石川 大峨(いしかわ たいが、2007年8月1日 - )は… 石川 大峨(いしかわ たいが、2007年8月1日 - )は、静岡県掛川市出身のプロ野球選手(三塁手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 掛川市立東山口小学校2年生の時に、地元の東山口野球少年団で野球を始める。掛川市立栄川中学校在学中は、野球部に所属していた。その後進学した静岡県立掛川西高等学校でも、野球部に所属し、2年生の夏には甲子園に出場。1回戦の日本航空戦では、7番ファーストで先発し、7回表に2点タイムリーヒットを放った。2回戦の岡山学芸館戦も7番ファーストで先発したが、チームはここで敗退している。高校通算19本塁打だった。 2025年10月23日、NPBドラフト会議の育成ドラフトで、中日ドラゴンズから2巡目で指名を受けた。
上原 堆我(うえはら たいが、2007年3月13日 - )は… 上原 堆我(うえはら たいが、2007年3月13日 - )は、静岡県伊東市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。オリックス・バファローズ所属。 少年野球チーム『伊東ジュニア』の監督を務める父に、幼稚園の年中から野球の手ほどきを受け、伊東市立南中学校時代は硬式野球の『静岡裾野シニア』に所属し、全国選抜大会も経験した。リトルシニアのチームメイトに松本陣がいる。 花咲徳栄高校へ進学し、2年夏の埼玉大会では主に抑えとして5試合に登板し、計8回1/3を1失点に抑え、チームの準優勝に貢献。2年秋も抑えを務め、関東大会では2試合・6回2/3を投げて2失点に抑えたが、チームは常総学院との準々決勝で敗れた。3年春からは先発へ転向し、関東大会では日大明誠との2回戦で公式戦初先発となり、5回コールドの参考記録ながらノーヒットノーランを達成。
岸川 和広(きしかわ かずひろ、2006年9月6日 - )は… 岸川 和広(きしかわ かずひろ、2006年9月6日 - )は、東京都出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 小学校時代は調布ファイターズ、調布市立第六中学校時代は調布リトルシニアでプレー。調布リトルリーグで全国優勝し、日本代表メンバーとして米国で開かれた世界選手権大会(カル・リプケンU12ワールドシリーズ)に出場し、大会では米国の地区代表と世界各地域の代表が戦い、調布リトルは世界3位になった。高校へは中学時代の指導者に勧められ、静岡県の東海大静岡翔洋高校へ進学、第105回全国高校野球選手権記念静岡大会では2年生でベンチ入りしノーシードから決勝まで勝ち上がり、決勝で浜松開誠館に12―8で敗れる。
松本 陣(まつもと じん、2006年4月28日 - )は、静… 松本 陣(まつもと じん、2006年4月28日 - )は、静岡県三島市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 小学生時代には三島ゴールデンイーグルスでプレーしていた。 三島市立南中学校時代には静岡裾野リトルシニアでプレーしていた。3年間でリトルシニア全国選抜野球大会に2回、リトルシニア日本選手権大会にも1回出場するなど活躍した[要出典]。リトルシニアのチームメイトに上原堆我がいた。 知徳高等学校では1年生の秋からスタメンとして出場し2年秋より主将を務めた。3年夏の大会では18打数7安打2本塁打7打点打率.388と活躍した。高校通算本塁打数は17本。9月9日にドラフト志望届を提出するが指名はなかった。
鈴木 叶(すずき きょう、2006年3月21日 - )は、静… 鈴木 叶(すずき きょう、2006年3月21日 - )は、静岡県掛川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校1年生の時に西山口野球少年団で野球を始める。掛川市立東中学校在学時は硬式野球のクラブチームである浜松南リトルシニアでプレーし、3年時は選抜大会、日本選手権でベスト8に進出した。 常葉大学附属菊川高等学校に進学し、正捕手と4番を務めた。3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場し、専大松戸との初戦(2回戦)では1安打に加え二盗を阻止するなど活躍したが、チームは敗れた。同年夏の静岡大会開幕2週間前に左手の有鈎骨を骨折し、打撃は右手のみでスイングせざるを得ない状況となった。
山田 門(やまだ りゅう、2005年4月20日 - )は、神… 山田 門(やまだ りゅう、2005年4月20日 - )は、神奈川県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 兄はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属の山田和。 6歳頃から兄の影響で向丘サンダースで野球を始めた。中学は川崎市立犬蔵中学校に進学し、前田幸長が会長を務め都築克幸が監督を務める都筑中央ボーイズに所属していた。2年時には春季ボーイズ全国大会に出場した[信頼性要検証]。 高校は静岡県の飛龍高等学校に進学し2023年6月22日には紅白戦で自己最速の146k/mを記録する。3年夏の県大会では日大三島に敗れ甲子園出場は果たせなかった。2024年2月21日にNPB対象外の志望届を提出。
