小池 莉希(こいけ りき、2004年11月26日 - )は、… 小池 莉希(こいけ りき、2004年11月26日 - )は、日本の陸上競技選手。長野県飯田市出身。創価大学教育学部在学中。 飯田市立高陵中学校、佐久長聖高等学校出身。 9月に5000mで13分34秒82を記録し、10月の第35回出雲駅伝では2区を担当。区間5位の記録で走ったが、他区間を走った選手のドーピング違反により総合・個人の順位及び記録が取り消された。第55回全日本大学駅伝では4区を走るも区間16位、第100回箱根駅伝では8区で区間15位にとどまった。 ケニア合宿の後に調子を落とした影響で出雲駅伝と全日本大学駅伝には出場できず、第101回箱根駅伝では10区で区間13位に終わり、順位を2つ落として7位でフィニッシュした。
吉岡 大翔(よしおか ひろと、2004年5月18日 - )は… 吉岡 大翔(よしおか ひろと、2004年5月18日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。長野県長野市出身。佐久長聖高等学校卒業。男子5000m高校記録保持者。 全国高校駅伝に3度出場し、1年時は4区で区間賞を獲得。2年時は1区で区間2位、3年時には3区で日本人歴代最高記録の区間2位で走ったが、いずれも優勝は逃した。 都道府県対抗駅伝には中学時代に2度、高校時代に1度出場し、中学3年時には6区、高校3年時には5区で区間新記録を樹立した。 2023年10月9日に開催された第35回出雲駅伝では1区を走ったが区間10位と苦しい大学駅伝デビューになった。11月5日に行われた第55回全日本大学駅伝では3区を走ったが区間14位となり順位を8位から11位に落とした。
高松 いずみ(たかまつ いずみ、2002年3月28日 - )… 高松 いずみ(たかまつ いずみ、2002年3月28日 - )は、日本の陸上競技選手、中距離走・長距離走。2020年から実業団東京メトロに所属。 木曽町立開田中学校卒業、長野東高等学校卒業。 中学・高校時代には駅伝やトラックレースで全国レベルで活躍。中3から全国女子駅伝に連続出場し8区で区間賞を獲得。長野東高校では2学年上に和田有菜、1学年上に小林成美、萩谷楓らがいた。全国高校駅伝に3年連続で出場し2017年の高1時・2018年の高2時にチームが全国準優勝。1年時は準エース区間の2区4.0975kmを、2年時からエース区間の1区6kmを走った。2018年の高2時は、1区区間賞19:01の廣中璃梨佳(長崎商3年)、2位19:32藤中佑美(愛知・光ヶ丘女子3年)、3位19:33風間歩佳(成田2年)、6位平田歩弓(神村学園3年・チーム総合優勝)、7位木村梨七(仙台育英2年)らに次ぎ区間9位19:41でまとめた。
萩谷 楓(はぎたに かえで、2000年10月10日 - )は… 萩谷 楓(はぎたに かえで、2000年10月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走、長距離走。 長野県佐久市立浅科中学校、長野県長野東高等学校卒業。エディオンに入社し、同社女子陸上競技部に所属。 2016年、長野東高校入学。1学年上に和田有菜(現日本郵政グループ女子陸上部)が、同期に小林成美(現名城大学)がいた(2021年4月に開催された兵庫リレーカーニバル女子5000mで優勝した小林は「今は"雲の上の人"」と発言している)。高校入学後、1、2年の間は故障で満足のいく活躍ができなかった。全国高校駅伝では小林成美は2年時からメンバーに入り、自らは2年連続で補欠だった。2017年の2年時、チームは初の全国準優勝になった。
