澤地 久枝(さわち ひさえ、1930年9月3日 - )は、日… 澤地 久枝(さわち ひさえ、1930年9月3日 - )は、日本のノンフィクション作家、社会運動家。東京都港区青山出身。 編集者を経て『妻たちの二・二六事件』(1972年)で作家に。綿密な取材で、真実に迫る作品を執筆。作品に『火はわが胸中にあり』(1978年)、『もうひとつの満州』(1982年)、『滄海よ眠れ』(1985~86年)など。 大工の長女として生まれる(下に妹と弟)。父親は小学校卒業後伊豆での見習修業を経て大工となり、久枝が4歳の時、家族で満洲へ移住し、吉林市の満鉄社宅で暮らした。1945年、吉林で敗戦を迎え1年間の難民生活の後に日本に引き揚げ山口県立防府高等学校に編入した。1947年夏に東京に移り焼野原の原宿に建てた6畳のバラックで育つ。
林 京子(はやし きょうこ、1930年8月28日 - 201… 林 京子(はやし きょうこ、1930年8月28日 - 2017年2月19日)は、日本の小説家、随筆家。長崎県生まれ。本姓宮崎。高女3年の時に爆心地近くの三菱兵器大橋工場で学徒動員中に被爆するも奇跡的に生還。結婚・出産を経て「文藝首都」の同人となり小説を書き始め、1975年「祭りの場」で群像新人文学賞・芥川賞受賞。以後、原爆症の不安を抱えながら死を意識し、生を見つめた作品を発表した。 1930年8月28日、長崎県長崎市出身。誕生の翌年、父(三井物産社員)の勤務地・上海に移住。1945年に帰国し、長崎県立長崎高等女学校(現長崎県立長崎東中学校・高等学校、長崎県立長崎西高等学校)3年に編入学。同年8月9日、市内大橋にある三菱兵器工場に学徒動員中、被爆した。
芳野 昌之(よしの まさゆき、1930年8月26日 - 20… 芳野 昌之(よしの まさゆき、1930年8月26日 - 2014年12月3日)は、日本の作家・評論家。読売新聞東京本社編集局長。本名は藤村健次郎。 兵庫県生まれ。同志社大学文学部卒。1961年に垂水 堅二郎の筆名で執筆した「紙の墓碑」が江戸川乱歩賞の最終候補となる。
鈴村 進(すずむら すすむ、1930年8月20日 - 202… 鈴村 進(すずむら すすむ、1930年8月20日 - 2021年12月19日)は、日本の著作家、評論家。 愛知県出身。名古屋大学法学部卒業。会社役員を経て、文筆家となる。歴史ビジネス書、のちには大河ドラマ関連本を書く。
小野 かおる(おの かおる、1930年8月19日 - 202… 小野 かおる(おの かおる、1930年8月19日 - 2020年10月13日)は、日本の絵本作家・画家、スペースデザイナー。東京造形大学名誉教授。 本名は成子(=しげこ)。父は詩人でロシア文学者の中山省三郎。娘は絵本作家おのりえん(小野里宴)。 東京芸術大学美術学部油絵科卒業。2007年、長年にわたる昔話絵本の創作活動に対して第30回巖谷小波文芸賞受賞。厚生大臣賞、サンケイJR賞、吉村証子賞のほか、『オンロックがやってくる』(福音館書店)で第43回産経児童出版文化賞受賞。
北川 荘平(きたがわ そうへい、1930年8月15日 - 2… 北川 荘平(きたがわ そうへい、1930年8月15日 - 2006年7月8日)は、日本の小説家。和歌山県伊都郡山田村(現在の橋本市)出身。 京都大学経済学部卒業。高橋和巳らとともに京大文芸同人会(のちの京大作家集団)結成に参加。卒業後は大阪ガスに勤務。大阪文学学校に学び、1963年から1969年にかけて文芸雑誌『VIKING』の編集人を務めた。 1958年、『水の壁』で、第39回芥川賞・直木賞に同時ノミネートされた。その後も1960年に『企業の伝説』、1965年に『企業の過去帳』、1966年に『白い塔』で直木賞候補となった。 2006年7月8日に肺炎のため死去した。享年75。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
出口 和明(でぐち やすあき、1930年(昭和5年)8月15… 出口 和明(でぐち やすあき、1930年(昭和5年)8月15日 - 2002年(平成14年)6月19日)は、日本の作家、宗教家。大本教祖・出口王仁三郎の孫。 代表作『大地の母』全12巻(出口なお・王仁三郎の伝記であり、大本初期の歴史を描いた小説)。本名以外に「野上竜」「十和田龍」というペンネームで書いた著作もある。 昭和50年代から大本の宗教改革運動に取り組み、仲間たちと共に「いづとみづの会」を設立。昭和60年代には宗教法人「愛善苑」として独立した。 綾部の大本の聖地の中で生まれる。母親は出口王仁三郎の第三女・八重野で、亀岡に住んでいたが、出産の時だけ綾部に滞在していた。生まれた場所は大本の御神体山の頂上(一番の聖域)に建つ穹天閣(きゅうてんかく)という建物で、綾部における王仁三郎の居館だった。
