小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本… 小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本の演劇研究者、演劇学者・演出家。東京学芸大学名誉教授・元副学長。有明教育芸術短期大学終身名誉学長。 高等教育におけるパーフォーミング・アーツ(演劇・舞踊・音楽)教育のフィロソフィの構築とその実際に尽力。 理論の中心は、日本の伝統芸術(能狂言と歌舞伎、日本舞踊、日本の伝統音楽)の基礎教育と西洋の芸術教育との融合におかれた。専門は演劇教育学、現代演出論。長野県下高井郡木島平村出身。「鬼島志郎」の筆名がある。
本間 基文(ほんま もとふみ、1936年6月13日 - 20… 本間 基文(ほんま もとふみ、1936年6月13日 - 2020年10月4日)は、日本の材料科学者。東北大学名誉教授。元東北職業能力開発大学校長。元日本金属学会会長。 長野県大町市出身。1959年東北大学工学部金属工学科卒業。1964年東北大学大学院工学研究科金属工学専攻博士課程単位取得退学、東北大学工学部助手。1966年東北大学工学博士。1968年東北大学工学部講師。1969年東北大学工学部助教授。1970年服部公報会服部賞受賞。1979年日本金属学会功績賞受賞、日本鉄鋼協会西山記念賞受賞。1980年東北大学工学部教授。同年アメリカ泌尿科学会 1st Prize Exibition Lab. Research。
中嶋 嶺雄(なかじま みねお、1936年5月11日 - 20… 中嶋 嶺雄(なかじま みねお、1936年5月11日 - 2013年2月14日)は、日本の政治学者、国際社会学者。社会学博士。専門は現代中国政治。東京外国語大学学長、同大学名誉教授、国際教養大学学長、公立大学法人国際教養大学理事長をそれぞれ務めた。位階は従三位。 長野県松本市生まれ。長野県松本深志高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部中国科を経て、東京大学大学院社会学研究科国際関係論修士課程修了、博士課程中退。1980年、社会学博士。 中華人民共和国時代の中国についての先駆的な研究者として知られ、文化大革命に対する批判など現代中国への冷徹な認識で知られる。東京外国語大学名誉教授(1995年から2001年まで学長)、元北九州市立大学大学院教授。
上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - … 上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - 2023年2月7日)は、日本の歴史学者(郷土史家)・教育者。信州大学名誉教授。専攻は日本近代史。 長野県松本市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年に東京教育大学文学部史学科を卒業。長野県内の公立高等学校教諭を経て、長野県県政史編纂室に勤務後、長野県短期大学助教授、信州大学教授を経て、長野県短期大学学長。 2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
尾澤 正毅(おざわ まさき、1936年 - 2010年)は、… 尾澤 正毅(おざわ まさき、1936年 - 2010年)は、日本の彫刻家、教育者、教育学者(美術教育)。福井大学名誉教授。姓の「澤」は「沢」の旧字体のため、新字体で尾沢 正毅(おざわ まさき)と表記されることもある。 東京都公立高等学校講師、福井大学教育学部教授、福井大学教育地域科学部教授などを歴任した。 長野県出身の彫刻家である。東京芸術大学美術学部を卒業後、彫刻家として活動した。また、並行して、東京都の公立高等学校にて非常勤で教鞭を執った。のちに福井大学に奉職し、教育学部にて助教授や教授を務め、さらに教育地域科学部の教授を務めるなど、後進の育成にも力を注いだ。2005年の国民文化祭では彫刻部門の審査員を務めており、福井県立美術館では実技講座専門彫刻の講師を務めるなど、地域社会の芸術の振興にも力を尽くした。
梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月… 梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月13日 - )は、日本のフランス文学者、北海道大学名誉教授。 長野県伊那市出身。1959年京都大学文学部仏文科卒、70年同大学院博士課程満期退学。1963 - 69年グルノーブル大学大学院博士課程に在籍、文学博士。69年グルノーブル大学最優秀論文賞受賞。1970年北海道大学文学部助教授、82年言語文化部教授、1999年定年退官、名誉教授。
