佐々木 真央(ささき まお、1994年7月26日 - )は、… 佐々木 真央(ささき まお、1994年7月26日 - )は、日本の歌手。青森県南津軽郡田舎館村出身。好きな食べ物は筋子。公式サイトはこちら 幼年期から夢であった歌手への道に諦めきれず2014年3月に上京。同年5月にTBSテレビのオーディション番組『Sing! Sing! Sing!』に腕試しのつもりで応募。約半年におよぶ歌唱審査などをへて初代グランプリを受賞。のち2015年3月25日にミニアルバム「佐々木真央」を発売とともにメジャーデビュー。2016年2月所属事務所を退所、その後は活動休止。2018年1月より活動再開。Arte株式会社所属。 2015年4月29日 南青山MANDALAにて初の単独ライブ「田舎館村からきた佐々木真央です!」開催。
もっと読む
津島 衣里(つしま えり、1992年10月13日 - )は、… 津島 衣里(つしま えり、1992年10月13日 - )は、日本の歌手、モデル、タレント。 青森県青森市出身。フリー。 2010年、高校3年生(17歳)の時にTBS『紳助社長のプロデュース大作戦!』新人グラビアアイドル発掘プロジェクト企画でスカウトされたがデビューには至らず、高校卒業と同時に上京し一般企業で受付・総務として3年間働いた。スカウトされた縁で2016年(23歳)から芸能事務所に所属しモデル・タレント・女優として芸能活動をスタートさせる。 2017年3月3日、エヴァンゲリオンレーシングレースクイーン2017の真希波・マリ・イラストリアス役に選ばれた。 2018年に事務所を退社。その後2年間アルバイトと引きこもり生活をする中で今後のことについて考え、幼い頃からの夢だった「音楽をやりたい」と強く思うようになった。
もっと読む
KANTA(カンタ、本名 木村寛大、1992年3月3日 - … KANTA(カンタ、本名 木村寛大、1992年3月3日 - )は、青森県を拠点に活動をしている和太鼓アーティスト、和太鼓パフォーマー、和太鼓奏者、ソングライター。身長163cm、生まれは東京都、2歳から青森県五戸町で育つ。 「和太鼓をより身近なものに、より多彩に」をコンセプトに、2021年4月より本格的に「KANTA」として活動を始める。同年、テクノポップに和太鼓、歌を合わせた「JUDGE」「FAKE」をリリース、同年9月には吉原遊郭の位の高い遊女である花魁からインスピレーションを受けた「花魁」をリリース。(「JUDGE」「FAKE」「花魁」は音楽サブスクリプションでの配信限定) 2022年6月、ダークな雰囲気の楽曲に、少しテイストが変わった和太鼓の音色が加わった「Why did he touch my wine?」をリリースし、初の自作CDも同時発売。
もっと読む
d-iZe(ダイズ、1984年11月4日 - )は、日本のシ… d-iZe(ダイズ、1984年11月4日 - )は、日本のシンガーソングライター。青森県中津軽郡岩木町(現:弘前市)出身。Goose houseの元メンバー。 2009年にオーディションをきっかけに音楽活動を開始。 2010年4月に地元青森より上京。同年6月にPlayYou.Houseとしての活動を開始し、翌年5月にユニット名を「Goose house」に改名。Goose houseでは活動開始当初よりリーダーを務めた。 2012年10月24日にソロ名義初のアルバム『i-D』を発売。 2014年4月にソロ活動に専念するため、Goose houseを卒業。 2016年2月24日に初の全国流通盤となったアルバム『IN A BEDROOM』を発売し、同月から翌月にかけて同作を引っ提げたツアーを敢行。
もっと読む
