住 栄作(住 榮作、すみ えいさく、1920年5月20日 -… 住 栄作(住 榮作、すみ えいさく、1920年5月20日 - 1986年12月20日)は、日本の内務官僚、海軍軍人(海軍主計大尉)、政治家(衆議院議員)。 法務大臣・建設政務次官・労働省職業安定局長などの要職を歴任し、富山職業訓練短期大学校・富山医科薬科大学の開設を推進した。自由民主党所属。住博司は実子。富山県魚津市出身。位階勲等は従三位勲一等瑞宝章。 富山県の農家に生まれた。9人兄弟であったという。旧制魚津中学校から旧制富山高校に進学。魚津中在学中は陸上競技部に所属し5000mで活躍し、富山高校在学中は剣道部で活躍した。1940年、東京帝国大学法学部に入学。在学中に高等文官試験合格。1943年卒業。
冨士 信夫(ふじ のぶお、1917年(大正6年)8月 - 2… 冨士 信夫(ふじ のぶお、1917年(大正6年)8月 - 2005年(平成17年)1月24日)は、日本の歴史家、海軍軍人。東京裁判(極東国際軍事裁判)研究家。 富山県生まれ。府立八中(現東京都立小山台高等学校)を経て、1938年海軍兵学校(第65期)卒業。戦艦「金剛」、重巡洋艦「熊野」、「利根」乗組。1939年海軍練習航空隊飛行学生。航空母艦「飛龍」乗組を経て、1941年霞ヶ浦海軍航空隊司令承命服務。1944年海軍少佐。1945年台湾第29航空戦隊(新竹)参謀、1946年第2復員省臨時調査部勤務。以後、法廷係として極東国際軍事裁判(東京裁判)のほとんどを傍聴。この間、「海軍少佐」の経歴のため公職追放となる。
瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年12月9日 - 2… 瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年12月9日 - 2007年9月4日)は、日本の陸軍軍人、実業家。
奥田 豊三(おくだ とよぞう、1908年(明治41年)1月2… 奥田 豊三(おくだ とよぞう、1908年(明治41年)1月20日 - 1983年(昭和58年)10月7日)は、参謀本部陸地測量部の測量官を務めた陸軍技師、内務官僚。第2代国土地理院長を務めた。 富山県富山市出身。第四高等学校理科甲類から1933年(昭和8年)3月31日東京帝国大学理学部天文学科学士試験合格後、東京天文台を経て、1942年(昭和17年)11月10日陸軍技師(高等官六等)に任官し陸地測量部付となる。 終戦を受け陸地測量部解体後、地理調査所を経て、1952年(昭和27年)理学博士(東京大学)、1961年(昭和36年)4月1日国土地理院長に就任。1962年(昭和37年)10月1日に国土地理院長を退官後は緯度観測所長、日本天文学会理事長、日本地図調製業協会会長を務めた。
中村 勝平(なかむら かつへい、1894年〈明治27年〉12… 中村 勝平(なかむら かつへい、1894年〈明治27年〉12月5日 - 1971年〈昭和46年〉6月29日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。戦後は終戦連絡事務に尽力し、通称「中村機関」を率いた。 1894年(明治27年)12月5日、富山県東砺波郡五鹿屋村五郎丸(現砺波市五郎丸)で農業を営む父、中村宗平、母、ふしいの三男として生れる。1901年(明治34年)4月五郎丸尋常小学校に入学、出町高等小学校を経て1909年(明治42年)開校したばかりの礪波中学校(現富山県立砺波高等学校)に入学した。1914年(大正3年)9月10日、海軍兵学校45期に入校。1917年(大正6年)11月24日、海軍兵学校を首席で卒業。
朝倉 豊次(あさくら ぶんじ、1894年(明治27年)7月6… 朝倉 豊次(あさくら ぶんじ、1894年(明治27年)7月6日 - 1966年(昭和41年)1月27日)は日本海軍の軍人、最終階級は海軍少将。 富山県下新川郡前沢村(現:黒部市前沢)出身。「朝倉豊次著作集」によると、魚津中学に5年間通い、海軍兵学校、陸軍士官学校(28期)ほか二校を受験し、全て合格する。陸士については官報にて確認できた。1916年(大正5年)11月、海軍兵学校(44期)を48番/95名で卒業し、翌年12月に少尉任官。海軍砲術学校高等科で学んだ。駆逐艦「羽風」、潜水母艦「迅鯨」の各砲術長、海兵教官兼監事などを経て、1930年(昭和5年)11月、海軍大学校(甲種28期)を卒業した。同年12月、第2水雷戦隊参謀となり、第2艦隊参謀、軍令部参謀(第1班第2課兼第1課)、軍令部部員(第1部第2課兼第2部第3課)を歴任。