内田 栄一(うちだ えいいち、1930年7月31日 - 19… 内田 栄一(うちだ えいいち、1930年7月31日 - 1994年3月27日)は、日本の小説家、劇作家、放送作家、脚本家、演出家、映画監督。 岡山県出身。実家は岡山市内の古書店。鎌倉アカデミア中退。 若い頃には安部公房に師事。新日本文学会に入会して小説家としてデビューする。1974年には金子正次らとともに、劇団東京ザットマンを旗揚げするなど、アングラ演劇の活動も盛んに行っていた。 1930年(昭和5年)、岡山市に生まれる。生家は老舗の古書店。1945年、中学三年生のとき、高射砲の弾を作る工場に動員される。岡山大空襲で家を失い、愛媛県などに疎開。15歳の夏に終戦。戦後は、高校に通いながら、詩作と小説執筆に熱中。
矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 200… 矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 2002年5月29日)は、日本の作家・詩人・翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 教育学者・矢川徳光の5人姉妹の次女として東京府北豊島郡王子町大字王子312番地(現・東京都北区王子)に生まれ、生後まもなく、東京府北豊島郡高田町雑司ヶ谷7丁目1117番地(現・東京都豊島区雑司が谷)に転居。園児としてキリスト教系の幼稚園で過ごす。高田第五尋常小学校(現在の目白小学校)1年の時、1938年1月、東京市世田谷区新町に転居。深沢尋常小学校(現・世田谷区立深沢小学校)に転入。1943年、府立第十一高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に入学。
高橋 健(たかはし けん、1930年7月25日 - 2007… 高橋 健(たかはし けん、1930年7月25日 - 2007年3月1日)は、日本の編集者、児童文学作家、動物文学作家、翻訳家。本名は高橋健(タカハシ タケシ)。俳号は草風子。 岐阜県関市に生まれる。大阪府大阪市で育つ。 15歳で終戦を迎えるまでの5年間を、父の勤務地である上海で過ごす。1954年、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。早大在学中は早大童話会に所属、坪田譲治に師事。1955年平凡社に入社。 20年間の編集者生活ののち、1975年に退社し、以後作家生活に入る。この間、1973年動物雑誌「アニマ」を企画・創刊、初代編集長を務めた。また、1961年、コピー部門で朝日広告賞を受賞。 映画「キタキツネ物語」企画・原案を担当。
澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22… 澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22日 - )は、日本の著作家、トルコ研究家。日本文芸家協会会員。日本・トルコ協会会員。小説家、フランス文学者澁澤龍彦の妹。 東京生まれ。武州銀行に勤める澁澤武の長女。澁澤龍彦の妹。澁澤道子の姉。1948年、十文字高等女学校卒業。津田塾大学英文学科卒業。 『ドレスメーキング』『スタイル』編集者を経てフリーライターになる。『週刊現代』『ヤングレディ』『平凡パンチ』などのアンカーをつとめ、多くの女性誌等にエッセー、旅行記など執筆。1981年以降、足繁くトルコを訪問し、トルコ関連の旅行記や歴史物語、評論、エッセーなどを執筆、トルコに関する講演も行う。
杉田 豊(すぎた ゆたか、1930年7月13日 - 2017… 杉田 豊(すぎた ゆたか、1930年7月13日 - 2017年5月19日)は、グラフィック・デザイナー、絵本作家。筑波大学名誉教授(平成6年度付与)。
和久 峻三(わく しゅんぞう、1930年7月10日 - 20… 和久 峻三(わく しゅんぞう、1930年7月10日 - 2018年10月10日)は、日本の推理作家・弁護士。本名は古屋峻三。別名として夏目 大介(なつめ だいすけ)。写真家としての顔も持ち、日本図書館協会選定図書の写真集『日本の原風景』(1993年)も発表している。 大阪府大阪市出身。1955年(昭和30年)に京都大学法学部を卒業し中部日本新聞の記者となるが、友人から月刊文芸誌『宝石』を見せられ推理小説の魅力にとりつかれる。1960年(昭和35年)に同誌の宝石賞に応募し候補作に選ばれる。応募作『紅い月』は本名の滝井峻三名義で『宝石』に掲載され作家としてデビューした。「生まれて初めて書いた小説が雑誌に掲載されたときの私の感動は、一生涯、忘れることができないものとなりました」と和久は語っている。
