永田 生慈(ながた せいじ、昭和26年(1951年)8月1日… 永田 生慈(ながた せいじ、昭和26年(1951年)8月1日 - 平成30年(2018年)2月6日)は、日本の浮世絵研究家。特に葛飾北斎の研究と作品蒐集を精力的に行い、コレクションは島根県立美術館に寄贈・収蔵された。 島根県津和野町生まれ。小学3年生の時、古本屋で北斎の『画本早引』の入手がきっかけで北斎に魅せられ、十代半ばから作品を蒐集する。浮世絵研究者の楢崎宗重を慕って立正大学文学部に入学。在学時から、北斎専門研究雑誌『北斎研究』の発行・編集に関わった(2016年、第56号で休刊)。 卒業後、1977年より太田記念美術館に勤務、副館長兼学芸部長を歴任した。その間にも、国内外の北斎展で監修を務め、多くの著作を記した。
山﨑 山洋(やまざき さんよう、1950年(昭和25年)8月… 山﨑 山洋(やまざき さんよう、1950年(昭和25年)8月1日 - )は、日本の政治家。元印西市長。千葉県印西市出身。「﨑」はJIS X 0208で未定義の文字であり、正字の「崎」を使った山崎山洋が使われることもある。
渡辺 勝(わたなべ まさる、1950年<昭和25年>8月1日… 渡辺 勝(わたなべ まさる、1950年<昭和25年>8月1日 - 2024年<令和6年>6月30日)は、日本の音楽家。はちみつぱい、アーリータイムスストリングスバンドに参加した。ギター、キーボード、ボーカルなど各種の楽器を使いこなすマルチプレイヤー。 駒場東邦高等学校、立教大学卒業。 1970年より音楽活動を開始。岡林信康のセカンド・アルバム『見る前に跳べ』などに参加。他に高田渡、なぎら健壱、田代ともやなどの作品の編曲家としても活動した。 キリギリス、渡辺勝バンド、おまつとまさる氏(松倉如子との音楽ユニット)などで音楽活動を継続。「アフガンの子どもたちに美味しいものをごちそうする会」のセカンドCDでも編曲を一部担当した。
三井 正則(みつい まさのり、1950年(昭和25年)8月1… 三井 正則(みつい まさのり、1950年(昭和25年)8月1日 - )は、日本の実業家。元ダイハツ工業株式会社代表取締役会長で元同社代表取締役社長。 1950年8月1日、大阪府に生まれる。大阪府立豊中高等学校を経て、1975年3月、中央大学理工学部精密機械工学科を卒業。 大学卒業とともに、ダイハツ工業株式会社に入社。2004年に取締役、2006年に常務取締役、2007年に専務取締役を経て2010年には代表取締役副社長へそれぞれ就任した。 2013年に代表取締役社長へ就任し、ダイハツ工業として21年振りに大須賀二朗以来となる生え抜きの社長が誕生した。雑誌『プレジデント』は、2013年6月17日号の記事で「社員の士気を高めながらものづくり改革を推進し、商品力や競争力の強化を目指すには、うってつけのトップ交代」と評した。
山﨑 山洋(やまざき さんよう、1950年8月1日 - )は… 山﨑 山洋(やまざき さんよう、1950年8月1日 - )は、日本の政治家。元印西市長。千葉県印西市出身。「﨑」はJIS X 0208で未定義の文字であり、正字の「崎」を使った山崎山洋が使われることもある。
つのだ☆ひろ(つのだ ひろ 、1949年〈昭和24年〉8月1… つのだ☆ひろ(つのだ ひろ 、1949年〈昭和24年〉8月1日 - )は、日本の歌手、ドラマー、作詞家・作曲家、ラジオパーソナリティ。本名:角田 博民(つのだ ひろたみ)。有限会社角田兄弟社代表取締役。名前の「☆」は発音しない。 両親の疎開先・福島県東白川郡塙町で生まれる。兄4人と姉3人を持つ8人兄弟の末っ子。生後1歳4ヵ月で東京に戻り、以降は新宿十二社で育った。次兄に漫画家のつのだじろう、末兄(四兄)にリュート奏者のつのだたかしがいる。実家では両親が理髪店を営んでおり、両親は子供たちを食いっぱぐれのない理容師にする教育方針だったが、次兄のつのだじろうが漫画家として売れっ子となったため「食べていける職業ならいい」と方針を変更したという。
