酒井 瑛里(さかい えり、1986年9月28日 - )は、日… 酒井 瑛里(さかい えり、1986年9月28日 - )は、日本のタレント、モデル。 宮城県仙台市出身。オスカープロモーション→フリーランサー→HONEST。オスカー時代は女性アイドルグループ「美少女クラブ31」の元メンバーで、同グループの派生ユニット「ティーンエイジクラブ」のメンバーでもあった。
宮城県:1,825人
酒井 瑛里(さかい えり、1986年9月28日 - )は、日… 酒井 瑛里(さかい えり、1986年9月28日 - )は、日本のタレント、モデル。 宮城県仙台市出身。オスカープロモーション→フリーランサー→HONEST。オスカー時代は女性アイドルグループ「美少女クラブ31」の元メンバーで、同グループの派生ユニット「ティーンエイジクラブ」のメンバーでもあった。
丹野 研太(たんの けんた、1986年8月30日 - )は、… 丹野 研太(たんの けんた、1986年8月30日 - )は、宮城県仙台市泉区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 2005年にセレッソ大阪に入団。 2007年、当時九州リーグ所属だったV・ファーレン長崎へ期限付き移籍。レギュラー取りとはならなかったが、公式戦初出場を果たす。シーズン終了後にC大阪へ復帰したが、復帰後もキム・ジンヒョンの控えにとどまった。 2011年途中に大分トリニータに期限付き移籍。この年はシーズン終盤の数試合にスタメンで出場した。 2012年からは完全移籍となり、1月23日に入籍もした。清水圭介の後塵を拝しベンチを温める日々が続いたが、第41節・モンテディオ山形戦でスタメンに抜擢されると、以降のJ1昇格プレーオフを含む全公式戦に出場し全試合で失点を許さず、大分のJ1昇格の立役者の一人となった。
千葉 知裕(ちば ともひろ、1986年7月11日 - )は、… 千葉 知裕(ちば ともひろ、1986年7月11日 - )は、宮城県出身の実業家、経営者。Macbee Planet代表取締役社長。 宮城県古川市(現・大崎市古川)出身。2001年に大崎市立古川東中学校、2004年に宮城県古川高等学校を経て、2009年中央大学法学部卒業。中央大学法学部在学中に、公認会計士試験に合格。2010年4月にあずさ監査法人に入所。監査法人時代には、会計監査、IPO(株式公開)支援を強みに、様々な業界のIPO支援とホールディングスカンパニーの経営管理・監査業務の支援、財務DDなどに従事。その後、2018年10月にMacbee PlanetにIPO(株式公開)責任者としてジョイン。
佐原 麻衣子(さはら まいこ、1986年〈昭和61年〉6月3… 佐原 麻衣子(さはら まいこ、1986年〈昭和61年〉6月30日 - )は、日本の女優。宮城県仙台市出身。オフィスカレント所属。桜美林大学卒業。 10歳の時に、母親に連れられ地元の市民ミュージカルに出演したことが女優を志すきっかけになる。その時、佐原は人前に出る事を「面倒だ」と感じていたが、本番の舞台に立った瞬間に「自分は表現で生きていく」と決意した。そこから、桜美林大学総合文化学群演劇専修に進学し、演劇表現を学びながら様々な劇団の舞台に出演していた。 2010年、所属していた劇団の公演に観に来ていた元俳優の広瀬裕に「変な女優がいる」と気に入られ、広瀬が代表を務める芸能事務所オフィスカレント所属となる。
藤本 知恵(ふじもと ちえ、1986年6月20日 - )は宮… 藤本 知恵(ふじもと ちえ、1986年6月20日 - )は宮崎県出身の女子サッカー選手。ポジションはMF。 中学生時代の2000年、L・リーグに昇格したルネサンスFCの中心選手として活躍。卒業後は女子サッカーの名門である聖和学園高校に進学。早稲田大学時代には一年生時からレギュラーを獲得し、全日本大学女子サッカー選手権での初優勝(1年時)、準優勝(4年時)にも貢献した。大学卒業後、古巣のルネサンス熊本FCに参加。
大久保剛志(おおくぼ ごうし、1986年6月14日 - )は… 大久保剛志(おおくぼ ごうし、1986年6月14日 - )は、宮城県岩沼市出身の元プロサッカー選手。ポジションは元々はFWであったが、MF(ウイングバック)やDF(サイドバック)としてもプレーした。 宮城県岩沼市出身。ベガルタ仙台のユースチームから2005年にトップチームに昇格を果たしたが、出場機会に恵まれず、2008年、JFLのソニー仙台FCへ期限付き移籍。移籍期間を2度延長し2010年まで在籍。2010年9月5日には天皇杯でベガルタ仙台と対戦した。天皇杯ではJ1チームから2年連続で得点を決めている(2009年は大宮、2010年はC大阪から)。 2011年、4シーズンぶりにベガルタ仙台へ復帰するも、出場機会を得られず、同年限りで退団。
佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、… 佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、日本の男子陸上競技選手(長距離種目)。宮城県加美町出身。仙台育英学園高等学校卒業、順天堂大学を経てトヨタ紡織に所属した。 2002年高校駅伝の新興校である仙台育英高校に入学、その後から本格的に陸上競技に取り組んだ。元々はサッカーをしていたが宮城県中学校総合体育大会の駅伝に出場していたところ、渡辺高夫監督により見出されたことが転向のきっかけであるという。練習ではサムエル・ワンジルと切磋琢磨し力をつけた。 高校3年時には、当時佐久長聖高校3年の佐藤悠基とともにインターハイ、国体、国内主要駅伝大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、ダブル佐藤という言葉まで発生した。
菅田 壱道(すがた かずみち、1986年5月9日 - )は、… 菅田 壱道(すがた かずみち、1986年5月9日 - )は、宮城県出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第91期卒業。日本競輪選手会宮城支部に所属。 父は、競輪学校第47期生の菅田彰人(引退)。また、弟の菅田謙仁(109期)、伯父の菅田順和(36期、引退)、従兄弟の菅田和宏(88期)・菅田賀子(104期、引退)も競輪選手という、競輪一家で育つ。 仙台商業高校に進学してから本格的に自転車競技に取り組み、2004年のジュニア世界選手権自転車競技大会のチームスプリント(ロサンゼルス)において、柴崎淳、大西祐とのトリオで2位に入る。1回戦で記録した47秒110は、250mバンクのジュニア日本記録である(2011年時点)。
山田 篤史(やまだ あつし、1986年5月8日 - )は、日… 山田 篤史(やまだ あつし、1986年5月8日 - )は、日本の俳優。本名、山田 隆祐(やまだ りゅうすけ)。アイリンク所属。以前は、エビス大黒舎・Team Ebisuに所属していた[注釈 1]。宮城県亘理郡山元町出身。身長173cm、体重58kg。宮城県仙台向山高等学校卒業。
真壁 賢守(まかべ けんじ、1986年5月3日 - )は、宮… 真壁 賢守(まかべ けんじ、1986年5月3日 - )は、宮城県柴田郡村田町出身の元社会人野球選手。 東北高校時代はダルビッシュ有と共にチームを支え、黒い眼鏡が話題となり「マカベッシュ」、「メガネッシュ」と呼ばれた。 村田町立村田第一中学校時代にはエースとして全国大会に出場。東北高校へと進学し、2年生であった2003年に当時監督であった若生正廣の助言でサイドスローに転向した。同年の第85回全国高等学校野球選手権大会に背番号18で出場し、1回戦の筑陽学園戦でエース・ダルビッシュ有の腰痛による早期降板のあと3番手として甲子園初登板を果たし、1点差に迫られながらも最後まで投げ切り、勝利へと導いた。その後もダルビッシュとの2枚看板で近江、光星学院などの強豪校を破り、決勝へ進出するも登板機会はなく、チームも2-4で常総学院に敗れ、東北勢初の優勝とはならなかった。
大久保 将人(おおくぼ まさと、1986年4月17日 - )… 大久保 将人(おおくぼ まさと、1986年4月17日 - )は、東京都江東区出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー、フォワード。 50メートルを超えるロングスローを備えるフォワードとして高校サッカー界で注目された選手。高校卒業後、2005年にJリーグ・川崎フロンターレに入団。川崎では長身を買われディフェンダーとしてプレーした。 2007年、出場機会を得るためJFL・FC琉球にレンタル移籍し、リーグ戦7試合に出場した。同年シーズン終了後の契約は更新されず、翌2008年は合同トライアウトや地域リーグのチームの練習に参加するなどし新たな場を模索していたが、同4月に現役を退いた。 スローイングの最高距離は高校時代すでに50m近くあり、日本のサッカー選手では珍しい「スローイングからチャンスメイクできる選手」として注目を浴びた。
風間みなみ(かざま みなみ、1986年3月9日 - )は、ラ… 風間みなみ(かざま みなみ、1986年3月9日 - )は、ラジオパーソナリティ、リポーター、フリーアナウンサー。 宮城県仙台市出身。宮城教育大学教育学部卒。趣味は読書。中華人民共和国吉林省長春市に留学経験がある。 2009年(平成21年)からエフエム長崎のラジオパーソナリティとなり、在長崎局のテレビ番組にも出演した。 2012年(平成24年)秋に入籍。 2016年(平成28年)より、地元の宮城県に戻って活動。 2022年(令和4年)1月より、台湾国際放送アナウンサー 2023年(令和5年)3末で台湾国際放送退職
