中村 彩(なかむら あや、1989年11月10日 - )は、… 中村 彩(なかむら あや、1989年11月10日 - )は、日本の政治評論家、コメンテーター。自民党都連都政対策副委員長。選挙投票での漢字表記ミスを防ぐため、平仮名の中村あやで活動することが多い。 1989年、母方の実家である大阪府大阪市で生まれる。生まれて間もなく父親の転勤で愛知県名古屋市、奈良県奈良市へ転居。その後も東京都稲城市、富山県富山市、神奈川県横浜市、東京都目黒区と転勤による転居を繰り返す生活が続き、小学校時代は転校も多かった。富山大学人間発達科学部附属中学校、慶應義塾湘南藤沢高等部、慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻修了。 2009年、Word・Excelのスキルを競う「Microsoft Office 世界学生大会 2009 日本大会」で1位となり金賞を受賞。
塚田 亮一(つかだ りょういち、1974年8月1日 - )は… 塚田 亮一(つかだ りょういち、1974年8月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の餃子評論家、フードジャーナリスト。 マツコの知らない世界の餃子案内役や、お願い!ランキング GOLDでは餃子ランキングの審査員を務めるなどTVやラジオにも多数出演。餃子専門WEB東京餃子通信編集長。 「餃子は完全食」のスローガンのもと、美味しい餃子を求めてどこまでも日々食べ歩く。首都圏はもとより、宇都宮、浜松、福島などの餃子タウン、さらには世界中の餃子風料理までを網羅し、これまで食べ歩いた餃子店の数は3000店以上。 長年の研究からたどり着いた手作り餃子を披露する事もしばしば。 IT系企業に勤めるかたわら2010年に餃子専門WEB東京餃子通信を開設し編集長を務める。
石橋 正孝(いしばし まさたか、1974年4月 - )は、日… 石橋 正孝(いしばし まさたか、1974年4月 - )は、日本の文芸評論家、フランス文学研究者。立教大学観光学部交流文化学科准教授。研究者としてはジュール・ヴェルヌを専門とする。神奈川県横浜市生まれ。同市在住。 東京大学教養学科卒。同大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学、パリ第8大学博士課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、立教大学他兼任講師。2013年から立教大学観光学部交流文化学科助教、2018年から同准教授。2009年から2016年、日本ジュール・ヴェルヌ研究会会長、フランス・ジュール・ヴェルヌ協会会報編集委員。 東京大学およびパリ第8大学大学院博士課程在学中の2001年7月、「ウィルキー・コリンズから大西巨人へ - 「探偵小説」再定義の試み」で第8回創元推理評論賞佳作を受賞。
門倉 貴史(かどくら たかし、1971年10月30日 - )… 門倉 貴史(かどくら たかし、1971年10月30日 - )は、日本の経済評論家。神奈川県出身。 神奈川県立横須賀高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科(神谷伝造ゼミ)を卒業した。卒業後、浜銀総合研究所に入社する。1999年に日本経済研究センター、2000年にシンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)へ出向し、2005年6月まで第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミストを務めた。2005年7月からBRICs経済研究所代表、2007年から2017年まで同志社大学大学院非常勤講師を務める。 著書『日本人が知らなかったVISTA株』(翔泳社)で、BRICSに続く経済発展が見込まれる国々としてベトナム・インドネシア・南アフリカ・トルコ・アルゼンチンを総称したVISTAという造語を提唱した。
中野 剛志(なかの たけし、1971年 - )は日本の経産官… 中野 剛志(なかの たけし、1971年 - )は日本の経産官僚、経済産業省特許庁総務部総務課制度審議室長、評論家。研究分野は経済ナショナリズム。
池田 健三郎(いけだ けんざぶろう、1968年(昭和43年)… 池田 健三郎(いけだ けんざぶろう、1968年(昭和43年)10月21日 - )は、日本の経済評論家、政策アナリスト、シンクタンク代表、コンサルタント、実業家、コレクター。公共政策調査機構理事長。共同ピーアール総合研究所長。元関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授。三桂所属。 神奈川県出身。神奈川県立横須賀高等学校、金沢大学法学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科公共経営専攻(専門職学位課程)修了。 1992年(平成4年)、日本銀行に入行(総合職)し、調査統計局、国際局、金融市場局などを経る。1999年(平成11年)6月、人事局付を最後に日本銀行を退職。 以降は、シンクネット・センター21主任研究員、日本政策フロンティア専務理事、日本再生プログラム推進フォーラム常務理事、大樹総研所長、公共政策調査機構理事長、共同ピーアール総合研究所(PR総研)所長など民間シンクタンクの要職を経る。
