篠田 節子(しのだ せつこ、1955年10月23日 -)は、… 篠田 節子(しのだ せつこ、1955年10月23日 -)は、日本の小説家、ホラー作家、SF作家、推理作家。 東京都生まれ。八王子の典型的な商業地区で育つ。実家は戦前、大きな機屋を営んでいた。一人っ子で、小学生時代に冒険小説やSF、コナン・ドイルの『失われた世界』に夢中になり、中学生時代には、『コンチキ号漂流記』や『沈黙の世界』など自然科学系のノンフィクションを中心に、中尾明『黒の放射線』などに読み耽ったという。 東京都立富士森高等学校、東京学芸大学教育学部卒業後、八王子市役所に勤務する。(教育実習に2回行って小学校教諭に向いていないと感じ、裁判所調査官試験を受けるも失敗し、市役所職員となった。) 26歳のときに仕事関係の勉強会で知り合った4歳上の夫(都庁職員)と結婚。
石田 節子(いしだ せつこ、本名:石田節子、1955年4月1… 石田 節子(いしだ せつこ、本名:石田節子、1955年4月14日- )は、東京都出身の日本の着付師、着物スタイリスト、著作家。小山評定ふるさと大使。 大田区立道塚小学校、大田区立御園中学校を経て京橋商業高等学校卒業後、製紙会社、大手保険会社を経てアメリカに憧れ退社。アメリカではヨガと菜食生活の日々を過ごした。 着物とお茶にはまり着付けを習い始めて興味を持ち、時代布池田に入社、池田重子の秘書として教えを受ける。 1991年に独立。着付けに関する書籍の執筆の他、雑誌やCMの着付けを担当、シャープ・アクオスの吉永小百合、フジカラーの樹木希林の着物スタイリングを手掛ける。1996年、日本橋「衣裳らくや」を開設、NHK教育「おしゃれ工房」講師も務めた。
群 ようこ(むれ ようこ、1954年12月5日 - )は、日… 群 ようこ(むれ ようこ、1954年12月5日 - )は、日本の作家、随筆家。本名:木原ひろみ。独身。軽妙な語り口の文体で、主に女性からの支持を受けている。 東京都出身。東京都立鷺宮高等学校、日本大学藝術学部文芸学科卒業。同学科の1年先輩に林真理子がいる。1978年、本の雑誌社に入社。1984年7月、本の雑誌社在社中に単行本『午前零時の玄米パン』(本の雑誌社刊) を発表し、本格的に作家デビュー。なお、ペンネームの「群」は、後述する目黒考二の使用していたペンネーム「群一郎」をのれん分けで譲り受けたものである(「ようこ」は目黒の初恋の女性の名前)。同年12月に本の雑誌社を退職し、以後多くの随筆・小説・評伝・対談等を発表、現在に至る。
阿川 大樹(あがわ たいじゅ、1954年12月1日 -)は、… 阿川 大樹(あがわ たいじゅ、1954年12月1日 -)は、日本の小説家、推理作家、コラムニスト、随筆家、ジャーナリスト、作曲家。日本推理作家協会会員。神奈川県横浜市在住。 東京都で商社マンの家に生まれ、子供の頃は親の転勤により引っ越しが多かったと語っている。中学生の頃から小説家を夢見ていた。 東京都立戸山高等学校卒業。高校時代には演劇部に所属し、同部後輩の井坂聡 (映画監督) とはOBとして知り合いになる 。高校2年 (1971年) の文化祭 (戸山祭) では、演劇部公演として、『狂人とピエロの唄』という創作劇の脚本を執筆。これは謡曲『隅田川』を題材としたミュージカルであった。また、生徒会にて制服の廃止を主導したと語っている。
平沢 進(ひらさわ すすむ、1954年〈昭和29年〉4月1日… 平沢 進(ひらさわ すすむ、1954年〈昭和29年〉4月1日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー、著作家。愛称は、師匠、ヒラサワ、ステルス。東京都出身。ケイオスユニオン所属(代表取締役)。1994年よりデジタル・マルチメディアコンサート「インタラクティブ・ライブ」を主宰。第79回アカデミー賞歌曲賞部門ノミネート候補。 1973年にプログレッシブ・ロックバンドマンドレイクを結成し、音楽活動を開始する。 1979年にテクノポップバンドP-MODELを結成し、ボーカル・ギターとしてシングル『美術館で会った人だろ(ART MANIA)』でメジャーデビュー。テクノ御三家の一角として、テクノポップブームの火付け役となり、テクノ・ニューウェイブシーンにおける中心的存在となる。
松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は… 松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は、日本の詩人、小説家、フランス文学者、批評家、東京大学名誉教授。毎日出版文化賞、高見順賞、読売文学賞選考委員。