小林 成美(こばやし なるみ、2000年4月17日 - )は… 小林 成美(こばやし なるみ、2000年4月17日 - )は、日本の元陸上競技選手、長距離走。三井住友海上所属。 長野市立川中島中学校、長野県長野東高等学校卒業。名城大学外国語学部国際英語学科に在学し女子駅伝部に所属。中学・高校・大学いずれも駅伝の強豪校で、中心メンバーとして駅伝で活躍した。 川中島中では、3年連続全国中学駅伝に出場し中2では5区で区間3位となりチームは準優勝となった。2016年に長野東高校入学。高2・高3の時に駅伝メンバーに入り全国高校駅伝女子で2年連続の準優勝となった。1学年上に和田有菜(のち名城大)が、同学年のライバルに萩谷楓(のちエディオン)が、1学年下に高松いずみ(のち東京メトロ)らがいた。
デーデー・ブルーノ(英語: DEDE Bruno, 1999… デーデー・ブルーノ(英語: DEDE Bruno, 1999年10月7日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技に於ける専門は短距離走。 長野県松本市出身。父はナイジェリア人であり、母は日本人である。 松本市立筑摩野中学校、創造学園高等学校(現:松本国際高等学校)、東海大学を経て、セイコーホールディングス在籍。 中学校から高校1年までサッカー選手としてプレーしていたが、高校では「ボールコントロールに難があったため」メンバー入りが出来ずに挫折。1年生の途中でサッカーを辞め、陸上競技部の友達から誘われていたこともあり高校2年の春から陸上競技へ転向する。 高校3年の時には平成29年度全国高等学校総合体育大会兼第70回全国高等学校陸上競技対校選手権大会(NDソフトスタジアム山形)に出場、男子100m決勝で10秒74のタイムで5位入賞を果たしている。
和田 有菜(わだ ゆな、1999年8月7日 - )は、日本の… 和田 有菜(わだ ゆな、1999年8月7日 - )は、日本の陸上競技選手、中距離走・長距離走。アジアクロスカントリー選手権個人・団体金メダリスト。日本郵政グループ女子陸上部所属。 中学から大学まで駅伝の強豪校で過ごし、中学・高校・大学の全国駅伝を「皆勤」した記録を持つ。全国女子駅伝では7年連続で長野県代表となってきた。 長野市立川中島中学校で全国中学駅伝に3年連続で出場した。1年では2区区間賞を取り、3年では1区の区間2位(1位と同タイムのコンマ差)でチームの準優勝に貢献した。 長野県長野東高等学校でも3年連続で全国高校駅伝に出場し、3回連続で最長エース区間の1区(6㎞)を走った。1学年下に小林成美(のち名城大)、萩谷楓(のちエディオン)、2学年下に高松いずみ(のち東京メトロ)らがいた。
中谷 雄飛(なかや ゆうひ、1999年6月11日 - )は、… 中谷 雄飛(なかや ゆうひ、1999年6月11日 - )は、日本の陸上競技選手、長距離走。早稲田大学を卒業後、SGホールディングス競走部を経て、現在は佐久長聖高校駅伝部コーチ。アジアクロスカントリー選手権銀メダリスト、団体金メダリスト。アジアジュニア陸上競技選手権大会銀メダリスト。 下諏訪町立下諏訪社中学校、佐久長聖高等学校、早稲田大学スポーツ科学部出身。 2年時の第22回都道府県対抗男子駅伝では1区を走り、区間2位。クロスカントリー日本選手権ではジュニア部門(8km)で優勝を果たした。 3年時の第68回全国高等学校駅伝競走大会では最長区間の1区で区間賞を獲得した。また、翌年1月の第23回都道府県対抗男子駅伝では5区で区間賞を獲得し、ジュニアA(高校生)の優秀選手賞を受賞した。
名取 燎太(なとり りょうた、1998年7月21日 - )は… 名取 燎太(なとり りょうた、1998年7月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。長野県諏訪郡富士見町出身。 富士見中学校卒業、佐久長聖高校卒業、東海大学体育学部卒業、コニカミノルタ陸上競技部在籍。 富士見中学校3年夏の全国中学体育大会3000メートルで6位入賞。2013年10月27日の第44回ジュニアオリンピック陸上競技大会で自己ベスト8分35秒08で6位入賞。 佐久長聖高校在学中には3年連続で全国高校駅伝へ出場。2014年第65回高校1年2区(3km)4位、2015年第66回高校2年4区(8.0875km)6位、2016年第67回高校3年では、各校のエースが集う1区(10km)を走り29分22秒で区間賞を獲得。
