滝沢 聖峰(たきざわ せいほう、1963年 - )は、北海道… 滝沢 聖峰(たきざわ せいほう、1963年 - )は、北海道札幌市出身の漫画家。北海道札幌南高等学校、東京造形大学卒業。 当初は少女漫画家志望だったが(本人談)、モデルグラフィックスへの持ち込みでデビュー。 アニメ監督・漫画家の今敏とは小学生時代の同級生でもあり、友人であった。SF・オカルトのファンで、草野球が趣味であるという。 戦記漫画を主に手がけ、第二次世界大戦時の日本軍の航空戦記が特に多い。歴史漫画や怪奇漫画の著作もある。徹底的に考証にこだわっており、細密な線による端正な画風で、リアルなメカ描写と骨太な人間の描写双方を得意としている。 デビュー当初の画風は大友克洋の強い影響を受けたものであった(大友作画の『気分はもう戦争』を見て以来、それまでの漫画観が全て覆されたという)。
あさり よしとお(本名:浅利 義遠、1962年11月20日 … あさり よしとお(本名:浅利 義遠、1962年11月20日 - )は、日本の漫画家。北海道空知郡上砂川町出身。代表作に『宇宙家族カールビンソン』『ワッハマン』『まんがサイエンス』など。 柔らかく太い温かみのある描線で、毒のある笑いとSFを基本とした世界を描く。美少女や、シンプルだが味わい深いメカを描くことを得意とする。おたくブーム時期にデビューし、人気を集めた。その後作風の幅を広げていく。現在は青い鳥文庫fシリーズの挿し絵も手掛けている。 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の制作には、第三使徒サキエル等のデザインで参加しており、漫画以外の分野でも高いデザインセンスを発揮している。 北海道空知郡上砂川町生まれ。
はた 万次郎(はた まんじろう、1962年7月16日 - )… はた 万次郎(はた まんじろう、1962年7月16日 - )は、日本の漫画家。北海道釧路市出身、北海道上川郡下川町在住。 1981年に上京。日本電信電話公社(電電公社・現在のNTT)電報課に勤めながらプロの漫画家を目指し、1985年に漫画家生活をスタート。1992年に北海道上川郡下川町に移住、愛犬のウッシー(2009年没)との田舎暮らしの日々を綴った漫画『ウッシーとの日々』を『ビジネスジャンプ』(集英社)に連載。もともとルポ漫画やエッセイ漫画が多かったが、下川町移住後は文章によるエッセイも執筆。 一貫してエッセイ漫画がメインである。しかし東京時代と北海道時代ではコマ割りや絵に大きな変化がある。与えられるページが少ないこともあり、東京時代の「おもしろ図鑑」までの作品はコマ割りが非常に細かく、1ページあたり20コマ前後の細かいコマ割りであった。
佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は… 佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、札幌市在住。女性。血液型はAB型。 北海道旭川東高等学校、北海道教育大学教育学部旭川校卒業。1980年『花とゆめ夏の増刊号』(白泉社)掲載の「エプロン・コンプレックス」でデビューした。当初のペンネームは「佐々木規子」で、『ペパミント・スパイ』(花とゆめ1982年9月増刊号掲載)から現在の本名の表記に変更された。 主に白泉社の『花とゆめ』系列誌を中心に活動していたが、『動物のお医者さん』を最後に白泉社から小学館に活動の場を移し、『おたんこナース』以降は小学館の青年誌をメインに活動している。 (括弧内は雑誌掲載年)
本庄 敬(ほんじょう けい、1961年9月18日 - )は、… 本庄 敬(ほんじょう けい、1961年9月18日 - )は、日本の漫画家。北海道寿都郡寿都町出身。 北海道寿都郡寿都町で漁業を営む家に生まれる。寿都高等学校を卒業後、東京の専門学校である千代田工科芸術専門学校に進学。石川サブロウのアシスタントを経て、1986年、『北へ ―君への道―』が手塚賞に準入選し、「週刊少年ジャンプ増刊号」(集英社)でデビュー。 2025年には『羆撃ちのサムライ』により、第54回日本漫画家協会賞まんが王国・土佐賞を作者の井原忠政と共に受賞する。
有里 紅良(ありさと あから、本名:伊藤 勇喜子(いとう ゆ… 有里 紅良(ありさと あから、本名:伊藤 勇喜子(いとう ゆきこ)、1961年(昭和36年)8月31日 - 2015年(平成27年)7月2日)は、日本の漫画原作者、小説家、演劇脚本家、同人作家、映像編集技師。北海道根室市出身。 同人サークルから発展して結成された創作集団および劇団である「有限会社La・Moon」の初代代表取締役。同団体発行作品の主幹編集者。同じく「ら・むうん」に所属する漫画家兼イラストレーターの夢来鳥ねむとのコンビで知られる。ら・むうんメンバーおよびファンからの愛称はママ。夢来鳥が漫画家デビューに伴う上京に際し有里を、東京における第二の母として慕い呼び習わした事に由来する。 1961年、北海道根室市に生まれる。
飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つ… 飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つとむ)、1961年4月30日 - 2010年11月26日)は日本のアニメーション監督、演出家、プロデューサー、脚本家、漫画家。北海道浦河町出身。北海道浦河高等学校卒。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。旧名は飯田 つとむ。
島本 和彦(しまもと かずひこ、1961年〈昭和36年〉4月… 島本 和彦(しまもと かずひこ、1961年〈昭和36年〉4月26日 - )は、日本の漫画家・実業家。本名:手塚 秀彦(てづか ひでひこ)。北海道中川郡池田町出身、北海道札幌市在住。漫画プロダクション「ビッグバンプロジェクト」代表、株式会社アイビックおよび株式会社アカシヤ代表取締役社長。主な作品に『炎の転校生』、『逆境ナイン』、『燃えよペン』、『吼えろペン』、『アオイホノオ』がある。 池田町の木材業を営む家庭に生まれ、幼少期を豊頃町で過ごした後、小学校1年生のときに札幌へ。小学校のころから鉛筆でギャグ漫画を描き始める。札幌清田高校時代は陸上部と演劇部に所属する一方生徒会長も務め、アニメや特撮のパロディ漫画も執筆していた。
村崎 百郎(むらさき ひゃくろう、本名:黒田 一郎、1961… 村崎 百郎(むらさき ひゃくろう、本名:黒田 一郎、1961年 - 2010年7月23日)は、日本の鬼畜系・電波系ライター、編集者、翻訳家、漫画原作者。妻は漫画家の森園みるく。 生まれつき「電波」を受信する特異体質であると自称し、狂気に満ちた特異なキャラクターと豊富な知識で書かれる秀逸かつ猟奇的な文章で「鬼畜系」の地位を築き「電波系」という言葉を定着させた。 村崎百郎は『月刊漫画ガロ』(青林堂)1993年10月号の特集「夜、因果者の夜」で特殊漫画家の根本敬によるゴミ漁りのインタビューで「村崎百郎」としてメディアに初登場。その後、世紀末の鬼畜ブーム・悪趣味ブームにおいて「すかしきった日本の文化を下品のどん底に叩き堕とす」ことを目的に1995年より「鬼畜系」を名乗り、この世の腐敗に加速をかけるべく「卑怯&卑劣」をモットーに日本一ゲスで下品なライター活動を始めると宣言。
くさの あきひろ(1960年12月29日 - )は、日本の漫… くさの あきひろ(1960年12月29日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。北海道出身。血液型はAB型。デビュー時は「草野アキヒロ」名義だった。
樫田 正剛(かしだ しょうご、1960年8月15日 - )は… 樫田 正剛(かしだ しょうご、1960年8月15日 - )は、日本の演出家、脚本家、漫画原作者。作詞家。LDH JAPAN所属。北海道苫小牧市出身。 大学時代からバラエティ番組の構成作家を担当。その後、雑誌ライター、ラジオ、テレビの番組放送作家を経て脚本家となる。テレビドラマ脚本家としてのデビュー作は、1991年の世にも奇妙な物語『パパは犯罪者』。1993年10月に旗揚げした「劇団方南ぐみ」と「編集プロダクション 方南ぐみ」を主宰している。漫画原作者としてのデビュー作は、1994年の『始末屋事件簿』(集英社)。フリージャーナリストの樫田秀樹は兄。
前川 たけし(まえかわ たけし、1960年7月29日 - )… 前川 たけし(まえかわ たけし、1960年7月29日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。大東文化大学漫画研究会OB。 1960年、北海道旭川市で生まれる。 当時は、週刊少年マガジン・週刊少年サンデー・週刊少年ジャンプなどが創刊されたり、1963年には初のテレビアニメ「鉄腕アトム」が放送開始されるなど、物心つく頃には漫画やアニメが身近に溢れていた初期の世代だった。その影響で、小さい頃から絵を描くのが好きで、うまく描けるようになりたくて没頭していたという。 小学校には、人気キャラを巧みに描く同級生がいて刺激を受けていた。模写よりも動きのある絵を描くことが好きで、アニメを見ていても「気持ちのいい動き」に敏感で、「躍動感」に心惹かれていたという。
遠藤 淑子(えんどう としこ、1960年6月27日 - )は… 遠藤 淑子(えんどう としこ、1960年6月27日 - )は、日本の漫画家、同人作家。北海道根室市出身。読者へのサービス精神あふれるウィットに富んだ作風で、根強い人気を持つ。過去作も、文庫本として次々に復刊されている。 同人誌活動を長く行っていたが、1985年、白泉社『別冊花とゆめ』秋号掲載の「慶長スラップスティック」でデビュー。 以来、『花とゆめ』、『別冊花とゆめ』を中心に活躍し、『メロディ』、『Silky』と、読者年齢に合わせ掲載誌を移りながらも、デビューから15年以上に渡り白泉社で着実に作品発表を続けた。また『ヤングアニマル嵐』では愛犬のボーダーコリー、ナナを題材したエッセイ漫画を連載した。
