上野 奏貴(うえの かなた、2006年9月20日 - )は、… 上野 奏貴(うえの かなた、2006年9月20日 - )は、日本のキックボクサー。北海道恵庭市出身。kickboxing gym SHINYUUKI+所属。兄はK-1選手の上野空大。 2006年9月に恵庭市で生まれ、極真空手師範の父と、兄の空大も空手をやっていることもあり、3歳の時に父の元で空手を始めた。 2013年4月、恵庭市立若草小学校1年の時に極真空手道連盟極真館主催の全日本青少年空手道選手権大会の小学1年男子の部で全国大会で初優勝を果たし、翌年に大会連覇すると、2017年4月に大会4連覇中の大会で小学5年の部で優勝し、大会5連覇を達成した。 2018年にカラテドリームフェスティバル2018国際大会 全日本小学生空手道選手権2018の小学6年生男子軽量級で準優勝。
上野 空大(うえの くうと、2004年3月5日 - )は、日… 上野 空大(うえの くうと、2004年3月5日 - )は、日本のキックボクサー。北海道恵庭市出身。kickboxing gym SHINYUUKI+所属。弟はK-1選手の上野奏貴。 2004年、北海道恵庭市に生まれ、3歳の時に極真空手師範の父親の元で空手を始めた。2008年5月23日に札幌市東区体育館で開催された第2回月例杯ジュニア空手道新人戦で上野(当時4歳)の空手デビュー戦となった。2011年、恵庭市立若草小学校2年の時に第4回清武館空手道選手権大会 小学生Aクラス 2年の部で優勝。5年の時に全日本青少年空手道選手権大会の小学5年男子軽量級で準優勝し、自身初の全国大会で入賞した。2016年、恵庭市立柏陽中学校に進学し、2年の時に第1回ジャパンアスリートカップの中2男子の部(55kg未満)で3位、3年の時にはカラテドリームフェスティバル2018国際大会の中学3年男子で3位になった。
SHOW-GO(しょうご、1999年10月31日 - )は、… SHOW-GO(しょうご、1999年10月31日 - )は、日本のヒューマンビートボクサー。本名は甲斐 正悟。北海道出身。京都在住。 札幌北高校、札幌市立大学デザイン学部人間空間デザインコース出身。 中学3年生の時にHIKAKINのビートボックス動画を見てビートボックスを始める。 高校1年生の時に初めてビートボックスの大会に出る。2017年には「Grand Boost Championship」で日本チャンピオンに輝く。また、「Asia Beatbox Championship 2017」にも出場。3位入賞という成績を収める。翌年の「Asia Beatbox Championship 2018」ではベスト8。
小山 燿(こやま よう、1997年7月5日 - )は、日本の… 小山 燿(こやま よう、1997年7月5日 - )は、日本の元俳優、ヒューマンビートボクサー。北海道出身・在住。バードレーベルに所属していた。血液型AB型。身長164cm(2013年現在)。北海道函館西高等学校に在学していた。 2010年公開の映画『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)でデビューした。 小学6年生だった2010年、地元函館市民からキャストを募集していた映画『海炭市叙景』のオーディションに合格、それまで演技経験が無かったが、加瀬亮が演じる目黒晴夫の息子・アキラ役という重要なキャストでデビューした。 これをきっかけに芸能界入りし、2011年の連続ドラマ『鈴木先生』に、主人公の鈴木先生が担任する2-A組の生徒、野呂光輝役でレギュラー出演した。
Fuga (フウガ、 (1996-02-07) 1996年2… Fuga (フウガ、 (1996-02-07) 1996年2月7日(30歳)- ) は、日本のヒューマンビートボクサー。 HIKAKINやDaichiの動画からビートボックスを知る。その後、Ibeatboxerが投稿したReeps One、Vahtang、Masta micのビートボックスバトルの動画に衝撃を受け、2012年頃に本格的にビートボックスを始める。 2016年7月、Boost旭川 DANCE×BEATBOX 2on2 BATTLEにて優勝。 2016年10月、同郷出身の後輩であるSHOW-GOとタッグチーム「GINGER」を組み、Japan Beatbox Championship 2016タッグ部門へのエントリー動画を投稿する。
