青木 瑠郁(あおき るい、2004年3月31日 - )は、日… 青木 瑠郁(あおき るい、2004年3月31日 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県伊勢崎市出身。國學院大學人間開発学部卒業。住友電工陸上競技部所属。 伊勢崎市立第四中学校、高崎健康福祉大学高崎高等学校出身。 6月に開催された第38回U20日本選手権の男子5000mでは佐久長聖高校の吉岡大翔に敗れて2位だった。 10月10日の第34回出雲駅伝で1区を担当し、大学三大駅伝初出場。首位の中央大と26秒差の7位で2区・山本歩夢に襷リレーした(國學院大は総合2位)。 11月6日の第54回全日本大学駅伝では5区を担当し、当時の区間記録と3秒差の35分50秒で区間賞を獲得。チーム史上最高の総合2位に貢献した。
栁田 大輝(やなぎた ひろき、2003年7月25日 - )は… 栁田 大輝(やなぎた ひろき、2003年7月25日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。Honda陸上競技部所属。 群馬県館林市出身。館林市立第一小学校、館林市立第一中学校、東京農業大学第二高等学校、東洋大学文学部卒業。 両親が陸上競技をしていた影響で小学校中学年の頃に自らも始め、中学生の時に100mと走幅跳に種目を絞った。中学生時には全日本中学校陸上競技選手権大会の走幅跳で優勝、100mで2位という成績を残した。 東京農業大学第二高等学校1年生の2019年には、全国高等学校陸上競技対校選手権大会(インターハイ)の走幅跳で4位に入った。同年の第74回国民体育大会では走幅跳少年Bの部に7m48の記録で優勝した。
帰山 侑大(きやま ゆうだい、2003年6月10日 - )は… 帰山 侑大(きやま ゆうだい、2003年6月10日 - )は、群馬県桐生市出身の陸上競技選手。ヤクルト陸上競技部所属。 桐生市立北小学校、桐生市立清流中学校、樹徳高等学校、駒澤大学卒業。 第99回箱根駅伝では6区候補だったが、同学年の伊藤蒼唯が走ったため出番はなかった(伊藤は区間賞を獲得した)。 第100回箱根駅伝では6区を担当。首位の青山学院大学と2分38秒差の2位でスタートしたが、序盤からペースが上がらず区間12位に沈み、差を4分17秒まで広げられた。 第36回出雲駅伝では2区で区間4位だったが、第56回全日本大学駅伝ではメンバーから外れた。 第101回箱根駅伝では1区を任される。開始早々に飛び出した中央大学の吉居駿恭以外は一団となって進むスローペースな展開となる。
美細津 エメリア(みさいづ エメリア、2003年5月22日 … 美細津 エメリア(みさいづ エメリア、2003年5月22日 - )は、日本の女子陸上競技選手。専門は短距離走。
不破 聖衣来(ふわ せいら、2003年3月25日 - )は、… 不破 聖衣来(ふわ せいら、2003年3月25日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走・長距離走。群馬県高崎市出身。身長154cm、体重37kg。血液型はA型。 群馬県高崎市に生まれる。名前は「『聖なる衣』で、破れないすごい子になってほしい」という願いを込めてつけられた。 小学2年生のとき、校内持久走大会に向けて祖父と姉と一緒に朝のランニングを始めたことが陸上競技との出会いだった。大会初出場は小学3年生のとき。とは言え、小学生の間は5年生のときに始めたミニバスケットボールに夢中で、本格的に陸上競技を始めたのは中学の陸上部に入部してからである。 高崎市立大類中学校に進み、トラック・駅伝・クロスカントリーにおいて、向かうところ敵なしの強さを誇った。
千明 龍之佑 (ちぎら りゅうのすけ、2000年3月3日 -… 千明 龍之佑 (ちぎら りゅうのすけ、2000年3月3日 - ) は群馬県出身の陸上競技選手。専門は長距離走。 片品村立片品中学校、東京農業大学第二高等学校、 早稲田大学スポーツ科学部 スポーツ科学科を卒業。2022年4月より GMOアスリーツ に所属。2025年9月にサンベルクスに移籍。
