紅林 弘太郎(くればやし こうたろう、2002年2月7日 -… 紅林 弘太郎(くればやし こうたろう、2002年2月7日 - )は、静岡県藤枝市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 小学校2年生の時に「青島ホークス」に入団して野球を始め、藤枝市立青島中学校では同校の軟式野球部に所属し、遊撃手を務めていた。駿河総合高校では1年春からベンチ入りし、1年夏には遊撃手のレギュラーの座をつかむ。3年春にU-18日本代表候補合宿へ参加し、紅白戦で奥川恭伸から二塁打を放ったことでプロからの注目を集めた。高校時代のチーム成績は3年夏の静岡大会準優勝が最高であったが、同大会では26打数7安打4打点と紅林自身は不調だった。甲子園出場経験はなし。
山科 颯太郎(やましな そうたろう、2002年1月31日 -… 山科 颯太郎(やましな そうたろう、2002年1月31日 - )は、福岡県福岡市生まれ・長崎県佐々町出身の元プロ野球選手(投手)。 2歳の頃に長崎県佐々町に転居し、佐々小学校2年生の時に「サンボーイズ」で野球を始める。4年生から投手として試合に出るようになる。佐々中学校では軟式野球部に所属し、遊撃手を兼務しながら投手としてプレー。 九州文化学園高等学校では1年秋からベンチ入り。入学当初は122km/hだった球速を冬季のトレーニングで130km/h近くまで向上させた。2年生夏はベンチ入りから漏れたものの、秋からはエースになり、オフには最高球速を137km/hから146km/hへと約10km/hアップさせた。
野口 渉(のぐち わたる、2002年1月30日 - )は、茨… 野口 渉(のぐち わたる、2002年1月30日 - )は、茨城県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校時代は坂東ヴィクトリーアローズで、中学校時代は常総リトルシニアでプレーしていた。 高校は茨城県立境高等学校に進学し主将を務め、高3の夏には143km/hを記録した。チームとしては甲子園に出場することはなかった。 大学は共栄大学に進学し本格右腕として大学1年時に148k/mを記録。2年次の全日本大学野球選手権大会で登板するなど成長を見せていたが3年春のリーグ戦前に右肘を痛めその後リーグ戦登板はなかった。 2024年1月24日、同年シーズンから日本野球機構のウエスタン・リーグに新規参加するくふうハヤテベンチャーズ静岡に入団することが発表された。
大聖(やまと、本名:田中 大聖〈たなか やまと〉、2002年… 大聖(やまと、本名:田中 大聖〈たなか やまと〉、2002年1月29日 - )は、大阪府藤井寺市出身のプロ野球選手(投手)。千葉ロッテマリーンズ所属。 藤井寺市立藤井寺小学校2年時に「小山ジャンボ」で野球を始める。藤井寺市立第三中学校では「河南シニア」でプレー。 中学卒業後は山形県の鶴岡東高等学校に進学。2学年上に吉住晴斗がいた。3年夏の山形予選では2試合に登板し同校3年ぶりの甲子園出場に貢献するが、本戦である第101回全国高等学校野球選手権大会ではチームは3回戦に進出するも登板がなかった。 高校卒業後は近畿学生野球連盟に所属する太成学院大学人間学部健康スポーツ学科に進学。同二部リーグに打者としては1年秋から、投手としては3年春から出場し、打者として2年秋と4年秋に首位打者、指名打者としてベストナインを、3年秋には一塁手としてベストナインを獲得した。
石田 裕太郎(いしだ ゆうたろう、2002年1月22日 - … 石田 裕太郎(いしだ ゆうたろう、2002年1月22日 - )は、神奈川県横浜市磯子区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 横浜市立屏風浦小学校3年時に森ファイターズに入団、内野手として野球を始める。横浜市立森中学校進学後は投手に転向し3年から神奈川横須賀ボーイズに所属した。 静清高等学校入学後は1年夏から登板機会を得て、2年秋以降はチームのエースを務める。3年春の地区初戦では藤枝明誠高等学校に対しタイブレークで敗戦するも、延長13回を自責点0で完投した。3年夏の静岡大会では1回戦、2回戦に先発登板した。 中央大学経済学部公共環境経済学科に進学後、1年次の秋季リーグ東洋大学戦で二番手としてリーグ戦初登板。
亀田 織音(かめだ しおん、2002年1月19日 - )は、… 亀田 織音(かめだ しおん、2002年1月19日 - )は、北海道釧路市出身の元女子プロ野球選手。ポジションは投手。血液型O型。 長兄は武修館高等学校・JR北海道でプレー、次兄は旭川実業高等学校の主将経験者。 石井宏が監督を務めた札幌新陽高等学校を卒業後、2020年レイアに入団。同年は選手減少により、試合開催時には京都フローラの選手として活動する。 シーズンでは15試合に登板、女子プロ野球最多タイとなるシーズン3被本塁打を浴びた。 同年限りで女子プロ野球を退団、札幌国際大学へ進学し女子硬式野球部に所属。
滝田 一希(たきた かずき、2001年12月28日 - )は… 滝田 一希(たきた かずき、2001年12月28日 - )は、北海道寿都郡黒松内町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 6人きょうだいの5番目として生まれ、母子家庭で育った。黒松内町立黒松内小学校で3年生の時に黒松内スターズで野球を始め、黒松内町立黒松内中学校では軟式野球部に所属していた。 北海道寿都高等学校では1年春からベンチ入りしたが、3年間で甲子園大会出場はなく、人数不足により連合チームも経験した。 高校卒業後は就職する予定だったが、練習を見た星槎道都大学監督の二宮至の目に留まって同大学への進学を勧められ、反対する母を説得して進学した。3年時の2022年5月に母が心筋梗塞で亡くなり、一時は野球を辞めることも考えたが、二宮監督の「プロを目指して、契約金で立派な墓を建てろ」という言葉もあり思いとどまった。