あえば 浩明(あえば ひろあき、1967年(昭和42年)1月… あえば 浩明(あえば ひろあき、1967年(昭和42年)1月5日 - )は、政治評論家。幸福実現党初代党首。一般社団法人JCU(日本保守連合)議長。 2020年(令和2年)4月までは饗庭直道(あえば じきどう)として活動していた。 神奈川県横浜市出身。父は弁護士をしており、1973年(昭和48年) 4月に慶應義塾幼稚舎(小学校)に入学。以後、慶應義塾の一貫教育校を経て慶應義塾大学へ進学。 1989年(平成元年)に幸福の科学に入会し、学生部・青年部の要職を経験。1990年(平成2年)3月、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業。同年4月より幸福の科学総合本部に入局。 2009年(平成21年)5月、饗庭直道として幸福実現党・党首に就任。
阿部 公彦(あべ まさひこ、1966年11月3日 - )は、… 阿部 公彦(あべ まさひこ、1966年11月3日 - )は、日本の英文学者、文芸評論家、東京大学教授。Ph.D.(ケンブリッジ大学、1997年)。神奈川県横浜市出身。
山本昌(やまもとまさ、本名:山本 昌広(やまもと まさひろ)… 山本昌(やまもとまさ、本名:山本 昌広(やまもと まさひろ)、1965年8月11日 - )は、東京都大田区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者、野球評論家、スポーツコメンテーター。茅ヶ崎市の市民栄誉賞を受賞している。
許 光俊(きょ みつとし、朝: 허광순, 1965年 - )… 許 光俊(きょ みつとし、朝: 허광순, 1965年 - )は、在日韓国・朝鮮人のクラシック音楽評論家・文芸評論家。慶應義塾大学法学部教授。ドイツ文学、音楽史専攻。近代の、文芸を含む諸芸術と芸術批評を専門としている。 東京都生まれ。子供の頃、世田谷のカトリック教会に通っていた。慶應義塾高等学校在学中、漢文教師を務めていた人見豊(瞳みのる)の授業を受ける。 1987年3月、慶應義塾大学文学部美学美術史学科卒業。 1989年3月、東京都立大学修士課程人文科学研究科修了。92年9月、同博士課程中退。92年10月から1997年9月まで同大人文学部助手。 1997年10月、横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化課程専任講師に就任、のち助教授となる。
中村 孝則(なかむら たかのり、1964年 - )は、神奈川… 中村 孝則(なかむら たかのり、1964年 - )は、神奈川県出身 のコラムニスト、美食評論家、剣道八段。 ファッションから食、そして酒やシガーなど、文化や嗜好品に関する知見を広範に持ち、それを生かして雑誌などのメディアに寄稿している。 その活動は海外でも知られ、2007年にフランス・シャンパーニュ騎士団シュバリエ(騎士爵位)の称号を、2010年にスペインのカタルーニャ地方よりカバ (ワイン)騎士の称号を受勲した。 2010年から2015年には、ノルウェー王国大使館通商技術部より、Hr.StyleNorway (ヘル・スタイルノルウェー)の称号を与えられ、ノルウェーの魅力を伝える親善大使の役割を担った。
桃田 健史(ももた けんじ、1962年8月4日 - )は、日… 桃田 健史(ももた けんじ、1962年8月4日 - )は、日本の元レーシングドライバー、自動車評論家。 神奈川県横浜市出身。桐蔭学園小学校・中学校・高等学校を経て、1985年に東海大学工学部動力機械工学科を卒業。同年に全日本ツーリングカー選手権(JTC)に参戦し、記念すべきJTCの第1戦目となる同年6月のスポーツランドSUGOでのレースで星野薫とのコンビで総合優勝を飾った。なおこのときはなぜか「桃田健司」の名前でエントリーしている。 その後、渡米してNASCARやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、フォーミュラ・アトランティックに出場。1992年にはヒロ松下と共にインディ500にも参戦するが、予選中のクラッシュにより予選不通過に終わる。