タカチャ(1981年10月28日 - )は、青森県八戸市出身… タカチャ(1981年10月28日 - )は、青森県八戸市出身の歌手。 両親が音楽教師。高校を中退し、高校時代に組んだバンドで上京する。バンド解散後は鳶職に就き、独学の楽曲製作&ライブ活動を展開する。 2005年3月、インディーズデビューアルバム『Your heart is...?』をリリース。同年7月13日にマキシシングル「ソノサキニ」でエピックレコードジャパンからメジャーデビュー。 SMAPに「優しい言葉」(「BANG! BANG! バカンス!」のC/W)「Sweet Summer Surfing Season」「Shigusa」(『SAMPLE BANG!』収録)「Nai Yai Yai」(『Pop Up! SMAP』収録)の楽曲提供。
もっと読む
花咲 ゆき美(はなさき ゆきみ、1981年9月8日 - )は… 花咲 ゆき美(はなさき ゆきみ、1981年9月8日 - )は青森県野辺地町生まれの日本の演歌歌手。所属レコード会社は日本クラウン。事務所はオフィスYukimi.。本名は久保 幸美(くぼ ゆきみ)。
もっと読む
SONOMI(ソノミ、本名:北畠 園子、1979年9月8日 … SONOMI(ソノミ、本名:北畠 園子、1979年9月8日 - )は、 青森県出身の女性シンガー。くレーベル所属。
もっと読む
サガユウキ(本名:佐賀優喜、1978年12月17日 - )は… サガユウキ(本名:佐賀優喜、1978年12月17日 - )は日本のシンガーソングライター。青森県風間浦村出身。青森県立大湊高等学校卒業。血液型はO型。所属事務所は有限会社 千松、所属レーベルは日本コロムビア。
もっと読む
小泉 真也(こいずみ しんや、1977年3月6日 -)は、青… 小泉 真也(こいずみ しんや、1977年3月6日 -)は、青森県青森市生まれ、神奈川県平塚市育ちのシンガー、エンターテイナー。日本および香港を主体に活躍するアーティスト。所属事務所は、徳島県徳島市。 2008年4月2日に日本初の香港楽曲の日本語カバー曲「空の唄」をBLUE MOTIONレーベルから発売した。 神奈川県の湘南工科大学附属高等学校を卒業後、昭和音楽芸術学院へ進学。 在学中から松任谷由実コンサートツアーで松任谷由実とのデュエット候補に抜擢され、オーディションを通過。代々木第一体育館が人生初のステージとなる。 その後数々のミュージカルの舞台を踏み、卒業後は松任谷正隆主催の音楽学校、マイカミュージックラボラトリーでダンスコースに進学。
もっと読む
三戸 大久(さんのへ ひろひさ 、1977年2月16日 - … 三戸 大久(さんのへ ひろひさ 、1977年2月16日 - )は、日本のオペラ歌手。 青森県青森市出身。青森県立青森戸山高等学校卒業。武蔵野音楽大学声楽学科卒。二期会オペラ研修所第48期マスタークラス修了。平成25年度文化庁新進芸術家海外研修員としてウィーンにて研鑽を積む。 ウィーン滞在中ウィーン・カールス教会でのシューベルト『ミサ曲第1番』、モーツァルト『ミサ・ブレヴィス』、シェーンブルン宮殿宮廷劇場でのコンサート等の数多くの演奏を行う。 飯守泰次郎指揮「戴冠式ミサ曲」小林研一郎指揮モーツァルト「レクイエム」をはじめ「第九」「荘厳ミサ曲」「メサイア」、ブルックナー「ミサ曲第3番」シューベルト「ミサ曲第6番」など宗教曲のソリストとしても活躍し、読売日本交響楽団、東京都交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団など、国内オーケストラとの共演も多い。
もっと読む
櫛引 彩香(くしびき さやか、1975年9月24日 - )は… 櫛引 彩香(くしびき さやか、1975年9月24日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。青森県むつ市出身。愛称は、「ビッキー」。 1994年に弘前学院聖愛高等学校を卒業し、尚美ミュージックカレッジ専門学校で電子オルガンを専攻する。同じ専門学校にはクラムボンや山崎ゆかり(空気公団)がおり、山崎とは同じ寮に入っていた。 1999年、東芝EMI所属にて『いつもの気分で』で、メジャー・デビュー、シングル6枚、アルバム2枚をリリース。 その後2004年に活動をインディーズに移し、ライブ活動やミニアルバム『I'll be there』、アルバム『LIFE』、『AOR』を発表。 様々なカバーアルバムやCM、ヴォーカリスト、ラジオ番組のパーソナリティとしても活動。
