三浦 大紀(みうら ひろき、1980年1月29日 - )は、… 三浦 大紀(みうら ひろき、1980年1月29日 - )は、日本の政治家。島根県浜田市長(1期)。元浜田市議会議員(2期)。 島根県浜田市出身。島根県立浜田高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。所属研究室の活動を通じて橋本龍太郎元首相と知り合い、2004年7月より秘書を務める。橋本龍太郎の引退後は橋本岳衆議院議員の秘書を経て、2009年12月より特定非営利活動法人日本リザルツ(国際NGO)事務局次長としてフィリピンに駐在し衛星管理や貧困対策などに携わる。その後浜田市にUターンし、2012年4月より特定非営利法人てごねっと石見職員として商店街活性化事業などに携わる。2014年4月、地元の伝統工芸品・食品を用いたギフト商品の開発・販路開拓などを手掛ける株式会社シマネプロモーションを創業。
中村 中(なかむら あたる、1978年〈昭和53年〉12月2… 中村 中(なかむら あたる、1978年〈昭和53年〉12月27日 - )は、日本の政治家。島根県江津市長(1期)。 島根県江津市波子町出身。島根県立浜田高等学校、東北福祉大学卒業。 父が浜田市議であったことから政治を志し、介護施設の職員を経て2003年から18年間、竹下亘衆議院議員の私設秘書・公設秘書を務め、竹下の死後は高見康裕衆議院議員の公設秘書を務めた。 2022年5月29日投開票の江津市長選挙に山下修現市政の継承を訴えて立候補し、自由民主党と公明党の推薦を受けた中村が連合島根の推薦を受ける元県議の山本誉を1,118票差で振り切り、初当選した。
福原 慎太郎(ふくはら しんたろう、1973年〈昭和48年〉… 福原 慎太郎(ふくはら しんたろう、1973年〈昭和48年〉4月27日 - )は、日本の政治家。元島根県益田市長。 島根県益田市出身。島根県立益田高等学校を経て、1997年(平成9年)に早稲田大学教育学部理学科地学専修卒業。同年本田技研工業に入社する。2001年(平成13年)に本田技研工業を退社し、松下政経塾に22期生として入塾した。2004年(平成16年)に卒塾した。同年の益田市長選挙に立候補した。 2008年(平成20年)の選挙では、現職の牛尾郁夫を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:41,633人 最終投票率:73.25%(前回比:-pts) 8月2日に就任した。 再選を目指して立候補したが、山本浩章に敗れて落選した。
三浦 靖(みうら やすし、1973年〈昭和48年〉4月9日 … 三浦 靖(みうら やすし、1973年〈昭和48年〉4月9日 - )は、日本の政治家。 厚生労働大臣政務官、総務大臣政務官、衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)、大田市議会議員(3期)を歴任。 島根県大田市生まれ。島根県立大田高等学校を経て、1997年、神奈川大学法学部を卒業。 大学在学中から2005年3月まで衆議院議員の亀井久興の下で秘書を務める。2006年4月大田市議会議員選挙に立候補し初当選、以後3期にわたって務めた。 2017年の第48回衆議院議員総選挙に比例中国ブロックに自由民主党比例名簿20位(単独)で立候補し、初当選した。同年10月31日、秋葉賢也、佐藤明男、鈴木貴子と額賀派に入会。
上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12… 上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12月6日 - )は、日本の政治家。松江市長(2期)。 島根県松江市生まれ。松江市立揖屋小学校、松江市立東出雲中学校、島根県立松江南高等学校、九州大学法学部卒業。自由民主党所属の衆議院議員である鬼木誠とは大学のゼミの同期。 1995年、日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)入行。建設省大臣官房政策課出向、日本政策投資銀行シンガポール次席駐在員、松江事務所長、DBJ Americans inc.(日本政策投資銀行米国現地法人)CEOを歴任。 2021年4月18日に行われた松江市長選挙に自民、公明、国民民主の3党の推薦を受けて立候補。元市議の出川桃子、元市議の吉儀敬子を破り初当選した。