芳賀 義雄(はが よしお、1949年8月1日 - )は、日本… 芳賀 義雄(はが よしお、1949年8月1日 - )は、日本の実業家。日本製紙グループ本社代表取締役社長、日本製紙代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。元日本製紙連合会会長。 熊本県熊本市寺原(現中央区壺川)生まれ。父はNTTの職員。1968年熊本県立熊本高等学校卒業。1972年熊本大学工学部工業化学科卒業。1974年熊本大学大学院工学研究科修士課程修了、十條製紙(現日本製紙)入社、八代工場配属。研究・技術部門を担当し、デュッセルドルフ駐在を経て、1995年日本製紙石巻工場原質部長。1997年小松島工場工務部長。2000年勿来工場工務部長。2002年小松島工場長。2004年取締役企画本部長代理兼経営企画部長。
善積 京子(よしずみ きょうこ、1949年(昭和24年)8月… 善積 京子(よしずみ きょうこ、1949年(昭和24年)8月1日 - )は、日本の社会学者、博士(学術)(大阪市立大学・2002年)。追手門学院大学教授。 大阪府生まれ。1972年大阪市立大学家政学部社会福祉学卒業。1977年同大学院生活科学研究科博士課程満期退学。大手前女子短期大学専任講師、1986年助教授、1988年追手門学院大学文学部助教授、1994年教授、1995年人間学部教授、2006年社会学部教授。2002年「スウェーデンの家族変容と家族政策についての研究 養育訴訟における「子どもの最善」を焦点にして」で大阪市立大学より博士(学術)の学位を取得。『婚外子の社会学』で1993年度第13回山川菊栄賞受賞。
只腰 憲久(ただこし のりひさ、1949年8月1日 - )は… 只腰 憲久(ただこし のりひさ、1949年8月1日 - )は、日本の地方公務員、技術士。東京都都市整備局長、東京都公園協会理事長、首都高速道路取締役、小田急電鉄顧問、港区都市計画審議会会長、練馬区都市計画審議会会長等を歴任した。 東京都江東区生まれ。村上市、郡山市育ち。市川市の小学校から開成中学校・高等学校を経て、1972年東京大学工学部土木工学科卒業。卒業後は、建設省の激しい出世競争を避けようと考え、東京都に入庁し、首都整備局で大学の先輩でもある岡本堯生交通企画課長(のちに東京都技監)に師事した。 東京都都市計画局交通企画課係長として小田急線や中央本線の連続立体交差事業計画に携わったのち、1984年から練馬区都市整備部副参事に出向。
福岡 加余子(ふくおか かよこ、1949年8月1日 - )は… 福岡 加余子(ふくおか かよこ、1949年8月1日 - )は、愛知県瀬戸市出身の元女子プロテニス選手。金城学院高等学校、武庫川女子大学卒。1970年代の日本女子を代表する選手の一人であり、沢松和子の姉・沢松順子の結婚引退後に和子とダブルスペアを組んで活躍したことで知られる。特に全仏オープンでは女子ダブルスのベスト8に2度進出した。 金城学院在学中の1965年にテニスを始める。1967年8月には早くも全国高校庭球選手権および全日本ジュニア選手権のダブルスで優勝して頭角を現し、同年の18歳以下女子全日本ランキングで4位に付けた。さらに武庫川女子大学へ進学後、1970年と1971年の全日本学生庭球選手権でもダブルスを2連覇した。
立川 広己(たちかわ ひろみ、1949年8月1日 - )は、… 立川 広己(たちかわ ひろみ、1949年8月1日 - )は、日本の洋画家。 東京都品川区で生まれ、武蔵野美術大学にて洋画を学んだ。美術展覧会・公募展で数々の作品が入選・入賞する。美術館や政府系機関などに作品が買い上げられたことから、専業画家となる。 美術専門誌を中心とする取材の他、テレビ出演などマスメディアへの露出も多い。個展等へアーティストとしての出席も継続的かつ積極的に行い続けている点も特徴的である。個展会場にて本人から創作作品の話が聴けたり、実演が見られる観点(会いに行ける芸術家・会いに行ける画家という観点)を捉えると、アーティストと観覧者とのリアルな距離感が近い側面も併せ持つ。 新たな技法・モチーフなどを取り入れていくことにも積極的である。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日… 平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。