矢島 誠(やじま まこと、1954年1月7日 -)は、日本の… 矢島 誠(やじま まこと、1954年1月7日 -)は、日本の推理作家。 東京都国立市出身。東京都立立川高等学校、中央大学文学部仏文科卒。 大学卒業後、日本文芸社に入社、「漫画ゴラク」編集者となる。当時担当した漫画家は佐藤まさあき、由起賢二、司敬、はらたいらなど。佐藤とは特に関係が深く、佐藤の著書「『劇画の星』をめざして - 誰も書かなかった『劇画内幕史』」(1996年、文藝春秋)に、編集部のやり方に怒って、数日、会社を無断欠勤した気骨ある編集者として登場する。 同社在籍中、『星狩人』で、第29回江戸川乱歩賞の候補となる。1986年末に日本文芸社を退社。翌1987年、『殺意泥棒』で第8回横溝正史ミステリ大賞候補(後に『双曲線上の殺人』として天山出版から刊行。
吉野 一穂(よしの かずほ、1953年11月12日 - )は… 吉野 一穂(よしの かずほ、1953年11月12日 - )は、日本の少女小説家。東京都出身。 東京都立江北高等学校を経て、同志社大学神学部を卒業。大学在学中の1976年、集英社主催の第9回「小説ジュニア」青春小説新人賞 (現在のノベル大賞の前身) を受賞し、大学卒業後の翌1977年11月に、受賞作を含む短編集『感情日記』にて、集英社文庫コバルトシリーズよりデビューした。小説作品のほか、1989年6月からは週刊ヤングジャンプで漫画「天使のボディーガード」の原作を担当し、同作を連載した。この作品は単行本になっていない。 釣りが趣味であり、野球では巨人ファンであるという。
中部 博(なかべ ひろし 1953年9月5日 - )は、日本… 中部 博(なかべ ひろし 1953年9月5日 - )は、日本のノンフィクション作家。 東京都目黒区生まれ。1972年高輪学園高等学校卒。1975年から『週刊プレイボーイ』特派記者などで取材して書く編集仕事を始めた。『思想の科学』1978年2月号に「街の夢を通る子供たち」を発表してノンフィクションを書き始め、1979年6月に編著書『暴走族100人の疾走』(第三書館)でデビューした。『世界』『朝日ジャーナル』『話の特集』『宝島』などに寄稿した。 25歳だった1979年4月から2年間、NHK教育テレビ『若い広場』のレギュラー司会者をつとめ、テレビとラジオに活動の場を広げた。母親の介護とオートバイ事故のために1981年から6年間ほど活動を停止している。
芦川 淳一(あしかわ じゅんいち、1953年7月7日 - )… 芦川 淳一(あしかわ じゅんいち、1953年7月7日 - )は、日本の小説家。日本推理作家協会会員。日本文芸家クラブ会員。亀﨑(亀崎)淳一の名義の作品もある。 東京都生まれ。豊島区立西巣鴨小学校卒業。豊島区立大塚中学校(現・巣鴨北中学校)卒業。東京都立北園高等学校卒業。早稲田大学第一文学部卒業。出版社漫画雑誌編集部を経て、小説家に。
乙川 優三郎(おとかわ ゆうざぶろう、1953年2月17日 … 乙川 優三郎(おとかわ ゆうざぶろう、1953年2月17日 - )は、日本の小説家。本名島田 豊。 東京都生まれ。生後すぐに千葉県に移る。千葉県立国府台高等学校卒。 ホテル・観光業の専門学校卒業後、国内外のホテルに勤務。会社経営や機械翻訳の下請を経て、作家になる。 この間に、酔った勢いで書いた小説が最終選考に残ったことから小説を書き始めた、という逸話がある。 時代小説を数多く書き、『脊梁山脈』では初の現代小説を書く。好きな作家に山本周五郎を挙げている。 2001年にその周五郎の名を冠した山本周五郎賞を『五年の梅』で受賞し、翌年に周五郎が辞退した直木三十五賞を『生きる』で受賞した。
佐々木 勝俊(アバウト佐々木、1953年 - )は元テレビ番… 佐々木 勝俊(アバウト佐々木、1953年 - )は元テレビ番組の構成作家。東京都目黒区出身。 中学生の時に見ていたTV『ヤング720』の出演メンバーであった若き日の景山民夫に憧れ、のちに勝手に師事。『タモリ倶楽部』の「廃盤アワー」に出演しながら構成を担当していた。 他に、自ら構成する『ENKA TV (エンカTV)』には、司会としても出演。 日本一早いモーニングショーのふれこみの「グッドモーニング」では、構成に参加。オナッターズの「恋のバッキン!」を作詞作曲。水島裕子の「てんぱいぽんちん体操」を考案、作詞作曲。 その他、80年代深夜番組に多数参画。 アマチュアバンド好きから企画した「平成名物TV・三宅裕司のいかすバンド天国(通称イカ天)」が社会を揺るがすほどの大ヒット!バンドブームが巻き起こる。
柳谷 晃(やなぎや あきら、1953年 - )は、日本の数学… 柳谷 晃(やなぎや あきら、1953年 - )は、日本の数学者、作家。早稲田大学高等学院数学科教諭、早稲田大学理工学部兼任講師、早稲田大学複雑系高等学術研究所研究員。専門は微分方程式とその応用。早稲田大学理工学部数学科卒業、同大学院理工学研究科博士課程修了。東京都生まれ。
