早瀬 朔(はやせ さく、2007年8月30日 - )は、兵庫… 早瀬 朔(はやせ さく、2007年8月30日 - )は、兵庫県丹波市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。阪神タイガース所属。 丹波市立東小学校2年から西脇ワイルドキッズで野球を始め、丹波市立氷上中学校時代は神戸中央リトルシニアでプレーした。当時は目立った存在ではなかったものの、神村学園高等学校の小田大介監督が目を付けスカウト。同校では1年秋の大会からベンチ入りし、2年春の大会で甲子園初登板を果たした。2年夏の大会では岡山学芸館との3回戦で1失点完投勝利を挙げるなど主軸として活躍し、チームを4強に導いた。3年夏の大会では背番号1を背負いプレーするも、創成館との初戦に敗れた。高校時代の同級生には今岡拓夢がおり、リトルシニアでもチームメイトだった。
岡植 純平(おかうえ じゅんぺい、2004年7月10日 - … 岡植 純平(おかうえ じゅんぺい、2004年7月10日 - )は、兵庫県姫路市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 姫路市立広畑第二小学校時代に「キッズ広二ソフトボールクラブ」でソフトボールを始め、野球は姫路市立広畑中学校から同校の軟式野球部で始める。 高校は同市内の飾磨工業高校に進学。内野手で入学したが1年生の秋頃から投手に転向する。甲子園の出場はなく、3年生の夏は第104回全国高等学校野球選手権兵庫大会2回戦において、同年甲子園出場を果たした社高校に3対5で敗れたが、その試合で10奪三振を記録し注目を集める。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト5巡目指名され、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日、BOSS E・ZO FUKUOKAで入団発表会見が行われた。
髙野 光海(こうの ひかる、2004年6月17日 - )は、… 髙野 光海(こうの ひかる、2004年6月17日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 宝塚市立丸橋小学校で1年生の時に丸橋小クラブで野球を始める。宝塚市立南ひばりガ丘中学校在学時は硬式野球のクラブチームである伊丹中央ボーイズでプレーしていた。 徳島県立池田高等学校に進学後は筋力アップのためにベンチプレスやスクワットに取り組んだ。3年夏の徳島大会では中軸を務め、阿波との初戦で本塁打を放ったが、続く2回戦で徳島商業に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算19本塁打。 プロ志望届を提出したが、2022年のドラフト会議での指名はなく、日本海リーグの富山GRNサンダーバーズに入団した。
齊藤 汰直(さいとう たいち、2003年12月7日 - )は… 齊藤 汰直(さいとう たいち、2003年12月7日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 宝塚市立小浜小学校1年生のときに野球を始め、小学校在学時はポルテ、宝塚市立宝塚中学校在学時は同校軟式野球部でプレー。宝塚中在学時に阪神選抜に選出。 高校進学時、複数の強豪私学から声がかかったものの「自分に自信が持てない部分もあって」「公立校から甲子園に出場したい」という理由で武庫荘総合高等学校に進学。谷村智啓の指導を受ける。2年秋から背番号1を背負うも3年夏は神戸国際大学附属高校に敗れ4回戦敗退。 高校ではプロ志望届を提出せず、卒業後は亜細亜大学に進学。同級生に山城京平がいる。
阪上 翔也(さかうえ しょうや、2003年11月1日 - )… 阪上 翔也(さかうえ しょうや、2003年11月1日 - )は、兵庫県伊丹市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 神戸国際大学附属高等学校時代は二刀流で活躍した。3年春、3年夏には甲子園に出場。3年夏の北海高校戦では最速148km/hを記録した。高校の2学年先輩に松本凌人がいる。 近畿大学に進学し、1年生の春からベンチ入り。2年生の秋からライトとしてレギュラーを担い、打率.326、1本塁打、12打点の活躍でベストナイン賞に輝く。中学時代に所属した陸上部で200m県2位の実績を持つ。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスに7位指名された。
櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 -… 櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 尼崎市立難波小学校1年の時から軟式の野球を始め、尼崎市立中央中学校では尼崎ボーイズに所属。中学時代までは遊撃手として起用されていた。中学の同級生に元AKB48の福留光帆がいる。 聖カタリナ学園高等学校では3年春の第93回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。東海大菅生との初戦に先発して8回4失点と粘投したが、試合は敗れた。 高校卒業後は東北福祉大学へ進学。エースとして活躍し、3年春、秋のリーグ戦で敢闘賞、4年春のリーグ戦でMVPを受賞した。第74回全日本大学野球選手権大会では2勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手に輝いた。