法務大臣(第111-112代)、自由民主党広島県支部連合会長。 法務副大臣(第4次安倍第1次改造内閣)、環境副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、法務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同農林水産委員長、同法務委員長、自由民主党政務調査会副会長、同国土交通部会長、同厚生労働部会長、自由民主党副幹事長、同報道局長、国土交通省河川局次長、日本道路公団総務部長、秋田県警察本部長などを歴任。 広島県安芸郡江田島村(現:江田島市)生まれ。
嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1… 嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(1期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1964年鹿屋市立鹿屋中学校卒業、1967年鹿児島県立鹿屋高等学校卒業、1971年水産大学校卒業。鹿屋青年会議所理事長、鹿屋ロータリークラブ会長などを歴任し、2010年の鹿屋市長選挙に立候補し、当選する。2014年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元鹿児島県職員の中西茂に敗れた。
吉川 潮(よしかわ うしお、1948年8月1日 - )は、日… 吉川 潮(よしかわ うしお、1948年8月1日 - )は、日本の演芸評論家、小説家、コラムニスト。ルポライターのほか、放送作家。 妻は、粋曲(色物)の柳家小菊(落語協会所属)。日本文芸家協会会員。駄句駄句会同人、俳号は「駄郎(だろう)」。 茨城県真壁郡下館町(現・筑西市)出身。父親は長唄の岡安喜三四郎。姉と妹がおり、三人の名付け親は西條八十。 1971年立教大学経済学部卒業。 ルポライターのほか、放送作家として「青島幸男のお昼のワイドショー」などの構成を担当する一方、1979年から演芸評論家として演芸評、コラムを書き始める。1980年「小説現代」で小説家としてデビュー。 落語立川流の顧問であったが、2014年11月に辞任した。
浜口 末男(はまぐち すえお、Paul Sueo Hamag… 浜口 末男(はまぐち すえお、Paul Sueo Hamaguchi, 1948年8月1日 - 2020年12月28日)は、日本のカトリック教会聖職者でカトリック大分司教区の司教。洗礼名は「パウロ」。 1948年8月1日、長崎県長崎市西出津町で誕生。カトリック出津教会出身。福岡サン・スルピス大神学院で学ぶ。カトリック大阪教区の前田万葉大司教・枢機卿と同級生であった。 1975年3月19日に司祭叙階。1975年3月26日から大浦教会助任司祭、1978年3月13日から出津教会主任司祭、1984年3月24日から大曽教会主任司祭。1992年3月3日からカトリック長崎大司教区立長崎カトリック神学院で働き、後に院長を務めた。
豊田 憲司(とよた けんじ、1947年8月1日 - )は、広… 豊田 憲司(とよた けんじ、1947年8月1日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
豊永 隆盛(とよなが りゅうせい、1947年8月1日 - )… 豊永 隆盛(とよなが りゅうせい、1947年8月1日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。
玉浦 裕(たまうら ゆたか、1947年8月1日 - )は化学… 玉浦 裕(たまうら ゆたか、1947年8月1日 - )は化学者、工学者、東京工業大学名誉教授。
山口 一郎(やまぐち いちろう、1947年〈昭和22年〉8月… 山口 一郎(やまぐち いちろう、1947年〈昭和22年〉8月1日 - )は、日本の哲学者。東洋大学名誉教授。専門は、現象学。 宮崎県生まれ。上智大学大学院哲学研究科修士課程を経て、ミュンヘン大学哲学科に留学し、1979年哲学博士 (PhD) 取得。1996年から2013年まで東洋大学文学部教授。2016年東洋大学名誉教授。