小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月… 小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月7日 - )は、日本の政治家、農学者、酪農家、起業家。専門は畜産学。長野県飯山市長(1990年-2002年)。 長野県小諸市出身。1959年(昭和34年)北海道大学農学部畜産学科卒。1959年(昭和34年)酪農学園大学酪農学部助手の後、アメリカのイリノイ大学大学院修士課程修了し修士号を取得。再び酪農学園大学に戻り、同酪農学部専任講師。1969年(昭和44年)農畜産業振興実践のため酪農学園大学を退職し、長野県飯山市藤沢地区に入植。同地区にあった実験農場を譲り受け、乳牛などの酪農経営を始める。 その後、酪農家をする傍ら、飯山市農業委員会会長や飯山市自然保護審議会会長などを務める。
熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は… 熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は、日本の水産学者。近畿大学農学部名誉教授、学校法人近畿大学本部理事。農学博士。近畿大学水産研究所元所長。 長野県塩尻市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年、広島大学水畜産学部を卒業、近畿大学白浜臨海研究所(現・水産研究所)副手に就任。以来、約半世紀にわたり、一貫して魚類の養殖にたずさわる。数々の海産魚の完全養殖に成功したほか、交雑魚の研究でも成果をあげた。1983年同農学部教授。1991年から2008年まで同水産研究所所長。 2002年には、研究チームのリーダーとして、難しいと思われていたクロマグロの完全養殖を成功に導いた。世界初の成果である。
河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2… 河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2017年5月9日)は、日本の美術史学者。京都国立博物館名誉館員。専門領域は文化史学、美術工芸史、東洋陶磁史など。 長野県長野市生まれ。同志社大学文学部文化学科文化史専攻卒業。同大学院文学研究科文化史学専攻博士課程単位取得満期退学。京都府立総合資料館資料部主事。京都国立博物館学芸課工芸室、研究職文部技官、工芸室長、学芸課学芸課長。京都橘女子大学文学部文化財学科教授。滋賀県立陶芸の森館長。 2017年5月9日、細菌性肺炎のため、京都府城陽市内の病院で死去、81歳。
藤原 保信(ふじわら やすのぶ、1935年9月4日 - 19… 藤原 保信(ふじわら やすのぶ、1935年9月4日 - 1994年6月5日)は、日本の政治学者。専門は政治思想史。学位は、政治学博士(早稲田大学)。元早稲田大学政治経済学部教授。クリスチャン。 長野県安曇野市(旧豊科町)生まれ。少年時に父が戦死し、祖父に育てられ、南安曇農業高等学校を卒業。日清紡の現業労働者として工場で働きながら、早稲田大学第二政治経済学部を卒業。同大学大学院政治学研究科に進学後、修士課程は日本政治史を、博士課程では政治哲学を専攻。1965年博士課程修了(論文名は『近代政治哲学の形成:ホッブズの政治哲学』)。1974年早稲田大学教授。 1969年シカゴ大学に留学し、ジョゼフ・クロプシーとレオ・シュトラウスに師事する。
新井 郁男(あらい いくお、1935年6月4日 - )は、日… 新井 郁男(あらい いくお、1935年6月4日 - )は、日本の教育学者。上越教育大学名誉教授。日本学習社会学会会長。教育社会学を専攻。 東京府生まれ。長野県須坂市育ち。1959年東京大学教育学部卒業。文部省入省、1966年国立教育研究所、東京工業大学助教授、上越教育大学教授、1989年副学長、2001年定年退官、名誉教授、愛知学院大学教授、放送大学教授、財団法人教育調査研究所理事長。2006年~2008年まで日本教育社会学会会長を務めた。現在、日本学習社会学会会長を務めている。