勝又 琉偉(かつまた るい、2004年10月7日 - )は、… 勝又 琉偉(かつまた るい、2004年10月7日 - )は、静岡県富士市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学生の時に大淵少年野球スポーツ団で野球を始める。進学した富士市立大淵中学校では軟式野球部に入部した。 その後、静岡県立富士宮東高等学校に進学した際は遊撃手に転向。1年次からレギュラーを務めた。3年次には春に4本塁打を記録し、プロの注目を集めた。夏の大会は3回戦敗退。この時は育成指名であれば大学へ進学する方針を示していた。 2022年のドラフト会議にて、千葉ロッテマリーンズから育成3位で指名を受けた。同校から直接プロ野球球団からドラフト指名されるのは史上初の出来事であった。
二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 -… 二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 - )は、静岡県御前崎市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 御前崎市立第一小学校在学時に黒潮野球スポーツ少年団で、御前崎市立浜岡中学校在学時に小笠浜岡リトルシニアにてプレー。小学生時代のチームメイトに佐々木健がいる。 磐田東高校1年時から遊撃手でレギュラーで、2年夏に捕手に転向。3年夏の静岡県代替大会は4回戦で敗退し、甲子園出場経験はない。また救援で登板した際には140km/h超の速球を投げた。高校通算21本塁打。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において広島東洋カープから育成1位指名を受け、11月19日に支度金290万円、年俸250万円(金額は推定)で仮契約した。
大石 航(おおいし わたる、2002年4月6日 - )は、静… 大石 航(おおいし わたる、2002年4月6日 - )は、静岡県榛原郡吉田町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 吉田町立吉田中学校では小笠浜岡リトルシニアに所属していた。2学年上に奈良間大己、同級生に二俣翔一がいた。 藤枝明誠高等学校に進学し、2年次の秋季大会では高橋宏斗、中山礼都を擁する中京大学附属中京高等学校との準決勝で登板するが6回途中で8失点を喫し敗北した。 日本経済大学に進学し2年次に公式戦デビューしその後もコンスタントに試合に出場した。2学年上に古賀輝希、同級生に林冠臣がいた。 前年よりウエスタン・リーグに参入したくふうハヤテベンチャーズ静岡のトライアウトに参加し、2024年12月16日に入団が発表された。
佐野 大陽(さの たいよう、2002年2月14日 - )は、… 佐野 大陽(さの たいよう、2002年2月14日 - )は、静岡県富士宮市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 幼少期から曾祖父とのキャッチボールを趣味としており、小学校入学後は富士宮リトルイーストで野球を始めた。当時は野球と同時に相撲にも取り組んでおり、4年時には東海3位の成績を残している。富士宮第一中学校入学後はポジションを投手と遊撃手に絞りプレーした。 常葉大学附属橘高等学校には投手として入学したが、1年秋から遊撃手に専念した。3年春からはチーム事情により捕手に転向した。 高校卒業後は中部大学に進学。高校2年時に中部大監督から遊撃手として声をかけられていたこともあり、入学後は遊撃手に再転向した。
紅林 弘太郎(くればやし こうたろう、2002年2月7日 -… 紅林 弘太郎(くればやし こうたろう、2002年2月7日 - )は、静岡県藤枝市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 小学校2年生の時に「青島ホークス」に入団して野球を始め、藤枝市立青島中学校では同校の軟式野球部に所属し、遊撃手を務めていた。駿河総合高校では1年春からベンチ入りし、1年夏には遊撃手のレギュラーの座をつかむ。3年春にU-18日本代表候補合宿へ参加し、紅白戦で奥川恭伸から二塁打を放ったことでプロからの注目を集めた。高校時代のチーム成績は3年夏の静岡大会準優勝が最高であったが、同大会では26打数7安打4打点と紅林自身は不調だった。甲子園出場経験はなし。
石田 裕太郎(いしだ ゆうたろう、2002年1月22日 - … 石田 裕太郎(いしだ ゆうたろう、2002年1月22日 - )は、神奈川県横浜市磯子区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 横浜市立屏風浦小学校3年時に森ファイターズに入団、内野手として野球を始める。横浜市立森中学校進学後は投手に転向し3年から神奈川横須賀ボーイズに所属した。 静清高等学校入学後は1年夏から登板機会を得て、2年秋以降はチームのエースを務める。3年春の地区初戦では藤枝明誠高等学校に対しタイブレークで敗戦するも、延長13回を自責点0で完投した。3年夏の静岡大会では1回戦、2回戦に先発登板した。 中央大学経済学部公共環境経済学科に進学後、1年次の秋季リーグ東洋大学戦で二番手としてリーグ戦初登板。