田部 隼人(たなべ はやと、2001年12月22日 - )は… 田部 隼人(たなべ はやと、2001年12月22日 - )は、島根県松江市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 小学1年生の時に野球を始める。松江市立湖北中学校時代は、硬式野球チームの出雲ひらたボーイズに所属。 高校は開星高校に進学。開星高校には寮がないため、家から通いで通学していた。2019年夏の島根大会では決勝の石見智翠館高校戦で本塁打を放つなど活躍したが、試合には敗れて甲子園出場を逃す。高校通算本塁打は20本(15本とする記事もある)、公式戦通算打率は.409を記録した。1学年下に山本大斗がいる。 同年のドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから5位で指名された。契約金3080万円、年俸520万円(金額は推定)という条件で入団した。
髙橋 隆慶(たかはし たかのり、2001年12月21日 - … 髙橋 隆慶(たかはし たかのり、2001年12月21日 - )は、茨城県古河市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学3年生の時に野球を始める。古河市立総和北中学校では軟式野球部に所属していた。 明秀学園日立高等学校では甲子園出場なし。 中央大学では2年春から公式戦に出場。通算70試合の出場で、打率.267、4本塁打を記録するも、確実性に欠く場面が目立った。4年時にはプロ志望届を提出するも、指名漏れする。1学年上に森下翔太、3学年上に牧秀悟がいる。 JR東日本では、確実性をあげることや、目的意識をもって練習することを重点的に置いた結果、公式戦打率が.350を上回った。
竹内 龍臣(たけうち りゅうしん、2001年12月11日 -… 竹内 龍臣(たけうち りゅうしん、2001年12月11日 - )は、北海道札幌市北区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学2年生の時に野球を始める。 札幌創成高等学校3年夏の南北海道大会ではベスト8。高校時代の監督は元中日ドラゴンズの遠田誠治。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議 で、中日ドラゴンズより6巡目で指名を受けた。また、札幌創成高等学校からドラフト指名された初の選手である。11月5日に契約金2500万円、年俸550万円で仮契約を結んだ。背番号は62。 2020年は夏場に右肘を疲労骨折するなど故障が重なり、一軍、二軍共に登板がなかった。11月26日に球団から翌年の契約を結ばず、育成選手として再契約する予定であることが発表された。
松本 凌人(まつもと りょうと、2001年12月5日 - )… 松本 凌人(まつもと りょうと、2001年12月5日 - )は、大阪府四條畷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 父親は元競輪選手の松本久(ひさし。67期、2012年引退)。兄弟は兄がいる。 神戸国際大学附属高等学校に進学後、1年冬にかつて東京ヤクルトスワローズで活躍した林昌勇を参考にサイドスローへ転向した。3年夏の兵庫大会では、決勝で中森俊介、水上桂、来田涼斗らを擁する明石商業と対戦。先発して8回まで無失点に抑えたが、1点リードの9回にピンチを招いて降板し、救援が打たれて逆転負けを喫した。高校の2学年後輩に阪上翔也がいる。 高校卒業後は名城大学へ進学。2年春の全日本大学野球選手権大会では、沖縄大学との初戦で仲地礼亜と投げ合い完封勝利した。
小峯 新陸(こみね しんり、2001年12月1日 - )は、… 小峯 新陸(こみね しんり、2001年12月1日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 鹿児島市立東谷山中学校時代は硬式少年野球チームの鹿児島ヤングタイガーに所属。 鹿児島城西高等学校では2年春からエースとなるも、3年時は腰や右肩の故障のため背番号11となり、チームも県大会4回戦で敗れ甲子園出場はなかった。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において東北楽天ゴールデンイーグルスから育成2位指名を受け、10月29日に支度金200万円、年俸230万円(推定)で仮契約を結んだ。背番号は138。 2020年は、体力作りに専念し、二軍でも試合出場はなかった。
中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )… 中村 柚葉(なかむら ゆずは、2001年11月27日 - )は、東京都杉並区出身の元女子プロ野球選手・代表選手、野球指導者。2023年から読売ジャイアンツ女子チームに所属(登録は内野手)。 杉並区出身で、学童野球の高円寺メイトに所属し区内の学童チームから女子選手のみを選抜した杉並キャッツでも活動していた。中学女子軟式野球の杉並サリーに入団後は、大会での活躍などから台湾で開催された交流試合の杉並代表選手に選出された。高校は女子硬式野球部がある花咲徳栄高等学校に進学。 2020年、レイアに入団。同年は選手削減により、試合開催時には埼玉アストライアの選手として活動した。同年シーズン限りで退団。 2023年から読売ジャイアンツ女子チームと契約を結び2期生として入団。
