阿部 圭史(あべ けいし、1986年5月26日 - )は、日… 阿部 圭史(あべ けいし、1986年5月26日 - )は、日本の政治家、医師、元厚生労働官僚。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。 宮城県仙台市に生まれ、小中高校時代を岡山県で過ごす。岡山白陵中学校・高等学校卒業後、北海道大学医学部に進学し、2011年に卒業。 国立国際医療研究センターで初期研修医(脳神経外科専攻)を経たのち、2013年に厚生労働省に入省。 2016年から2年間、ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障分野)に留学。 2019年から2年間、世界保健機関職員を務め、新型コロナウイルス感染症対策などに従事する。その後帰国し、コンサルティング会社の役員を務める。 2023年8月3日、次期衆院選兵庫2区に日本維新の会から落下傘候補として立候補すると表明。
光井 聡(みつい さとし、1985年10月11日 - )は、… 光井 聡(みつい さとし、1985年10月11日 - )は、日本の政治家。岡山県津山市長(1期)。 津山市立東小学校、津山市立北陵中学校、岡山県立津山高等学校、島根大学医学部医学科卒業。 2010年4月、岡山大学病院 勤務。 2013年1月、国立病院機構福山医療センター 勤務。 2016年4月、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 疫学・衛生学分野MPH 入学、2018年3月 修了、修士(公衆衛生学)。 2017年7月、厚生労働省 入省(中国四国厚生局 医事課長)。 2020年4月、岡山県に出向(新型コロナウイルス対策本部対策室)。 2022年4月、岡山県庁 入庁。美作保健所所長。 2023年、真庭保健所 併任。
平沼 正二郎(ひらぬま しょうじろう、1979年(昭和54年… 平沼 正二郎(ひらぬま しょうじろう、1979年(昭和54年)11月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)。平沼赳夫の次男。自由民主党青年局長。 復興大臣政務官兼内閣府大臣政務官、自由民主党青年局長代理を歴任。 岡山県岡山市出身。岡山県立岡山一宮高等学校、学習院大学経済学部卒業。ソニーマーケティング勤務を経て、2006年に同僚らと企業のホームページ作成などを手がけるIT企業を設立。また、学生の頃から父・平沼赳夫の選挙を手伝う。 2017年10月には父の後継として第48回衆議院議員総選挙に無所属で立候補したが、自民党副幹事長を務めた阿部俊子に約3,500票差で敗れた(平沼と阿部の双方が保守系無所属として立候補し、自民党は当選した阿部を追加公認)。
山村 明嗣(やまむら てるつぐ、1976年5月26日 - )… 山村 明嗣(やまむら てるつぐ、1976年5月26日 - )は、日本の政治家。
赤木 正幸(あかぎ まさゆき、1975年2月22日 - )は… 赤木 正幸(あかぎ まさゆき、1975年2月22日 - )は、日本の政治家、実業家。日本維新の会所属の元衆議院議員(1期)。元国土交通委員会理事。 岡山県倉敷市出身。岡山県立岡山大安寺高等学校卒業。 2001年、早稲田大学法学部卒業。 2005年、早稲田大学大学院政治学研究科修了。ニューヨーク大学、コロンビア大学の客員研究プログラム修了。 地方自治研究所、人事院事務総局専門調査員、MIDリートマネジメント(不動産ファンド)、森ビル・インベストメントマネジメント(不動産ファンド)などで勤務したのち、2012年の第46回衆議院議員総選挙に岡山1区からみんなの党公認で立候補するが、落選。 太陽光発電事業にも参入し、太陽光パネルメーカーCFO、三菱商事合弁の太陽光ファンド運用会社エムソーラーアセットマネジメント株式会社(MSAM)代表取締役を歴任。