川原 由美子(かわはら ゆみこ、1960年4月20日 - )… 川原 由美子(かわはら ゆみこ、1960年4月20日 - )は、日本の漫画家。北海道北斗市生まれ、東京都育ち。血液型はO型。 小学生の頃から漫画を書き始め、中学生の頃から投稿を始める。中学の頃から登校拒否をするなど学校が嫌いで、高校に進学するも1か月で辞めてしまった。原稿を持って『週刊少女コミック』(小学館)編集部へ見学に行ってアシスタントになりたいと訴えたところ河野やす子を紹介してもらい、8月から約1年半、アシスタントを務めた。アシスタント中も『週刊少女コミック』や『花とゆめ』などに持ち込みを続けた。 デビュー以前はSFっぽい作品を描いていたが、河野やす子の担当者に見せたところ、「マニアックな方面へ行きたいんだったらいらない」と言われ、路線変更。
山本 直樹(やまもと なおき、1960年〈昭和35年〉2月1… 山本 直樹(やまもと なおき、1960年〈昭和35年〉2月1日 - )は、日本の漫画家。成人向け漫画を執筆する森山 塔(もりやま とう)、塔山 森(とうやま もり)の名義がある。 北海道松前郡福島町出身。北海道函館中部高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。劇画村塾3期生。水瓶座、血液型はAB型。主に青年漫画を執筆。自身のバンド「ブレメン」(旧スロラナSPブレメン)ではボーカルとギターを担当。都内ライブハウスを中心に活動。 1960年2月1日、北海道松前郡福島町に生まれる。両親、さらには父方・母方の両祖父が学校の先生という教育者の家庭で育った。小学生のころ、自身にとっての「エロのルーツのルーツ」ともいえる『ハレンチ学園』を愛読。
青沼 貴子(あおぬま たかこ、1960年(昭和35年)1月1… 青沼 貴子(あおぬま たかこ、1960年(昭和35年)1月1日 - )は、日本の漫画家。北海道函館市出身。函館東高等学校卒業。本名は鈴木 貴子(旧姓:青沼)。東京都板橋区在住。
帯 ひろ志(おび ひろし、1959年9月16日 - 2014… 帯 ひろ志(おび ひろし、1959年9月16日 - 2014年8月3日)は、日本の漫画家、イラストレーター。本能 猛(ほんのう たける)名義で成人向け漫画を描いたこともある。 同名の司会者(1957年4月28日生まれ、本名:松葉邦雄)とは、別人。 北海道帯広市生まれ、神奈川県育ち。1978年から日本デザイナー学院マンガ科に通い、卒業。社団法人日本漫画家協会会員。既婚。佐藤元とは友人関係。 1979年からアニメーション美術会社でアニメーション背景の仕事に携わった後、1980年埼玉県新座市に引っ越し独立。1982年、集英社の『月刊少年ジャンプ』増刊にて『星の王子さま』でデビューする。 集英社、秋田書店では少年誌、小学館、講談社では主に児童誌で漫画を描いていた。
山下 和美(やました かずみ、1959年8月15日 - )は… 山下 和美(やました かずみ、1959年8月15日 - )は、日本の漫画家。北海道小樽市出身。女性。神奈川県立希望ヶ丘高等学校卒業。横浜国立大学教育学部中退。 1980年、『週刊マーガレット』(集英社)でデビュー。当初は少女漫画誌で活動していたが、その後は青年漫画誌である『モーニング』(講談社)に活動の場を移して人気を博す。代表作に、大学教授の父親・古瀬大六を主人公のモデルとした『天才柳沢教授の生活』、マーク・トウェインの同名の小説から着想を得た『不思議な少年』など。2003年、『天才柳沢教授の生活』で第27回(平成15年度)講談社漫画賞一般部門を受賞。 2011年時点、『モーニング』と『モーニング・ツー』以外では、『YOU』(集英社)で『寿町美女御殿』を経て、『数寄です!』を掲載している。
諏訪 緑(すわ みどり、1959年5月14日 - )は、日本… 諏訪 緑(すわ みどり、1959年5月14日 - )は、日本の女性漫画家。北海道釧路市出身。 1984年、『プチフラワー』(現月刊flowers、小学館刊)に掲載の「バラモンの塔」でデビュー。以後、独自の視点で描く良質な歴史漫画を数多く上梓する。代表作/「玄奘西域記」「うつほ草紙」「諸葛孔明 時の地平線」「蠶叢(さんそう)の仮面」「西王母」「三蔵法師の大唐見聞録」「西の国の物語」「砂漠の花の物語」「パピルスは神」「諏訪緑ファンタジー短編集1,2」「あっちゃんとリカの日誌全5巻」(デジタル)。また角川書店の学習漫画シリーズ「日本の歴史 近現代史」や「クレオパトラ」「坂本龍馬」等にシナリオ・ネームで参加。
曽根 富美子(曾根 富美子、そね ふみこ、本名も同じ、195… 曽根 富美子(曾根 富美子、そね ふみこ、本名も同じ、1958年〈昭和33年〉3月16日 - )は、日本の漫画家・油絵作家でもある。北海道室蘭市出身。北海道室蘭商業高等学校卒業。 1975年、高校3年生のときに「りぼん」の第8回新人漫画賞で佳作第二席に選ばれ(同期の第一席は小椋冬美)、年末の正月増刊号にて『千聖子』でデビュー(北原智名義)。20歳のとき「リリカ」で再デビュー。「ぶ~け」「ひとみ」でも執筆を行う。 1992年、『親なるもの 断崖』(秋田書店の『ボニータイブ』に1988年から1989年まで連載)で第21回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。油絵作家としても活動しており、そのペンネームは北乃 咲喜(きたの さき)である。