樺沢 和佳奈(かばさわ わかな、1999年3月24日 - )… 樺沢 和佳奈(かばさわ わかな、1999年3月24日 - )は、日本の女性陸上競技選手。長距離走。 前橋市立富士見中学校時代は全国中学校駅伝大会で2年次、3年次とも1区を走り同校は2年連続優勝を果たした。 常磐高等学校時代は1年次から全国高校駅伝に出場。1学年上の岡本春美とともに活躍し、1年次に3区を区間2位でチームは3位。2年次に2区を区間2位でチーム2位と上位進出に貢献。3年次はエース区間の1区を走るも和田有菜(長野東)、田中希実(西脇工)、加世田梨花(成田)らに遅れをとり区間9位。チームは10位と入賞を逃した。3年次の7月にはポーランドのブィドゴシュチュで開催されたU20世界陸上競技選手権大会 3000メートル競走に出場し、20位。
西山 和弥(にしやま かずや、1998年11月5日 - )は… 西山 和弥(にしやま かずや、1998年11月5日 - )は、群馬県出身の陸上競技選手。専門は長距離走。伊勢崎市立第一中学校、東京農業大学第二高等学校、東洋大学総合情報学部総合情報学科を卒業。2021年4月、トヨタ自動車に入社。
諸田 実咲(もろた みさき、1998年10月6日 - )は、… 諸田 実咲(もろた みさき、1998年10月6日 - )は、日本の女子棒高跳選手。2026年5月現在の女子棒高跳の日本記録保持者(4m50)。 群馬県邑楽郡大泉町出身。大泉町立南小学校、大泉町立南中学校、群馬県立太田女子高等学校、中央大学法学部を卒業後、栃木県スポーツ協会に所属しスポーツ専門員となる。2023年4月からアットホームに所属する。 2023年4月の中大・日体大定期対抗陸上で4m41の日本記録を樹立。同年10月のアジア大会陸上棒高跳で、4m48 と日本記録を更新し銀メダル獲得。2026年5月の木南記念では4m50に記録を更新した。
岡本 春美(おかもと はるみ、1998年2月7日 - )は、… 岡本 春美(おかもと はるみ、1998年2月7日 - )は、日本の陸上競技選手(中距離走・長距離走)である。豊田自動織機女子陸上競技部に所属。愛称は「はるたん」。父はブラジル系日本人、母はブラジル人である。 3人姉妹の末っ子。 群馬県太田市出身。太田市立南中学校では空手部に所属しており、2014年時点では空手2段であった。2012年の中学3年の時、群馬県中学駅伝大会にメンバーとして参加。2012年10月20日の太田市中体連駅伝大会では第5区を10’34で走り区間6位であった。同年11月10日第47回群馬県中学校総合体育大会女子駅伝競走大会では第5区(2.75km)を11’00で走り区間29位であった。
塩尻 和也(しおじり かずや、1996年11月8日 - )は… 塩尻 和也(しおじり かずや、1996年11月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。群馬県立伊勢崎清明高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。富士通陸上競技部所属。 中学時代はソフトテニス部に所属していた。 高校2年時の2013年、インターハイの男子3000mSCで5位入賞。1月の全国都道府県対抗駅伝では1区で12位という成績を残す。 高校3年時の2014年、5月の群馬県高校総体3000mSCで当時高校歴代6位の記録で優勝。6月の第98回日本選手権3000mSCで当時高校歴代4位の記録で7位入賞。7月にアメリカのユージーンで開かれた第15回世界ジュニア陸上競技選手権大会の3000mSC代表となり、8分45秒66の記録(当時高校歴代2位)で9位となった。
清水 歓太(しみず かんた、1996年5月3日 - )は、日… 清水 歓太(しみず かんた、1996年5月3日 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県吉井町出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。SUBARU陸上競技部所属。 群馬県立中央中等教育学校、早稲田大学出身。 三大駅伝初出場となった2年時の第93回箱根駅伝では10区を走り、第87回大会以来6年ぶりの表彰台となる3位でゴールテープを切った。 3年時の第94回箱根駅伝では9区で区間賞を獲得し、前評判を覆す総合3位に大きく貢献した。 4年時の第95回箱根駅伝では4区を区間3位で走ったが、チームは総合12位に終わり13年ぶりにシード権を逃した。 2022年1月の第66回全日本実業団対抗駅伝競走大会では最長区間の4区を走り区間8位の走りで6位から3位に浮上。