大屋 光宏(おおや みつひろ、1968年〈昭和43年〉3月 … 大屋 光宏(おおや みつひろ、1968年〈昭和43年〉3月 - )は、日本の政治家。島根県邑智郡邑南町長(1期)。元邑南町議会議員(4期)。 島根県邑智郡邑南町出身。島根県立矢上高等学校を経て、1991年(平成3年)3月に名古屋大学農学部農学科を卒業。 大学卒業後の1991年4月、愛知県職員(地方公務員)として採用される。1998年(平成10年)4月に故郷の邑南町へ戻り、農業に従事(就農)。 2009年(平成21年)4月、邑南町議会議員選挙に立候補し初当選。以後、町議会議員を4期務める。 2024年(令和6年)10月、任期満了に伴う邑南町長選挙に無所属・新人で立候補。同じく新人で住職の沢田知之との一騎打ちの選挙戦を制し、初当選を果たした(大屋:3,461票、沢田:2,979票)。
糸原 保(いとはら たもつ、1967年〈昭和42年〉 - )… 糸原 保(いとはら たもつ、1967年〈昭和42年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県仁多郡奥出雲町長(1期)。 島根県仁多郡奥出雲町八川出身。島根県職員として地方行政に長年携わる。 2022年(令和4年)8月、当時の奥出雲町長が町立病院の運営方針を巡る混乱の責任を取って辞職。これに伴い同年9月に告示された奥出雲町長選挙に立候補した。新人同士の選挙戦が予想されたが、告示日に糸原以外に立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選を果たした。同年9月18日に町長に就任。
石飛 厚志(いしとび あつし、1966年〈昭和41年〉7月1… 石飛 厚志(いしとび あつし、1966年〈昭和41年〉7月12日 - )は、日本の政治家。島根県雲南市長(2期)。 島根県飯石郡掛合町(現・雲南市掛合町)生まれ。掛合町立掛合中学校(現・雲南市立掛合中学校)、島根県立松江南高等学校卒業。早稲田大学法学部に入学。大学時代にアイスホッケーを始め、島根県の国体選手として出場した。1990年(平成2年)3月、大学卒業。同年4月、島根県庁に入庁島根県健康福祉部健康推進課管理監。在職中、自治省に出向。日本初の全県を対象とする医療情報ネットワーク「まめネット」を企画・構築した。 2020年(令和2年)11月8日告示、11月15日執行の雲南市長選挙で元県職員の原仁史が無投票で初当選。
福浜 隆宏(ふくはま たかひろ、1966年2月2日 - )は… 福浜 隆宏(ふくはま たかひろ、1966年2月2日 - )は、日本の政治家。鳥取県議会議員(3期)。元日本海テレビアナウンサー。
飯塚 俊之(いいつか としゆき、1965年〈昭和40年〉10… 飯塚 俊之(いいつか としゆき、1965年〈昭和40年〉10月4日 - )は、日本の政治家。島根県出雲市長(2期)。元出雲市議会議員(3期)。 島根県立平田高等学校、明治大学卒業後日本青年会議所島根ブロック協議会会長、有限会社飯塚豊市商店代表取締役を歴任。 2009年の出雲市議会議員選挙に立候補し、以後三期当選。 2021年、長岡秀人の引退表明を受け出雲市長選挙に立候補。自民党、公明党の推薦を受け当選した。 2025年、無投票で再選。
石橋 通宏(いしばし みちひろ、1965年7月1日 - )は… 石橋 通宏(いしばし みちひろ、1965年7月1日 - )は、日本の労働運動家、政治家。立憲民主党所属の参議院議員(3期)。父は衆議院議員を務めた石橋大吉。情報労連組織内候補。 島根県安来市生まれ。幼少期を東京都武蔵野市で過ごす。1978年に松江市立内中原小学校卒業、1981年に松江市立第一中学校卒業。1984年に島根県立松江北高等学校卒業。1988年に中央大学法学部法律学科卒業後、アメリカ合衆国のアラバマ大学大学院に留学して1991年に修了して政治学修士号取得。現在は東京都在住。 1992年に帰国し全国電気通信労働組合中央本部入職(国際部職員)。 1994年に国際自由労働組合総連盟・アジア太平洋地域事務所(ICFTU-APRO、在シンガポール)へ出向。
下森 博之(したもり ひろゆき、1965年〈昭和40年〉 -… 下森 博之(したもり ひろゆき、1965年〈昭和40年〉 - )は、日本の政治家、実業家。島根県鹿足郡津和野町長(5期)。島根県町村会長。 島根県鹿足郡津和野町(旧日原町左鐙)出身。町立左鐙小学校、町立日原中学校、島根県立津和野高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月に同志社大学経済学部を卒業。 大学卒業後の1988年4月、野村證券株式会社に入社。1991年(平成3年)に同社を退社した後は、故郷へ戻り合名会社下森酒造場に入社した。家業に携わる傍ら、日原町商工会青年部部長や、日本青年会議所(JC)中国地区島根ブロック協議会会長、津和野町商工会、津和野町観光協会、津和野高校同窓会の理事などを歴任した。