篠 有紀子(しの ゆきこ、1958年3月5日 - )は、日本… 篠 有紀子(しの ゆきこ、1958年3月5日 - )は、日本の漫画家。北海道苫小牧市出身(出生地は札幌市)。北海道苫小牧西高等学校卒業。血液型はAB型。 1978年、白泉社の第3回アテナ大賞で『冬の日の1ページ』が2席に入選。同年、『アーちゃんの想い人』がトップ賞を受賞し、『LaLa』7月号に掲載されデビューした。当初は『LaLa』中心に作品を発表していたが、1986年頃から女性誌に活動の場を移している。 代表作に『神様の贈り物』、『人生はハピネス』、『花きゃべつひよこまめ』、『高天原に神留坐す』など。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
ゆうき まさみ(本名:佐藤 修治、本名読み:さとう しゅうじ… ゆうき まさみ(本名:佐藤 修治、本名読み:さとう しゅうじ、1957年12月19日 - )は、日本の男性漫画家。北海道虻田郡倶知安町出身(札幌市生まれ)。北海道倶知安高等学校卒業。 1980年(昭和55年)『月刊OUT』(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」でデビュー。当初はプロの漫画家になるつもりはなく、サラリーマン稼業の傍らでみのり書房やラポートの雑誌で活動する。退職後に「きまぐれサイキック」で『週刊少年サンデー』(小学館)での活動を開始し、以降主に同誌において活躍した。 代表作に『究極超人あ〜る』・『機動警察パトレイバー』・『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』など。 1957年(昭和32年)に北海道札幌市で生まれる。
魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月… 魚戸 おさむ(うおと おさむ、本名:魚戸 修、1957年5月9日 - )は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 上京後、星野之宣・村上もとかのアシスタントを経て、1985年の『わんぱっくコミック』(徳間書店)に『忍者じゃじゃ丸くん』を執筆、商業誌デビューを果たす。漫画雑誌での初連載作品は1987年に『月刊コロコロコミック』(小学館)にて開始された『熱拳カンフークラブ』。代表作にテレビドラマ化された『家栽の人』(原作:毛利甚八)、『イリヤッド-入矢堂見聞録-』(原作:東周斎雅楽)などがある。 生活クラブの組合員であり、クラブが提携する特産品を紹介するコーナーのイラストをクラブの情報誌で担当している。
板垣 恵介(いたがき けいすけ、1957年4月4日 - )は… 板垣 恵介(いたがき けいすけ、1957年4月4日 - )は、日本の漫画家、元陸上自衛隊第一空挺団所属。北海道釧路市出身。本名は板垣 博之(いたがき ひろゆき)。刃牙や餓狼伝に代表される格闘技を題材とした作品を書いている。既婚者で三女の父親であり、三女は、同じく漫画家の板垣巴留。 少年時代から格闘家に対する憧れが強く、阿寒高校時代には少林寺拳法に励み、二段位を取得した。高校卒業後、一旦は地元企業に就職するも、間もなく退職した。 20歳のときに陸上自衛隊に入隊し、陸自屈指の精鋭部隊である第1空挺団に約5年間所属した。その間、アマチュアボクシングで国民体育大会に出場したこともある。 この時に小銃など総重量30kgの荷物を背負いながら、真夏の富士山麓を100キロ歩き続ける訓練を完遂し、「この訓練が人生で一番きつかった。
岩館 真理子(いわだて まりこ、1957年2月8日 - )は… 岩館 真理子(いわだて まりこ、1957年2月8日 - )は、日本の漫画家。北海道札幌市出身。 1973年(昭和48年)、『週刊マーガレット』(集英社)秋の増刊号に掲載された「落第します」でデビュー。以後、同誌を中心に執筆。70年代は陸奥A子・田渕由美子などに代表される、いわゆる乙女チックラブコメ風の作品を発表していたが、80年代に入ってからシリアスものに路線を変更している。90年代からは主にヤングユーなどの女性誌で執筆している。 作風は、大人の女性の等身大の恋愛を描いたものから、少女を主人公にした幻想的なものまで幅広く、繊細な感受性から生み出される独特の作品世界は、淡麗な絵柄とも相まって、多くの読者の支持を集めている。
堀田 あきお(ほった あきお、本名:堀田 明夫〈読み同じ〉、… 堀田 あきお(ほった あきお、本名:堀田 明夫〈読み同じ〉、1956年 - )は、日本の男性漫画家。北海道夕張市生まれ。4歳から東京・世田谷で育つ。 妻は漫画原作者の堀田かよで、1999年ごろ以降、ほとんどの堀田あきおの漫画作品で原作を担当。群馬県伊勢崎市出身。 1978年、手塚プロダクションに入社し、手塚治虫に師事。 同期・同僚に石坂啓、高見まこ、わたべ淳、きよみず・あや、上野義幸がいる。アシスタントとしての先輩に鈴木和夫、伴俊男、広井てつおなどがいる。 『ブラック・ジャック』の担当編集者だった秋田書店の伊藤嘉彦(元幻冬舎コミックス社長)の紹介で、伊藤の上司である青木和夫が担当に付き、『少年チャンピオン増刊』の読切漫画『天使の翼』でデビューする。