松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )… 松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )は、日本のプロ野球審判員。日本野球機構(NPB)所属の育成審判員。 静岡県富士市出身。静岡県立富士高等学校、大東文化大学を経て、NPBアンパイア・スクールを修了。 2024年、NPBアンパイア・スクール第10期修了生として研修審判員契約を結び、ルートインBCリーグに派遣された。 2025年1月1日付で日本野球機構と育成審判員として契約し、関東地区に配属された。 富士高校時代は、1年の夏から出場するなど、4番捕手として活躍した。
杉田 健(すぎた たける、2001年8月28日 - )は、静… 杉田 健(すぎた たける、2001年8月28日 - )は、静岡県三島市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 三島市立佐野小学校で1年生の時に三島ノースタイガースで野球を始める。三島市立北上中学校在学時は硬式野球のクラブチームである三島シニアでプレーしていた。 日本大学三島高等学校に進学し、2年春からベンチ入り。3年春からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は静岡大会初戦で藤枝北に敗れた。 高校卒業後は日本大学国際関係学部へ進学。右肘の疲労骨折などもあり3年間は登板がなく、4年春にリーグ戦初登板した。同年秋のリーグ戦では5試合に先発登板して5勝、防御率0.26を記録し、優勝に貢献。
赤塚 健利(あかつか けんと、2001年7月1日 - )は、… 赤塚 健利(あかつか けんと、2001年7月1日 - )は、静岡県磐田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 磐田市立福田小学校で1年生の時に福田本町スポーツ少年団で野球を始める。磐田市立福田中学校在学時は硬式野球のクラブチームである掛川シニアでプレーしていた。 中京学院大学附属中京高等学校(現:中京高等学校)に進学し、1年秋からベンチ入り。3年夏は背番号18の控え投手として第101回全国高等学校野球選手権大会に出場し、6試合に救援登板してベスト4進出に貢献。変化球はほとんど投げず、最速148km/hの動く速球で押し切った。同学年に藤田健斗、1学年下に元謙太がいた。プロ志望届を提出したが、2019年のドラフト会議での指名はなかった。
安竹 俊喜(やすたけ としき、2001年4月17日 - )は… 安竹 俊喜(やすたけ としき、2001年4月17日 - )は、静岡県焼津市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 小学3年から地元焼津市の大富少年野球クラブで捕手として野球を始める。焼津市立大富中学校では軟式野球部に所属した。 高校は「甲子園に行きたい」という理由で、甲子園常連校かつ県内屈指の進学校でもある静岡県立静岡高等学校に、猛勉強の末に一般入試で入学。硬式野球部に所属した。2年春にチームが出場を果たした甲子園選抜大会ではベンチ外、3年夏の甲子園全国大会ではブルペン捕手としてチームを支えた。高校3年間で公式戦出場は1試合のみであった。 大学は出場機会を求め、国立静岡大学を受験。
村松 開人(むらまつ かいと、2001年1月6日 - )は、… 村松 開人(むらまつ かいと、2001年1月6日 - )は、静岡県榛原郡榛原町(現:牧之原市)出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 牧之原市菊川市学校組合立牧之原小学校2年時に野球を始め、牧之原市菊川市学校組合立牧之原中学校在学時は硬式野球のクラブチームである島田ボーイズでプレーしていた。島田ボーイズ時代、1年後輩に森敬斗がいた。 静岡県立静岡高等学校に進学し、1年秋から遊撃手のレギュラーに定着。1番打者として2年春の第89回選抜高等学校野球大会に出場した。同大会では不来方との1回戦で2安打。大阪桐蔭との2回戦でチームは敗れた。3年春も1番打者として第90回記念選抜高等学校野球大会に出場。
深谷 力(ふかたに りき、2000年5月21日 - )は、大… 深谷 力(ふかたに りき、2000年5月21日 - )は、大阪府大阪市淀川区出身のプロ野球選手(捕手)、野球指導者。右投左打。和歌山ウェイブス所属。 美津島中学校では大阪福島リトルシニアで三塁手としてプレーしていた。中2、中3で全国選抜野球大会、中3で日本リトルシニア日本選手権大会に出場するなどに出場するなど主力選手として活躍する。同級生に増田陸、1学年下に濱将乃介、野村大樹がいた。 高校は飛龍高等学校に進学し1年夏からメンバー入りし二塁手としてプレーした。3年には主将として4番を打ち活躍した。3年の夏には前年の秋季東海大会優勝、明治神宮大会ベスト4、春季県大会を制していた静岡高校を4回戦で破ったが準々決勝で敗退した。
奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、… 奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 堀之内小学校1年生から「菊川スポーツ少年団」で野球を始める。遊撃手としてプレーした。菊川市立菊川西中学校では「小笠浜岡リトルシニア」でプレー。 常葉大学附属菊川高等学校に進学し、1年秋に遊撃手のレギュラーとして定着。2年秋にチームの主将に就任。その後、主将として挑んだ静岡県大会に出場。大会では全6試合に出場し、打率.818(22打数18安打)と驚異の結果を残す。チームは大会を制し、第100回全国高等学校野球選手権記念大会への出場を果たす(2年ぶり6度目)。
奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - … 奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 静岡市清水区に生まれる。静岡市立清水船越小学校2年生のときに船越リトルグリーンズで野球を始める。中学時代は東海大静岡翔洋中等部の軟式野球部に所属した。 東海大学付属静岡翔洋高等学校に進学し、3年生時には主軸を務めた。しかし、進学した東海大学ではほとんど試合に出られず、3年時には指導者から野球を断念して就職活動すべきと告げられてしまった。高校通算は29本塁打。 野球選手を続行する道を選び、ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の群馬ダイヤモンドペガサスのトライアウトを受験。
木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は… 木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は、静岡県富士市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であり、登録名はフェリペであった。 出生以来ブラジルの国籍を有していたが、静岡県内の中学校・高校に通算6年間在学していたため、NPBの規定に沿って日本人扱いでオリックスへ入団。2019年8月に日本の国籍を取得しており、同年まで本名表記は木須デソウザ フェリペとなっていた。 富士市立丘小学校3年時まで水泳を習った後に、4年時から野球を始める。富士市立岳陽中学校時代には、「1番・捕手」として対外試合に出場していた。 御殿場西高等学校への進学後は、1年時の秋から正捕手へ定着。
野村 裕樹(のむら ゆうき、1999年8月25日 - )は、… 野村 裕樹(のむら ゆうき、1999年8月25日 - )は、静岡県静岡市駿河区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 静岡市立大里西小学校4年次にテレビアニメ『メジャー』の影響で少年野球チーム・静岡ツインズで野球を始め、投手としてプレーする。静岡市立大里中学校在学時には静岡ジュニアユースbbcの1期生として在籍した。 中学卒業後は静岡市立清水桜が丘高等学校に進学し、1年生の頃より打撃センスを見込まれ、それまでは投手だったが外野手に転向した。3年次の夏の大会では5番・レフトとして出場した。高校最終戦となった2017年7月20日の浜松商との3回戦では4打数2安打3打点1本塁打の活躍を見せた。
池谷 蒼大(いけや そうた、1999年8月2日 - )は、静… 池谷 蒼大(いけや そうた、1999年8月2日 - )は、静岡県浜松市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 浜松市立積志小学校2年生のときに軟式野球チームの浜松ドジャースで野球を始め、6年生のときには中日ドラゴンズジュニアでプレーした。浜松市立積志中学校では軟式野球部に所属し、エースとして春の県大会3位となった。 その後静岡県立静岡高等学校に進学。1年秋からベンチ入りしたが、腰痛に苦しみ1年間公式戦での登板がなかった。2年春に公式戦初登板し、同年秋の東海大会の途中から竹内奎人のつけていた背番号1を奪った。同大会で優勝し、3年春の第89回選抜高等学校野球大会出場。不来方との1回戦に先発して7回1失点で勝利投手となる。
竹内 奎人(たけうち けいと、1999年5月29日 - )は… 竹内 奎人(たけうち けいと、1999年5月29日 - )は、静岡県賀茂郡河津町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 河津南小学校1年生時に地元の少年野球チーム「河津ジャガーズ」で野球を始める。6年時には3番でエースとして東海大学黒潮旗静岡県学童軟式野球大会など3県大会に出場した。その後進学した河津中学校には野球部がなかったため、伊東市の硬式野球チーム「伊東リトルシニア」に所属し、主力投手として活躍するとともに4番打者を任されていた。3年時の2014年、侍ジャパンU-15代表の一員に選ばれ、同年7-8月にメキシコで開催の第2回15U野球ワールドカップに出場。日本は出場18か国・地域中、7位の成績を記録した。
佐々木 健(ささき けん、1999年4月2日 - )は、静岡… 佐々木 健(ささき けん、1999年4月2日 - )は、静岡県御前崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 小学生時代は「黒潮野球スポーツ少年団」で軟式野球をプレー。同チームでの後輩に、広島で同僚となる二俣翔一がいた。 浜岡中学校卒業後は小笠高校に進学。1年生冬の頃に腰を痛めて出遅れるが、2年生のオフに下半身を強化したことで、球速が1年間で10km/hアップした。3年生の夏の甲子園静岡県大会では、1回戦の浜松城北工相手に15個の三振を奪うも、同大会3回戦で敗退。 同年のドラフト会議にて広島東洋カープから育成3巡目で指名され、11月16日浜松市内のホテルで支度金300万円、年俸240万円(いずれも推定)で契約を結んだ。