金丸 夢斗(かねまる ゆめと、2003年2月1日 - )は、… 金丸 夢斗(かねまる ゆめと、2003年2月1日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 小学1年生の時に父の勧めにより野球を始める。市立広陵小学校時代は広陵少年野球、市立広陵中学校時代は同校の軟式野球部に所属した。幼少期の頃から身長はチームで最も小さく、神戸市立神港橘高等学校入学時は150 cm台で、体重も50 kg台の前半だったが、高校3年生時には身長が177 cm、体重は77 kgにまで成長。 父と同じように甲子園の舞台に立つことが幼いころからの目標であったが、2020年の高校3年時、新型コロナウイルスの流行により春の選抜大会と夏の選手権大会は中止を余儀なくされる。
来田 涼斗(きた りょうと、2002年10月16日 - )は… 来田 涼斗(きた りょうと、2002年10月16日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。妻はプロゴルファーの鶴岡果恋。 神戸市立有瀬小学校から神戸市立長坂中学校を経て、明石市立明石商業高等学校へ進学。小学6年時の2014年には、オリックス・バファローズのジュニアチームに所属していた。 明石商業高校では、中学3年時から面識のあった同学年の右投手・中森俊介と共に、入学直後の春季兵庫県大会からベンチ入り。1年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会から、3季連続で甲子園球場の全国大会に出場した。主将を務めた3年時の2020年にも春の第92回選抜高等学校野球大会への出場が決まっていたが、年初からの新型コロナウイルス感染拡大に伴って大会自体が中止。
中森 俊介(なかもり しゅんすけ、2002年5月29日 - … 中森 俊介(なかもり しゅんすけ、2002年5月29日 - )は、兵庫県篠山市(現:丹波篠山市)出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 篠山市立福住小学校(現:丹波篠山市立多紀小学校)2年生の頃に多紀野球少年団で野球を始める。 篠山市立篠山東中学校に進学し、軟式野球部に入部。3年次には県大会4強入りを果たした。また、3年生の7月から三田ボーイズに所属し、そこで初めて硬式球を握ることとなった。 高校は明石市立明石商業高等学校に進学。1学年先輩に水上桂、同学年に来田涼斗がいる。1年春からベンチ入りを果たし、1年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。初戦の八戸学院光星戦に3番手として登板したが、延長10回表に1点を取られ敗退した。
河野 佳(かわの けい、2001年8月23日 - )は、兵庫… 河野 佳(かわの けい、2001年8月23日 - )は、兵庫県加古川市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 加古川市立神野小学校3年の時に、神野スターズでソフトボールを始める。5年の時に広島市立大州小学校に転校するが、中学進学までは同チームでソフトボールのプレーを続けていた。ポジションは捕手だった。 広島市立大州中学校に進学すると、広島南シニアで硬式野球を始める。硬式野球でも捕手を務めていたが、2年の時に肩の強さを見込まれて投手に転向。 中学卒業後は広陵高校に進学。入学当初の河野は、球速が120キロ程度に留まり制球力もなかったことから、中井哲之監督から2度の野手転向を命じられていた。
水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫… 水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 幼稚園から兄の影響で野球を始め、小学校時代は複数のポジションをこなしていた。中学校時代は三田ヤングに所属し、2年までは遊撃手を務めていたが、3年になると捕手に定着する。 高校は明石市立明石商業高等学校に進学して1年春からベンチ入りを果たし、1年の秋には三塁手にコンバートされる。2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では初戦の八戸学院光星戦に「2番・一塁手」として先発出場し、4打数1安打2犠打を記録したがチームは敗退した。2年秋からは捕手に戻って秋季近畿大会で準優勝し、3年春の第91回選抜高等学校野球大会ではベスト4に進出。