佐々木 洵樹(ささき じゅんき、1991年6月14日 - )… 佐々木 洵樹(ささき じゅんき、1991年6月14日 - )は、日本の男性プロボクサー。元キックボクサー。北海道旭川市出身。元帝拳ジム所属。POWER OF DREAM所属。第5代Krushバンタム級王者。日本松濤館空手道連盟有段者。パーソナル ボクシング・キックボクシング&隠れ家よもぎ蒸しサロン「Ulu」代表。 ジム所属選手には、OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者、WBO世界バンタム級王者の武居由樹、第3代K-1 WORLD GPフェザー級王者の江川優生、極真会館世界6位星龍之介、初代K-1 WORLD GPクルーザー級王者のシナ・カリミアン、第10代Krushスーパーフェザー級王者の中島千博らがいる。
阿部 陽輔(あべ ようすけ、1990年5月24日 - )は、… 阿部 陽輔(あべ ようすけ、1990年5月24日 - )は、北海道旭川市生まれの元サッカー選手、サッカー指導者、アマチュアボクサー。ポジションはゴールキーパー。 小学校3年の時よりサッカーを始め、旭川実高を経て、2009年に横浜F・マリノスに入団。しかし、出場機会に恵まれず、3年目の2011年4月、個人的な事情で退団。その後、サッカーから離れていたが、2012年2月、ベガルタ仙台のキャンプに練習生として参加。3月15日、完全移籍で仙台に加入。同年12月19日、ツエーゲン金沢へ完全移籍。 2013年をもって金沢を退団し、タイ王国でトライアウトを受けたが、2014年2月に現役を引退した。 2015年、北海道教育大学に入学。
若狭 与志枝(わかさ よしえ、1988年6月7日 - )は、… 若狭 与志枝(わかさ よしえ、1988年6月7日 - )は、日本の女子プロボクサー。北海道稚内市出身。花形ボクシングジム所属。身長161cm。第4・7代日本女子フェザー級王者。 2014年8月27日、田中智沙戦でプロデビューし1回KO勝利。 デビューから4連勝するが、拳の負傷のため2017年2月19日の吉田実代戦を棄権しブランクを作ってしまう。 2018年4月17日、島野りーみん戦で1年半ぶりに復帰し判定勝利。 8月20日、日本女子バンタム級挑戦者決定戦として奥田朋子と対戦し、2-1判定で勝利し挑戦権獲得。 2019年3月13日、吉田実代が持つ日本女子バンタム級王座に挑むが、0-3判定で敗れ王座奪取ならず。
澤田 京介(さわだ きょうすけ、1988年2月16日 - )… 澤田 京介(さわだ きょうすけ、1988年2月16日 - )は、日本の元プロボクサー。第74代日本バンタム級王者。北海道石狩市出身。JB SPORTSボクシングジム所属。血液型はAB型。 札幌工業高校卒業後、日本大学に入学。2013年4月6日のプロデビュー戦は判定負け。2019年10月26日に後楽園ホールで日本バンタム級2位の田中一樹とチャンピオンカーニバル最強挑戦者決定戦を行い、8回3-0(77-75×2、78-74)判定勝ちで日本王座への挑戦権を獲得した。 2020年4月、日本王者鈴木悠介と対戦予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期。さらに2021年1月25日には鈴木が右目の網膜剥離の発症で引退したため、同年日本バンタム級王座決定戦が組まれる。
鈴木 康弘(すずき やすひろ、男性、1987年11月25日 … 鈴木 康弘(すずき やすひろ、男性、1987年11月25日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。北海道札幌市出身。2012年ロンドンオリンピック・ウェルター級日本代表。 自衛隊体育学校ボクシング班に所属していた元自衛官(自衛隊での階級は3等陸尉)。右フックを武器としていた。 小学校時代、スポーツは得意だったが、ひ弱な風貌と優しく気が弱い性格が災いし、学校帰りに10人ほどから集団リンチのような暴行を頻繁に受けていた。強くなりたいと願い、小学校4年生の時、地元・札幌市豊平区に赤坂義昭が開設したジムに入門し、プロ志向の大人たちとスパーリングをしていた。中学時代は転居のためにジムに通えなくなったことからバスケットボールをした。
岳 たかはし(がく たかはし、1987年4月22日 - )は… 岳 たかはし(がく たかはし、1987年4月22日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は高橋 岳。北海道夕張市出身。元川崎新田ボクシングジム所属。 小学校時代は野球、中学・高校とハンドボールで活躍。 卒業後、新田ジムに入門。 2006年5月22日、スーパーウェルター級にて本名でデビュー。源一輝(小熊)を判定で下す。 2006年9月12日、2戦目にして清水直人(伴流)にTKOで初敗北。 2007年2月7日、金子貴勇を1RTKOで下し、初のKO勝利。 2007年4月17日の第4戦よりリングネームを「岳 たかはし」とする。この年の全日本ウェルター級新人王を獲得。 2008年9月よりテレビ東京「TOKYOマヨカラ!」に出演中。