樋口 陸(ひぐち りく、1995年4月8日 - )は、日本の… 樋口 陸(ひぐち りく、1995年4月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・駅伝。群馬県桐生市出身。武蔵越生高等学校、中央学院大学法学部卒業。 両親と姉の4人家族。小さいときからスポーツに没頭し少年野球や水泳、サッカー(クラブ)、テニス、バドミントン、ヒップホップなどを経験をした。群馬県桐生市立相生中学校卒業後、ランナーとして桐生第一高等学校に推薦入学。しかしそこで出会った波多野宏美監督の影響で箱根駅伝を目指す事を決意。波多野監督の紹介で全国高校駅伝出場の実績のある武蔵越生高等学校に転学した。同校では北村亮介監督の指導で1年時から高校駅伝のエース区間を任され好走。高校時代は設楽啓太・設楽悠太兄弟(東洋大学卒)や髙橋裕太(帝京大学卒)らとともに東洋大学の選手らと日々練習を重ねる。
戸田 雅稀(とだ まさき、1993年6月21日 - )は、群… 戸田 雅稀(とだ まさき、1993年6月21日 - )は、群馬県安中市出身の陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は中距離走・長距離走。安中市立碓東小学校、安中市立第一中学校、東京農業大学第二高等学校、東京農業大学卒業。日清食品グループ陸上競技部、サンベルクス陸上部、SGホールディングス陸上競技部を経て現在、芝浦工業大学駅伝部コーチ。
絹川 愛(きぬかわ めぐみ、1989年8月7日 - )は、日… 絹川 愛(きぬかわ めぐみ、1989年8月7日 - )は、日本の女子陸上競技選手、コスプレイヤー。専門は長距離走。2006年・世界クロスカントリー選手権代表、10000mジュニア日本記録ならびに日本高校最高記録保持者。2007年・世界陸上大阪大会及び2011年・世界陸上大邱大会長距離走代表。 コスプレイヤーとしての名義は蓮弥(れんや)である。 群馬県高崎市出身。2004年、高崎市立中尾中学校3年生のとき、全日本中学選手権で1500mに出場。序盤からハイペースで飛ばし独走するが、ラスト3mでガッツポーズをしているところを抜かれ、準優勝に終わる。 翌2005年中学卒業後故郷を離れ、全国高校駅伝の新興校である宮城県の仙台育英高校に入学、渡辺高夫監督の指導を受ける。
中里 麗美(なかざと れみ、現姓:佐野、1988年6月24日… 中里 麗美(なかざと れみ、現姓:佐野、1988年6月24日 - )は、女子陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン)選手。群馬県太田市出身。身長152cm、体重36kg。現在1児(長男)の母親。 2007年3月、太田市立商業高等学校卒業、同年4月、大阪府池田市のダイハツ工業に入社し陸上競技部に所属。2009年10月、世界ハーフマラソン選手権に出場、16位。 初マラソンは2010年3月の名古屋国際女子マラソンだったが、膝の故障の影響により中間点を過ぎた後で先頭争いから脱落し12位に終わった。2011年2月の横浜国際女子マラソンに出場。39Km付近までトップグループへ積極果敢についていき、優勝した尾崎好美のラストスパートには離されたものの、初マラソンの記録をちょうど10分縮める2時間24分台の好タイムで2位に入った。
深津 卓也(ふかつ たくや、1987年11月10日 - )は… 深津 卓也(ふかつ たくや、1987年11月10日 - )は、群馬県沼田市出身の陸上競技選手・指導者。専門は長距離走。東京農業大学第二高等学校、駒澤大学経済学部卒業。旭化成陸上部所属。 2年次の第55回全国高校駅伝では3区で8人抜きの快走を見せ、チームの3位入賞に貢献した。 3年次はインターハイ5000mに出場。5000mの高校ベストは13分57秒60(同年の高校ランキング4位)。第56回全国高校駅伝で東農大二高は優勝候補に上げられていたが、1区を務めた深津が区間31位と振るわず14位に終わった。2006年の福岡国際クロスカントリージュニア男子8kmでは、世羅高校の留学生ジョセフ・ギタウに次ぐ2位(記録:24分49秒)。