塚原 隆昭(つかはら たかあき、1963年頃 - )は、日本… 塚原 隆昭(つかはら たかあき、1963年頃 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県飯石郡飯南町長(2期)。 島根県飯石郡飯南町(旧頓原町)出身。1983年(昭和58年)3月、松江工業高等専門学校土木工学科(現・環境・建設工学科)を卒業。同年4月に広島市役所に入職し、道路建設課や道路計画課で土木技師として2年間勤務した。 1985年(昭和60年)4月、故郷の頓原町役場へ転職。職員時代は約10年間にわたり「志津見ダム建設事業」の治水事業に携わったほか、赤来町との合併協議会業務などにも従事した。2005年1月の合併による「飯南町」発足後は、企画財政課長や地域振興課長などを歴任。2017年(平成29年)4月から飯南町の副町長を務め、2020年11月に退任した。
青木 一彦(あおき かずひこ、1961年〈昭和36年〉3月2… 青木 一彦(あおき かずひこ、1961年〈昭和36年〉3月25日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)、参議院議院運営委員長。内閣官房長官・自民党参議院議員会長を務めた青木幹雄の長男。 内閣官房副長官(政務担当)(第1次石破内閣・第2次石破内閣)を務めた。 島根県簸川郡大社町(現・出雲市)出身。少年時代、実家近くの出雲大社でよく遊んだ。島根県立大社高等学校を経て1985年3月、早稲田大学教育学部を卒業。 山陰中央テレビジョン放送社員を経て、1999年から内閣官房長官秘書官となる。2000年(平成12年)から父幹雄の公設秘書を務めた。あまり帰郷しない父に代わって頻繁に地元島根に入って支援者を回っていた。
岩本 一巳(いわもと かずみ、1960年頃 - )は、日本の… 岩本 一巳(いわもと かずみ、1960年頃 - )は、日本の政治家、農業従事者。島根県鹿足郡吉賀町長(3期)。 島根県鹿足郡吉賀町出身。 2017年(平成29年)10月、任期満了に伴う吉賀町長選挙に無所属・新人で立候補。告示日に岩本以外に立候補の届け出がなかったため、無投票で初当選を果たした。 2021年(令和3年)10月の町長選挙においても、再び無投票で再選(2期目)。さらに、2025年(令和7年)10月の町長選挙でも無投票で3選を果たし、現職を務めている。なお、吉賀町長選挙における3連続での無投票当選は町政史上初となる。 「住民目線のまちづくり」をテーマに掲げ、「育ててよし!元気よし!住んでよし!」の「三つのよし!の吉賀町」を目指した町政運営を行っている。
樽床 伸二(たるとこ しんじ、1959年〈昭和34年〉8月6… 樽床 伸二(たるとこ しんじ、1959年〈昭和34年〉8月6日 - )は、日本の政治家。
大江 和彦(おおえ かずひこ、1959年〈昭和34年〉 - … 大江 和彦(おおえ かずひこ、1959年〈昭和34年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県隠岐郡海士町長(3期)。 島根県隠岐郡海士町生まれ、同町育ち。島根県立隠岐島前高等学校を卒業後、大阪の専門学校で建築を学ぶ。本土の工務店に勤務し、民間企業での経験を積んだ後に島へ帰郷。 1985年(昭和60年)、海士町役場に入庁。地産地商課長や産業創出課長などを歴任した。産業創出課長時代には、前町長・山内道雄の強力なリーダーシップのもとで島の新産業創出を主導。CAS(セル・アライブ・システム)急速冷凍技術を導入した「いわがき春香」の養殖・販路開拓、加工なまこの海外輸出支援、「隠岐牛」のブランド化などを次々と成功させ、全国的な注目を集めた。
坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月… 坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県隠岐郡西ノ島町長(1期)。 島根県隠岐郡西ノ島町出身。大阪大学を卒業。 1981年(昭和56年)4月、島根県庁に入庁。県職員としては環境生活総務課長や、島根県議会事務局次長などを歴任し、2019年(平成31年)に退職した。県庁退職後は公益財団法人島根県消防協会の常務理事を務めた後、2022年(令和4年)4月より衆議院議員の秘書に転身した。 2023年(令和5年)1月、前町長(昇秀樹)の任期満了に伴う西ノ島町長選挙に無所属・新人で立候補。告示日に坂栄以外に立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選を果たした。
平木 伴佳(ひらき ともよし、1957年または1958年 -… 平木 伴佳(ひらき ともよし、1957年または1958年 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県隠岐郡知夫村長(3期)。島根県内唯一の村長。 島根県隠岐郡知夫村(知夫里島)生まれ。地元の小中学校を卒業後、島を出て本土の高校・大学へ進学した。大学卒業後は大阪府で営業職として5年間勤務。その後、知夫村へ帰郷し、地元の建設会社で土木作業員として3年間勤務した。 その後、知夫村役場に入職。役場職員としては教育委員会に12年間在籍し、社会教育や文化財保護全般を担当したほか、財政担当や産業課など様々な部署を歴任した。 2016年(平成28年)10月、任期満了に伴う知夫村長選挙に無所属・新人で立候補。現職の福山孝行を破り初当選を果たした。