坂本 優起(さかもと ゆうき、1984年7月14日 - )は… 坂本 優起(さかもと ゆうき、1984年7月14日 - )は、日本の男子シュートボクサー。北海道函館市出身。俥夫と2足のわらじを履き戦うシュートボクサー。シュートボクシング/シーザージム所属。5代SB日本スーパーウェルター級王者。 高校ではサッカー部に所属。20歳からシュートボクシングのジムに通い始め、2009年にプロに転身。 22歳から人力車の俥夫を務める。 2009年11月18日、SHOOT BOXING 武志道-bushido-其の伍・東京・後楽園ホール大会でプロデビュー戦を行い、川地正倫に判定負け。以降、人力車を引いて培ったパワーと突進力を武器に12連勝。プロ16戦目にて5代SB日本スーパーウェルター級王者を獲得。
清田 祐三(きよた ゆうぞう、1983年10月6日 - )は… 清田 祐三(きよた ゆうぞう、1983年10月6日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道釧路市出身。第15代・第16代OPBF東洋太平洋スーパーミドル級王者。フラッシュ赤羽ボクシングジム所属。釧路緑ヶ岡高等学校(現・武修館高校)卒業。 小中学校ではサッカー(ゴールキーパー)をしており高校も推薦入学したが、高校2年時に『ガチンコ!』の影響からフラッシュ熊坂ジムでアマチュアボクシングを習い始める。同ジム(後にフラッシュくしろボクシングジム)の熊坂直希会長がフラッシュ赤羽ボクシングジムにプロボクシング現役時代に所属していた縁もあり、勧めを受け上京。 2002年11月21日、プロデビュー戦をミドル級で行い3回TKO勝利で飾る。
亀海 喜寛(かめがい よしひろ、1982年11月12日 - … 亀海 喜寛(かめがい よしひろ、1982年11月12日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道札幌市出身。第33代日本スーパーライト級王者。第38代OPBF東洋太平洋ウェルター級王者。帝拳ボクシングジム所属。入場曲はMr.Children「終わりなき旅」。ニックネームは"鋼の心臓"を意味する「Corazón De Acero」。 札幌商業高校(現・北海学園札幌高等学校)在学中の2000年、インターハイにライト級で出場し、優勝を収めた。帝京大学に進学後の2004年には彩の国まごころ国体成年の部にライトウェルター級で優勝(決勝で、後にプロで日本スーパーフェザー級王者となった岡田誠一を降す)、さらに同年の全日本選手権にもライトウェルター級で出場し、優勝(決勝で、後の世界選手権銅メダリスト、北京五輪出場の川内将嗣を降す)を収めてアマチュア3冠を獲得した。
畠山 昌人(はたけやま まさと、1981年5月4日 - )は… 畠山 昌人(はたけやま まさと、1981年5月4日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道北見市生まれ。小学生の時に札幌市に定住し、以来同地を拠点に活動している。元日本ライトフライ級王者。 北海道石狩高等学校3年時に協栄札幌赤坂ボクシングジム所属でプロデビュー。北海道内のジム所属者では初の日本王者となった。 2005年6月28日の試合直後に網膜剥離が発覚し引退。 妻はスキージャンプ選手の澤谷夏花。 小学校時代はSSS札幌サッカースクールに在籍し山瀬功治や赤井秀一とチームメイトで親交を持つ。小中学を通じて、サッカーの札幌市選抜に選ばれ、高校にスポーツ推薦の話もあった。経歴の中で北海道で試合をしたのはただ一度。
遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - … 遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - )は、日本の元ラグビー選手、アマチュアボクシング選手。トヨタ自動車ヴェルブリッツに所属していた。実家は中標津町の牧場。 中学までは剣道をやっていたが、中標津高校入学後にラグビーを始め、2・3年時に花園出場を果たした。また、高校日本代表にも選出された。 法政大学に進学後、フルバックに転向。2年時に大学選手権準優勝、3・4年時にも4強入りを果たし、7人制日本代表にも選出された。 卒業後の2003年4月にトヨタ自動車へ入社。チームはこの年から始まった「トップリーグ」への参入を逃していたが、1年目から中心選手として活躍しトップリーグ昇格に貢献。