青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の… 青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の陸上競技選手。2004年アジアジュニア陸上競技選手権大会日本代表。専門は棒高跳。群馬県高崎市出身。高崎経済大学附属高等学校、順天堂大学卒。
阿久津 圭司(あくつ けいじ、1987年3月20日 - )は… 阿久津 圭司(あくつ けいじ、1987年3月20日 - )は、群馬県富岡市出身の日本の陸上競技選手・指導者。専門は長距離種目。東京農業大学第二高等学校、早稲田大学スポーツ科学部出身。SUBARU陸上競技部で現役を終え、現在同チームコーチを務める。 高校生としては初めて5000m13分台、1500m3分40秒台、3000mSC8分台を達成したマルチランナー。早稲田大学では1年時・2年時に箱根路を駆けた。 卒業後はSUBARUに入社。ニューイヤー駅伝には9回出場し、そのうち5回でスターターを担った。2020年度をもって現役を引退し、コーチに就任。
鈴木 悠里(すずき ゆうり、1987年 - )は、日本の陸上… 鈴木 悠里(すずき ゆうり、1987年 - )は、日本の陸上競技選手。2005年世界クロスカントリー選手権代表。岩手県出身。小学生のとき群馬県太田市に移住.母親の再婚のため、田中悠里に改姓。
堀越 愛未(ほりこし あいみ、1987年 - )は、日本の陸… 堀越 愛未(ほりこし あいみ、1987年 - )は、日本の陸上競技選手。2006年世界クロスカントリー選手権日本代表。3000mのベスト9分21秒53。 群馬県前橋市出身。前橋市立荒砥中学校から常磐高等学校に進学し、2004年の全国高等学校女子駅伝では3区区間3位の快走。翌年度の同大会でも3位入賞の立役者となった。2006年の福岡国際クロスカントリー大会でジュニア6kmに出場。興譲館高校の高島由香に競り勝ち、絹川愛(仙台育英高校)・野原優子(筑紫女学園高校)・大崎千聖(聖徳大聖徳高校)に次ぐ4位に入る。タイムは20分54秒であった。2006年3月20日には世界クロスカントリー選手権ジュニア6kmの代表に選出された。
小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、… 小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、群馬県勢多郡富士見村(現・前橋市)出身の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。富士見村立富士見中学校、前橋育英高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。日清食品グループ所属を経て慶應義塾大学競走部長距離ブロックのコーチを務める。2005、2007、2013年世界クロスカントリー選手権日本代表。 2004年に熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた第59回国民体育大会陸上競技少年男子A 5000mに出場し14分09秒92で6位入賞(日本人4位)。2005年にはフランス・サンテティエンヌサンガルミエで開催された第33回世界クロスカントリー選手権に日本代表として出場。
倉林 和宏(くらばやし かずひろ、1985年11月5日 - … 倉林 和宏(くらばやし かずひろ、1985年11月5日 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。2000年の全国中学選手権110メートルハードルに出場し、史上初めて14秒台の壁を破る13秒99の日本中学新記録(当時)を樹立して優勝、脚光を浴びた。その後、中学時代にしたケガの影響で一時は再起不能とまで言われたが、2005年に200mハードルで23秒77の日本歴代3位にあたる好記録をマークし完全復活を遂げた。群馬県高崎市出身。尊敬する人物は元ミキハウスの桜井健一。