河辺 虎四郎(かわべ とらしろう、1890年(明治23年)9… 河辺 虎四郎(かわべ とらしろう、1890年(明治23年)9月25日 - 1960年(昭和35年)6月25日)は、日本の陸軍軍人、最終階級は中将。富山県出身。 1890年(明治23年)9月、富山県礪波郡東野尻村大字苗加(東礪波郡東野尻村、砺波町を経て現砺波市)に河辺純三の四男として生まれる。河辺正三大将(陸士19期歩兵科)は兄、瀧田俊吾軍医大佐は弟である。1905年(明治38年)に正三、虎四郎兄弟は陸軍士官学校、名古屋陸軍幼年学校に合格している。兄弟は草鞋ばきでそれぞれの受験地金沢までの往復を共にした(草地貞吾著『将軍32人の「風貌」「姿勢」』p.42,43)。 その後、1912年(明治45年)5月に陸士第24期砲兵科を卒業。
倉橋 尚(くらはし ひさし、1890年(明治23年)9月11… 倉橋 尚(くらはし ひさし、1890年(明治23年)9月11日 - 1976年(昭和51年)9月2日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。 1890年(明治23年)に富山市で生まれた。陸軍士官学校第24期卒業。区隊長は大島浩で、仁保進とは同じ区隊。原隊の歩兵第7連隊での勤務を経て、陸軍士官学校にて33期生の区隊長を担当。教え子に鈴木善康(のち陸軍大佐)がいる。その後は各地の配属将校を転々とし、1939年(昭和14年)8月1日に陸軍歩兵大佐進級と同時に第22師団兵器部長に着任。1940年(昭和15年)3月に歩兵第60連隊長(第13軍・第15師団・第15歩兵団)に就任し、南京の警備に任じた。
河辺 正三(かわべ まさかず、1886年(明治19年)12月… 河辺 正三(かわべ まさかず、1886年(明治19年)12月5日 - 1965年(昭和40年)3月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍大将。 1886年(明治19年)12月、富山県礪波郡苗加村(東礪波郡東野尻村、砺波町を経て現砺波市)に河辺純三の三男として生まれる。終戦時の参謀次長河辺虎四郎中将(陸士24期、陸大33期優等)、瀧田俊吾軍医大佐は実弟である。1905年(明治38年)に正三、虎四郎兄弟は陸軍士官学校、名古屋陸軍幼年学校に合格している。兄弟は草鞋ばきでそれぞれの受験地金沢までの往復を共にした。 旧制高岡中学校を経て、陸軍士官学校(19期)、陸軍大学校(27期優等)卒業。 1907年(明治40年)12月26日、歩兵少尉に任官して 石川県野田村に駐屯していた歩兵第35聯隊附から軍歴をはじめて以降、主要な経歴として名古屋歩兵第6連隊長、教育総監部第一課長、支那駐屯歩兵旅団長、第3軍司令官、支那派遣軍総参謀長、緬甸方面軍司令官、中部軍司令官、航空総軍司令官、第1総軍司令官、第1復員司令官を歴任した。
安井 藤治(やすい とうじ、1885年〈明治18年〉10月1… 安井 藤治(やすい とうじ、1885年〈明治18年〉10月11日 - 1970年〈昭和45年〉7月8日)は、明治期から昭和期の陸軍軍人、政治家。従三位勲一等。陸軍中将まで昇った後、鈴木貫太郎内閣の国務大臣(無任所)を務めた。 富山県出身。商業・安井藤蔵の長男として生まれる。富山中学校、名古屋陸軍地方幼年学校、中央幼年学校を経て、1905年(明治38年)11月、陸軍士官学校(第18期)920名中を首席卒業。同期生には、陸軍大将になった山下奉文、岡部直三郎、阿南惟幾、山脇正隆、藤江恵輔等がいる。 1906年(明治39年)6月、歩兵少尉に任官し、石川県金沢市野田村に駐屯する歩兵第35聯隊附となる。 1913年(大正2年)11月、陸軍大学校(第25期)を優等で卒業。
山崎 定義(やまざき さだよし、1883年(明治16年)2月… 山崎 定義(やまざき さだよし、1883年(明治16年)2月1日 - 1971年(昭和46年)6月4日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍中将。富山市長。 富山県上新川郡富山千石町(現富山市)で、旧富山藩士、陸軍大尉・山崎定孝、敏(とき)夫妻の長男として生まれたが、生後11ヵ月で父が病のため死去した。啓迪高等小学校(その後、八人町小学校を経て現富山市立芝園小学校)を経て、富山県立富山中学校に進み、三年次に名古屋陸軍地方幼年学校を受験して合格。中央幼年学校を経て陸軍士官学校(15期)に進み、1903年11月30日、同校を卒業して金沢歩兵第35連隊に勤務。1904年2月12日、陸軍歩兵少尉に任官。
高松 梅治(たかまつうめじ、うめはる、明治15年1882年1… 高松 梅治(たかまつうめじ、うめはる、明治15年1882年12月〜)とは、日本の軍人、学者、発明家である。無限軌道を発明したことで知られる。 富山県新川郡新保村(現・富山市栗山)に高松清重の子として生まれる。中学のころ井上円了に学び、慶應義塾に入学、明治40年(1907年)に同校法科を卒業。 巣鴨・板橋(白山)間を走る乗合馬車(通称・ガタ馬車)に乗った妊婦がその激しい揺れにより車上流産したを知り、滑らかに回転させるものとして無限軌道の研究を始め、13年の試行錯誤の末、明治44年(1911)に欧米8か国に特許申請し、国内では農商務省の特許を取得した(発明自体は1899年とする説、1907年ごろとする説あり)。