時津 賢児(ときつ けんじ、1947年8月1日 - )は、フ… 時津 賢児(ときつ けんじ、1947年8月1日 - )は、フランス在住の日本人男性武道家・武道研究者。自成道代表、パリ大学ソルボンヌ文化人類学研究所研究員。 山口県生まれ。高校在学中から松濤館流空手を始める。一橋大空手部出身。1971年に一橋大学社会学部を卒業後、銀行への内定を得ていたが断り、パリ第4大学哲学科入学。フランスで空手を教えながら大学で学び、1972年パリ第5大学社会学部修士課程修了。1979年少林門空手設立。1982年パリ第5大学社会学部博士課程修了。 1985年から1989年までパリ第5大学体育学科講師。1989年フランス外務省主催メヂシスオーレミュール賞受賞。1993年パリ第7大学東洋文明学科博士課程修了。
足立 悦男(あだち えつお、1947年8月1日 - )は、日… 足立 悦男(あだち えつお、1947年8月1日 - )は、日本の教育学者、国語教育学者、詩人。勲等は瑞宝中綬章。学位は、博士(教育学)(広島大学・論文博士・1996年)(学位論文「詩教育の体系化に関する研究 -異化・変容・生成の詩教育」)。島根大学名誉教授。 鳥取県生まれ。1970年広島大学教育学部高等学校教員養成課程国語科卒、1973年同大学院教育学研究科教科教育学(国語教育学) 修士課程修了、広島大学附属中学校・高等学校教諭。1977年大阪教育大学講師、1980年助教授、1987年島根大学教育学部助教授、1993年教授、2000-2004年島根大学教育学部附属小学校長、2009〜2011年島根大学副学長、2012年定年退任、名誉教授。
建畠 晢(たてはた あきら、1947年8月1日 - )は、日… 建畠 晢(たてはた あきら、1947年8月1日 - )は、日本の詩人、美術評論家。京都芸術センター館長、草間彌生美術館館長、川口市立美術館館長。元多摩美術大学学長、多摩美術大学名誉教授。元京都市立芸術大学学長、京都市立芸術大学名誉教授。元国立国際美術館長。元埼玉県立近代美術館館長。専門は現代美術。 兄は彫刻家・日本大学芸術学部教授の建畠朔弥、父は彫刻家の建畠覚造、祖父は彫刻家の建畠大夢。 京都府生まれ。早稲田大学文学部仏文学科卒業。「芸術新潮」編集者、国立国際美術館主任研究官を経て、1991年、多摩美術大学美術学部芸術学科助教授、1995年、同教授、2005年より客員教授、2015年より学長。2005年、国立国際美術館長、独立行政法人国立美術館理事に就任。
あだち 勉(あだち つとむ、1947年〈昭和22年〉8月1日… あだち 勉(あだち つとむ、1947年〈昭和22年〉8月1日 - 2004年〈平成16年〉6月18日)は、日本の漫画家。群馬県伊勢崎市出身。本名は安達 勉(読み同じ)。当初のペンネームはあだちつとむ。『タッチ』の作者であるあだち充は実弟。 10代の頃より貸本漫画誌の読者コーナーに投稿を始める。才能が認められ、高校生で東京漫画出版社『新爆笑ブック』や日の丸文庫『QP』に執筆するなど、貸本漫画家としてデビューする。高校卒業後に上京、広告会社でデザイナーとして働くが、プロを目指して漫画家としての活動を再開。集英社『少年ブック』の新人漫画賞をきっかけに、大手出版各社で読み切りや短期連載を行う。 1971年、『週刊少年サンデー』に短期連載された『タマガワ君』を見た赤塚不二夫から絵の上手さを認められ、以前から担当であった武居俊樹を介してアシスタントに誘われ、フジオ・プロダクションに参加。
安田 善治郎(やすだ ぜんじろう、1946年(昭和21年)8… 安田 善治郎(やすだ ぜんじろう、1946年(昭和21年)8月1日 - )は、岐阜県羽島市出身のフィールドホッケー選手・監督である。 岐阜西工から明治大学に進学。大学4年で1968年メキシコシティーオリンピックの日本代表として出場して11位となる。 卒業後の1969年(昭和44年)に岐阜女商に赴任。インターハイ20回優勝の強豪に育て上げる。 その実績を買われ、1978年(昭和53年)から1982年(昭和57年)まで女子日本代表コーチを務める。1987年(昭和62年)からは監督に就任し、1990年(平成2年)W杯11位、アジア大会3位に成績を残し同年退任。 1996年(平成8年)県民栄誉賞を受賞。