斉藤 英一朗(さいとう えいいちろう、1952年7月16日 … 斉藤 英一朗(さいとう えいいちろう、1952年7月16日 -)は、日本のSF作家、ライトノベル作家。東京都出身。 本名は漢字表記も含めて同じ。東京都立本所高等学校卒。東海大学中退。その後は実家の食品会社を継ぐために東京経理学校に通ったものの、斉藤はその後、弟に家業を譲って作家の道を進むことになった。経理学校での勉強は、妻との共同経営で設立した編集エージェンシー「スタジオ・とき」に生かされることになる。 東海大学の学生であった頃よりSF同人誌『宇宙塵』に参加し、作品を発表していた。1981年、『宇宙塵』に掲載された50枚の短編小説「太陽ダイヴィング」が、当時朝日ソノラマの編集者であった石井進の目に留まり、長編の執筆を薦められ、翌1982年の11月に同社より処女長篇『亜空間潜艦を撃て』を出版し、それが作家デビューとなった。
秋川 リサ(あきかわ リサ、1952年5月12日 - )は、… 秋川 リサ(あきかわ リサ、1952年5月12日 - )は、日本のビーズ作家、女優、ファッションモデル、タレント。株式会社グリーンメディア所属。身長169cm。身長172cm(1975年7月)。身長173cm(1974年1月)、B86cm、W60cm、H90cm(1974年1月)。血液型はB型。1男、1女あり。元女優の伊藤麻里也は娘。 東京都渋谷区笹塚出身。父親がドイツ系アメリカ人(アメリカ軍)で母親が日本人。母子家庭で育つ。文化学院高等部英語科卒業。 1967年、15歳でテイジンのモデルとしてデビュー。16歳でファッション月刊誌『服装』の専属モデルを2年間務めた。 17歳で資生堂専属モデルとなり以降4年間務める。
吉村 達也(よしむら たつや、本名同じ、1952年3月21日… 吉村 達也(よしむら たつや、本名同じ、1952年3月21日 - 2012年5月14日)は、日本の小説家。男性。日本推理作家協会会員。 大阪府で生まれ、東京都で育つ。 東京都立田園調布高等学校を経て、一橋大学商学部入学。 1973年(大学4年生)、CBSソニーの入社試験に合格、内定を得る。卒業を待たず、同年9月からアルバイトとして入社し、ADの現場業務に携わるようになる。しかし、卒業試験で単位を1科目落とし、留年が決定。そのことを会社に報告したところ、翌年度の不足分の単位取得が容認されたため、大学生と会社員の立場を兼任することになる。1974年4月から正社員になり、引き続きAD業務に従事するが、まもなく直属の上司と人間関係が悪化。
浅田 次郎(あさだ じろう、本名:岩戸 康次郎〈いわと こう… 浅田 次郎(あさだ じろう、本名:岩戸 康次郎〈いわと こうじろう〉、1951年12月13日 - )は、日本の小説家。 中央大学杉並高等学校卒業。陸上自衛隊に入隊、除隊後はアパレル業界など様々な職につきながら投稿生活を続け、1991年、『とられてたまるか!』でデビュー。悪漢小説作品を経て、『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞を受賞。時代小説の他に『蒼穹の昴』、『中原の虹』などの清朝末期の歴史小説も含め、映画化、テレビドラマ化された作品も多い。 2011年から2017年に日本ペンクラブ会長。2013年には、柴田錬三郎賞、山本周五郎賞選考委員、2022年現在、直木賞選考委員。 9歳まで東京都中野区鍋屋横丁(旧・上町)で育ち、以後、都内を転々とすること18回。
三輪 裕子(みわ ひろこ、1951年11月6日 - )は、日… 三輪 裕子(みわ ひろこ、1951年11月6日 - )は、日本の児童文学作家。 日本児童文学者協会会員。 東京都出身。東京学芸大学教育学部卒業。その後2年間練馬区立大泉学園小学校で教師をする。 1982年、「子どもたち山へ行く」で第23回講談社児童文学新人賞受賞。同作品を改稿、「ぼくらの夏は山小屋で」と改題し刊行、1987年野間児童文芸新人賞(受賞当時は野間児童文学推奨作品賞)を受賞する。1989年「パパさんの庭」で野間児童文芸賞受賞。2010年、「優しい音」で新美南吉児童文学賞受賞。 「」内が三輪裕子の作品
立花 ハジメ(たちばな はじめ、1951年10月28日 - … 立花 ハジメ(たちばな はじめ、1951年10月28日 - )は東京都出身のミュージシャン及びグラフィックデザイナー、映像作家。