柳田 博明(やなぎだ ひろあき、1935年6月1日 - 20… 柳田 博明(やなぎだ ひろあき、1935年6月1日 - 2006年11月20日)は、日本の化学者、地域経済総合研究所名誉評議員。東京大学名誉教授。元名古屋工業大学学長。長野県小諸市生まれ。東京都出身。
池田 義雄(いけだ よしお、1935年3月29日 - )は内… 池田 義雄(いけだ よしお、1935年3月29日 - )は内科学を専門とする日本の医学者。日本生活習慣病予防協会理事長、セルフメディケーション推進協議会会長、タニタ体重科学研究所所長、糖尿病治療研究会代表幹事などを務める。 長野県上田市出身。1961年に東京慈恵会医科大学医学部を卒業、同大学講師、助教授、教授を務め、2000年に退任。医学博士。 1997年度日本肥満学会会長。厚生労働省薬事・食品衛生審議会新開発食品調査部会委員。2005年日本糖尿病学会坂口賞を梶沼宏と共同で受賞。日本糖尿病・肥満動物学会第5回平成24年後藤賞受賞。2014年度(平成26年)日本肥満学会功労賞受賞。 2011年の池田の著書『量る・計る・食べるダイエット』がトーハン調べ「2011年 年間ベストセラー」に入った。
竹内 淳彦(たけうち あつひこ、1935年3月20日 - 2… 竹内 淳彦(たけうち あつひこ、1935年3月20日 - 2015年6月19日)は、日本の経済地理学者、日本工業大学名誉教授。 1932年3月20日、長野県東筑摩郡四賀村(現松本市)生まれ。1953年、長野県松本深志高等学校卒業。1957年、東京学芸大学学芸学部(現教育学部)社会科卒業。東京工業高等学校赴任と同時に立正大学大学院文学研究科に進学し、1959年、立正大学大学院修士課程修了。1967年、日本工業大学開校と同時に助教授となり、1985年、同大学教授。2006年3月定年退任、名誉教授。 1976年「京浜地域における工作機械工業の地理学的研究」で文学博士(立正大学)。地道な実態調査分析とその理論化、理論に基づく地域・産業政策の提言は「竹内工業地理学」として高く評価された。
田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本… 田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本の医学者。医師。信州大学名誉教授。 1935年 (昭和10年)長野県松本市生まれ。1954年(昭和29年)長野県松本県ヶ丘高等学校を卒業、同年信州大学医学部医学研究科入学。1960年 (昭和35年)信州大学医学部医学研究科卒業 。以降、信州大学助教授、教授。1999年(平成11年)信州大学名誉教授。 現在、耳鼻咽喉科学の講義や講演のほか、独立行政法人 労働者健康安全機構 長野産業保健総合支援センターにて産業医の研修にも力を入れ、病める人を病気だけを治すということではなく、東洋医学の思考過程を通して全人格的に観察し、精神面も含めて全身的な改善を計ることの必要性を説き、中高年者の転倒、睡眠、男女の更年期障害 、メタボリック症候群、自律神経異常などの研究を行っている。
野村 哲(のむら さとし、1935年(昭和10年) - )は… 野村 哲(のむら さとし、1935年(昭和10年) - )は、日本の地球科学者。群馬大学名誉教授。 長野県生まれ。長野県松本県ヶ丘高等学校、信州大学理学部を経て、1962年(昭和37年)東京教育大学大学院理学研究科修了。理学博士。 群馬大学社会情報学部教授、学部長を務めた。2000年(平成12年)定年退官。 その後、下仁田町自然学校校長を務めた。 1950年代の後半から海洋の地磁気測定が始まったが、1960年代の前半にはほぼ全海洋の地磁気の資料が出そろった。その結果、平行する磁気異常のしま模様は海底山脈の中軸部を境に左右対称であることがわかった。これは『海洋底が開いているために左右対称になった』という「海洋底拡大説」が生まれる。
藤森 三男(ふじもり みつお、1934年7月3日 - 202… 藤森 三男(ふじもり みつお、1934年7月3日 - 2020年3月29日)は、日本の経営学者。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1960年慶應義塾大学経済学部卒業。1965年同大学商学部助手。1971年カリフォルニア大学ロサンゼルス校School of Management客員研究員。1972年慶應義塾大学商学部助教授。1980年同大学教授。1982年ニューサウスウェールズ大学Faculty of Commerce交換教授兼任。1990年ミネソタ大学ツインシティー校School of Management交換教授兼任。2000年慶應義塾大学名誉教授、立正大学経営学部教授。経済学博士、商学博士。
