小笠原 和美(おがさわら かずみ、1971年9月7日- )… 小笠原 和美(おがさわら かずみ、1971年9月7日- ) は、日本の警察官僚。警察大学校国際警察センター所長兼警察庁長官官房審議官 (国際担当)・国際刑事警察機構執行委員 (アジア代表)。 現在、国際刑事警察機構のアジア代表で初の女性執行委員を務め、過去には栃木県警察で初の女性課長、福島県警察で初の女性部長、北海道警察で初の女性方面本部長、群馬県警察で初の女性本部長を務めた。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、慶應義塾大学総合政策学部に第1期生として入学し、卒業後の1994年 (平成6年)、警察庁に入庁 (田中俊恵・青山彩子・滝澤依子・佐野裕子・杉内由美子に続いて女性として6人目)。
柴田聡(しばた さとる、1969年 - )は、日本の財務・金… 柴田聡(しばた さとる、1969年 - )は、日本の財務・金融官僚。地域経済活性化支援機構常務取締役。 岩手県葛巻町生まれ。葛巻町立葛巻中学校、岩手県立盛岡第一高等学校から東京大学文科二類に入学。東京大学経済学部卒業。1992年 大蔵省入省(大臣官房文書課審査係)。法令審査官補を命じられ、1年目は銀行局、2年目は主税局を担当。1994年6月 大臣官房付(スタンフォード大学留学)。1996年7月 厚生省老人保健福祉局老人保健課企画係長。2度の診療報酬改定に携わる。1998年7月 大臣官房政策金融課長補佐。政府系金融機関に関する制度の企画立案や監督業務を担当。日本政策投資銀行が設立される。金融庁(金融再生委員会)の総括政務次官・副大臣秘書官時代は村井仁、宮本一三、村田吉隆の3人に仕える。
大沢 博(おおさわ ひろし、1967年〈昭和42年〉8月19… 大沢 博(おおさわ ひろし、1967年〈昭和42年〉8月19日 - )は、日本の自治・総務官僚。 岩手県九戸郡野田村出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1990年(平成2年)、東京大学法学部を卒業。同年、自治省に入省。入省後、観音寺税務署長、熊本県財政課長、自治財政局交付税課課長補佐、同局財政企画官、福井県総務部長、自治財政局交付税課長、同局財政課長、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼沖縄連絡室室員兼番号制度推進室審議官兼ギャンブル等依存症対策推進本部事務局審議官、同孤独・孤立対策担当室次長、同沖縄復帰50周年記念式典準備室審議官、自治行政局公務員部長などを歴任。 2023年(令和5年)7月7日、自治財政局長に就任。
菅原 希(すがわら のぞむ、1967年〈昭和42年〉5月21… 菅原 希(すがわら のぞむ、1967年〈昭和42年〉5月21日 - )は、日本の総務官僚。 岩手県西磐井郡花泉町(現・一関市)出身。岩手県立一関第一高等学校を経て、1990年(平成2年)、東北大学法学部を卒業し、総務庁に入庁。 入庁後、行政管理局管理官、行政評価局評価監視官、同政策評価課長、同行政相談課長、同総務課長、総務省大臣官房政策評価広報課長、同政策立案支援室長などを歴任。 2019年(令和元年)7月5日、内閣府大臣官房審議官(地方分権改革担当)兼内閣府地方分権改革推進室次長兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)に就任。 2020年(令和2年)7月20日、総務省大臣官房審議官(行政管理局担当)に就任。
源新英明(げんしん ひであき、1965年 - )は日本の大蔵… 源新英明(げんしん ひであき、1965年 - )は日本の大蔵・財務官僚。 岩手県生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校、上智大学法学部卒業。1988年 大蔵省入省(主計局総務課)。1992年 ケンブリッジ大学大学院修了(経済学修士)。1994年7月10日 小樽税務署長。2015年7月 財務省関税局総務課長。2016年6月17日 大臣官房会計課長。2017年7月7日 大臣官房付兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補)兼内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局企画・推進統括官。2019年7月 大臣官房付兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房郵政民営化推進室副室長兼内閣官房郵政民営化委員会事務局次長。