大川 悦生(おおかわ えっせい、1930年7月6日 - 19… 大川 悦生(おおかわ えっせい、1930年7月6日 - 1998年3月27日)は、日本の児童文学作家。本名の読みは「よしお」。 長野県更級郡村上村(現埴科郡坂城町網掛)生まれ。父大川豊市(長野県上水内郡三水村・現飯綱町出身)、母やすの長男として生まれる。幼少期は東京で生活していたが、太平洋戦争でそのまま暮らし続けることが困難になり、母の実家に疎開した。旧制上田中学(長野県上田高等学校)を経て、早稲田大学文学部仏文科卒。在学中から早大童話会に属した。のち木下順二の影響で民話の再生に力を入れた。 1980年『たなばたむかし』で産経児童出版文化賞受賞。原爆についての作品もある。
鍛治 壮一(かじ そういち、1930年(昭和5年)7月6日 … 鍛治 壮一(かじ そういち、1930年(昭和5年)7月6日 - 2022年(令和4年)3月5日)は、日本のジャーナリスト、作家、航空評論家。 東京府東京市出身。1956年(昭和31年)東京大学教養学部卒業後、毎日新聞社に入社。東京社会部記者として1965年(昭和40年)から航空担当となる。その後、サンデー毎日編集次長に就任。社会部編集委員などを歴任した。 1985年(昭和60年)に同社を退社し、ジャパンタイムズ編集委員を経て独立。航空に関連する記事執筆を専業とするライターとなり、防衛・航空問題を専門とする。ほか、通産省委員など歴任した
森下 研(もりした けん、1930年7月3日- )は、日本の… 森下 研(もりした けん、1930年7月3日- )は、日本の児童文学作家。福岡県門司(現・北九州市)出身。九州大学卒。広告会社勤務、放送作家を経て、児童文学の創作を開始する。 少年小説やノンフィクションを中心に執筆。遠洋マグロ延縄漁の体験から書いた『男たちの海』で第15回児童福祉文化奨励賞(昭和48年 1973年)を受賞。
加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018… 加藤 廣(かとう ひろし、1930年6月27日 - 2018年4月7日)は、日本の小説家。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校、東京大学法学部卒業。1954年に中小企業金融公庫に入庫。 京都支店長、本店調査部長などを歴任後、山一證券に勤務し、同経済研究所顧問、埼玉大学経済学部講師などを経て、中小企業やベンチャー企業のコンサルタントを務める。 2005年に構想15年の作品『信長の棺』で小説家デビュー。デビュー当時75歳という年齢が話題を呼ぶ。 それ以前からビジネス書を著していたが、『信長の棺』は『日本経済新聞』に連載され、ベストセラーとなった。同作は第12回中山義秀文学賞の候補作にも選ばれた。 その後『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』と本能寺三部作を発表して大きな話題を呼ぶ。
妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお… 妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお はじめ)、1930年(昭和5年)6月23日 - )は、兵庫県神戸市生まれのグラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家。 自著『河童が覗いた』シリーズでの緻密な手書きイラストレーションでも知られている。妻はエッセイストの風間茂子。 神戸で洋服屋の長男として生まれる。 小学生の時、芥川龍之介の『三つの宝』を裕福な友人から借りたくて、その友人が冗談で出した「空中2回転が出来たら貸す」という条件を鵜呑みにして失敗、肩から落下し骨折した経験がある。本自体は友人が父親に内緒で貸し出した。近所に可愛がってくれる青年が数人いたが彼は出征、非合法活動による逮捕、召集拒否からの自殺によって居なくなる。
上坂 冬子(かみさか ふゆこ、1930年6月10日 - 20… 上坂 冬子(かみさか ふゆこ、1930年6月10日 - 2009年4月14日)は、日本のノンフィクション作家。本名、丹羽 ヨシコ(にわ - )。