相澤 寿(あいざわ ひさし、1986年3月8日 - )は、日… 相澤 寿(あいざわ ひさし、1986年3月8日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 宮城県大崎市出身。友達の紹介で鹿島台小学4年(鹿島台スポーツ少年団)よりバレーボールを始める。仙台商業高校時代に千葉伸次監督のもとで才能を開花し高校日本代表に選ばれる。高校時代は春高・インターハイに出場。大学は監督と同じ日本体育大学に進学。日本体育大学時代にはインカレで優勝、MVPを獲得し、2008年、Vプレミアリーグの東レアローズ入団。 第57回(2008年)黒鷲旗選抜大会で若鷲賞(新人賞)を受賞した。 同年日本代表に初選出され、2008年ワールドリーグに出場した。 東レでは途中出場が中心だったが、試合に出ると活躍した。
佐藤 千晶(さとう ちあき、1986年1月25日 - )は、… 佐藤 千晶(さとう ちあき、1986年1月25日 - )は、日本の女性フリーアナウンサー。みなと気仙沼大使。
早坂 秀悟(はやさか しゅうご、1986年1月22日 - )… 早坂 秀悟(はやさか しゅうご、1986年1月22日 - )は、宮城県仙台市出身の競輪選手。日本競輪学校第90期卒業。日本競輪選手会茨城支部に所属。師匠は相原健樹。父親は日本競輪学校第49期生の早坂悟。 2003年、仙台市立仙台商業高等学校在学中に佐世保競輪場で開催された全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)のチームスプリントで優勝(長田、早坂、菅田)。同年、全国都道府県対抗自転車競技大会では、1kmタイムトライアルで優勝。 同校卒業後の2004年、四日市競輪場で開催されたアジア自転車競技選手権大会では、ジュニア部門で1分6秒493の大会新記録を出し、1kmタイムトライアルを制し、ケイリンでも優勝した。
姫宮 なぎさ(ひめみや なぎさ、1986年1月16日 - )… 姫宮 なぎさ(ひめみや なぎさ、1986年1月16日 - )は、宮城県名取市出身のアイドルタレント、女優、モデル。大学院修了後は就職し、芸能活動からは引退。 この項目は、アイドル(グラビアアイドル・ライブアイドル・ネットアイドル・レースクイーン・コスプレイヤーなどを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル:アイドル/プロジェクト:芸能人/プロジェクト:ジャニーズ/プロジェクト:女性アイドル)。
おいでよ宮城(おいでよみやぎ、1986年 - )は、東京都在… おいでよ宮城(おいでよみやぎ、1986年 - )は、東京都在住の役者・料理人・ゆるキャラプロデューサーである。通称おい宮さん(おいみやさん)。 Twitterアカウント群・おいでよの一つである「おいでよ宮城」を運用している。宮城県名取市出身。 1986年、宮城県名取市生まれ。仙台第一高校卒業後、2004年に上京。 塾講師や料理人として働きつつ、空手選手や舞台俳優としても活動していた。2014年には東日本大震災を扱った舞台「What a wonderful world」に出演し、宮城県について深く考える契機になったという。 2011年の東日本大震災後には仕事を1か月休み、名取市閖上でがれき撤去のボランティアをするなど、宮城について考えることが多くなった。
片岡 大晴(かたおか まさはる、1985年12月24日 - … 片岡 大晴(かたおか まさはる、1985年12月24日 - )は、宮城県仙台市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。B3リーグのさいたまブロンコスに所属している。 白鷗大学在学中の2007年に栃木ブレックスに育成選手として入団。大学卒業後、プロ契約を結ぶ。 2009年、北米サマーリーグに参戦するニッポン・トルネードに加入。 2012年、bjリーグドラフト会議で京都ハンナリーズより1巡目指名を受け入団。 2013年、レバンガ北海道へ移籍。 2015年、地元である仙台89ERSに移籍。 2017年、京都ハンナリーズに移籍(復帰)。 2019年、仙台89ERSと2年契約を結び復帰。
大久保 悠(おおくぼ ゆう、1985年12月4日 - )は、… 大久保 悠(おおくぼ ゆう、1985年12月4日 - )は、東北放送の女性アナウンサー。 千葉県出身で、宮城県仙台市育ち。2009年に東北放送に入社した。同期は林朝子。既婚。家族は夫と娘3人。 宮城県第二女子高等学校(現:宮城県仙台二華高等学校)、東北外国語専門学校(現:東北外語観光専門学校)、岩手大学卒。 中学では陸上部に所属。高校時代は応援団長をしており、同期生に女優の瀬戸早妃(現:咲嬉)がいた。 TBC夏まつり事務局Facebookにて、結婚したことを明らかにした 。 2018年10月より第二子(次女)出産のため産休。2019年6月に復職。 2021年5月より第三子(三女)出産のため産休。
