:戸並 誠〈となみ まこ… マック 赤坂(マック あかさか、本名:戸並 誠〈となみ まこと〉、1948年〈昭和23年〉9月18日 - )は、日本の政治家、実業家、民間セラピスト、美容研究家。一般財団法人スマイルセラピー協会会長、スマイル党総裁。 東京都港区議会議員(1期)を務めた。 愛知県名古屋市出身。貧しい家で育った。1967年、愛知県立瑞陵高等学校卒業。現役時に東京大学を受験するも不合格。一浪して京都大学農学部に入学、バイオ研究に取り組んだ。1972年、京都大学農学部卒業。伊藤忠商事退社後にレアアースの輸入商社、マックコーポレーション株式会社を設立、同社社長となる。名前の「マック」は本名の誠(まこと)、「赤坂」は自身が好きな街の東京・赤坂が由来である。
山之内 重美(やまのうち しげみ、本名:上杉重美、旧芸名:山… 山之内 重美(やまのうち しげみ、本名:上杉重美、旧芸名:山之内滋美、1948年8月4日 - ) は、日本の歌手、女優、ロシア演劇・ロシア大衆歌謡ピェースニャ研究家である。 京都府京都市出身、大阪外国語大学ロシア語学科、早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専修卒。関西芸術座、劇団三十人会、表現劇場に参加。吉田名保美事務所、中村企画(社長中村敦夫)を経て現在フリー。 在学中より演劇に惹かれ、女優を目指す(代表作参照)。ロシア語のできる女優は日本では少なく、他に栗原小巻が知られている程度である。ロシア演劇研究家としてはスターリンに粛清された悲劇の演出家メイエルホリドを永年のテーマとし、メイエルホリドの孫娘であり生涯をかけて祖父の名誉回復に尽力したマリヤとの深い親交があった。
園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-… 園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-)は、日本の作家、歴史研究家。 石油資源開発株式会社に入社。サハリンの油ガス田や中東の油ガス田の探鉱・発見などの後、55歳で同社を早期退職し、在職時代から始めていた執筆活動を本格化した。 最初はオーストラリア関係のエッセイを書いていたが、長年研究していた日本の古代史に関する成果を小説型に纏めた「太安万呂の暗号シリーズ」8作に重点的に取り組んだ。 。その中で「いろは歌」に巧妙に隠し込まれた藤原不比等を呪う言葉を発見している。『萬葉集』の歌に隠しこまれた柿本人麻呂(大三輪朝臣高市麻呂)の秘文の存在への気づきが、『萬葉集』巻一および巻二の全324首の別の視点からの解読に向かわせ、『萬葉伝授』8巻を完成させた。
戸髙 一成(とだか かずしげ、1948年(昭和23年)4月1… 戸髙 一成(とだか かずしげ、1948年(昭和23年)4月10日 - )は、日本の海軍史研究家。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長、呉市参与。 宮崎県出身。東京都立忍岡高等学校を経て、1973年に多摩美術大学美術学部彫刻科を卒業。友人とデザイン会社を経営するが、5年ほどでやめて海軍の研究を始め、海軍関係者と知合いとなった機縁で財団法人史料調査会に勤め、主任司書となる。1992年、同財団理事。その傍ら、当時戦記物を出版していた今日の話題社の経営に10年程関わり、社長も務めた。1994年、旧厚生省より戦没者追悼平和祈念館設立準備室の立ち上げを依頼され転籍、今日の話題社社長も辞職。1999年に昭和館図書情報部長、2004年に呉市企画部参事補、2005年4月より呉市海事歴史科学館長。
たかの 友梨(たかの ゆり、本名:高野 友梨、1948年1月… たかの 友梨(たかの ゆり、本名:高野 友梨、1948年1月22日 - )は、エステティシャン、アンチエイジング美容研究家。 一般社団法人エステティックセラピスト協会会長、厚生労働大臣指定学校法人たかの友梨学園たかの友梨美容専門学校理事長、日本肥満学会員、ミス・ユニバース審査員。 NPO法人地球こどもクラブ副会長、児童養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」および社会福祉法人「鐘の鳴る丘 愛誠会」後援会長。ボランティア・寄付などの社会貢献活動も行っている。 2018年7月の西日本全域の大雨災害にあたり、災害復興支援として、たかの友梨個人による私財の寄附を行ったことへの公益への貢献が認められ、2019年7月30日に紺綬褒章を受章した。
