井川 広太郎(いかわ こうたろう、1976年9月1日 - )… 井川 広太郎(いかわ こうたろう、1976年9月1日 - )は、日本の映画監督。神奈川県出身。 栄光学園高等学校を経て、一橋大学在学中に、野崎歓に師事し映画理論を学ぶ(後に中退)。 その後、撮影監督として、白川幸司監督作品『眠る右手を』(2003)などに参加。 2006年、初の長編劇場用映画『東京失格』で監督デビュー。同作は、第25回バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガーコンペティション出品、第36回ロッテルダム国際映画祭正式招待、Cinema Digital Seoul 2007観客賞受賞、など数々の国際映画祭にて上映されている。
山本 大輔(やまもと だいすけ、1976年8月30日- )は… 山本 大輔(やまもと だいすけ、1976年8月30日- )は、日本のテレビドラマ監督である。 三重県鈴鹿市出身。横浜国立大学卒業。1999年にアズバーズ入社。2025年4月よりフリーとして活動している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山下 敦弘(やました のぶひろ、1976年8月29日 - )… 山下 敦弘(やました のぶひろ、1976年8月29日 - )は、日本の映画監督。愛知県半田市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。 愛知県立阿久比高等学校在学中から自主映画を製作。後の山下映画の常連俳優となる山本剛史とは中学校の同級生で、高校は別だったが自主映画仲間だった。 大学時代の先輩に熊切和嘉、山本浩司、宇治田隆史、本田隆一、元木隆史。同期には寺内康太郎、呉美保、柴田剛などがいる。卒業制作として撮った『どんてん生活』のビデオを、知人に配っていたら、篠崎誠経由で(北野武を国際的に紹介した批評家の)トニー・レインズに注目され、国際映画祭に出品される。 大学の同級生だった向井康介(現在は脚本家)とのコンビで『どんてん生活』(1999年)『ばかのハコ船』(2002年)『リアリズムの宿』(2003年)の通称"ダメ男三部作"を20代で完成させ、そのオフビートな作風から「日本のアキ・カウリスマキ」「日本のジム・ジャームッシュ」などと称される(向井と2人の脚本共作体制は『松ヶ根乱射事件』まで続く)[誰によって?]。
井川 楊枝(いがわ ようじ、1976年8月13日 - )は、… 井川 楊枝(いがわ ようじ、1976年8月13日 - )は、日本の映画監督、脚本家、ノンフィクション作家。神奈川県相模原市出身。 早稲田大学本庄高等学院を経て、早稲田大学第一文学部を卒業。大学在籍中に短編小説で舟橋聖一顕彰青年文学賞を受賞した。 実話ナックルズ、実話ドキュメント等をはじめとする実話誌を中心に執筆し、暴走族やチーマー、暴力団、外国人マフィアといった、不良やアウトロー系の取材を数多く手がけている。 映画監督としても活動し、2017年公開の『ベースメント』、2022年には『コネクション』で監督・脚本を務めた。 日韓で連載されたAV漫画『Highイキ!』(井川楊枝原作、レジンコミックス)は、ヒロインのAV監督である安西聡子がAV女優の紗倉まなに似ていると噂され、特に韓国での人気が高い。
香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、… 香西 志帆(こうざい しほ、1976年7月29日 - )は、日本の映画監督、映像作家、脚本家。 香川県高松市出身。小学生3年生頃に自作の小説を書き始める。中学時代は漫画制作に手を染め、14歳の時に『りぼん』に作品が掲載された。 大学時代はジャーナリスト(新聞記者・アナウンサー)志望だったが、いずれも採用に至らなかった。地元の百十四銀行に就職する。就職は、リクルーターから社内報があると言われたことが理由だった。 銀行で広報を担当し、全国社内報コンクールで金賞を受賞するなどしたが、29歳の時に「今から目指せる夢」として脚本家になることを着想する。 その後、映画作家(脚本と監督を担当することが多い)として数多くの作品を制作。
石原 理衣(いしはら りい、1976年7月18日 - )は、… 石原 理衣(いしはら りい、1976年7月18日 - )は、日本の映画監督・プロデューサー・女優。埼玉県出身。血液型はO型。身長162cm。中央大学理工学部応用化学科卒業。Upcoming Movies,Inc.の代表取締役。夫は音楽家・監督・プロデューサーの小野川浩幸。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