清水 草一(しみず そういち、1962年1月29日 - )は… 清水 草一(しみず そういち、1962年1月29日 - )は、東京都新宿区出身杉並区在住の自動車評論家、交通ジャーナリスト、フリーライター、エッセイスト、書籍編集者。 日本文藝家協会会員、元日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 ペンネームの清水草一名義のほか、(2017年まで)MJブロンディ、永福ランプ、シミズソーイチ、CARトップの「デートカー大復古計画」では、フルムーンの鬼という名義も用いた。 小説家の清水一行の長男として東京都新宿区の聖母病院にて生まれる。慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部卒業後、1984年に集英社に入社、「週刊プレイボーイ」編集部グラビア班から活版班、自動車担当を務めるが、野球、ファミコン、オカルト、社会風俗、戦史などの担当も務め、記事の執筆も行い、1989年から1993年には筑波サーキットを中心にレースにも参戦した。
亀井 眞樹(かめい まさき、1961年11月12日 - )は… 亀井 眞樹(かめい まさき、1961年11月12日 - )は、日本の医師、統合医療評論家、臨床思想家。神奈川県横浜市出身。
大谷 達也(おおたに たつや、1961年9月2日 - )は、… 大谷 達也(おおたに たつや、1961年9月2日 - )は、神奈川県平塚市出身の自動車評論家、2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。 1961年、神奈川県生まれ。大学卒業後、電機メーカーの研究所に7年間エンジニアとして勤務。1990年に29歳で二玄社の自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員へと転身。新車情報、モータースポーツに関する記事を企画・編集・執筆。2002年、同誌副編集長に就任。20年間にわたって同編集部に在籍した後、2010年3月に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在も「CAR GRAPHIC」のほか、「Motor Magazine」誌を中心に、「ENGINE」「GENROQ」「東京中日スポーツ新聞」「レーシングオン」、ウェブサイトなどにも寄稿。
港 千尋(みなと ちひろ、1960年9月25日 - )は日本… 港 千尋(みなと ちひろ、1960年9月25日 - )は日本の写真家・写真評論家(著述家)。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科教授。弟の港大尋はミュージシャン。 神奈川県藤沢市出身。「群衆」「移動」などをテーマに写真を撮りながら、多彩な評論を行う。2007年6〜11月、イタリアで行われたヴェネツィア・ビエンナーレでは、日本館コミッショナーを務めた。2014年8月1日には、あいちトリエンナーレ2016の芸術監督に就任した。 タスマニアの美術館、Museum of Old and New Art監修。 現代美術家のAKI INOMATA(多摩美術大学非常勤講師)の作品集『AKI INOMATA: Significant Otherness 生きものと私が出会うとき』に収録された寄稿文「スピーシーズのアトリエ」において、港はフェミニスト科学哲学者ダナ・ハラウェイの文章を引いているが、その日本語訳について高橋さきのによる既存の翻訳を使用しているにも関わらず元の翻訳者や書誌情報を明記しておらず、結果として翻訳者の著作権を侵害する盗用を行ったと報道された。
合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )… 合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )は、日本の海外競馬評論家、解説者、レーシングジャーナリスト。東京都出身。 父親が競馬好きだったため、小さいころから週末に競馬中継をよく見ていた。中学受験を経て慶應義塾普通部(中学校)に進学すると馬術部に入部し、乗馬を始める。そのころに行った千葉新田牧場(閉鎖)や那須野牧場などにいた競走馬、雑誌『優駿』の記事、FENの放送などによって日本国外の競馬に興味を持ち始める(なお、千葉新田牧場の代表を務めた新田幸次郎は馬術部の同級生)。 慶應義塾高等学校を経て、1982年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、テレビ東京に入社。『土曜競馬中継』などの制作を担当した。
佐々木かをり(ささきかおり、 1959年5月12日 - )は… 佐々木かをり(ささきかおり、 1959年5月12日 - )は、日本の事業家、評論家、作家。 神奈川県横浜市生まれ。横浜国立大学教育学部附属横浜小学校、横浜国立大学教育学部附属横浜中学校卒業。神奈川県立外語短期大学付属高等学校卒業 後、日米会話学院昼間部英会話科に入学。翌年、上智大学外国語学部比較文化学科 に入学し、日米会話学院では夜間部英会話科に変更。上智大学外国語学部比較文化学科卒業。大学在学中の1983年に交換留学生として米国ニューヨーク州エルマイラ大学に9ヶ月間留学。この頃にダーシー・ニールというセミナー・トレーナーの通訳を行ったことが人生の転機となった。その後、ニールにはビジョン・クエストのコーチングなどを講演依頼したりしている。