石城 謙吉(いしがき けんきち、1934年6月16日 - )… 石城 謙吉(いしがき けんきち、1934年6月16日 - )は、日本の動物生態学者、北海道大学名誉教授。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1961年北海道大学農学部卒業。1969年同大学院博士課程修了、「北海道産イワナ属魚類の形態並びに生態に関する研究」で農学博士。1970年北海道大学農学部苫小牧演習林助手、1972年助教授を経て、農学部教授、1999年定年退官、名誉教授となる。
牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日… 牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日本の法学者。専門は、民法・環境法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1978年)。早稲田大学名誉教授。 長野県諏訪郡湖東村(現茅野市)出身。長野県諏訪清陵高等学校卒業、1958年早稲田大学法学部卒業、1963年同大学院博士課程満期退学、78年「公害裁判の展開と法理論」で法学博士。1962年早大法学部助手、65年講師、67年助教授、72年教授。2004年定年退職、名誉教授、大宮法科大学院大学教授。専門は、民法・環境法。
高橋 健治(たかはし けんじ、1934年 - )は、日本の生… 高橋 健治(たかはし けんじ、1934年 - )は、日本の生化学者。リボヌクレアーゼT1(英語版)の精製、一次構造、活性部位に関する研究で知られる。 長野県諏訪郡下諏訪町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1957年に東京大学理学部化学科を卒業した。1962年、東京大学大学院理学系研究科生物化学専門課程博士課程を修了し、理学博士の学位を取得した。赤堀四郎、江上不二夫のもとで研究を行い、同年に日本学術振興会奨励研究生となった。 1963年に東京大学理学部生物化学科助手となり、1965年から1968年までロックフェラー大学博士研究員を務めた。1973年に東京大学理学部生物化学科講師、1974年に京都大学霊長類研究所生化学研究部門教授、1984年に東京大学理学部生物化学科教授となった。
山本 尚志(やまもと たかし、1934年 - )は、日本の工… 山本 尚志(やまもと たかし、1934年 - )は、日本の工学者。専門は生産工学。東京大学生産技術研究所助教授、東洋大学教授、関東学院大学教授、相模工業大学教授などを経て、湘南工科大学名誉教授。 1934年(昭和9年)、長野県松本市生まれ。長野県松本県ヶ丘高等学校、東京大学工学部を経て、1958年(昭和33年)東京大学大学院修了。1961年(昭和36年)より東京大学生産技術研究所助手、助教授を経て、東洋大学理工学部教授、関東学院大学工学部教授、相模工業大学(現在の湘南工科大学)教授を務めた。2000年(平成12年)定年退官。湘南工科大学名誉教授。 山本が教授としての在任期間中の大半を占める1986年(昭和61年)から2007年(平成19年)まで、湘南工科大学では大学理事会(糸山英太郎理事長)と湘南工科大学教職員組合との間で「湘南工科大学事件」と呼ばれる法廷闘争が続いた。
鎮西 清高(ちんぜい きよたか、1933年12月6日 - 2… 鎮西 清高(ちんぜい きよたか、1933年12月6日 - 2023年7月27日)は、日本の地質学・古生物学者。京都大学名誉教授。元日本古生物学会会長。専門は、軟体動物化石の古生態・日本列島の地史。 理学博士(東京大学・1961年)(学位論文「馬渕川谷新第三系の地質学的及び古群集生態学的研究」)。長野県下伊那郡下條村出身。
後藤総一郎(ごとう そういちろう、1933年12月5日 - … 後藤総一郎(ごとう そういちろう、1933年12月5日 - 2003年1月12日)は、日本の思想史学者。 長野県下伊那郡和田組合村遠山郷(現飯田市)出身。1952年長野県飯田東高等学校(現長野県飯田高等学校)卒業。病気療養を経て、1955年明治大学法学部入学後、同大学政治経済学部に再入学。東京教育大学講師、明治大学政治経済学部助教授、1987年同教授。1996-1999年に図書館長。1990年-2003年1月柳田國男記念伊那民俗学研究所初代所長。 橋川文三に師事、柳田國男研究を軸に『全集』(筑摩書房)編集委員を務め、「柳田國男研究会」、市民講座「常民大学」を主宰した。2003年神奈川県鎌倉市の病院で悪性リンパ腫のため死去。