關 颯人(せき はやと、1997年4月11日 - )は、日本… 關 颯人(せき はやと、1997年4月11日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。茅野市立東部中学校、佐久長聖高校、東海大学体育学部卒業。SGホールディングス陸上競技部所属。 中学時代から全国レベルで活躍した。佐久長聖高校3年時に第66回全国高校駅伝のエース区間1区で区間賞を獲得している。 東海大学進学後は1年時から学生個人選手権5000mで優勝、U20世界選手権10000mに日本代表として出場するなど活躍。第16回出雲駅伝では3区で区間賞を獲得し、鮮烈な大学駅伝デビューを果たした。第48回全日本大学駅伝は胃腸炎の影響により欠場したが、第93回箱根駅伝では復帰し2区を担当。しかし先の胃腸炎の影響による走りこみ不足もあり、区間13位に終わった。
細田 あい(ほそだ あい、1995年11月27日 - )は、… 細田 あい(ほそだ あい、1995年11月27日 - )は、日本の陸上競技選手、長距離走。2017年ユニバーシアード・台北大会10000m銅メダル獲得。 長野県茅野市立長峰中学校、長野県長野東高等学校、日本体育大学卒業。2018年ダイハツに入社、その後、2021年2月からエディオン所属。 長峰中では長距離や駅伝で活躍し、2年、3年と全日本中学陸上1500mに出場。3年時点で800m長野県3位、1500m同3位、2000m同4位、3000m同2位の好記録を残している。また、同校の恒例行事であったフルマラソン大会では3時間半台という女子の大会記録を保持している。 長野東高では、有力なランナーが県内から集まりチーム内の競争がとても激しく、また長野県内の中距離・長距離の選手の層も厚く全国大会の個人種目や駅伝に出場することは難しかった。
川元 奨(かわもと しょう、1993年3月1日 - )は、長… 川元 奨(かわもと しょう、1993年3月1日 - )は、長野県佐久市出身の陸上競技選手。専門は中距離走。800mの自己ベストは1分45秒75。800mの元日本記録保持者。1000mの元室内日本記録保持者でもある。2016年リオデジャネイロオリンピックの日本代表。スズキ浜松アスリートクラブ所属。 長野県佐久市出身。血液型はAB型。 小学5年生までミニバスケットボールをやっていたため、佐久市立野沢中学校に進学してからもバスケットボールをやろうと思っていたが、姉が陸上部に入っていたことから「2人が違う部活だと試合が重なった時に応援に行けない」などと、親から半ば強制的に陸上部を選択させられたという。 陸上部に入部した当初はいろんな種目をやっていたが、やがて1500mがメイン種目となり、3年生の時には全日本中学校選手権の1500mに出場した(結果は予選敗退)。
原 翔太(はら しょうた、1992年7月18日 - )は、日… 原 翔太(はら しょうた、1992年7月18日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。100mで10秒31、200mで20秒33(日本歴代8位)の自己ベストを持つ。2014年仁川アジア大会の日本代表。
矢野 圭吾(やの けいご、1991年12月3日 - )は、長… 矢野 圭吾(やの けいご、1991年12月3日 - )は、長野県松川町出身の陸上競技選手。専門は長距離走。佐久長聖高校、日本体育大学卒業。日清食品グループを経てカネボウに所属。 駅伝の名門・佐久長聖高校の出身だが、同学年に大迫傑、1学年上に村澤明伸、千葉健太、佐々木寛文といった強力なチームメイトが多く、矢野自身は故障がちだったこともあり、全国高校駅伝には一度も出場していない。 日本体育大学入学後、徐々に頭角を現す。3年時は主将・服部翔大を支えチームを牽引。関東インカレ1部10000mで8位入賞を果たすと、第89回箱根駅伝予選会では個人6位の好走。本大会では9区で区間2位と好走し、母校の30年ぶりの優勝に貢献。