岩佐 千亜紀(いわさ ちあき、1985年4月22日 - )は… 岩佐 千亜紀(いわさ ちあき、1985年4月22日 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。専門は100メートルハードル・走幅跳。群馬県伊勢崎市出身。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimach… 杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimachi、ポルトガル語 : Mahau Camargo Suguimati , 1984年11月13日 - )はブラジルの陸上競技選手、専門は400mハードル。北京オリンピック男子400mハードルブラジル代表。ブラジル選手権400mHは2008年から2013年まで6連覇している。身長185cm、体重78kg。 1984年ブラジル中部のゴイアスで生まれる。父方の祖父が日本人の日系4世。 1992年に来日、足利市の小中学校を卒業後は常磐高等学校へ進学し茨城インターハイは走高跳で5位に入賞した。高校卒業後は日本ウェルネススポーツ専門学校へ進み、卒業後に同校の陸上部コーチを務めている。
井上 喜貴(いのうえ よしき、1984年9月27日 - )は… 井上 喜貴(いのうえ よしき、1984年9月27日 - )は、日本の陸上競技選手。円盤投元日本ジュニア記録保持者。群馬県多野郡吉井町(現・高崎市)出身。吉井町立中央中学校、前橋育英高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。
下 俊介(しも しゅんすけ、1981年2月17日 - )は、… 下 俊介(しも しゅんすけ、1981年2月17日 - )は、世界ジュニア選手権入賞経験のある日本の陸上競技選手。専門は棒高跳。群馬県前橋市出身。前橋市立第一中学校、東京農業大学第二高等学校、日本体育大学卒業。
堀越 勝太郎(ほりこし かつたろう、1980年5月15日 -… 堀越 勝太郎(ほりこし かつたろう、1980年5月15日 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県出身。前橋育英高等学校から亜細亜大学に進学。 2003年、第79回箱根駅伝で6区に出走した際には、1時間03分36秒のタイムで区間20位(最下位)に終わった。 2004年、第80回箱根駅伝で9区に出走。1時間09分45秒の好タイムをマークし区間賞を獲得。チームの3位入賞に貢献した。 卒業後は小森コーポレーションに入社。第46回東日本実業団対抗駅伝競走大会2部・クラブチームの部に茨城陸上競技協会チームで出場し、優勝を果たした。
諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29… 諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手・現指導者である。群馬県佐波郡東村(現伊勢崎市)出身。身長178センチメートル、体重58キログラム。 主な実績に、2004年アテネオリンピック6位入賞、2007年世界陸上大阪大会7位入賞(共に男子マラソン)。 2004年限りで伊勢崎市に吸収された東村最初で最後の名誉村民である。
細山 恵里(ほそやま えり、1977年 - )は、平成時代の… 細山 恵里(ほそやま えり、1977年 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。第79回日本陸上競技選手権大会女子砲丸投優勝者。
伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は… 伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は、1990年代後半から2000年代前半にかけて活躍した日本の陸上競技選手。1997年に初めて20秒台をマークした。2002年アジア選手権200m代表。群馬県出身。