鈴木 太一(すずき たいち、1976年6月16日 - )は、… 鈴木 太一(すずき たいち、1976年6月16日 - )は、日本の映画監督・脚本家。東京都出身。エム・エーフィールド所属。 東京都江戸川区出身。早稲田大学第二文学部(歴史・民俗専修)卒業。大学卒業後、ENBUゼミナール映像コラボレートコースにて映画を学ぶ。 ENBUゼミナール卒業後、映画監督篠原哲雄に師事。フリーで映画・PVなどの助監督を務める傍ら、ホラーDVD「怪奇!アンビリーバブル」シリーズ等の演出を手がける。 2009年から株式会社エム・エーフィールドに脚本家として所属。劇場用映画やテレビドラマの企画に携わる。 2011年夏、3分11秒の短編映画『ベージュ』(監督・脚本を担当)を製作し、311仙台短篇映画祭映画制作プロジェクト『明日』に参加。
伊勢谷 友介(いせや ゆうすけ、1976年〈昭和51年〉5月… 伊勢谷 友介(いせや ゆうすけ、1976年〈昭和51年〉5月29日 - )は、日本の俳優、映画監督、美術家、実業家、リバースプロジェクト所属・同代表。「Loohcs」発起人。学生時代、ファッションモデルとしてデビューし、その後は主に俳優として活動している。 腕の良いテーラー(仕立て屋)を父として、父が53歳9か月の時の子として、東京都港区白金にて誕生。母子家庭で育つ。長年に渡り「東京都世田谷区出身」と本人は思い込んでおり、従来はそう公表されていたが、2018年6月、母から母子手帳を見せられたことにより、その詳細な記述により世田谷区は本籍地で、実は港区白金出身であったと知ったことをInstagramで明かした。
澤田サンダー(さわださんだー、1976年5月22日 - )は… 澤田サンダー(さわださんだー、1976年5月22日 - )は、日本の映画監督、脚本家、作家。 2007年に岡本太郎現代芸術賞での展示が実質のデビュー。2010年には34歳で東京芸術大学大学院に入学。在学中に複数のインディペンデント系主要脚本賞を受賞。同学科初の奨学金全額免除者となる。2015年には5年ぶりに現代美術のフィールドにて、映像作品を発表。若手現代美術家を育成することで知られるACAC(国際芸術センター青森)にて個展を行う。2017年には『ひかりのたび』が全国で劇場公開された。 伊参スタジオ映画祭、函館港イルミナシオン映画祭、福岡インディペンデント映画祭(優秀作品)、渋谷ヒカリエ「真夜中の映画祭」(第2部「若き才能の挑戦」にて最多得票上映権を獲得、3RD THEATER FESTIVAL入選ニコ生にて上映)などで公開 渋谷ヒカリエ一周年記念「Happy Happening」の「真夜中の映画祭 第一夜」、UPLINK Xなどで上映。
山谷 亨(やまや あきら、1976年5月8日 - )は日本の… 山谷 亨(やまや あきら、1976年5月8日 - )は日本の映画監督、演出家、脚本家。青森県青森市出身。 青森県立青森高等学校を卒業後、成蹊大学文学部日本文学科に進学。大学卒業後、制作会社にてテレビ番組、映画、オリジナルビデオ等の演出・撮影・編集・助監督等を務める。 その後フリーの演出家として映画・オリジナルビデオ・CMなどの制作に従事。他に、題字・字書きとして映画・CM美術などに多数参加している。実相寺昭雄の株式会社コダイ所縁の服部光則・高橋巖 (映画監督)・清水厚との仕事が多い。 セサミストリート:ELMO IN JAPAN〜(2015年~2016年) ラインプロデューサー
地曵 豪(じびき ごう、1976年5月7日 - )は、東京都… 地曵 豪(じびき ごう、1976年5月7日 - )は、東京都出身の日本の俳優、ナレーター、映画監督。本名同じ。 2008年以来、特定の芸能事務所に所属せず個人で活動していたが、2025年より芸能事務所Oranteに所属。 身長183cm。特技:英会話、居合、乗馬 1976年5月7日、東京都で生まれ、その後シンガポール、ニューヨークにて幼少期を過ごす。帰国後、中学校時代に劇団若草に入団。学習院大学法学部政治学科卒業後、福沢富夫が所長を務めていた円・演劇研究所にて演劇を学ぶ。 2008年、若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』では連合赤軍のリーダーであった森恒夫役に抜擢。2012年、同監督の『海燕ホテル・ブルー』では主役を務めた。
林田 賢太(はやしだ けんた、1976年(昭和51年)4月2… 林田 賢太(はやしだ けんた、1976年(昭和51年)4月22日 - 2008年(平成20年)11月1日)は日本の脚本家、映画監督。 大阪府吹田市出身。高校時代より自主映画を撮り始め、19歳で日本映画学校(現・日本映画大学)のシナリオコースに入学。加藤正人や我妻正義などから学び、同期には映画監督の李相日、草野陽花、松江哲明などがいる。卒業後は脚本家池端俊策に師事する。 在学中に大阪のプラネットステーションにて撮影した自主映画「サマージャンボ」がインディーズムービーフェスティバルにて4位。更に実習で作った自主映画「東京フリーマーケット」が同映画祭にてグランプリを受け、インディーズムービーフェスティバルより援助監督としてのスカラシップを得て、映画「ブリュレ」 を企画、脚本、監督する。