畑 浩治(はた こうじ、1963年9月28日 - )は、日本… 畑 浩治(はた こうじ、1963年9月28日 - )は、日本の建設官僚、政治家、行政書士。元衆議院議員(2期)。 国土交通省総合政策局情報企画課課長補佐、都市基盤整備公団公園企画課課長、独立行政法人都市再生機構営業推進室チームリーダー、民主党幹事長補佐、生活の党幹事長代理兼総合政策会議議長などを歴任した。 1963年、岩手県久慈市に生まれる。父親は大工であった。1981年、岩手県立盛岡第一高等学校を卒業した。上京して早稲田大学に入学、法学を専攻した。1985年、早稲田大学を卒業した。 「地域の発展に携わりたい」と考え、1987年に建設省に入省した。建設省の内部部局においては、1992年に道路局の道路総務課にて企画係の係長となり、第11次道路整備5か年計画の策定に携わった。
武田 俊彦(たけだ としひこ、1959年9月2日 - )は、… 武田 俊彦(たけだ としひこ、1959年9月2日 - )は、日本の厚生労働官僚。厚生労働省医薬食品局長、厚生労働省医政局長、厚生労働省政策参与などを経て、岩手医科大学客員教授、ボストン・コンサルティング・グループのシニア・アドバイザー。 岩手県出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1983年、東京大学法学部卒業。国家公務員上級甲種(法律)を受け、厚生省入省。1999年、厚生省大臣官房政策課企画官。同年、丹羽雄哉厚生大臣秘書官事務取扱。2000年、厚生省大臣官房政策課企画官。2001年、厚生労働省大臣官房総務課企画官。2002年、厚生労働省保険局医療課保険医療企画調査室長。 2004年、社会保険庁運営部医療保険課長。
坂下 広朗(さかした ひろあき、1957年7月1日 - )は… 坂下 広朗(さかした ひろあき、1957年7月1日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省海事局長や、国土交通省大臣官房技術総括審議官等を経て、日本海事協会会長。 1976年岩手県立盛岡第一高等学校卒業 1980年横浜国立大学工学部船舶海洋工学科卒業、運輸省(現国土交通省)入省。 1999年日本貿易振興会ロンドン・ジャパン・シップ・センター次長 2004年国土交通省海事局技術課長、国土交通省大臣官房参事官(海事局担当) 2005年海事局企画課長。日本船舶技術研究協会の設立などにあたった。 2007年海事局造船課長。 2008年海事局安全・環境政策課長。 2011年大臣官房技術審議官(海事局担当)。
皆川 芳嗣(みながわ よしつぐ、1954年4月27日 - )… 皆川 芳嗣(みながわ よしつぐ、1954年4月27日 - )は、日本の農林官僚。農林水産省関東農政局長、林野庁長官などを歴任し、2012年9月から2015年8月まで農林水産事務次官を務めた。 1954年、福島県いわき市で生まれる。高校は岩手県立盛岡一高に入学し、その後転校をして都立小山台高校を卒業している。東京大学に進学し、1977年に東大経済学部を卒業。翌1978年農林省入省。1990年から1993年まで兵庫県農林水産部に出向し、県の農業農村整備に携わる。2007年7月林野庁次長、2010年7月 林野庁長官、2012年9月 農林水産事務次官に就任。2024年、瑞宝重光章受章。
阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は… 阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は、日本の財務官僚。財務省理財局管理課長、四国経済連合会参与、四国財務局長等を務めた。2023年11月に瑞宝中綬章を受章した。
小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元… 小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元官僚。岩手県陸前高田市生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学農学部水産学科卒業、イェール大学経営大学院修了(MBA取得)。2004年、博士(農学)(東京大学)取得。在イタリア大使館一等書記官を経て、水産庁漁業交渉官として捕鯨を担当。2000年から資源管理部参事官、2002年8月1日から2005年まで漁場資源課長。元国際捕鯨委員会(IWC)日本代表代理、元国連食糧農業機関(FAO)水産委員会議長、元インド洋マグロ漁業委員会日本代表。2005年4月から水産総合研究センターに理事(開発調査担当)として出向。2007年12月3日水産庁増殖推進部付。