中澤 晃(なかざわ あきら、1976年7月13日 - )は、… 中澤 晃(なかざわ あきら、1976年7月13日 - )は、日本の元陸上競技選手。群馬県出身。神奈川大学法学部法律学科卒業。 前橋育英高等学校、神奈川大学出身。 大学3年時の第29回全日本大学駅伝では3区を区間3位で走り、神奈川大学の連覇に貢献した。第74回箱根駅伝では6区を走り、箱根駅伝デビューを飾る。往路2位の駒澤大学と13秒差の首位で芦ノ湖をスタートすると、後続を引き離し区間新記録で区間賞を獲得した。レース後のインタビューで記録が伝えられると「今初めて知りましたけど嬉しいですね。」と答えた。神奈川大学はその後トップを譲らず、2年連続の総合優勝を達成した。 4年時の第75回箱根駅伝では再び6区に登場。
長谷川雅子(はせがわ まさこ、1976年 - )は、日本の陸… 長谷川雅子(はせがわ まさこ、1976年 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県出身 群馬女子短期大学附属高等学校(現高崎健康福祉大学高崎高等学校)時代から日本のトップ選手として活躍[要出典]。 1994年3月5日、神奈川県横浜市で開催された日中対抗室内選手権に日本代表として出場。マイルリレーで3分44秒67の室内日本記録を樹立した。 400mのベストは54秒57。
小島 雅章(こじま まさあき、1975年9月19日 - )は… 小島 雅章(こじま まさあき、1975年9月19日 - )は、競輪選手、元陸上競技選手(短距離走)。日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは大宮競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第83期生。師匠は板羽俊一(64期)。 埼玉県出身。深谷市立川本中学校時代は、全日本中学校陸上競技大会の100m、200mで優勝。東京農業大学第二高等学校時代は、国民体育大会の100mで優勝。日本大学時代は、日本学生陸上競技対校選手権大会(インカレ)の400mで優勝。 大学卒業後に競輪へ転身することを決意、競輪学校へは83期生として入学。競輪学校の在校競走成績は57位(9勝)。 1999年8月18日、京王閣競輪場でデビューし初勝利を挙げた。
篠崎 浩子(しのざき ひろこ、1972年10月13日 - )… 篠崎 浩子(しのざき ひろこ、1972年10月13日 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。専門は砲丸投。群馬県出身。 1997年に日本女子として2人目の16m突破となる歴代2位の16m05をマークするなど、1990年代を代表する選手として活躍。群馬県立高崎商業高等学校から東京女子体育大学体育学科を卒業し、1995年の福島国体のために福島県公立高校教員に採用される。福島国体後は、群馬綜合ガードシステムに入社。
木暮貞行(きぐれ さだゆき、1972年8月9日 - )は、日… 木暮貞行(きぐれ さだゆき、1972年8月9日 - )は、日本の元陸上競技選手。群馬県立桐生工業高等学校→東京農業大学卒。小森コーポレーションに所属した。群馬県出身。 箱根駅伝では2年時に3区、3年時に7区にエントリーされるも当日変更で走ることは叶わなかったが、4年時の第71回大会3区で初出場。区間3位の好走を見せた。 全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)では1996年から2007年にかけてのべ10回出場し、長くチームを支えた。2004年に6区区間13位、コーチ兼任となった2006年に6区区間10位の実績がある。 駅伝ではこのほか、2002年の東日本縦断駅伝57区で区間賞を獲得している。 2006年度をもって現役を引退。
宮田 英明(みやた ひであき、1972年6月12日 - )は… 宮田 英明(みやた ひであき、1972年6月12日 - )は、日本の元陸上競技選手(短距離走)。元100m日本記録保持者。 東京農業大学第二高等学校3年生時の1990年に、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ))の100mに10秒49で優勝。同年おこなわれた第45回国民体育大会の100mでは、10秒27の日本新記録を樹立した。同校陸上競技部は鳥羽完治の指導の下、先輩の不破弘樹も在学中に100mで日本タイ記録を達成している(同じく先輩の太田裕久は高校卒業後に日本タイ記録達成)。 高校卒業後は日本大学に進学する。在学中に1993年夏季ユニバーシアードの代表選手に選ばれ、4×100mリレーに井上悟、杉本龍勇、鈴木久嗣とともに出場した。