大椿 裕子(おおつばき ゆうこ、1973年〈昭和48年〉8月… 大椿 裕子(おおつばき ゆうこ、1973年〈昭和48年〉8月14日 - )は、日本の政治家、労働運動家。 参議院議員(1期)、社会民主党副党首、大阪教育合同労働組合執行委員長を歴任。既婚者であり、配偶者はバルセロナ出身のカタルーニャ人。 岡山県高梁市生まれ。岡山県立高梁高等学校、四国学院大学社会学部社会福祉学科卒業後、四国で非正規雇用を掛け持ちしながら暮らす。この間、社会福祉士と保育士の資格を取得。 2002年にフィリピン・ネグロス島で遊学。姉が住んでいた神戸市に移り、2004年からNPO法人被災地障害者センターで務める。 2006年、関西学院大学に上限4年の有期雇用で障害学生支援コーディネーターとして就職する。
柚木 道義(ゆのき みちよし、1972年5月28日 - )は… 柚木 道義(ゆのき みちよし、1972年5月28日 - )は、日本の政治家。立憲民主党岡山県連代表。 衆議院議員(7期)、財務大臣政務官(野田第3次改造内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、民主党・民進党国会対策副委員長、同岡山県連代表を歴任した。 岡山県倉敷市生まれ。倉敷市立上成小学校、金光学園中学校・高等学校、岡山大学文学部哲学科心理学・社会心理学コース卒業。学士(文学)の学位を取得。大学では美学を専攻した。大学卒業後、1年浪人して有隣堂に入社。2002年、参議院議員・江田五月の秘書試験に合格すると同時に[要出典]、民主党の候補者公募に合格。 2003年の第43回衆議院議員総選挙に岡山4区から民主党公認で立候補したが、自由民主党の橋本龍太郎元内閣総理大臣に敗れ、落選した。
津村 啓介(つむら けいすけ、1971年10月27日 - )… 津村 啓介(つむら けいすけ、1971年10月27日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(5期)。元内閣府大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅内閣)。
山﨑 晴恵(やまさき はるえ、1970年〈昭和45年〉1月2… 山﨑 晴恵(やまさき はるえ、1970年〈昭和45年〉1月29日 - )は、日本の政治家、弁護士。元兵庫県宝塚市長(1期)。 岡山県岡山市出身。父親は報道記者。中学校と高校はテニス部に所属。河合隼雄の著書に感銘を受け、河合の教え子が教鞭をとる神戸女学院大学総合文化学科を受験し入学。大学卒業後、東京海上日動火災保険に勤務。認定心理士と産業カウンセラーの資格を取得。産業カウンセラーとして独立開業。京都大学大学院法学研究科修了。参議院議員秘書を務めた。神戸大学大学院法学研究科修了。弁護士資格を取得。 2015年(平成27年)1月から明石市の任期付弁護士職員として、家庭内暴力の相談などに応じた。宝塚市武庫川町に宝塚ソフィア法律事務所を開設。
武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11… 武久 顕也(たけひさ あきなり、1968年(昭和43年)11月26日 - )は、日本の政治家。元岡山県瀬戸内市長(4期)、元邑久町議会議員(1期)。 岡山県瀬戸内市出身。1987年、岡山県立岡山操山高等学校卒業。1992年、筑波大学第二学群農林学類卒業。 1996年(平成8年)4月から2000年(平成12年)2月まで邑久町議会議員を1期務めた。2001年(平成13年)9月、バーミンガム大学公共政策大学院に留学。2003年(平成15年)12月、同大学院修士課程修了。 2003年(平成15年)10月から2009年(平成21年)6月まで監査法人トーマツの大阪事務所パブリックセクターのシニアマネジャーを務めた。
青野 高陽(あおの たかはる、1968年〈昭和43年〉10月… 青野 高陽(あおの たかはる、1968年〈昭和43年〉10月29日 - )は、日本の政治家。岡山県久米郡美咲町長(2期)。元岡山県議会議員(3期)。 岡山県久米郡美咲町出身。1991年(平成3年)、東洋大学経済学部を卒業。大学卒業後は山陽新聞社に入社し、尾道・三原支局長や政治部記者などを歴任した。 2007年(平成19年)、岡山県議会議員選挙(久米郡選挙区)に立候補し初当選。以後、約11年半にわたり3期連続で県議会議員を務めた。 2018年(平成30年)11月、前町長の辞職に伴う美咲町長選挙に無所属で立候補。ほかに立候補の届け出がなく、無投票で第3代美咲町長に初当選した。同年12月10日に町長に就任。
