河瀬 一治(かわせ かずはる、1951年(昭和26年)10月… 河瀬 一治(かわせ かずはる、1951年(昭和26年)10月12日 - )は、日本の政治家。福井県敦賀市長(5期)、全国原子力発電所所在市町村協議会会長。福井県議会議員(1期)、敦賀市議会議員(2期)を務めた。 福井県敦賀市生まれ。日本大学商学部卒業。 1983年、敦賀市議会議員選挙に立候補し初当選。1987年に再選。1991年から福井県議会議員を務める。1995年4月23日、敦賀市長選挙で、5期目を目指した現職の高木孝一を破って当選。以後5期連続で当選。敦賀市長就任後、政府からの原子力発電関係の交付金を利用して敦賀きらめき温泉リラ・ポート(温泉施設、建設にはもんじゅの交付金を活用)など、大型の公共事業を推進し市内に豪華な施設を多数建設してきたが、多額の維持費がかかり、財政的な負担が生じているとの批判もある。
鈴木 規夫(すずき のりお、1951年10月12日 - )は… 鈴木 規夫(すずき のりお、1951年10月12日 - )は、香川県坂出市出身のプロゴルファー。2015年8月1日よりカバヤ・オハヨーグループ所属。 幼少期より近所のゴルフ場を遊び場として、芝生やラフの上を走り回っていたが、高松カントリー倶楽部で戸田藤一郎のパンチショットを見てゴルフを覚える。幼い日の鈴木は心躍らせながら戸田のプレーぶりを見つめ、12番、13番、17番、18番の4ホールしか見られなかったが、毎回その姿を追いかけていた。小学1年生になった頃には戸田が心のヒーローになっていたが、当時の鈴木には「ゴルフがうまい、ただのオッチャン」という認識しかなかった。 8歳の時に父から中古の大人用クラブを与えられると、中学進学と同時にキャディのバイトを始める。
鹿賀 丈史(かが たけし、1950年〈昭和25年〉10月12… 鹿賀 丈史(かが たけし、1950年〈昭和25年〉10月12日 - )は、日本の俳優、ミュージカル俳優、声優、歌手。本名:中野 薫且(なかの しげかつ)→勝田 薫且(かつた しげかつ)。石川県金沢市出身。ホリプロ所属。身長180 cm、体重70 kg。 父は洋服の仕立て屋、母は北陸一のゴム風船屋の裕福な家庭で育ち、9歳から中学2年まで少年合唱団に所属していた。小学3年生から4年生の間は父の都合で金沢から東京の麻布十番に転居していたが、その後は再び金沢に戻る。石川県立金沢二水高等学校に入学後は合唱部でテノール、指揮者として活躍をしていた。 クラシックの声楽家を志して東京音楽大学などの浪人中に友人に勧められて一緒にオーディションを受けたのがきっかけで1972年に劇団四季へ入団。
今井 聖(いまい せい、1950年10月12日 - )は、俳… 今井 聖(いまい せい、1950年10月12日 - )は、俳人、脚本家。本名:今井邦博(くにひろ)。新潟県生まれ、鳥取県鳥取市育ち。 新潟県出身の父親と、鳥取市内の和菓子舗「亀甲や」の娘であった母親のもとに1950年、新潟県に生まれる。 その後、3歳から鳥取市立川町一丁目にて、今井が13歳の米子市に引っ越すまでの間育つ。 米子市立第四中学校、鳥取県立米子東高等学校を経て、明治学院大学経済学部・文学部卒業。のち横浜高校教諭を務めていた。 句作は14歳のときよりはじめ、1971年「寒雷」入会、加藤楸邨に師事。1981年、楸邨の推薦により寒雷集賞受賞。1985年「寒雷」同人。1995年、清山賞受賞(同人賞)。
清武 英利(きよたけ ひでとし、1950年10月12日 - … 清武 英利(きよたけ ひでとし、1950年10月12日 - )は、日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家、元プロ野球球団経営者。 読売巨人軍取締役球団代表、取締役編成本部長・ゼネラルマネージャー、オーナー代行のほか、NPB選手関係委員会委員長を歴任した。 宮崎県立宮崎南高等学校を経て立命館大学経済学部卒業後、1975年に読売新聞社に入社した。青森支局を振り出しに社会部畑を歩み、警視庁や国税庁を担当。東京本社社会部次長時代に、第一勧業銀行総会屋事件や山一證券の破綻などをスクープ。 2001年、中部本社社会部長。2002年、東京本社編集委員。2004年、東京本社編集局運動部長。 2004年8月、読売巨人軍取締役球団代表(局次長相当)・編成本部長に就任。
鈴木 邦夫(すずき くにお、1950年10月12日 - )は… 鈴木 邦夫(すずき くにお、1950年10月12日 - )は、日本の経営者。三菱製紙社長、会長を務めた。 愛知県出身。1974年に東京大学農学部農林産学科を卒業し、同年に三菱製紙に入社した。2007年6月に取締役を経て、2009年6月に社長に就任した。2019年6月に会長に就任。