藤本 颯太(ふじもと そうた、2000年11月26日 - )… 藤本 颯太(ふじもと そうた、2000年11月26日 - )は、兵庫県出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 芦屋学園高校時代には軟式野球部に所属しており、3年春には県大会で優勝を経験した。 高校卒業後は流通科学大学に進学。前述の実績から、阪神大学野球連盟の2部西に所属していた硬式野球部に入部した。同部はコーチが学生のみで、技術的な指導を受ける機会に恵まれないながらも、2年からはエース級の活躍を見せる。2年秋の秋季リーグでは全試合に登板し、完投勝利を2回記録した。プレーオフでも10回を投げ4失点と試合を作ったが敗北した。その後イップスを発症したことで、4年春に同部を退部し、野球を一度引退した。 退部後の4年次は、「楽しくやろう」と外野手として社会人クラブチームのKC西宮(現:KC兵庫)に入り、野球を再開する。
橋本 星哉(はしもと せいや、2000年9月18日 - )は… 橋本 星哉(はしもと せいや、2000年9月18日 - )は、兵庫県加古川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 7人兄弟の長男として生まれる。加古川市立野口小学校1年生の時に軟式野球を始め、加古川市立中部中学校時代はリトルシニアの兵庫播磨リトルシニアでプレーした。 高校は興國高等学校に進学し、2年生の時に「8番・捕手」で夏の府大会デビューを果たした。打率.375、0本塁打、4打点の活躍で勝ち進んだが、準々決勝で根尾昂、藤原恭大を擁する大阪桐蔭に敗れベスト8に終わった。 進学した中央学院大学では、通算23試合に出場し、打率.278、22安打、4本塁打、18打点の成績を残した。
野村 大樹(のむら だいじゅ、2000年9月10日 - )は… 野村 大樹(のむら だいじゅ、2000年9月10日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 阪神タイガースのファンである実父の影響で、幼少期から阪神甲子園球場で阪神戦を頻繁に観戦。5歳だった2006年に同球場で初めて観た高校野球の試合が、第88回全国高等学校野球選手権大会決勝だった。斎藤佑樹を擁する早稲田実業がこの試合でチームを初優勝に導いたことが、後に同校への進学を決めるきっかけになったという。 小学1年時から末広ルーキーズで軟式野球を始めたが、「文武両道」を掲げる家族の方針どおりに勉強と野球を両立させ、同志社中学校へ進学。在学当初は枚方ボーイズに所属しレギュラーを獲得していたが途中で大阪福島シニアへ移籍すると、4番打者や捕手を任された。
尾田 剛樹(おだ ごうき、2000年8月3日 - )は、兵庫… 尾田 剛樹(おだ ごうき、2000年8月3日 - )は、兵庫県明石市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 明石市立谷八木小学校1年時に明石ウエストクラブでソフトボールを始め、6年時には日本代表選手としてオーストラリア遠征を経験。明石市立魚住東中学校時代は、硬式野球チームの神戸須磨クラブに所属した。また、中学校の2学年上に平内龍太がいた。 高野山高等学校を経て大阪観光大学へ進学し、1年時春と4年時秋にベストナインを獲得した。当時のチームメイトに久保修がいる。2022年9月にプロ志望届を提出し、翌月のドラフト会議でのプロ入りを目指すも指名漏れ。その後11月に開催されたBCリ
橋本 達弥(はしもと たつや、2000年7月18日 - )は… 橋本 達弥(はしもと たつや、2000年7月18日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 神戸市立木津小学校1年時に野球を始め、神戸市立桜が丘中学校では軟式野球部に所属し、投手と内野手を務めていた。子どもの頃からプロ野球選手になることが夢だったが、中学の時点で線が細く体が小さかったこともあり夢を断念し、兵庫県立長田高等学校に進学する。公立高校のため練習時間は限られていたが、2年生から本格的に投手を始めると、常時140 km/h台を投げるようになる。3年夏の兵庫県大会ではベスト8に進出するが、準々決勝で小園海斗擁する報徳学園と対戦し0-1で敗退。
小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵… 小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 妻はモデルの渡辺リサ。 宝塚市立逆瀬台小学校1年時に宝塚リトルで野球を始め、宝塚市立光ガ丘中学校では枚方ボーイズでプレー、3年時に全国優勝を経験。同期には藤原恭大がいた。侍ジャパンU-15に選ばれ、松山坊っちゃんスタジアムで行われたアジアチャレンジマッチ2015に出場した。 報徳学園高校進学後は1年春からベンチ入りし、同夏からレギュラーで2年春のセンバツ出場、4強進出。同年夏は県予選で敗退。その後、2年生時に選出された侍ジャパンU-18では正遊撃手も務めた。3年夏の甲子園では、聖光学院戦で大会タイ記録となる1試合個人3二塁打、8強に進出し、甲子園大会後の世界大会では2年連続で侍ジャパンU-18に選出された。
安田 悠馬(やすだ ゆうま、2000年3月3日 - )は、兵… 安田 悠馬(やすだ ゆうま、2000年3月3日 - )は、兵庫県神戸市須磨区出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。2026年シーズンからの登録名は YG安田(ワイジーやすだ)。 高校野球の指導者である父の影響で、幼少期より野球を始める。 神戸市立妙法寺小学校時代は妙法寺少年野球部に所属し、神戸市立横尾中学校時代は軟式野球部に所属して神戸市の大会で優勝している。 神戸市立須磨翔風高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年春から主に一塁手でプレーした。高校通算5本塁打。高校時代の1学年上に才木浩人がいた。 高校卒業後は愛知大学に進学。入学直後の2018年春季リーグ戦から主に指名打者として出場し、打率.267、5打点で新人賞を受賞。