今野 敏(こんの びん、1955年9月27日 - )は、日本… 今野 敏(こんの びん、1955年9月27日 - )は、日本の小説家、元漫画原作者、武道家。本名は敏(さとし)。血液型はO型。 北海道三笠市に生まれ、高校の教師をしていた父親の転勤に伴い、岩見沢市、江差町で育つ。函館ラ・サール高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。中学は剣道部、高校・大学は茶道部(裏千家)、高校では他に演劇部、大学では空手同好会(糸東流で伊藤四郎師範に師事)に所属。函館ラ・サール高校では1年次のみ大部屋寮生活を経験しており、「流行作家は伊達じゃない」及び「寮生 一九七一年、函館。」にて在寮当時の様子が描かれている。 上智大学在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説新人賞を受賞しデビュー。
のむら しんぼ(1955年(昭和30年)9月24日 - 、本… のむら しんぼ(1955年(昭和30年)9月24日 - 、本名:野村 伸(のむら しん))は、日本の漫画家。 北海道茅部郡南茅部町(現・函館市)出身。函館ラ・サール高等学校卒業。立教大学文学部仏文科中退。血液型はAB型。 立教大学時代に初めて触れた青年漫画に衝撃を受けて漫画家を目指し、大学2年の時に漫画研究会に入る。大学3年生の時に似顔絵描きのアルバイトをしていた際に弘兼憲史に声を掛けられ、アシスタントとなる。大学在学中の1979年(昭和54年)、『ケンカばんばん』(『コロコロコミック』)でデビュー。1980年(昭和55年)からは同誌で『とどろけ!一番』を連載する。立教大学は漫画の世界に本格的に入ったため通わなくなり、5年間在籍した後は中退した。
おおにし真(おおにし まこと、1955年〈昭和30年〉5月2… おおにし真(おおにし まこと、1955年〈昭和30年〉5月28日 - )は日本の漫画家。北海道芦別市出身の双子座。O型。女性。既婚で、本名は西江真理子(旧姓:大西)。ペンネームは旧姓の"大西"と、"真理子"から一文字のみ使って"真(まこと)"とした。 小学校4、5年の時に、樹村みのり の『雨』という作品を読んだことが漫画家を目指したきっかけである。同じ頃、漫画家志望だった青木庸と文通をするようになった、という。 中学・高校と札幌の女子高で6年間寄宿舎で勉強・生活し、1975年に女子美術短期大学に入学。在学中の1977年、「涙にさよならを告げたくて」で月刊mimi 5月号でデビュー。当初は漫画家になる予定はなく、1年ほど絵画をやったのち、人物を造形するのが好きだったので、彫塑を履修していたが、卒業間際にデビューが決まったのだという。
寺沢 武一(てらさわ ぶいち、男性、1955年〈昭和30年〉… 寺沢 武一(てらさわ ぶいち、男性、1955年〈昭和30年〉3月30日 - 2023年〈令和5年〉9月8日)は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。代表作である『コブラ』は全世界での発行部数が5,000万部を超えるヒットを記録している。 1955年3月30日、北海道旭川市に出生。札幌育ち。本名は「武一(たけいち)」。 1974年、北海道旭川東高等学校卒業。浪人時代、他に仕事が無かったことから、漫画家を志す。本来は医学部志望だった。 1976年、手塚プロダクションのアシスタント募集のために投稿したマンガが手塚治虫の目に止まり、手塚治虫に師事。上京し、手塚プロダクション・漫画部スタッフとして働いた。 1977年、マンガ「大地よ、蒼くなれ」が第13回手塚賞佳作に入選。
ハン 角斉(ハン かくさい、1955年 - )は日本の漫画家… ハン 角斉(ハン かくさい、1955年 - )は日本の漫画家。 北海道上川郡新得町出身。幼少期から絵を好み、父に買ってもらった『鉄腕アトム』のキャラクターを模写していた。小学1年生の頃から漫画家を目指し、子供の頃に『COM』を読んだことでもそう思うようになり、絵を褒められていく中でストーリーのある作品を描きたいと考えていた。 だが高校生で頭打ちを感じ、投稿もしていたがどうしても他と似てしまう画の個性のなさ、物語も作れないと才能がなかったと諦め、そのまま漫画から遠ざかっていく。以降は数年おきに漫画を描いても途中で放置していた。新得町立屈足小学校、大樹町立大樹中学校、北海道大樹高等学校を卒業、東京へ行き鍼灸、指圧マッサージを覚えて柔道整復師の資格も取り29歳のときに帰郷。
西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和2… 西 尚美(にし なおみ、本名:西田 尚子、1954年〈昭和29年〉3月13日 - )は、日本の漫画家。北海道三笠市出身。 大和和紀のアシスタントを経て、1976年に別冊少女フレンド1月号増刊の『ティータイム』でデビュー。以後、「少女フレンド」を中心に活躍し、1990年代後半からは「mimi」を経て「BE・LOVE」「ミステリーサラ」などの女性誌に発表の場を移している。 代表作に『まひろ体験』『美人秘書香都子さんの事件簿シリーズ』『お姑()さまといわれても』『あかりとシロの心霊夜話シリーズ』など。 1985年、『まひろ体験』で第9回講談社漫画賞を受賞。 2001年、『お姑さまといわれても』が、TBS系列で「バトルファミリー - 私、恋します - 」のタイトルでテレビドラマ化。