栗尾 典子(くりお のりこ、1967年(昭和42年)11月1… 栗尾 典子(くりお のりこ、1967年(昭和42年)11月10日 - )は、日本の政治家。岡山県笠岡市長(1期)。元笠岡市議会議員(1期)。 1967年(昭和42年)11月10日生まれ。岡山県笠岡市出身。 岡山県立笠岡高等学校、ノートルダム清心女子大学家政学部家政学科(現・人間生活学部人間生活学科)卒業。 岡山放送(OHK)社員、私立高等学校家庭科非常勤講師などを経て、2020年(令和2年)笠岡市議会議長だった父親の栗尾順三の後を継いで初当選。会派、創政みらい。 2024年(令和6年)4月7日、笠岡市長選挙が告示され、立候補の届出を出した。公職選挙法第90条の規定により、同日付で市議会議員の職は自動失職となった。
片山 大介(かたやま だいすけ、1966年10月6日 - )… 片山 大介(かたやま だいすけ、1966年10月6日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。日本維新の会所属の参議院議員(2期)。兵庫維新の会代表、日本維新の会国会議員団政務調査会長代行・参議院政策審議会長を務めた。 父は総務大臣や自由民主党参議院幹事長、日本維新の会共同代表等を歴任した片山虎之助。 岡山県笠岡市生まれ。東京都世田谷区立船橋小学校、同船橋中学校、東京都立青山高等学校、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。 大学卒業後、日本放送協会(NHK)に入局。水戸放送局、福島放送局勤務を経て、報道局社会部に配属され、警察や皇室の担当記者を務める。その傍ら、早稲田大学大学院公共経営研究科に入学し、地方自治を専攻した。
石田 芳生(いしだ よしお、1966年〈昭和41年〉7月22… 石田 芳生(いしだ よしお、1966年〈昭和41年〉7月22日 - )は、日本の政治家。高梁市市議会議員(3期)、岡山県高梁市長(1期)。 岡山県出身。岡山県立高梁高等学校を経て、広島大学法学部卒業。卒業後は土地家屋調査士事務所に勤務し、2012年の高梁市議会議員選挙で初当選。3期目の2022年10月から2024年8月まで議長を務めた。 2024年8月に高梁市長選挙への立候補を表明、選挙戦では、市の財政を見直して給食費を無償化することや市街地に公園を整備することなどを有権者に訴えた。9月30日の投開票で現職で5期目を目指していた近藤隆則を破って初当選した。当選後のインタビューでは、厳しい財政状況であるからこそ、市民目線での財政の見直し、説明責任をしっかりと果たしていく必要があると述べた。
瀬島 栄史(せじま まさふみ、1966年(昭和41年)2月4… 瀬島 栄史(せじま まさふみ、1966年(昭和41年)2月4日 - )は、日本の政治家。岡山県鏡野町長(1期。) 岡山県苫田郡鏡野町土居出身。岡山県立津山高等学校、法政大学法学部卒業。 1989年(平成元年)4月より、旧鏡野町役場に入庁をした後、2013年(平成25年)4月よりまちづくり課課長補佐に就任した。その後は、総務課課長補佐や、総務課統括参事を経験し、2020年(令和2年)4月には総合政策室室長に就任した。 2025年(令和7年)1月15日にて、鏡野町役場を退職し、同月16日に任期満了及び引退に伴う、鏡野町長選に5期を務めた山崎親男町長の後継として立候補する意向を示した。 2025年(令和7年)3月30日執行。