リリアン(1950年〈昭和25年〉10月12日 - 2020… リリアン(1950年〈昭和25年〉10月12日 - 2020年〈令和2年〉7月18日)は、日本のタレント、歌手である。本名、下左近 信吉(しもさこん のぶよし)。大阪府河内長野市出身。 板前を目指すが断念。本職は大阪市北区の北新地のニューハーフクラブ「マダムリリアン」の経営者であったが、2006年にリリアン本人の意向で閉店した。関西では特異なキャラクターで売っている「お笑いタレント」としての知名度のほうが高い。 やしきたかじんとは親友で、その関係から一時期は関西ローカル番組を中心にラジオやテレビにも多数レギュラー出演していた。たかじんもよく、リリアンの物真似をしている。また、リリアンと一緒に飲みに行った際、たかじんがふざけて「マリアンで〜す」と名乗っていた事もあったという。
上原 康恒(うえはら やすつね、1950年10月12日 - … 上原 康恒(うえはら やすつね、1950年10月12日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。元日本スーパーフェザー級王者。元WBA世界スーパーフェザー級。元リングマガジン世界スーパーフェザー級王座。 沖縄中央高校3年時にインターハイ優勝、日本大学在学時にはライト級、ライトウェルター級の2階級を制覇し専修大学のエース風間清と数回対戦。国際大会でも1970年アジア大会ライトウェルター級銅メダルを獲得。アマチュア通算117勝(87RSC)8敗と抜群の成績を残し、協栄ボクシングジムと当時日本プロボクシング史上最高となる契約金1,000万円で契約した。実弟であるフリッパー上原も元プロボクサー。
柳家 小袁治(やなぎや こえんじ、1948年(昭和23年)1… 柳家 小袁治(やなぎや こえんじ、1948年(昭和23年)10月12日 - )は、東京都千代田区外神田(神田末広町)出身の落語家。落語協会所属。本名∶関根 誠。出囃子は『おはん』。 千代田区立芳林小学校(現在の千代田区立昌平小学校)、千代田区立練成中学校(現在の千代田区立神田一橋中学校)、東京都立三田高等学校卒業。 高校卒業後の1967年、当時二ツ目で「さん治」といった柳家小三治に弟子入り志願するも、まだ二ツ目で弟子が取れなかったため、その師匠の五代目柳家小さんに入門することを勧められて小さんに入門。前座名「マコト」を名乗る。 1972年11月に柳家さん喬、五街道雲助、金原亭駒三、三遊亭梅生、立川談十郎、三遊亭楽松と共に二ツ目昇進。
戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月… 戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月12日 - 2013年〈平成25年〉7月28日)は、日本の作家、ルポライター、映像ディレクター。factory喜望峰(株式会社 喜望峰)所属。 東京都新宿区生まれ。本名も同じ。10月に生まれたため「十月」と父親に名付けられた。 父は画家で、秩父事件研究の第一人者である戸井昌造。母は、人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子。妻はイラストレーターの中村鈴子。母の妹の夫(義理の叔父)に俳優の西村晃がいる。 父の影響で画家を志し武蔵野美術大学に入学するが、学生運動に傾倒し中退。イラストレーター、ルポライターを経て作家となる。
島田 荘司(しまだ そうじ、1948年10月12日 -)は、… 島田 荘司(しまだ そうじ、1948年10月12日 -)は、日本の小説家・推理作家。 広島県福山市に生まれる。広島県立福山誠之館高校、武蔵野美術大学商業美術デザイン科を卒業。ライター、ミュージシャンなどを経て、1981年に名探偵御手洗潔が登場する『占星術殺人事件』(投稿時の題名は『占星術のマジック』)が江戸川乱歩賞最終候補作品となり小説家としてデビューする。本作は2014年1月、イギリスの有力紙『ガーディアン』で「世界の密室ミステリーベスト10」の第2位に選ばれた。 主な作品には、この御手洗潔シリーズの他に、吉敷竹史シリーズがある。吉敷竹史シリーズはTBS系で『警視庁三係・吉敷竹史シリーズ』としてドラマ化されている。