市井 昌秀(いちい まさひで、1976年4月1日 - )は、… 市井 昌秀(いちい まさひで、1976年4月1日 - )は、日本の映画監督。富山県射水市出身。妻は女優の市井早苗(旧:今野早苗)。 富山県立富山中部高等学校、関西学院大学卒業。漫才グループ「髭男爵」の元メンバー で、大学在学中からお笑い芸人を目指して活動していた。「髭男爵」以前には笑い飯の哲夫とのコンビ「スキップ」の初代ツッコミを担当していた。東京NSC3期生だが、中退している。 その後、劇団東京乾電池の研究生を経て、映画学校のENBUゼミナールに入学し映画製作を学ぶ。2004年にゼミナールを卒業、その後の長編2作が立て続けに映画祭の賞を受賞し注目を集める。 2019年、妻の早苗との共同名義「市井点線」で小説『台風家族』を発表し、5月22日にキノブックスより発売。
音尾 琢真(おとお たくま、1976年〈昭和51年〉3月21… 音尾 琢真(おとお たくま、1976年〈昭和51年〉3月21日 - )は、日本の俳優、タレント、声優、ナレーター、歌手、映画監督、演出家、脚本家、ディレクター、ラジオパーソナリティ、スーツアクター。所属事務所はCREATIVE OFFICE CUE、業務提携先はアミューズ。演劇ユニット・TEAM NACSのメンバー。 北海道旭川市出身。北海学園大学在学中に札幌で芸能活動を開始。妻は女優の春日井静奈。身長は170 cm。 旭川市で生まれる。父親の仕事の都合で生まれてまもなく深川市に移るが、小学校に入る頃旭川市に戻る。北海道旭川西高等学校に入学し、男子新体操部に所属。3年生時には部長を務めた。高校卒業後、大阪芸術大学を受験し合格するも親から入学を反対され1994年、地元の北海学園大学に入学(経済学部卒業)。
松岡孝典(まつおか たかのり、1976年3月16日生 )は、… 松岡孝典(まつおか たかのり、1976年3月16日生 )は、映画監督。2014年以降、監督業として作品多数。 1996年 中央大学在学中より自主映画を監督。『壁』(8ミリ)が調布実験映画フェスティバル入選 1997年 『チャリンコ暴走族』(8ミリ)が全国学生映画祭にて中野武蔵野ホールでレイトショー 1998年 『恋人達』(8ミリ)が夕張国際映画祭JCF学生映画祭で特別賞受賞 2000年 中央大学文学部卒業 2001年 映画『Mr.ルーキー』(井坂聡監督)に5th助監督として参加 2002年 映画『さよなら、クロ』(松岡錠司監督)に4th助監督として参加 2003年 映画『69sixtynine』(李相日監督)に3rd助監督として参加 2004年 映画『いとしのヒナゴン』(渡邊孝好監督)に2nd助監督として参加 2006年 この頃より実相寺昭雄監督の「コダイ」に参加 2007年 映画『髪がかり』(河崎実監督)にチーフ助監督として参加 2009年 ユニテントのVPを監督(「ユニトレンド」) 2011年 映画『カルテット!』(三村順一監督)にチーフ助監督として参加 2012年 映画『関西ジャニーズJr.の太秦行進曲』(本木克英監督)でメイキングディレクターとして参加 2013年 映画『おしん』(冨樫森監督)にメイキングディレクターとして参加 2014年 Vシネマ『鉄火場のシン1・2』監督 2015年 TV番組『俺旅(ニューヨーク・台湾)』ディレクター 2016年 TV番組『俺旅(タイ)』ディレクター 2018年、株式会社グラウコープスに所属。
安里 麻里(あさと まり、1976年3月14日 - )は、日… 安里 麻里(あさと まり、1976年3月14日 - )は、日本の映画監督、脚本家。主な監督作品に映画『アンダー・ユア・ベッド』『バイロケーション』『劇場版 零 ゼロ』『氷菓』、テレビドラマ「I"s」「ただ離婚してないだけ」等がある。 家庭の事情により幼少期に安里家の養子に入る[信頼性要検証]。 横浜国立大学教育学部在学中に自主映画サークルに入部し、映画美学校のフィクション・コースに第一期生として入学(同期に清水崇、富田克也、古澤健、大九明子らがいる)。同校で黒沢清、高橋洋、塩田明彦、青山真治、万田邦敏、篠崎誠らに師事。カメラマン志望であったため、黒沢清監督の作品などに撮影助手として参加し始める。
大橋慶三(おおはし けいぞう、1976年3月13日 - )は… 大橋慶三(おおはし けいぞう、1976年3月13日 - )は、日本の小説家・映画監督・脚本家、演歌歌手、行政書士。東京都出身。千葉県浦安市在住。東海大学政治経済学部卒業。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
