神田 裕(かんだ ゆたか、1958年(昭和33年)6月4日 … 神田 裕(かんだ ゆたか、1958年(昭和33年)6月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。元自由民主党茨城県総支部連合会事務局長。 茨城県水戸市生まれ。1982年(昭和57年)、明治大学経営学部卒業。後に自民党茨城県連事務局長就任。 2017年(平成29年)、第48回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロックに自由民主党から単独33位で出馬し、初当選した。 2021年(令和3年)の第49回衆議院議員総選挙では公認されず1期で退任した。
先﨑 光(まっさき ひかる、1957年(昭和32年)12月2… 先﨑 光(まっさき ひかる、1957年(昭和32年)12月21日 - )は、日本の政治家。茨城県那珂市長(1期)。元茨城県議会議員(2期)、元那珂市議会議員(1期)、元瓜連町議会議員。 茨城県那珂市出身。茨城県立太田第一高等学校卒業。 瓜連町議会議員、那珂市議会議員(1期)などを経て、2010年(平成22年)12月の茨城県議会議員選挙に立候補し初当選。県議時代は自由民主党に所属した。 2018年(平成30年)7月18日、任期満了に伴う那珂市長選挙に出馬する意向を表明。2019年(平成31年)1月27日告示、2月3日投票の市長選で無投票により初当選した。
石井 章(いしい あきら、1957年5月6日 - )は、日本… 石井 章(いしい あきら、1957年5月6日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、衆議院議員(1期)、参議院消費者問題に関する特別委員長、旧藤代町議会議員(4期)、取手市議会議員(2期)、旧藤代町議会議長、日本維新の会国会議員団両院議員総会長などを歴任。 茨城県取手市出身。3人兄弟の次男として、龍ケ崎市内の母親の実家で誕生。取手市で育つ。 取手市立藤代中学校、茨城県立土浦第一高等学校(夜間)、専修大学法学部法律学科(夜間)卒業。 1990年、藤代町議会議員に初当選。 2005年、藤代町の取手市への編入にともない、取手市議会議員となる。 2009年8月、第45回衆議院議員総選挙に民主党から比例北関東ブロック単独31位で立候補し、初当選。
小泉 俊明(こいずみ としあき、1957年4月26日 - )… 小泉 俊明(こいずみ としあき、1957年4月26日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、国土交通大臣政務官(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)、民主党副幹事長、減税日本幹事長(第2代)、取手市議会議員などを歴任した。 茨城県北相馬郡取手町(現在の取手市)生まれ。取手町立小文間小学校、取手市立取手第一中学校、茨城県立竜ヶ崎第一高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。早稲田大学在学中は雄弁会に所属した。大学卒業後、中小企業経営者を経て取手市議会議員を務める。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に茨城3区から民主党公認で出馬。自由民主党の葉梨信行に敗れたが、重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し、初当選した。
小林 栄(こばやし さかえ、1956年(昭和31年)1月18… 小林 栄(こばやし さかえ、1956年(昭和31年)1月18日 - )は、日本の政治家、司法書士。茨城県結城市長(2期)。 茨城県古河市出身。明治大学法学部卒業。1984年(昭和59年)2月、小林司法書士事務所の所長となる。 結城青年会議所理事長を務めたのち、2003年(平成15年)5月から2005年(平成17年)5月まで茨城司法書士会副会長を務めた。 2006年(平成18年)12月、茨城県議会議員選挙に自由民主党公認で結城市から立候補したが、落選した。 2008年(平成20年)9月、結城市倫理法人会会長に就任。 2011年(平成23年)8月7日に行われた結城市長選挙に自民党とみんなの党の推薦を受けて立候補するも、前市議の前場文夫に128票差で破れ落選。
木村 敏文(きむら としぶみ、1956年(昭和31年)1月1… 木村 敏文(きむら としぶみ、1956年(昭和31年)1月1日 - )は、日本の政治家。茨城県坂東市長(3期)。坂東市議会議員(3期)、猿島町議会議員(1期)。 茨城県猿島郡猿島町(現・坂東市沓掛)生まれ。明治学院大学法学部卒業後、猿島町役場の職員となり、その後、友人と建築会社を設立。 2001年(平成13年)4月、猿島町議会議員に初当選。2005年(平成17年)3月22日、猿島町は岩井市と新設合併し坂東市が誕生する。 坂東市議会議員3期目の2017年(平成29年)1月14日に次期坂東市長選挙への出馬を表明。同年3月、市議を辞職。4月2日に行われた市長選挙で現職の吉原英一との一騎打ちを制し初当選した。