山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は… 山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 甲子園球場からほど近い兵庫県宝塚市仁川で育ち、大の阪神タイガースファンであり、少年時代はファンクラブ会員として、シーズン中に月2回ほどのペースで甲子園球場へ実父と共に観戦していた。 3歳時(2003年)に阪神が18年ぶりのセントラル・リーグ優勝を果たしたことをきっかけに野球に興味を持ち、宝塚市立仁川小学校1年生のときに仁川ユニオンズで本格的に野球を始めた。宝塚市立宝塚第一中学校では将来プロ野球選手になりたいと考え、ヤングリーグの兵庫タイガースに入団。セカンド・サード・ショート・ピッチャーと複数ポジションを守っていたが、身体の小ささからピッチャーとしての登板機会はあまり与えられず、主にセカンドを務めていた。
東 晃平(あずま こうへい、1999年12月14日 - )は… 東 晃平(あずま こうへい、1999年12月14日 - )は、兵庫県小野市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 幼少期に室内での壁当てで腕の使い方が良いと見た父親から野球を勧められ、幼稚園児の頃から肩甲骨のストレッチを日課にしていた。小野市立小野小学校2年生のときに小野スポーツ少年団で野球を始め、投手と遊撃手を務めた。小野市立小野中学校では硬式野球の神戸美蹴館ロケッツに所属し、1年春には全国大会に出場。2年夏からは中学の軟式野球部に所属した。 神戸弘陵学園高校では1年秋からベンチ入りし、2年春からチームのエースを務めた。3年春の県大会地区予選で腰を痛め、左4番目の椎間板骨折と診断された。
水流 麻夏(つる あさか、1999年8月11日 - )は、兵… 水流 麻夏(つる あさか、1999年8月11日 - )は、兵庫県三田市出身の元女子プロ野球選手(投手)。現在はJABAに加盟する社会人野球企業チーム・ショウワコーポレーション硬式野球部に所属。「社会人野球初の女性選手」とされる。 2018年に育成チームのレイアに入団。 2019年に埼玉アストライアへ移籍し先発の柱として9勝を挙げた。うち5試合が完封での勝利であった。最優秀防御率(1.67)と最優秀新人賞を獲得。 2020年もタイトルを多数獲得する活躍を見せるも、同シーズン限りで女子プロ野球を退団。2021年から始動する女子硬式クラブチームの阪神タイガース Womenに入団することが発表された。なお、これに際して阪神球団の事業本部振興部に所属する球団職員としても入団し、選手としてプレーする傍ら「タイガースアカデミー ベースボールスクール」の専属コーチも務めることとなった。
髙松 渡(たかまつ わたる、1999年7月2日 - )は、兵… 髙松 渡(たかまつ わたる、1999年7月2日 - )は、兵庫県加古川市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 加古川市立尾上小学校1年生の時、自身の父も所属した少年軟式野球チームの浜手ロイヤルズに入団し野球を始めた。ポジションは遊撃手と外野手だった。加古川市立浜の宮中学校時代は軟式野球部に所属した。 滝川第二高校に入学すると、1年生の秋にはベンチ入りを果たす。2年生の第98回全国高等学校野球選手権大会県予選では、4試合中3試合に出場し打率.444を記録した。それまで様々なポジションを経験したが、俊足を活かせる遊撃手に強い愛着を持っていた。しかし2年生の秋季兵庫県大会一回戦において遊撃手で出場して6失策を記録してしまい、監督の指示で外野手へ転向することになった。
大勢(たいせい、本名:翁田 大勢〈おうた たいせい〉、199… 大勢(たいせい、本名:翁田 大勢〈おうた たいせい〉、1999年6月29日 - )は、兵庫県多可郡八千代町(現:多可町)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 多可町立八千代北小学校(現在の多可町立八千代小学校)1年の時に軟式の「八千代少年野球クラブ」で野球を始める。多可町立八千代中学校ではボーイズリーグの氷上ボーイズでプレーした。 兵庫県立西脇工業高等学校では1年春からベンチ入り。2年夏の兵庫県大会4回戦(2016年7月22日)では後に同僚となる平内龍太を擁する神戸国際大学附属高等学校と対戦、「4番・左翼手」で出場して3回裏に平内から逆転適時打を放ったが、チームはその後延長戦で敗れた。