もっと読む
北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )… 北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )は、日本の歌手、ミュージシャン。男性ヴォーカルグループ・ゴスペラーズのメンバーで、主にベースボーカルを担当。 青森県八戸市出身。愛称は北山さん、北山くん、陽ちゃん、先生。身長173cm。血液型はA型。 八戸市立長者中学校を経て、青森県立八戸高等学校を卒業後、1992年に慶應義塾大学環境情報学部に入学。進級して村井徳田研(村井純と徳田英幸の共同研究室)に在籍。 大学在学中に学内のメディアセンターで偶然見かけたアカペラのライヴ映像を編集中の友人より早稲田大学のアカペラサークル「Street Corner Symphony」の存在を聞き、他大学の学生でありながらそのサークルの門を叩く。
もっと読む
中島美華(なかじま みか、1973年1月10日 - )は、日… 中島美華(なかじま みか、1973年1月10日 - )は、日本の女性タレント、ラジオパーソナリティ、リポーター、歌手。青森県八戸市出身(北海道生まれ)。通称ならびに別名義は「みかちゃん」。 主に八戸市を中心とした青森県南地方で、青森放送(RAB)のテレビ・ラジオリポーター、司会、ナレーターなどとして活動している。 また、「なかじまみか」名義でフォルクローレ(南米の民俗音楽)歌手としても活動しており、青森県内各地で定期的にコンサートを開いている。
もっと読む
コスモスチバ(本名:千葉 貴弥、チバ タカヤ、1971年8月… コスモスチバ(本名:千葉 貴弥、チバ タカヤ、1971年8月18日 - )は、日本の詩人、歌手、パフォーマー。 詩・音楽・朗読・演劇を横断する独自ジャンル「コスモスチバ」として活動している。 青森県青森市生まれ。14歳のとき学校の授業で書いた詩を教師に評価されたことをきっかけに詩作を始める。以来、40年に亘り詩作を続け、自身を詩人と位置づけ、詩人の日常と自ら名付けたYoutube番組を持っている。 十代よりアレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、チャールズ・ブコウスキーらビート文学に影響を受ける。あわせて佐々木英明、金子光晴、谷川雁らの系譜からも影響を受ける。 1995年、パンク朗読バンド「COSMOS」結成(当時は英語表記)。
もっと読む
板橋 かずゆき(いたばし かずゆき、1970年(昭和45年)… 板橋 かずゆき(いたばし かずゆき、1970年(昭和45年)2月9日 - )は、青森県むつ市出身の盲目のシンガーソングライター、ギタリスト、ヴォーカリスト。個人事務所、板橋かずゆきオフィス所属タレント。THEオリオンのメンバー。愛称は「板ちゃん」、「かずちゃん」 身長は170cm、AB型。好きな食べ物はぶどう、枝豆、ウインナー、焼肉、ラーメン、そばなど。好きな飲み物は赤ワイン、ビール。イタリアンレストランサイゼリヤが大好きでメニューをほぼ暗記している。野球やサッカー観戦(テレビやラジオなどの音声解説での観戦)が趣味。自身はグランドソフトボール(盲人野球)をしていた経験もあり、過去には青森県代表で全国大会に出場し2度優勝をしている。
もっと読む
佐藤 生朗(さとういくお、1968年7月10日 - 2026… 佐藤 生朗(さとういくお、1968年7月10日 - 2026年2月25日)は 青森県弘前市出身の作曲家・歌手である。
もっと読む