梶山 弘志(かじやま ひろし、1955年〈昭和30年〉10月… 梶山 弘志(かじやま ひろし、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)、自由民主党国会対策委員長(第61代)。 経済産業大臣(第25-26代)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・産業競争力担当大臣・国際博覧会担当大臣・ロシア経済分野協力担当大臣・原子力経済被害担当大臣(第4次安倍第2次改造内閣・菅義偉内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)・まち・ひと・しごと創生担当大臣・行政改革担当大臣・国家公務員制度担当大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、国土交通副大臣(第2次安倍内閣)、国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、衆議院災害対策特別委員長、同国土交通委員長、自由民主党幹事長代行(第8代)、同政務調査会長代理、同経理局長、同政務調査会副会長、同広報戦略局長、同副幹事長、自由民主党茨城県支部連合会長などを歴任。
川口 浩(かわぐち ひろし、1955年2月13日 - )は、… 川口 浩(かわぐち ひろし、1955年2月13日 - )は、日本の政治家、歯科医師。元衆議院議員(1期、民主党所属)。元茨城県議会議員(2期)。 茨城県取手市出身。板橋区立常盤台小学校、お茶の水女子大学附属中学校、日本大学第三高等学校卒業。1979年、東京歯科大学歯学部卒業。1980年に歯科医院を開設。 2002年12月8日の茨城県議会議員選挙に取手市選挙区から出馬し、初当選。2期目の途中だった2009年の第45回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロックから民主党公認で名簿順位30位で出馬し初当選。 2011年2月17日、民主党政権交代に責任を持つ会に入会。2月28日の衆議院予算委員長・中井洽に対する解任決議の採決では民主党政権交代に責任を持つ会の他15人が欠席する中で唯一出席して反対票を投じ、2011年度予算案の採決では他15人と同じように欠席した[要出典]。
西條 昌良(さいじょう まさよし、1954年〈昭和29年〉1… 西條 昌良(さいじょう まさよし、1954年〈昭和29年〉11月14日 - )は日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。元茨城県議会議員(8期)。 茨城県鹿島郡波崎町(現・神栖市)出身。銚子市立銚子高等学校、大東文化大学経済学部経済学科卒業後、岩上二郎参議院議員秘書を務める。 1990年、茨城県議会議員選挙に立候補し当選。連続8期務めたが2022年の県議会議員選挙で落選。 県議会議員在職時には、県議会議長・茨城県監査委員・自由民主党茨城県連幹事長などを務めた。 2024年、第50回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例北関東ブロック単独27位で立候補したが落選。 2026年、第51回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例北関東ブロック単独32位で立候補し、自民党の歴史的大勝を受け初当選を果たした。
松丸 修久(まつまる のぶひさ、1954年(昭和29年)4月… 松丸 修久(まつまる のぶひさ、1954年(昭和29年)4月29日 - )は、日本の政治家。茨城県守谷市長(3期)。守谷町議(1期)、守谷市議(4期)。 茨城県北相馬郡大野村(現在の守谷市野木崎)に生まれる。守谷町立大野小学校、千葉県立東葛飾高等学校、同志社大学経済学部卒業。 衆議院議員秘書を経て、2000年(平成12年)の守谷町議会議員選挙で初当選。2002年(平成14年)2月2日、守谷町は市制施行し守谷市となる。2012年(平成24年)から4年間、市議会議長を務める。 2016年(平成28年)1月31日に行われた市議選で5回目の当選。同年11月20日に行われた守谷市長選挙に出馬。元県議の梶岡博樹ら3候補を破り初当選を果たした。
宮田 達夫(みやた たつお、1953年〈昭和28年〉9月19… 宮田 達夫(みやた たつお、1953年〈昭和28年〉9月19日 - )は、日本の政治家。元茨城県常陸太田市長(1期)。 茨城県常陸太田市生まれ。茨城県立太田第一高等学校及び早稲田大学教育学部卒業。1976年、茨城県庁に入庁。県理事兼産業立地推進東京本部長などを歴任し、2014年4月、常陸太田市副市長に就任。 2021年5月9日告示、16日投票の常陸太田市長選挙に立候補し、無投票で初当選した。 2025年3月6日、5月18日に投開票の常陸太田市長選に立候補せず引退する意向を表明した。理由として、「健康上の理由」としている。