半藤 一利(はんどう かずとし、1930年〈昭和5年〉5月2… 半藤 一利(はんどう かずとし、1930年〈昭和5年〉5月21日 - 2021年〈令和3年〉1月12日)は、日本のジャーナリスト、戦史研究家、作家。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。 先祖は長岡藩士。東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)に生まれる。実父は運送業と区議をつとめる。近所に幼少期の王貞治が住んでおり顔見知りだった。東京府立第七中学校に入学、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲では逃げまどい中川を漂流し、死にかける体験をする。茨城県の県立下妻中学校を経て、父の生家のある新潟県長岡市へ疎開し、県立長岡中学校3年次で終戦を迎え、そこを卒業後東京へ戻る。
桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12… 桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12日 - )は、日本の小説家、詩人、国文学者。 群馬県沼田市生まれ。兄は彫刻家の桑原巨守。群馬県立沼田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文科を卒業。同大学院日本文学修士課程修了。1967年、『雨舌』で文學界新人賞を受賞。同年、『死の翼の下に』で第58回芥川賞候補となる。作家・野間宏に私淑し、表現主義的手法の作風で幻視・幻想の世界を描いたことに特色がある。その後は帝京大学教授を務めた。
近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )… 近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )は、日本のスポーツライター、コラムニスト、ノンフィクション作家、野球評論家。 左官職人の長男として東京都の本郷に出生、6歳から野球を始めた。旧制明治中学校では硬式野球部に所属し島岡吉郎監督の指導を受けるも、右肺の弱さから試合出場経験はなし。その後、明治大学法学部へ進学。島岡の薦めにより野球のプレーは諦め、書く方にまわろうとグラウンドに顔を出して野球観戦をした。卒業後の1953年4月に報知新聞社に入社し、同新聞(現:スポーツ報知)のスポーツ記者となる。1956年に朝刊の発行を始めた東京新聞にスカウトされて移籍。毎日の戦評と野球コラム「金曜放談」を署名入りで執筆。
岸田 今日子(きしだ きょうこ、1930年〈昭和5年〉4月2… 岸田 今日子(きしだ きょうこ、1930年〈昭和5年〉4月29日 - 2006年〈平成18年〉12月17日)は、日本の女優、声優、童話作家。本名同じ。身長156 cm。血液型はA型。 自由学園高校卒業。父は劇作家で文学座創設者の岸田國士、母は翻訳家の岸田秋子。姉に詩人で童話作家の岸田衿子、俳優の岸田森とは従弟にあたる。元夫は俳優の仲谷昇。 東京府豊多摩郡(現在の東京都杉並区)に劇作家の岸田國士・秋子夫妻の次女として生まれる。 10代の頃戦争により姉妹で長野県に疎開した後、1946年に東京に戻り自由学園高校に入学。在学時に彫刻家・本郷新の美術の講義に触発され、同時に父の蔵書で戯曲に親しんだ。舞台美術に興味を抱いて舞台美術家を志し、高校卒業と同時に裏方として文学座付属演技研究所に入り研修生となる。
押川 國秋(おしかわ くにあき、1930年4月24日 - … 押川 國秋(おしかわ くにあき、1930年4月24日 - 2025年10月14日)は、日本の脚本家、小説家。 宮崎県児湯郡川南町出身。実家は結婚式場兼料理店を経営。高鍋高等学校、中央大学法学部卒。 元々脚本家という仕事をよく知らず、漠然と小説家を志していたことはあったが、大学生時代に野田高梧の『シナリオ構造論』を読んだことがきっかけで脚本家を志す。 本人は人間の問題として安楽死に興味があった。24歳の時に亡くなった父親が「もし俺が倒れて半身不随になったり口が利けなくなったら、殺してくれ」と良く言っていたということで、この自身の体験を結び合わせて書いた『罪』という作品で日本新人シナリオコンクールにて佳作入選。
松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 20… 松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 2008年3月3日)は、日本の詩人、文学・美術関係の評論家、作家。 福岡県大木町出身。福岡県立八女高等学校卒。詩人の丸山豊と出会い、詩誌「母音」に参加した。中学教師を経て、1957年に上京して文筆活動に入る。1955年に詩集を刊行し、農民や切支丹、落人などの敗者や弱者への共感を叙情的に歌い上げる作風で知られる。このほか、児童文学、美術関係の評論、いわさきちひろの画集編纂、五木寛之との対談、小説など多岐にわたる著述を残した。子守歌の研究でも知られた。1970年『日本農民詩史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。 2008年3月3日午前0時7分、心不全のため東京都練馬区の病院で死去。