加藤 脩平(かとう しゅうへい、1999年3月28日 - )… 加藤 脩平(かとう しゅうへい、1999年3月28日 - )は、静岡県富士市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 小学2年生のときに田子浦ヤングファイターズ少年野球団(軟式)にて野球を始め、中学からは静岡蒲原リトルシニア(硬式)に所属。 中学卒業後は磐田東高校に進学し、1年の春季県大会から7番ライトで出場。その時、2学年先輩に齋藤誠哉と鈴木博志がいた。1年秋からはクリーンアップを務め、2年秋からエースとして二刀流で活躍した。 2016年10月20日に行われたドラフト会議にて読売ジャイアンツから育成2位指名され、支度金200万円、年俸240万円、背番号002で仮契約した。 2017年は三軍の試合にのみ出場し、79試合で、打率.177、3本塁打、21打点の成績を残した。
加藤 廉(かとう れん、1999年1月12日 - )は、静岡… 加藤 廉(かとう れん、1999年1月12日 - )は、静岡県島田市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 小学2年から五和クラブで野球を始め、島田市立金谷中学校時代は小笠浜岡シニアに所属。 静岡県立島田工業高校では高校通算10本塁打。東海大学海洋学部では1年からリーグ戦に出場し、3年春には本塁打王を獲得。18季ぶりのリーグ優勝に貢献した。4年時は主将も務めた。 2020年10月26日に行われたドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト12位で指名を受けた。この年のドラフト会議の全体での最終指名(123番目)の選手となった。11月18日に支度金300万円、年俸400万円で仮契約。
佐野 太河(さの たいが、1998年11月16日 - )は、… 佐野 太河(さの たいが、1998年11月16日 - )は、静岡県浜松市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学2年生でソフトボールを始め「北クラブ」に加入。浜松中部中学から硬式野球に転向して「浜松南リトルシニア」に所属。当時は内野手だったが、チームメイトに教わり、遊びでナックルボールを投げられることがたまにあった。 浜松南高校進学後、2年生時に投手に転向。見せ球として時々ナックルボールを使うことがあったという。2年生秋からベンチ入りし、控え投手として高校時代を過ごし、3年生夏の第98回全国高校野球選手権静岡大会は初戦敗退を喫した。 金融業界への進路を希望し、千葉大学法政経学部法政経学科に現役合格。
平湯 皓基 (ひらゆ こうき、1998年7月30日 - )は… 平湯 皓基 (ひらゆ こうき、1998年7月30日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 中学では愛知守山ボーイズに所属しており村瀬杯愛知県西選抜にも選ばれた[要出典]。 静岡県の静清高等学校に進学した。3年間で最高記録は県ベスト8だった。1年先輩に石田駿がいた[要出典]。 愛知大学野球連盟の2部に所属していた名古屋経済大学に進学した[要出典]。 社会人野球の矢場とんブースターズに入団し、2年目より中堅手としてプレーした[要出典]。 その後、2023年より九州アジアリーグに参入した宮崎サンシャインズに入団し、長打力を発揮し終盤まで本塁打王を争う活躍を見せた(最終的には6本でリーグ3位タイ)。
鈴木 将平(すずき しょうへい、1998年5月20日 - )… 鈴木 将平(すずき しょうへい、1998年5月20日 - )は、静岡県富士市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。
浅野 桜子(あさの さくらこ、1998年5月15日 - )は… 浅野 桜子(あさの さくらこ、1998年5月15日 - )は、静岡県浜松市中央区出身の元女子プロ野球選手(内野手)。 父親と兄の影響で、小学校1年時に「上島北西ソフトボール」に入団しソフトボールを始め、同4年時に女子ソフトボールチーム「浜松ドルフィンズ」に移籍した。浜松市立中部中学校入学を機に同校の軟式野球部に入部した野球に転向、遊撃手でキャプテンを務めた。 京都両洋高等学校に進学、3年時は春の大会でベスト4、西日本大会で優勝した。 2017年、レイアに入団。 2018年に京都フローラへ移籍。二塁手として、ゴールデングラブ賞を受賞。 2019年は愛知ディオーネに移籍し、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。