西垣 雅矢(にしがき まさや、1999年6月21日 - )は… 西垣 雅矢(にしがき まさや、1999年6月21日 - )は、兵庫県朝来市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 朝来市立梁瀬小学校3年時に野球を始め、朝来市立梁瀬中学校では軟式野球部に所属。 報徳学園高校進学後、高校2年秋からエースとして活躍。秋の兵庫県大会、近畿大会で全試合に先発し、第89回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の多治見高校戦では7回8奪三振無失点の好投。続く2回戦の前橋育英高校戦では丸山和郁と投げ合い、9回10奪三振完封。準々決勝の三浦銀二、古賀悠斗、仲田慶介ら擁する福岡大大濠高校には7回途中2失点の好投でベスト4進出に貢献した。準決勝の安田尚憲擁する履正社高校戦では先発するも3回途中2失点で降板。
長井 良太(ながい りょうた、1999年1月15日 - )は… 長井 良太(ながい りょうた、1999年1月15日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 長田中学校では軟式野球部で捕手としてプレーし、チームとは別に元プロ野球選手が指導する野球塾にも通い硬式球に触れた。中学3年の秋に野球塾へ視察に訪れた茨城・つくば秀英高監督の森田健文に投手としての適性を見出され、兵庫から茨城へ野球留学した。 つくば秀英高入学後に投手に転向し、1年秋からベンチ入り、2年秋からエース。3年夏の茨城県大会では初戦の古河二高相手に最速146kmをマーク、4回1安打無失点で5奪三振。しかし2回戦では常磐大高相手に13奪三振を記録したものの2-2で延長突入直後に味方の失策で決勝点を奪われ10回4失点で敗退。
妹尾 克哉(せのお かつや、1998年11月18日 - )は… 妹尾 克哉(せのお かつや、1998年11月18日 - )は、兵庫県明石市出身の元プロ野球選手(内野手)、少年野球指導者。 2歳で逆上がりができたという身体能力の持ち主で、3歳の頃から野球に触れ、明石市立大久保小学校1年生でソフトボールを始め、2年生で野球を始める。当時のポジションは捕手。3年生で「明石リトル」に入団し硬式野球を始めた。明石市立大久保中学校では、ヤングリーグの「ニッケレッドシープス」でプレー。小学生の頃にアメリカ人の臨時講師から影響を受けてメジャーリーグを将来の夢とするようになり、中学3年生の頃からプロ野球選手になることを夢ではなく目標としだした。 高校は神戸国際大学附属高等学校に進学。
山﨑 伊織(やまさき いおり、1998年10月10日 - )… 山﨑 伊織(やまさき いおり、1998年10月10日 - )は、兵庫県神戸市生まれ、明石市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 明石市立人丸小学校(人丸ウィングス)、明石市立大蔵中学校(明石ボーイズ)出身。 明石市立明石商業高等学校では1年秋からベンチ入りするも、控え投手。第88回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト8だった。この年の7月25日に行われた夏の兵庫県大会準々決勝では、後にドラフト同期となる平内龍太を擁する神戸国際大付属高と対戦、「1番・左翼手」として出場し5-1で同校を破っている(しかし明石商業は決勝で敗れ、春夏連続での甲子園出場とはならなかった)。なお、高校の2学年先輩に松本航がいた。
村上 頌樹(むらかみ しょうき、1998年6月25日 - )… 村上 頌樹(むらかみ しょうき、1998年6月25日 - )は、兵庫県三原郡南淡町(現:南あわじ市)出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。阪神タイガース所属。 南あわじ市立賀集小学校1年で「賀集少年野球クラブ」に入団して野球を始め、3年時から投手を務める。南あわじ市立南淡中学校時代は「アイランドホークス」に所属。1学年上に村西良太がいる。 智辯学園高校では1年夏からベンチ入りし、1年夏と3年春夏に甲子園に出場。3年春の甲子園ではエースとして全5試合を1人で投げ抜き、47回で防御率0.38を記録。決勝の高松商業高校戦では延長11回までを1失点に抑えた上、その裏に中堅越えのサヨナラ二塁打を打ち、同校初の甲子園優勝に導いた。
石原 貴規(いしはら ともき、1998年2月3日 - )は、… 石原 貴規(いしはら ともき、1998年2月3日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 小学校2年から野球を始め、宝塚市立宝塚第一中学校時代は甲子園リトルシニアに所属。 創志学園高等学校時代は2年秋から正捕手。1学年下の高田萌生とバッテリーを組み、3年夏の県大会は決勝戦に進出するも敗退し、甲子園出場経験はなかった。 天理大学時代はベストナインを3度受賞し、4年春のリーグ戦では打率.408で首位打者を獲得している。大学の1年後輩に、後にプロでもチームメイトとなる森浦大輔がいた。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け、11月15日に契約金4000万円、年俸700万円(推定)で仮契約した。