星野 之宣(ほしの ゆきのぶ、1954年 1月29日 - )… 星野 之宣(ほしの ゆきのぶ、1954年 1月29日 - )は、日本のSF漫画家。 北海道出身。愛知県立芸術大学美術学部日本画科中退。1975年に『鋼鉄のクイーン』でデビュー。代表作に『ブルーシティー』『2001夜物語』『ヤマタイカ』『宗像教授伝奇考』など。『2001夜物語』はOVA化、『宗像教授伝奇考』はTVドラマ化されている。 1975年、大学中退後に上京し『鋼鉄のクイーン』で漫画家デビューを果たす。同年『はるかなる朝』で第九回手塚賞に入選。『週刊少年ジャンプ』で『ブルーシティー』を連載開始し、本格的な作家活動に入る。 翌1976年に『葬送船団』で月例ヤングジャンプ賞入賞。以後『巨人たちの伝説』『妖女伝説』(初の青年漫画誌連載)を発表。
石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年… 石倉 淳一(いしくら じゅんいち、1954年 - 2007年9月6日)は、日本の漫画家、イラストレーター。 北海道函館市出身。獨協大学卒業後、「小さい花のテレジア」の挿絵でイラストデビューを飾る(1980年)。のち1983年に『月刊少年ジャンプ』誌上で「わてがナニワの太子だす」を連載開始。同年、月間ギャグマンガ賞佳作を受賞。 幅広い読者層に支持され、漫画、専門書など様々な媒体で創作活動を行った。 2007年9月6日、脳腫瘍のため都内病院で永眠。享年53。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
石川 サブロウ(いしかわ サブロウ、 (1953-01-18… 石川 サブロウ(いしかわ サブロウ、 (1953-01-18) 1953年1月18日(73歳)- )は、日本の漫画家。北海道岩内郡岩内町出身。 1974年、『立ち読み厳禁』が第7回手塚賞で佳作となり、同作品でデビュー(『週刊少年ジャンプ』)。 以後、『警察犬物語』『北の土龍』『蒼き炎』などの作品を次々に発表し、骨太な中にも暖かみのある作風で多くの読者の支持を集める。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
三原 順(みはら じゅん、本名:鈴木 順子、1952年(昭和… 三原 順(みはら じゅん、本名:鈴木 順子、1952年(昭和27年)10月7日 - 1995年(平成7年)3月20日)は、日本の漫画家。北海道札幌市出身。世の中にある問題を尖鋭的に書き続けた。42歳で病没。 三原順のペンネームは、ファンであったグループサウンズバンド「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」のギタリスト・ボーカリスト三原綱木にちなむ。また、生前は当人の意向により本名等は一切公表されていなかった。 中学時代からマンガを描き始め、高校時代から、別冊マーガレット(以下、「別マ」という。)まんがスクールに応募を始めた。そこで「別マまんがスクール」始まって以来の問題児と呼ばれたのが、三原順である。
荒 正義(あら まさよし、1952年4月12日 - )は、日… 荒 正義(あら まさよし、1952年4月12日 - )は、日本プロ麻雀連盟に所属する競技麻雀のプロ雀士、エッセイスト、漫画原作者。北海道常呂郡留辺蘂町出身(現在は北見市と合併)。現在、日本プロ麻雀連盟副会長。同団体内での段位は九段。 テレビ対局などにおけるキャッチフレーズは「精密機械」、「北海の荒法師」、「最後の裏プロ」。趣味は囲碁でアマチュア七段。 18歳で上京し、23歳でプロ入りを果たす。そのことについて2013年の著書で「それが好いことなのか、能力が乏しいのかいまだにわからない」と述べている。 1976年、最高位戦第一期新人王。 1977年、王位戦優勝。 1981年、麻雀連盟設立、加盟。 1991年、第8期鳳凰戦優勝。
山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )… 山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の映画監督、映像作家、美術家、漫画家。北海道夕張郡長沼町出身。 1974年(昭和49年)、北海道綜合美術専門学校(現北海道芸術デザイン専門学校)を卒業し、演劇実験室天井桟敷に入団。寺山修司監督『田園に死す』の疑景工作を担う。その後も、寺山修司の映画『ボクサー』(1977年)、『草迷宮』(1979年)、『さらば箱舟』(1984年)の美術や衣装デザインを担当している。 1977年(昭和52年)、札幌にて漫画家・湊谷夢吉らと「銀河画報社映画倶楽部」を結成。稲垣足穂の「一千一夜物語」をモチーフとした8ミリ映画の第一作『スバルの夜』(1977年)が、オフシアター・フィルムフェスティバル'79(後のぴあフィルムフェスティバル)に入選。