浅(淺)羽 通明(あさば みちあき、1959年〈昭和34年〉… 浅(淺)羽 通明(あさば みちあき、1959年〈昭和34年〉3月4日 - )は日本の評論家。みえない大学本舗主宰。 元早稲田大学非常勤講師、元早稲田セミナー専任講師。学位は法学士。旧筆名は、村上道紀、みげる阿娑縛、きねずみあん。 1959年(昭和34年)、神奈川県横須賀市生まれ。1974年(昭和49年)、神奈川県立横須賀高等学校入学。同学年に後の評論家、東雅夫がおり、相互に影響を受ける。当時の浅羽はSFファンで、SF同人誌を発行していた。1977年(昭和52年)、早稲田大学法学部入学。1979年(昭和54年)、やはり早稲田に進学していた東雅夫が入会していた「幻想文学会」に、正式メンバーではなかったが、しばしば顔を出すようになる。
阿部 嘉昭(あべ かしょう、1958年8月2日 - )は、日… 阿部 嘉昭(あべ かしょう、1958年8月2日 - )は、日本の映画・サブカルチャー評論家、詩人、北海道大学名誉教授(北海道大学文学院の教授だったが、2024年3月末で定年退官)。2024年4月より京都情報大学院大学教授。 東京都大田区堤方(現中央8丁目)に生まれる。 1971年、中学校入学。中学時代の詩作は「ボブ・ディラン崩れや鈴木翁二崩れのよう」だったと振り返っている。 神奈川県立湘南高等学校卒業。 1977年4月、慶應義塾大学法学部法律学科入学。7月、町田市に引越し。1982年3月に慶應義塾大学法学部卒業。 オーディオ・ビデオ業界紙の編集者の後、1985年編集プロダクション「ジャックポット」入社。
東 雅夫(ひがし まさお、1958年4月11日 - )は、日… 東 雅夫(ひがし まさお、1958年4月11日 - )は、日本の文芸評論家、編集者、アンソロジスト。本名、東政男。神奈川県横須賀市出身。神奈川県立横須賀高等学校を経て早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。 メディアファクトリー刊行総合雑誌『ダ・ヴィンチ』の増刊号である、怪談専門雑誌『幽』の編集顧問(2014年9月までは編集長)。アトリエOCTA刊行怪奇幻想文学評論誌『幻想文学』の編集長を、創刊から終刊まで20年余にわたり務めた。近年は編集者としてよりも、アンソロジーの編纂や、ホラー小説を中心とする文芸評論、怪談文学研究などの分野で精力的に著述活動を展開している。評論家として「ホラー・ジャパネスク」「怪談文芸」「800字怪談ムーヴメント」などを提唱。
田崎 眞也(たさき しんや、1958年3月21日 - )は、… 田崎 眞也(たさき しんや、1958年3月21日 - )は、日本のソムリエ、ワインタレント、料理評論家。株式会社サンティール代表取締役会長、一般社団法人日本ソムリエ協会会長。報道などでは新字体で田崎 真也(たさき しんや)と表記されることもある。 有限会社サンティール社長、国際ソムリエ協会会長などを歴任した。 有限会社サンティール代表取締役社長、有限会社インターソムリエ代表取締役社長、有限会社エルミタージュ代表取締役社長を務め、日本ソムリエ協会会長、一般社団法人全日本・食学会理事など要職を歴任した。 東京都渋谷区に生まれるも、間もなくして神奈川県相模原市へ移る。幾徳工業高等専門学校を中退後、レストランでウェイターの仕事を行っている中でワインの世界に触れ感化される。
岡部 昌幸(おかべ まさゆき、1957年11月17日 - )… 岡部 昌幸(おかべ まさゆき、1957年11月17日 - )は、日本の美術評論家、写真評論家。帝京大学文学部名誉教授。荏原 畠山美術館館長。専門は、美術史、写真史(特に近代美術)。日本芸術のみならず、海外の芸術にも精通しており、能や茶会、アンティーク(西洋骨董)検定の紹介も後述する帝京大学ほか複数の大学の講義で行なっている。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部(美術史専攻)卒業後、同大学大学院文学研究科芸術学(美術史)専攻博士前期課程修了。 横浜美術館の開設準備室で、写真収集・研究に関連して嘱託として働く。東京都庭園美術館専門調査員や帝京大学の非常勤講師を経て、1992年帝京大学文学部史学科専任講師に就任。
湯浅 学(ゆあさ まなぶ、1957年1月4日 - )は、日本… 湯浅 学(ゆあさ まなぶ、1957年1月4日 - )は、日本の音楽評論家。神奈川県横浜市出身。 東京造形大学デザイン学科映像専攻卒業。在学中より大瀧詠一の事務所・スタジオでアシスタントを経験。1982年には根本敬・船橋英雄と「幻の名盤解放同盟」を結成。廃盤となった個性的すぎる歌謡曲の紹介・復刻を手がける。 また音楽評論家として、ジャンルを越境したディープな音楽について、多くの雑誌やライナーノーツに執筆。バンド「湯浅湾」のリーダーとしても活動している。 2020年1月より俳優の歌手活動に関するコラム『役者の唄』をデイリー新潮で連載開始。同年4月より「レコード・コレクターズ」誌にて大滝詠一に関する連載『Along A LONG VACATION』を開始。