児玉 和土(こだま かずと、1976年- )は、日本の映画監… 児玉 和土(こだま かずと、1976年- )は、日本の映画監督、映像作家、脚本家。秋田県井川町出身。 秋田県立秋田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部卒業、一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了、同博士課程中退。 学生時代から映画スタッフとして働く傍ら、自主映画制作を始め、ぴあフィルムフェスティバル等の複数の映画祭での入選・入賞を果たす。 2006年に監督作品『ひかりのくに』が大阪市映像文化振興事業シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション(CO2)でシネアスト大阪市長賞(グランプリ)受賞。 2007年には文化庁委託事業の「若手映画作家育成プロジェクト」に選ばれた。
浜崎 慎治(はまさき しんじ、1976年 - )は、CMディ… 浜崎 慎治(はまさき しんじ、1976年 - )は、CMディレクター、映画監督。鳥取県鳥取市生まれ。実家は明治33年創業のしょうゆ屋「楠城屋商店」。 鳥取県立鳥取東高等学校、埼玉大学建設工学部卒業。2002年TYO入社、2013年よりフリーランス。 手がけたCMにau/KDDI「au三太郎」、日野自動車「ヒノノニトン」、家庭教師のトライ「教えて!トライさん」、トヨタ自動車「TOYOTOWN」、トクホン「ハリコレ」など。ACCグランプリ、ACCベストディレクター賞、広告電通賞優秀賞、ギャラクシー賞CM部門大賞など受賞多数。これまでに100作以上手がけた「au三太郎シリーズ」はCM好感度、CM演出部門でいずれも8年連続1位(CM総合研究所調べ。
溝口 真希子(みぞぐち まきこ、1976年 - )は、日本の… 溝口 真希子(みぞぐち まきこ、1976年 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家、映画監督。演劇ユニット「ブス会*」主宰者。「ペヤンヌマキ」名義で主たる活動を行っている。 長崎県西彼杵郡長与町出身。長与町立長与小学校、長与町立長与中学校卒業。長崎県立長崎北陽台高等学校卒業。早稲田大学第一文学部卒業。 1996年、早稲田大学在学中、三浦大輔主宰の劇団「ポツドール」の旗揚げに参加。 2000年、三浦大輔と共同監督した自主映画「はつこい」が第25回ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞受賞、PFFin神戸でグランプリを受賞。 2006年にポツドール初の番外公演「女のみち」上演。脚本・演出を手掛ける。
関根 光才(せきね こうさい、1976年 - )は、日本の映… 関根 光才(せきね こうさい、1976年 - )は、日本の映像ディレクター、映画監督。 映像作家、映画監督。東京生まれ、上智大学文学部哲学科卒業。父は現代美術作家として「もの派」を牽引した関根伸夫。 長編映画や短編映画、広告映像、ミュージックビデオ、アートインスタレーション作品など多岐に渡るジャンルの映像作品を監督・制作している。広告映像制作会社勤務時代に、初監督作品である短編映画『RIGHT PLACE』を発表。同作品が海外の映画賞を受賞したことでデビューを果たす。その後、Young Directors Award 3部門でのグランプリを受賞、活動の幅を海外に拡げる。国内外の多数のCMを監督し、Cannes Lions(カンヌ国際広告祭) でのグランプリやD&AD でのブラックペンシル 、ONE SHOW やNew York Festival での金賞受賞など、特に国際的なクリエイティブアワードで受賞を果たし、D&AD審査員も務める。
前田 亜紀(まえだ あき、1976年 - )は、日本のドキュ… 前田 亜紀(まえだ あき、1976年 - )は、日本のドキュメンタリー映画監督、プロデューサー、テレビディレクター。 大分県別府市出身。大分県立別府羽室台高等学校卒業。2000年3月、東京学芸大学卒業。映画が好きだったことから映像の仕事を目指し、2001年、テレビマンユニオンの番組契約スタッフとなる。 2009年、フリーとなり、ディレクターとして、『ETV特集』『新日本風土記スペシャル』『情熱大陸』『ザ・ノンフィクション』『NONFIX』などを演出。 しかし生活は苦しく、取材中の作品が完成したら辞めようとハローワークに通う計画を立てるところまで追い込まれる。その矢先に作品が評価され、2014年にネツゲンに入社した。
守屋 文雄(もりや ふみお、1976年 - )は、日本の俳優… 守屋 文雄(もりや ふみお、1976年 - )は、日本の俳優、脚本家、映画監督。宮城県出身。 2001年、日本大学藝術学部映画学科卒業。 大学入学当初は演技コースで演技を学んでいたが、監督コースに転入し、卒業制作「ヒモのひろし」を制作。 2005年、「ヒモのひろし」が第2回ピンク映画シナリオ募集に入選。翌年、田尻裕司監督により映画化。 「青梅街道精進旅行」や「キツツキと雨」でタッグを組んだ映画監督の沖田修一とは大学の同期である。映画学科の同期には他に、映画監督、映像ディレクターの筧昌也がいる。
