鈴木 宏子(すずき ひろこ、1960年 - )は、日本の国文… 鈴木 宏子(すずき ひろこ、1960年 - )は、日本の国文学者。千葉大学教授。専門分野は平安文学、和歌文学。夫は学習院大学教授の鈴木健一。 栃木県宇都宮市生まれ。1979年、茨城県立水戸第一高等学校卒業。1983年、お茶の水女子大学文教育学部国文学科卒業。1991年、東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻博士課程単位取得満期退学。1994年、「古今和歌集表現論」で博士(文学)の学位を取得。千葉大学教育学部助教授を経て、同教授。2013年、第14回紫式部学術賞受賞。 2019年、『「古今和歌集」の創造力」』で第7回古代歴史文化賞大賞。
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斎藤 兆史(さいとう よしふみ、1958年3月18日 - )… 斎藤 兆史(さいとう よしふみ、1958年3月18日 - )は、日本の英文学者。専門は、英文学・英学史・言語教育・文体論。東京大学名誉教授、放送大学客員教授。日本学術会議会員。 栃木県宇都宮市生まれ。栃木県立宇都宮高等学校、東京大学文学部英語・英米文学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専攻修士課程修了。 東京大学助手を務めた後、米国インディアナ大学英文科修士課程修了。1990年東京大学教養学部専任講師、1992年、同助教授、1997年英国ノッティンガム大学英文科博士課程修了(Ph.D.取得(Style and Creativity : Towards a Theory of Creative Stylistics))。
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長谷川 哲夫(はせがわ てつお、1955年7月6日 - )は… 長谷川 哲夫(はせがわ てつお、1955年7月6日 - )は、日本の天文学者。専門は、電波天文学。アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)の建設に参加し、国立天文台ALMA推進室プロジェクトマネジャー、合同ALMA事務所(チリ)副プロジェクトマネージャー 、国立天文台チリ観測所長を歴任。国立天文台上席教授。 栃木県出身。1974年栃木県立宇都宮高等学校卒業。1978年東京大学理学部物理学科卒業。1980年東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程修士課程修了、東京天文台の助手となる。1985年理学博士号を取得。論文の題は「オリオンKL天体中の星間ガス(英文)」。 1988年東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター助教授。
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桑子 利男(くわこ としお、1955年 - )は、日本の英文… 桑子 利男(くわこ としお、1955年 - )は、日本の英文学者。専門はイギリス文学。早稲田大学教授。 栃木県足利市生まれ。1980年、早稲田大学教育学部英文学科卒業。1985年、東京大学大学院人文科学研究科英文科博士課程中退。1986年、帝京大学法学部専任講師、1987年國學院大學助教授、1997年同教授。2000年、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
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青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )… 青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )は、日本の詩人、歌人、評論家、翻訳家、アメリカ文学者。元聖徳大学准教授。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利女子高等学校卒業。アメリカペンシルベニア州立インディアナ大学大学院文学修士課程修了。アメリカ文学とイギリス文学を中心に学ぶ。アメリカに学部生として滞在中に、創作の授業で英語詩を書きはじめる。 1981年に帰国後、新川和江と吉原幸子が発行編集人である「現代詩ラ・メール」に参加。「ラ・メール」にフェミニズムやジェンダー論の視点から女性詩人論を書いていたが、新川や吉原をはじめ、高橋順子、鈴木ユリイカ、國峰照子、小池昌代、中本道代などに接し、多大な影響を受けて本格的に日本語で詩作をはじめる。
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亀山 郁夫(かめやま いくお、1949年2月10日 - )は… 亀山 郁夫(かめやま いくお、1949年2月10日 - )は、日本のロシア文学者、翻訳家。名古屋外国語大学学長、東京外国語大学名誉教授。日本芸術院会員。 1949年栃木県宇都宮市生まれ。栃木県立宇都宮高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科に進学。卒業後は、同大学大学院外国語学研究科に進み、修士課程を修了。東京大学大学院人文科学研究科に進み、博士課程を単位取得退学。 1977年、日本学術振興会奨励研究員に採用された。1978年に天理大学外国語学部助手となり、後に講師、助教授に昇格。1984年より1年間、日本学術振興会の派遣でソ連科学アカデミー世界文学研究所で在外研究。1987年、同志社大学法学部助教授に就いた。