小久保 均(こくぼ ひとし、1930年4月16日 - )は大… 小久保 均(こくぼ ひとし、1930年4月16日 - )は大韓民国慶尚北道生まれの作家。1937年両親の故郷広島に引き揚げる。広島大学文学部卒業。1972年「折れた八月」で直木賞候補に、1977年「夏の刻印」で芥川賞候補になる。小久保は言う、「広島は小説の材料に事を欠かない所だ」と、小説を始めようとする人に訴える。そして「お前はここが悪いのだ」と、手厳しい。<要出典>
堤 玲子(つつみ れいこ、1930年3月29日 - )は、日… 堤 玲子(つつみ れいこ、1930年3月29日 - )は、日本の作家・詩人。本名・浅野孝子、のち渋谷姓。 岡山市の貧家に生まれる。1946年就実高等女学校(現・就実中学校・高等学校)卒。終戦直後には岡山駅前で体を売った。自動車組合に就職後、『近代詩人』同人となる。1951年庭瀬駅売店店員となる。1954年結婚。1957年タムタム芸術集団(のち「総合芸術」)同人となり編集長・北田玲一郎のもとで詩を書く。1965年「石原慎太郎論」を書き話題となる。1967年、貧困と性にまみれた自伝的小説『わが闘争』を刊行、ベストセラーになり、佐久間良子主演・中村登監督で松竹で映画化もされ、岡山でロケも行われた。
葉山 修平(はやま しゅうへい、1930年3月16日 - 2… 葉山 修平(はやま しゅうへい、1930年3月16日 - 2016年8月28日)は、日本の作家・詩人。本名は安藤幸輔(あんどう こうすけ)。室生犀星の研究者でもあった。 千葉県市原市出身。千葉師範学校卒業。東京大学大学院修士課程(国文学専攻)修了。1955年、林富士馬、太田浩らと同人雑誌『玻璃』を創刊。1957年、林富士馬の紹介で『文芸日本』4月号に短編小説「バスケットの仔猫」を発表する。この短編に対して、室生犀星から批評とアドバイスの書かれた手紙を受け取り、犀星の知遇を得る。1960年、短編小説「日本いそっぷ噺」が第43回直木賞候補となる。同年12月、『日本いそっぷ噺』(大和出版)が出版された。
宮下 和男(みやした かずお、1930年3月14日 - 20… 宮下 和男(みやした かずお、1930年3月14日 - 2017年5月25日)は、日本の児童文学作家。 元信州児童文学会会長。元飯田女子短期大学教授。 長野県下伊那郡鼎村(現飯田市)に生まれる。長野師範学校予科を経て、学制改革により信州大学教育学部を卒業。長野県で教員を務め、高森中学校校長を最後に退職。 1968年「きょうまんさまの夜」(福音館書店)で第1回日本児童文学者協会新人賞、1978年「湯かぶり仁太」(信濃教育会編集部)で塚原健二郎文学賞をそれぞれ受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山川 方夫(やまかわ まさお、本名:山川 嘉巳〈やまかわ よ… 山川 方夫(やまかわ まさお、本名:山川 嘉巳〈やまかわ よしみ〉、1930年(昭和5年)2月25日 - 1965年(昭和40年)2月20日)は、日本の小説家。 東京都生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。父は日本画家山川秀峰。 「三田文学」を編集し、その後自らも筆を執り『日々の死』『その一年』『海岸公園』などの短編集を発表。繊細で都会的な作風によって、敗戦後の青春と死の不条理を自伝的に描いた。『お守り』の翻訳が米「LIFE」誌に掲載されるなど将来を嘱望されたが、交通事故により34歳で死去。没後『愛のごとく』などが出版された。 ショートショートでも活躍し、『お守り』のほか、国語教科書に採用されることの多い『夏の葬列』がとりわけ知られている。
飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2… 飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2013年10月14日)は、日本の詩人、小説家、翻訳家。日本芸術院会員、元明治大学法学部教授。長男は建築評論家の飯島洋一。 岡山市生まれ。旧制第六高等学校時代、シュペルヴィエルに傾倒。1946年、初めて買った詩集は村上菊一郎訳の『惡の華』だった。翌1947年12月に初めて日本の詩人の書いた詩集、朔太郎の『青猫』を買った。1948年10月、創元選書の大岡昇平編『中原中也詩集』を買ったが、ここにはソネットや、四行四連の「定型詩」が多かった。 1949年に東京大学文学部仏文学科入学、1952年同大学を卒業。在学中、栗田勇らと『カイエ』を創刊する一方、1950 - 51年と鈴木信太郎の講義に出て、ヴィヨンの『大遺言詩』、マラルメのソネット、ヴァレリーの『若きパルク』の演習を受ける。