山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8… 山下 貴司(やました たかし、1965年〈昭和40年〉9月8日 - )は、日本の政治家、検察官、法務官僚、弁護士(岡山弁護士会所属、登録番号43922)。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。衆議院内閣委員長、自由民主党岡山県連会長。 法務大臣(第100代)、法務大臣政務官、内閣府大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣、第4次安倍内閣)、自由民主党副幹事長を歴任した。 山下一盛・孝代夫妻の長男として香川県高松市に生まれる。父・一盛は中央大学法学部卒業の弁護士で1981年3月、京都地方検察庁検事を退官し、岡山で「山下一盛法律事務所」を開業した。両親は中央大学OBの勉強会仲間であり、結婚を機に母・孝代は試験の勉強をあきらめ、主婦として一盛を支えた。
前田 正之(まえだ まさゆき、1964年〈昭和39年〉10月… 前田 正之(まえだ まさゆき、1964年〈昭和39年〉10月21日 - )は、日本の政治家。岡山県赤磐市長(1期)。 岡山県赤磐郡山陽町(現・赤磐市)下市生まれ。山陽町立山陽西小学校、山陽町立高陽中学校を経て岡山県立岡山東商業高等学校卒業後、山陽町役場入庁。2017年9月、放送大学教養学部卒業。2020年9月、岡山大学大学院社会文化科学研究科博士前期課程修了。赤磐市では2016年4月より総務部長を務め、2019年4月に副市長に就任。2024年6月、任期途中で辞職。 2024年9月24日、翌年3月に予定される赤磐市長選挙への立候補を表明。2025年3月23日に市長選の投開票が行われ、現職の友實武則を破り初当選した。
谷口 圭三(たにぐち けいぞう、1963年(昭和38年)9月… 谷口 圭三(たにぐち けいぞう、1963年(昭和38年)9月25日 - )は、日本の政治家。第28代・29代岡山県津山市長(2期)。 岡山県津山市下高倉西に生まれる。津山市立津山東中学校、岡山県立津山高等学校、中央大学商学部卒業。1988年(昭和63年)から加藤武徳参議院議員、加藤紀文参議院議員らの秘書を務めた。 1995年(平成7年)、津山市議会議員選挙に初当選。市議を3期務めた。2007年(平成19年)、岡山県議会議員選挙に初当選。2010年(平成22年)、岡山大学大学院社会文化科学研究科博士前期課程修了。2011年(平成23年)、県議に再選。県議時代は自由民主党に所属した。 2014年(平成26年)2月9日に行われた津山市長選挙に出馬するも、現職の宮地昭範に敗れた(宮地:26,818票、谷口:20,607票)。
黒田 晋(くろだ すすむ、1963年(昭和38年)8月23日… 黒田 晋(くろだ すすむ、1963年(昭和38年)8月23日 - )は、日本の政治家。元岡山県玉野市長(4期)、元玉野市議会議員(3期)。 岡山県玉野市出身。玉野市立大崎小学校、玉野市立八浜中学校卒業。 1987年(昭和62年)3月、専修大学法学部卒業。同年4月から1994年(平成6年)9月まで東京都にて衆議院議員の秘書を務める。 1995年(平成7年)、玉野市議会議員選挙で初当選。以後、市議を3期務める。 2005年(平成17年)10月16日に行われた玉野市長選挙に出馬。自由民主党所属の元県議の福田通雅、現職市長の山根敬則らを破り初当選した(黒田:15,999票、福田:10,761票、山根:10,578票)。
赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は… 赤木 功(あかぎ いさお、1963年〈昭和38年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県浅口郡里庄町長(1期)。 岡山県浅口郡里庄町出身。 大学を卒業後の1986年(昭和61年)頃、里庄町役場に入職。役場内では総務課長などの要職を歴任し、長年にわたり町政の実務に携わった。2023年(令和5年)4月からは里庄町の副町長に就任し、当時の町政(加藤吉章町長)を支えた。町長選挙への出馬を見据え、2025年(令和7年)9月に副町長を辞職。 2026年(令和8年)1月13日、任期満了に伴う里庄町長選挙が告示され、無所属・新人で立候補。赤木のほかに立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選が決まった(里庄町長選における無投票当選は2018年以降3回連続)。