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大場 啓仁(おおば ひろよし、1935年 - 1973年9月… 大場 啓仁(おおば ひろよし、1935年 - 1973年9月4日)は、日本の英米文学者。元立教大学一般教育部助教授。1973年に不倫関係にあった教え子を殺害後、一家心中した。 静岡県の森町で煙草販売所長の子として生まれたが、幼い頃に結核患者の両親から隔離されて親戚に預けられた後、袋井町の左官職人の養子となり、さらに東京市の堀切に移り住んだ。 戦時中に栃木県宇都宮市に疎開し、そのまま中学と栃木県立宇都宮高等学校を卒業した後、立教大学文学部英米文学科に入学する。そして1958年に学部を卒業後、さらに同大学大学院文学研究科英米文学科に進学し、細入藤太郎教授に師事している。修士課程を修了後、さらに博士課程後期課程に進み、単位取得退学した。
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中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は… 中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は、日本のロシア文学者、演劇評論家、翻訳家、神奈川大学名誉教授。
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井村 君江(いむら きみえ、1932年3月1日 - )は、日… 井村 君江(いむら きみえ、1932年3月1日 - )は、日本の英文学者・比較文学者。ケルト・ファンタジー文学研究家。明星大学名誉教授。フェアリー協会会長。イギリス・フォークロア学会(英語版)終身会員。妖精美術館(福島県大沼郡金山町)館長。うつのみや妖精ミュージアム名誉館長。 2003年に生まれ故郷の栃木県宇都宮市にケルト・妖精関係資料(文豪の自筆原稿や貴重な美術品を含む)を寄贈した。寄贈された資料を展示するため、2007年7月31日、世界的にも珍しい妖精をテーマにした美術館うつのみや妖精ミュージアムがオープン、名誉館長に任命される。 宇都宮市の旧家に福田 君江として生まれ、祖母に養育されて成長する。
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永井 明(ながい あきら、1921年1月21日 - 1979… 永井 明(ながい あきら、1921年1月21日 - 1979年3月)は、日本の児童文学者、キリスト教者。日本児童文学者協会会員、現代少年文学同人。 栃木県佐野市に生まれる。小児マヒにかかり歩行不能となったため、肢体不自由施設の柏学園で小学教育を受ける。その後はほぼ独学で、歴史や文学、哲学や外国語を勉強する。16歳でキリスト教の洗礼を受ける。1941年、埼玉県深谷市に居住し、児童文学を志す。神戸淳吉、山本彰、高田彰らと児童文学の同人誌『白い馬』を刊行する。1956年、『ピイ公物語』でデビュー。1969年に出版された『終りのない道』は自伝的な要素が強く、障害児の視点から書いた文学作品として先駆的なものであり、当時の障害児に関する社会的記録としても評価されている。
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丸山 一彦(まるやま かずひこ、1921年(大正10年) -… 丸山 一彦(まるやま かずひこ、1921年(大正10年) -2004年?)は、国文学者。学位は、文学博士(東京教育大学・論文博士・1977年)(学位論文「一茶研究」)。宇都宮大学名誉教授。 栃木県足利市生まれ。東京文理科大学国文科卒、中学教師ののち秋田大学助教授、宇都宮大学教授、1977年「一茶研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。1985年定年退官、名誉教授、白鷗大学教授。1992年栃木県文化功労者。専門は近世俳文学。
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内村 剛介(うちむら ごうすけ、1920年3月18日 - 2… 内村 剛介(うちむら ごうすけ、1920年3月18日 - 2009年1月30日)は、日本のロシア文学者、評論家。文芸誌『(第2次)同時代』同人。本名、内藤操。 栃木県那須郡境村大字大木須(烏山町を経て現・那須烏山市大木須)で零落した百姓の次男として生まれる。中学進学を断念させられて自らの意志で、1934年高等小学校卒業と同時に満州に渡る。満鉄育成学校に入学したのち、転校先の旧制大連第二中学校を経て、1940年ハルピン学院に入学してロシア語を学び、1943年同校を繰上卒業。同年、結婚するも束の間のうちに関東軍総司令部へ徴用される。 敗戦後の混乱の中でソ連のゲー・ペー・ウーにスパイ容疑で逮捕された後、イルクーツクやモスクワの監獄(ラーゲリ)につながれて11年余りの長きにわたって独房生活を送った。