鶴見 凌也(つるみ りょうや、2001年11月22日 - )… 鶴見 凌也(つるみ りょうや、2001年11月22日 - )は、茨城県古河市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 古河市立三和東中学校時代は小山ボーイズに所属。 常磐大学高等学校では、捕手として出場する他、3年夏の県大会には投手としても出場し、チームの準優勝の原動力となった。 2019年10月17日に行われたドラフト会議において、オリックス・バファローズから育成5位指名を受け、11月19日に支度金330万円、年俸240万円で入団に合意した。背番号は005。 2020年は、一軍・二軍共に出場がなかった。 2021年は、3月26日の広島東洋カープ戦で、二軍公式戦に初出場し、9回裏の初打席で初安打となる2点適時打を放った。
草加 勝(くさか しょう、2001年11月21日 - )は、… 草加 勝(くさか しょう、2001年11月21日 - )は、岡山県和気郡和気町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 和気町立藤野小学校で1年生の時に野球を始める。和気町立和気中学校では軟式野球部に所属していた。 創志学園高等学校に進学し、2年春からベンチ入り。チームは同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場したが、自身の登板はなかった。3年夏は岡山大会準決勝で倉敷商業に敗れた。高校時代から最速146km/hを計測していたものの、同学年の西純矢が絶対的なエースとして活躍していたこともあり、3年間で夏の公式戦での登板は一度もなかった。 高校卒業後は亜細亜大学へ進学。
工藤 泰成(くどう たいせい、2001年11月19日 - )… 工藤 泰成(くどう たいせい、2001年11月19日 - )は、秋田県秋田市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。阪神タイガース所属。 秋田市立東小学校3年から野球を始め、能代市立能代第一中学校では投手と遊撃手でプレー。 中学校で野球を辞めるつもりであったが、野球好きな父の勧めもあり明桜高等学校でも野球部に入部。2年秋からベンチ入りし、3年春の東北大会では、準々決勝の対学校法人石川高等学校戦で7回1失点の投球、打っては逆転の2点適時打を放つ活躍で同校を14年ぶりの4強に導いた。夏の秋田県大会では秋田中央高等学校との決勝まで駒を進めるも、9回二死満塁で三振に倒れるなど好機を逸した末、延長戦で敗れ甲子園出場を逃した。
杉木 優斗(すぎき ゆうと、2001年11月17日 - )は… 杉木 優斗(すぎき ゆうと、2001年11月17日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 中学生時代は、ポニーリーグチーム「北斗ベースボールクラブ」に所属。在籍中のときに全国3位となる。北海道科学大学高等学校進学後は主将を務める。札幌大学では4年生の時に札幌学生野球連盟ベストナインを受賞する。2023年10月5日、プロ志望届を提出した。 2023年11月13日、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスへ特別合格選手として入団することが発表された。 2024年は「株式会社Starting over」「ケアプランセンター港」「Michiharu Rokuya」が個人スポンサーとして登録されていた。
上田 大河(うえだ たいが、2001年11月15日 - )は… 上田 大河(うえだ たいが、2001年11月15日 - )は、三重県尾鷲市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 三重県尾鷲市で生まれ、尾鷲市立宮之上小学校1年生のときに『尾鷲野球少年団』で野球を始めた。小学校時代のチームメイトには2学年上に湯浅京己、1学年上に石伊雄太が居た。中学1年夏に大阪府へ引っ越し、大阪市立東生野中学校では硬式野球の『ナガセボーイズ』でプレーした。 大阪商業大学高校では1年春からベンチ入りし、2年秋から背番号1。3年春は大阪大会で優勝したが、3年夏は大阪大会3回戦で大商大堺に敗れた。 大阪商業大学に進学すると、1年秋からリーグ戦に登板し、2年春は4勝を挙げて平古場賞(新人賞)を獲得。
関 桃子(せき ももこ、2001年11月6日 - )は、新潟… 関 桃子(せき ももこ、2001年11月6日 - )は、新潟県出身の元女子プロ野球選手。作新学院高等学校卒。ポジションは内野手。血液型AB型。 2020年、レイアに入団。同年は選手減少により、試合開催時には愛知ディオーネの選手として活動する。 2021年4月2日、自身のインスタグラムにて昨シーズン限りで女子プロ野球を退団したことを発表。