あや 秀夫(あや ひでお、本名:源田 秀夫、1951年6月2… あや 秀夫(あや ひでお、本名:源田 秀夫、1951年6月28日 - )は、日本の漫画家。 北海道北見市出身。18歳から23歳までアニメ制作会社タツノコプロに勤務をしながら、小学館の学習雑誌に同社のコミカライズ作品を執筆。1976年、『ラブリーフレンド』5月号掲載の「ぼく 未久!」で本格デビュー(源田秀夫名義)。1977年に、『九回裏に向かって走れ』が『マンガ少年』の新人漫画賞を受賞し2月号に掲載される(源田秀夫名義)。さらに1978年、小学館新人コミック大賞に、『ぼくのサヨナラヒット』が2席入選。同年『週刊少年サンデー』誌上で連載された『ヒット・エンド・ラン』で人気を集める。その他の代表作には、『風の伝説』などがある。
沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、… 沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、日本の漫画家。北海道出身。本名は沼吉信(ぬま よしのぶ)。北海道札幌北高等学校卒業。 1974年『週刊少年ジャンプ』(集英社)のフレッシュジャンプ賞入選、翌年『月刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載された『ああ兄弟』でデビュー。当時のペンネームは『マヌー・しん吉』であった。その後、『月刊少年ジャンプ』で『スターびっくり箱』を連載、デビュー早々の長期間の連載となった。後にペンネームを『沼よしのぶ』に変更し、1970年代後期からは『週刊少年マガジン』(講談社)、1980年代中期からは『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)、1990年代初期からは『漫画サンデー』(実業之日本社)と主な発表の場を変更しながら活動していった。
いがらし ゆみこ(1950年8月26日 - )は、日本の漫画… いがらし ゆみこ(1950年8月26日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、現在は北海道札幌市在住。血液型はA型(AO)。 1968年、北海道札幌旭丘高等学校3年のときに『りぼん』増刊号(集英社)に掲載された『白い鮫のいる島』でデビュー。上京し、潤徳女子高等学校に編入・卒業。その後、『なかよし』(講談社)専属作家として活動。幼年誌で執筆の後、レディースコミック誌や女性誌などで活動する。小説やドラマのコミカライズ、漫画原作も行う。五十岸ひとみ、五十嵐優美子、山川虹子(漫画原作者として)などの筆名でも執筆する。日本ペンクラブ会員。 元ジャニーズJr.で、現在は“男の娘(おとこのこ)”として漫画や執筆活動をしているいがらし奈波こと五十嵐慶一は、声優・井上和彦との間にもうけた実子(長男)。
ささや ななえこ(1950年〈昭和25年〉1月31日 - 2… ささや ななえこ(1950年〈昭和25年〉1月31日 - 2024年〈令和6年〉6月8日、本名・佐川七重、旧名・ささや ななえ)は、日本の漫画家。北海道芦別市出身。血液型はB型。ペンネームは旧姓の本名「笹谷七重」より。1996年に「ささやななえ」から「ささやななえこ」に改名した。24年組のひとりで、山岸凉子、萩尾望都、竹宮惠子、坂田靖子らとも親交が深い。 1970年、第5回りぼんコミック賞の受賞作『かもめ ―GULL―』が月刊誌『りぼんコミック』1月号(集英社)に掲載されデビュー。1990年に『おかめはちもく』で日本漫画家協会賞優秀賞、2004年に『凍りついた瞳』でエイボン教育賞を受賞している。
愛川 哲也(あいかわ てつや、1949年11月 - )は、日… 愛川 哲也(あいかわ てつや、1949年11月 - )は、日本の漫画家。北海道岩見沢市出身。 1980年代頃からペンネームを愛川てつやとして活動を開始し、主に少年誌で活動する。当時の代表作である『多摩川ギャル日記』は、2年間にわたってプロ野球のファームの取材を行った愛川本人の成果を漫画にした作品である。 1980年代中頃からはペンネームを戻し、青年誌で活動するようになる。『漫画サンデー』(実業之日本社)で連載した作品のうち、『部長の愛人』『偏差値 H倶楽部』『令嬢物語』は実写映画化、『MoMoKo』はOVA化された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
岡田 史子(おかだ ふみこ、本名・高田富美子、1949年7月… 岡田 史子(おかだ ふみこ、本名・高田富美子、1949年7月23日 - 2005年4月3日)は、北海道静内郡静内町(現・日高郡新ひだか町)出身の漫画家。詩的な作風の漫画を多く発表した。 永島慎二、西谷祥子の元で一時アシスタントをした後、 1967年に手塚治虫主宰の月刊漫画雑誌「COM」2月号で「太陽と骸骨のような少年」を発表し、商業誌デビュー。 1960年代後半「COM」を中心に活躍したが、1972年、漫画家としての活動をやめ北海道に帰郷、地元の会社に勤めるようになり、1976年に結婚する。しかし彼女の熱狂的なファンである萩尾望都の熱望により再度筆を取り、1978年に復帰する。しかし、「もうあの頃のような作品は描けない」と自ら再び作家活動を断念。