桑原 秀範(くわばら ひでのり、1946年8月1日 - )は… 桑原 秀範(くわばら ひでのり、1946年8月1日 - )は、アマチュア野球選手、高校野球監督。元広島商業高校、堀越高校、穎明館高校野球部監督。広島県安佐郡川内村(現広島市安佐南区)出身。
井上 雪彦(いのうえ ゆきひこ、1946年8月1日 - 20… 井上 雪彦(いのうえ ゆきひこ、1946年8月1日 - 2006年8月12日)は、日本のアナウンサーで、山口放送に所属し、ラジオ局次長兼務であった。
水江 博(みずえ ひろし、1946年(昭和21年)8月1日 … 水江 博(みずえ ひろし、1946年(昭和21年)8月1日 - )は、日本の実業家。2012年より関電工社長。 関電工では46年振りに生え抜きで社長に就任した人物である。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
東田 正義(ひがしだ まさよし、1945年8月1日 - 20… 東田 正義(ひがしだ まさよし、1945年8月1日 - 2016年1月2日)は、奈良県桜井市出身の元プロ野球選手(外野手)。 御所工業では3年次の1963年に中堅手として春の選抜へ出場し、準々決勝に進むが、池永正明を擁する下関商業に敗退。同年の春季近畿大会では、決勝でエース戸田善紀を擁するPL学園高を降し優勝。夏の奈良大会でも決勝に進むが、高田高に惜敗。高校同期に捕手の元田昌義がいた。 高校卒業後は1964年に三重交通へ入社し、円子宏監督の指導を受ける。 1966年の産業対抗では日通浦和に補強され準々決勝に進出し、日本石油の平松政次から2安打を放つが先発の金田留広が6回に枝松道輝に同点本塁打を喫し、9回サヨナラ負けを喫した。
小川 亨(おがわ とおる、1945年8月1日 - )は、宮崎… 小川 亨(おがわ とおる、1945年8月1日 - )は、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)、野球解説者、野球指導者。
島村 穰(しまむら みのる、1944年(昭和19年)8月1日… 島村 穰(しまむら みのる、1944年(昭和19年)8月1日 - )は、日本の政治家。元埼玉県上尾市長(3期)、元上尾市議会議員(1期)。
吉川 日出男(よしかわ ひでお、1944年8月1日 - )は… 吉川 日出男(よしかわ ひでお、1944年8月1日 - )は、日本の法学者。専門は、民法・環境法。特に不法行為法を研究。札幌学院大学名誉教授。富山県射水郡下村(現 射水市)出身。 1967年3月専修大学法学部卒業。1974年3月専修大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。1976年10月札幌短期大学講師、1977年4月札幌商科大学商学部助教授、1982年4月同商学部教授、1984年4月札幌学院大学法学部教授、1997年3月同理事、2000年4月札幌学院大学大学院法学研究科長、2002年4月札幌学院大学法学部長。2013年3月定年退職。同名誉教授。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
島田 穣一(しまだ じょういち、1944年(昭和19年)8月… 島田 穣一(しまだ じょういち、1944年(昭和19年)8月1日 - )は、日本の政治家。元茨城県小美玉市長(4期)、元美野里町長(4期)、元美野里町議会議員(2期)。 茨城県の農家に生まれる。1964年(昭和39年)に千葉大学園芸学部農業別科を卒業し家業を継ぐ。1984年(昭和59年)、美野里町の農業委員を務める。 1985年(昭和60年)、美野里町議会議員に初当選。1991年(平成3年)、美野里町長に初当選。町長を4期務める。 2006年(平成18年)3月27日、美野里町は小川町、玉里村と合併して小美玉市が発足。これに伴って同年4月30日に行われた市長選挙で初当選した。2018年(平成30年)、3回連続無投票により4期目の当選を果たした。