石原 俊(いしはら しゅん、1957年 - )は、東京都出身… 石原 俊(いしはら しゅん、1957年 - )は、東京都出身の日本のオーディオ評論家。父は実業家の石原俊明。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。フリー編集者を経て、オーディオ評論、音楽評論、翻訳等を手がける。 以前はリファレンスシステムとしてハイエンド機器を愛用していたが、近年は誰もが購入できるような現実な価格帯のシステムを愛用し、自身の評論へ生かしている。 オーディオのほか、時計やカメラなど機械全般に造詣が深く、趣味に留まらないその知識は評論にも反映されている。 また、アルファベータが刊行していたクラシックジャーナル誌では初代主筆を務めた経歴も持ち、クラシック音楽にも深く精通しているなど音楽評論家としても活躍する側面を持つ。
貫 成人(ぬき しげと、1956年7月5日 - )は、日本の… 貫 成人(ぬき しげと、1956年7月5日 - )は、日本の哲学者、現象学者、ダンス評論家。専修大学教授。 藝術学関連学会連合 副会長、舞踊学会 副会長を務める。 神奈川県鎌倉市生まれ。父は宇野哲人の三男で日本史学者の貫達人。清泉小学校、栄光学園を経て、1980年東京大学文学部哲学科卒。1985年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。 1988年より埼玉大学教養学部の専任講師をつとめ、1990年より助教授。2000年より専修大学文学部教授。1986年から1987年、1996年から1997年にはヴッパタール大学へ滞在。2003年「経験の構造:フッサール現象学の速度性モデル」で東北大学より博士(文学)号を取得。
水谷 修(みずたに おさむ、1956年(昭和31年)5月8日… 水谷 修(みずたに おさむ、1956年(昭和31年)5月8日 - )は、日本の教育者、元高等学校教諭であり、児童福祉運動家、ならびに教育評論家。水谷青少年問題研究所所長。一般社団法人グリーフケアパートナー理事。一般社団法人災害防止研究所理事。 神奈川県横浜市出身。幼少期を山形県南陽市で過ごす。神奈川県立横浜翠嵐高等学校、上智大学文学部哲学科卒業。 高等学校教員時代に夜の繁華街をパトロールする活動を始め、繁華街をさまよう少年少女たちと向き合い「夜回り先生」と呼ばれる。 公明党の支持を表明している。 「夜回り先生」(サンクチュアリ・パブリッシング)が原作の映画。なお、水谷修の全著作中、同社から出版された「夜回り先生」及び「夜回り先生と夜眠れない子供たち」が韓国語に翻訳されている。
宮治 淳一(みやじ じゅんいち、1955年〈昭和30年〉8月… 宮治 淳一(みやじ じゅんいち、1955年〈昭和30年〉8月15日 - )は、日本の音楽評論家・ディスクジョッキーである。神奈川県茅ヶ崎市出身・在住。ワーナーミュージック・ジャパンで洋楽編成を務めたり、ミュージック・ライブラリー&カフェ「Brandin」を経営したりもしている。 サザンオールスターズの名付け親としても知られている。 姉の影響もあり欧米のロック、ポップス、黒人音楽に関して幅広い知識と愛着を持つ。きっかけは小学校3年の時に聴いたビートルズに衝撃を受けた事からである。その他にもザ・ベンチャーズ、ザ・ビーチ・ボーイズなども愛好していた。この少年時代の時点で「将来、音楽の仕事に就くだろう」と予感していたという。
伊東 和彦(いとう かずひこ、1953年 - )は、日本の自… 伊東 和彦(いとう かずひこ、1953年 - )は、日本の自動車評論家。 神奈川県横浜市出身。1976年、関東学院大学工学部機械工学科卒業。卒業研究は『シトロエンDSにみる油圧制御技術の実例』。1977年、同工学専攻科修了。 神奈川三菱ふそう自動車販売、および伊藤忠オート営業企画部技術課にて自動車整備、輸入車ホモロゲーションに従事。 1982年、伊藤忠オートの解散に伴い、株式会社二玄社入社。広告部、『カーグラフィック』(CG)編集部を経て、季刊自動車雑誌『SUPER CG』の創刊に参加。1992年4月よりSUPER CG編集長。 CG別冊単行本編集室において、単行本およびCG別冊の編集執筆の傍ら、休刊中だったSUPER CGの復刊を果たす。
水沢 勉(みずさわ つとむ、1952年11月27日 - )は… 水沢 勉(みずさわ つとむ、1952年11月27日 - )は、日本の美術評論家・キュレーター。 神奈川県横浜市生まれ。 1976年、慶應義塾大学美学美術史学科卒業。1978年、慶應義塾大学大学院修士課程修了後、神奈川県立近代美術館学芸員として勤務。 2008年、横浜トリエンナーレ2008の総合ディレクターを勤める。 神奈川県立近代美術館館長(2011 - 2024)。ドイツ語圏および日本の近現代美術に関心を抱き、その交流史についても論じる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