水道橋博士(すいどうばしはかせ、1962年〈昭和37年〉8月… 水道橋博士(すいどうばしはかせ、1962年〈昭和37年〉8月18日 - )は、日本のお笑いタレント、YouTuber、漫才師、著作家、政治家。 お笑いコンビ浅草キッドのツッコミ担当を務め、その他、参議院議員(1期)を務めた。株式会社TAP所属。岡山県倉敷市出身。本名は小野 正芳(おの まさよし)。 岡山県の紙問屋の次男として生まれる。母方の祖父は中国銀行の副頭取になった銀行家であり、勇退後は岡山国際ホテルなどで要職を歴任。金銭面に困らず、成績の良い優等生だった。岡山大学教育学部附属中学校に進学。しかし周りは優等生ばかりで、勉強する意欲が起きなくなり落ちこぼれる。中学の同級生に甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、オウム真理教の中川智正がいる。
小林 嘉文(こばやし よしふみ、1960年〈昭和35年〉8月… 小林 嘉文(こばやし よしふみ、1960年〈昭和35年〉8月29日 - )は、日本の政治家。元岡山県笠岡市長(2期)。 岡山県立笠岡高等学校、明治大学商学部卒業。上海の復旦大学国際経済学部修了。ハーバード大学経営大学院TGMP修了。 伊藤忠商事入社。その後、海苔の製造販売を営む小林産業株式会社の代表取締役を務めた。 2016年(平成28年)4月17日に行われた笠岡市長選挙に出馬。現職の三島紀元を破り初当選した。選挙の結果は以下のとおり。 ※当日有権者数:42,422人 最終投票率:66.52%(前回比:2.17pts) 2020年(令和2年)、元市議の大本益之ら2候補を破り再選。 2024年(令和6年)4月14日 、前市議の栗尾典子に敗れ落選。
古山 泰生(こやま やすお、1959年9月12日 - )は、… 古山 泰生(こやま やすお、1959年9月12日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元岡山県議会議員(7期)。 古山泰生は、生涯を地方政治に尽くすという信念のもとに、郷土の発展・躍進のため政治活動に取り組んでいる。「創りあげたい郷土がある」がそのキャッチフレーズで、具体的な政策は次の通りである。
片岡 聡一(かたおか そういち、1959年(昭和34年)8月… 片岡 聡一(かたおか そういち、1959年(昭和34年)8月2日 - )は、日本の政治家。岡山県総社市長(5期)、倉敷芸術科学大学客員教授。 岡山県総社市出身。総社市立秦小学校、総社市立総社中学校、岡山県立総社高等学校卒業。1984年(昭和59年)3月、青山学院大学法学部卒業。同年4月、橋本龍太郎事務所に入所。 1996年(平成8年)1月、橋本が内閣総理大臣に就任。これに伴い片岡は内閣総理大臣公設第一秘書となる。2000年(平成12年)、行政改革・沖縄北方対策担当大臣秘書官となる。 2005年(平成17年)3月22日、旧総社市が都窪郡山手村・清音村を合併(新設合併)し、新たな総社市となる。これに伴い4月17日に行われた総社市長選挙に無所属で立候補したが、旧総社市長の竹内洋二に70票差で敗れ落選。
大舌 勲(おおした いさお、1959年(昭和34年)5月2日… 大舌 勲(おおした いさお、1959年(昭和34年)5月2日 - )は、日本の政治家。岡山県井原市長(2期)。 井原市立野上小学校、井原市立井原中学校卒業。1978年(昭和53年)3月、岡山県立井原高等学校卒業。同年4月、井原市役所に入庁。総務部次長、教育委員会教育次長などを歴任。 2018年(平成30年)3月、退職。同年4月20日、任期満了に伴う井原市長選挙に出馬する意向を表明。9月2日に行われた市長選挙で4選を目指した現職の瀧本豊文を破り、初当選を果たした。9月16日、市長就任。※当日有権者数:34,732人 最終投票率:58.08%(前回比:-9.93pts)