内藤 航世(ないとう こうせい、1998年1月5日 - )は… 内藤 航世(ないとう こうせい、1998年1月5日 - )は、兵庫県加古川市出身の元プロ野球選手(投手)。 加古川市立平岡東小学校1年時に稲美イーストフレアーズで野球を始め、加古川市立平岡中学校では硬式野球のクラブチーム兵庫播磨リトルシニアでプレー。 1993年第75回全国高等学校野球選手権大会で主将(二塁手)として全国制覇を経験した育英高OBの安田聖寛氏が指揮を執る兵庫の名門育英高等学校に進学。1年秋に控え投手でベンチ入り。3年夏の兵庫大会はベンチ入り登録メンバー外となり、5回戦で明石商業高等学校に敗戦。最高成績は兵庫県大会ベスト4。甲子園出場はなし。2学年先輩に平岡敬人、1学年後輩に矢野雅哉が在籍していた。
呉屋 開斗(ごや かいと、1997年9月30日 - )は、兵… 呉屋 開斗(ごや かいと、1997年9月30日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。プロでは育成選手であった。 高校は青森県の八戸学院光星に進学し、2年秋からベンチ入り。東北大会では背番号20。投手陣の一角として秋季東北大会優勝に貢献。続く明治神宮野球大会での登板はなかった。甲子園メンバー入りとともに背番号18となる。2014年選抜大会初戦の横浜高等学校戦で先発登板し、勝利に貢献。続く龍谷大平安戦は登板がなくチームも敗戦。同年夏の青森大会では背番号11でベンチ入り。春夏連続出場に貢献。夏の甲子園では準々決勝の敦賀気比高等学校戦で先発するも打ち込まれ途中KO。チームも敗戦。
岩田 幸宏(いわた ゆきひろ、1997年7月31日 - )は… 岩田 幸宏(いわた ゆきひろ、1997年7月31日 - )は、兵庫県姫路市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 3人きょうだい(兄と姉)の末っ子として生まれ、4歳年上の兄の影響で野球を始める。姫路市立広畑小学校でソフトボールを始め、姫路市立広畑中学校では硬式野球のクラブチームである龍野ボーイズでプレーした。東洋大学附属姫路高等学校に進学したが同高では甲子園出場経験はなく、卒業後は当時はクラブチームであった社会人のミキハウスに進む。在籍中の企業チームへの転換を経てミキハウスで4年間プレーした後、同僚だった山崎悠生(群馬ダイヤモンドペガサス・信濃グランセローズ)からベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)に入ることを勧められる。
吉田 凌(よしだ りょう、1997年6月20日 - )は、オ… 吉田 凌(よしだ りょう、1997年6月20日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。兵庫県西脇市出身。右投げ右打ち。
村西 良太(むらにし りょうた、1997年6月6日 - )は… 村西 良太(むらにし りょうた、1997年6月6日 - )は、兵庫県淡路市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学校3年生より野球を始めた。当初は足の速さを活かして、中堅手であったが、小学校4年からは遊撃手を務めていた。淡路市立津名中学校時代はクラブチームのアイランドホークスへ所属していたが、主なポジションは外野であった。 高校は兵庫県立津名高等学校へ進学し、1年秋からベンチ入りを果たしていたものの、控え投手として高校野球を終える。最高成績は2年秋の兵庫県大会3位。近畿大会では和歌山県1位の箕島と対戦し、3回よりリリーフ登板し、失点0の好投を見せた。甲子園出場経験はなし。 大学は近畿大学監督の田中秀昌の強いラブコールにより同大学へ進学。
岸 潤一郎(きし じゅんいちろう、1996年12月8日 - … 岸 潤一郎(きし じゅんいちろう、1996年12月8日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 尼崎市立難波小学校4年で「成徳イーグルス」に入団し、野球を始めた。その後、「金楽寺少年野球クラブ」へ移籍。捕手を中心に多くのポジションを務めた。6年時にはオリックス・バファローズジュニアに選出。尼崎市立中央中学校時代は「西淀ボーイズ」に所属。主に投手を務め、3年時には「NOMOジャパン」に選出された。 明徳義塾高等学校に進学後、1年春からベンチ入り。投手兼中軸打者として1年夏の第94回全国選手権、2年夏の第95回全国選手権、3年春の第86回選抜大会、同年夏の第96回全国選手権と4度の甲子園大会出場を果たす。
松本 航(まつもと わたる、1996年11月28日 - )は… 松本 航(まつもと わたる、1996年11月28日 - )は、兵庫県朝来市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年生から野球を始め、当初は内野手だった。朝来市立梁瀬中学校の軟式野球部で投手を務める。明石商業高校に進み、2年生夏以降は主戦投手となった。3年の夏は兵庫県大会準々決勝で辰己涼介を擁する社高校に敗れた。高校の2学年後輩に山﨑伊織がいる。 進学した日本体育大学では、野球部で2年生時に首都大学野球連盟の最高殊勲選手と最優秀投手に選出される。首都大学リーグでは通算30勝を挙げ、3年生時には2017年夏季ユニバーシアードに野球代表選手として出場した。 2018年10月25日に行われたNPBドラフト会議で埼玉西武ライオンズより1位指名を受け、契約金1億円+出来高払い5000万円、年俸1500万円で入団に合意した。