村上 舜(むらかみ しゅん、2001年11月1日 - )は、… 村上 舜(むらかみ しゅん、2001年11月1日 - )は、山形県米沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 小学生から「米沢東部スポーツ少年団」で軟式野球を始め、米沢市立第五中学校では同校の軟式野球部に所属する。 高校は山形市の山形県立山形中央高等学校に進学。1年生の夏から先発投手を任される。甲子園出場経験は無いが、1年生の夏と3年生の夏に県大会決勝に進出する。3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権山形大会決勝戦、対鶴岡東高等学校戦において、5回途中からリリーフ登板するが11対7で敗れた。高校の2学年先輩に大泉周也、1学年先輩に佐藤智輝がいた。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト7巡目で指名され、11月13日、山形市内にて入団交渉を行い、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日、福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
持丸 泰輝(もちまる たいき、2001年10月26日 - )… 持丸 泰輝(もちまる たいき、2001年10月26日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 旭川市立永山西小学校2年時に永山西クラブで野球を始め、旭川市立永山中学校ではエースで4番を務めた。 高校は旭川大学高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年夏には甲子園大会に出場し、1回戦の佐久長聖戦に「4番・左翼手」で先発出場。一時勝ち越しとなる適時打を放ったが、チームは大会史上初となるタイブレークの末に敗れ、初戦敗退した。新チームでは捕手にコンバートされ、3年夏も甲子園大会に出場。1回戦の星稜戦では「2番・捕手」で先発出場し、相手エースの奥川恭伸から1安打を放ったが、チームは0-1で惜敗した。
藤田 健斗(ふじた けんと、2001年10月18日 - )は… 藤田 健斗(ふじた けんと、2001年10月18日 - )は、滋賀県長浜市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 長浜市立高月小学校2年で「高月スポーツ少年団」に入団し野球を始め、長浜市立高月中学校時代は「滋賀ユナイテッドジェイボーイズ」に所属。 中京学院大学中京高校では1年春からベンチ入りし、同秋より「4番・捕手」に定着。新チームとなった2年秋には主将に就任した。3年時の4月にはU-18日本代表の1次候補合宿に参加。同年夏の甲子園大会に出場し、捕手として完投数が0と戦略的継投策を徹底したチーム方針の下で投手陣を支え、4番打者としても15打数7安打、打率.467の活躍で同校初のベスト4進出に貢献した。
松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )… 松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )は、日本のプロ野球審判員。日本野球機構(NPB)所属の育成審判員。 静岡県富士市出身。静岡県立富士高等学校、大東文化大学を経て、NPBアンパイア・スクールを修了。 2024年、NPBアンパイア・スクール第10期修了生として研修審判員契約を結び、ルートインBCリーグに派遣された。 2025年1月1日付で日本野球機構と育成審判員として契約し、関東地区に配属された。 富士高校時代は、1年の夏から出場するなど、4番捕手として活躍した。
鈴木 寛人(すずき ひろと、2001年10月7日 - )は、… 鈴木 寛人(すずき ひろと、2001年10月7日 - )は、茨城県筑西市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 中学時代は筑西田宮ボーイズの投手として活躍。 霞ヶ浦高校に進学。同高校に進学した理由は「挨拶や礼儀、気配り」などの指導がしっかりしており、人間的にも成長できるだろうと考えたためであった。霞ヶ浦高校では1年秋からベンチ入りするも、高卒プロ入りの夢を諦めていたが、監督の言葉で立ち直り、3年夏に急成長を遂げた。3年の夏に第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。 2019年10月17日に行われたドラフト会議で広島東洋カープから3位指名を受け、契約金4500万円、年俸600万円で入団に合意した。
福島 圭音(ふくしま けいん、2001年10月6日 - )は… 福島 圭音(ふくしま けいん、2001年10月6日 - )は、埼玉県秩父市出身の外野手。阪神タイガース所属。 秩父市立尾田蒔小学校3年生から秩父ドリームズで野球を始める。当時のポジションは遊撃手だった。秩父市立秩父第一中学校時代は軟式野球部に所属。 聖望学園高等学校では2年時から外野手に転向。3年時からは投手も務め、同年夏の埼玉大会ではリリーフとして登板した。5回戦の昌平高等学校戦では7回から登板するも8回に5失点を喫し降板、チームも敗れた。甲子園出場はなし。秋にはプロ志望届を提出したが、同年のドラフト会議では指名されなかった。 白鷗大学では2年時からレギュラーに定着。2年秋にはベストナインを獲得した。
小濱 佑斗(こはま ゆうと、2001年10月5日 - )は、… 小濱 佑斗(こはま ゆうと、2001年10月5日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学1年生の時に野球を始めた。宜野湾市立嘉数中学校在学時は宜野湾ポニーズでプレーした。 中部商業高校卒業後は、沖縄電力に進み、6年間プレー。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた。11月16日に契約金5000万円、年俸1000万円で入団に合意した(金額は推定)。背番号は33。担当スカウトは武田康。沖縄電力からドラフト指名されたのは、2004年の上原厚治郎(ヤクルトスワローズ5位指名)以来21年ぶりとなった。 2026年4月21日、中日ドラゴンズ戦(長野オリンピックスタジアム)で「6番・遊撃手」としてプロ初出場・初先発出場。