山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月1… 山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月12日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、獨協大学経済学部特任教授。東京都出身。明治学院中学校、明治学院東村山高等学校(同校第1期生)、獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業。元NHK『ミッドナイトジャーナル』『未来派宣言』キャスター。作家・西村寿行のデータマンをしていた時期もある。 父の山根章弘は美学者で東京音楽大学教授、それ以前は東映動画に勤務し、日本初の長編カラーアニメーション『白蛇伝』の制作に原案として上原信のペンネームで参加。アマゾンにおける環境問題の取材を30年に渡って行っている。週刊ポストの連載『メタルカラーの時代』は、日本のモノづくりの最前線を取材したもので700回を超える長期連載となっている。
有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日… 有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日 - )は大阪府出身の総務官僚。総務審議官を最後に退官後、マルチメディア振興センター理事長、KDDI代表取締役副会長、全国地域情報化推進協会理事長等を歴任した。いわゆる「電波開放戦略」を進め、日本のICT(情報通信技術)の国際競争力向上を図った。
尾崎 亀重(おざき かめしげ、1947年10月12日 - )… 尾崎 亀重(おざき かめしげ、1947年10月12日 - )は、元プロ野球選手(捕手)。 息子はタレント・元大相撲力士の隆乃若勇紀。 猶興館高では、1965年春の県大会優勝、夏の県大会は準々決勝に進出するが、長崎工に敗退し西九州大会への出場を逃す。国士舘大に進学するが、東都大学野球リーグでは一部昇格はならなかった。卒業後は電電東京に入社、1971年の都市対抗野球に出場。四番を打ち、三菱重工名古屋との1回戦では本塁打を放つ。社会人屈指の大型捕手として各球団に注目された。 1971年度ドラフト会議でヤクルトアトムズから8位指名を受けプロ入り。1972年から2年連続でジュニアオールスターゲームに出場、1973年には決勝本塁打を放ちMVPを受賞する。
玉有 繁(たまあり しげる、1947年10月12日 - )は… 玉有 繁(たまあり しげる、1947年10月12日 - )は、日本の行政学者。元徳島文理大学総合政策学教授。京都大学法学部卒業。徳島県出身。 1970年、京都大学法学部卒業。同年に徳島県庁に入庁。企画調整部上席政策企画監兼政策調整課長等を歴任。 財団法人とくしま地域政策研究所常務理事を経て、2007年に徳島文理大学総合政策学部教授に就任。とくしま集落再生プロジェクト検討委員会座長、徳島県新しい公共支援事業運営委員会委員長等を歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
秋山 仁(あきやま じん、1946年10月12日 - )は、… 秋山 仁(あきやま じん、1946年10月12日 - )は、日本の数学者(専門は、グラフ理論・離散幾何学)。アコーディオン奏者。学位は理学博士(東京理科大学・1982年)。 東京理科大学栄誉教授。東海大学名誉教授。南開大学(中華人民共和国)客員教授。駿台予備校名誉校長。日本文藝家協会会員。 日本医科大学医学部助教授、東海大学大学院理学研究科教授、東海大学教育開発研究所所長、東京理科大学近代科学資料館長などを歴任した。 東京都武蔵野市出身。 髭を生やし、長髪にバンダナを巻くという学者らしからぬスタイルで、テレビ出演もしている。通称「レゲエ教授」。かつては駿台予備学校で予備校講師もしていた。数学検定の会長なども歴任。
杉本 稔(すぎもと みのる、1946年10月12日 - )は… 杉本 稔(すぎもと みのる、1946年10月12日 - )は、日本の政治学者、日本大学名誉教授。 東京都生まれ。1969年日本大学法学部卒業。76年同大学院法学研究科修士課程政治学専攻修了。日大法学部専任講師、助教授、98年教授(西洋政治史担当)。2025年、瑞宝中綬章受章。 三澤真明(日本大学法学部専任講師)
桑原 誠(くわばら まこと、1945年10月12日 - 20… 桑原 誠(くわばら まこと、1945年10月12日 - 2020年9月11日)は、日本の化学者、工学者。専門は無機材料科学(電子セラミックス)。1973年3月 東京大学大学院工学系研究科工業化学専攻博士課程修了。工学博士(東京大学)。長男は社会学者の桑原司。1982年、市村賞貢献賞(学術の部)受賞。叙正四位、瑞宝中綬章受章。 『岩波講座 現代工学の基礎 14 人工物の構造と特性 《設計系I》・無機材料 《材料系V》』岩波書店(2002年)〔共著〕。ISBN 4-00-010994-4
竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉… 竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉10月12日 - )は、日本の作家、歴史学者、土木工学者、元建設・国交官僚。学位は博士(工学)(名城大学・2004年)。研究分野は土木工学、特に河川工学。神奈川県出身。 建設省在職時より島 陶也(しま とうや)の筆名で、建設関係業界紙を中心に数々のエッセイを連載している。 現在、財団法人リバーフロント整備センター理事長、日本水フォーラム代表理事、同フォーラム事務局長を務める。 1968年3月、東北大学工学部土木工学科卒業。1970年3月、東北大学大学院工学研究科修士課程(土木工学)修了。同年4月、建設省に入省。 主に河川畑を歩み、関東地方建設局川治ダム工事事務所、北陸地方建設局阿賀川工事事務所、土木研究所計画官兼主任研究員、中部地方建設局河川部、河川局河川計画課、ダム技術研究所主任研究員、関東地方建設局宮ヶ瀬ダム工事事務所長、中国地方建設局河川部河川調査官、河川局開発課建設専門官、河川局開発課開発調整官、中部地方建設局河川部長、河川局開発課長、近畿地方建設局長を経て、1999年、建設省河川局長に就任。
大仁 邦彌(だいに くにや、1944年10月12日 - )は… 大仁 邦彌(だいに くにや、1944年10月12日 - )は、兵庫県神戸市出身 の元サッカー選手(DF)・サッカー指導者、サッカー解説者。 日本サッカー協会第13代会長、現・名誉会長。 3人兄弟の末っ子として生まれ、神戸市立本山中学校2年時にサッカーを始める。神戸高校卒業後は1年の浪人を経て、1964年に慶應義塾大学文学部に入学。 慶應大には2年留年のため6年間在籍し、関東大学リーグでは6年連続全試合出場。大学時代は4-2-4の中盤の選手としてプレーし、1969年度の全日本大学選手権大会では大仁のゴールにより立教大学との決勝戦を1-0で制し優勝を決め、日本学生選抜では主将を務めた。 卒業後は1970年に三菱重工へ入部。
佐々木 茂夫(ささき しげお、1944年(昭和19年)10月… 佐々木 茂夫(ささき しげお、1944年(昭和19年)10月12日 - )は、日本の検察官。弁護士(弁護士法人御堂筋法律事務所)。元大阪高等検察庁検事長。 1969年(昭和44年)検事任官。最高検公判部長、同総務部長、大阪地検検事正等を経て、2004年(平成16年)に札幌高検検事長。その後、2005年(平成17年)福岡高検検事長、2006年(平成18年)大阪高検検事長を歴任し、2007年(平成19年)に退官。2015年、瑞宝重光章受章。 関西を中心に異動を繰り返す「関西検察」の一員で、退官後は弁護士登録し、関西系の各種企業役員等を務め、関西電力監査役も務めていていたが、同社の幹部が森山栄治元部落解放同盟福井県連書記長から多額の金品を受け取っていた問題で、監査役が取締役会に報告していなかったことが2019年(令和元年)に発覚し、日本監査役協会会長の岡田譲治は「おかしいと思う」と対応に疑問を呈した。
野田 侃生(のだ ただお、1943年(昭和18年)10月12… 野田 侃生(のだ ただお、1943年(昭和18年)10月12日)は、日本の政治家、実業家。元大分県国東市長(1期)。 大分県出身。慶應義塾大学商学部卒業。大学時代は柔道部に所属していた。 1971年、国東物産を創業。 2007年1月21日、国東市長の照山俊一が収賄容疑で逮捕される。照山の辞職に伴い2007年に行われた国東市長選挙に出馬。前市助役の森正二を破り初当選。 2011年に行われた国東市長選挙に出馬したが、新人の三河明史に破れ落選した。
穂高 健一(ほだか けんいち、1943年10月12日 - )… 穂高 健一(ほだか けんいち、1943年10月12日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト、写真家、登山家。名字の「穂高」はペンネームであり、本名は非公開。 広島県大崎上島町出身、中央大学経済学部卒業。 日本ペンクラブ広報委員会・会報委員会、電子文藝館の各委員。 日本文藝協会、日本山岳会、日本写真協会に所属。 読売・日本テレビ文化センター、朝日カルチャーセンター、目黒学園カルチャースクールなどで、「文学賞を目指す小説講座」、「エッセイ教室」、「フォト・エッセイ」の講師を務める。 東京都葛飾区在住。かつしか区民大学では、「区民記者講座」の講師も務める。 作家・吉岡忍、伊藤桂一、小中陽太郎、出久根達郎、高橋千劔破、新津きよみ、山名美和子、ジャーナリスト・轡田隆史、大原雄、吉澤一成、井出勉、相澤与剛、文藝評論家・清原康正らと交流を持つ。