佐藤 弘祐(さとう こうすけ、1985年11月29日 - )… 佐藤 弘祐(さとう こうすけ、1985年11月29日 - )は、宮城県栗原市出身の元プロ野球選手(捕手)、指導者。 東北高校在学中に主にバッテリーを組んでいた投手が、1学年上の高井雄平、1学年下のダルビッシュ有と、いずれも高校卒業時にドラフト1巡目指名された好投手であった。その結果、彼らの速球を捕球するために特に守備能力が鍛えられ、恵まれた体格と相まって、高校生レベルでは守備力・特に捕球能力の評価が非常に高く、また肩の強さの評価も高かった。3年生時には春、夏の甲子園に連続出場、夏の甲子園ではダルビッシュ・真壁賢守の後輩投手をリードしてチームを準優勝に導く。 2003年のドラフト会議で読売ジャイアンツに7巡目で指名を受けて入団する。
奥山 泰裕(おくやま やすひろ、1985年11月21日 - … 奥山 泰裕(おくやま やすひろ、1985年11月21日 - )は、宮城県多賀城市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー、フォワード。 幼稚園時代からボールを蹴って遊び始め、小学校で地元のサッカー少年団で本格的にサッカーを始める。中学校進学と同時に塩釜FCジュニアユースへ入団、ユースまで同クラブで育つ。 高校卒業後は関東地方の大学に進学を希望、中央大学から推薦の話が来ていたが条件を満たせず、東北学院大学に進学。 卒業後はジェフユナイテッド市原・千葉へ入団するも出番はなく、ジェフリザーブズでの出場が主戦場となった。 2009年7月よりガイナーレ鳥取に移籍、当初はアルバイトをしながらプレーを続けていたが、翌シーズンよりプロ契約に切り替わった。
西舘 さをり(にしたて さをり、1985年9月20日 - )… 西舘 さをり(にしたて さをり、1985年9月20日 - )は日本の元女性モデル、タレント。本名、西舘 沙央理(にしたて さおり)。宮城県出身。Claudiaに所属していた。 いつも女優志望と言っているが、玉ニュータウンやゴッドタンで演技を見せられた共演者から「スゴイ下手」「大根」と呼ばれ、ゴッドタンではその説明不能な演技を「西舘式」と命名されている。奇跡ゲッター ブットバース!!の第1回演技下手王No.1決定戦で優勝した。 玉ニュータウンの市長の分身に下着を覗かれないように、タイツやレギンスを必ず履くらしい。 2014年9月29日付け自身のブログにて「西舘さをりは9月30日をもちまして、芸能界を引退します。
鎌田 智勝(かまた ともかつ、1985年9月15日 - )は… 鎌田 智勝(かまた ともかつ、1985年9月15日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。2011年までVプレミアリーグのFC東京に所属していた。 宮城県加美郡加美町出身。仙台育英高校を卒業後、ノースアジア大学へ進学。大学在学中の2007年にFC東京へ加入し、翌年入団した。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。 2011年、一身上の都合によりFC東京を退団した。
加藤 祐太(かとう ゆうた、1985年8月29日 - )は、… 加藤 祐太(かとう ゆうた、1985年8月29日 - )は、2016年現在トップイーストリーグ1部のセコムラガッツに所属するラグビー選手。
佐藤 幸大(さとう こうだい、1985年8月24日 - )は… 佐藤 幸大(さとう こうだい、1985年8月24日 - )は、宮城県出身のサッカー選手。ポジションは、フォワード。 2008年、富士大学からNECトーキンサッカー部へ入団し、4年間プレーした。 2012年、グルージャ盛岡へ移籍加入。リーグの得点王に輝いた。 2014年をもってグルージャ盛岡を退団し、2015年よりJFLのヴァンラーレ八戸に移籍。 2015年をもってヴァンラーレ八戸を退団。
宮川 葉月(みやかわ はづき、1985年8月17日 - )は… 宮川 葉月(みやかわ はづき、1985年8月17日 - )は、岩手県出身の女子サッカー選手。ポジションは、MF。
阿部 有希子(あべ ゆきこ、1985年8月16日 - )は、… 阿部 有希子(あべ ゆきこ、1985年8月16日 - )は、福島県出身の日本のバスケットボール選手である。ポジションはセンター。 聖和学園高校から、東北学院大学を経て、2008年、東京海上日動ビッグブルーに入社。