及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10… 及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10月17日 - )は、日本の通産・防衛官僚。岩手県和賀郡東和町(現:花巻市)出身。 東京大学経済学部経済学科卒業後、通商産業省に入省(通商局通商調査課)。入省同期に、町村信孝(衆議院議員)、太田信一郎(特許庁長官・及川の後任)、藤島安之(駐パナマ大使)などがいる。 通商産業省大臣官房総務審議官、防衛庁装備局長を経て、2000年に特許庁長官となる。退官後は財団法人機械産業記念事業財団参与、野村総合研究所顧問、日本政策投資銀行理事、独立行政法人経済産業研究所理事長、公益社団法人発明協会副会長などを務めている。
小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月1… 小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月19日 - )は、日本の政治家・元官僚。元二戸市長。 岩手県二戸市出身。1963年(昭和38年)北海道大学農学部卒。1963年(昭和38年)厚生省に入省。同省国立公園部レンジャーを経て、1978年(昭和53年)環境庁設立の参画に加わり、同庁大気保全局に入局。1988年同庁同局課長、1991年(平成3年)同庁同局国立公園課長を務めたのち退職。 1992年(平成4年)二戸市長選に出馬し、当時の現職市長國分保男との一騎討ちによる選挙戦を制し初当選を果たす。以来、2006年(平成18年)1月1日に浄法寺町との新設合併により新たな二戸市が誕生するまでの間に4期連続で当選(うち2回は無投票)し、合併直後の2006年1月29日の市長選でも対立候補の元県議であった工藤篤を破って当選し新市の初代市長となり、2010年(平成22年)1月に当時の副市長小保内敏幸に市長を譲り、勇退するまで旧二戸市時代も含め計5期約18年に渡り市長を務めた。
及川 昭伍(おいかわ しょうご、1932年〈昭和7年〉3月2… 及川 昭伍(おいかわ しょうご、1932年〈昭和7年〉3月29日 - 2020年〈令和2年〉2月14日)は、日本の官僚。元国民生活センター理事長、元経済企画庁総合計画局長。岩手県盛岡市出身。
岩動 道行(いするぎ みちゆき、1913年〈大正2年〉10月… 岩動 道行(いするぎ みちゆき、1913年〈大正2年〉10月15日 - 1987年〈昭和62年〉1月25日)は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党衆議院議員(1期)・参議院議員(4期)。科学技術庁長官。 元衆議院議長林譲治の女婿。元衆議院議員岸田正記の妻・和子は従姉妹に当たる。 岩手県紫波郡赤石村(現・紫波町)に生まれた。岩動康治の二男。 盛岡中学、旧制府立高校を経て、1939年、京都帝国大学法学部卒業、大蔵省に入省。為替局属。広島税務署長、吉田内閣総理大臣秘書官、主計局主計官(文部・厚生担当)、管財局閉鎖機関課長、管財局特殊清算課長、外務省在英国大使館参事官などを歴任。1960年2月1日、東海財務局長。
増田 盛(ますだ さかり、1913年4月11日 - 1991… 増田 盛(ますだ さかり、1913年4月11日 - 1991年9月23日)は、日本の政治家、参議院議員(3期、自由民主党)、農林官僚。 岩手県胆沢郡前沢町(現奥州市)出身。 岩手県立一関中学校、京都帝国大学法学部卒。大学在学中滝川事件に対する教授らへの対応に抗議し、無期停学処分を受ける。 1937年大学卒業後、農林省に入省。振興局長などを務めて退官。 1963年、岩手県知事選に出馬するも落選。衆議院議員選挙にも落選し、5年間浪人生活を送る。 1968年の第8回参議院議員通常選挙に当選してから、参議院議員を3期、農水・行政管理・北海道開発各政務次官を務めた。1986年の第14回参議院議員通常選挙には無所属で出馬したが落選し、政界から引退。
尾澤 淸太郞(おざわ せいたろう、1896年3月5日 - 1… 尾澤 淸太郞(おざわ せいたろう、1896年3月5日 - 1964年10月30日)は、日本の拓務官僚、実業家。弁護士。階級は樺太庁警視。位階は正五位。勲等は勲五等。姓の「澤」は「沢」の旧字体、名の「淸」は「清」の異体字、「郞」はJIS X 0208では「郎」と同一の区点が割り当てられていることから、尾澤 清太郎、尾沢 清太郎などとも表記される。 樺太庁警察部警務課課長、敷香支庁支庁長、大泊支庁支庁長、樺太庁農林部林務課課長、樺太庁殖産部林務課課長、樺太開発株式会社林務課課長、樺太製材株式会社取締役などを歴任した。 岩手県出身の拓務官僚である。樺太庁属として入庁し、樺太庁警察部にて警務課の課長などを歴任した。