甲斐野 央(かいの ひろし、1996年11月16日 - )は… 甲斐野 央(かいの ひろし、1996年11月16日 - )は、兵庫県多可郡黒田庄町(現:西脇市)出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 少年野球のコーチである実父の影響で西脇市立桜丘小学校3年生のときに黒田庄少年野球団で野球を始め、西脇市立黒田庄中学校では軟式野球部に所属し、投手と内野手を兼任していた。中学3年時には兵庫県選抜で全国大会優勝を経験したが、選抜のチームメイトであった松本航の実力に圧倒され、投手を断念したこともあった。 東洋大学附属姫路高校へ進学すると、1年秋からベンチ入り。投手も務めていたが、本職は三塁手であり、3年夏も背番号5を背負ってマウンドに上がった。
岸田 行倫(きしだ ゆきのり、1996年10月10日 - )… 岸田 行倫(きしだ ゆきのり、1996年10月10日 - )は、兵庫県川西市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 2026年シーズンより第21代キャプテンを務める。 報徳学園高校では1年から内野手としてベンチ入りし、遊撃手の他に投手も務めた。新チームとなった2年秋に捕手が手薄なチーム事情から捕手に転向。2年春、3年春の甲子園に出場し、「4番・捕手」で出場した3年春の1回戦・沖縄尚学戦では1点リードされた5回途中から2番手でマウンドに上がり4回1/3を1安打無失点6奪三振と好救援し、試合は0対1で敗れたが最速145km/hを記録した。 3年夏は甲子園出場を逃したものの高校日本代表に選出され、U-18アジア選手権では捕手に栗原陵矢がいたため主に一塁手として出場し日本代表の3番打者として準優勝に貢献。
肘井 竜蔵(ひじい りゅうぞう、1995年11月13日 - … 肘井 竜蔵(ひじい りゅうぞう、1995年11月13日 - )は、兵庫県加東市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 現在は日本プロ野球選手会事務局の職員。 小学4年時生から野球を始めると、小野市立河合中学校時代に軟式野球部で全日本少年軟式野球大会に出場している。 兵庫県立北条高等学校への進学後は、2年秋から主将を務めた。硬式野球部は部員19人という少ないながら、兵庫県高校野球秋季県大会では、準々決勝で姫路工業高校に6対3で勝利し、初の大会4強入りを果たすという躍進をみせた。更なる上位進出を狙ったが、準決勝で神戸国際大附属高校と対戦するが敗戦、3位決定戦の関西学院高校との対戦では0-1と惜敗。
床田 寛樹(とこだ ひろき、1995年3月1日 - )は、兵… 床田 寛樹(とこだ ひろき、1995年3月1日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学校1年から兵庫県の園田南キッドで野球を始め、尼崎市立園田中学校時代は兵庫スターズ(ボーイズリーグ)に所属した。 高校時代は大阪府箕面市の箕面学園高等学校にて1年秋からベンチ入りし、2年春の大阪大会でベスト16入り、2年夏予選からエースとしてチームを牽引、3年夏の大会は2回戦・大阪園芸高校戦で13奪三振5安打無四球完封勝利したが、3回戦で豊中高校に3-4でサヨナラ負け。 中部学院大学では、入学当初は130km/h程度だった球速が140km/h台になり、2年秋に先発2番手の座を掴み、同年の明治神宮野球大会では後に横浜DeNAに入団する駒澤大学の今永昇太と投げ合う。
山川 和大(やまかわ ともひろ、1995年1月4日 - )は… 山川 和大(やまかわ ともひろ、1995年1月4日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(投手・内野手)、野球指導者。NPB時代は育成選手だった。右投左打。 神戸市立有野北中時代は、学校の軟式野球部に所属し主に「2番・遊撃手」としてプレー。 中学卒業後は県内の私立学校へ進む目標で、その高校に入学後に兄の雄大が出場していた甲子園を目指すつもりであったが、受験に失敗したため、在学中に留学できる点に魅かれた芦屋学園高に進学する。しかし、当時の芦屋学園高には硬式野球部がなく部を立ち上げようとしたこともあったが上手くいかずに、軟式野球部に入部する。入部してすぐに打撃投手を務めたことがきっかけで投手に転向。
近本 光司(ちかもと こうじ、1994年11月9日 - )は… 近本 光司(ちかもと こうじ、1994年11月9日 - )は、兵庫県津名郡東浦町(現:淡路市)出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。阪神タイガース所属。兵庫県淡路市スポーツ親善大使。 セ・リーグにおける新人最多安打数記録の保持者(2019年、159安打、NPB史上歴代2位)。また、NPB史上歴代2位となる通算6度タイの盗塁王を獲得している。 また、出場861試合目で通算1000安打を達成。阪神の生え抜き選手では藤村富美男の864試合を抜いて、最速となった。 2019年のオールスターゲームでは古田敦也以来2人目となるサイクル安打を達成した。 東浦町(現:淡路市)立学習小学校2年時に軟式野球チームの「仮屋クラブ」に入団し野球を始める。