佐藤 蓮(さとう れん、1998年4月11日 - )は、静岡… 佐藤 蓮(さとう れん、1998年4月11日 - )は、静岡県三島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。現在は社会人野球選手としてマルハンGIVERS所属。 小学4年生から「長伏ヴィーナス」で野球を始める。当時のポジションは捕手。中学時代は「三島シニア」に所属。2年時に投手に転向すると、最速136km/hの速球を武器に3年時には静岡県選抜、U-15日本代表に選出された。 飛龍高校では2年時に投手として最速140km/hを計測。3年春から背番号1を背負うも、制球難に苦しんだ他、検査で医師から「まだ靭帯が子供」と告げられるなど身体が発達途上であったことから同年夏は野手としてプレーした。同年の静岡大会2回戦の加藤学園高校戦で本塁打を放つなどの活躍を見せたが、チームは3回戦で敗退。
小澤 怜史(こざわ れいじ、1998年3月9日 - )は、静… 小澤 怜史(こざわ れいじ、1998年3月9日 - )は、静岡県三島市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 三島市立北小学校3年生からリトルジャイアンツで軟式野球を始めた。サイドスローするクセがあり、監督の指導でオーバースローに矯正された。中学では1つ上の兄とともに静岡裾野リトルシニアに所属していた。 日大三島高校に進学し、1年生からベンチ入りメンバーとなる。春夏ともに甲子園出場はなかったが、2年生の秋季静岡大会で1安打完封勝利や、3年夏の静岡大会では、自己最速152km/hを計測するなど注目された。 2015年10月22日に行われたプロ野球ドラフト会議にて福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受け、同年11月25日に契約金6000万円、年俸700万円(金額はすべて推定)で契約を合意し、入団。
杉山 一樹(すぎやま かずき、1997年12月7日 - )は… 杉山 一樹(すぎやま かずき、1997年12月7日 - )は、静岡県静岡市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 静岡市立千代田東小学校3年生の頃に静岡中央リトルで軟式野球を始め、静岡市立東中学校では外野手としてプレーする。 高校は静岡県立静岡南高等学校と静岡市立商業高等学校が統合され新設された静岡県立駿河総合高等学校に1期生として入学。投手をやりたいという強い意志で高校からは投手に転向し、2年生の夏にメンバー入りするが、背番号は11でストレートの球速は130km/h程度だった。冬場の走り込みで下半身強化やフォームチェックの成果が表れ、3年生の春には自己最速を10km/h更新する145km/hを記録し注目される。
高橋 駿(たかはし しゅん、1997年9月15日 - )は、… 高橋 駿(たかはし しゅん、1997年9月15日 - )は、静岡県静岡市葵区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 野球経験者の父親の影響で小学校1年生の時にソフトボールに出会い、井宮ドジャースで6年間プレーを続けた。どの学年でも4番打者を務め、6年生時にはチームが県の大会で優勝した。 静岡市立籠上中学校では軟式野球部に所属していた。小学校時代ほどの活躍はできず、「苦しい時期」だったと回想している。中学の顧問から「お前は試合に出られるチームがいい」と進言され静岡県立静岡西高等学校に進学し、野球部では監督の勧めで投手に転向して、エースを務めた。3年間で公式戦勝利は2度だけであった。ただし高橋自身は漫画『MAJOR』のファンだったこともあり、弱いチームを自分が強くすることにやりがいを覚え、研究して技術を磨くことが楽しかったという趣旨を述べている。
石田 駿(いしだ しゅん、1997年5月27日 - )は、神… 石田 駿(いしだ しゅん、1997年5月27日 - )は、神奈川県川崎市宮前区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学2年生から野球を始め、中学では軟式のクラブチーム、高津クラブドジャースでプレーした。 静清高校では、1年秋の新人戦に出場したが、その後は制球難に苦しみ、公式戦の登板機会が無かった。制球力向上のため、2年秋に横手投げに投球フォームを変更したが、それでもベンチ外が続いた。さらに、3年春には右足首を骨折したため、新人戦以降は公式戦の登板が無く卒業した。 九州産業大学進学後も、同学年の福森耀真や1学年後輩の岩田将貴など投手陣を擁し、石田自身も左肘を骨折したこともあり、公式戦では1度も登板機会が無く4年間を過ごした。
堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は… 堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 菊川市立内田小学校の1年時から、地元の内田野球スポーツ少年団で野球を始める。東海大学付属翔洋高等学校中等部ではエースとして活躍した。 静岡県立静岡高校に進学後は、1年秋から捕手としてレギュラーを掴むと、2年の夏には第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。4番として初戦の星稜高校に挑み、エースの岩下大輝からヒットを打つも、逆転負け。新チームとなった秋の大会は静岡県大会、東海大会で打率.462、2本塁打・7打点・6盗塁の活躍で優勝に貢献。第87回選抜高等学校野球大会では準々決勝で優勝した敦賀気比高校のエース平沼翔太に自身は抑えられ、チームもサヨナラ負けを喫した。