隼見 果奈(はやみ かな、1985年8月9日 - )は、日本… 隼見 果奈(はやみ かな、1985年8月9日 - )は、日本の小説家。 宮城県生まれ。大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川女子高等学校を卒業。2008年、大病を患うも、日常生活に支障がない程度に回復する。2012年、「うつぶし」で第28回太宰治賞を受賞する。 大病を患ったことで、「人はいつ死ぬかわからない。生きていられるのなら、小説を書こう。書きたい純文学を書こう」と決心した。好きな作家として、笙野頼子、金井美恵子、北野勇作、田村隆一、J・G・バラードなどを挙げている。趣味は、絵画制作と料理。
千田 健太(ちだ けんた、1985年8月2日 - )は、日本… 千田 健太(ちだ けんた、1985年8月2日 - )は、日本のフェンシング選手。種目はフルーレ。宮城県気仙沼市生まれ。父親はフェンシング選手の千田健一。 宮城県気仙沼高等学校、中央大学卒業。 小学校まではサッカーをやっていたが、中学に入ってから父にフェンシング選手になることを願い出た。その父による特訓によって右利きから左利きに変えた。高校では、父が監督、自らが主将 であった。 中央大学に進学してから、国際試合での実績を積み重ねた。大学3年時の2006年、フェンシングワールドカップシリーズ東京大会で3位入賞 を果たし、その年のアジア競技大会にも出場。 大学卒業後は地元宮城県に帰郷し、クラブチーム(宮城クラブ)に所属しながらワールドカップシリーズを転戦し、2008年北京オリンピック日本代表に選出された。
畠山 健介(はたけやま けんすけ、1985年8月2日 - )… 畠山 健介(はたけやま けんすけ、1985年8月2日 - )は、宮城県気仙沼市出身の日本のラグビー指導者。元ラグビー日本代表で、代表キャップ78を持つ。現役時代のニックネームは「空飛ぶヨコヅナ(もしくは空飛ぶプロップ)」など。 小学2年時にラグビースクールでラグビーを始める。 中学時代はバスケットボールを中心に活動していたが、仙台育英高校時代には3年連続で花園に出場。花園では、1年時にベスト4、3年時にベスト8進出。高校日本代表、U17日本代表にも選ばれる。 早稲田大学スポーツ科学部に進学し、1年時よりプロップとしてベンチメンバーに入り、2年時は右プロップのレギュラーを獲得。全国大学選手権優勝などに貢献。
平山 優(ひらやま ゆう、1985年7月25日 - )は、実… 平山 優(ひらやま ゆう、1985年7月25日 - )は、実業団である日本ユニシス所属のバドミントン選手である。宮城県塩竈市出身。聖ウルスラ学院英智中学校・高等学校、早稲田大学を卒業。身長163cm、血液型はO型。 七十七銀行所属のバドミントン選手、平山愛の妹で、姉が通っていたスポーツ少年団(塩釜ジュニア)についていき、9歳からバドミントンを始める。 高校2年生当時の2002年のインターハイのシングルスでは一つ上の学年の廣瀬栄理子を破り優勝した。3年時の翌2003年の大会では、1学年下の今別府香里に敗れ準優勝となった。その後の全日本総合選手権決勝では実業団所属の森かおりに1点差にまで迫る健闘を見せ、高校生ながら準優勝を成し遂げた。
吉田 翔太(よしだ しょうた、1985年7月3日 - )は、… 吉田 翔太(よしだ しょうた、1985年7月3日 - )は、宮城県仙台市出身の元ハンドボール選手。 国士舘大学時代は2007年に東日本学生選手権大会で優秀選手賞を受賞。 大学卒業後にセントラル自動車へ入社。2012年にセントラル自動車が関東自動車工業に吸収合併され、合併会社のトヨタ自動車東日本へ加入した。 2013-14年シーズンはリーグ7位の75得点を挙げ、シュート率はリーグ2位の.686を記録した。 2016-17年シーズンはリーグ7位となる74得点を記録。 2018-19年シーズン限りで現役を引退。 この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。
小室 希(こむろ のぞみ、1985年5月29日 - )は、宮… 小室 希(こむろ のぞみ、1985年5月29日 - )は、宮城県村田町出身のスケルトン選手。 俊足を生かしたスタートダッシュが武器の選手であり、これは村田町立村田第三小学校・村田町立村田第一中学校時代に取り組んだ陸上競技の練習が基礎となっている。 宮城県白石女子高等学校時代はソフトボールをしていた。仙台大学進学後に誘われてスケルトンを始める。 2006年11月、スケルトンワールドカップに初参戦。同年12月の全日本スケルトン選手権大会で初優勝した。2008年2月、世界ジュニアスケルトン選手権で6位。仙台大学卒業後は同大学大学院に進学。 2009年6月にソリ系競技の宣伝とスポンサー募集のため、リュージュの原田窓香、ボブスレーの本間南と共にユニット・「L☆BS」(エルビス)を結成した。