宮脇 千博(みやわき ちひろ、1991年8月28日 - )は… 宮脇 千博(みやわき ちひろ、1991年8月28日 - )は日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。長野県駒ヶ根市出身。中京高等学校卒業。トヨタ自動車に所属していた。序盤から積極的に先行するレーススタイルを持つ。トヨタ自動車入社後に実績を重ね、2011年11月に10000m日本歴代6位(当時)となる27分41秒57、2012年3月にハーフマラソン日本歴代3位(当時)となる1時間00分53秒を記録した。
村澤 明伸(むらさわ あきのぶ、1991年3月28日 - )… 村澤 明伸(むらさわ あきのぶ、1991年3月28日 - )は、長野県塩尻市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。佐久長聖高等学校、東海大学体育学部卒業。SGホールディングス所属。 入学した楢川中学校には陸上部が存在せずサッカー部に所属していたが、兄の影響を受けて2年生から陸上競技を始めた。高校は、兄と同じ地元の高校ではなく、長距離走の名門佐久長聖高校に進学した。佐久長聖高校では両角速監督の下、インターハイ・国体などで活躍。2008年には世界ジュニア5000mの日本代表に選出され12位の成績を残した。また、千葉国際クロスカントリー大会・福岡国際クロスカントリー大会で好成績を残し、2008年英国・エディンバラ、2009年ヨルダン・アンマンで開催された世界クロスカントリー選手権ジュニア日本代表に選ばれた。
藤井 翼(ふじい つばさ、1990年12月28日 - )は、… 藤井 翼(ふじい つばさ、1990年12月28日 - )は、日本の陸上競技選手、指導者。専門種目は長距離走。福岡県出身。山梨学院大学卒業。 福岡市立元岡中学校時代は野球部に入ろうとしたものの練習についていけず、仮入部の段階で断念。短距離走に自信があったことから陸上部の短距離に入ろうとしたが部員がおらず、友人の誘いで陸上部の長距離に入部。当時は長距離走には苦手意識があったという。1500m走と3000m走の選手として全日本中学陸上出場。 佐久長聖高等学校の2年次、第58回全国高校駅伝では、5区を担当し、8分39秒で区間2位。3年次の全国高校駅伝では、昨年と同じく5区を担当し、8分24秒で区間賞を獲得。
宮澤 有紀(みやざわ ゆき、1990年8月29日 - )は、… 宮澤 有紀(みやざわ ゆき、1990年8月29日 - )は、長野県飯山市出身・千曲市育ちの元陸上競技選手。現在は医師。専門は短距離走。100mの自己ベストは元北信越学生記録の11秒56。2015年北京世界選手権女子4×100mリレーの日本代表候補。 長野県飯山市に生まれ、同県千曲市で育った。血液型はA型。家族に陸上経験者はいない。 小学4年生の時に100mで県1位になり本格的に陸上競技を開始するも、その後は伸び悩んだ。そのため、千曲市立更埴西中学校に進学後は違うスポーツをやるつもりだったが、父に競技続行を促されると、無理やり出場させられた4月の大会で自己ベストを連発し、中学でも陸上を続けることを決めた。
今井 沙緒里(いまい さおり、1990年8月22日 - )は… 今井 沙緒里(いまい さおり、1990年8月22日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は短距離。長野県上伊那郡辰野町出身。 至学館高等学校から至学館大学を卒業後、鈴波を経て一時は競技を離れたが故郷である長野県に戻り飯田病院に勤務しながら競技を続けていた。 小学4年生から陸上競技を始め、2005年に開催された晴れの国おかやま国体の4×100mリレーに参加。2008年、インターハイの200mで優勝。 2009年、日本インカレの200mで優勝。 2010年、日本インカレの100m、200mで3位、日本選手権の200mで3位。 2011年、日本選手権の200mで3位、アジア選手権の200mで3位、アジア選手権、世界陸上大邱大会の4×100mリレーに日本代表のアンカーとして出場、アジア選手権は優勝。