吉村 葉子(よしむら ようこ、1952年 - )は、日本のエ… 吉村 葉子(よしむら ようこ、1952年 - )は、日本のエッセイスト・評論家。 神奈川県藤沢市生まれ。立教大学経済学部卒業。1979年から2000年まで、約20年間をパリで暮らす。生活文化研究家。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリー… 根本 純(ねもと じゅん、1951年 - )は、日本のラリードライバー、自動車評論家、ドライビングインストラクター、環境探検家。神奈川県藤沢市鵠沼生まれ、東京都文京区在住。元文京区区議会議員、元衆参議院政策秘書。 第3回パリ・ダカールラリーに日本人として初出場し、13回完走6回。テレビ取材など、世界55カ国を 体感、実感、共感。大地に寝泊り、人と自然に接してきたなかで砂漠化、温暖化、飢餓など地球規模の環境悪化を体感した実践派。 19歳からラリーに参加し、大自然と対峙し己とパートナー、そしてクルマとの三位一体を求めるラリー競技の魅力にはまり代表の「Five & Quarter Rally Club」53年目。
松澤 喜好(まつざわ きよし、1950年3月1日- )は、日… 松澤 喜好(まつざわ きよし、1950年3月1日- )は、日本の英語教育評論家。 神奈川県出身。神奈川県立川崎高等学校、電気通信大学電波通信学科卒業後、富士ゼロックス入社。2004年『英語耳』を刊行してベストセラーとなり、以後多くの音声による英語習得の著作を出している。現在はカルチャーセンターなどで英語の講座を行っている。日本音声学会、日本英語学会会員。ウェブサイト「英語・発音・語彙」を主宰している。息子に音楽家の松澤健がいる。
大塚 将司(おおつか しょうじ、1950年 - )は、作家、… 大塚 将司(おおつか しょうじ、1950年 - )は、作家、経済・金融評論家。前職日本経済研究センター 研究本部主任研究員。神奈川県出身。 聖光学院中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学大学院政治学研究科修了。日経のエース記者として、数々の疑惑を白日の下に曝し、報道した。
加藤 薫(かとう かおる、男性、1949年(昭和24年)3月… 加藤 薫(かとう かおる、男性、1949年(昭和24年)3月11日 - 2014年4月22日)は、日本の美術研究者、評論家、神奈川大学教授。 神奈川県鎌倉市生まれ。本籍は東京都。国際基督教大学卒業、ラス・アメリカス大学大学院芸術学部修了。メキシコ国立美術研究所(IIE)研究員を経て帰国。1987年神奈川大学助教授、国際経営研究所主任研究員を経て、91年教授。
石川 雄一(いしかわ ゆういち、1949年 - 2016年4… 石川 雄一(いしかわ ゆういち、1949年 - 2016年4月22日)は、日本の専門誌編集者・自動車評論家。四輪駆動車分野の専門雑誌編集等に携わった日本での先駆的人物で、四輪駆動車・軍用車両趣味の普及に寄与したことで知られる。 埼玉県出身。陸上自衛隊生徒第11期、神奈川県立湘南高等学校通信制(現・神奈川県立横浜修悠館高等学校)卒業。 1977年から1989年まで四輪駆動車専門月刊誌『4x4 Magazine』に主に編集長として携わる。同社の法人登記後は副社長にして編集の責任者。月刊誌の他に多くの別冊を執筆・編集した。ビデオ制作のプロデューサーでもあった。1990年から2008年まで『クロスカントリー・ビークル』(季刊)を主宰していた。
新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は… 新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は、日本の作家、評論家、翻訳家。小説においては新田 正明名義も使用した。 日本SF作家クラブ会員。テスラ研究所所長、テスラ記念協会会員、日本セルビア協会会員。 神奈川県藤沢市出身。神奈川県立湘南高等学校、横浜市立大学文理学部卒業。 学生時代からSFファン活動を始め、山野浩一主催のNW-SFワークショップに参加。そこで知り合った志賀隆生・永田弘太郎らとSF同人誌『SF論叢』を1974年に創刊。また1982年、小説『汀線都市』でSFファンジン大賞を受賞。一時SFファンジン大賞の審査員もつとめた。 編集プロダクション「スタジオ・アンビエント」主宰者として、1982年から1986年まで9号刊行された、新時代社発行のSF評論誌『SFの本』の発行人をつとめ、自らもSFの評論活動を行う。
伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28… 伊藤 惇夫(いとう あつお、1948年(昭和23年)8月28日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家(政治アナリスト)。 神奈川県出身。学習院大学法学部を卒業後、出版社勤務を経て、1973年に自由民主党本部事務局へ入職。自民党では広報を担当し、1989年から1992年まで自民党政治改革事務局主査補として政治改革大綱を取りまとめる。その後、羽田孜らと行動を共にして1994年に自民党を退職、1995年から新進党総務局、1996年から太陽党、1998年に民政党および民主党の事務局に勤務。太陽党以後は、いずれも事務局長を務めた。 新党の結成に次々と立ち会ったことから「新党請負人」の異名を持つ。2001年、民主党を退職し、政治アナリストとして独立。
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - … 長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - 2020年5月1日)は、日本の文芸編集者・評論家。元小澤書店社長、大阪芸術大学教授も務めた。日本編集者学会初代会長。 神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学在学中の1971年に小沢(小澤)書店を創立。約六百数十点の文芸書の編集・制作に携わったが、2000年秋、東京地裁に自己破産を申請し倒産した。のち編集プロダクションを主宰し、長谷川郁夫事務所取締役、法政大学兼任講師。2007年から、大阪芸術大学教授、2013年から同芸術学部文芸学科長(2020年3月まで)。2010年2月日本編集者学会を発足し会長。 編集した全集類に「青山二郎文集」、「小川国夫全集(全14巻)」(各・小澤書店、1991~1995)、「田村隆一全集(全6巻)」(河出書房新社、2010~2011)などがある。
小浜 逸郎(こはま いつお、1947年4月15日 - )は日… 小浜 逸郎(こはま いつお、1947年4月15日 - )は日本の評論家。国士舘大学客員教授。
須藤 徹(すどう とおる、1946年10月1日 - 2013… 須藤 徹(すどう とおる、1946年10月1日 - 2013年6月29日)は、日本の俳人、文芸評論家。多田裕計、小川双々子の門下生。俳句を中心とした文芸誌「ぶるうまりん」の代表(編集・発行人)を務めた。「豈」同人。 東京都杉並区生まれ。神奈川県立平塚江南高等学校卒業後、上智大学文学部ドイツ哲学科へ進学した。在学中同大学の文芸誌「紀尾井文学」の編集に従事、小説・評論等を発表。開高健選の「ソフィア祭賞」の「小説」部門に応募、最終4作に残った(入選作なし)。 「上智大学新聞」(1967年10月30日号)に掲載された、開高健の選評「精錬された一語一句」において、当該作品「出発できない朝」につき、懇切な批評を受ける。
高橋 亨(たかはし とおる、1946年(昭和21年)- )は… 高橋 亨(たかはし とおる、1946年(昭和21年)- )は、日本の元海上自衛官、軍事評論家。 陸上自衛隊生徒から海上自衛隊一般幹部候補生に転じ、海上自衛官となった。 P-3Cの海上自衛隊への採用に際して心臓部であるA-NEWシステムのオペレーションプログラムの日本へのリリースに関連して米国で研修を受けており、航空対潜戦の専門家である。 1999年航空集団司令部幕僚長(厚木)、2001年海上幕僚監部監察官(市ヶ谷)等を歴任し、2003年に海将として第29代航空集団司令官(厚木)を務めた。退官後は軍事評論家として、jbpressでコラム等を執筆している。
岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月… 岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月23日 - 2020年〈令和2年〉4月24日)は、日本の外交評論家、実業家、外交官。産経新聞「正論」メンバー。 内閣総理大臣補佐官(イラク担当・沖縄担当)、内閣官房参与、内閣総理大臣外交顧問等を経て、マサチューセッツ工科大学国際研究センターシニアフェロー、立命館大学客員教授、青山学院大学特別招聘教授。位階は正五位。 神奈川県生まれ。鎌倉市及び藤沢市で育つ。父親は農林省職員で、父親の仕事の関係で、中学時代2年間マレーシアの首都クアラルンプールに滞在した。 神奈川県立湘南高等学校を経て、1968年(昭和43年)に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。
高木 勝(たかぎ まさる、1945年7月16日 - 2011… 高木 勝(たかぎ まさる、1945年7月16日 - 2011年6月26日)は、日本の経済学者、経済評論家。明治大学政治経済学部教授(日本経済論、金融論)。 神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、富士銀行に入行。調査部、1982年-1987年ニューヨーク駐在、富士総合研究所経済調査部長などを経て、1998年より明治大学政治経済学部教授。 2011年6月26日、肺がんのため死去。65歳没。