柴小屋 康行(しばこや やすゆき、1985年5月22日 - … 柴小屋 康行(しばこや やすゆき、1985年5月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 元プロサッカー選手の柴小屋雄一は兄。 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第二高等学校から早稲田大学へ進学し、2007年ユニバーシアードに出場。大学在学中にNECブルーロケッツの内定選手となり、卒業後の2008年4月に入団。5月の黒鷲旗大会でデビューを飾った。2008年度全日本代表登録メンバーに選出された。 2009年、NECの無期限活動停止に伴い、同年8月にサントリーサンバーズに移籍した。 2015年3月、現役引退が発表された。
ゴスケ( (1985-05-16) 1985年5月16日(4… ゴスケ( (1985-05-16) 1985年5月16日(40歳) - )は、日本のお笑い芸人。吉本興業所属。 体重71 kg。宮城県仙台市出身、仙台市立西山小学校・仙台市立西山中学校・東北学院高等学校を経て東京理科大学理学部第一部数理情報科学科卒業、東京理科大学大学院理学研究科修了。専攻は数学。なお、学科では1年次から2年次に上がる際に33%(120人中40人)が留年しており、4年でストレートで卒業できたのはおよそ50%であった。就職活動では100社に落ちたため芸人の道を選んだ。面接ではだいたい1次面接で落とされていた。受けていた会社は日立、フューチャー、NEC、IBMなどIT系であった。学部1年の際は好きな人に告白するもフラれて牛丼屋(松屋)のバイトシフトをフルに入れ、忙しくすることでフラれた辛さを忘れるなどしていた。
Tom-H@ck(トム-ハック、1985年5月13日 - )… Tom-H@ck(トム-ハック、1985年5月13日 - )は、日本のミュージシャン、作曲家、編曲家、ギタリスト、実業家。CAT entertainment株式会社代表取締役。宮城県石巻市出身。本名、大嶋文博(おおしま ともひろ)。 幼いころから父の音楽機材に囲まれ、祖父が尺八 、父親がギターを演奏している環境に育った。8歳のころにX JAPANを好きになり、従兄弟にYOSHIKIモデルのドラムスティックを見せられたことがきっかけでドラムを叩き始め、中学3年生でギターと曲作りを同時に始める。高校卒業後は音楽の専門学校へ進み、時東ぁみのバックバンドなどでプロとしての活動を開始。21歳で作曲家になることを決意し、作編曲家の百石元に2年間師事。
天野 実咲(あまの みさき、1985年4月22日 - )は、… 天野 実咲(あまの みさき、1985年4月22日 - )は、岐阜県出身の女子サッカー選手、サッカー指導者。フォルトゥナ・デュッセルドルフ・フラウエン所属。元サッカー日本女子代表。ポジションはゴールキーパー。 7歳の時に地元チームでサッカーを始め、中学時代は中学校の男子サッカー部と社会人女子サッカーチームでプレー。常盤木学園高等学校サッカー部を経て、早稲田大学ア式蹴球部女子所属時にゴールキーパーに転向した。早稲田大学在籍時の2007年にはJFAにより同年に制度化された女子特別指定選手として日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)1部の浦和レッズレディースでもプレー。また2007 FIFA女子ワールドカップに臨むサッカー日本女子代表に選出された。
かいかい(一ノ瀬海、1985年4月21日 - )は日本のプロ… かいかい(一ノ瀬海、1985年4月21日 - )は日本のプロマジシャン及び実業家である。クロースアップマジックとステージマジックの両方で活動しており、Magic Concept Bar「魔法使いの指輪」の支配人兼オーナー。血液型はA型。 宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部を卒業。 幼少の頃からヴァイオリン教育を受け、音楽的な表現に慣れ親しんで育つも、親に買ってもらったマジック道具をきっかけにマジックに興味を持ち、東北大学の学友会奇術部で本格的なマジックと出会う。 大学卒業後に上京し、プロマジシャンに弟子入りする。 師匠との関係が悪化し、一時はマジシャン活動から離れるも、2015年に活動を再開。 プロ復帰後は、町田のマジックバーでNo.1を獲得や、銀座のマジックレストランでレギュラー出演など活躍し、2025年にはMagic Concept Bar「魔法使いの指輪」を自ら立ち上げた。
中野 清香(なかの さやか、1985年4月20日 - )は、… 中野 清香(なかの さやか、1985年4月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮城県泉市(現:仙台市泉区)出身。実姉の影響で小学2年よりバレーボールを始める。 宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある古川学園高校在校時には、春高バレーなどで活躍した。東北福祉大学在学時には、東アジア地区バレーボール選手権大会などで活躍。 2008年三洋電機レッドソアに入団し、2008/09V・チャレンジリーグでは新人賞に輝いた。2010/11Vチャレンジリーグでは得点王に輝いた。 2011年5月に三洋電機レッドソアを退団し、同年10月、仙台ベルフィーユに移籍し、同チームの主将を務めることとなった。 2017年6月、仙台ベルフィーユのチーム消滅とともに現役引退。