高畠 通敏(たかばたけ みちとし、1933年(昭和8年)11… 高畠 通敏(たかばたけ みちとし、1933年(昭和8年)11月16日 - 2004年(平成16年)7月7日)は、日本の政治学者。計量政治学の研究で知られる。立教大学名誉教授。 東京府(現東京都)生まれ。戦争中は長野県に疎開した。1949年長野県立上田松尾高等学校(現上田高等学校)入学。1950年東京都立日比谷高等学校編入学、1952年同校卒業。 1956年(昭和31年)東京大学法学部卒業。同年、東京大学法学部助手。 1961年(昭和36年)立教大学法学部助教授に就任。担当科目として政治原論、現代政治理論、平和研究を講義。 1965年(昭和40年)イェール大学留学。 1968年(昭和43年)立教大学法学部教授に就任。
立石 友男(たていし ともお、1933年6月4日 - 201… 立石 友男(たていし ともお、1933年6月4日 - 2017年7月11日)は、日本の地理学者。日本大学名誉教授。 1933年、長野県に生まれた。1952年に長野県諏訪清陵高等学校を卒業し、日本大学文学部人文地理学科に入学。1956年に同大学を卒業し、翌1957年に同大学大学院に進んだ。 1959年に日本大学文理学部副手に採用。1960年に助手、1970年に専任講師、1973年に助教授、1981年に教授へと昇任した。1982年、学位論文『庄内砂丘における海岸砂丘林に関する研究』を日本大学に提出して理学博士号を取得した。学界では、1999年から2002年まで歴史地理学会会長を務めた。2003年に日本大学を定年退職し、名誉教授となった。
野沢 太三(のざわ だいぞう、1933年〈昭和9年〉5月6日… 野沢 太三(のざわ だいぞう、1933年〈昭和9年〉5月6日 - 2024年〈令和6年〉12月12日)は、日本の技術士、工学博士、政治家。元参議院議員(3期)、元法務大臣(第72・73代)。「沢」の戸籍上の記載は「澤」。日韓トンネル研究会会長。 長野県上伊那郡辰野町出身。東京大学工学部土木工学科を卒業後、日本国有鉄道に入社し、大阪鉄道管理局施設部長、長野鉄道管理局長、本社施設局長を歴任。一貫して技術畑を歩む。 1986年、第14回参議院議員通常選挙に比例区から自由民主党公認で出馬し、初当選。当選後、北海道開発政務次官を出発点に、参議院では外務委員長、決算委員長を歴任。2002年10月18日、参議院憲法調査会会長に就任。
中野 収(なかの おさむ、1933年4月26日 - 2006… 中野 収(なかの おさむ、1933年4月26日 - 2006年1月14日)は、日本の社会学者、法政大学名誉教授。
宮澤 康人(みやざわ やすと、1933年3月30日- )は、… 宮澤 康人(みやざわ やすと、1933年3月30日- )は、日本の教育学者、東京大学・放送大学名誉教授。長野県長野市生まれ。 東京大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科、経済学研究科博士課程中退。コロンビア大学で修士号取得。関西大学文学部専任講師、東京大学教育学部助教授、教授。1994年、定年退官、名誉教授、放送大学教養学部教授。2004年、退任、名誉教授。大人と子供の関係史研究会世話人。専攻は教育史・教育哲学。
山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は… 山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は、日本の植物学者・教育学者、兵庫教育大学・名古屋芸術大学名誉教授。 長野県茅野市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京学芸大学学芸学部農学科卒業。国際基督教大学講師、1971年東京都立大学 (1949-2011)理学博士。東京都立アイソトープ研究所遺伝研究室長、東京学芸大学講師、1981年兵庫教育大学教授。1997年定年退官、名誉教授、名古屋自由学院短期大学教授、名古屋芸術大学(校名変更)教授。2004年同名誉教授。兵庫県立南但馬自然学校校長(2011年〜2018年)原体験教育研究会主宰(1989年〜)。 日本科学教育学会理事、日本環境教育学会理事、日本科学協会理事、文部省学術審議会専門委員をはじめ、「青少年のための科学の祭典」(日本科学振興財団)全国委員長など、学会および社会での活動は多岐にわたる。