高杉 徹(たかすぎ とおる、1953年(昭和28年)8月13… 高杉 徹(たかすぎ とおる、1953年(昭和28年)8月13日 - )は、日本の政治家、社会保険労務士、中小企業診断士。協同組合茨城県中小企業労務協会理事長。茨城県常総市長(1期)、常総市議会議員(4期)を務めた。 水海道市立水海道小学校、水海道市立水海道中学校、茨城県立水海道第一高等学校を経て、1977年、早稲田大学卒業。1985年、日本社会事業大学研究科卒業。 1977年から1989年まで、実父で参議院議員の高杉廸忠の秘書を務めた。1989年より茨城県中小企業労務協会に勤務し、社会保険労務士として活動した。 1990年、茨城県議会議員選挙に日本社会党公認で立候補するが、杉田光良に敗れ落選。1999年より水海道市議2期、常総市議2期を務め、2012年6月辞任。
益子 英明(ましこ ひであき、1953年 <昭和28年> 4… 益子 英明(ましこ ひであき、1953年 <昭和28年> 4月8日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。茨城県大子町長(第15代)、同町議会議長(第31代)を務めた。 茨城県大子町出身。駒澤大学卒業。大子町議会議員、2009年に同町議会議長。2010年12月の大子町長選挙で、2期目を目指した現職の綿引久男を60票差で破り初当選。2014年12月の選挙で、元職の綿引久男に敗れる。2018年12月の選挙で、再び立候補するも落選。高梨哲彦が当選。県町村議長会副会長、大子造園土木会長、町森林組合理事などを歴任。 2025年秋の叙勲で旭日双光章を受章した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
今泉 文彦(いまいずみ ふみひこ、1952年〈昭和27年〉1… 今泉 文彦(いまいずみ ふみひこ、1952年〈昭和27年〉10月3日 - )は、日本の政治家。元茨城県石岡市長(2期)。 茨城県石岡市出身。石岡市立石岡小学校、石岡市立石岡中学校、茨城県立土浦第一高等学校卒業。早稲田大学中退。大学在学中はワセダミステリクラブに所属した。1976年(昭和51年)6月、石岡市役所に入庁。 2009年(平成21年)9月、同市役所を退職。同年10月25日に行われた石岡市長選挙に出馬。いずれも新人同士(4名)の戦いであったが次点で落選。市長には元市議の久保田健一郎が当選した。 2010年(平成22年)4月から茨城大学客員研究員を務める。 2013年(平成25年)10月27日に行われた市長選挙に再出馬。
根本 洋治(ねもと ようじ、1952年(昭和27年)8月27… 根本 洋治(ねもと ようじ、1952年(昭和27年)8月27日 - )は、日本の政治家。元茨城県牛久市長(2期)、元牛久市議会議員(3期)。 茨城県牛久市出身。牛久町立牛久小学校、牛久町立牛久第一中学校、茨城県立竜ヶ崎第一高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、駒澤大学経営学部卒業。 1999年(平成11年)4月、牛久市議会議員選挙に初当選。以後3期務める。その間、議長も務めた。2011年(平成23年)の市議選は出馬しなかった。 2015年(平成27年)9月13日に行われた牛久市長選挙に出馬、現職の池辺勝幸の市政からの刷新を主張した。対する元市議の諸橋太一郎は池辺市政の継承を訴えた。同選挙で初当選し、10月3日に市長に就任した。
山口 那津男(やまぐち なつお、1952年〈昭和27年〉7月… 山口 那津男(やまぐち なつお、1952年〈昭和27年〉7月12日 - )は、日本の政治家、弁護士。公明党常任顧問。 衆議院議員(2期)、参議院議員(4期)、防衛政務次官(第51代)、新進党副幹事長、公明党参議院国会対策委員長、公明党政務調査会長、公明党代表(第3代)を歴任した。 茨城県那珂郡那珂湊町(那珂湊市を経て、現在はひたちなか市)に誕生、高等学校卒業まで日立市で育つ。父の秀男は日立市天気相談所所長、母の政子は小学校教員だった。妹がいる。日立市立中小路小学校、茨城大学教育学部付属中学校、茨城県立水戸第一高等学校卒業後、一浪を経て1972年東京大学文科一類に入学。弁護士を目指して司法試験の勉強を始める。
菅谷 憲一郎(すがや けんいちろう、1952年(昭和27年)… 菅谷 憲一郎(すがや けんいちろう、1952年(昭和27年)4月3日 - )は、日本の政治家。茨城県古河市長(1期)、茨城県議会議員(1期)、総和町長(2期)などを歴任した。 茨城県古河市出身。茨城県立古河第一高等学校を経て1975年(昭和50年)3月、東海大学政治経済学部卒業。38歳のときに首長になろうと決意し、1992年(平成4年)、総和町長選挙に出馬するも落選。1996年(平成8年)の町長選挙で初当選。2000年(平成12年)に再選。2004年(平成16年)の町長選挙で白戸仲久に敗れる。 2005年(平成17年)9月12日、旧古河市と総和町、三和町が新設合併、現在の古河市となる。これに伴って行われた古河市長選挙に出馬するも落選。