春名 直章(はるな なおあき、1959年4月16日 -)は、… 春名 直章(はるな なおあき、1959年4月16日 -)は、日本の政治家。元衆議院議員(通算2期)。日本共産党中央委員、高知県委員長。 岡山県生まれ。岡山県立林野高等学校、高知大学教育学部卒業。在学中に日本共産党に入党。民青同盟中央副委員長等を歴任。1996年に行われた第41回衆議院議員総選挙に高知県第3区から出馬。自由民主党から出馬した山本有二に大差で敗れるも比例復活により初当選。以後、2期連続当選。 議員在任中は農林水産委員会・総務委員会・憲法審査会等に所属。国会質問の常連として知られ7年間で246回の国会質問を行う。 2000年の第42回衆議院議員総選挙では、比例四国ブロックから単独出馬し再選される。
難波 奨二(なんば しょうじ、1959年4月1日 - )は、… 難波 奨二(なんば しょうじ、1959年4月1日 - )は、日本の労働運動家、政治家。立憲民主党所属の元参議院議員(2期)。元参議院内閣委員長、元立憲民主党参議院国会対策委員長。 岡山県小田郡美星町(現:井原市)生まれ。岡山県立成羽高等学校(現:岡山県立高梁城南高等学校)卒業後、郵政省に入省し、玉島郵便局外務職員。その後、社会党系の組合活動に従事し、岡山地区本部執行委員・同書記長、中央本部委員・同書記長等を歴任する。2007年、郵政民営化に伴い発足した日本郵政グループ労働組合の初代書記長に選出される。2009年6月より日本郵政グループ労働組合特別中央副執行委員長。 2010年、第22回参議院議員通常選挙に民主党公認で比例区から出馬し、党内7位の144,782票を獲得して初当選した。
近藤 隆則(こんどう たかのり、1959年(昭和34年)2月… 近藤 隆則(こんどう たかのり、1959年(昭和34年)2月1日 - )は、日本の政治家。元岡山県高梁市長(4期)。 岡山県高梁市出身。岡山県立高梁高等学校を経て、1981年(昭和56年)3月、岡山大学工学部卒業。同年4月、高梁市役所に採用される。1996年(平成8年)4月、総務部総務課財政係長に就任。2008年(平成20年)4月、産業経済部商工観光課長に就任。同年9月、退職。 同年9月28日に行われた高梁市長選挙に出馬し初当選。10月24日に市長就任。現在4期目。 2014年(平成26年)9月28日、スピード違反で検挙される。当時高梁市は秋の交通安全県民運動のさなかであった(9月21日-30日開催)。
山岡 敦(やまおか あつし、1959年〈昭和34年〉 - )… 山岡 敦(やまおか あつし、1959年〈昭和34年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県小田郡矢掛町長(1期)。 岡山県小田郡矢掛町出身。岡山県立矢掛高等学校を経て、近畿大学法学部を卒業。 大学卒業後の1983年(昭和58年)4月、矢掛町役場に入職。役場内では企画財政課長や参事などを歴任し、長年にわたり町政の発展に携わった。2020年(令和2年)4月からは矢掛町の副町長に就任し、当時の町長を支えた。 2022年(令和4年)5月、平野の任期満了に伴う引退に伴い、副町長を辞職して矢掛町長選挙に無所属・新人で立候補。同じく新人との一騎打ちの選挙戦を制し、初当選を果たした(山岡:4,524票、新人:2,752票)。
友實 武則(ともざね たけのり、1958年〈昭和33年〉3月… 友實 武則(ともざね たけのり、1958年〈昭和33年〉3月6日 - )は、日本の政治家。元岡山県赤磐市長(3期)。「友實」は「友実」と表記する場合もある。 岡山県赤磐郡山陽町(現・赤磐市)上市出身。山陽町立高陽中学校、岡山県立瀬戸高等学校卒業。1980年(昭和55年)に岡山大学工学部土木工学科を卒業、4月1日に岡山市役所に採用される。2004年(平成16年)3月に岡山大学大学院自然科学研究科を修了。2006年(平成18年)4月1日から岡山市の秘書広報室秘書担当課長、2009年(平成21年)4月1日から都市整備局次長、2011年(平成23年)4月1日から下水道局審議監、2012年(平成24年)4月1日から消防局危機管理監を歴任。