近藤 勝彦(こんどう かつひこ、1943年10月12日 - … 近藤 勝彦(こんどう かつひこ、1943年10月12日 - )は、東京都出身の日本のキリスト教神学者、学校法人東京神学大学理事長、日本基督教団銀座教会 協力牧師。 東京都出身。1966年、東京大学文学部哲学科卒業。1970年、東京神学大学大学院修士課程修了。ドイツに留学しチュービンゲン大学で神学博士を授与された。 帰国後、東京神学大学教授、同学長などを務める。2020年4月、学校法人東京神学大学理事長に就任(現職)。 他に、東京神学大学名誉教授。日本基督教団銀座教会協力牧師。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
伊佐 功(いさ いさお、1943年10月12日 - )は、日… 伊佐 功(いさ いさお、1943年10月12日 - )は、日本の技術者、実業家。日本カーリット株式会社代表取締役社長や、同社代表取締役会長、日本保安炎筒工業会会長などを務めた。電気化学協会棚橋賞受賞。 1967年北海道大学理学部化学科卒業。1972年日本カーリット入社。1990年チップ形アルミニウム固体電解コンデンサの開発により電気化学協会棚橋賞受賞。日本カーリット中央研究所主任研究員等を経て、1992年日本カーリットファインケミカル部長。1996年日本カーリット取締役機能材料部長。2000年日本カーリット常務取締役電子材料事業本部長。2004年日本カーリット専務取締役研究開発本部長兼電子材料事業本部長。
新谷 眞人(あらや まさと、1943年10月12日 - 20… 新谷 眞人(あらや まさと、1943年10月12日 - 2020年8月23日)は、日本の構造設計者。早稲田大学名誉教授。 伊東豊雄・隈研吾・原広司など、著名な建築家の構造設計を数多く担当。松井源吾賞・日本建築学会賞作品賞などの受賞歴を持つ。
中山 律子(なかやま りつこ、1942年〈昭和17年〉10月… 中山 律子(なかやま りつこ、1942年〈昭和17年〉10月12日 - )は、日本のプロボウラー。群馬県吾妻郡草津町生まれ、鹿児島県育ち。ライセンスNo.2の女子プロ1期生。通算タイトル33勝の永久シードプロで公認パーフェクト2回。社団法人日本プロボウリング協会(JPBA)会長職を4期8年務めた後、2012年3月より名誉会長。ジャパンレディースボウリングクラブ(JLBC)名誉会長。鹿児島市立鹿児島女子高等学校卒業、愛称は「和製ジャンヌ・ダルク」。弟の中山徹は、プロゴルファーでPGAシニアツアー賞金王になったこともある。 中学2年生で鹿児島県の健康優良児コンテストで第1位に選出される。中学時代からバレーボールを始めて、高校時代にはバレーの選手として東京・熊本と2年連続で国民体育大会に出場。
島田 祐子(しまだ ゆうこ、1942年10月12日 - )は… 島田 祐子(しまだ ゆうこ、1942年10月12日 - )は、日本のソプラノ歌手。旧姓は遠藤祐子(えんどう ゆうこ)。 満洲国出身。戦後新潟県に引き揚げ、小学1年生から神奈川県小田原市に転居、高校まで住んでいた。東京芸術大学大学院修了。東京藝術大学大学院修了までの間は、ウィーンのウィーン音楽大学に留学そしてアントン・デルモーターに師事する。 二期会オペラ「こうもり」アデレード役でデビューする。クラシックだけでなくポップスに新境地を開いた。2008年にテレビ朝日「徹子の部屋」に出演した際に2007年に行われた「徹子の部屋コンサート」をもって現役歌手生活から引退したことを告白した。 現在は児童合唱団『東京ネバーランド』を設立。
田野井 一雄(たのい かずお、1940年10月12日 - )… 田野井 一雄(たのい かずお、1940年10月12日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の横浜市会議員(10期)。第37代横浜市会議長。 神奈川県横浜市港南区生まれ。横浜市立桜岡小学校、関東学院六浦中学校・高等学校、明治大学文学部を卒業。 青年会議所に所属しており、1983年には横浜青年会議所理事長に就任している。政界入りを考えはじめたのは、横浜市会議員の松村千賀雄に市議選への出馬を打診されたことがきっかけだが、青年会議所の活動に専念するために一度は辞退をしている。その後1983年に、横浜市会議員選挙に港南区から立候補し、定数6のうち5番目の得票数(8642票)で初当選。1999年には横浜市会議長に就任し、2002 FIFAワールドカップの誘致に尽力した。