井川 茂樹(いがわ しげき、1951年〈昭和26年〉10月2… 井川 茂樹(いがわ しげき、1951年〈昭和26年〉10月25日 - )は、日本の政治家。茨城県鉾田市長(1期)。 茨城県鉾田市生まれ。茨城県立鉾田第一高等学校、茨城県立農業大学校を卒業。旧旭村議会議員を1999年(平成11年)7月から2005年(平成17年)10月まで2期、合併後の鉾田市議会議員を同年同月から5期務め、議長を務めた。 2025年(令和7年)10月26日投開票の市長選挙に立候補した。立候補により市議は同月19日付で失職となった。開票の結果、現職の岸田一夫を破り、初当選を果たした。 ※当日有権者数:36,627人 最終投票率:52.63%(前回比: 8.58pts) 11月13日に市長に就任した。
市原 健一(いちはら けんいち、1951年(昭和26年)8月… 市原 健一(いちはら けんいち、1951年(昭和26年)8月19日 - )は、日本の医師、政治家。元茨城県つくば市長(3期)。元茨城県議会議員(4期)。 茨城県大穂町(現:つくば市)生まれ。つくば市立北条小学校、つくば市立筑波東中学校、慶應義塾志木高等学校卒業。同校を卒業後、慶應義塾大学商学部に入学したが、2年で中退。その後北里大学医学部を卒業。勤務医を経て、つくば市に医療法人健佑会いちはら病院を開設。 1993年(平成5年)、茨城県議会議員であった父・市原稔弘の地盤を引き継ぎ、茨城県議会議員補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選を果たした。以後4期連続当選。 2004年(平成16年)11月14日に行われたつくば市長選挙に自民党の推薦を受けて無所属で出馬。
須藤 茂(すとう しげる、1951年(昭和26年)8月7日 … 須藤 茂(すとう しげる、1951年(昭和26年)8月7日 - )は、日本の政治家。元茨城県筑西市長(3期)、元筑西市議会議員(3期)。 茨城県下館市生まれ。茨城県立結城第一高等学校を経て、大東文化大学経済学部卒業。丹羽雄哉元厚生大臣秘書、下館市議会議員、筑西市議会議員を歴任した。 2013年(平成25年)4月14日に行われた筑西市長選挙に出馬し、現職の吉沢範夫を破り初当選した。4月24日、市長就任。 2017年(平成29年)、無投票で再選。 2021年(令和3年)、元市議会議員の新人ら2人を下し3選。
会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和2… 会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和26年)2月2日 - )は、日本の政治家。元茨城県守谷市長。 市制施行前の守谷町時代から、連続6期24年にわたり首長を務めた。父は元守谷町長の会田源一郎。 茨城県北相馬郡守谷町(当時。現在の守谷市)に生まれる。守谷町立高野小学校、守谷町立守谷中学校、茨城県立水海道第一高等学校、中央大学文学部出身。 1980年(昭和55年)の守谷町議会議員選挙で初当選し、町議を2期務める。1992年(平成4年)に行われた守谷町長選挙で当選し、2002年(平成14年)の守谷市制施行後も連続して当選を重ねた。6期にわたる連続就任は、市長および東京都特別区長としては全国2位タイであった(2015年12月31日当時)。
永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月… 永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月24日 - 2005年〈平成17年〉8月1日)は、日本の政治家、農林水産官僚。自由民主党(亀井派)に所属した。妻は洋治の死後地盤を引き継いで衆議院議員となった永岡桂子。 茨城県古河市出身。埼玉県立春日部高等学校を経て、東京大学法学部卒業。ハーバード大学大学院修了。1975年(昭和50年)、農林水産省に入省。1985年(昭和60年)、鹿児島県農政課長。1987年(昭和62年)、農林水産省大臣官房予算課長補佐。1990年(平成2年)、農林水産省大臣官房企画室上席企画官。1991年(平成3年)、農林水産省大臣官房総務課調査官。1993年(平成5年)、農林水産省経済局国際部ガット室長。
木村 純夫(きむら すみお、1950年(昭和25年)10月1… 木村 純夫(きむら すみお、1950年(昭和25年)10月17日 - )は、日本の政治家。埼玉県幸手市長(2期)。 茨城県猿島郡五霞町生まれ。埼玉県幸手市大字神明内在住。埼玉県立春日部高等学校、立教大学文学部卒業。1973年に日本鉱業に入社。1997年に関連会社のジャパレンに出向し、取締役管理部長を務めた。 2001年に退職。同年8月、幸手市助役に就任。幸手市の市町村合併問題で2003年11月に辞任(「幸手市#平成の大合併における幸手市の動向」「桜宮市」を参照)。2004年から10年間、埼玉県済生会栗橋病院(現:埼玉県済生会加須病院)の事務部長を務めた。 2015年10月25日投開票の幸手市長選挙に立候補したが、現職で再選を目指す渡辺邦夫に61票の僅差で破れ落選。
藤田 幸久(ふじた ゆきひさ、1950年(昭和25年)4月1… 藤田 幸久(ふじた ゆきひさ、1950年(昭和25年)4月19日 - )は、日本の政治家。民進党所属の参議院議員(2期)、民進党国際局長。