タートル 今田(たーとる いまだ、1976年 - )は、日本… タートル 今田(たーとる いまだ、1976年 - )は、日本の映画監督、元AV監督。アダルトビデオメーカー・ハマジム(HMJM)において活躍。ハメ撮り形式の撮影を得意とし、熟女系AV女優が出演する作品を多数手掛ける。その後AV監督を引退し、本名の今田哲史として劇映画・ドキュメンタリー映画へと活動範囲を移した。 すべてタートル今田名義 この項目は、性風俗関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:性/PJ:性)。
耶雲 哉治 (やくも さいじ、1976年 - )は、日本の映… 耶雲 哉治 (やくも さいじ、1976年 - )は、日本の映画監督、映像作家、CMディレクター。株式会社ロボット所属。富山県高岡市出身。早稲田大学卒業。 早稲田大学在学中に映画サークルに所属し監督作が東京学生映画祭(1998年)グランプリ、JCF学生映画祭(2000年)グランプリなど多数受賞。 2000年にROBOT所属となりCMディレクターとして活動開始。 2003年第41回ギャラクシー賞奨励賞受賞。 2007年より日本全国の映画館で上映されたマナーCM「NO MORE 映画泥棒」の監督として知られる。 2014年『百瀬、こっちを向いて。』で長編映画監督デビュー。以降はラブストーリー、ミステリー、アクション、コメディーといったエンタテインメント性の高い映画作品を手がける。
谷 健二(たに けんじ、1976年〈昭和51年〉 - )は、… 谷 健二(たに けんじ、1976年〈昭和51年〉 - )は、日本の映画監督、舞台の演出家、映画の本の編集者。京都府長岡京市出身。 大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携る。その後、WEB制作会社、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のWebマーケティングを担当していたが、2014年(平成26年)に、映画「リュウセイ」の監督を機にフリーとなる。 日本映画監督協会会員。 2014年度と2016年度の、日本映画監督協会の新人賞の候補者であった。武蔵野映画祭の発起人でもある。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
下手 大輔(しもて だいすけ、1976年 - )は、日本の… 下手 大輔(しもて だいすけ、1976年 - )は、日本の映画監督、脚本家。岐阜県生まれ。 日本大学藝術学部、早稲田大学大学院で映画を学び、早稲田大学大学院客員研究員として小津安二郎と日本映画の国際化について研究をする。 2012年、長編映画『はなればなれに』でデビュー。同作品において、第25回東京国際映画祭 日本映画・ある視点部門、第8回大阪アジアン映画祭、第15回台北映画祭International New Talent Competition部門(台湾)、イーストエンド映画祭Best Feature Competition部門(イギリス・ロンドン)、ハイファ国際映画祭(イスラエル)、ペタルーマ国際映画祭(アメリカ)、ワルシャワ国際映画祭 Competition 1-2部門(ポーランド)、ヒホン国際映画祭Rellume部門(スペイン)など多数出品。
山田 雅史 (やまだ まさふみ、1976年 - )は、日本の… 山田 雅史 (やまだ まさふみ、1976年 - )は、日本の映画監督。京都市出身。 京都高等工芸専門学校(現・京都芸術高等学校)にて絵画、デザインを学び卒業後、ビジュアルアーツ専門学校大阪へ入学。映画製作を始める。在学中は主に短編を製作。卒業後、自主製作の初の長編『RIDDLE』が大阪でレイト上映される。続く長編『つぶろの殻』が「第26回ぴあフィルムフェスティバル」にて観客賞を受賞。その後、バンクーバー国際映画祭、釜山国際映画祭、サラエヴォ映画祭等数多くの映画祭にて上映され絵画的映像センスとシュールで独創的な世界観が高い評価を受ける。 2005年に、大阪市映像文化振興事業シネアスト・オーガニゼーション大阪から助成金を受け、『堤防は洪水を待っている』を監督。
吉川 信幸(よしかわ のぶゆき、1975年12月28日 - … 吉川 信幸(よしかわ のぶゆき、1975年12月28日 - )は、滋賀県湖南市出身の映画監督・広告プランナー。血液型A型。