渡辺 樹里(わたなべ じゅり、1985年3月26日 - )は… 渡辺 樹里(わたなべ じゅり、1985年3月26日 - )は、宮城県出身の女子サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 常盤木学園高等学校時代はサッカー部に所属。同級生に佐藤愛がいる。3年次に全日本高等学校女子サッカー選手権大会決勝戦では2得点を挙げ、同校初優勝に貢献した[リンク切れ]。 卒業後、新潟県の専門学校、JAPANサッカーカレッジに入学し、同時に当時北信越女子サッカーリーグ在籍中であったアルビレックス新潟レディースに入団。卒業まで同チームでプレーし、18試合に出場、5得点を挙げた。 同校卒業後、京都府内の企業に就職のため退団し、バニーズ京都サッカークラブに入団。現在も在籍中である。
齊藤 曜(さいとう よう、1985年1月26日 - )は、日… 齊藤 曜(さいとう よう、1985年1月26日 - )は、日本の男性総合格闘家。宮城県塩竈市出身。和術慧舟會トイカツ道場所属。 2007年12月22日にパンクラス フェザー級プロ昇格トーナメント 決勝戦が予定されていたが、対戦相手の佐藤将光の負傷欠場による不戦勝で優勝となり、プロ昇格を決めた。 2009年8月8日、パンクラス 第15回ネオブラッド・トーナメント フェザー級 決勝戦で内山重行と対戦し、判定負けを喫し準優勝となった。 2010年12月18日、2010年度修斗新人王決定トーナメント ライト級(-65kg) 決勝戦で佐々木憂流迦と対戦し、判定負けを喫し準優勝となった。 2014年2月2日、PANCRASE 256のバンタム級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチで王者の石渡伸太郎に挑戦し、判定負けを喫し王座獲得に失敗した。
小田原 のどか(おだわら のどか、1985年 - )は、日本… 小田原 のどか(おだわら のどか、1985年 - )は、日本の彫刻家・美術家・評論家。出版社代表。 学位は、博士(芸術学)(筑波大学・2015年)。 多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業後、東京芸術大学大学院美術研究科では小谷元彦に、筑波大学大学院人間総合科学研究科では逢坂卓郎に師事した。 多摩美術大学美術学部情報デザイン学科メディア芸術コース、芸術学科、京都市立芸術大学、北海道教育大学にて講師を非常勤で務める[要出典]。 宮城県仙台市生まれ。2004年宮城県宮城野高等学校美術科卒業、2008年多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業2010年東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。2015年筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程修了、「中西夏之の絵画思想 「絵画場」の形成にいたる経緯についての考察」で博士(芸術学)取得 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
岸 孝之(きし たかゆき、1984年12月4日 - )は、宮… 岸 孝之(きし たかゆき、1984年12月4日 - )は、宮城県仙台市太白区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 社会人野球の七十七銀行硬式野球部(宮城県仙台市)の初代監督である父親の影響で、仙台市立西中田小学校3年となった1993年(平成5年)から安久野球部(現:西中田ゴールデンアクロス)で野球を始めた。1997年に仙台市立柳生中学校に入学。 2000年に宮城県名取北高等学校(名取市)に進学。自宅に最寄りだったことと、野球部が坊主頭を強制していないことが同校選択の理由であると後のインタビューで答えている。5月には野球部退部も考えたが踏みとどまった。同年夏の身長は170cm、体重が51kg(宮城県大会登録メンバー表より)で、BMIが17.65(適正体重:63.58kg)とやせ型であり、体格に恵まれているわけではなかった。