宮本 徳蔵(みやもと とくぞう、1930年2月18日 - 2… 宮本 徳蔵(みやもと とくぞう、1930年2月18日 - 2011年2月2日)は、日本の小説家。 三重県伊勢市生まれ。在日朝鮮人2世として生れるが、生後100日ほどで日本人夫婦の養子となる。父親は大正末期に大邱の近郊農村から渡日し土建業を営んだ。1950年三重県立宇治山田高等学校(2期生)卒業、1954年東京大学文学部仏文科卒業、1958年同大学院修士課程修了(文学修士、東京大学)。家業を継ぐが、1973年、「六十六部」を『新潮』に発表して小説家デビュー。1975年、「浮遊」で新潮新人賞受賞、これを機に上京する。1978年日本に帰化。 1987年、随筆『力士漂泊』で読売文学賞、1991年、『虎砲記』で柴田錬三郎賞受賞。
佐藤 清彦(さとう きよひこ、1930年2月17日 - )は… 佐藤 清彦(さとう きよひこ、1930年2月17日 - )は、日本のノンフィクション作家。 宮城県生まれ。早稲田大学文学部卒。読売新聞社を経て、ノンフィクション作家。
福田 紀一(ふくだ きいち、1930年2月11日 - 201… 福田 紀一(ふくだ きいち、1930年2月11日 - 2015年7月14日)は、日本の小説家。元大阪工業大学教授。 大阪市生まれ。京都大学文学部(美学美術史専攻)卒業。高校教師をしながら文筆活動をする。同人誌『VIKING』に参加。1979年『おやじの国史とむすこの日本史』によりサントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞。1991年から97年、大阪工業大学教授。 在阪・同窓の小松左京らと親交が深い。小松の処女長編『日本アパッチ族』の主人公、木田福一は、福田の名前から取ったものである。作品は、自己の高校教諭(日本史・世界史)としての経験に依拠したものや、歴史に因んだものが多く、また、SF的な作品もある。
牛山 純一(うしやま じゅんいち、1930年2月4日 - 1… 牛山 純一(うしやま じゅんいち、1930年2月4日 - 1997年10月6日)は、日本のドキュメンタリー映像作家。父は歴史学者の牛山栄治 東京都出身。小学6年生から旧制中学校卒業まで現在の茨城県龍ケ崎市で過ごす。 茨城県立龍ヶ崎中学校(現在の竜ヶ崎第一高等学校)を経て1953年、早稲田大学第二文学部西洋史学専修卒業。早稲田大学卒業後、開局したての日本テレビに入社し、報道記者として活躍。 1954年に日本テレビで放送された、吉田内閣不信任案における国会の混乱や造船汚職事件などを扱った『特集第十九国会』が彼のテレビ・ドキュメンタリーのデビューとなった。 1961年から、ドキュメント番組『ノンフィクション劇場』を制作。
わかやま けん(本名:若山 憲、1930年1月29日 - 2… わかやま けん(本名:若山 憲、1930年1月29日 - 2015年7月17日)は日本の絵本作家。 グラフィックデザインの世界から児童書の世界へ入る。『きつねやまのよめいり』(こぐま社)では、第16回サンケイ児童出版文化賞を受賞。また海外などでも評価を受ける。代表作として「こぐまちゃんえほんシリーズ」(こぐま社)などの作品があり、2017年時点で累計約954万部、特に『しろくまちゃんのほっとけーき』は、293万部を記録するベストセラーとなった。 1930年、岐阜県岐阜市出身。1945年12月、15歳のときに偶然見かけた雑誌『週刊少国民』に衝撃を受け、活動していた洋画家や童画家の作品に触れる。1948年頃から岐阜市のデザイン事務所に勤務し、グラフィックデザイナーとして仕事をするかたわらで、童画に強く惹かれていく。
中谷 千代子(なかたに ちよこ、1930年1月16日 - 1… 中谷 千代子(なかたに ちよこ、1930年1月16日 - 1981年12月26日)は、日本の画家、絵本作家。 1930年1月16日、東京府生まれ。東京府立第十一高等女学校(現東京都立桜町高等学校)卒業後、東京美術学校(現・東京芸術大学)油絵科に進学。美術学校在学中は梅原龍三郎に師事した。後に詩人として活躍する岸田衿子は同級生で、親友となった。美術学校卒業後、先輩だった中谷貞彦と結婚。 在学中から子どもに絵を教える中で、子どもの絵の表現から学んでいたが、1957年ごろから絵本の仕事に興味を持つ。岸田に誘われて、福音館書店の編集長松居直を訪ね、絵本を作ることになる。 最初の作品は『ジオジオのかんむり』(「こどものとも」52号(1960年7月号))で、主人公のライオンのジオジオを描くために動物園でイメージに合うライオンを探し、原画は7回描きなおした。