千葉 健太(ちば けんた、1990年5月20日 - )は長野… 千葉 健太(ちば けんた、1990年5月20日 - )は長野県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。佐久長聖高校、駒澤大学経済学部経済学科卒業。最終所属は富士通陸上競技部。 佐久長聖高校時代は同学年に村澤明伸(東海大学→日清食品グループ)、1学年下には大迫傑(早稲田大学→ナイキ・オレゴン・プロジェクト)など強力なチームメイトがいた。全国高校駅伝には3年連続で出走。1年:2区区間4位→2年:4区区間2位→3年:1区区間2位と毎年好走し、3年時には千葉・村澤・大迫らの活躍で佐久長聖は優勝を果たしている。 駒澤大学の同期には、高校3年時に全国高校駅伝1区で区間賞を争った上野渉のほか、撹上宏光・後藤田健介・久我和弥らがいる。
平賀 翔太(ひらが しょうた、1990年4月10日 - )は… 平賀 翔太(ひらが しょうた、1990年4月10日 - )は長野県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。佐久長聖高校、早稲田大学基幹理工学部卒業。富士通を経て現在は住友電工所属。
藤澤 勇(ふじさわ いさむ、1987年10月12日 - )は… 藤澤 勇(ふじさわ いさむ、1987年10月12日 - )は、日本の競歩選手。長野県中野市出身。山梨学院大学商学科卒業後、ALSOKに所属している。 中野実業高校の1年後輩にリオデジャネイロオリンピック50km競歩銅メダリストの荒井広宙がいる。山梨学院大学に進学し、2009年の世界選手権で29位に入った。卒業後はALSOKに入社した。2012年に日本選手権で優勝し、ロンドンオリンピックの代表に選ばれ18位となり、2015年の世界選手権では13位だった。2016年には、2大会連続となるリオデジャネイロオリンピック代表に選ばれ21位となった。 2021年7月16日、所属先を通じて現役引退を発表した。
上野 裕一郎(うえの ゆういちろう、1985年〈昭和60年〉… 上野 裕一郎(うえの ゆういちろう、1985年〈昭和60年〉7月29日 - )は日本の陸上競技選手、指導者。専門は中・長距離種目。長野県佐久市出身。佐久長聖高等学校、中央大学卒業。エスビー食品、DeNA所属を経て立教大学体育会陸上競技部、男子駅伝監督(陸上競技選手としては立教大学の校友会組織である「セントポールクラブ」所属)を務めた。第12回世界選手権男子5000m日本代表。2025年現在はひらまつ病院所属。 佐久長聖高校、中央大学の主力選手として各陸上競技大会で活躍を残し、全国都道府県対抗男子駅伝でも長野県の優勝に貢献している。2009年には第93回日本選手権の1500m・5000m2種目制覇を遂げた。
塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は… 塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は日本の元陸上競技選手。専門は短距離。 長野県岡谷市出身。東海大学付属第三高等学校、東海大学を経て2008年富士通に入社。富士通陸上競技部所属。 2003年のインターハイでは100mと200mでの2冠を達成した。2006年の関東インカレでは髙平慎士と争い、100m・200m共に同タイム着差ありの2位となる。また、その年の日本選手権100mでは優勝し、2008年まで3連覇を達成した。2009年の日本選手権は準決勝での怪我のために決勝は棄権し、4連覇は逃した。 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)では男子100mで銀メダル、男子4×100mリレーでも銀メダルを獲得した。