ケン・ケンセイ(本名:片岡 昇〈かたおか のぼる〉、1948… ケン・ケンセイ(本名:片岡 昇〈かたおか のぼる〉、1948年 - )は、日本人のハリウッド俳優、剣道師範、英語発音研究家。高知県高知市出身で現在はアメリカ合衆国ニューヨーク在住。全東部米国剣道連盟会長。 高知県立安芸高校卒業後、ヤンマー業務提携会社の協和農機に入社。高校時代から剣道を始め、社会人時代には1972年には高知県代表として国民体育大会にも出場した。全日本都道府県対抗剣道優勝大会では高知県代表の先鋒として2位の実績を残す。七段の腕前を持つ。 早期退職制度を利用し、1973年にカナダに渡る。シカゴ、メキシコを経てニューヨークへ行き、1976年、ニューヨークの古い教会の最上階を借り、ニューヨークシティ剣道クラブを創設した。
水谷 周(みずたに まこと、1948年 - )は、日本の外交… 水谷 周(みずたに まこと、1948年 - )は、日本の外交官、イスラーム研究家。元米国デンヴァー総領事。アラブ イスラーム学院学術顧問。日本ムスリム協会理事、ムスリム名はアミーン。 京都府出身。京都大学文学部卒。外務省に入省。米国ユタ大学中東センター博士号。
櫻井 澄夫(さくらい すみお、桜井澄夫とも書く。1948年 … 櫻井 澄夫(さくらい すみお、桜井澄夫とも書く。1948年 - )は文化史研究家、地名研究家、毛沢東バッジ研究家、ペイメントシステム(英語版、日本語版)、貨幣制度、クレジットカード研究家、海外関連業務コンサルタント。横浜地方史、日中関係史、都市比較論研究家。東京生まれ。神奈川県横浜市在住。慶應義塾大学文学部史学科卒業。 飛鳥田一雄(元横浜市長)、鳴海正泰、松沢常男に続く、横浜地名研究会4代目会長。地名関係の各種講演、地方自治体の研修講師、大学(中国の南京大学地名専修課程や日本の大学)の特別講師を務め、また長く大手銀行系クレジットカード関連企業に勤務して、国内(JCB本社企画部長)、アメリカ、香港(現法代表)、中国(JCBインターナショナル取締役北京事務所長)などに駐在し、この方面での業務企画、営業、海外展開、現地営業、広告宣伝などの専門家として勤務し、国の内外で、クレジットカード・ペイメントカード関連の各種大会や行事、セミナー、社員教育などでの講演、講義などを行っている。
前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖… 前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖縄市(出生当時アメリカ合衆国領琉球政府コザ市)出身の、沖縄テレビ放送元アナウンサー、ジャーナリスト、ウチナンチュ研究家。 同志社大学文学部卒業後、1973年にアナウンサーとして沖縄テレビ入社。報道番組(『OTVニュース6:30』『OTVイブニングワイド』など)の司会を担当する傍ら、沖縄テレビとの資本関係が深い琉球新報に1984年から掲載された世界各地の沖縄県出身移民、いわゆる「ワールド・ウチナンチュ」のインタビュー記事に感銘を覚え、「世界のウチナンチュ」の取材・研究に携わる。 中でも1985年から自らが企画・レポーターを担当して放送された『沖縄発われら地球人→世界ウチナーンチュ紀行』のシリーズは、19年間にわたる長寿シリーズとして放送され、2001年に日本民間放送連盟賞活動部門優秀賞を受賞する功績を残した。
新井 裕(あらい ゆたか、1948年 - )は、エコロジスト… 新井 裕(あらい ゆたか、1948年 - )は、エコロジスト、トンボ研究家。 東京都生まれ。明治大学農学部卒業。埼玉県農林部の研究職員を28年勤めたあと早期退職し「NPO法人むさしの里山研究会」を設立、里山保全活動に専念。
辻原 康夫(つじはら やすお、1948年 - )は、日本の地… 辻原 康夫(つじはら やすお、1948年 - )は、日本の地理研究家、情報編纂シンクタンク「見聞録」主宰。ノンフィクションライター、地誌研究家、流通経済大学社会学部教授。広島市生まれ。明治大学文学部卒業。
亀川純一 (かめかわ じゅんいち、1948年-) は、民間歴… 亀川純一 (かめかわ じゅんいち、1948年-) は、民間歴史研究家、実業家。郷土史研究会「古志の会」代表。元・長岡市史編集専門委員。 1948年、新潟県長岡市で生まれ、阪之上小学校、長岡高校を卒業した。総合テナントビル「笑月」社長。1989年に郷土史研究グループ「古志の会」を発足させた。 芸者だった叔母が「長岡おけさ」を歌っている録音テープを聞いたことをきっかけに、新潟の民謡「おけさ」に興味を持つ。自身の主宰する「古志の会」の活動としておけさのデジタルアーカイブ化を進め、歌と踊りの収録を各地で行なった。