森田 健(もりた けん、1951年10月26日 - )は、コ… 森田 健(もりた けん、1951年10月26日 - )は、コンピュータソフト会社の経営者、不思議現象の研究者、ルポライター、SF作家、映画監督、作詞家、作曲家、著作家。 東京都西多摩郡日の出町出身。東京都立武蔵高等学校、上智大学電気電子工学科卒業。富士通を経て、コンピュータソフト会社を経営。開発した通信ソフトにて郵政大臣賞を受賞。 1997年、アメリカのモンロー研究所のセミナーに参加し、体外離脱を体験したという。1999年、2000年に船井総合研究所主催のフナイオープンワールドというスピリチュアル系イベントで講演を行う。2004年に『運命を変える未来からの情報』で六爻占術を紹介。 2005年、「不思議の科学」シリーズが、講談社α文庫より『「私は結果」原因の世界への旅』、『自分ひとりでは変われないあなたへ』、『ハンドルを手放せ』の3冊に改題・改訂出版された。
大石 静(おおいし しずか、1951年9月15日 - 、本名… 大石 静(おおいし しずか、1951年9月15日 - 、本名:高橋 静(たかはし しずか))は、日本の脚本家、エッセイスト、作家、女優。 東京都千代田区神田猿楽町出身。日本女子大学文学部卒業。ノート所属。『セカンドバージン』など数々のラブストーリーを手掛け、「ラブストーリーの名手」と評される。夫は舞台監督の高橋正篤。 1951年(昭和26年)東京都千代田区・駿河台にあった旅館「駿台荘」で生まれ育つ(のちに大石の著作のタイトル『駿台荘物語』にもなっている)。同旅館は著名文士等の隠れ場所でもあり、大石の養母がオーナーを務めていた。 1974年(昭和49年)、日本女子大学文学部国文学科(現・日本文学科)卒業。
東 秀紀(あずま ひでき、1951年3月27日 - )は、作… 東 秀紀(あずま ひでき、1951年3月27日 - )は、作家、建築・都市史家。東京都立大学特任教授。英国王立都市計画家協会正会員。一級建築士資格所有。2001年日本建築学会文化賞を受賞。日本文藝家協会正会員。 和歌山県生まれ。1969年早稲田大学高等学院卒業、1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業。NKK(日本鋼管、現JFEスチール・JFEエンジニアリング)に入社後、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン建築環境学部都市計画学コース大学院に留学、博士前期課程修了。 海外留学での知見をもととし、都市計画と文学をからませた『漱石の倫敦、ハワードのロンドン』、『荷風とル・コルビュジエのパリ』などの著作を執筆したのち、1994年『鹿鳴館の肖像』で歴史文学賞を受賞し、小説家としてもデビュー。
芥 真木(あくた まき、1951年2月23日)は、東京都文京… 芥 真木(あくた まき、1951年2月23日)は、東京都文京区出身のコミック原作者、作家である。 東京都立荻窪高校卒、阿佐ヶ谷美術専門学校卒。武蔵野美術大学グラフィックデザイン科中退。15歳、中学時代に『毎日中学生新聞』で4コマ作品デビュー。17歳、高校時代より『蛍雪時代(旺文社)』や『近代映画(近代映画社)』でコミックの連載を開始。20歳のときに手塚治虫主宰のコミック雑誌『COM』で『COM新人賞』を受賞。審査員は手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、ちばてつや、つのだじろうなど。この時に賞を争った相手は、後に伝奇漫画家としてメジャーになった諸星大二郎。 1973年、漫画家つのだじろうプロダクションのマネージャーとして4年間在籍。
水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小… 水村 美苗(みずむら みなえ、1951年 - )は、日本の小説家、評論家。夫は東京大学経済学部名誉教授の岩井克人。
イルカ(1950年〈昭和25年〉12月3日 - )は、日本の… イルカ(1950年〈昭和25年〉12月3日 - )は、日本のフォークシンガー、絵本作家。本名、神部 としえ(かんべ としえ)。旧姓、保坂(ほさか)。 東京都中野区出身。イルカオフィス所属。 東京都中野区出身。中野区立谷戸小学校、東京文化中学校、東京文化高等学校、女子美術大学卒業。芸名の由来は、女子美術大学のフォークソング同好会に在籍していた当時、皆がギターケースを持って帰る姿を見て「イルカの群れみたい」と言ったのがきっかけで、周囲からイルカと呼ばれるようになった。 小学校では音楽部鼓笛隊に所属しベルリラを担当。小学校の同級生には作曲家・編曲家の船山基紀がいる。 1970年、シュリークスのメンバーとしてデビュー。