安藤 美紀夫(あんどう みきお、1930年1月12日 - 1… 安藤 美紀夫(あんどう みきお、1930年1月12日 - 1990年3月17日)は、日本の児童文学作家・文芸評論家。日本女子大学家政学部教授。本名は安藤 一郎。 京都府京都市出身。1954年京都大学文学部イタリア文学科卒業後、北海道で高校教師を務める。その傍ら、1957年頃よりイタリア児童文学の翻訳の刊行を始め、自ら創作を始めて、1961年『白いりす』でデビューし、産経児童文化賞を受賞。1962年、評論「ピノッキオとクォーレ」で高山賞(日本児童文学者協会主催)受賞。 1972年、北海道から東京都東大和市に移り、日本女子大学家政学部児童学科の非常勤講師となる。1973年『でんでんむしの競馬』で国際アンデルセン賞作品賞・野間児童文芸賞・日本児童文学者協会賞・赤い鳥文学賞・サンケイ児童出版文化賞受賞。
梶山 季之(かじやま としゆき、1930年1月2日 - 19… 梶山 季之(かじやま としゆき、1930年1月2日 - 1975年5月11日)は、日本の小説家・ジャーナリスト。ルポライターとして梶 季彦、少年少女向け推理・冒険小説(ジュブナイル作品)の著者として梶 謙介のペンネームがある。 週刊誌創刊ブーム期に代表的なトップ屋として活躍、その後『黒の試走車(テストカー)』『赤いダイヤ』などの産業スパイ小説、経済小説でベストセラー作家となり、推理小説、時代小説、風俗小説、社会小説、痛快小説、SF小説、時代小説、実録小説、少年少女向けの冒険小説等とあらゆる分野に作品を残した多才・多作の作家であった。酒の飲み過ぎにより取材先の香港で45歳で客死。昭和一桁生まれの最後の無頼派的な文士といわれ、磯田光一は「戦後文壇の自爆者」と評した。
咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年… 咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年4月24日)は、日本の小説家。 香川県高松市出身。 旧制高松中学、海軍兵学校、旧制高松中学、旧制六高を経て、東京大学法学部を卒業後、住友倉庫に入社し、1976年に退社。1977年に企業小説「左遷」を発表し、中間管理職の哀歓を描いて話題となる。サラリーマン小説を多く書き、のち歴史小説も書いた。1988年に58歳で他界。
藤浦 敦(ふじうら あつし、1930年1月1日 - 2023… 藤浦 敦(ふじうら あつし、1930年1月1日 - 2023年5月28日)は、日本の映画監督・プロデューサー、脚本家、落語作家。 東京都港区赤坂出身で、実家は青果問屋の家系。先々代藤浦周吉(三周)が初代三遊亭圓朝一門を経済的に支援した縁から「圓朝」の名跡を預かることになり、「三遊派宗家」を名乗る。 祖父は藤浦周吉(三周)、父は東京市会議員も務め東京中央青果株式会社(現在の東京シティ青果株式会社)の初代社長で三遊亭圓朝関連の著書も多数出版した藤浦富太郎。 1952年早稲田大学政治経済学部卒業後、同大学大学院国文科を中退し、読売新聞記者を経て、1954年、日活入社。助監督となり、伊藤大輔監督を師と仰ぐ。
福井 慶子(ふくい けいこ、1930年 - )は、福井県出身… 福井 慶子(ふくい けいこ、1930年 - )は、福井県出身の小説家。東京都在住。夫は、小説「空よ」で直木賞候補になった作家福井馨。子は、受験アドバイザーの福井一成。 福井県立高等女学校(現・福井県立藤島高等学校)卒業。一時期、丹羽文雄に師事して、作品『無月』を著わす。夫の福井馨が視力低下したために、口述筆記を始めることとなった。以後、作家として頭角を現す。 1985年、福井馨と二人三脚で著した口述筆記の作品『風樹』(鳥取県を舞台にした純文学作品)で、第13回平林たい子文学賞を受賞。その後も数々の作品を著している。
赤根 祥道 (あかね しょうどう、1930年 -2001年 … 赤根 祥道 (あかね しょうどう、1930年 -2001年 )は、日本の曹洞宗の禅僧、作家。 中国大連市に赤根祥一として生まれる。東北大学を卒業後、駒澤大学大学院博士課程で禅を学ぶ。酒井得元老師に師事し、得度して慧光祥道の名を与えられる。その後、現代禅研究所を設立。「禅は人間の本性にかかわるもの」で「生活即禅である」ととらえ、「ビジネス禅」を提唱し、主にビジネスマンのために禅を教える活動を行っている。 ヨーガ講師で作家の赤根彰子は娘。 禅関係のほか、ビジネスマンのための啓発書を多く執筆し、200冊近い著書を出版。主な著書に『2時間で元気が出る本 上手に生きる200のヒント』『心が晴れる禅の言葉』『鈴木正三・石田梅岩・渋沢栄一に学ぶ不易の人生法則』『男30代、今これだけはやっておけ!この“夢”があなたの器を大きくする』。