星川 清親(ほしかわ きよちか、1933年2月23日 - 1… 星川 清親(ほしかわ きよちか、1933年2月23日 - 1996年4月2日)は、日本の農学者。 長野県松本市出身。1956年東京大学農学部農学科卒業、1961年同大学院生物学系研究科農学専攻博士課程修了、農学博士。東大農学部助手、1976年東北大学農学部助教授、1984年教授。定年前に死去した。
児島 和人(こじま かずと、1933年2月5日 - )は、日… 児島 和人(こじま かずと、1933年2月5日 - )は、日本の社会学者。東京大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。1958年東京大学文学部社会学科卒、NHK放送文化研究所所員、NHK放送世論調査所主任研究員、1971年東大大学院社会科学研究科博士課程満期退学、1977年埼玉大学助教授、1983年東京大学新聞研究所助教授、1985年教授、1992年社会情報研究所教授、1993年定年退官、専修大学文学部教授、2003年定年。
由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 200… 由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 2008年4月4日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専攻は日本近代史。近代日本における軍部の成立や田中正造についての研究で知られる。 長野県南佐久郡出身。長野県野沢北高等学校を経て、1956年早稲田大学第一文学部史学科卒業。1957年国立国会図書館職員、1963年国立国会図書館憲政資料室勤務、1968年国立国会図書館を退職し、駒澤大学文学部講師に着任。1971年同助教授。1973年早稲田大学文学部助教授。1978年同教授。2003年早稲田大学を定年退職、名誉教授。墓所は多磨霊園(10-2-10)。
向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)… 向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)は、日本の園芸学・教育学者。 長野県伊那市出身。1955年千葉大学園芸学部卒業、東京都葛飾区立亀有中学校教諭、北海道教育大学函館校助教授、教授を経て奈良教育大学教授、奈良教育大学附属中学校校長、産業教育研究連盟委員長、日本農業教育学会会長、食農教育研究家。技術・家庭科が男女同一になる過程で日常生活の中での技術教育を研究した。
宮坂 貞(みやさか ただし、1933年 - 2024年)は、… 宮坂 貞(みやさか ただし、1933年 - 2024年)は、日本の薬学者(薬品製造化学)。勲等は瑞宝小綬章。学位は薬学博士(東京大学・1965年)。公益財団法人諏訪郷友会顧問、昭和大学名誉教授。 東京医科歯科大学歯科材料研究所助手、昭和大学薬学部教授、昭和大学薬学部学部長、学校法人昭和大学理事、学校法人昭和大学監事、財団法人諏訪郷友会理事長、公益財団法人諏訪郷友会理事長などを歴任した。 長野県岡谷市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て1958年東京大学医学部薬学科卒業。同大大学院化学系研究科の薬学専門課程を、1960年3月に修了した。なお、1965年3月には、東京大学より薬学博士の学位を授与されている。
米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は… 米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は、日本の詩人、日本近代文学研究者、日本大学名誉教授。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、旧東京都立大学大学院修士課程修了、帝塚山学院大学文学部助教授、教授、1987年、日本大学芸術学部教授、2004年に定年、名誉教授。
滝澤 行雄(たきざわ ゆきお、1932年12月8日 - )は… 滝澤 行雄(たきざわ ゆきお、1932年12月8日 - )は、日本の医学者、医師。秋田大学名誉教授。 1932年(昭和7年)長野県塩尻市生まれ。1951年(昭和26年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1957年(昭和32年)新潟大学医学部医学研究科卒業。専攻分野は公衆衛生。以降、新潟大学助教授、秋田大学教授、金沢大学放射線実験施設教授(併任)。国立水俣病総合研究センター所長、同センター顧問、UNEP環境影響評価パネル委員、水俣市助役を歴任。 現在、医療法人財団青葉会理事・老健ホスピア玉川施設長。要職にはOECD化学品セクター検討会委員、WHO有機水銀の健康影響に関する研究協力センター長を務め、UNEP環境影響パネル委員にある。