大宮 エリー(おおみや エリー、本名:大宮 恵里子〈おおみや… 大宮 エリー(おおみや エリー、本名:大宮 恵里子〈おおみや えりこ〉、1975年〈昭和50年〉11月21日 - 2025年〈令和7年〉4月23日)は、日本の画家、脚本家、CMディレクター、映画監督、作家、エッセイスト、コピーライター、演出家、ラジオパーソナリティ。 大阪府出身。血液型はA型。東京大学薬学部卒業。 大阪府生まれ。小学生の時に翻訳者だった父の転勤に伴い東京都に引っ越した。品川区立延山小学校卒業。 元々植物が好きであり、将来は「砂漠でも育つ植物」の研究をし地球を砂漠化から救いたかったという。しかし、理系科目が苦手だったため、学校の先生から「お前は理系の大学に受からない」と言われた。その言葉に疑問を感じ、「数学が0点でも受かるところはないですか?」と質問したところ、「一つだけある。
冨永 昌敬(とみなが まさのり、1975年10月31日 - … 冨永 昌敬(とみなが まさのり、1975年10月31日 - )は、日本の映画監督である。 1975年、愛媛県喜多郡内子町に生まれる。1999年、日本大学藝術学部映画学科を卒業。卒業制作『ドルメン』が2000年のオーバーハウゼン国際短編映画祭にて審査員奨励賞を受賞。2002年の水戸短編映像祭にて『VICUNAS』がグランプリを獲得する。 2006年、オダギリジョーと香椎由宇を主演に迎えた『パビリオン山椒魚』にて長編商業映画デビューを飾る。2007年、安彦麻理絵の漫画『コンナオトナノオンナノコ』を映画化する。2009年、太宰治の小説『パンドラの匣』を映画化する。2010年、本谷有希子の戯曲『乱暴と待機』を映画化した。
黒田 悠斗(くろだ ゆうと、1975年10月25日 - )は… 黒田 悠斗(くろだ ゆうと、1975年10月25日 - )は、日本のAV男優、AV監督。旧芸名は黒田 将稔(くろだ まさとし)。 (特に断らない限り出典:) この項目は、性風俗関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:性/PJ:性)。
中田 博之(なかた ひろゆき、1975年10月3日 - )は… 中田 博之(なかた ひろゆき、1975年10月3日 - )は、日本の映画監督、テレビドラマディレクター。明治大学政治経済学部卒業。
山本 俊輔(やまもと しゅんすけ、1975年9月19日 - … 山本 俊輔(やまもと しゅんすけ、1975年9月19日 - )は、日本の映画監督、脚本家、小説家、ノンフィクション作家、著作家。日本映画監督協会会員。 東京都杉並区荻窪生まれ。藤子不二雄作品に熱中した幼少期を経て、テレビ放映の映画をきっかけに映画の世界へのめり込んでいく。 立教大学に入学し、インターカレッジ・サークルで早稲田大学映画研究会に入部。8mmフィルムカメラでの自主制作映画撮影が映画創作の原点となる。この頃、精力的に名画座を巡り、塚本晋也の講座に参加した。 1998年、TVコマーシャル制作会社の企画・制作スタッフとしてキャリアをスタート。 フリーになってからは単館公開用インディーズ映画・オリジナルビデオ映画などの助監督として活動。
城定 秀夫(じょうじょう ひでお、1975年9月2日 - )… 城定 秀夫(じょうじょう ひでお、1975年9月2日 - )は、日本の映画監督、脚本家、編集技師である。 1975年9月2日、東京都八王子市に生まれる。武蔵野美術大学造形学部映像学科在学中より8ミリ映画を制作。同大学を卒業したのち、ピンク映画やオリジナルビデオで助監督を務めた。2003年、『味見したい人妻たち』で映画監督デビュー。同作品で2003年度ピンク大賞の新人監督賞を受賞した。その後、『デコトラ・ギャル 奈美』や『静かなるドン 新章』、『18倫』などの作品を手がけている。2010年に開催された『城定秀夫特集上映~その男JOJOにつき~』では、代表作16本が上映された。 2019年、2020年には劇場公開されていないオリジナルビデオ作品を中心に『秋の城定祭り2019 in ポレポレ東中野』、『冬の城定祭り2020 in シネマスコーレ~(約)2日撮りの世界~』とそれぞれ題して各劇場で特集上映された。
坪田 義史(つぼた よしふみ、1975年7月26日 - )は… 坪田 義史(つぼた よしふみ、1975年7月26日 - )は、日本の映画監督、脚本家。 映画のみならず、TV番組・Vシネマ・音楽PV・CMの企画構成・演出も担当している。映像プロダクション、サンディ株式会社(Sundy inc.)所属。 神奈川県出身。多摩美術大学映像演劇学部在学中に制作した『でかいメガネ』がイメージフォーラム・フェスティバル2000で大賞を受賞。また第3回京都国際学生映画祭でも入選を果たす。 2009年には、『美代子阿佐ヶ谷気分』(英題:MIYOKO)で、劇場デビュー。第39回ロッテルダム国際映画祭コンペティション部門「VPROタイガー・アワード」選出。イタリア・第46回ペサロ映画祭 審査員特別賞受賞。
草野 陽花(くさの ようか、1975年7月22日 - )は日… 草野 陽花(くさの ようか、1975年7月22日 - )は日本の映画監督。兵庫県宝塚市出身。男性。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。