横溝 英一(よこみぞ えいいち、1930年 - 2014年)… 横溝 英一(よこみぞ えいいち、1930年 - 2014年)は、神奈川県出身の絵本作家。 主に電車など乗り物をテーマにした絵本を手掛ける。 1930年、神奈川県に生まれる。武蔵野美術短期大学卒業。テレビ放送局、出版社などの勤務を経て、絵本作家になる。
青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童… 青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童文学作家。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部心理学科卒業。 横浜市教育委員会指導主事、横浜市立小学校校長を経て、教育カウンセラーとなる。カウンセラーとしての経験を生かし、いじめや児童虐待をテーマにした児童書を多数出版。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
水沢周(水澤周、みずさわ しゅう、1930年- )は、日本の… 水沢周(水澤周、みずさわ しゅう、1930年- )は、日本のノンフィクション作家、歴史家、作家。 東京生まれ。1954年早稲田大学文学部卒業。NHK勤務、国際文化振興会、日本読書新聞等を経てフリー編集兼ライター。
平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画… 平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画家、造形作家。大久保作次郎、三岸節子に師事。 1930年、神奈川県伊勢原市の事業家の家に生まれる。1962年より平塚市にアトリエを構え、初期は具象的な風景や静物に才能を見せながら、次第に仏教に傾倒し、抽象的な作風の大作を発表するようになる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小谷 眞三(こだに しんぞう、1930年 - )は、日本のガ… 小谷 眞三(こだに しんぞう、1930年 - )は、日本のガラス工芸作家。 岡山県後月郡芳井町(現井原市)に生まれる。1964年、水島ガラス創業、1966年、倉敷ガラスと改名。 1982年、倉敷文化奨励賞受賞。1985年、岡山県文化奨励賞受賞。1993年、文化庁地域文化功労賞受賞。1996年、倉敷芸術科学大学芸術学部教授(2004年、退任)。2000年、倉敷文化賞受賞。2007年、岡山県文化賞受賞。2014年、倉敷民藝館にて、 「特別企画-倉敷ガラス50周年記念展-」(会期:6月6日(金) - 11月30日(日))が開催される。 門下に、横山秀樹、小谷栄次(小谷の長男)、石川昌浩などがいる この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) -… 板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) - 2014年(平成26年)[要出典])は、日本の小説家、国語教育研究者。 元中学校国語教師、機関誌『教育国語』元編集員。山形県鶴岡市宝町在住。 1930年(昭和5年)、山形県鶴岡市生まれ。 1990年、余目町立余目中学校(現・庄内町立余目中学校)を最後に教員を定年退職。 2007年、小説「北のはざま」で、第23回「真壁仁・野の文化賞」受賞。 小説家としての代表作には、歴史小説の『北辰軸』と、その続編の『北のはざま』があり、ともに主人公は庄内藩藩士の松本十郎である。小説『北のはざま』では第23回「真壁仁・野の文化賞」を受賞した。 国語教育研究者としては、長く教育科学研究会・国語部会の会員として活動し、読み方教育における「2次読み」の研究を続けている。
福島 次郎(ふくしま じろう、1930年(昭和5年) - 2… 福島 次郎(ふくしま じろう、1930年(昭和5年) - 2006年(平成18年)2月22日)は、熊本県出身の小説家。高校の国語教師。雑誌『詩と眞實』同人。その同人誌に掲載した短編小説『バスタオル』(1996年)で第115回芥川賞候補になったほか、三島由紀夫との同性愛関係を取り混ぜた自伝的な実名小説『三島由紀夫――剣と寒紅』(1998年)を刊行したことで一時ジャーナリズムを騒がせ、三島関連界隈で名を知られるようになった人物である。 1930年(昭和5年)、私生児として熊本県熊本市に生まれた。次郎の祖父は人力車夫、祖母は屋台で行商をし、その行商を手伝いながら貧乏に育った母は、20代になると庶民相手の青空賭博の元締めになり、下町の盛り場の姐御として派手な風体になった。