鈴木 研一(すずき けんいち、1966年3月11日 - )は… 鈴木 研一(すずき けんいち、1966年3月11日 - )は、日本のヘヴィメタル・バンド人間椅子のベーシスト・ボーカリスト・ソングライターである。 小林克也のラジオでかかったキッスのラヴィン・ユー・ベイビーに衝撃を受け、中学時代はキッスに傾倒。 ブラック・サバス、バッジー、ジューダス・プリースト、スコーピオンズ、ブルー・オイスター・カルト、ディープ・パープル、ユーライア・ヒープなども影響を受けたバンドとして挙げている。 下記の楽器以外にもレスポールタイプやプレシジョンタイプのベースを使っていたこともある。基本的な音作りはアンプで行い、エフェクターはチューナー(BOSS TU-3)と電源供給用のパワーサプライ(BOSS PSM-5)のみだった。
もっと読む
和嶋 慎治(わじま しんじ、英: Shinji Wajima… 和嶋 慎治(わじま しんじ、英: Shinji Wajima、1965年12月25日 - )は、日本のロックバンド「人間椅子」のギタリスト、ボーカリスト、ソングライター。 青森県弘前市生まれ。弘前市立第三中学校、青森県立弘前高等学校卒業。1985年、駒澤大学仏教学部に入学。 1987年、高校の同級生であった鈴木研一と「死ね死ね団」を結成。後に「人間椅子」と改名する。 1989年、TBSテレビ系列『三宅裕司のいかすバンド天国』(以下、イカ天)に出演、『陰獣』を披露する。 1990年、人間椅子メンバーとして『人間失格』でメジャー・デビュー。 荒井由実などが好きな姉の影響でビートルズやギターに触れたという。
もっと読む
中里 あき子(なかざと あきこ、1965年5月21日 - )… 中里 あき子(なかざと あきこ、1965年5月21日 - )は、日本の女性歌手、作曲家。青森県出身。 1987年に「ウィル・ユー・リメンバー? 〜接吻はアスピリンの香り〜」で歌手デビュー。代表作は前掲曲のほか、「Ph.マーロゥの次に素敵な君へ」がある。 1965年、青森県八戸市に生まれる。3人きょうだいの第二子(兄、妹がいる)。1981年、弘前実業高等学校進学。 1984年、高校卒業と共に上京。後に所属する事務所の社長に出会ったことで芸能界デビューのきっかけを得る。 1987年6月、シングル「ウィル・ユー・リメンバー? 〜接吻はアスピリンの香り〜」で女性シンガーとしてデビュー。同曲は、フジテレビのテレビドラマ『男が泣かない夜はない』の主題歌として使われ、同ドラマに中里は俳優としても出演している。
もっと読む
内山 千早(うちやま ちはや、1960年10月22日 - )… 内山 千早(うちやま ちはや、1960年10月22日 - )は、株式会社RAB企画取締役で、日本のパフォーマー・ラジオパーソナリティ・タレント・歌手。 青森県青森市出身。通常は「うっちゃん」の名義で活動しているが、「うっちゃん(内山千早)」と表記される場合もある(テレビ番組『うっちゃんの「いぎあだりばったり」』放送内テロップ・ラジオ番組『うっちゃん・まりちゃんのeサイクル』公式ウェブサイト)。 青森市立南中学校から青森県立青森北高等学校、そして青森県立青森高等技術専門校を修了。同級生の楠美義人とともに、青森市内のショーパブ等でパフォーマンスを披露していた。 某内装資材商社勤務時代に、地元百貨店の中三(なかさん)がスポンサーを務めるテレビ番組『スーパーギャング深夜同盟』が青森放送(以下、RAB)の深夜枠で放送されることになり、そのメインパーソナリティとして起用される。
もっと読む
十日市 秀悦(とおかいち しゅうえつ、1959年1月20日 … 十日市 秀悦(とおかいち しゅうえつ、1959年1月20日 - )は、日本のタレント、歌手、俳優、声優、ナレーター。青森県八戸市出身で、八戸特派大使を務めている。シグマ・セブン所属。既婚。 両親は八戸市の長横町で飲食店『十日市食堂』を経営していた。 日本大学芸術学部映画学科卒業。東映でエキストラ出演で働いていた時に梅宮辰夫と知り合い、その後梅宮の付き人を務めていた。 付き人を終えた後はお笑いタレントとして活動し、様々なコンビでの活動を経て、当時男女混合の11人組のお笑いグループだったホンジャマカの一員として活動。1988年頃に自身の意向からホンジャマカを脱退し、以降はソロで活動。 田中義剛は青森県立八戸北高等学校での1年先輩に当たり、そのつながりから『田中義剛のオールナイトニッポン』に『八戸亀』名義で出演していたことがある。