内藤 昌(ないとう あきら、1932年10月8日 - 201… 内藤 昌(ないとう あきら、1932年10月8日 - 2012年10月23日)は、日本の建築史家。名古屋工業大学名誉教授、元日本建築学会副会長。専門は、建築史、都市史。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1955年、東京工業大学理工学部建築学科卒業。1960年、同大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。工学博士(東京工業大学)。論文の題は「書院造に於ける「間」の研究」。 1961年東京工業大学助手、1963年名古屋工業大学助教授、1972年同大学教授、1990年東京工業大学(現・東京科学大学)教授兼任、1993年愛知産業大学学長を歴任。元日本建築学会副会長。 2012年10月23日に老衰で死去。
鮎沢 成男(あゆざわ しげお、1932年10月4日 - 20… 鮎沢 成男(あゆざわ しげお、1932年10月4日 - 2004年2月11日)は、日本の経営学者。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、一橋大学大学院経済学研究科を修了した[要出典]。中央大学商学部教授を務め、1988年に同大学企業研究所所長となった。
林 邦雄(はやし くにお、1932年8月21日 - )は、日… 林 邦雄(はやし くにお、1932年8月21日 - )は、日本の教育心理学者。障害児教育に当たった。 長野県長野市生まれ。東京教育大学教育学部卒、同大学院教育心理学博士課程満期退学。青鳥養護学校、桐丘養護学校勤務ののち、静岡大学教育学部助教授、教授、1996年定年退官、目白大学人文学部教授、2003年退職。1976年「「こども」の精神療法における言語表現の問題」で神戸大学より医学博士の学位を取得。
佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015… 佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015年5月14日)は、日本の職業教育学者。 東京出身。戦争中に長野県岡谷市に疎開。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京都立大学 (1949-2011)工業化学科卒、1962年同歴史学科卒。高校技術科教師、専修大学経営学部助教授、1976年名古屋大学教育学部助教授を経て、教授。1995年定年退官、名誉教授、愛知大学短期大学部教授を務めた。技術科教育・職業教育が専門。
宮林 昭彦(みやばやし しょうげん、1932年3月27日 -… 宮林 昭彦(みやばやし しょうげん、1932年3月27日 - 2014年7月10日)は、長野県長野市生まれの浄土宗の僧、仏教学者。大正大学教授。全日本仏教会副会長。大本山光明寺第百十二世法主。
藤木 英雄(ふじき ひでお、1932年2月20日 - 197… 藤木 英雄(ふじき ひでお、1932年2月20日 - 1977年7月9日)は、日本の刑事法学者。元東京大学法学部教授。法学博士。従四位勲四等旭日小綬章。長野県松本市出身。
清水 建美(しみず たてみ、1932年2月11日 - 201… 清水 建美(しみず たてみ、1932年2月11日 - 2014年11月25日)は、植物学者。竹号は「鶯山」。 長野県松本市生まれ。福井県育ち。1954年福井大学学芸学部教育一部卒業。1960年京都大学大学院理学研究科植物学専攻博士課程満期退学、1963年理学博士。信州大学助手、教養部講師、助教授、1971年教授、1992年名誉教授、金沢大学理学部教授、名誉教授。外来種・帰化植物の研究が専門。 2011年11月瑞宝中綬章受章。 清水の著作の一部はデジタル化され、インターネット上の国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている。