松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 -… 松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道芦別市出身。帝拳ボクシングジム所属。入場曲は「必殺仕事人」のテーマ。 北海道恵庭南高等学校では3年次にウェルター級で選抜・インターハイ・国体の高校三冠を達成。高校時代の勝ち星すべてKO/RSCだった。 拓殖大学進学後も2年次に全日本選手権優勝。同年のアジア大会、翌年の世界選手権にも出場。3年次の全日本選手権も2年連続決勝進出を果たすが、後にプロで同門となる日大の佐藤幸治に敗れる。 大学卒業後、帝拳の門を叩きプロ転向。 2001年12月1日、デビュー戦を1回KO勝利で飾る。 3連続KO勝利後、2002年8月24日にByung Chul Ohに2回KO負けを喫する。
中島 健(なかじま けん、1978年2月12日 - )は、日… 中島 健(なかじま けん、1978年2月12日 - )は、日本の男性プロボクサー。グリーンツダボクシングクラブ所属。北海道河西郡芽室町出身。身長163cm。北海道帯広三条高等学校、近畿大学卒業。 中学2年生からボクシングを始める。1994年、高校選抜ライトフライ級で優勝し、1996年・1998年全日本選手権でそれぞれ3位に入賞した。アマチュア戦績は、72戦58勝14敗。 1999年10月21日、プロデビュー戦で1RKO勝ち。 2001年1月28日、ロデル・マヨール(フィリピン、後のOPBF東洋太平洋ミニマム級王者)に6R判定負けでプロ初の黒星を喫した。 2004年10月11日、8連勝で元WBA世界ミニマム級王者チャナ・ポーパオイン(タイ)と戦うも、6R判定で2敗目を喫した。
木村 章司(きむら しょうじ、1977年7月20日 - )は… 木村 章司(きむら しょうじ、1977年7月20日 - )は、日本のプロボクサー。元日本スーパーバンタム級王者(2度獲得)。花形ボクシングジム所属。 北海道網走郡美幌町出身。網走支庁初のボクシング興行を行った選手。 萩野崇初主演の映画「HERO?天使に逢えば…」に出演している。鴨居駅近くの飲食店「章舞」の店長等を経て、現在は空調設備会社勤務。 マイク・タイソンに憧れ、美幌北中学の頃から帯広市のボクシングジムに通うようになる。北海道美幌高等学校卒業後、札幌市の北海道ボクシングジムに短期間在籍の後、横浜市の花形ボクシングジムに移籍。 1997年10月3日、横浜文化体育館で花形ジム所属選手としてプロデビュー。
安廣 一哉(やすひろ かずや、1976年8月22日 - )は… 安廣 一哉(やすひろ かずや、1976年8月22日 - )は、日本の男性空手家、キックボクサー、正道会館東大和支部支部長、聖徳学園中学校・高等学校保健体育非常勤講師。北海道旭川市出身。正道会館所属。胴回し回転蹴りを得意とする。 北海道旭川工業高等学校在学中はバドミントン部に所属し、全国大会出場経験もある。高校卒業後、上京し日本体育大学体育学部に入学。 1999年9月26日、大学3年で、正道会館主催の第1回ウエイト制オープントーナメント全日本空手道選手権大会(軽量級)に出場。決勝で村尾健司を破り優勝を果たした。 2000年9月10日、正道会館の第2回ウエイト制オープントーナメント全日本空手道選手権大会(軽量級)に出場。
内藤 大助(ないとう だいすけ、1974年8月30日 - )… 内藤 大助(ないとう だいすけ、1974年8月30日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道虻田郡豊浦町出身。元WBC世界フライ級王者。 宮田ジムに所属していた。引退後はタレントやボクシング解説者として活動している。マネジメント先はトラロックエンターテインメント。血液型O型。既婚。2男の父。 母親は、大助を身ごもっている時に夫と離婚しており、アルバイトで大助と4歳上の長男を養い、後に小さな民宿を始めた。一家の生活は楽ではなかったものの、学校ではマラソン大会や運動会の徒競走で必ず1位になるなど運動神経抜群で、クラスでは人気者だった。 中学では卓球部に所属、2年になるといじめの標的にされた。生活が苦しかったため、兄のお下がりの制服やスキーウェアなどを着ていけば「ボンビー(貧乏)」というあだ名で馬鹿にされた。