宮城 竜輝(みやぎ たつき、2001年10月4日 - )は、… 宮城 竜輝(みやぎ たつき、2001年10月4日 - )は、沖縄県中頭郡嘉手納町出身の元プロ野球選手(投手)。 兄は横浜DeNAベイスターズ投手の宮城滝太。 嘉手納町立嘉手納小学校時代は嘉手納ライオンズに、嘉手納町立嘉手納中学校時代は読谷ボーイズに所属。小学1年生のときに野球を始めた。 沖縄県立中部商業高等学校時代は3年春に背番号1を付け、エースを務める。春季沖縄大会初戦の対中部農戦では被安打2、14奪三振で完封の快投を見せたが、準々決勝で沖縄工に敗れ、ベスト8にとどまった。同年夏の県大会前に肘を故障し、夏の大会は不出場に終わったことで精神的に沈み込み、高校卒業後は就職し、1年間野球から離れてしまう。
宮里 優吾(みやさと ゆうわ、2001年9月27日 - )は… 宮里 優吾(みやさと ゆうわ、2001年9月27日 - )は、東京都渋谷区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学校1年生のときに渋谷本町スターズで野球を始めた。当初は主にサードやショートを守っていたが、投手が足りないチーム事情で4年生からはピッチャーを始めた。渋谷本町学園中学校では硬式野球の練馬北シニアでプレーした。 岩倉高校では1年夏からベンチ入りし、初戦敗退となった東東京大会でも登板機会を得た。1年冬に右肘を痛めて5月頃まで戦列を離れ、2年夏は背番号19でベンチ入りし、修徳との初戦に登板したが、チームは2年連続で初戦敗退。新チームではエースを務め、2年秋は都大会でベスト8に進出するも、3年春はチームの部内暴力発覚による3か月の対外試合禁止処分で都大会には出場できなかった。
長岡 秀樹(ながおか ひでき、2001年9月26日 - )は… 長岡 秀樹(ながおか ひでき、2001年9月26日 - )は、千葉県船橋市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 船橋市立古和釜小学校1年生の時に学童野球チームの習志野台ワンパクズに入り野球を始める。野球を始めたきっかけは中学校の教諭で野球部の監督だった父の影響だった。船橋市立大穴中学校では軟式野球部に所属していた。 八千代松陰高等学校では「1番・遊撃手」を務め、甲子園の出場は無かったが、3年夏の千葉大会では4回戦の専大松戸戦で横山陸人から本塁打を放つなど活躍を見せ、最終的に決勝戦で習志野に敗れはしたものの準優勝を果たした。高校の1学年上に清宮虎多朗がおり、清宮を見に来たスカウトや、専大松戸戦で横山を見に来ていたスカウトの目に付きプロの球団から注目されるようになる。
遠藤 成(えんどう じょう、2001年9月19日 - )は、… 遠藤 成(えんどう じょう、2001年9月19日 - )は、秋田県にかほ市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 にかほ市立平沢小3年で「平沢野球スポーツ少年団」に入団し野球を始め、にかほ市立仁賀保中学時代は「本荘由利リトルシニア」に所属。主に投手を務めた。 東海大相模高校に進学後、1年春からベンチ入り。秋季大会では完投勝利を記録、2年春の選抜大会でもリリーフ登板を経験した。2年夏には右手首を骨折した影響から一時ベンチ外となるも、同秋からは「二刀流」として3年春の県大会優勝・関東大会優勝などに貢献。背番号6で臨んだ3年夏の甲子園大会では初戦の近江戦に先発し7回1/3を投げて2安打8奪三振1失点(自責0)、自己最速タイの145km/hを記録するなど好投、打者としては2安打1盗塁の活躍でチームを勝利に導いた。
常廣 羽也斗(つねひろ はやと、2001年9月18日 - )… 常廣 羽也斗(つねひろ はやと、2001年9月18日 - )は、大分県大分市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 大分市立豊府小学校で3年生の時に野球を始める。大分市立南大分中学校在学時は硬式野球のクラブチームである大分シニアでプレーしていた。 大分県立大分舞鶴高等学校では1年秋からエースを務めた。3年夏は大分大会2回戦で三重総合高校に敗れた。3年間で甲子園大会出場はなかった。 東京六大学や東都リーグで野球を続けたいと考えていたが、実績不足からスポーツ推薦を得ることができなかったため、自ら大学に問い合わせて練習会に参加し、指定校推薦で青山学院大学へ進学。2年春からリーグ戦に登板し、3年秋には自己最速となる153km/hを計測した。
中田 惟斗(なかた ゆいと、2001年9月13日 - )は、… 中田 惟斗(なかた ゆいと、2001年9月13日 - )は、和歌山県御坊市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。マツゲン箕島硬式野球部所属。NPBでは育成選手であった。 小学校3年生の時に御坊少年野球クラブで野球を始め、中学校時代は和歌山御坊ボーイズに所属し、3年時にはジャイアンツカップで4強入り。U-15の野球日本代表に選出される。 大阪桐蔭高等学校では、1年時から背番号を貰い、2年の新チームからは一時エースナンバーも託されたが右肩を痛め、春夏連覇をした第90回記念選抜高等学校野球大会と第100回全国高等学校野球選手権記念大会ではベンチ入りメンバーから外れた。2年秋からエースとなるが、3年夏は大阪府大会の準々決勝で敗退したため、自身の甲子園出場経験はない。