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川俣 晃自(かわまた こうじ、1917年8月16日 - 19… 川俣 晃自(かわまた こうじ、1917年8月16日 - 1999年7月5日)は、日本の劇作家、小説家、フランス文学者。東京都立大学名誉教授。 栃木県足利市出身。第一高等学校を経て、東京帝国大学仏文科卒。一高時代から小説を書き、戦後は都立大学助教授、教授、1957年小説「般若心経」が中央公論新人賞佳作として掲載される。66年戯曲「関東平野」で第12回岸田國士戯曲賞受賞。82年都立大を定年退官、名誉教授、獨協大学教授。
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吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986… 吉田 六郎(よしだ ろくろう、1908年5月9日- 1986年3月8日)は、ドイツ文学者、文芸評論家、東京都立大学名誉教授。 栃木県足利市生まれ。松本高等学校文科乙類を経て、1932年東京帝国大学独文科卒。33年桐生高等工業学校教授。37-38年文部省から派遣されベルリン大学に学ぶ。39年陸軍教授、42年第四高等学校教授、1950年金沢大学助教授、51年東京都立大学助教授、60年教授。 1971年「ホフマン - 浪漫派の芸術家」で東京大学文学博士。72年都立大を定年退官。E・T・A・ホフマンの翻訳・研究と夏目漱石に関する評論を書き、藤代素人、秋山六郎兵衛、板垣直子らの、『吾輩は猫である』がホフマンの『牡猫ムルの人生観』に影響を受けたという説を論駁し、漱石は聞きかじってはいたが『猫である』はオリジナルな作であると論じた(吉田六郎教授略歴「人文学報」都立大、1972年)。
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手塚 富雄(てづか とみお、1903年11月29日 - 19… 手塚 富雄(てづか とみお、1903年11月29日 - 1983年2月12日)は、日本のドイツ文学者・評論家。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1961年)。東京大学名誉教授。 栃木県宇都宮市生まれ。旧制第一高等学校を経て、1926年東京帝国大学文学部独文科卒。旧制松本高等学校教授、1943年東京帝国大学文学部独文科助教授、1949年教授。1961年に学位論文「ゲオルゲとリルケの研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。1963年より文学部長をつとめる。1964年定年退官後は立教大学教授、共立女子大学教授を歴任。1967年日本学士院会員、1972年、NHK放送文化賞受賞、1981年文化功労者。
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川口 篤(かわぐち あつし、1902年9月29日 - 197… 川口 篤(かわぐち あつし、1902年9月29日 - 1975年6月25日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 栃木県栃木市生まれ。旧制宇都宮中学・旧制一高を経て、東京帝国大学文学部仏文科卒。戦後、東京大学教養学部教授、1958年から1960年まで教養学部学部長、1961年まで評議員。1963年定年退官、学習院大学教授を務めた。 アンドレ・ジイド、エミール・ゾラをはじめ翻訳多数がある。
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瀧田 貞治(たきた ていじ、1901年8月14日 - 194… 瀧田 貞治(たきた ていじ、1901年8月14日 - 1946年1月26日)は、日本の国文学者。専門は近世文学、演劇史、俳諧史。 栃木県那須郡佐久山町(現・大田原市)出身。旧制大田原中学校から第四高等学校を経て1927年(昭和2年)、東京帝国大学文学部国文学科を卒業し、元禄歌舞伎研究のため大学院に進学したのち、1928年(昭和3年)に第六高等学校教授となる。1929年(昭和4年)より台北帝国大学助教授。1942年(昭和17年)には井原西鶴の研究団体である「西鶴学会」を組織し、年2回刊行の学術雑誌『西鶴研究』の編集に当たった。『西鶴研究』は1942年6月から1943年(昭和18年)12月まで4冊を刊行したが、第5冊の校正中、1945年(昭和20年)5月の台北大空襲によって原版が焼失し、発行不能となった。
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千葉 省三(ちば しょうぞう、1892年(明治25年)11月… 千葉 省三(ちば しょうぞう、1892年(明治25年)11月27日 - 1975年(昭和50年)10月13日)は、日本の児童文学者、編集者。 1892年(明治25年)12月12日、栃木県河内郡篠井村(現・宇都宮市)で小学校教員の父・亀五郎と母・ハマの長男として出生。1894年(明治27年)に亀五郎が吉沢尋常小学校(現・日光市立第三小学校)の校長になったため、一家で吉沢に引っ越した後、1898年(明治31年)に吉沢小の2年生に入学。1899年(明治32年)には亀五郎が楡木尋常小学校(現・鹿沼市立楡木小学校)に赴任したため転校し、現在の鹿沼市楡木町で育つ。1901年(明治34年)、南押原高等小学校(現・鹿沼市立南押原中学校)入学。
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