山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は… 山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は、日本の元プロボクサー。 北海道函館市出身。第22代日本ライトフライ級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。左ボクサータイプで、入場曲はヨーロッパの「The FINAL COUTDOWN」。 現在は大阪府松原市在住。近鉄南大阪線河内天美駅側で、函館cafe&bar HamedⅡのマスターをしている。 中学生の頃、井岡弘樹に憧れ函館大学付属有斗高等学校入学と同時に市内にあった桜井ボクシングジムでボクシングを始める。高校時代は全国高等学校ボクシング選抜大会、インターハイ、国民体育大会の三冠を達成。プロ転向後も懐の深い長身のアウトボクサーとして、ライトフライ級からバンタム級で活躍した。
伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は… 伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は、日本のプロボクサー。北海道三笠市出身。新日本木村ボクシングジム所属。元日本スーパーウェルター級王者。 駒澤大学附属岩見沢高等学校1年生でボクシング部員になる(同級生で野球部中心選手に本間満)。3年でインターハイ、国体に出場するも上位に入れず。道都大学3年、全日本アマチュアボクシング選手権大会準決勝で中央大学の天田広美(天田ヒロミ)に3RTKOで敗れ、中退し木村ジムの所属プロボクサーとなる。 1994年5月9日(フジテレビ/ダイヤモンドグローブ)、ミドル級で、日本タイトル経験者の大竹永寿(グリーンツダ)を3RTKOで退け、デビュー戦を飾る。
加山 利治(かやま としはる、1971年12月17日 - )… 加山 利治(かやま としはる、1971年12月17日 - )は、北海道帯広市出身の元プロボクサー。ワタナベボクシングジム所属。第38代日本ウェルター級王者。入場曲はSkoop On Somebody「壊したい」。 1995年11月28日、ワタナベボクシングジム所属でプロデビュー。狩野昌彦に3RKO勝ち。 1996年12月21日、東日本ウェルター級新人王決勝戦で、後の日本王者大曲輝斉と対戦し、6R引き分け(勝者扱いで全日本新人王戦出場)。 1997年2月15日、全日本ウェルター級新人王戦で、松下文昭に5RTKO勝ち。全日本新人王タイトルを獲得。 1998年6月23日、日本ウェルター級王者名嘉原誠の王座に挑戦し、8RTKO勝ち。
松倉 義明(まつくら よしあき、、1971年7月22日 - … 松倉 義明(まつくら よしあき、、1971年7月22日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道伊達市出身。第20代日本ジュニアバンタム級王者。現役時代は宮田ボクシングジム所属。「野獣」をキャッチフレーズとするハードヒッターで[※ 1]、独自のタイミングで放つ強烈な左ストレートを得意とした [※ 2]。
杉谷 満(すぎや みつる、1964年3月15日 - )は、日… 杉谷 満(すぎや みつる、1964年3月15日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町 (現:北海道函館市)出身、函館大学付属有斗高等学校卒業。現役時代は協栄ボクシングジム所属。第35代・第37代・第38代日本フェザー級王者。元プロボクサーの杉谷実は兄、元プロ野球選手の杉谷拳士は次男にあたる。 兄である杉谷実も協栄ボクシングジムの元プロボクサーで日本スーパーライト級王座を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。2人の息子がおり、次男である杉谷拳士は元プロ野球選手。 1981年4月21日、高橋忠治を1回KOで沈めデビューを飾る。 その年の東日本新人王を獲得するが、全日本新人王決定戦で後の世界王者六車卓也に判定負け。
杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本… 杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町(現:北海道函館市)出身、函館大学付属有斗高等学校卒業。現役時代は協栄ボクシングジム所属。第10代日本スーパーライト級王者。元プロボクサーの杉谷満は弟、元プロ野球選手の杉谷拳士は甥(満の次男)にあたる。 弟である杉谷満も協栄ボクシングジムの元プロボクサーで日本フェザー級王者を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。2人の甥姪がおり、甥である杉谷拳士は元プロ野球選手。
石井 幸喜(いしい こうき、1954年8月3日 - )は、日… 石井 幸喜(いしい こうき、1954年8月3日 - )は、日本の元プロボクサーである。北海道千歳市出身。 黒人アメリカ兵の父と日本人の母とのハーフ。 15戦12勝(7KO)2敗1分
浅尾 和信(あさお かずのぶ、1948年9月12日 - )は… 浅尾 和信(あさお かずのぶ、1948年9月12日 - )は、日本の元プロボクサー、現役のプロボクシング・レフェリー(WBAの審判資格を持つ)。北海道出身。
金沢 和良(かなざわ かずよし、1946年11月8日 - )… 金沢 和良(かなざわ かずよし、1946年11月8日 - )は、日本の男性プロボクサー、キックボクサー。北海道札幌市出身。アベボクシングジム所属。戦績41戦30勝(17KO)10敗1分。 北海道札幌工業高等学校在学中に札幌ジムでボクシングを始め、1963年には全日本社会人フライ級で優勝。 当初は協栄ジム入門を希望していたが結果的にアベボクシングジム所属で1965年7月18日、市川清戦でプロデビュー。 ルーベン・オリバレスとは1969年に1度対戦したが、その際は2RKO負けだった。1971年7月2日、孫永煥を5RKOで下し、OBF(現OPBF)東洋バンタム級王座を獲得。 同年10月25日、愛知県体育館でルーベン・オリバレスが持つWBA世界王座に挑戦した。
輪島 功一(わじま こういち、1943年4月21日 - )は… 輪島 功一(わじま こういち、1943年4月21日 - )は、日本の元プロボクサー。元WBA・WBC世界スーパーウェルター級統一王者。元リングマガジン世界スーパーウェルター級王者。 現在はタレント、輪島功一スポーツジム名誉会長。団子屋の経営も行っていた。樺太豊原市(現・ユジノサハリンスク)出身、北海道士別市育ち。血液型はB型。 世界スーパーウェルター級王座を3度獲得(1度目と2度目はWBA・WBC統一王座で、日本人初の公式な(WBA・WBC分立後)統一世界王者でもある。3度目はWBAのみ)。"炎の男"の異名を持ち、"かえる跳び"等で知られる変則右ボクサーであった。具志堅用高、ガッツ石松、輪島の三人でボクシング界の重鎮として共演することが多い。
笹崎 僙(ささざき たけし、1915年3月25日 - 199… 笹崎 僙(ささざき たけし、1915年3月25日 - 1996年8月7日)は、日本のプロボクサー。北海道空知郡歌志内町(現歌志内市)出身。 戦前、戦後にピストン堀口恒男のライバルとして活躍した昭和初期における日本を代表するボクサーの一人。その鋭いストレートから「槍の笹崎」の異名で呼ばれた。戦後の初代日本ライト級チャンピオン。通算戦績115戦72勝(26KO)28敗11分3EX無判定。引き分けを挟まない26連勝の記録を保持。試合数115戦は日本歴代8位。 1941年に両国国技館で行われた堀口戦は元同門という因縁や、笹崎の公開挑戦状に対し堀口が応戦し、舌戦を繰り広げたことなどにより大きな話題を呼び、「世紀の一戦」と謳われ日本ボクシング界では伝説の試合として語り草となっている。
秋田屋 まさえ は、日本の元女子プロボクサー。本名は伊藤 雅… 秋田屋 まさえ は、日本の元女子プロボクサー。本名は伊藤 雅恵。北海道芦別市出身。リングネームの「秋田屋」は実家で経営する旅館の屋号に由来する。第3代OPBF東洋太平洋女子アトム級王者。
田中 俊輔(たなか しゅんすけ)は日本人空道家、キックボクサ… 田中 俊輔(たなか しゅんすけ)は日本人空道家、キックボクサー、総合格闘家。帯広市出身。国際空道連盟大道塾 札幌南所属。体重62kg。18歳の時に大道塾帯広支部に入門、飛永耕治に師事する。後に格闘技に専念する為に上京、大道塾吉祥寺支部に移籍し、数々の王者を育てた名伯楽・飯村健一に師事し、回し蹴り、前蹴り、肘打ち を中心としたいわゆる「吉祥寺スタイル」を身に着け、3度全日本王者に輝き、世界大会でも準優勝を果たす。その後故郷北海道に戻り札幌南支部の支部長して、後輩の指導に携わる傍ら、選手としても戦い続けている。