ピーコ(1945年〈昭和20年〉1月18日 - 2024年〈… ピーコ(1945年〈昭和20年〉1月18日 - 2024年〈令和6年〉9月3日)は、日本のタレント、ファッション評論家・ジャーナリスト、シャンソン歌手である。本名は杉浦 克昭(すぎうら かつあき)。映画評論家のおすぎは一卵性双生児の弟で、ともにデビュー時から同性愛者であることを公表し、そのキャラクターを活かしてタレント、コメンテーターとして活躍していた。兄弟姉妹は双子の弟のおすぎの他に姉が2人いる。ピーコの名付け親は永六輔。 横浜市立桜丘高等学校を経て、文化服装学院研究専門部卒業。 主にタレント及びファッション評論家として活動するが、シャンソン歌手としても活動。活動は多くはないがCDを出したり、コンサートも行っていた。
石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日… 石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日本のアナウンサー、スポーツ評論家。石川 顕とも表記。 神奈川県横須賀市出身。TBSアナウンサーを経て、フリーアナウンサーとなる。キックボクシング選手の沢村忠の決め技「真空とびひざげり」の命名者。 横須賀市立田浦小学校卒業。鎌倉学園高等学校卒業。元々は教員志望だったが、早稲田大学教育学部卒業後、1964年4月にTBSにアナウンサー第9期生として入社(同期には大沢悠里・小島康臣・平原晋太郎・桝井貞之・宇野淑子・高階玲子・二村義子・山田照子・吉野好子)。ラジオ編成局放送実施部(1964年5月)、報道局ニュース部(1965年6月)、ニュース取材部(1965年12月)、報道局運動部兼ニュース取材部(1966年7月)、報道局運動部兼アナウンサー研修室付(1967年11月)、ラジオ本部アナウンス室兼テレビ本部報道局運動部(1970年7月)、アナウンス室兼テレビ本部第二制作局スポーツ部(1979年12月)、アナウンスセンター兼スポーツ局(1991年5月)に配属される。
池田 浩士(いけだ ひろし、1940年6月20日 - )は、… 池田 浩士(いけだ ひろし、1940年6月20日 - )は、日本のドイツ文学者、評論家、京都大学名誉教授。 専門分野はドイツ文学、現代文明論、ファシズム文化研究。 1940年、滋賀県大津市で生まれた。慶應義塾高校から、慶應義塾大学文学部独文科に進んだ。後に作家となる車谷長吉とは大学時代の友人であった。1963年に卒業し、同大学大学院に進学。1968年、博士課程を満期退学した。 1968年、京都大学教養部講師に就いた。後に助教授昇格。教養部が改組後、京都大学総合人間学部教授となった。2004年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は京都精華大学教授として教鞭をとった。2013年に京都精華大学を退職。
川戸 貞吉(かわど さだきち、1938年1月20日 - 20… 川戸 貞吉(かわど さだきち、1938年1月20日 - 2019年3月11日)は、日本の演芸評論家。代表的な名跡は都家西北。 アナウンサー・ジャーナリストの川戸恵子は妻である。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒業。大学で落語研究会に入会し、のちに7代目立川談志となる柳家小ゑん、三遊亭全生、林家照蔵、のちに3代目古今亭志ん朝となる古今亭朝太、など同世代の若手と知り合って落語に没頭し、8代目桂文楽に目をかけられたのをきっかけに落語の録音、文献のコレクターとしても知られるようになる。3代目志ん朝の初高座を生で見た人物の一人でもある。 1961年4月にTBSへアナウンサー7期生として入社し、1993年3月に退社。
仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月2… 仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月23日 - 2017年〈平成29年〉12月22日)は、日本の作家、英米文学翻訳家、アンソロジスト、文芸評論家。本名は大塚勘治で、ペンネームの由来は本名を逆読みしたもの。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。在学中の1957年(昭和32年)、江戸川乱歩を顧問に迎えてワセダミステリクラブを創設し、幹事長となる。 卒業後は北スマトラ海洋石油資源開発(のちに現在の国際石油開発帝石に合併され消滅)、アラビア石油に勤務する傍ら、創作活動や海外のミステリ小説、ホラー小説、SF小説の研究・翻訳やアンソロジー編集などを行った。