石橋 克彦(いしばし かつひこ、1944年8月1日 - )は… 石橋 克彦(いしばし かつひこ、1944年8月1日 - )は、日本の地球科学者。理学博士。神戸大学名誉教授。専門は、歴史地震・地震テクトニクス。 神奈川県平塚市で生まれ育ち、東京大学理学部地球物理学科を卒業、東大大学院理学系研究科博士課程修了。東大地震研究所助手、建設省建築研究所国際地震工学部応用地震学室長を経て神戸大学都市安全研究センター教授を歴任する。 石橋家の祖先は、徳川家の御家人だった。明治維新後、徳川将軍家の16代当主だった徳川家達と共に一時、静岡県内に居を移したこともあった。家には幕臣子孫ゆかりの「葵会」の名簿があり、「名簿をまたいではいけない」と言われながら育った。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
津山 紘一(つやま こういち、1944年8月1日 - 202… 津山 紘一(つやま こういち、1944年8月1日 - 2020年12月27日)は、日本の作家。 1944年、福岡県若松市(現北九州市)生まれ。1968年、日本大学芸術学部映画学科卒業。卒業後、テレビCFプロダクションにカメラマンとして入社。 1971年、退職して渡欧。イギリスを皮切りに東ドイツ、デンマーク、ポーランドなどを転々とする放浪の旅をする。 1974年に帰国し、屋根葺き職人として生計を立てるかたわら執筆活動を開始。1976年、SF作家筒井康隆も選考委員をつとめる第2回「問題小説」新人賞を『13』で受賞、本格的なブラックユーモアの書き手として注目される。 デビュー作である『プルシャンブルーの奇妙な黄昏 津山紘一第一創作集』には帯文に筒井康隆が推薦のことばを寄せている。
鈴木 了二(すずき りょうじ、1944年8月1日(昭和19年… 鈴木 了二(すずき りょうじ、1944年8月1日(昭和19年) - )は、日本の建築家。鈴木了二建築計画事務所主宰。早稲田大学芸術学校校長。
田村 正和(たむら まさかず、1943年〈昭和18年〉8月1… 田村 正和(たむら まさかず、1943年〈昭和18年〉8月1日 - 2021年〈令和3年〉4月3日)は、日本の俳優。京都府京都市右京区太秦生まれ。東京都世田谷区育ち。成城大学経済学部卒業。最終所属は自身の個人事務所である新和事務所。 阪東妻三郎の三男で、長兄の田村高廣、弟の田村亮と共に、「田村三兄弟」と呼ばれるが、実際には次兄の田村俊磨を含め4兄弟である。異母弟に俳優の水上保広。家族は妻(一般人女性)と娘。 父・阪東妻三郎が建てた阪妻プロダクションの跡地に建つ東映京都撮影所近くの京都太秦に生まれる。その後同じ京都の嵯峨野に移住した。小学4年生(9歳)の時に父・阪東妻三郎を亡くすが、翌年小学5年生の時に世田谷・成城へ移住。
夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の… 夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の女優。旧芸名:夏 圭子。本名:長谷川 允子(旧姓・岩垂)。東京都出身。関東女子高等学校(現・関東国際高等学校)卒業。 俳優座(13期生)笹岡勝治、細川俊之、横内正、石立鉄男、佐藤友美、結城美栄子、服部まり子、佐藤オリエ、真屋順子、勝部演之、加藤剛がいる。卒業後の1964年、テレビドラマ『河のほとり』へ、本名の岩垂で出演していたら、森繁久彌から「岩垂では固いから、夏にしたら」といわれて芸名にしたという。前夫は俳優の竜雷太。息子はギタリストの長谷川陽平。
唐渡 興宣(からと おきのり、1943年8月1日 - )は、… 唐渡 興宣(からと おきのり、1943年8月1日 - )は、日本の経済学者。専門はマルクス経済学。北海道大学名誉教授 香川県高松市生まれ。香川県立高松商業高等学校を経て、1970年一橋大学経済学部卒業。種瀬茂ゼミで指導を受け、1975年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、北海道大学経済学部講師。1977年同助教授。1986年同教授。1995年経済理論学会幹事。2001年北海道大学大学院経済学研究科長・学部長。退職後、北海道大学名誉教授、国士舘大学21世紀アジア学部教授を経て、2010年国士舘大学大学院グローバルアジア研究科長。ゼミの指導学生に吉原直毅マサチューセッツ大学教授、平野研北海学園大学教授など。
夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の… 夏 桂子(なつ けいこ、1943年8月1日 - )は、日本の女優。旧芸名、夏 圭子。本名、長谷川 允子(旧姓・岩垂)。東京都出身。関東女子高等学校(現・関東国際高等学校)卒業。
宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 … 宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 - 2018年(平成30年)12月13日)は、日本の政治家。島根県浜田市長(新制)(2期)。浜田市長(旧制)(3期)。島根県議会議員(7期)。旭日中綬章受章。位階は従四位。 島根県浜田市出身。慶應義塾大学法学部卒業。1968年(昭和43年)2月、竹下登衆議院議員の秘書になる。 1971年(昭和46年)4月、島根県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後7期連続当選。その間、1991年(平成3年)5月から1993年(平成5年)6月まで県議会の議長をつとめる。 1996年(平成8年)4月、浜田市長選挙に出馬し、初当選。以後3期連続当選。 2005年(平成17年)10月1日、浜田市が那賀郡三隅町・旭町・金城町・弥栄村の3町1村と合併し、新制の浜田市が誕生する。
北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8… 北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8月1日 - )は、日本の政治家。元東京都昭島市長(5期)。東京都昭島市出身。元昭島市議会議員(5期)。 東京都昭島市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。昭島市議会議員(5期)、昭島市議会副議長などを経て、1996年昭島市長に就任。2016年任期満了に伴い退任。昭島市長を5期20年務めた。 2017年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
荻内 勝之(おぎうち かつゆき、1943年8月1日 - )は… 荻内 勝之(おぎうち かつゆき、1943年8月1日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。 神戸市外国語大学イスパニア学科卒、バルセロナ大学文学部イスパニア研究科卒、神戸市外国語大学学院修士課程修了、1970年東京経済大学専任講師、助教授を経て1989年教授。 神戸市外国語大学で、セルバンテス『ドン・キホーテ』の訳者であった高橋正武の教えを受け、晩年の長篇作品『ペルシーレス』を初訳、四番目となる『ドン・キホーテ』完訳を行った。児童文学の創作や『好色五人女』の研究も行うユニークな文学研究者である。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
石飛 仁(いしとび じん、英語: Jin Ishitobi、… 石飛 仁(いしとび じん、英語: Jin Ishitobi、1942年8月1日 - )は、日本のノンフィクション作家、社会運動家。 花岡事件など中国人強制連行、日本の戦争責任問題に取り組み、日中友好に努める。 月刊「産業と経済」編集長。東京東アジア文化交流会代表。本名:樋口 仁一(ひぐち じんいち)。 大阪府生まれ。1954年東京都新宿区富久町へ転居。富久小学校6年に転校。1957年、東戸山中学卒業(第1期生)。1961年、駒澤大学付属高校(渋谷校)、1965年駒澤大学文学部国文学科卒業。 劇団「青俳」演出部に入団。秋浜悟・木村光一演出助手(「青俳」第一回紀伊国屋演劇賞受賞、木村光一文部大臣賞受賞)。
宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日… 宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授、早稲田大学特任教授。
中村 征一(なかむら せいいち、1942年(昭和17年)8月… 中村 征一(なかむら せいいち、1942年(昭和17年)8月1日 - )は、日本の政治家。元福岡県筑後市長(2期)。 1965年(昭和40年)3月、鹿児島大学農学部卒業。同年4月、福岡県庁に入庁。2001年(平成13年)12月、筑後市の助役に就任。2007年(平成19年)4月、同市の副市長に就任。2009年(平成21年)10月、副市長を辞職。 2009年(平成21年)11月15日執行の筑後市長選挙に無所属で出馬。前筑後市議の弥吉治一郎を破り、初当選。同年12月3日、市長に就任。 2013年(平成25年)、無投票で再選。 76ある行政区を廃止し、11の小学校区コミュニティ協議会に再編する構想を打ち立てたところ、区長会と市議会のあいだで「高齢の市長の行政能力では限界がある」という共通認識が生まれた。
堀越 慈(ほりこし めぐみ、1941年8月1日 - )は、東… 堀越 慈(ほりこし めぐみ、1941年8月1日 - )は、東京都出身の元ラグビー選手で、現在は株式会社フォーサイト21代表取締役社長。 現役時代のポジションは主にロック(LO)。 東京都立三田高等学校を経て、慶應義塾大学法学部に入学。同大学ラグビー部の出身で、卒業後はライオン歯磨(現:ライオン)に入社の傍ら、エーコンクラブでラグビーを継続し、1967年のニュージーランド学生代表(NZU)来日試合がラグビー日本代表(以下、日本代表)選手としての初キャップとなった。翌1968年の日本代表ニュージーランド(以下、NZ)遠征メンバーにも選出され、同年6月3日に行われ、23-19で撃破したオールブラックスジュニア戦のフィフティーンとして名を連ねた。
江原 武一(えはら たけかず、1941年8月1日 - 202… 江原 武一(えはら たけかず、1941年8月1日 - 2021年)は、日本の教育学者、京都大学名誉教授。 群馬県生まれ。1965年東京大学教育学部教育学科教育社会学専攻卒業。1971年同大学院博士課程中退、1980年「現代高等教育の社会学的研究」で教育学博士の学位を取得。1971年東京大学教育学部助手、1974年奈良教育大学講師、1975年助教授、1984年京都大学教育学部助教授、1992年8月教授、2006年定年退職、名誉教授、立命館大学教育開発推進機構教授(2015年3月退職)。
石原 廣司(いしはら ひろし、1941年8月1日 - )は、… 石原 廣司(いしはら ひろし、1941年8月1日 - )は、日本の実業家、電気通信主任技術者。古河電気工業代表取締役社長CEO兼COO、日本電線工業会会長などを務めた。旭日重光章受章。前島密賞受賞。 1965年北海道大学工学部電子工学科卒業、日本電信電話公社入社。1994年日本電信電話取締役設備企画部長。1995年日本電信電話取締役関東支社長。1996年日本電信電話常務取締役関東支社長。1999年古河電気工業専務取締役。2003年古河電気工業代表取締役社長、日本電線工業会会長。2004年古河電気工業代表取締役社長CEO兼COO。2008年古河電気工業代表取締役会長CEO、通信電線線材協会会長。2009年古河電気工業代表取締役会長。
昭光 徳昭(あきひかり のりあき、1941年8月1日 - 没… 昭光 徳昭(あきひかり のりあき、1941年8月1日 - 没年不明)は、熊本県天草郡有明町(現・天草市)出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は五嶋 徳昭(ごとう のりあき)。身長177cm、体重112kg。最高位は西十両3枚目。得意技は左四つ、寄り。 1957年1月場所初土俵。1964年3月場所十両昇進。十両に12場所在位したが入幕はならず、1967年5月場所限りで廃業した。