加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月1… 加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月17日 - 2017年10月15日)は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 北海道函館西高等学校卒業後上京、新聞配達のアルバイトの傍ら、渡米を志し英会話学校に通う。しかしその1年後、棚下照生のアシスタントとなり、3年間務めた。 1973年に貸本雑誌『劇画No.1』(東考社)掲載の『妖かしの森』にてデビュー。当時のペンネームは本名の加藤正だった。その後は少年誌で執筆し、後に青年誌で連載を持つようになる。『ザ・シェフ』は後にドラマ化も果たすほどのヒット作になる。 『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載していた『ロン先生の虫眼鏡』は、当時同誌で『がきデカ』などが連載されていたせいか、同誌の「唯一の良心」と言われていた。
忠津 陽子(ただつ ようこ、1949年1月25日 - )は、… 忠津 陽子(ただつ ようこ、1949年1月25日 - )は、日本の漫画家。北海道置戸町出身。代表作は『週刊マーガレット』に連載されテレビドラマ化もされた「美人はいかが?」。 手塚治虫や石森章太郎、水野英子に影響を受ける。北海道札幌旭丘高等学校に入学後、同じ学校に通っていた山岸凉子やいがらしゆみこ、田中雅子らと知り合う。高校卒業後「夏の日のコーラ」(『別冊マーガレット』、集英社)で商業誌デビュー。同時に『COM』の読者投稿コーナー「ぐら・こん」に『星とイモムシ』で入選、全国の漫画マニアの注目を浴びる。 札幌市の専門学校卒業後に編集者の勧めで上京、大和和紀と中野区のアパートに住み『別冊マーガレット』や『週刊マーガレット』(集英社)に代表作となる「美人はいかが?」などを執筆。
たなか てつお (1948年12月18日 - )は、日本の漫… たなか てつお (1948年12月18日 - )は、日本の漫画家。北海道山越郡八雲町(現:二海郡八雲町)出身。本名:田仲哲雄、別名:田仲てつお。 元自衛隊員。自衛隊退職後に航空会社にパイロットとして就職し、調布飛行場にある出版社の編集者と知り合ったことから図鑑用の飛行機のイラストを描くようになり、その縁で漫画家となる。デビュー作『飛んでけ!エアロ』を執筆していた当時はまだ、パイロットを務めていたという。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は… 神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は、日本の漫画家。北海道根室市出身。 1948年5月12日、根室市に生まれる。 さいとう・たかをのアシスタント勤務となり、『ゴルゴ13』の作画スタッフに参加する。 1970年、『復活は血のメロディー』でデビュー。同年、小池一夫原作の『御用牙』がヒットする。同年ごろに、小池一夫らとともに『スタジオ・シップ』を起こす。吉川英治の『宮本武蔵』の劇画化や、伝説の麻雀の裏プロ桜井章一の半生の劇画化の『ショーイチ』シリーズが有名である。ジャンルは、時代劇モノ、極道関連、麻雀関連となる。
大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日… 大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日本の女性漫画家。北海道札幌市出身、血液型はO型。北星学園女子中学校・高等学校を経て、北星学園女子短期大学(現:北星学園大学短期大学部)卒業。代表作に『はいからさんが通る』、『ヨコハマ物語』、『N.Y.小町』、『あさきゆめみし』など。 旧姓は一ノ関で、一ノ関 和紀名義による作品もある。ペンネームは、実母の旧姓「大和」と本名「和紀」を組み合わせたもの。幼少の頃から和紀を「かずのり」と読まれることも多く、男性によく間違われたために女子校に進学した。高校生の時に漫画を描き始める。この時期、別の高校の同学年だった山岸凉子と知り合っていて、二人で手塚治虫にネームを見てもらっている。
ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - … ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - )は、日本の漫画家。男性。北海道大成町(現在のせたな町)出身。本名:福島政美血液型はO型。 肉体美を強調した画風を得意とした劇画家であり、『女犯坊』や『聖マッスル』にてその名を知られる。サブカルチャー誌「QuickJapan」にて再評価を受け、太田出版から上記の作品と『超劇画 聖徳太子』が復刻されヒットした。現在もコンスタントに新作を発表しており、電子書籍にも意欲旺盛である。 実相寺昭雄をして、「おぞましい」と評された凄まじい描き込みと筋肉描写はその後の格闘漫画に少なからぬ影響を与えたものとして評価される。 北海道大成町(現在のせたな町)に4人兄弟の長男として生まれる。