大矢 半次郎(おおや はんじろう、1892年〈明治25年〉1… 大矢 半次郎(おおや はんじろう、1892年〈明治25年〉1月9日 – 1977年〈昭和52年〉12月7日)は、大正から昭和期の大蔵官僚、弁護士、政治家。参議院議員、農林中央金庫副理事長。旧姓は佐々木。 岩手県紫波郡、のちの都南村(現盛岡市)で、佐々木定吉の三男として生まれ、政治家大矢馬太郎の養子となり1918年(大正7年)に分家した。盛岡中学校(現岩手県立盛岡第一高等学校)を経て、第一高等学校を卒業し、1917年(大正6年)10月、文官高等試験行政科試験に合格。1918年、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業した。同年、大蔵省に入省し参事官室属となる。 以後、富山税務署長、品川税務署長、永代税務署長、仙台税務監督局直税部長、大阪税務監督局直税部長、銀行検査官、大蔵省主税局国税課長兼主税局臨時土地調査課長、東京税務監督局長、日本銀行監理官、大蔵省主税局長などを歴任。
入間野 武雄(いるまの たけお、1890年〈明治23年〉1月… 入間野 武雄(いるまの たけお、1890年〈明治23年〉1月6日 - 1958年〈昭和33年〉7月3日)は、日本の大蔵官僚。帝国銀行2代目頭取、日本専売公社総裁。 岩手県胆沢郡水沢町(のち水沢市、現在の奥州市)出身。1904年、水沢で小学校を終えると上京し東京市赤坂区霊南坂町十七番地の従兄弟にあたる斎藤実方に単身寄留。東京府立一中(現・東京都立日比谷高等学校)、旧制一高を経て、1914年高等文官試験に合格。同年東京帝国大学法学部政治学科卒。 大蔵省入省後、横須賀・厩橋各税務署長、名古屋税務監督局経理部長、神戸税関総務課長、東京税務監督局経理部長、同局間税部長、大蔵事務官、主税局勤務、銀行検査官、営繕管財局総務部長、1932年内閣総理大臣秘書官兼大蔵書記官、1934年銀行検査官兼営繕管財局理事、大臣官房会計課長、専売局販売部長、造幣局長、預金部長、1937年銀行局長、1940年退官。
馬場 義也(ばば よしや、1888年(明治21年)10月22… 馬場 義也(ばば よしや、1888年(明治21年)10月22日 - 没年不詳)は、日本の内務官僚。神奈川県平塚市長。 岩手県盛岡市出身、盛岡中学卒業。1916年(大正5年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、高等文官試験に合格した。福井県属、同今立郡長、北海道庁理事官、同空知支庁長を歴任した。関東大震災後、帝都復興院事務官となり、のち復興局事務官、同地方事務官となった。 1927年(昭和2年)、山形県書記官・警察部長に転じ、さらに岐阜県書記官・警察部長、北海道庁部長・警察部長を務めた。 退官後の1933年(昭和8年)に平塚市長に選出された。 1935年(昭和10年)に退任した後は、大同映画株式会社社長を務めた。
二見 直三(ふたみ なおぞう、1888年〈明治21年〉10月… 二見 直三(ふたみ なおぞう、1888年〈明治21年〉10月4日 - 1953年〈昭和28年〉12月30日)は、日本の内務・警察・台湾総督府官僚。官選滋賀県知事、盛岡市長。 岩手県盛岡市出身。二見直吉の長男として生まれる。盛岡中学、第八高等学校を卒業。1915年、東京帝国大学法科大学を卒業。1917年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1918年2月、内務省に入省し福井県属となる。 以後、福井県警視、山口県理事官、秋田県書記官・学務部長、大分県書記官・警察部長、奈良県書記官・警察部長、京都府書記官・警察部長、宮城県内務部長、北海道庁土木部長などを歴任。 1936年4月、滋賀県知事に就任。同年9月、台湾総督府警務局長に転じた。
万 富次郎(よろず とみじろう、1887年(明治20年)12… 万 富次郎(よろず とみじろう、1887年(明治20年)12月16日 - 没年不詳)は、日本の内務官僚。東京市本所区長。 岩手県和賀郡十二鏑村(現在の花巻市)出身。岩手県立遠野中学校、第一高等学校を経て、1916年(大正5年)に東京帝国大学法科大学を卒業した。長崎県警部、同工場課長、保安課長、商工水産課長、農林課長、長野県蚕糸課長、地方課長、庶務課長、宮崎県学務部長、愛媛県警察部長、宮城県警察部長、佐賀県内務部長を歴任した。 退官後は東京市本所区長、東京市社会局庶務課長、同職業課長、日本米穀株式会社名古屋支店長を務めた。
浅利 三朗(淺利 三朗、あさり さぶろう、1882年(明治1… 浅利 三朗(淺利 三朗、あさり さぶろう、1882年(明治15年)11月10日 – 1966年(昭和41年)11月3日)は、日本の内務及び朝鮮総督府官僚、政治家。栃木県知事(官選第25代)、香川県知事(官選第19代)、衆議院議員(3期)。 岩手県西磐井郡平泉町出身。浅利杏坪の三男として生まれ、兄・浅利寛の養子となる。一関中学、第二高等学校を経て、1909年7月、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。同年12月、内務省に入省し三重県属となり、内務部勧業課に配属された。 1910年5月、三重県内務部地方課に配属。以後、山形県事務官、同視学官、大阪府視学官、茨城県警察部長、高知県警察部長、新潟県警察部長、北海道庁警察部長、富山県内務部長などを歴任。