柳田 和己 (やなぎた かずみ、1950年3月30日 - )… 柳田 和己 (やなぎた かずみ、1950年3月30日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(1期)。 茨城県猿島郡総和町西牛谷(現:古河市)生まれ。茨城県立古河第一高等学校、日本大学経済学部卒業。大学卒業後は富士銀行(現:みずほフィナンシャルグループ)に入行。28年間にわたり勤務し、白山支店長や本店融資部渉外部長等を務めた。退職後、不動産会社を経営。 2009年の第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で茨城7区から出馬。選挙区では無所属で元建設大臣の中村喜四郎に惜敗したが、重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し、初当選した。 2010年9月29日、中国建国記念レセプションに出席した。
坪井 透(つぼい とおる、1950年(昭和25年)2月7日 … 坪井 透(つぼい とおる、1950年(昭和25年)2月7日 - )は、日本の政治家。元茨城県かすみがうら市長(通算3期)、元茨城県議会議員(1期)、元千代田町議会議員(2期)。 茨城県新治郡千代田村下稲吉(現在のかすみがうら市下稲吉)に生まれる。1962年、千代田村立下稲吉小学校卒業。中学校に関して、本人や本人公式サイト 及び支援団体は「1965年、千代田村立下稲吉中学校卒業」と公表しているが、下稲吉中学校は1981年4月の開校であり坪井の年齢で同中学校は存在しておらず「下稲吉中学校卒業」とは正確性がなく在り得ない経歴であり、2014年と2018年の2度とも選挙後に至って市民に向けて訂正告知がない。
渡辺 孝男(わたなべ たかお、本名:渡邉 孝男、1950年2… 渡辺 孝男(わたなべ たかお、本名:渡邉 孝男、1950年2月1日 - )は、日本の医師、政治家。米沢市立病院事業管理者・元院長。 参議院議員(3期)、公明党政務調査会副会長、厚生労働副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)などを歴任した。
郡司 彰(ぐんじ あきら、1949年〈昭和24年〉12月11… 郡司 彰(ぐんじ あきら、1949年〈昭和24年〉12月11日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属。 参議院議員(4期)、農林水産大臣(第53代)、農林水産副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、民進党参議院議員会長、民主党参議院議員会長・参議院国会対策委員長・茨城県連代表、参議院副議長(第31代)、参議院環境委員長・行政監視委員長・東日本大震災復興特別委員長、立憲民主党常任顧問等を歴任した。 茨城県水戸市生まれ。1968年に茨城県立高萩高等学校を卒業し、明治学院大学社会学部に入学。1970年に明治学院大学を中退し、伊勢甚に入社。1989年、全国農林漁業団体職員労働組合連合(全国農団労)結成に参加し、書記次長に就任。
海野 徹(うみの とおる、1949年(昭和24年)6月10日… 海野 徹(うみの とおる、1949年(昭和24年)6月10日 - )は、日本の政治家。 茨城県那珂市長(2期)、那珂市議会議員(2期)、那珂町議会議員(1期)を務めた。 茨城県那珂郡木崎村(現在の那珂市北酒出)に生まれる。茨城県立太田第一高等学校卒業。専修大学法学部法律学科卒業。伊勢甚百貨店に勤務後、木材業に従事。 2004年、那珂町議会議員選挙に初当選。2005年1月21日、那珂町は瓜連町を編入合併し市制施行して那珂市となる。 2008年2月24日に行われた那珂市議会議員選挙に当選。 2010年9月の議会において、那珂市長の小宅近昭に市政運営について質問をした海野は小宅の答弁に「大きな危惧」を抱く。
片庭 正雄(かたにわ まさお、1949年(昭和24年)5月1… 片庭 正雄(かたにわ まさお、1949年(昭和24年)5月12日 - )は、日本の政治家。元茨城県つくばみらい市長(2期)。 茨城県筑波郡谷和原村立谷原小学校(現在のつくばみらい市立谷原小学校)、谷和原村立谷原中学校(現在のつくばみらい市立谷和原中学校)、茨城県立水海道第一高等学校、千葉工業大学卒業。 ロンシール工業勤務を経て、1982年4月から1992年5月まで衆議院議員・参議院議員狩野明男の秘書を務めた。 1998年7月12日に行われた第18回参議院議員通常選挙に、茨城県選挙区から青年自由党公認で立候補するも落選。 2003年12月、水海道市(当時)等との合併が争点となった谷和原村長選挙に立候補するも、当時現職だった鈴木亮寛(のち自由民主党茨城県議会議員)に大差で敗れる。
中村 喜四郎(なかむら きしろう、1949年〈昭和24年〉4… 中村 喜四郎(なかむら きしろう、1949年〈昭和24年〉4月10日 - )は、日本の政治家。出生時の名前は中村 伸(なかむら しん)。 衆議院議員(15期)、建設大臣(第58代)、科学技術庁長官(第43代)、建設政務次官(第1次中曽根内閣)、防衛政務次官(第2次中曽根内閣)、衆議院建設委員長、自由民主党総務局長などを歴任した。 父、中村喜四郎(先代)、母、中村登美はいずれも参議院議員を務めた。息子の中村勇太は茨城県議会議員を経て衆議院議員。 茨城県猿島郡境町生まれ。茨城大学教育学部附属中学校、啓明学園高校卒。1972年、日本大学法学部を卒業。大学卒業の直前、田中角栄事務所に入所し、田中の秘書を務める。