いつか(1984年11月15日 - )は、日本の元女性キック… いつか(1984年11月15日 - )は、日本の元女性キックボクサー、元レースクイーン、元総合格闘家。本名は佐々木 いつか(旧姓横瀬)。スリーサイズはB89cm、W60cm、H88cm。血液型A型。宮城県塩竈市出身。夫は新宿レフティージム所属のキックボクサー秀樹。 モデルとして活動後上京、2004年に「RSオガワレースクイーン」に抜擢、同年10月にはDVD「Sunrise」を発売。 翌2005年には「チーム南部」所属の女子総合格闘家としても活動、深谷愛のデビュー戦で注目された4月29日のスマックガール北沢大会でYUKAЯI相手にデビュー。その後、月1回のペースで試合を行なう。6月には女子キックボクシング「ANGEL'S」にも参戦し桜朋梨恵と対戦した。
下山 学(しもやま まこと、1984年9月29日 - )は、… 下山 学(しもやま まこと、1984年9月29日 - )は、宮城県出身の元プロ野球選手(育成選手)。血液型はA型。
小松 大祐(こまつ だいすけ、1984年9月27日 - )は… 小松 大祐(こまつ だいすけ、1984年9月27日 - )は、日本のラグビー選手。 ラグビーは高校から始めた。 2003年、佐沼高校卒業後、立正大学に入る。 2007年、立正大学卒業後、リコーブラックラムズに加入。同年10月27日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の日本IBMビッグブルー戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2012年、リコーブラックラムズの主将に就任。3シーズン務めた。 2020年、リコーブラックラムズを退団した。
保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は… 保科 光作(ほしな こうさく、1984年8月31日 - )は、日本の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。宮城県出身。東北高校、日本体育大学卒業。日清食品グループ陸上競技部でコーチを務めた後、2017年4月に慶應義塾大学競走部のヘッドコーチに就任。 2003年に日本体育大学に入学すると、同学年の上野飛偉楼・鷲見知彦・稲垣晃司とともに「1年生カルテット」として注目された。保科は2003年の出雲駅伝で、大学駅伝デビュー戦ながら3区で区間賞獲得。その後も卒業まで、日本体育大学の主力選手として大学三大駅伝で活躍する。個人のレースでは、大学1年時に出場した地元である宮城県開催の仙台国際ハーフマラソンで、1時間03分09秒というタイムで優勝を飾った。
森田 智己(もりた ともみ、1984年8月22日 - )は、… 森田 智己(もりた ともみ、1984年8月22日 - )は、元競泳、背泳ぎ日本代表選手。宮城県黒川郡富谷町(現・富谷市)出身。2004年アテネオリンピック100m背泳ぎ、400mメドレーリレー銅メダリスト。元セントラルスポーツ所属。 50m背泳ぎ 25.38 100m背泳ぎ 53.85 200m背泳ぎ 1:58.32*これらはすべて長水路 【国際大会出場経験】 【2003年主要大会成績】 【2004年主要大会成績】 【2005年主要大会成績】 【2006年主要大会成績】 【2007年主要大会成績】 【2008年主要大会成績】
菊池 俊夫(きくち としお、1984年8月20日 - )は、… 菊池 俊夫(きくち としお、1984年8月20日 - )は、宮城県塩竈市出身の元プロ野球選手(内野手)。 仙台育英高校では2年生の時に第73回選抜高等学校野球大会に出場し、2年生ながら4番打者としてチームの準優勝に貢献した。当時は中谷翼、矢貫俊之とチームメイトだった。 2002年プロ野球ドラフト会議で、オリックス・ブルーウェーブに5巡目で指名され、入団。長打力があり、肩も強いと将来の大型内野手として期待された。 しかし、1年目の成績はウエスタンリーグで51試合出場、打率.101と散々な結果だった。 翌2004年もウエスタンでの出場は39試合と少なく活躍はできなかった。2004年末の球団合併・分配ドラフトを経て、2005年はオリックス・バファローズと契約。
後藤 幸樹(ごとう こうき、1984年7月31日 - )は、… 後藤 幸樹(ごとう こうき、1984年7月31日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 宮城県大崎市出身。東北高校時代から全国規模の大会で活躍、2001年2年次にはインターハイ3位・国体準優勝、2002年3年次には春高バレー優勝・インターハイ優勝・国体準優勝、春高バレーではベストリベロ賞も受賞した。進学した東海大でも数々の栄光に輝き、2006年の東西インカレ王座決定戦ではベストリベロ賞を受賞した。 2007年、日本たばこ産業(JT)に入社し、JTサンダーズに入部した。当初は酒井大祐の控えだった。2008年11月、酒井が右膝外側半月板を損傷し離脱したため、2008/09年シーズンのレギュラーを獲得した。