斎藤 嘉彦(さいとう よしひこ、1972年2月12日 - )… 斎藤 嘉彦(さいとう よしひこ、1972年2月12日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400mハードル。 富岡高校時代に名将佐藤敏明(高崎商業高校OB)の勧めで陸上競技部に入部、才能を開花させた。日本人として初めて48秒台の記録を出して、苅部俊二・山崎一彦らとともに日本の400mハードルを世界レベルに押し上げた。1992年、バルセロナオリンピックに出場。その後長く低迷しアトランタオリンピック出場を逃した。 1998年、郷里の群馬綜合ガードシステムに入社。復調し48秒64の自己新記録で日本選手権優勝。2000年、シドニーオリンピック出場を目指したが、若手の為末大らの台頭もあり、あと一歩で出場を逃し選手生活を引退、その後、群馬県高崎市にある東京農業大学第二高等学校教諭として後進の指導にあたっている。
久保田 和恵(くぼた かずえ、1972年 - )は、元陸上競… 久保田 和恵(くぼた かずえ、1972年 - )は、元陸上競技選手(スプリンター)。専門は400m。高校生で日本選手権400mを2連覇した。 1984年、小学校6年生の時、群馬県小学校陸上教室記録会にて、100mと400mリレー(アンカー)で優勝。1988年、群馬女子短期大学附属高等学校(現高崎健康福祉大学高崎高等学校)入学後、吉沢賢二監督の下で素質が開花。 1989年、日本選手権女子400mで高校2年生ながら優勝の快挙。翌1990年、日本選手権女子400mで2連覇。インターハイ400mで優勝。酷暑の中でタイムは当時のジュニア日本記録歴代4位の54秒18。国体1500mでは2位だった。同1990年、全国高校女子駅伝4区3㎞でトップで襷(タスキ)を受け、2位市立船橋2年杉村奈美(のちリクルート。
八木均(やぎ ひとし、1971年8月12日 - )は、日本の… 八木均(やぎ ひとし、1971年8月12日 - )は、日本の陸上競技選手。300m元高校最高記録保持者。 1987年、東京農業大学第二高等学校に入学。1年次から抜群の脚力をみせ、10月の国体少年B400mを47秒66の高1歴代2位(当時)の好記録で制した。 1989年4月23日、群馬県前橋市の敷島公園陸上競技場で開催された群馬リレーカーニバルで300mに出場。33秒91の高校最高記録を樹立した。この記録は2014年にウォルシュ・ジュリアンらに破られるまで約25年間高校最高記録であった。 1989年8月のインターハイ400mで3位、1600mリレーではアンカーを務め、3分12秒42の高校歴代2位(当時)の記録で準優勝。
金子宗弘(かねこ むねひろ、1968年6月6日 - )は、日… 金子宗弘(かねこ むねひろ、1968年6月6日 - )は、日本の陸上競技選手。十種競技前日本記録保持者。ミズノ株式会社勤務。
岩崎 利彦(いわさき としひこ、1967年10月4日-)は群… 岩崎 利彦(いわさき としひこ、1967年10月4日-)は群馬県山田郡大間々町(現・みどり市)出身の元陸上競技選手。元110mハードル日本記録保持者。日本人初の電気計時14秒突破選手。1991年世界陸上競技選手権大会代表、1992年バルセロナオリンピック代表。
磯貝 美奈子(いそがい みなこ、1967年3月7日 - )は… 磯貝 美奈子(いそがい みなこ、1967年3月7日 - )は、日本の陸上競技選手である。群馬県出身。愛称は「ミナコ」「みなっち」。七種競技と走幅跳の日本記録を樹立し、1980年代の日本陸上界を牽引した名選手である。東京の私立大学を中心とした勢力図の中で、一地方大学である群馬大学から世界に飛び立った選手であり、多くのファンに愛された。
新井 文子(あらい あやこ、1967年 - )は、1980年… 新井 文子(あらい あやこ、1967年 - )は、1980年代後半から1990年代に活躍した日本の陸上競技選手。元女子800m・1,000m・2,000m走日本最高記録保持者。群馬女子短期大学附属高等学校(現・高崎健康福祉大学高崎高等学校)から三田工業に入社。のち京セラに移籍。群馬県出身。 1984年、群馬女子短大附属高校2年時、第72回日本選手権女子800mにおいて優勝。以降1988年の第76回まで同種目5連覇を飾る。 1985年、高校3年生で800m2分4秒82の日本新記録を樹立。全国女子駅伝1区で区間新記録を樹立した。その他の記録は以下。