田子 一民(たご いちみん、1881年〈明治14年〉11月1… 田子 一民(たご いちみん、1881年〈明治14年〉11月14日 - 1963年〈昭和38年〉8月15日)は、日本の官僚、政治家。位階は正三位。 衆議院議長(第34代)、衆議院副議長(第27代)、官選三重県知事、農林大臣(第4次吉田内閣)、衆議院議員(通算9期)などを務めた。岩手県盛岡市出身。東京帝国大学法科大学卒業。 岩手県士族の田子勘治の次男として生まれる。現在の盛岡市立城南小学校、盛岡中学、旧制二高を経て、1908年、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業し、内務省に入省。山口県警部、山口県都濃郡長、山口県警察部長、内務省社会局第一課長兼第二課長、社会局長、官選三重県知事などを歴任し、その後政界に転じる。
金子 弥平(かねこ やへい、安政元年12月(1854年) -… 金子 弥平(かねこ やへい、安政元年12月(1854年) - 1924年2月17日)は、明治期の官僚、満州開拓者、実業家。興亜会や黒龍会といったアジア主義団体に幅広く通じたナショナリストの魁的な存在。正式名は金子弥兵衛。 弥平はペリー来航の翌年、安政元年12月(1854年)に現在の岩手県花巻市で生まれる。金子家は近江系の有力商家で、南部藩から苗字帯刀を許されていた郷士に当たる人物である。明治維新後の1872年(明治5年)の春に単身上京して福澤諭吉の書生となり、翌年の1873年(明治6年)5月には慶應義塾に入る。卒業後は、郷党の先輩・東政図に触発され、清国北京公使館通弁見習として大陸に渡り、種々の活動を試みた。
阿部 浩(あべ ひろし、嘉永5年1月3日(1852年1月23… 阿部 浩(あべ ひろし、嘉永5年1月3日(1852年1月23日) - 大正11年(1922年)10月7日)は、日本の内務官僚、政治家。群馬県知事、千葉県知事(2期)、富山県知事、新潟県知事、東京府知事(2期)を歴任。衆議院議員(2期)、貴族院議員、日本赤十字社特別社員を務めた。位階および勲等は正三位・勲一等。陸奥国岩手郡盛岡出身。邸は荏原郡大井町元芝にあった。 南部藩士阿部雄平の子として生まれる。4つ年下の原敬とはいわゆる幼馴染の間柄であり、後に原に郵便報知新聞入社を勧めたのも阿部であったとされている。戊辰戦争後に上京して慶應義塾(後の慶應義塾大学)に学び、苦学の末に卒業して1874年に岡山県職員として採用され、後に工部省職員、鉄道事務官を経て内務省に移籍して社寺局長にまで昇った。
米澤 健(よねざわ たけし)は、日本の総務官僚。内閣府大臣官… 米澤 健(よねざわ たけし)は、日本の総務官僚。内閣府大臣官房審議官や、消防庁次長等を経て、危険物保安技術協会理事長。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1987年一橋大学法学部卒業、自治省入省。2001年総務省大臣官房秘書課課長補佐。消防庁国民保護・防災部防災課国民保護室長を経て、2008年内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)併任。2009年政治資金適正化委員会事務局参事官。2012年辞職、地方公務員共済組合連合会事務局長。2013年消防庁予防課長。 2015年消防庁国民保護・防災部防災課長。2016年兼国民保護・防災部防災課国民保護室長事務取扱。2017年から内閣府大臣官房審議官(防災担当)を務め、災害情報ハブなどの官民連携により対策推進等にあたった。
伊藤 忠一(いとう ちゅういち)は、日本の法務官僚、外交官。… 伊藤 忠一(いとう ちゅういち)は、日本の法務官僚、外交官。リオデジャネイロ総領事、駐ネパール特命全権大使等を経て、日本ネパール協会会長を務めた。 岩手県生まれ。岩手県立一関第一高等学校を経て、1955年東北大学文学部卒業。1956年法務省入省。1962年外務省入省。1974年外務大臣官房領事移住部旅券課長。1978年在中華人民共和国日本国大使館参事官。1980年在ペルー日本国大使館参事官、リマ総領事。1983年リオ・デ・ジャネイロ総領事。1987年駐エティオピア特命全権大使。同年勲五等双光旭日章受章。1990年駐ネパール特命全権大使。退官後、日本ネパール協会(日ネ協会)会長や、セブンサミッツ持続社会機構特別顧問を務めた。