久保田 健一郎(くぼた けんいちろう、1949年〈昭和24年… 久保田 健一郎(くぼた けんいちろう、1949年〈昭和24年〉2月18日 - 2023年〈令和5年〉12月17日)は、日本の政治家。茨城県石岡市長(1期)。旭日小綬章受章。 茨城県立石岡第一高等学校を経て、流通経済大学経済学部卒。石岡市議会議員となり、2007年5月15日から2009年6月17日まで議長を務めた。 2009年の市長選挙に立候補し、新人3人を破って初当選を果たした。※当日有権者数:65,893人 最終投票率:58.66%(前回比:+16.4pts) 2013年の市長選では再選を目指したが、前回破った元石岡市職員の今泉文彦に敗れた。※当日有権者数:64,442人 最終投票率:53%(前回比:-5.66pts) 2023年12月17日、敗血性ショックのため死去、74歳。
三次 真一郎(みつぎ しんいちろう、1948年(昭和23年)… 三次 真一郎(みつぎ しんいちろう、1948年(昭和23年)5月20日 - )は、日本の政治家。元茨城県常陸大宮市長(3期)。 茨城県那珂郡山方町(現在の常陸大宮市)出身。水戸第一高等学校を経て、早稲田大学教育学部を卒業。その後山方町長に就任し、常陸大宮市発足後の2008年の市長選挙で初当選。2012年、2016年とともに無投票当選。常陸大宮市長を3期務め、2020年に退任した。
今泉 和(いまいずみ やわら、1948年〈昭和23年〉3月2… 今泉 和(いまいずみ やわら、1948年〈昭和23年〉3月25日 - )は、日本の政治家。元茨城県潮来市長(1期)。 茨城県出身。1966年(昭和41年)、茨城県立鹿島高等学校卒業。測量会社社長、茨城県設計測量協同組合理事、潮来青年会議所理事長、潮来町消防団分団長などを経て、1995年(平成7年)潮来町長選挙に立候補し、現職の今泉利拓を破って当選する。2期目在職中、潮来町は隣接する牛堀町と合併協議会が設置され、今泉は会長となり、牛堀町との合併が成立し、2001年(平成13年)牛堀町を編入する形で潮来市が発足。2003年(平成15年)2月市制施行後初となる潮来市長選挙に立候補し、無投票で当選する。
小川 春樹(おがわ はるき、1948年2月9日 - )は、日… 小川 春樹(おがわ はるき、1948年2月9日 - )は、日本の政治家。茨城県日立市長(3期)。 1966年(昭和41年)3月、茨城県立日立第一高等学校卒業。同年4月、日立市役所に入所。2000年(平成12年)4月、総務部長に就任。2006年(平成18年)4月から2015年(平成27年)1月29日まで日立市助役、副市長を務めた。 2015年(平成27年)4月19日告示、4月26日投票の日立市長選挙に無投票で初当選した。5月1日、市長就任。 2019年(平成31年)、無投票により再選。 2023年(令和5年)、24年ぶりの選挙戦となり、会社社長を破って三選した。 東日本大震災で被害を受け、建て替えが進められていた新庁舎が、2017年6月30日に完成し、7月18日に供用を開始した。
長南 博邦(おさなみ ひろくに、1948年1月 - )は、日… 長南 博邦(おさなみ ひろくに、1948年1月 - )は、日本の政治家。新社会党中央本部副委員長。元野田市議会議員(8期)。 1948年1月、茨城県水戸市生まれ。5歳の時に霞ヶ浦湖畔の阿見町に転居。茨城県立土浦第一高等学校を経て、1970年に茨城大学農学部を卒業。専門は生物化学で微生物の酵素を研究。学生時代はバスケットボール選手で中学生や高校生のコーチも務める。 1970年、キッコーマン関連の盛進製薬に入社し、流山工場に勤務。微生物の管理業務につく。1971年、盛進製薬労働組合執行委員に就任し、1973年から13年間同労組委員長を務めた。1993年に合併でキッコーマン社員となるが、引き続き公務休職で議員活動に専念した。
塚原 俊平(つかはら しゅんぺい、1947年3月12日 - … 塚原 俊平(つかはら しゅんぺい、1947年3月12日 - 1997年12月19日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。茨城県水戸市出身。元衆議院議員・塚原俊郎の長男。
石津 政雄(いしづ まさお、1947年3月10日 - )は、… 石津 政雄(いしづ まさお、1947年3月10日 - )は、日本の元政治家。勲等は旭日双光章。 大洋村長(4期)、衆議院議員(1期)、総務大臣政務官(野田第3次改造内閣)などを歴任した。 茨城県鹿島郡(現在の鉾田市)生まれ。茨城県立鉾田第一高等学校卒業、日本大学大学院博士課程満期退学。 1974年4月から東京大学教養学部助手(体育学)を務める(1983年5月まで)。 1988年9月、大洋村長選挙に出馬し、初当選。以後、4期16年間務めた。また、ローカルマニフェスト推進ネットワーク茨城代表幹事も務める。 村長就任当初より、大学や研究機関との共同研究を立ち上げ、スポーツ予防医学を駆使した村民の健康づくりを推進。