羽鳥 兼市(はとり けんいち、1940年10月12日 - )… 羽鳥 兼市(はとり けんいち、1940年10月12日 - )は実業家、ガリバーインターナショナルの創業者、取締役会長。
漆畑 勝久(うるしばた かつひさ、1939年10月12日 -… 漆畑 勝久(うるしばた かつひさ、1939年10月12日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 清水東高校では1957年春季中部大会決勝に進み、掛川西高を降し優勝を飾る。同年の夏の甲子園に四番打者、遊撃手として出場。2回戦(初戦)で、この大会に準優勝する法政二高の延藤謙吉(三重交通)、青木武文(駒大)の継投の前に完封を喫する。1年後輩のチームメートに捕手の鈴木悳夫がいた。 1958年に明治大学へ進学。東京六大学野球リーグでは後藤晃吾、八木孝両投手を擁し、1961年春季リーグで優勝。同年の全日本大学野球選手権大会に出場するが、準決勝でエース宮田征典を擁する日大に敗れた。
草間 三郎(くさま さぶろう、1939年10月12日 - )… 草間 三郎(くさま さぶろう、1939年10月12日 - )は、セイコーエプソンの元代表取締役社長、会長。愛知県半田市生まれ。 愛知県立半田高等学校を経て、1963年に静岡大学工学部電子工学科卒業後、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)入社。 半導体事業本部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長を経て、2001年に代表取締役社長、2005年に代表取締役会長就任。2016年11月、旭日中綬章を受章。
稲垣 忠美(いながき ただみ、1939年10月12日 - )… 稲垣 忠美(いながき ただみ、1939年10月12日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手。 岡崎工業高校から1958年に大毎オリオンズへ入団。1962年に引退。
横島 章(よこしま あきら、1939年10月12日 - 20… 横島 章(よこしま あきら、1939年10月12日 - 2017年12月16日) は、日本の教育心理学者。宇都宮大学名誉教授。 栃木県生まれ。1963年東京教育大学心理学科卒業、71年同大学院博士課程満期退学。宇都宮大学教育学部講師、助教授、教授を経て、2002年定年退官、名誉教授。人権教育、とくに同和教育の問題に取り組み、総務庁地域改善対策協議会委員、栃木県同和対策審議会会長を歴任した。 2017年12月、肺がんのため78歳で死去。
尾畠 春夫(おばた はるお、1939年〈昭和14年〉10月1… 尾畠 春夫(おばた はるお、1939年〈昭和14年〉10月12日 - )は、日本のボランティア活動家、元鮮魚商。大分県速見郡日出町在住。身長161cm、体重57kg。 1993年、登山道整備のボランティア活動を始めるが、経営していた鮮魚店の閉店後に活動を本格化させる。多くのボランティア活動の実績により数々の表彰を受け、後に緑綬褒章が授与された。2018年の行方不明児発見の手柄により、「スーパーボランティア」として一躍時の人となった。 大分県東国東郡安岐町(現:国東市安岐町)に生まれ、幼少時に現在の杵築市に引っ越し育つ。父は下駄職人であったが、履き物がゴム製品に変わる頃で、商売は順調ではなかった。
森 一弘(もり かずひろ、1938年10月12日 - 202… 森 一弘(もり かずひろ、1938年10月12日 - 2023年9月2日)は、カトリック教会の司教。洗礼名は「パウロ」。 1938年10月12日、神奈川県横浜市で生まれる。「当時の平均的日本の家庭のように、神棚と仏壇が共存してい」る、両親共クリスチャンではない家庭であった。栄光学園高校在学中、カトリックの洗礼を受ける。受洗時には既に司祭への道を歩む覚悟を決めていた。1959年、男子カルメル修道会に入会。修道名は「神の母のパウロ」。1960年、上智大学文学部哲学科を卒業。1962年、ローマ・カルメル会国際神学院に留学。1967年3月、ローマで司祭に叙階された。1968年、同学院を修了、帰国。帰国後は東京都世田谷区の、現在の町名で上野毛にある男子カルメル会修道院で生活し、カトリック上野毛教会の司牧を務めた。