もっと読む
田中 義剛(たなか よしたけ、1958年〈昭和33年〉3月1… 田中 義剛(たなか よしたけ、1958年〈昭和33年〉3月13日 - )は、日本のタレント、シンガーソングライター、酪農家、実業家である。株式会社花畑牧場代表取締役。所属事務所はアップフロントクリエイト(2013年10月1日より所属。9月30日まではアップフロントプロモーションに所属していた。花畑牧場はアップフロントグループの子会社)。 青森県八戸市出身。青森県立八戸北高等学校・酪農学園大学酪農学部卒業。理科の教員免許を持っており、母校の酪農学園大学では特命教授を務めている。身長184cm。 サラリーマン家庭に育つ。 16歳の頃、漁船のコックをしていた友人がオホーツク海で遭難死。襟裳岬まで哀悼の旅に出て、その帰路、門別の牧場で馬の出産を目にし、牧場を開くことを夢に抱き、青森の高校を卒業後北海道の酪農学園大学へ進学。
もっと読む
亜蘭 知子(あらん ともこ、1958年1月14日 - )は、… 亜蘭 知子(あらん ともこ、1958年1月14日 - )は、日本の作詞家、歌手、エッセイスト。 元々、女優志望だったが、体を壊して女優を廃業。19歳で作詞家としてデビューした。長戸大幸、織田哲郎とともにBeingの創設に参加した初期所属アーティストの一人。90年代後半にBeingを離脱、現在はフォーミュラエンタテインメントに所属。 1983年にはスーパーコンピューターでジャケットを制作したアルバム『浮遊空間』をリリース。 1987年にはTUBE、織田哲郎らと共に企画ユニット「渚のオールスターズ」を結成しバンド活動を行っていたこともある(1989年解散)。2006年、渚のオールスターズが再結成し、亜蘭も再び参加している。
もっと読む
矢野 顕子(やの あきこ、女性、1955年2月13日 - )… 矢野 顕子(やの あきこ、女性、1955年2月13日 - )は、日本のシンガーソングライター。
もっと読む
吉 幾三(よし いくぞう、1952年〈昭和27年〉11月11… 吉 幾三(よし いくぞう、1952年〈昭和27年〉11月11日 - )は、日本の演歌歌手、シンガーソングライター、俳優。 青森県五所川原市出身。公式愛称はIKZO、本名は鎌田 善人(かまた よしひと)。血液型はB型。既婚。子供が3人おり、長女は歌手のKU(くー)、次女は女優の寿三美(ことぶき みみ)。 1952年11月11日、民謡歌手の父鎌田稲一(いないち)、母せるの9人兄弟の末っ子として青森県で生まれる。地元の中学校を卒業後、父親の反対を押し切って歌手になるために上京し、米山正夫に師事する。 1973年3月1日にヤンマーディーゼル(現・ヤンマーホールディングス)のロータリーヤンマー船外機コマーシャルソング「恋人は君ひとり」を山岡英二の芸名で発売し、歌手デビュー。
もっと読む
三上 寛(みかみ かん、1950年〈昭和25年〉3月20日 … 三上 寛(みかみ かん、1950年〈昭和25年〉3月20日 - )は、日本のフォークシンガー、俳優、詩人。青森県北津軽郡小泊村(現・中泊町)出身。 代々漁師の家系(ただし父親は役場勤務)に生まれる。 小泊村立小泊小学校(現・中泊町立小泊小学校)時代には、後に現代詩の手解きを受けることになる(アレン・ギンズバーグなどの存在も教わる)泉谷明と出会う。 1960年代から活動した日本のフォークシンガーは、音楽を始めたきっかけとして、ボブ・ディランなどを挙げる人が多いが、三上のギターを弾き始めたきっかけは、小林旭の『渡り鳥シリーズ』だという。青森県立五所川原高等学校在学中は、生徒会長を務めたことがあり、バンドを組んでザ・タイガースやジャッキー吉川とブルーコメッツなどをカバーしていた。
もっと読む