西 純矢(にし じゅんや、2001年9月13日 - )は、広… 西 純矢(にし じゅんや、2001年9月13日 - )は、広島県廿日市市出身のプロ野球選手(投手→外野手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 広島市立鈴が峰小学校2年時に「鈴が峰レッズ」に入団し野球を始め、廿日市市立阿品台中学時代は「ヤングひろしま」に所属。3年時には「NOMOジャパン」に選出された。 創志学園高校では1年春からベンチ入りし、2年春からエース。2年夏の岡山大会では準決勝の倉敷商戦で引地秀一郎との投げ合いを完封で制すなどの活躍で、チームを甲子園大会出場へ導いた。甲子園では、川原陸擁する創成館との初戦で16奪三振の完封勝利を挙げ注目を集めるも2回戦で敗退。3年時は、春夏ともに甲子園大会出場はならなかった一方でU-18代表に選出され、投手としてチーム最多の4試合・13回1/3の登板で防御率1.35の成績を残した。
富田 蓮(とみだ れん、2001年9月6日 - )は、岐阜県… 富田 蓮(とみだ れん、2001年9月6日 - )は、岐阜県養老郡養老町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 養老町立東部中学校時代は硬式野球チーム「大垣ボーイズ」に所属していた。岐阜県立大垣商業高校では1年秋からベンチ入り。2年春の大会では背番号1を身に着け、夏の大会では県大会準優勝を経験した。3年夏の大会では準決勝へ進むも、前年夏の県大会決勝で敗れた大垣日本大学高等学校の前に再び敗れた。 2年夏の大会には当時三菱自動車岡崎で監督を務めていた野波尚伸が大垣日大に所属する長男の応援のため観戦に来ていた。この試合で富田の投球に目を付けた野波は3年夏の大会前に富田を三菱自動車の練習に招待し、高校卒業後は同社に入社することとなった。
村田 賢一(むらた けんいち、2001年8月31日 - )は… 村田 賢一(むらた けんいち、2001年8月31日 - )は、千葉県浦安市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 浦安市立日の出南小学校2年生のときに浦安ニューラッキーズで野球を始め、6年生時には読売ジャイアンツジュニアに選出された。浦安市立日の出中学校時代は硬式野球の東京城南ボーイズに所属。当初は三塁手・一塁手としてプレーしており、本格的に投手を始めたのは中学2年生からであった。 春日部共栄高校では1年秋にベンチ入りし、県大会での登板も果たした。腰痛とチーム方針で2年春・夏はベンチを外れたが、2年秋からエースと4番打者を務め、県大会では全試合完投して優勝。
石原 勇輝(いしはら ゆうき、2001年8月30日 - )は… 石原 勇輝(いしはら ゆうき、2001年8月30日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 呉市立川尻小学校1年生の時に川尻ヤングパワーズスポーツ少年団で野球を始め、6年生時は広島東洋カープジュニアでプレーした。呉市立川尻中学校在学時は硬式野球のクラブチームである府中広島2000ヤングでプレーした。 広陵高等学校に進学し、2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では背番号15でベンチ入り。同年秋の中国大会では米子東との決勝で2回途中から救援登板して7回無失点と好投し、勝利に貢献した。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では、東邦との2回戦に救援登板するも3失点し、チームも大敗した。
宮崎 一樹(みやざき かずき、2001年8月30日 - )は… 宮崎 一樹(みやざき かずき、2001年8月30日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 日野市立平山小学校1年生の時に漫画『MAJOR』の影響で野球に興味を持ち、同作がリトルリーグ編を連載していたことから、主人公の茂野吾郎に憧れて調布リトルリーグで野球を始める。日野市立平山中学校在学時は硬式野球のクラブチームである調布リトルシニアでプレーしていた。シニア時代は2学年先輩に清宮幸太郎がいた。 山梨学院高等学校に進学し、1年夏の第99回全国高等学校野球選手権大会、2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会ではベンチ外だった。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では背番号13で出場。
谷岡 楓太(たにおか ふうた、2001年8月29日 - )は… 谷岡 楓太(たにおか ふうた、2001年8月29日 - )は、広島県広島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 広島市立日浦中学校時代は、軟式のクラブチーム安シニアに所属。 高校は東広島市にある武田高等学校に進学。同校は部活校ではなく大学進学に力を入れている進学校のため平日の練習時間は50分程度と短い。野球部は全国大会への出場もなく、スポーツ推薦の部員がいない、練習場も他の運動部と共用するなど制約が大きいなか四国アイランドリーグplusなどでプロ経験のある監督の岡嵜雄介のもと独自のトレーニングを積んでいった。高校入学当時のストレートの最速は125km/hほどだったのが、最終的には最速152km/hまでアップした。