門野 晴子(かどの はるこ、1937年10月12日 - )は… 門野 晴子(かどの はるこ、1937年10月12日 - )は、日本の教育評論家、ノンフィクション作家。 旧姓:太田。東京・浅草出身。東京都立竹台高等学校卒業。商社勤め、専業主婦を経て、様々な市民運動に参加。奈良県に転居後は話し方教室の講師を務め、フェミニストセラピィ「いかるが」を開設。 1982年に『わが家の思春記』を執筆。 軽薄で刺激的な物言いが特徴的。 1989年には「ちきゅうクラブ」から参議院比例区に立候補するも、落選となった。
高橋 信司(たかはし しんじ、1937年10月12日 - )… 高橋 信司(たかはし しんじ、1937年10月12日 - )は、日本の射撃競技(ピストル種目)選手。警察官。1964年東京オリンピックに出場。 新潟県立六日町高等学校卒業。 1964年東京オリンピックに、男子フリー・ピストル種目(以下、国際大会での出場種目は同じ)で出場。 1966年、神奈川スポーツ賞受賞。 1971年アジア射撃選手権(ソウル)に出場、4位入賞。 1975年アジア射撃選手権(クアラルンプール)に出場、銀メダル獲得。
広瀬 寿子(ひろせ ひさこ、1937年10月12日 - )は… 広瀬 寿子(ひろせ ひさこ、1937年10月12日 - )は、日本の児童文学作家。 神奈川県鎌倉市に生まれ、5歳より京都府南丹市に育つ。京都府立園部高等学校卒。中学生の頃から俳句を、ついで短歌を学び、京都大学に職員として勤務するかたわら、1960年頃から『塔』同人となり、歌人の高安国世に師事。その後は1970年よりの3年間、夫の転勤によりアメリカで生活。1978年、滞米経験をもとにして書いた『小さなジュンのすてきな友だち』で第8回児童文芸新人賞を受賞しデビュー。現在は千葉県に在住。 2003年、『まぼろしの忍者』で第27回日本児童文芸家協会賞。同年『そして、カエルはとぶ!』で第33回赤い鳥文学賞。
小林 敏宏(こばやし としひろ、1937年10月12日 - … 小林 敏宏(こばやし としひろ、1937年10月12日 - 2020年6月23日)は、日本の経営者。パロマ社長を務めた。 愛知県名古屋市出身。1961年に早稲田大学第一理工学部を卒業し、同年にコロンビア大学大学院修士を修了。1961年にパロマに入社し、1972年に常務を経て、1981年に社長に就任。2005年9月に会長に就任。 2020年6月23日に腎不全のために死去。82歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
北 良治(きた りょうじ、1936年10月12日 - 202… 北 良治(きた りょうじ、1936年10月12日 - 2021年10月27日)は、日本の政治家。北海道奈井江町長(8期)。 父は奈井江村長や衆議院議員を務めた北勝太郎。兄に衆議院議員を務めた北二郎や北海道開発庁長官・開発庁長官を務めた北修二がいる。 北海道空知郡奈井江村出身。1954年野幌機農高等学校卒業。農機具メーカー勤務を経て、1967年に奈井江町議に初当選し、以後連続5期務めた。1979年に奈井江町議会副議長、1983年に奈井江町議会議長を務めた後、1986年奈井江町長選に立候補し初当選。8期32年務めた。この他、空知町村会監事や空知町村会会長、北海道町村会理事、全国町村会理事なども務めた。
成宮 雄三(なるみや ゆうぞう、1936年10月12日 - … 成宮 雄三(なるみや ゆうぞう、1936年10月12日 - )は、日本の実業家。ナルミヤ・インターナショナル創業者・社長。広島県広島市出身。 家業は明治期の1899年、広島市の元柳町(現在の広島平和記念公園)に創業した呉服問屋の老舗。その後広島市中心部鉄砲町に移転。戦時中は軍服製造などを手がけ戦後の1952年、成宮織物株式会社、1979年ナルミヤと改称して婦人服・洋品部門を拡張させた。成宮は三兄弟の末っ子として生まれ、広島大学附属高校を経て1959年慶應義塾大学法学部を卒業。大学卒業後、髙島屋に入社。ニューヨーク店などに勤務。父の病気で1975年退職し、二番目の兄が東京青山でやっていた洋服卸部門を引き継ぐ。
折橋 徹彦(おりはし てつひこ、1936年10月12日 - … 折橋 徹彦(おりはし てつひこ、1936年10月12日 - )は、日本の社会心理学者、関東学院大学名誉教授。 東京出身。1961年成蹊大学政治経済学部卒、1962年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1968年同博士課程中退。指導教官は南博。ケント大学大学院にフルブライト留学生として学ぶ。関東学院大学文学部助教授、教授。2007年定年、名誉教授、武蔵野学院大学教授。