米原 万里(よねはら まり、女性、1950年4月29日 - … 米原 万里(よねはら まり、女性、1950年4月29日 - 2006年5月25日)は、日本の、ロシア語同時通訳・エッセイスト・ノンフィクション作家・小説家である。
松崎 哲久(まつざき てつひさ、旧名:隆臣、1950年(昭和… 松崎 哲久(まつざき てつひさ、旧名:隆臣、1950年(昭和25年)4月14日 – )は、日本の政治家、小説家。自由党所属の元衆議院議員(2期)。
工藤 美代子(くどう みよこ、1950年3月27日 - )は… 工藤 美代子(くどう みよこ、1950年3月27日 - )は、日本のノンフィクション作家。怪談エッセイなどでも知られる。本名は加藤 美代子(かとう みよこ)。 1991年、『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞受賞。1993年、元集英社出版部長の加藤康男(元恒文社専務取締役、現ノンフィクション作家)と結婚。 新しい歴史教科書をつくる会副会長や国家基本問題研究所評議員を務めていた。 関東大震災朝鮮人虐殺事件に関する、近年の新たな否定論の提唱者で、著書『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(2009年)において震災時に朝鮮人暴動は実際にあったとし、最終的にその根拠を、当時の内務大臣であった後藤新平が警視庁官房主事の正力松太郎に、暴動が実際にあった、(したがって、自警団の朝鮮人殺害は正当だが)朝鮮人の報復がお上に向かうといけないから自警団には引いてもらう、自警団はねぎらうつもりだと述べたことだとする。
増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2… 増山 法恵(ますやま のりえ、1950年1月29日 - 2021年6月30日から7月1日にかけての未明)は、日本の漫画原作者、小説家、書評家、映画評論家、音楽評論家。東京都出身。血液型はB型。 漫画家・竹宮惠子のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを20歳のときから務め、『変奏曲』の原作なども担当する。15年間務めたのち独立、フリーライターとして活動する。のりす・はーぜの筆名で、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』や、イギリスのパブリックスクールを舞台にしたミステリー『永遠の少年』を執筆。他に、増山のりえの名前で『アリス・ブック』『少女風雅』の編纂など。 幼少時から指が人よりもよく動いたという理由で、両親のすすめでピアノを習い始め、小・中学校時代は桐朋学園大学の『子供のための音楽教室』に通い、将来はプロのピアニストを目指していた。
朽木 ゆり子(くちき ゆりこ、1950年 - )は、日本のジ… 朽木 ゆり子(くちき ゆりこ、1950年 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家、ノンフィクション作家。 東京都生まれ。小学校時代一時期神戸市に住む。東京都立小石川高等学校を経て1974年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、その後、同大学院行政学修士課程修了。のち同大学院博士課程後期へ進学、在籍中に緒方貞子の薦めによりコロンビア大学芸術科学大学院(GSAS)(英語版)へ進学し、1977年9月から1980年5月まで同大学院政治学科博士課程に学ぶ。コロンビア大学院時代に週刊誌の取材の手伝いや通訳を行った伝手から、ジャーナリズムの分野へ移る。1980年日本へ帰国。フリーランスのジャーナリストを経て、1987年「日本版エスクァイア」創刊時の編集長と知り合いであったことから同年入社、1992年まで同誌副編集長を務める。
中島 晶子(なかじま しょうこ、1950年 - )は、日本の… 中島 晶子(なかじま しょうこ、1950年 - )は、日本の小説家、児童文学作家。 鹿児島県生まれ。父が炭坑従事者で、小学生時代を筑豊炭田・貝島炭礦の炭鉱住宅で過ごす。東京都立第二商業高等学校を卒業する。1970年、サンケイ広告に入社する。1971年、結婚のため同社を退職。二児を儲ける。1981年、離婚。フリーのPOPライターとして、ポスターや看板などを在宅で製作する。1986年、鹿児島へ移住する。大手小売業チェーン店舗のPOPライターとして勤務する。2007年、「牧場犬になったマヤ」で第10回「わんマン賞」グランプリを受賞する。2008年、同作で第55回産経児童出版文化賞(フジテレビ賞)を受賞する。