杉田 健(すぎた たける、2001年8月28日 - )は、静… 杉田 健(すぎた たける、2001年8月28日 - )は、静岡県三島市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 三島市立佐野小学校で1年生の時に三島ノースタイガースで野球を始める。三島市立北上中学校在学時は硬式野球のクラブチームである三島シニアでプレーしていた。 日本大学三島高等学校に進学し、2年春からベンチ入り。3年春からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は静岡大会初戦で藤枝北に敗れた。 高校卒業後は日本大学国際関係学部へ進学。右肘の疲労骨折などもあり3年間は登板がなく、4年春にリーグ戦初登板した。同年秋のリーグ戦では5試合に先発登板して5勝、防御率0.26を記録し、優勝に貢献。
津田 淳哉(つだ じゅんや、2001年8月27日 - )は、… 津田 淳哉(つだ じゅんや、2001年8月27日 - )は、奈良県大和郡山市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。 大和郡山市立片桐小学校4年生から小泉ファイターズで野球を始める。大和郡山市立郡山南中学校時代は志貴ボーイズに所属。 高田商業高校では2年秋から背番号9でベンチ入り。3年夏には背番号10を背負い、同年の奈良大会準決勝の大和広陵高校戦では完投勝利を挙げた。決勝の智辯学園高校戦ではリリーフとして登板するも、チームは敗れた。甲子園出場はなし。この時点での最速は134km/hだった。 大阪経済大学では1年秋からベンチ入り。入学後のトレーニングで球速を大幅に向上させ、4年春には自己最速の151km/hを計測した。
宮城 大弥(みやぎ ひろや、2001年8月25日 - )は、… 宮城 大弥(みやぎ ひろや、2001年8月25日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。 4歳の頃より保育園に通いながら少年野球チームに入団して野球を始める。宜野湾市立嘉数中学校時代からポニーリーグのアジア太平洋地域選手権大会で準優勝、侍U15代表メンバーに選出されるなど頭角を現す。右投げの上間永遠とともに硬式野球沖縄選抜の左右の両エースとして活躍していた。高校進学前には、東海大菅生高校、神村学園、秀岳館高校など多くの高校から誘いがあったが、地元の高校から甲子園に出場してほしいという父親の希望もあり、地元の興南高校に進学した。 興南高校では1年春からベンチ入りし、1年夏、2年夏に甲子園出場を果たす。
舟越 秀虎(ふなこし ひでとら、2001年8月23日 - )… 舟越 秀虎(ふなこし ひでとら、2001年8月23日 - )は、福岡県八女市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。プロでは育成選手であった。 小学生から軟式野球を始め、中学では「筑後ドジャース」に所属する。 高校は福岡県八女市に隣接する熊本県山鹿市の城北高等学校に進学。甲子園出場の経験は無いが、3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権熊本大会において左翼手として出場。3回戦で熊本国府高等学校に6対3で敗れる。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト5位指名を受け、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達した。
河野 佳(かわの けい、2001年8月23日 - )は、兵庫… 河野 佳(かわの けい、2001年8月23日 - )は、兵庫県加古川市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 加古川市立神野小学校3年の時に、神野スターズでソフトボールを始める。5年の時に広島市立大州小学校に転校するが、中学進学までは同チームでソフトボールのプレーを続けていた。ポジションは捕手だった。 広島市立大州中学校に進学すると、広島南シニアで硬式野球を始める。硬式野球でも捕手を務めていたが、2年の時に肩の強さを見込まれて投手に転向。 中学卒業後は広陵高校に進学。入学当初の河野は、球速が120キロ程度に留まり制球力もなかったことから、中井哲之監督から2度の野手転向を命じられていた。
古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神… 古謝 樹(こじゃ たつき、2001年8月18日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 横浜市立瀬戸ケ谷小学校時代に山友スターズ(58期生)で野球を始め、横浜市立岩崎中学校では軟式野球部に所属していた。 湘南学院高等学校では当時臨時コーチを務めていた小倉清一郎から指導を受けた。3年夏は神奈川大会3回戦で県立相模原にコールド負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。 高校卒業後は桐蔭横浜大学へ進学し、2年春からリーグ戦に登板。3年秋のリーグ戦では5勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手賞を受賞した。4年春に出場した全日本大学野球選手権大会では、仙台大学との初戦で自己最速を更新する153km/hを計測した。