島田 三郎(しまだ さぶろう、1956年〈昭和31年〉7月6… 島田 三郎(しまだ さぶろう、1956年〈昭和31年〉7月6日 - 2019年〈令和元年〉5月8日)は、日本の政治家。 総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第3次安倍第2次改造内閣)、参議院議員(1期)、島根県議会議員(5期)などを歴任。 父はかつて島根県議会議員を務めていた島田芳雄であり、次兄(異母兄)はかつて島根県安来市長を務めていた島田二郎である。 1956年7月6日、島根県安来市にて島根県議会議員であった島田芳雄の三男として生まれる。島根県立松江北高等学校を経て、青山学院大学経済学部卒業。長兄(異母兄)は後に医師となって関東へ移住して関東の病院に勤務し、次兄(異母兄)の島田二郎は後に歯科医師となって安来市長となる。
島田 二郎(しまだ じろう、1953年〈昭和28年〉8月30… 島田 二郎(しまだ じろう、1953年〈昭和28年〉8月30日 - )は、日本の政治家、歯科医師。元島根県安来市長(3期)。 1953年(昭和28年)8月30日、島根県能義郡安来町(現:安来市)にて島根県議会議員であった島田芳雄の次男として生まれる。実兄は後に医師となって関東へ移住し、関東の病院に勤務する。 幼い頃に実母を病で亡くし、その後父の島田芳雄が義母と再婚し、それから1956年7月6日にはその間に異母弟で後に参議院議員となる島田三郎が誕生する。 1972年(昭和47年)、島根県立松江北高等学校を卒業。1982年(昭和57年)、神奈川歯科大学大学院を修了し、歯学博士の学位を取得後、埼玉医科大学で口腔外科講師として勤務した。
三沢 淳(みさわ じゅん、1952年〈昭和27年〉10月1日… 三沢 淳(みさわ じゅん、1952年〈昭和27年〉10月1日 - 2022年〈令和4年〉3月3日)は、島根県浜田市出身のプロ野球選手(投手)・解説者、政治家、元衆議院議員(1期)。 浜田市立第一中学校で野球を始める。主に三塁手を務め、投手もこなしたが、中学当時は上手投げだった。野球部の1年後輩に梨田昌孝がいる。島根県立江津工業高等学校へ進学後、下手投げ投手に転向。同校では1年秋に高橋寛とのバッテリーで県大会決勝へ進み、大田高の福間納と投げ合うも1失点で惜敗。2年夏は西中国大会へ進むが有田修三が4番を打つ宇部商に敗れた。2年秋も県大会決勝で前年に続いて大田高に敗れたが中国地区大会では準決勝へ進出、広陵高の佐伯和司と延長11回を投げ合って敗れた。
斉藤 鉄夫(さいとう てつお、1952年2月5日 - )は、… 斉藤 鉄夫(さいとう てつお、1952年2月5日 - )は、日本の政治家。公明党所属の衆議院議員(8期)、公明党幹事長代行。
久保田 章市(くぼたしょういち、1951年〈昭和26年〉4月… 久保田 章市(くぼたしょういち、1951年〈昭和26年〉4月11日 - )は、日本の政治家。元島根県浜田市長(3期)。元法政大学大学院教授。 島根県浜田市生まれ。島根県立浜田高等学校を卒業。 東京大学卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。支店長、厚生省や三和総合研究所への出向などを経て2005年に退社。2006年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングの執行役員に就任。執行役員時代には法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科客員教授を務め、2008年には教授に就任した。 学外では島根県立大学総合政策学部の非常勤講師や浜田市政策アドバイザー、学校法人江の川学園石見智翠館高等学校常務理事を務めていた。
長岡 秀人(ながおか ひでと、1951年(昭和26年)2月5… 長岡 秀人(ながおか ひでと、1951年(昭和26年)2月5日 - )は、日本の政治家。元島根県出雲市長(3期)、元平田市長(1期)。 島根県出雲市出身。岡山大学法文学部法律学科卒業。1975年(昭和50年)4月、法務省法務教官となる。1977年(昭和52年)9月、平田市役所に入庁。1999年(平成11年)7月、平田市助役に就任。 2003年(平成15年)、平田市長の太田満保が島根県知事選挙に立候補するため辞職。これに伴って行われた平田市長選挙に立候補し無投票で初当選した(4月20日確定)。 2005年(平成17年)3月22日、平田市は旧出雲市・佐田町・多伎町・湖陵町・大社町と合併し廃止となる。
竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12… 竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12月17日 - )は、日本の政治家。元島根県大田市長(3期、新市制)、元島根県議会議員(2期)、元大田市議会議員(2期、旧市制)。 島根県大田市出身。東京教育大学体育学部(現・筑波大学)卒業後、広島市で会社勤務。1975年(昭和50年)に帰郷。 1988年(昭和63年)、島根大田青年会議所第17代理事長。 1990年(平成2年)、旧大田市議会議員に初当選。1995年(平成7年)、島根県議会議員に初当選。1999年(平成11年)に再選するも、2003年(平成15年)、落選。県議時代は自由民主党に所属した。 2005年(平成17年)10月1日、旧大田市は温泉津町と仁摩町と合併し、新大田市が発足。
田中 武夫(たなか たけお、1949年〈昭和24年〉1月27… 田中 武夫(たなか たけお、1949年〈昭和24年〉1月27日 - )は、日本の政治家。島根県安来市長(2期)。元安来市議会議員(4期)。 島根県安来市清井町に生まれる。安来市立宇賀荘小学校、安来市立第二中学校を経て1967年3月、島根県立安来高等学校卒業。 会社員、自営業を経て2005年(平成17年)、安来市議会議員に立候補し、初当選。2015年(平成27年)、議長に就任した。2017年(平成29年)に4選を果たした。 2020年(令和2年)10月18日に行われた安来市長選挙に立候補。現職の近藤宏樹、前市議の作野幸憲らを破り初当選した。10月24日、市長就任。 2024年(令和6年)10月13日、無投票で再選。
金子 哲夫(かねこ てつお、旧姓:松浦(まつうら)、1948… 金子 哲夫(かねこ てつお、旧姓:松浦(まつうら)、1948年(昭和23年)7月18日 - )は、日本の政治家、労働運動家、市民活動家。全国電気通信労働組合役員、原水爆禁止広島県協議会代表委員、衆議院議員(1期)、社会民主党広島県連代表を務めた。退任後は原水禁共同議長に就任している。 2001年12月7日に、当時の社民党副党首である渕上貞雄参議院議員や朝鮮総連副議長らとともに警視庁を訪問し、「朝鮮総聯中央本部に対する強制捜査は不当な政治弾圧」という決議文を伝達した。警察庁の幹部は、朝鮮総連幹部に国会議員が同行したことに「経済事件でバッジ(国会議員)が来るとは何事だ」と激怒し、警察庁は抗議文を内容証明付きで送り返した。
松浦 正敬(まつうら まさたか、1948年(昭和23年)3月… 松浦 正敬(まつうら まさたか、1948年(昭和23年)3月18日 - )は、日本の政治家。元松江市長(4期、旧市時代を入れると6期目)。
石橋 良三(いしばし りょうぞう、1948年(昭和23年)1… 石橋 良三(いしばし りょうぞう、1948年(昭和23年)1月2日 - 2019年(平成31年)1月22日)は、日本の政治家。 自由民主党所属の元広島県議会議員(7期)。広島県議会副議長(第103代)、文教委員長、建設委員長などを歴任。 息子は衆議院議員の石橋林太郎。 島根県浜田市出身。 日本歯科大学卒業後、広島市安佐南区で石橋歯科医院開業。 平成3年、広島県議会議員に初当選(広島市安佐南区選出)。 文教委員長、建設委員長などを歴任。当選7回。 自民党県議であったが亀井静香に近く、2005年の郵政解散の際には自民党が郵政民営化反対派に刺客を立てたことに抗議し第44回衆議院議員総選挙で広島3区から国政に出馬したが落選した。
竹下 亘(たけした わたる、1946年11月3日 - )は、… 竹下 亘(たけした わたる、1946年11月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(6期)、自由民主党島根県支部連合会会長。現在は自民党国対委員長。
速水 雄一(はやみ ゆういち、1946年(昭和21年)9月1… 速水 雄一(はやみ ゆういち、1946年(昭和21年)9月10日 - )は、日本の政治家。元島根県雲南市長(4期)、元加茂町長(4期)。 島根県雲南市出身。島根県立松江南高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、慶應義塾大学商学部卒業。同年4月、山陰合同銀行に入行。1990年(平成2年)12月、同銀行を退職。 1991年(平成3年)4月、加茂町長に就任。以後、町長を4期務める。 2002年(平成14年)4月、6町村合併協議会会長に就任。 2004年(平成16年)11月1日、加茂町は木次町・大東町・飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村と合併して廃止。雲南市が誕生する。これに伴って行われた雲南市長選挙に自由民主党と公明党の推薦を得て立候補し無投票で初当選した。
溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1… 溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1月20日 - 2024年(令和6年)8月20日)は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。島根県知事(3期)。血液型はB型。 島根県益田市生まれ。島根県立益田高等学校、東京大学経済学部卒業。1968年4月、大蔵省に入省し、理財局総務課に配属された。鳥取税務署長などを務めた後、1977年より在ドイツ連邦共和国(西ドイツ)日本大使館に勤務(当初は二等書記官、のち一等書記官)。斎藤次郎は大使館時代の上司。1980年7月に大蔵省へ戻り、主計局主計官補佐(地方財政、補助金係主査)となる。溝口の主計官補佐(主査)への就任は斎藤の口添えがあったものだとされている。
錦織 淳(にしこおり あつし、1945年7月30日 - )は… 錦織 淳(にしこおり あつし、1945年7月30日 - )は、日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(1期)。島根県出雲市(旧平田市)出身。 島根県立出雲高等学校卒業後、宇宙物理学者になろうと東京大学理科一類へ入学するも自信喪失に陥り、翌年 同文科一類を受け直す。3年の専門課程では法学部へ進学し、在学中に旧司法試験と国家公務員上級試験に合格。 1970年、東大法学部を卒業。司法修習24期、26歳で弁護士となり、日本弁護士連合会常務理事などを歴任。その間に水俣病などの公害訴訟などを手がけた。 1993年、第40回衆議院議員総選挙に無所属で故郷の島根県全県区から出馬、途中で新党さきがけの公認を得て初当選した。
大森 猛(おおもり たけし、1944年9月18日 -)は、日… 大森 猛(おおもり たけし、1944年9月18日 -)は、日本の元政治家。元衆議院議員(通算2期)。元神奈川県議会議員(通算1期)。現在、日本共産党南関東ブロック事務所長。
景山 俊太郎(かげやま しゅんたろう、1944年5月8日 -… 景山 俊太郎(かげやま しゅんたろう、1944年5月8日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、島根県議会議員(6期)を務めた。現在は株式会社田部の取締役を務める。 参議院議員選挙での落選時には、それまで島根県の衆参の選挙区選出議員のすべてを自民党で占めていた一角が崩れたこともあり、竹下王国・青木王国の崩壊と言われた。 民主党政権下で行われた2010年参院選において、青木が5月に脳梗塞のため引退を表明した際、自民党島根県連では景山を候補に推す意見があったが、最終的に青木の長男である青木一彦を自民党候補とすることを決定した。
細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5… 細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5日 - )は、日本の政治家、元通産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党総務会長(第54代)、清和政策研究会会長。島根県松江市出身。
宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 … 宇津 徹男(うづ てつお、1943年(昭和18年)8月1日 - 2018年(平成30年)12月13日)は、日本の政治家。島根県浜田市長(新制)(2期)。浜田市長(旧制)(3期)。島根県議会議員(7期)。旭日中綬章受章。位階は従四位。 島根県浜田市出身。慶應義塾大学法学部卒業。1968年(昭和43年)2月、竹下登衆議院議員の秘書になる。 1971年(昭和46年)4月、島根県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後7期連続当選。その間、1991年(平成3年)5月から1993年(平成5年)6月まで県議会の議長をつとめる。 1996年(平成8年)4月、浜田市長選挙に出馬し、初当選。以後3期連続当選。 2005年(平成17年)10月1日、浜田市が那賀郡三隅町・旭町・金城町・弥栄村の3町1村と合併し、新制の浜田市が誕生する。