高城 功(たかぎ いさお、1947年〈昭和22年〉3月8日 … 高城 功(たかぎ いさお、1947年〈昭和22年〉3月8日 - 2018年〈平成30年〉10月23日)は、日本の政治家。元茨城県稲敷市長(1期)。位階は従五位。旭日小綬章。 茨城県立江戸崎高等学校卒。稲敷郡東町議会議員、同議長を歴任。 2005年(平成17年)、東町が近隣の町村と合併し稲敷市が発足。合併後初の市長選挙に立候補して当選し、初代市長となった。 ※当日有権者数:39,884人 最終投票率:69.11%(前回比:-pts) 5月1日に就任した。 2009年(平成21年)の市長選では再選を目指したが、元NHK報道局チーフディレクターの田口久克に敗れた。 ※当日有権者数:38,956人 最終投票率:62.06%(前回比: 7.05pts) 4月30日に退任した。
高野 博師(たかの ひろし、1947年〈昭和22年)3月1日… 高野 博師(たかの ひろし、1947年〈昭和22年)3月1日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、環境副大臣、公明党中央幹事、外務省参与などを歴任した。 1947年(昭和22年)3月1日、茨城県大子町に生まれる。 茨城県立水戸第一高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部中国語学科に入学し、1972年(昭和47年)3月に卒業する。同年4月、外務省にノンキャリアとして入省する。外交官としてアメリカ、アルゼンチン、コロンビアなどに赴任し、30ヶ国あまりを歴訪した。1991年(平成3年)にコロンビアで発生した日本人技師2人が左翼ゲリラに誘拐された事件では、当時帰国中で不在だったコロンビア国駐箚特命全権大使塚田千裕に代わり、臨時代理大使としてコロンビア政府や州知事に事件解決の要請を行うなどして対応の指揮を執った。
岡田 広(おかだ ひろし、1947年(昭和22年)1月31日… 岡田 広(おかだ ひろし、1947年(昭和22年)1月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(4期)。 厚生労働大臣政務官、内閣府副大臣、復興副大臣、水戸市長(3期)、茨城県議会議員(2期)を務めた。 茨城県水戸市生まれ。茨城県立水戸商業高等学校、立命館大学産業社会学部卒業。大学卒業後、岩上妙子・岩上二郎両参議院議員の秘書を務める。 1986年、茨城県議会議員選挙に立候補し、初当選。1993年、2期目の任期途中、佐川一信の茨城県知事選立候補に伴う辞職により実施された水戸市長選挙に県議を辞職して立候補し、当選。(佐川後継で野党各党が推薦する学校経営者・大久保博之を、圧倒的大差で破る)。
錦織 孝一(にしきおり こういち、1946年11月20日 -… 錦織 孝一(にしきおり こういち、1946年11月20日 - )は、日本の政治家。茨城県鹿嶋市長(2期)、茨城県議会議員と鹿島町議会議員を歴任した。 茨城県鹿島町(現・鹿嶋市須賀)に生まれる。茨城県立麻生高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、東京理科大学理学部卒業。1972年(昭和47年)から錦織米肥店の経営を始める。 1991年(平成3年)、鹿島町議会議員選挙に初当選。 2002年(平成14年)12月8日に行われた茨城県議会議員に無所属で立候補し初当選した。翌2003年(平成15年)1月8日、県議に就任。県議在職中に自由民主党所属となった。 2014年(平成26年)4月13日に行われた鹿嶋市長選挙に自民党の推薦を得て出馬し、初当選した。
村田 省吾(むらた しょうご、1946年(昭和21年)3月4… 村田 省吾(むらた しょうご、1946年(昭和21年)3月4日 - 2017年(平成29年)1月17日)は、日本の政治家。茨城県北茨城市長を3期務めた。 茨城県多賀郡大津町(現在の北茨城市大津町)出身。茨城県立水戸第一高等学校を経て、1968年に芝浦工業大学建築学部卒業。卒業後は山下寿郎設計事務所(現在の山下設計)に入り、一級建築士となり、郷里で建築事務所を開く。北茨城市青年会議所理事長、公民館長、保護司などを経て、1995年の北茨城市長選挙に立候補し、初当選する。1999年は無投票で再選。2003年に三選した。北茨城市長は2007年まで務めた。2017年1月17日午後7時57分、日立市の日立総合病院で死去、70歳。
橋本 昌(はしもと まさる、1945年11月19日 - )は… 橋本 昌(はしもと まさる、1945年11月19日 - )は、日本の政治家。自治官僚。茨城県知事(6期)。退任時には、現職の都道府県知事としては石川県知事の谷本正憲と並ぶ最多選者であった。 茨城県那珂郡東海村生まれ。茨城中学校、茨城県立水戸第一高等学校を経て、東京大学法学部卒業。 1969年自治省に入省。山梨県総務部長や、国土庁・消防庁などの役職を歴任し、1993年、自治省公営企業第一課長を最後に退官した。 1993年、自由民主党・新生党・新党さきがけ・日本新党の推薦を得て、不祥事(汚職事件)による竹内藤男の辞職に伴う茨城県知事選に立候補し、前水戸市長の佐川一信を破って初当選。高知県の橋本大二郎に次ぐ戦後生まれの知事となった。