塩川 雄也(しおかわ ゆうや、1983年1月20日 - )は… 塩川 雄也(しおかわ ゆうや、1983年1月20日 - )は、日本の元陸上競技選手。長野県諏訪市出身。駒澤大学卒業。 諏訪市立諏訪南中学校、東海大学第三高等学校(現:東海大学付属諏訪高等学校)、駒澤大学出身。 1年時の第78回箱根駅伝では8区に担当。先頭で襷を受け取ると、区間2位ながら、1年生としては史上2人目の1時間04分台の記録でトップを守った。駒澤大学はそのまま先頭を譲ることはなく、2年ぶり2度目の総合優勝を果たした。 2年時の第79回箱根駅伝では4区を走り、区間7位にとどまったが、駒澤大学は9区で先頭に立ち、2年連続の総合優勝を果たした。 3年時の第80回箱根駅伝では9区を走り、先頭で襷を受け取ると区間2位と安定した走りで先頭を守った。
佐藤 清治(さとう きよはる、1981年5月28日 - )は… 佐藤 清治(さとう きよはる、1981年5月28日 - )は、長野県佐久市出身の日本の元陸上競技選手(主に中距離種目)である。 もともとは短距離選手だったが、中距離に才能を見出された。佐久市立浅間中学校在学中から全国大会に出場するなど、名は馳せていた[要出典]。 1997年4月、当時は県内でも無名でまだ駅伝の強化を図りつつあった佐久長聖高校に入学。高校1年(1997年)でインターハイ1500m優勝、日本高校記録を更新するなど、めざましい勢いで成長していき、800m、1500m、3000m、5000mの4種目で高校記録を更新していった。1500mは高校3年時(1999年)で日本記録(当時)まで0秒25まで迫り、日本陸上競技選手権大会1500mで優勝していることから、当時低迷していた中距離種目に光をさすこととなる。
小池 昭彦(こいけ あきひこ、1973年4月10日 - )は… 小池 昭彦(こいけ あきひこ、1973年4月10日 - )は、長野県長野市出身の男性の競歩選手である。 1999年世界陸上競技選手権大会の男子50キロメートル競歩、2000年シドニーオリンピックの男子50キロメートル競歩に出場した。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
栁澤 哲(やなぎさわ さとし、1971年1月19日 - )は… 栁澤 哲(やなぎさわ さとし、1971年1月19日 - )は、日本の陸上競技選手、指導者。現在は山梨学院大学陸上競技部競歩部監督。専門は競歩。男子5000m競歩、男子10000m競歩、男子20km競歩、男子30km競歩の元日本記録保持者である。シドニーオリンピック代表。2001年、世界陸上エドモントン大会の男子20km競歩でこの種目として日本人初の7位入賞。長野県中野市出身。長野県中野実業高校を経て、山梨学院大学卒業。綜合警備保障勤務の後、株式会社協和に所属していた。世界陸上・五輪などでは競歩競技実況のTV解説を務める。 ジュニア・学生時代から日本のトップ選手として活躍。1991年、ユニバーシアード競歩大会10000m競歩で優勝。
酒井 浩文(さかい ひろふみ、1965年2月10日 - )は… 酒井 浩文(さかい ひろふみ、1965年2月10日 - )は、日本の男性競歩選手、政治家である。 長野県下伊那郡豊丘村出身。長野県下伊那農業高等学校、飯田消防署を経て、国士舘大学。1988年ソウルオリンピックで日本代表として出場した。1998年長野オリンピックでは聖火ランナーを務めた。豊丘村でスポーツクラブを運営しながら、2011年より豊丘村議会議員。
園原 健弘 (そのはら たけひろ、1962年11月9日 - … 園原 健弘 (そのはら たけひろ、1962年11月9日 - )は、日本の陸上競技選手。実業家。五輪選手。ウォーキングプロデューサー。散歩指導者。散歩評論家。元陸上日本代表。元アシックス社員。