森永 博志(もりなが ひろし、1950年 - 2025年4月… 森永 博志(もりなが ひろし、1950年 - 2025年4月15日)は、日本の編集者、作家。創刊当時の『POPEYE』、『月刊PLAYBOY』、『BRUTUS』で特集記事を担当していた編集者としても知られる。 編集者としての代表作は『南海の秘宝』、『小説王』、山川惣治『バーバリアン』、上村一夫『菊坂ホテル』、吉田カツ『ラウンド・ミッドナイト』、布袋寅泰CDブック『よい夢を、おやすみ。』、『PATAGONIA PRESENTS』、『森羅/TRIP TO THE UNIVERSE』など。 代表的な著書は『原宿ゴールドラッシュ』、『ドロップアウトのえらいひと』。 愛称は「マッケンジー」。 1950年、東京都国立市に生まれる。
池田 あきこ(いけだ あきこ、1950年 - )は、日本の絵… 池田 あきこ(いけだ あきこ、1950年 - )は、日本の絵本作家。本名:池田 晶子(読み同じ)。株式会社わちふぃーるど代表取締役。東京都武蔵野市の吉祥寺周辺に生まれる。青山学院短期大学国文科卒業。 架空の世界「わちふぃーるど」に住む猫のダヤンの物語で知られる。山梨県南都留郡富士河口湖町の河口湖湖畔には、わちふぃーるどの世界を感じられる「河口湖木の花美術館」がある。 山梨県の富士五湖の一つ河口湖の湖畔に建つ河口湖木ノ花美術館は、わちふぃーるどの世界のダヤンの住む町タシルの街にあるタシールエニット博物館を模して建てられた。わちふぃーるどの不思議な世界を、五感で楽しむ美術館。 1998年に開館。移転のため、2002年11月25日に一時休館し、2003年6月に改装オープンした。
テリー伊藤(テリー いとう、1949年12月27日 - )は… テリー伊藤(テリー いとう、1949年12月27日 - )は、日本の演出家、テレビプロデューサー、タレント、評論家、著作家。本名は伊藤 輝夫(いとう てるお)で、芸名の「テリー」は本名の輝夫にちなむ。東京都中央区築地出身。本籍地は千葉県山武郡横芝光町。身長174cm
前田 誠(まえだ まこと、1949年12月4日 - )は、日… 前田 誠(まえだ まこと、1949年12月4日 - )は、日本のファッションデザイナー、ディレクター、作家。 1972年、ファッションブランド「BIGI」(ビギ)の創立期に合流。マーチャンダイザー、マーケティングディレクターとして活動後、複数のブランドでディレクターおよびデザイナーを歴任。その後イタリアに渡りバレンチノ社のデザイナーに就任し、メンズコレクションなどを手掛ける。2005年よりアクセサリーブランド「Le Tabou」(ル・タブー)を主催。2018年より作家としても活動中。 1949年、秋田県に生まれる。生後すぐに本牧(神奈川県横浜市)に引越し。その後、東京都に移り都立小平高校に進学。
大竹 オサム(おおたけ おさむ、1949年〈昭和24年〉5月… 大竹 オサム(おおたけ おさむ、1949年〈昭和24年〉5月22日 - )は、日本のジャーナリスト、作家、料理人。本名・大竹 修(読み同じ)、 大竹まこと(お笑いタレント、俳優)は双子の兄。大竹涼太は甥。血液型B型、東京都目黒区出身。東京大学教育学部附属中学校・高等学校(現・東京大学教育学部附属中等教育学校)卒業。 世田谷区奥沢にあったイタリアンレストラン、Gotham Cafe'(ゴッサムカフェ)のオーナーシェフ。 ジャーナリストとしては、東スポ、週刊現代、雑誌フライデーの記者や漫画アクションでのインタビュアー経験が有り、ミスターバイク(モーターマガジン社発行のバイク雑誌)の編集長であった。 作家としては上記の経験よりバイクを題材にした物を中心に漫画原作や小説等を執筆。
西垣 通(にしがき とおる、1948年12月12日 - )は… 西垣 通(にしがき とおる、1948年12月12日 - )は、日本の情報学者、小説家。東京大学名誉教授、工学博士(東京大学)。 コンピューター・システムの研究開発を経て、情報化社会における生命、社会を考察する。『アメリカの階梯』(2004年)などの小説も執筆。著書に『集合知とは何か』(2013年)、『ビッグデータと人工知能』(2016年)など。 俳人で明治大学教授の西垣脩の長男として東京都に生まれる。東京少年少女合唱隊に所属し、NHKのみんなのうたで歌ったことがある。世田谷区立松沢小学校から世田谷区立松沢中学校を経て都立西高校に進み、1968年に東京大学理科一類入学。1972年に東京大学工学部計数工学科を卒業(卒業論文のテーマはファジィ代数の応用)。