博志(ひろし、本名:鈴木 博志〈すずき ひろし〉、1997年… 博志(ひろし、本名:鈴木 博志〈すずき ひろし〉、1997年3月22日 - )は、静岡県小笠郡大東町(現:掛川市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 大工業を営む父と、中国・大連出身の母との間に生まれる。掛川市立大坂小学校3年生直前の春休みで大坂野球少年団の練習に参加し野球を始めた。小学4年生まで守備位置は捕手だったが、小学5年生から投手へ転向した。掛川市立大浜中学校へ進学、同校の軟式野球部ではカーブを主体に抑える変化球投手として登板を重ねた。今の鈴木の代名詞となる直球に自信が芽生えてきたのは2年生から3年生にかけてだった。また、打撃も良くエース投手かつ4番打者を務めた。
大盛 穂(おおもり みのる、1996年8月31日 - )は、… 大盛 穂(おおもり みのる、1996年8月31日 - )は、大阪府大阪市都島区出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 小学1年で野球を始め、守口シニアを経て高校は静岡の飛龍高校へ進学。大阪市立淀川中学校卒。 静岡産業大学進学後は4年春の静岡リーグで首位打者となり、秋季リーグでも打率4割を超え、チームの18年ぶりの東海大会進出の原動力となった。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、広島東洋カープから育成ドラフト1位で指名を受け、11月16日に支度金300万円、年俸300万円(金額はともに推定)で仮契約した。背番号は124。静岡産業大学出身者としては初めてのプロ野球選手となった。
工藤 祐二朗(くどう ゆうじろう、1996年7月5日 - )… 工藤 祐二朗(くどう ゆうじろう、1996年7月5日 - )は、静岡県駿東郡清水町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。ルートインBCリーグでプレーした。 小学2年からソフトボールを始める。南中学時代は「スルガボーイズ」に所属。父の運営する清水町の練習場に通い、兄とともに主力として活躍した。韮山高校入学後、1年夏から出場し、3年夏はエース投手で活躍。専修大では1年春からベンチ入りした。2年秋の対國學院戦では2番・ショートでリーグ戦初先発を果たす。 2018年11月22日にベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の福井ミラクルエレファンツに特別合格し入団。2019年6月1日の対富山戦では、高校時代以来5年ぶりとなる初本塁打を記録した。
桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、広… 桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(内野手)。
桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、静… 桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。新聞やテレビ等のメディアでは桑原と表記されることが多い。 菊川市立堀之内小学校2年時に、菊川野球スポーツ少年団で野球を始める。中学時代は小笠浜岡シニアで遊撃手としてプレーした。 地元の常葉学園菊川高等学校に進学。2年春の第85回選抜高校野球大会の初戦で、栗原陵矢擁する春江工業高校戦でセンターバックスクリーンに本塁打を放ち、続く2年夏の第95回全国高校野球選手権大会の有田工業高校戦で、古川侑利から本塁打を放ち注目を集めた。3年時は、甲子園出場を果たせなかった。 2014年10月23日、ドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け、11月7日に契約金3500万円、年俸500万円で仮契約を結んだ。
木村 聡司(きむら さとし、1996年5月6日 - )は、静… 木村 聡司(きむら さとし、1996年5月6日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 高校時代は1年夏に甲子園出場。2年生の時は、ピッチャーとしても起用される。3年生の夏の甲子園大会県予選では県大会ベスト4で敗退。 2014年10月23日に行われたドラフト会議において、広島東洋カープから育成2位指名を受け、入団。 2016年は四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツへ派遣される。 2017年10月31日に自由契約公示されたが、育成選手として再契約した。 2018年10月31日、自由契約公示されたが、育成選手として再契約した。 2019年に戦力外通告を受けた。
髙橋 遥人(たかはし はると、1995年11月7日 - )は… 髙橋 遥人(たかはし はると、1995年11月7日 - )は、静岡県静岡市葵区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 小学校入学後に兄の影響でソフトボールを始め、小学3年時に「西奈少年野球スポーツ少年団」に入団した。常葉橘中学校時代は右翼手兼投手として、3年夏に第32回全国中学校軟式野球大会でチームを優勝へ導いた。 常葉学園橘高校に進学後、1年夏からのベンチ入り。2年夏には甲子園大会へ出場し、開幕戦となった福井工大福井戦に救援投手として登板を果たすも、打線が菅原秀の前に9回2得点に封じられ初戦敗退。3年秋には日本学生野球協会へプロ志望届を提出するも、ドラフト会議でどの球団からも指名されなかったため、亜細亜大学へ進学した。