保立 一男(ほたて かずお、1945年〈昭和20年〉9月15… 保立 一男(ほたて かずお、1945年〈昭和20年〉9月15日 - 2023年〈令和5年〉7月2日)は、日本の政治家。位階は正五位。元茨城県神栖市長(3期)、元神栖町議会議員(5期)。 茨城県軽野村(現・神栖市日川)に生まれる。1964年(昭和39年)3月、千葉県立銚子商業高等学校卒業。 1988年(昭和63年)、神栖町議会議員選挙に初当選。1998年(平成10年)9月、議長就任。2003年(平成15年)8月、保立運送代表に就任。 2005年(平成17年)8月1日、神栖町は波崎町を編入、市制施行し神栖市となる。これに伴い同年11月6日に行われた神栖市長選挙に出馬。現職で初代神栖市長の岡野敬四郎を破り初当選した(保立:26,360票、岡野:20,108票)。
種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本… 種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本の政治家、弁護士。茨城県水戸市谷田町出身。茨城中学校、茨城県立水戸第一高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。元参議院議員(1期)、元日弁連副会長。茨城バングラデシュ友好協会名誉顧問。種田法律事務所所長。学校法人茨城理事長。
稲葉 本治(いなば もとはる、1945年(昭和20年)7月7… 稲葉 本治(いなば もとはる、1945年(昭和20年)7月7日 - )は、日本の政治家。元茨城県下妻市長(2期)、元千代川村長、元千代川村議会議員(3期)。 東京都生まれ。茨城県下妻市育ち。茨城県立下妻第一高等学校、法政大学経済学部卒業。稲葉食糧に勤務。千代川村議会議員を3期務めた。 千代川村長在職中、下妻市・千代川村合併協議会の副会長に就任。2006年(平成18年)1月1日、千代川村は下妻市に編入される。 下妻市助役や副市長を経て、2010年(平成22年)3月28日に行われた下妻市長選挙に出馬し、初当選した。4月14日、市長就任。 2014年(平成26年)、無投票で再選。 2018年(平成30年)、3期目を目指したが、元市議の菊池博との一騎打ちに敗れ、落選。
磯崎 久喜雄(いそざき くきお、1945年6月26日 - 2… 磯崎 久喜雄(いそざき くきお、1945年6月26日 - 2025年3月18日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元茨城県議会議員(5期)。茨城県議会副議長(2008年 - 2009年)、議長(2011年 - 2012年)を務めた。 那珂湊市(現在のひたちなか市)出身。茨城県立水戸第一高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。日本住宅公団、住宅・都市整備公団勤務を経て、1984年から赤城宗徳の秘書と中山利生の公設第一秘書を務めた。 1994年の茨城県議選に出馬し、初当選。その後には5回連続当選を果たし、茨城県議会議長及び副議長を務めた。 2025年3月18日、多臓器不全のため死去。79歳没。没日付にて従五位に叙された。
宮嶋 光昭(みやじま みつあき、1944年(昭和19年)9月… 宮嶋 光昭(みやじま みつあき、1944年(昭和19年)9月29日 - )は、日本の政治家。元茨城県かすみがうら市長(1期)。 茨城県立土浦第一高校を経て、学習院大学法学部政治学科卒業。出島村(霞ヶ浦町を経て、現在のかすみがうら市)で牧場を営み、茨城酪農農業協同組合理事となる。 1987年の出島村長選挙に立候補したが落選。1990年当時の村長の死去による村長選挙に立候補し初当選する。1994年に落選。同年の茨城県議会議員選挙に新進党から立候補したが落選した。 2010年のかすみがうら市長選挙に立候補した。市制施行以来初の選挙戦となり、現職の坪井透を破って当選した。2014年の市長選では再選を目指したが、前職の坪井透に敗れて落選した。
神谷 尚(かみや たかし、1944年7月10日 - 1992… 神谷 尚(かみや たかし、1944年7月10日 - 1992年10月16日)は、日本の政治家。埼玉県北葛飾郡庄和町長を務めた。勲五等瑞宝章。 茨城県猿島郡五霞町出身。早稲田大学政経学部卒業。埼玉県庁職員を経て、1983年、38歳で庄和町の町長選挙に出馬。いわゆる三バン「地盤(組織票)・看板(知名度)・鞄(資金)」のない選挙戦であったが、当時の現職だった前島祐司を破り初当選し、「住民総参加行政」や「全町公園化構想」といった目標を掲げ、3回当選を果たした。 土曜・日曜に住民課の窓口を開け、町民が傍聴しやすい休日に町議会を開会したり、さらには「御用聞き行政」ではなく「住民にも汗をかいてもらう行政」を目指しての行政手腕を高く評価される。