増田 みず子(ますだ みずこ、1948年11月13日 - )… 増田 みず子(ますだ みずこ、1948年11月13日 - )は、日本の小説家。東京都足立区千住関屋町出身。本名、榛名みず子。 東京都立白鷗高等学校に入ったが、受験校の校風に反発して中退し、東京都立上野高等学校の定時制に再入学。のち、当時の心の傷跡を自伝的な作品『内気な夜景』の題材にした。東京農工大学農学部植物防疫科卒業。日本医科大学第二生化学教室勤務を経て「死後の関係」で新潮新人賞の候補となり、小説家としてデビューする。 元来、男女問わず独身生活を主題とする作家だったが、1986年の『シングル・セル』はその到達点ともいうべき長編で、「シングル」という語が少し流行語となり、また話題となった。 近年は青山学院女子短期大学で創作を指導しながら、雑誌に短篇を発表している。
戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月… 戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月12日 - 2013年〈平成25年〉7月28日)は、日本の作家、ルポライター、映像ディレクター。factory喜望峰(株式会社 喜望峰)所属。 東京都新宿区生まれ。本名も同じ。10月に生まれたため「十月」と父親に名付けられた。 父は画家で、秩父事件研究の第一人者である戸井昌造。母は、人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子。妻はイラストレーターの中村鈴子。母の妹の夫(義理の叔父)に俳優の西村晃がいる。 父の影響で画家を志し武蔵野美術大学に入学するが、学生運動に傾倒し中退。イラストレーター、ルポライターを経て作家となる。
エム ナマエ(本名:生江雅則(なまえ・まさのり)、男性、19… エム ナマエ(本名:生江雅則(なまえ・まさのり)、男性、1948年9月1日 - )は、日本の画家、児童文学作家。
斎藤 一人(さいとう ひとり、1948年〈昭和23年〉8月3… 斎藤 一人(さいとう ひとり、1948年〈昭和23年〉8月3日 - )は、日本の実業家、著作家、講演家。東京都江戸川区小岩生まれ。 「銀座まるかん」創設者。1970年頃から漢方茶の販売を開始し、後に漢方をベースとした化粧品や健康食品の開発に着手。銀座日本漢方研究所(2002年1月に「銀座まるかん」に改名)を創業。 口癖は、「ツイてる!」。大金持ちな顔の反面、商人は節税とかではなく、国にしっかり税金を納めて社会貢献するという考えを持つ。経済を良くすることが経済的豊かさを生んでいく[出典無効]。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
筒井 ともみ(つつい ともみ、本名:筒井 共美、1948年7… 筒井 ともみ(つつい ともみ、本名:筒井 共美、1948年7月10日 - )は、日本の脚本家、小説家。 東京都世田谷区出身 。成城大学文芸学部卒。女優の赤木蘭子は伯母、俳優の信欣三は伯父にあたる。名付けの親はカメラマンの宮嶋義勇。 アニメーションから実写ドラマ、映画の脚本を手掛ける一方で、小説、エッセイの執筆と活躍の場を広げている。向田邦子賞の審査員なども務めている。 3歳の頃からヴァイオリンを習って自身の特技となり、後に特技を生かしてヴァイオリンのスタジオミュージシャンも務めている。シナリオ研究所を経て、広告代理店にコピーライターのアルバイトとして勤めるが長続きせず、スタジオミュージシャン(ヴァイオリン)として活動する傍ら脚本家の手伝いも行う。
有為 エンジェル(うい エンジェル、1948年6月9日 - … 有為 エンジェル(うい エンジェル、1948年6月9日 - )は、日本の小説家。初期の筆名は「有爲エィンジェル」。 岩手県出身。本名・千田有為子。東京都立千歳丘高等学校中退。「ちだ・うい」名義でハプニング・アートを行い、三島由紀夫暗殺計画を吹聴した。 イベントの企画、テレビレポーター、英国でのレストラン経営などを経て1981年帰国後、創作を始める。1982年「前奏曲」で第5回群像新人長篇小説賞受賞、1990年「踊ろう、マヤ」で第104回芥川賞候補、第19回泉鏡花文学賞受賞。
森 忠明(もり ただあき、1948年5月11日 - )は、日… 森 忠明(もり ただあき、1948年5月11日 - )は、日本の詩人、童話作家。東京都立川市出身、あきる野市在住。大東文化大学日本文学科中退。弟子に園田英樹、長原啓子などがいる。
小山 高生(こやま たかお、1948年(昭和23年)4月21… 小山 高生(こやま たかお、1948年(昭和23年)4月21日 - )は、日本の脚本家、作家。脚本家集団ぶらざあのっぽ主宰。大阪芸術大学キャラクター造形学科教授。1988年(昭和63年)3月31日以前は本名の小山 高男名義で活動していた。自称「アジア最大の脚本家(身長が)」。東京都昭島市出身。 早稲田大学第一文学部卒業。大学2年生の時に「企画集団Q」に採用され、テレビ番組『クイズタイムショック』の問題作成のアルバイトを経験。1972年(昭和47年)3月1日に早稲田大学を卒業して、アニメ製作会社タツノコプロに入社。企画文芸部に所属して、数々のタツノコアニメの企画や脚本を担当した。企画を担当し最終作まで執筆した『タイムボカンシリーズ』にはとりわけ愛着が深く、復活運動にも力を入れた。