伊奈 かっぺい(いな かっぺい、本名:佐藤 元伸〈さとう も… 伊奈 かっぺい(いな かっぺい、本名:佐藤 元伸〈さとう もとのぶ〉、1947年〈昭和22年〉4月16日 - )は青森県を中心に活動するローカルタレント、パーソナリティ、ラジオ・CMディレクター、詩人、イラストレーター、シンガーソングライター。有限会社おふぃす・ぐう所属。 青森県弘前市出身。青森県立弘前南高等学校、青森短期大学商経科を卒業した。この間、演劇を志しNHK放送劇団に入団。短大卒業後、弘前市の陸奥新報社に入社するも、入社当日に整理部に配属され、午後6時出社を言い渡されて「そんなのやってらんねーや」と思い即日退職。1968年、青森放送に履歴書をレタリング文字で書き応募したのが目にとめられ、入社。
もっと読む
佐々木 新一(ささき しんいち、1946年12月3日 - 2… 佐々木 新一(ささき しんいち、1946年12月3日 - 2022年5月12日)は、日本の演歌歌手である。本名:佐々木 新市。既婚。 青森県南津軽郡藤崎町出身。 1946年(昭和21年)12月3日、母は津軽民謡の二代目・津軽家すわ子、父は津軽三味線演奏者の佐々木繁月という民謡一家に生まれる。 1963年(昭和38年)、青森市立第一高校2年生の時に上京、作曲家の桜田誠一の門下生となる。 1965年(昭和40年)5月、キングレコードより『若さの世界』でデビュー。当時のニックネームは“ニューワン”。 1966年(昭和41年)1月リリースの『あの娘たずねて』が大ヒット、ミリオンセラーとなる。 2012年、同じキングレコード所属歌手の鏡五郎、池田輝郎とともに、平均年齢64.7歳のユニット"佐田鏡五一郎"(さだかがみ ごいちろう)を結成。
もっと読む
浜 圭介(はま けいすけ、1946年4月8日 - )は、日本… 浜 圭介(はま けいすけ、1946年4月8日 - )は、日本の作曲家、元歌手。旧満洲(中国東北部)出身。 旧芸名は牧 宏次、大木 賢、浜 真二。本名は金野 孝(こんの たかし)。妻は元歌手の奥村チヨ。 1946年4月8日、旧満洲(中国東北部)の収容所で生まれ、1歳の時に日本に引き揚げる。青森県大鰐町、次いで北海道札幌市に移り住み幼少期を過ごす。 15歳の時に高校を中退し、歌手を目指し上京。森山加代子の付き人となる。 1964年、牧 宏次の芸名で『波止場のロック』で歌手デビュー。しかしヒットに恵まれず、一度青森に戻る。1966年に大木 賢(おおき けん)の芸名で『これが愛さ』で歌手として再デビュー。
もっと読む
岸 千恵子(きし ちえこ、1942年3月26日 - 2011… 岸 千恵子(きし ちえこ、1942年3月26日 - 2011年12月9日)は、日本の民謡歌手。 青森県南津軽郡碇ヶ関村(現在の平川市)出身。所属事務所は株式会社ミュージック・オフィス合田、所属レコード会社はEMIミュージックジャパン(旧·東芝EMI、現·ユニバーサルミュージック合同会社)。 1949年に7歳で初舞台を踏んでより、幼少時は「津軽の天才少女」と称された。結婚して一時歌手活動を休止していたが、1975年に現役歌手に復帰した。以来、津軽民謡の第一人者として全国的に活動を展開。歌いながらステージを所狭しと走り動き回る「ゆさぶり民謡」というダイナミックな独自のパフォーマンススタイルを確立(「ゆさぶり民謡」のきっかけは二日酔いで歌ったときだという)。
もっと読む
井沢 八郎(いざわ はちろう、本名:工藤 金一(くどう きん… 井沢 八郎(いざわ はちろう、本名:工藤 金一(くどう きんいち)、1937年〈昭和12年〉3月18日 - 2007年〈平成19年〉1月17日)は、日本の演歌歌手。青森県弘前市出身。女優の工藤夕貴と元俳優でクラブDJの工藤正貴は実子。2番目の妻は声優の青羽美代子。 青森県弘前市のひとかどの名家に出生、中学生の頃から歌唱力は評判だった。 中学卒業後、歌手を目指して上京。1963年に「男船」(作詞・松井由利夫、作曲・大沢浄二)で東芝音楽工業よりレコードデビューを果たし、同曲は30万枚を売り上げる。デビュー第三弾の「あゝ上野駅」は井沢八郎の代表曲であると同時に、高度経済成長期の日本の世相を反映する代表曲となる。
もっと読む