加瀬 聡(かせ さとし、1975年6月7日- )は、日本の映… 加瀬 聡(かせ さとし、1975年6月7日- )は、日本の映画監督である。 千葉県館山市出身。 同市の小学校、中学校を卒業後、木更津市の高校へ入学。木更津の友人たちの影響でパンク・ロック・バンドを始め、18歳で上京後も美容専門学校に通いながら、バンド活動を続ける。 その後、美容室へ就職するもバンド活動と並行して苦しくなり、フリーター等多岐の職業を経験しながら人生を模索する。 その最中、『映画』という存在に目を向けるようになる。日本映画学校(現・日本映画大学)へ入学。 卒業後、フリーランスの映画助監督として、成島出、犬童一心、根岸吉太郎、降旗康男監督らのもとで演出を学ぶ。 2011年、自身が青春時代を過ごした木更津市を舞台とした長編処女作「SPINNING KITE」が、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で、国際長編コンペティションにノミネートされる。
寺内 康太郎(てらうち こうたろう、1975年5月18日 -… 寺内 康太郎(てらうち こうたろう、1975年5月18日 - )は、日本の映画監督、脚本家。大阪府堺市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。 過去には「寺内幸太郎」名義で活動していた。
柴田 剛(しばた ごう、1975年5月8日 - )は、日本の… 柴田 剛(しばた ごう、1975年5月8日 - )は、日本の映画監督。神奈川県横浜市出身。 ボアダムスがいるという理由で、関西へ移住。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。同期には山下敦弘、寺内康太郎、呉美保らがいる。 99年、処女長編『NN-891102』(大阪芸大卒業制作/16ミリ/カラー)を監督。2000年、ロッテルダム映画祭(オランダ)、Sonar2000(スペイン)他各国の映画祭等に出品後、国内でも劇場公開を果たす。2002年パンクライブドキュメント『ALL CRUSTIES SPENDING LOUD NIGHT NOISE 2002』を制作。 2004年、『おそいひと』(製作・配給:シマフィルム/digital→35ミリ/B&W)完成。
熊坂 出(くまさか いずる、1975年3月17日 - )は、… 熊坂 出(くまさか いずる、1975年3月17日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の映画監督、脚本家、テレビドラマディレクター。埼玉県立蕨高等学校、立教大学文学部英米文学科卒業。 1998年、デジタルハリウッドおよび立教大学文学部英米文学科を卒業。 2004年、自主映画『珈琲とミルク』を監督し、2005年、第27回ぴあフィルムフェスティバルでクリエイティブ賞、企画賞、審査員特別賞の三冠受賞。 第2回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で短編部門グランプリを受賞。 2008年 - 第17回PFFスカラシップ作品『パーク アンド ラブホテル』が、第58回ベルリン国際映画祭で日本人で初めて同映画祭における主要賞の一つ、最優秀新人作品賞を受賞。
坂口 拓(さかぐち たく、TAK∴ 、1975年3月15日 … 坂口 拓(さかぐち たく、TAK∴ 、1975年3月15日 - )は、日本のアクション俳優、アクション監督、アクションコーディネーター、映画監督、YouTuber。石川県出身。 俳優として、主にアクション映画の主役として活動している。『あずみ』『東京残酷警察』『戦闘少女 血の鉄仮面伝説』など悪役も演じることも多い。アクション監督時には匠馬敏郎名義でクレジットされることがある。 『VERSUS』で映画デビューし、この作品が海外でもヒットしたことにより、スピードマスターとして世界でも名の知れたアクション俳優となる。数々の主演映画を経て、狂武蔵の撮影を機に引退を決意。2013年3月4日に俳優業を引退したが、2014年5月にTAK∴として復帰した。
西條雅俊(にしじょう まさとし、1975年3月13日 - )… 西條雅俊(にしじょう まさとし、1975年3月13日 - )は、日本の映画監督。長野県長野市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
大和 優雅(やまと ゆうや、1975年3月6日 - )は、日… 大和 優雅(やまと ゆうや、1975年3月6日 - )は、日本の映画監督、演出家、脚本家。 宮城県出身。大和A画座、大和A劇隊の主宰者でもある。 宮城県遠田郡涌谷町にある天台宗の寺院、箟峯寺の宿坊に長男として生まれる。1990年、宮城県石巻高等学校入学後、僧侶の道には進まず、落語家か映画監督を志望。 1994年、二松學舍大学文学部比較文学科進学後、同じ涌谷町出身の映画監督、若松孝二の事務所に出入りするようになり、やがてシナリオ作家協会(一般社団法人)主催のシナリオ講座に通い始める。その後、シナリオ講座での担当講師であった脚本家、掛札昌裕および桂千穂に師事する。 1998年、大学卒業後、掛札昌裕の勧めでテレビドラマの助監督を務める。