伊東 守男(いとう もりお、1936年10月12日 - 19… 伊東 守男(いとう もりお、1936年10月12日 - 1994年)は、日本のフランス文学翻訳家。本名・遠山方雄。 東京都出身。1958年(昭和33年)東京外国語大学ロシア語科卒業、NHKで国際報道番組を制作。ジョルジュ・バタイユ、ボリス・ヴィアンなどを訳した。 祖父は陸軍少将の遠山規方(秋田藩士)。 ※全集4は岡村孝一訳、全集6は滝田文彦訳、全集7, 11, 12, 13は長島良三訳 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
鈴木 漠(すずき ばく、本名:鈴木 鉄治郎、1936年(昭和… 鈴木 漠(すずき ばく、本名:鈴木 鉄治郎、1936年(昭和11年)10月12日 - )は、日本の詩人。徳島県徳島市出身。 徳島県徳島市に生まれ、戦時疎開により剣山の麓、かずら橋と落人伝説で知られる祖谷郷に幼少年時を過ごす。1957年(昭和32年)に神戸市に移り海運会社に奉職した。1959年(昭和34年)に岡田兆功、平岡史郎、藤村壮と共に詩誌「海」を創刊。 1980年(昭和55年)に詩集『投影風雅』で第14回日本詩人クラブ賞を受賞し、1989年(平成元年)に連句集『海市帖』で第2回連句協会推薦図書表彰、1994年(平成6年)に第18回井植文化賞受賞、2002年(平成14年)に第28回徳島県文化賞を受賞。
野本 真也(のもと しんや、1935年(昭和10年)10月1… 野本 真也(のもと しんや、1935年(昭和10年)10月12日 - 2021年(令和3年)10月10日)は、日本の神学者、聖書学者。専門は旧約聖書。Dr.theol.(ハンブルク大学、1966年)。同志社大学名誉教授。岡山県高梁市出身。キリスト教徒。
春風亭 一柳(しゅんぷうてい いちりゅう、1935年〈昭和1… 春風亭 一柳(しゅんぷうてい いちりゅう、1935年〈昭和10年〉10月12日 - 1981年〈昭和56年〉7月9日)は、東京都出身の落語家。生前は落語協会所属。 六代目三遊亭圓生に入門して三遊亭 好生と名乗った。師の圓生を神のように崇拝し、「圓生の影法師」と揶揄されるほど芸風も似ていたが、圓生に疎まれて冷遇された。落語協会分裂騒動の際に圓生一門を離れて八代目林家正蔵(後の林家彦六)の弟子となり、春風亭一柳へと改名した。圓生の没後に暴露本を出版して物議を醸し、精神を病んで自殺した。 東京都立西高校への入学に前後して同居していた母と祖母を相次いで亡くし、本人も病弱のため高校を長期休学することとなった。
高美 アリサ(たかみ ありさ、1935年10月12日 - )… 高美 アリサ(たかみ ありさ、1935年10月12日 - )は、日本の歌手、女優である。 静岡県出身。1951年4月に藤枝南女子高等学校(現藤枝順心中学校・高等学校) 普通科に入学し、2年後の1953年4月には松竹歌劇団に入学した。1956年に松竹歌劇団を卒業し、同年歌手デビューを果した。 歌い手の登竜門である日劇ミュージックホールを皮切りに、テレビやステージに多数出演した。なお、芸名の「高美アリサ」の名付け親は、フランス文学者の内村直也である。 歌手としては、1957年にポリドール・レコード(日本グラモフォン株式会社)に入社し、映画「太陽はひとりぼっち」主題歌「太陽はひとりぼっち」、映画「刑事」主題歌「死ぬほど愛して」、「夕焼けのトランペット」、「月光のノクターン」、「別れ」、「アモーレ・ミオ」などをレコーディングした。
小坂 佳隆(こさか よしたか、1935年10月12日 - 1… 小坂 佳隆(こさか よしたか、1935年10月12日 - 1987年3月1日)は、神奈川県出身で、広島カープに在籍したプロ野球選手(二塁手)。愛称は「ピョンちゃん」。
田嶋 英雄(たじま ひでお、1935年10月12日- )は… 田嶋 英雄(たじま ひでお、1935年10月12日- )は、日本の経営者。ミノルタ(現在のコニカミノルタ)社長、会長を務めた。創業者田嶋一雄の長男。 兵庫県出身。1958年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。田嶋商店での勤務を経て、1961年に千代田光学精工(のちのミノルタ)に転じ、1974年5月に取締役に就任し、1978年6月に常務、1980年6月に専務、1981年6月に副社長を経て、1982年6月に社長に就任。1993年4月に会長を経て、1999年6月に名誉顧問に就任。 1992年4月に藍綬褒章を受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。