沢木 耕太郎(さわき こうたろう、1947年11月29日 -… 沢木 耕太郎(さわき こうたろう、1947年11月29日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト・小説家・写真家。 東京都大田区生まれ。東京都立南高等学校(当時)、横浜国立大学経済学部卒業。大学時代のゼミの指導教官は、後に神奈川県知事となる長洲一二だった。 大学卒業後は富士銀行(当時)に入行するも、初出社の日に退社した。出社途中に信号待ちをしているときに退社を決めたという。その後、ゼミの指導教官だった長洲から「何か書いてみないか」と誘われたのをきっかけに文筆活動を始める。 ルポライターとして1970年(昭和45年)、『防人のブルース』でデビューし、1979年(昭和54年)には演説中に刺殺された日本社会党委員長の浅沼稲次郎と、その犯人である少年の交錯を描いた『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
岳 真也(がく しんや、1947年11月5日 - )は、日本… 岳 真也(がく しんや、1947年11月5日 - )は、日本の作家。東京都生まれ。 本名は井上裕。渋谷区立本町小学校、新宿区立四谷第二中学校、駒場東邦高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。1966年在学中に『三田文学』に「飛び魚」が掲載されデビュー。1970年7月、「胸壁(ヴァットレス)」が小学館主催の第1回小説セブン新人賞最終候補。作風は当初のヌーヴォー・ロマンから、私小説にかわる。文芸同人誌『蒼い共和国』を創刊。インド紀行、文章入門、エッセイなどを書く。のちに、同人誌『えん』『二十一世紀文学』『えん21』などを主宰。 2011年4月に歴史時代作家クラブが創設された際は、代表幹事となる。
山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月1… 山根 一眞(やまね かずま、1947年〈昭和22年〉10月12日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、獨協大学経済学部特任教授。東京都出身。明治学院中学校、明治学院東村山高等学校(同校第1期生)、獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業。元NHK『ミッドナイトジャーナル』『未来派宣言』キャスター。作家・西村寿行のデータマンをしていた時期もある。 父の山根章弘は美学者で東京音楽大学教授、それ以前は東映動画に勤務し、日本初の長編カラーアニメーション『白蛇伝』の制作に原案として上原信のペンネームで参加。アマゾンにおける環境問題の取材を30年に渡って行っている。週刊ポストの連載『メタルカラーの時代』は、日本のモノづくりの最前線を取材したもので700回を超える長期連載となっている。
生江 有二(なまえ ゆうじ、1947年9月23日- )は、日… 生江 有二(なまえ ゆうじ、1947年9月23日- )は、日本のノンフィクション作家。 福島県会津生まれ。東京都育ち。國學院大學久我山高等学校卒。明治学院大学法学部中退。雑誌記者を経て、1982年『無冠の疾走者たち』で日本ノンフィクション賞受賞。
Dr.コパ(ドクター・コパ、本名・小林 祥晃(こばやし さち… Dr.コパ(ドクター・コパ、本名・小林 祥晃(こばやし さちあき)、1947年(昭和22年)5月5日 - )は、日本の建築家、実業家、神主、作家、風水師。愛知工業大学客員教授。建築や神道の知識、方位学や気学を元とした「風水」に関する作家としての活動や、JRAおよび地方競馬の馬主として広く知られている。特に風水に関しては第一人者と言われている。 東京都出身。日本大学第三高等学校を経て日本大学理工学部建築学科卒業。祥設計株式会社社長。三宅の宮(観相・家相)を主宰。茶懐石料理教室校長。中央競馬の馬主としても活動している。 祖父の代より三代続けて(三代続けて神職の事もあり)日本の伝統建築・風習・伝統行事・縁起・由来の開運法を研究しており、温泉を使った伝統的な開運法など、中国、アジア、西洋諸国の伝統開運法を吸収しつつオリジナルの開運術を考案。