森口 壽樹 (もりぐち としき、1995年2月7日 - )は… 森口 壽樹 (もりぐち としき、1995年2月7日 - )は、日本のプロ野球審判員。審判員袖番号は2022年までは56、2023年からは27。 奈良県出身。磐田東高等学校から国士舘大学を経て2018年1月1日に日本野球機構審判部に入局。高校時代は身長186cm、体重90kgと恵まれた体格の内野手で、左の強打者として活躍。高校3年時には投手も務め、投打を牽引する存在であった[要出典]。 大学卒業後にNPBアンパイア・スクールを受講し、研修審判員として契約。四国アイランドリーグplusで経験を積んだのち、2017年12月13日に日本野球機構より育成審判員として2018年1月1日に契約することが発表された。
野村 亮介(のむら りょうすけ、1993年7月9日 - )は… 野村 亮介(のむら りょうすけ、1993年7月9日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 清水飯田小学校1年生の時に「飯田リトルジャイアンツ」で野球を始め、清水飯田中学校3年生の時に全国中学校軟式野球大会に出場した。静清工業高校(2年生時より静清高校)に進むと3年生時(2011年)の春の選抜高校野球に出場、1回戦に登板し3失点完投勝利で京都成章を破り、2回戦の日大三戦でも3失点完投するも、チームは敗れた。同年夏の甲子園・静岡大会では準々決勝で常葉菊川に敗れ敗退した。 三菱重工横浜に入団すると1年目の2012年から都市対抗野球大会などに出場、2年目の2013年は9試合に登板し防御率7.71であったが、その後フォーム改造にも取り組み、3年目となった2014年の通算防御率は2.11。
岩見 香枝(いわみ かえ、1993年2月11日 - )は、静… 岩見 香枝(いわみ かえ、1993年2月11日 - )は、静岡県沼津市出身の元女子プロ野球選手、指導者、監督。現在は埼玉西武ライオンズ・レディースのコーチ、高校教員および女子野球部の監督である。 地元の原イーストジュニア、伊豆市リトルシニアを経て、埼玉栄高等学校女子野球部に入部する。 2015年埼玉アストライアに入団し、シーズン途中に京都フローラへ移籍。 2017年にアストライアへ復帰。 2019年愛知ディオーネに移籍。同年11月1日、今季限りで女子プロ野球リーグを退団することが発表された。 2020年埼玉西武ライオンズ・レディースへ加入した。また、静清高等学校保健体育科教員として着任。 2022年、同高校の女子野球部初代監督に就任。
寺嶋 寛大(てらしま かんだい、1992年10月12日 - … 寺嶋 寛大(てらしま かんだい、1992年10月12日 - )は、東京都豊島区出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 清和小学校1年生の時に「大塚スネイクス」で野球を始めた。4年生時に捕手になり、6年生時には高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会に出場した。巣鴨北中学校では「中野シニア」に所属していた。興誠高校では1年生時の秋に一塁手のレギュラーに、2年生時の秋には正捕手になった。高校通算では26本塁打を放った。甲子園出場経験は無い。 創価大学では1年生時の秋に正捕手になり、4年生時には主将を務めた。大学の2学年先輩に小川泰弘がおり、1年生の時からバッテリーを組み、精神面や配球面などでアドバイスを受けていた。
鈴木 宏基(すずき こうき、1992年7月15日 - )は、… 鈴木 宏基(すずき こうき、1992年7月15日 - )は、静岡県島田市出身のプロ野球審判員。審判員袖番号は51。 小学4年からソフトボールを始め、ピッチャーとして中学、高校と野球を続けた。中学の野球部でベンチなので練習試合の塁審をしたことをきっかけに、プロの審判員になることを志望する。静岡県立島田高等学校卒業後は理学療法士を目指すために国際医療福祉大学に進学。在学中には小田原足柄リトルシニアの専属審判としても活動した。 大学卒業前の2014年末にNPBアンパイア・スクールを受講すると、2015年4月にプロ野球を統括する日本野球機構(NPB)の審判採用試験に合格。同年は独立リーグのベースボール・チャレンジ・リーグに派遣された。
山崎 早紀(やまざき さき、1991年11月12日 - )は… 山崎 早紀(やまざき さき、1991年11月12日 - )は、静岡県掛川市出身の女子ソフトボール選手(外野手)。元トヨタ自動車レッドテリアーズ所属。元ソフトボール日本代表。2021年開催の東京オリンピック金メダリスト。 静岡県掛川市出身。掛川桔梗女子ソフトボールクラブでソフトボールを始める。 常葉学園菊川高等学校卒業後、トヨタ自動車に入団。 その後は、日本リーグで首位打者と打点王の2冠に輝くなど、勝負強いバッティングが持ち味。日本代表では世界選手権に2回出場し、2019年に行われたジャパンカップ国際大会決勝のアメリカ戦ではセンター方向にツーランホームランを放っている。 2020年、日本リーグMVPを獲得。