西尾 理弘(にしお まさひろ、1941年〈昭和16年〉10月… 西尾 理弘(にしお まさひろ、1941年〈昭和16年〉10月19日 - 2024年〈令和6年〉11月15日)は、日本の官僚、政治家。位階は従四位。 元出雲市長。島根県出雲市出身。 島根県立出雲高等学校卒業。東京外国語大学外国語学部英米科卒業。ウィスコンシン大学教育行政学修士課程修了。文部省入省。 1995年(平成7年)3月2日付で文部省を高等教育局主任視学官の役職で辞職した。その後、同年の出雲市長選挙に無所属で立候補して、自民党、社会党の推薦で初当選を果たした。2003年(平成15年)に3選を果たした。合併に伴う(新)出雲市発足に伴い、2005年(平成17年)3月21日に市長を退任した。翌月の(新)出雲市の市長選挙に立候補して、無投票で当選した。
萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20… 萩野 浩基(はぎの こうき、1940年〈昭和15年〉7月20日 - 2015年〈平成27年〉10月18日)は、日本の政治家、哲学者、僧侶。衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、科学技術政務次官(羽田内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、島根県済善寺住職、東北福祉大学学長などを務めた。島根県鹿足郡津和野町出身。 島根県鹿足郡津和野町(旧津和野町域)にある曹洞宗の寺院・永明寺に生まれる。世田谷高等学校、駒澤大学卒業を経て、1970年(昭和45年)早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了。玉川大学、共立女子大学、駒澤大学、早稲田大学社会科学部などの講師を経て、1977年(昭和52年)東北福祉大学助教授となり、1979年(昭和54年)東北福祉大学教授。
亀井 久興(かめい ひさおき、1939年〈昭和14年〉11月… 亀井 久興(かめい ひさおき、1939年〈昭和14年〉11月8日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、衆議院議員(通算5期)、国土庁長官(第30代)、国民新党幹事長(初代)、総務省顧問などを歴任した。島根県日華親善協会会長。 自由民主党時代には、閣内人事では国土庁長官、党内人事では自由民主党の国会対策委員会副委員長、総務会副会長、政務調査会の副会長、会長代理を歴任し、自民党の党三役に近い立場にいた。 2005年7月5日の郵政国会では衆議院本会議で郵政民営化法案に反対票を投じ、同年8月、綿貫民輔らと国民新党の結党に参加した。結党時より国民新党幹事長を務める。 2007年7月の第21回参議院議員通常選挙の島根県選挙区には長女の亀井亜紀子が国民新党公認・民主党推薦で出馬し、初当選。
山内 道雄(やまうち みちお、1938年6月7日 - 202… 山内 道雄(やまうち みちお、1938年6月7日 - 2024年1月3日)は、日本の政治家。島根県海士郡海士村(現・隠岐郡海士町)出身。 島根県立益田高等学校卒。1995年(平成7年)から2002年(平成14年)まで2期7年にわたって海士町議会議員を務め、2002年(平成14年)から2018年(平成30年)まで4期16年にわたって海士町長を務めた。電電公社からNTTに変革したときの経験を活かし、大胆な行政改革と産業創出策を行った結果、海士町は「地方創生のトップランナー」と謳われるほどの町となった。第三セクター「株式会社ふるさと海士」社長でもある。 両親は鳥取県出身で隠岐諸島・島前の海士郡海士村に移り住んだ人物である。
細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11… 細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11日 - )は、日本の政治家、元島根県議会議員(14期)。 島根県松江市出身。1963年、慶應義塾大学法学部卒。衆議院議員細田吉蔵の秘書、自由民主党島根県支部連合会青年部長、会社役員などを経て、1967年、島根県議会議員選挙に初当選し、以来6期務める。1981年に副議長、1987年に議長に就任する。 1989年の参議院選挙に自民党公認で島根県から立候補したが、現職の成相善十も無所属で立候補したため、保守は分裂となり、この年の参院選はリクルート事件や消費税導入など、自民党にはかつてない逆風が吹き荒れ、落選した。 1991年に県議に復帰。2019年まで8期連続当選する。