小平 修(こだいら おさむ、1932年2月7日 - 1998… 小平 修(こだいら おさむ、1932年2月7日 - 1998年6月4日)は、日本の政治学者。京都産業大学教授。 長野県松本市出身。1952年(昭和27年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1956年早稲田大学政治経済学部卒業、1959年同大学院政治学研究科修了。1970年京都産業大学法学部助教授、1972年教授を務めた。専門は比較政治学。教授在職中の1998年(平成10年)逝去。日本選挙学会会員。政治の世界でいう「左派」「右派」などの定義を提唱し定着させた功績は彼によるところが大きい。
影山 裕子(かげやま ひろこ、1932年2月1日 - 200… 影山 裕子(かげやま ひろこ、1932年2月1日 - 2005年9月13日)は、日本の社会評論家、和光大学名誉教授。 長く日本電信電話公社に勤務し、調査役、国立電報電話局長などを歴任して女性管理職の先駆的存在として知られ、評論家としても活動し、女性の社会進出を訴え、後には和光大学教授となった。 影山は、女性の社会進出の妨げになるとして、労働時間に関する女子の保護規定撤廃を唱えるなど、男女雇用機会均等法(1986年)を先取りする主張を早くから展開していた。 長野県小諸市出身(出生地は北海道)。長野県松本深志高等学校を経て、1954年に東京大学経済学部を卒業し、成績トップで日本電信電話公社に入り、経営調査室に配属された。
千村 洋一郎(ちむら よういちろう、1932年 - )は、日… 千村 洋一郎(ちむら よういちろう、1932年 - )は、日本の教育学者。東京女子体育大学名誉教授。
汲田 克夫(くみた かつお、1931年12月26日 - )は… 汲田 克夫(くみた かつお、1931年12月26日 - )は、日本の教育学者。大阪教育大学名誉教授。 1931年(昭和6年)長野県生まれ。 1950年(昭和25年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1955年(昭和30年)東京大学教育学部(学校教育学科)卒業。1957年(昭和32年)東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1957年(昭和32年)東京大学教育学部助手、1960年(昭和35年)愛媛大学教育学部助手、1965年(昭和40年)愛媛大学教育学部講師、1967年(昭和42年)大阪教育大学講師、1972年(昭和47年)大阪教育大学助教授を経て、1976年(昭和51年)大阪教育大学教授。 1979年(昭和54年)より、大阪教育大学天王寺分校主事、1983年(昭和58年)大阪教育大学補導部長、1988年(昭和63年)大阪教育大学教養学科主事などを務めた。
大井清吉(おおい せいきち、1931年10月12日 - 19… 大井清吉(おおい せいきち、1931年10月12日 - 1998年7月24日)は、日本の教育学者。東京学芸大学名誉教授。障害児教育が専門。 長野県小諸市生まれ。東京教育大学特殊教育学科卒。東京都養育院千葉分院、東京学芸大学助教授、教授、1995年定年退官、名誉教授。95年障害児福祉・資料センターを設立。
宮坂 広作(みやさか こうさく、1931年7月20日 - 2… 宮坂 広作(みやさか こうさく、1931年7月20日 - 2010年10月19日)は、日本の教育学者。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1954年東京大学教養学部教養学科卒業。同大学大学院教育行政学専門課程修了。教育学博士(1968年、東京大学)。 お茶の水女子大学助教授を経て、1979年東京大学教育学部教授。退官後、同大学名誉教授。山梨学院大学教授を歴任した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
有賀 貞(あるが ただし、1931年4月27日 - 2013… 有賀 貞(あるが ただし、1931年4月27日 - 2013年3月13日)は、日本の国際政治学者。位階は従四位。 専門はアメリカ政治外交史。一橋大学名誉教授。1988年から90年まで日本国際政治学会理事長、1992年から94年までアメリカ学会会長を務めた。 東京市小石川区生まれ。1948年旧制松本中学4年修了、1949年旧制松本高等学校文科乙類1年修了。1953年東京大学教養学部教養学科卒業、1955年同大学院社会科学研究科国際関係論専攻修士課程を修了し、翌年からスタンフォード大学大学院およびプリンストン大学大学院歴史学科に留学。1961年東京大学大学院社会科学研究科国際関係論専攻博士課程満期退学。