沖 正人(おき まさと、1975年1月6日 - )は、日本の… 沖 正人(おき まさと、1975年1月6日 - )は、日本の映画監督、俳優、プロデューサー。広島県江田島市出身。 2016年に共同監督、コーエンジ・ブラザーズとして活動を開始。 短編映画『BOURBON TALK』(2016年製作)が日本、ロンドン、シンガポール、香港など、様々な国の映画祭で高い評価を受け、2018年9月に渋谷ユーロスペースなどでオムニバス映画『愛と、酒場と、音楽と』の一作品として劇場公開される。 初の長編映画 『お口の濃い人』(2018年製作)が、函館港イルミナシオン映画祭 2018にて、オーディエンス・アワード(グランプリ)を受賞し、その後に渋谷ユーロスペースなどで劇場公開される(Amazon primeなどで配信中) コーエンジ・ブラザーズ活動休止後は撮影した短編映画『ある役者達風景』(2020年製作)が、NHK「おはよう日本」や週刊新潮などで大々的に取り上げられ話題となり、半年後には長編映画『ある役者達の風景』として製作 。
尹 美亜(ゆん みあ、1975年 - )は、日本で活動する韓… 尹 美亜(ゆん みあ、1975年 - )は、日本で活動する韓国国籍の映画監督。在日韓国人3世。 長野県佐久市生まれ。長野県野沢北高等学校、津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。デザインの勉強や広報関係の仕事を経て映画界へ入る。2010年から株式会社平成プロジェクトに参加している。
石橋 今日美(いしばし きよみ、1975年 - )は、日本の… 石橋 今日美(いしばし きよみ、1975年 - )は、日本の映画監督、映画批評家。 東京大学大学院修士課程修了。パリ第3大学映画学科博士課程修了。ウェブ雑誌『Flowerwild』編集長、東京工科大学メディア学部助教、東京映画社企画制作グループのディレクターなどを歴任。映画批評家として『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』や『マリ・クレール・ジャポン』などに寄稿する。 2007年、携帯電話を用いて撮影した監督第一作『Silent Scream』がパリ市立映像フォーラム主催ポケット・フィルム・フェスティバルに出品される。2009年、『Spyder』がロッテルダム国際映画祭に出品される。
神酒 大亮(みき だいすけ、1975年- )は、日本の映画監… 神酒 大亮(みき だいすけ、1975年- )は、日本の映画監督。株式会社ムービーインパクト代表。 熊本県生まれ。現代写実絵画を学び、広島市立大学大学院芸術学研究科修了後、映像作家として東京を拠点に活動中。 2000年にアーティストチーム「θproject」結成。自主映画の監督として『バス停』『Blue Moon Cafe』『sugarless』などを発表。『バス停』は第2回京都国際学生映画祭で学生賞を受賞。また、ひろしま映像展でグランプリを3回受賞している。ぴあフィルムフェスティバル入選も果たし、広島の若手映画監督として一躍注目される。広島で劇場公開作品として製作された『Mine』はゆうばり国際ファンタスティック映画祭正式招待上映作品となった他、『fala』など多数の作品が全国公開されている。
大西 裕(おおにし ひろし、1975年 - )は、日本の映画… 大西 裕(おおにし ひろし、1975年 - )は、日本の映画監督。鳥取県米子市出身。
大森 研一(おおもり けんいち、1975年 - )は、日本の… 大森 研一(おおもり けんいち、1975年 - )は、日本の映画監督・映像作家・脚本家。香川大学大学院非常勤講師、砥部焼観光大使(愛媛県砥部町)、伊達なうわじま観光大使(愛媛県宇和島市)、新居浜ふるさと観光大使(愛媛県新居浜市)、三原アンバサダー(広島県三原市)、合同会社ウサギマル代表。 愛媛県伊予郡砥部町出身。砥部町立砥部中学校、愛媛県立松山工業高等学校、大阪芸術大学卒業。 映画祭で多数の受賞歴を持つ。テレビ朝日ブロスタTVアワードでの準グランプリ受賞(実写グランプリ)を機に製作した初の商業用長編映画『ライトノベルの楽しい書き方』(監督・脚本)は、東京・池袋テアトルダイヤほか全国で公開。小規模封切りにもかかわらず王様のブランチミニシアターランキング全国3位、ぴあ初日満足度ランキングでは全国6位を記録し7週間ロングラン上映となり、DVDオリコンチャートにおいては販売デイリーランキング映画総合において全国1位を記録した。