澄田 信義(すみた のぶよし、1935年(昭和10年)2月2… 澄田 信義(すみた のぶよし、1935年(昭和10年)2月20日 - 2009年(平成21年)6月13日)は、日本の政治家。元島根県知事(5期)。島根県出雲市出身。 1953年(昭和28年)島根県立出雲高等学校卒業。1957年(昭和32年)に東京大学法学部を卒業して日本国有鉄道に入社した。1980年(昭和55年)に和歌山県警察本部長、1982年(昭和57年)に日本国有鉄道監察局長、1986年(昭和61年)同常務理事などを歴任した。 1987年(昭和62年)4月の島根県知事選挙に自由民主党公認で出馬し当選。4月30日に就任した。2007年(平成19年)4月29日まで島根県知事として最長の5期20年務めた。
青木 幹雄(あおき みきお、1934年〈昭和9年〉6月8日 … 青木 幹雄(あおき みきお、1934年〈昭和9年〉6月8日 - 2023年〈令和5年〉6月11日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 竹下登衆議院議員秘書、島根県議会議員(5期)、参議院議員(4期)、内閣官房長官(第64・65代)、沖縄開発庁長官(第38・39代)、自由民主党参議院幹事長、自由民主党参議院議員会長を歴任した。 長男に青木一彦参議院議員がいる。 1934年6月8日、島根県簸川郡大社町の漁師の家に誕生する。実家は網元で、大社漁協の組合長だった。漁師の息子だった青木は稲佐の浜で朝から暗くなるまで勉強もしないで真っ黒になって遊んだ。島根県立大社高等学校を経て早稲田大学に入学。
石橋 大吉(いしばし だいきち、本名:石橋 操(いしばし み… 石橋 大吉(いしばし だいきち、本名:石橋 操(いしばし みさお)、1932年(昭和7年)1月7日 ‐ 2022年〈令和4年〉8月26日) は、日本の元政治家。位階勲等は従四位勲二等。元衆議院議員(通算4期)。 島根県松江市出身。安来第二中学校卒業。 卒業後、公務員として奉職するかたわら労働運動に加入。島根県労働組合評議会議長、自治労島根県本部委員長等を歴任。 1980年の第12回参議院議員通常選挙及び1983年の第13回参議院議員通常選挙に、日本社会党公認で島根県選挙区から立候補するが、いずれも落選。1986年に行われた第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧島根県全県区から立候補し、初当選を果たす。
青木 伊平(あおき いへい、1930年12月9日 - 198… 青木 伊平(あおき いへい、1930年12月9日 - 1989年4月26日)は、日本の議員秘書。竹下登の秘書として知られている。 島根県簸川郡大社町(現・出雲市)出身。島根県立大社高等学校、明治大学工学部卒業。大学卒業後、ベアリングメーカーに就職したが1953年に島根選出の高橋円三郎衆議院議員の秘書となって政界に職を得る。1956年に高橋が死亡したためやはり島根選出の小瀧彬の秘書となる。1958年に小瀧が死去すると、ほぼ同時期に高橋の地盤を継いで衆議院議員となった竹下登の秘書となる。以降、竹下が首相の座に上り詰めるまで、30年間にわたり秘書を勤める。 初当選当時の竹下は、県議時代から議員報酬の大半を政治活動に充てるなど、家計が自転車操業状態にあった。
宮岡 寿雄(みやおか としお、1930年(昭和5年)1月1日… 宮岡 寿雄(みやおか としお、1930年(昭和5年)1月1日 - 2000年(平成12年)5月6日)は、昭和から平成期の地方公務員、政治家。松江市長(2期)。位階は従六位。勲三等瑞宝章。 島根県隠岐郡知夫村出身。旧制島根県立松江中学校(現島根県立松江北高等学校)を1946年に卒業。旧制福知山専門学校(新制山陰短期大学の母体)卒業。 1950年から神戸市役所に勤める。神戸市役所に勤務しながら、1953年神戸経済大学二部経営学科(現神戸大学経営学部)を卒業する。市民相談部長、水道局総務部長、経済局長を歴任し、1979年神戸ポートアイランド博覧会事務局長に就任。1981年の開催を成功させた。同年、神戸市助役に就任。
吉原米治 (よしはら よねじ、1928年2月8日 ‐) は、… 吉原米治 (よしはら よねじ、1928年2月8日 ‐) は、日本の元政治家。元日本社会党衆議院議員(通算5期)。国会議員白書には「よねはる」とある。
石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月… 石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月23日 - 2019年(令和元年)11月19日)は、昭和から平成初期の地方公務員、政治家。松江市長。 島根県松江市出身。中央大学法学部卒。1945年、松江市役所に入る。総務部長を経て、助役に就任する。1986年松江市総合文化センター館長になる。1989年の松江市長選挙に立候補して当選する。1993年の市長選挙で再選を目指したが、宮岡寿雄に敗れた。2011年、旭日双光章受章。 2019年11月19日、内臓疾患のため自宅で死去。94歳没。死没日をもって正六位に叙される。