不破 弘樹(ふわ ひろき、1966年7月9日 - )は、日本… 不破 弘樹(ふわ ひろき、1966年7月9日 - )は、日本の陸上競技選手。ロサンゼルスオリンピック日本代表。群馬県沼田市出身。沼田市立西中学校、東京農業大学第二高等学校、法政大学卒業。 小学生時代から沼田市内の大会において、4年生から100mにおいて驚異的な14秒7という記録を樹立し、6年生の県大会において100m12秒6で優勝。中学時代は野球部に所属していたが、中体連において中学男子としては異例の1年生で100mの県大会決勝に進んだ。1981年の関東大会男子100mで電気計時では中学生初の10秒台となる10秒95をマークし、10日後の第8回全日本中学選手権男子100mでは11秒00の大会新記録を樹立して優勝。
太田 裕久(おおた ひろひさ、1965年12月21日 - )… 太田 裕久(おおた ひろひさ、1965年12月21日 - )は、日本の陸上競技選手。元100m日本記録保持者。群馬県前橋市出身。東京農業大学第二高等学校、東海大学体育学部卒業。
青井由美子(あおい ゆみこ、1960年 - )は、日本の陸上… 青井由美子(あおい ゆみこ、1960年 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県高崎市(旧吉井町)出身。昭和50年代に400mハードルの日本記録を6回更新した伝説の名選手である。群馬県立富岡東高等学校を経て関東学園大学卒業。卒業後はナイキジャパンに入社した。愛称は「あおちゃん」。可憐なルックスからアイドル的な人気を誇り、増田明美らと人気を二分した。現姓高橋。
金子 健司(かねこ けんじ 1960年-)は、日本の陸上競技… 金子 健司(かねこ けんじ 1960年-)は、日本の陸上競技選手・陸上競技指導者。やり投SM35日本記録保持者。日本陸上競技連盟投てきコーチ。日本マスターズ陸上競技連合普及振興部長。群馬県吾妻郡東吾妻町(旧吾妻町)出身。群馬県立中之条高等学校、国士舘大学体育学部卒業。
金井 豊(かない ゆたか、1959年〈昭和34年〉10月16… 金井 豊(かない ゆたか、1959年〈昭和34年〉10月16日 - 1990年〈平成2年〉8月23日)は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)選手。1984年ロサンゼルスオリンピック男子10000mで7位に入賞したが、現役中に交通事故で死去した。30000mの日本学生記録保持者でもある。 群馬県沼田市沼須町出身。群馬県立沼田高等学校3年生時の1977年に全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)の800mで優勝した。 早稲田大学への進学を目指したが、1978年の受験は不合格となり、翌1979年に入学した。入学後は早稲田大学競走部のエースとして箱根駅伝などで活躍する。在学中の1981年に、ニュージーランド・クライストチャーチで30000mに出場して、1時間33分52秒9の日本学生新記録を樹立した。
阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )… 阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )は、1970年代から1980年代の日本の元陸上競技選手で、陸上競技指導者、陸上競技解説者。現役時代の専門種目は走高跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック日本代表。群馬県出身。 群馬県立富岡高等学校から筑波大学に進む。1977年10月の日本学生陸上競技対校選手権大会で、2メートル21の日本タイ記録を達成した。1978年、日本陸上競技選手権大会に初めて優勝し、代表として出場したアジア競技大会(バンコク)でも優勝する。1979年4月の静岡リレーカーニバルで2メートル25の日本新記録を樹立した。1980年モスクワオリンピック代表に選ばれたが、日本が不参加のため出場できなかった。