野村 雪子(のむら ゆきこ、1937年(昭和12年) - 2… 野村 雪子(のむら ゆきこ、1937年(昭和12年) - 2000年(平成12年)4月23日)は、昭和期に活動した日本の歌手。本名は佐々木 雪子。 1937年(昭和12年)、青森県弘前市に生まれる。中学時代にコロムビア・レコードの歌謡コンクールで4位入賞、その声を見込んでスカウトされ、1952年(昭和27年)に日本マーキュリーレコードから「伊豆の十三夜」でデビュー。 1954年(昭和29年)8月に発売した「初恋ワルツ」の初ヒットで全国区の人気を勝ち得、1955年(昭和30年)に引き抜かれる形でビクターレコードへ移籍。同年4月発売の「初恋シャンソン」、11月発売の「おばこマドロス」(吉川静夫作詞、吉田正作曲)と大ヒットを飛ばす。
もっと読む
菅原 都々子(すがわら つづこ、1927年(昭和2年)8月6… 菅原 都々子(すがわら つづこ、1927年(昭和2年)8月6日(ただし戸籍上は同年8月15日) - )は、日本の女性歌手。哀愁漂う独特のヴィブラートによる歌唱法を持ち味に「エレジー(悲歌)の女王」と呼ばれ、「NHK紅白歌合戦」の記念すべき歌唱者第1号(最初に歌った歌手)として著名である。本名は永松 都々子(ながまつ つづこ)。旧姓は菅原。 青森県十和田市出身、神奈川県相模原市南区在住。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)卒業。 1937年(昭和12年)にデビュー。独特の哀愁を帯びた個性的なビブラート唱法が特徴で、『江の島悲歌』(えのしまエレジー)や『月がとっても青いから』が代表曲として知られる。現在の時点で第1回、第2回NHK紅白歌合戦の出演者で最後の存命者でもある。
もっと読む
三条 町子(さんじょう まちこ、1925年1月9日 - 20… 三条 町子(さんじょう まちこ、1925年1月9日 - 2022年8月30日)は、日本の歌手。本名は藤田 信子(旧姓:宮野)。三條 町子の表記もある。 青森県八戸市に生まれる。作曲家大村能章の弟子。戦争中は栃木に疎開。 1948年(昭和23年)に上京し、同年、キングレコードから本名の「宮野信子」の名前で「泪のブルース」にてデビュー。他に「黄昏の花園」などを発表した。1949年(昭和24年)、芸名を「三條町子」として発表した「かりそめの恋」が大ヒットし、一躍その名が知られることとなった。1951年(昭和26年)には「東京悲歌」(とうきょうエレジー)も大ヒットした。大津美子の1956年(昭和31年)の代表作「ここに幸あり」はもともと三條町子の吹き込みで曲は制作されたが、三條が出産を控えていた為に、同じレコード会社の当時新人の大津に回ってきたというエピソードがある。
もっと読む
奈良 光枝(なら みつえ、1923年(大正12年)6月13日… 奈良 光枝(なら みつえ、1923年(大正12年)6月13日 - 1977年(昭和52年)5月14日)は、昭和時代の歌手。本名は佐藤 みつえ。美貌の歌手として知られた。 青森県弘前市出身。弘前高等女学校(現:青森県立弘前中央高等学校)卒業後、兄の学友であった作曲家の明本京静の薦めで東洋音楽学校に進学。病弱であったためクラシックやオペラを断念し、この事を明本に相談したところ、「マイクロフォンを使う歌手なら大丈夫」と助言を受け、1940年(昭和15年)3月、コロムビアのテストに合格し、16歳で専属歌手となる。同年6月に「胡弓哀歌」を吹き込むが、検閲により発売禁止になる。二作目の「南京花嬌子」で流行歌手としてデビューする。
もっと読む
波岡 惣一郎(なみおか そういちろう、1910年(明治43年… 波岡 惣一郎(なみおか そういちろう、1910年(明治43年)9月27日 - 1951年(昭和26年)12月10日)は、青森県八戸市出身の歌手。 青森県八戸市の大地主の息子として生まれるが、歌手になるために親の反対を押しきって東洋音楽学校に入学する。1936年(昭和11年)同校卒業後、日本劇場に出演などを経て、1937年(昭和12年)ビクターよりデビュー。「皇軍大捷の歌」、「かちどきの歌」、「大陸行進曲」、「日の丸行進曲」、「興亜行進曲」、「空の勇士」、「国民進軍歌」など、戦時歌謡を多く吹き込む。 1942年(昭和17年)にビクターのトップ歌手だった徳山璉が亡くなった事から、その後ビクターの戦時歌謡は波岡に回って来ることが多かった。