中山 竹通(なかやま たけゆき、1959年12月20日 - … 中山 竹通(なかやま たけゆき、1959年12月20日 - )は、長野県北安曇郡池田町出身の日本の元陸上競技(長距離種目)選手、指導者。身長180cm、体重58kg(現役当時)。息子の中山卓也も陸上長距離種目選手。 1980年代後半に瀬古利彦や宗茂、宗猛兄弟、新宅雅也らと、1990年代前半には谷口浩美、森下広一らと日本マラソン界をリードした。2時間10分を切るサブテン5回は川内優輝、高岡寿成に続き、瀬古利彦、佐藤敦之、藤原新と並び日本歴代3位タイ、2時間9分を切るレース4回は高岡と並び日本最多タイ(2014年現在)。 生家は山間の農家だった。長野県池田工業高等学校時代に陸上競技を始める。高校3年時には国民体育大会長野県予選の少年男子A5000mで優勝するも、記録的に本選で上位に入れそうもないと判断され、派遣を見送られる。
伊藤 国光(いとう くにみつ、1955年1月6日 - )は、… 伊藤 国光(いとう くにみつ、1955年1月6日 - )は、長野県伊那市西箕輪出身の元陸上競技(長距離・マラソン)選手。JFEスチール競走部前監督。 長野県上伊那農業高等学校時代は全国高等学校駅伝競走大会で3年連続して1区(10km)に出場。3年生時の1972年には区間賞を獲得した。高校卒業後、カネボウ陸上競技部に進む。 カネボウ時代は10000mの日本新記録、マラソン、30kmロードレース、20000m、10マイルロードレースの日本最高記録を記録した。日本が不参加だった幻の1980年モスクワオリンピック10000m日本代表。1981年の第4回アジア陸上競技選手権大会では10000mで優勝している。
湶 純江(あわら すみえ、1952年8月19日 - 2007… 湶 純江(あわら すみえ、1952年8月19日 - 2007年10月17日)は、日本の陸上競技(走幅跳)選手。1976年モントリオールオリンピックに出場。1976年から1987年にかけて、女子走幅跳の日本記録保持者であった。 長野県上田市出身。きょうだい皆が学生スポーツで活躍したというスポーツ一家に育つ。長野県上田千曲高等学校卒業。東急に所属し、1974年の第14回実業団・学生対抗陸上競技大会の女子走幅跳において6m00cmの記録で優勝した。 その後、⻑野スズキに所属。1976年4月25日の長野県春季大会において、女子走幅跳で当時の日本タイ記録である6m41cmをマークした。同年のモントリオールオリンピックに出場した。
依田 郁子(よだ いくこ、1938年9月30日 - 1983… 依田 郁子(よだ いくこ、1938年9月30日 - 1983年10月14日)は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走・ハードル競走。女子80mハードルの元日本記録保持者で、1964年東京オリンピック日本代表として同種目で入賞を果たした。 長野県小県郡丸子町(現・上田市)出身。長野県上田染谷丘高等学校卒業。結婚後の姓名は宮丸 郁子(みやまる いくこ)。 中学3年生のとき肋膜炎と肺炎にかかり上田染谷丘高校の受験に失敗、同校の定時制に入るが翌1955年に再受験して全日制に入学した。同校は当時バスケットボールの強豪で身体能力を見込まれた依田はバスケット部の勧誘を受けるも、「私は個人主義だからバスケは向かない」と陸上部に入部する。
真保 正子(しんぼ まさこ、1913年1月22日 - 199… 真保 正子(しんぼ まさこ、1913年1月22日 - 1995年12月19日)は、日本の陸上競技選手・陸上競技指導者。元大谷女子大学教授。日本陸上競技連盟終身1種審判員。長野県上田市出身。上田高等女学校(現在の長野県上田染谷丘高等学校)、日本女子体育専門学校(現在の日本女子体育大学)卒業。