田村 伊知郎(たむら いちろう、1994年9月19日 - )… 田村 伊知郎(たむら いちろう、1994年9月19日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。現在は埼玉西武ライオンズに所属。
水口 拓弥(みずぐち たくや、1994年8月20日 - )は… 水口 拓弥(みずぐち たくや、1994年8月20日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球審判員。審判員袖番号は54。 小学生の頃から野球を始めると強肩強打の捕手として鳴らし、中学時代にはキャプテンとして全日本少年軟式野球兵庫県決勝大会で3位となり、プロ野球選手を志すようになる。しかし、親元を離れて野球の強豪校である広島県の広陵高等学校の硬式野球部に入部すると、周囲のレベルの高さについていけず、2年生の夏には左肩の完全脱臼で手術も経験、選手としては見切りをつけざるを得なくなる。しかし、「野球で飯を食っていきたい」との思いもあり、中井哲之監督の勧めで審判講習会に行ったところ野球の見方が変わり、野球審判員を志すようになった。
宗接 唯人(むねつぐ ゆいと、1994年7月6日 - )は、… 宗接 唯人(むねつぐ ゆいと、1994年7月6日 - )は、兵庫県宍粟市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。
山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は… 山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は、兵庫県淡路市出身の元社会人野球選手。 高校通算107本塁打は清宮幸太郎の高校通算111本塁打に抜かれるまで高校通算本塁打歴代最多記録を保持していた。高校通算107本塁打の記録は佐々木麟太郎、清宮に次いで3位の記録である。 兵庫県淡路市出身。淡路市立学習小学校2年生のときから野球を始める。当初は左投げだったが肩を故障したため、右投げに転向している。淡路市立東浦中学校では軟式野球部に所属し、外野手のレギュラーとして2年夏の大会では県ベスト8に入った。 神港学園神港高等学校に進学し、1年生だった2010年は背番号12を着けながらもセンターを守り、主軸を任されていた。
森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は… 森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。血液型はO型。 小学1年時から軟式野球を始めると、中学生時代は大阪府内の硬式野球チームに所属した。 中学校を卒業後に、富山県の高岡第一高校へ進学。在学中は甲子園球場の全国大会と無縁であったが、対外試合で通算33本塁打を記録した。 2012年のNPBドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから2巡目で指名。契約金5,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は24。 2013年には、イースタン・リーグ公式戦94試合の出場で、1本塁打、14打点をマーク。規定打席に到達したが、打率は.130で、規定打席に到達した23選手で最も低かった。
數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、… 數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、兵庫県多可郡多可町出身の女子ソフトボール選手(外野手)。2019年日本リーグ最高殊勲選手(MVP)。 兄の影響で多可町立八千代北小学校4年生の時に軟式野球を始める。多可町立八千代中学校に進学後はソフトボールに転向。 夙川学院高等学校、甲賀健康医療専門学校を経て、2014年に日本リーグ1部のシオノギ製薬に入団。2シーズン目の2015年は2部リーグで戦うことになったが、打率.472・本塁打5・打点11の好成績を残して2部リーグのMVPを獲得。チームも1シーズンで1部リーグ復帰を果たした。 2017年には8本塁打を放ち、ホンダリヴェルタの森山遥菜と本塁打王のタイトルを分け合った。
坂本 誠志郎(さかもと せいしろう、1993年11月10日 … 坂本 誠志郎(さかもと せいしろう、1993年11月10日 - )は、阪神タイガースに所属する兵庫県養父市出身のプロ野球選手(捕手)。
桜井 俊貴(さくらい としき、1993年10月21日 - )… 桜井 俊貴(さくらい としき、1993年10月21日 - )は、兵庫県神戸市垂水区出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(投手)。右投右打。 神戸市立多聞東小学校4年生から軟式野球を始めた。神戸市立多聞東中学校では軟式野球部に所属し、3年時には神戸市大会準優勝の成績を収めた。中学野球部の1年先輩には福敬登がいる。 高校進学時には地元の強豪私学からも勧誘されたが、「途中まで勉強を頑張っていたし、野球だけに切り替えたら後悔するなと。高校は勉強で入って、勝負しようと思った」ことから、野球では無名に近い公立の兵庫県立北須磨高等学校に進学し、2年時にはエースとして夏の兵庫大会において同校では24年ぶりとなるベスト16入りを果たした。