もっと読む
淡谷 のり子(あわや のりこ、1907年8月12日 - 19… 淡谷 のり子(あわや のりこ、1907年8月12日 - 1999年9月22日)は、青森県青森市出身の女性歌手。
もっと読む
原 信子(はら のぶこ、1893年〈明治26年〉9月10日 … 原 信子(はら のぶこ、1893年〈明治26年〉9月10日 - 1979年〈昭和54年〉2月15日)は、日本の声楽家、大正時代から昭和時代にかけて活躍した国際的オペラ・ソプラノ歌手。五十嵐喜芳、大谷冽子、増田晃久、久富吉晴、松浦知恵子、松島詩子、伊藤京子、宗孝夫等多くの歌手を育てた。 青森県八戸市大工町出身、幼少期に一家で上京する。1903年(明治36年)から三浦環に師事。東京音楽学校器楽科に入学。のちに声楽科に移るも中退し、その後ハンカ・ペツォールトやアドルフォ・サルコリに師事して声楽を修める。20歳の時、上海のヴィクトリア劇場で「蝶々夫人」に出演、歌手としてデビュー。 外遊のため退団した三浦環の後任として、帝国劇場歌劇部に入る。
もっと読む
内澤崇仁(うちさわ たかひと、Uchisawa Takahi… 内澤崇仁(うちさわ たかひと、Uchisawa Takahito、12月6日 - )は、日本のシンガーソングライター、ギタリスト、編曲家、音楽プロデューサーである。ロックバンド「androp」のボーカル・ギターであり、ほとんどの楽曲の作詞・作曲・編曲を手掛ける。ボーカル・ギター・ピアノ他多くの楽器演奏やプログラミングを担当。青森県八戸市出身。血液型はO型。 2008年にandropを結成、2011年にメジャー・デビュー(バンドとしての活動については「androp」を参照)。 「Postman」というバンドを組んでいた。解散した後に「過去のバンド名を表記しなきゃダメ」と言われ、「androp(内澤崇仁 ex.Postman)」と表記された。
もっと読む
西尾 夕紀(にしお ゆき 7月24日)は、青森県弘前市出身の… 西尾 夕紀(にしお ゆき 7月24日)は、青森県弘前市出身の演歌歌手・ものまねタレントである。本名・長尾知美(ながお さとみ)。現在の所属事務所はY.STYLE.。所属レコード会社は日本コロムビア。 父親が演歌好きである事から3歳の頃からカラオケを歌い始める。実家にはカラオケボックス並みの本格的なカラオケセットが備わっていたといわれる。弘前実業高校に2年在学。その後、東京都内の高校に転校し卒業。 1993年、「海峡恋歌」で歌手デビュー。1994年には第36回日本レコード大賞最優秀新人賞をはじめ、各新人歌手コンクールで入賞。 1998年から2009年まで日本テレビ『ものまねバトル』にレギュラー出演。
もっと読む
フルカワ ミキ は、日本のシンガーソングライター。本名、古川… フルカワ ミキ は、日本のシンガーソングライター。本名、古川 美季(読み同じ)。愛称はミキちゃん。青森県八戸市出身。
もっと読む
加賀 ひとみ(かが ひとみ)は、日本の声楽家、メゾソプラノ歌… 加賀 ひとみ(かが ひとみ)は、日本の声楽家、メゾソプラノ歌手。青森県十和田市出身。二期会および日本声楽家協会会員。聖徳大学音楽学部兼任講師。共立女子大学非常勤講師。 青森県十和田市出身。八戸聖ウルスラ学院高等学校音楽科では、1987年(昭和62年)にNHK全国学生音楽コンクール声楽部門で第3位に入賞した。 同校卒業後はいったん就職するが、音楽の道を諦めきれずに東京藝術大学音楽学部に進学、同大学院修士課程オペラ専攻修了した。 オペラではズボン役からカルメンまで器用にこなす。歌手としては、童謡のアレンジを中心としたリサイタルを各地で開くなど幅広く活躍している。 2016年(平成28年)3月に「トム・ジョンソン《4音オペラ》」(2015年3月公演)にて、第15回佐治敬三賞(主催・サントリー芸術財団)を受賞。
もっと読む