前 佑囲斗(まえ ゆいと、2001年8月13日 - )は、三… 前 佑囲斗(まえ ゆいと、2001年8月13日 - )は、三重県亀山市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 津田学園では3年時に春夏連続で甲子園に出場。春の甲子園では龍谷大平安を相手に9回までノーヒットに抑えるが、延長11回に2失点し敗北。同年夏の甲子園では初戦の静岡高校戦では11奪三振1失点で勝利を収めるが、続く2回戦では履正社を相手に3回9安打6失点と打ち込まれ、チームは7対3で敗退。その後侍U18代表メンバーに選出された。 2019年のドラフト会議では、オリックス・バファローズから4位指名を受け、11月13日に契約金4000万円、年俸550万円(いずれも推定)で仮契約を結んだ。
上田 希由翔(うえだ きゅうと、2001年8月12日 - )… 上田 希由翔(うえだ きゅうと、2001年8月12日 - )は、愛知県岡崎市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 岡崎市立六ツ美北部小学校で1年生の時に野球を始め、岡崎市立南中学校在学時は硬式野球のクラブチームである幸田ボーイズでプレーしていた。 愛知産業大学三河高等学校では2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に4番打者として出場し、横浜との初戦で2安打を記録したが、チームは敗れた。3年夏は愛知大会準々決勝で髙橋宏斗擁する中京大中京に敗れた。高校通算46本塁打。愛知県内では同世代の石川昂弥と共にスカウトから高い評価を受けていたが、大学進学を決断した。 明治大学に進学後、1年秋から4番を務めた。
辻本 倫太郎(つじもと りんたろう、2001年8月11日 -… 辻本 倫太郎(つじもと りんたろう、2001年8月11日 - )は、富山県富山市生まれ、北海道札幌市白石区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 富山県富山市で生まれ、2歳の時に北海道札幌市へ引っ越した。札幌市立東札幌小学校で3年生の時に東札幌ジャイアンツで野球を始め、6年時には北海道日本ハムファイターズジュニアでプレーした。札幌市立日章中学校在学時は硬式野球のクラブチームである札幌南シニアでプレーし、3年春に全国大会に出場した。 北海高等学校では2年夏から遊撃手のレギュラーに定着し、同年秋から主将を務めた。3年夏は南北海道大会準々決勝で札幌国際情報に敗れた。その後、北海高校が阪神甲子園球場で行われた全国高等学校野球選手権大会で初めて勝利した高校であることから、令和初の第101回全国高等学校野球選手権大会にて、開会式の入場行進の先導役を務めた。
深草 駿哉(ふかくさ ゆうや、2001年8月10日 - )は… 深草 駿哉(ふかくさ ゆうや、2001年8月10日 - )は、宮崎県出身の元プロ野球選手(捕手)。 小学1年生の時に野球を始め、投手や遊撃手を経験。日章学園中学校では強肩を買われて捕手に転向した。中学3年生のときには2016年度全日本少年夏季軟式野球大会でベスト8に入る。 日章学園高等学校時代は監督からの指示で一度は投手としてプレーしていたが、1年冬に捕手への再転向を直訴し、2年夏から正捕手となった。すると、監督から「走られたのをほとんど見たことない」といわれる強肩で活躍を見せる他、打撃面でも2018年の秋季九州大会では打てる2番打者として11打数8安打を記録した。3年生時の2019年に、第91回選抜高等学校野球大会に出場した。
平野 大和(ひらの やまと、2001年8月7日 - )は、 … 平野 大和(ひらの やまと、2001年8月7日 - )は、 宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 兄の影響から小学2年生から軟式野球を始め、中学から中高一貫校である日章学園中学校・高等学校に進学し、同校の野球部の1期生として入部した。 高校では1年生の夏から左翼手のスターティングメンバーとして出場。2年生の秋には、秋季宮崎大会の準決勝において、左膝に自打球を当てて剥離骨折と診断されるも、秋季九州大会では痛み止めの薬を飲みながら出場し、春の選抜出場を果たした。3年生春の第91回選抜高等学校野球大会に4番・中堅手として出場するが、習志野高等学校に敗れた。3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権宮崎大会では、2回戦で都城工業高等学校に敗退し、2季連続の甲子園出場はならなかった。
横山 陸人(よこやま りくと、2001年8月5日 - )は、… 横山 陸人(よこやま りくと、2001年8月5日 - )は、東京都江戸川区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 江戸川区立南篠崎小学校3年生のときに南篠崎ランチャーズでキャッチャーとして野球を始め、江戸川区立上一色中学校では軟式野球部に所属し、投手としてプレー。3年夏の全国大会では決勝まで勝ち上がるも、かほく市立宇ノ気中学校との決勝戦では、後に星稜高校に進学する奥川恭伸との投げ合いに敗れた。 専大松戸高校に入学すると、1年時からベンチ入り。1年冬から2年春までの間は監督からアンダースロー転向を命じられ、その後本来のサイドスローに戻すと、最高球速が6km/hアップ。2年秋からチームのエースとなり、3年時には最速148km/hを計測し、3年春の県大会では準優勝。