大塚 展生(おおつか のぶお、1958年1月1日 - )は、… 大塚 展生(おおつか のぶお、1958年1月1日 - )は、朝日放送テレビ(ABC)の元アナウンサー、政治家。 岡山県玉野市出身、1989年より兵庫県芦屋市在住。青山学院大学文学部フランス文学科を卒業。1981年に朝日放送へアナウンサーとして入社した。ジャンルはラジオパーソナリティー、報道記者、リポーター。その後、『サンデープロジェクト』やドキュメンタリー番組のディレクターを務め、ラジオのニュースデスクや経営部門へも勤務を経験した。 2019年の兵庫県芦屋市議選で初当選。 2023年2月24日、芦屋市民への説明責任を果たさない現市政を批判し、4月に行われる芦屋市長選挙に立候補することを正式に表明したが、支持を広げられず落選した。
奥 正親(おく まさちか、1958年〈昭和33年〉 - )は… 奥 正親(おく まさちか、1958年〈昭和33年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県勝田郡奈義町長(2期)。 岡山県勝田郡奈義町出身。広島商船高等専門学校を卒業。 1986年(昭和61年)に奈義町役場に入職。役場内では産業振興課長や総務課長などの要職を歴任し、長年にわたり町政の運営に深く携わった。2018年(平成30年)に退職。 2019年(平成31年)2月、任期満了に伴う奈義町長選挙に無所属・新人で立候補。当時の現職であった笠木義孝との一騎打ちの選挙戦を展開し、笠木を破って初当選を果たした(奥:2,036票、笠木:1,733票)。同年2月15日に町長に就任。 2023年(令和5年)2月の町長選挙では、返り咲きを狙う元町長の笠木義孝と再び激突。
太田 啓補(おおた けいすけ、1958年〈昭和33年〉 - … 太田 啓補(おおた けいすけ、1958年〈昭和33年〉 - )は、日本の政治家、岡山県和気郡和気町長(2期)。元和気町議会議員。 岡山県和気郡和気町出身。 地元の学校を卒業後、旧国鉄(現・JR西日本)に入社し、長年にわたり鉄道業務に携わった。退職後の2019年(令和元年)に和気町議会議員選挙に立候補し初当選。町議を約3年間務めた。 2022年(令和4年)4月、任期満了に伴う和気町長選挙に無所属・新人で立候補。再選を目指した現職の2人の候補を相手に激しい選挙戦を展開し、現職を189票の僅差で破って初当選を果たした。同年4月16日に町長に就任。 2026年(令和8年)4月の町長選挙では、現職として2期目を目指し出馬。
片山 篤(かたやま あつし、1957年〈昭和32年〉 - )… 片山 篤(かたやま あつし、1957年〈昭和32年〉 - )は、日本の政治家。岡山県久米郡久米南町長(3期)。元久米南町議会議員(3期)。 岡山県久米郡久米南町出身。町内の神目中学校を卒業後、本土の高校を経て法政大学へ進学したが、のちに中退した。 2006年(平成18年)、久米南町議会議員選挙に立候補し初当選。以後、3期連続で町議会議員を務めた。 3期目の途中であった2016年(平成28年)7月、任期満了に伴う久米南町長選挙に無所属・新人で立候補。選挙戦を制し、初当選を果たした。 2020年(令和2年)の町長選挙においては、ほかに立候補の届け出がなく、無投票で再選(2期目)を決めた。 2024年(令和6年)7月の町長選挙では、8年ぶりの選挙戦となる中、新人との一騎打ちを展開。
萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月2… 萩原 誠司(はぎわら せいじ、1956年(昭和31年)4月28日 - )は、日本の政治家、通産官僚。岡山県美作市長(5期)。岡山県岡山市長(2期)、衆議院議員(1期)を務めた。岡山県英田郡西粟倉村長を務めた萩原賢二は父。 岡山県英田郡西粟倉村生まれ。岡山県立岡山大安寺高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業。プリンストン大学大学院(ウッドローウイルソンスクール)修了。1980年、通商産業省に入省。 1999年、通産省を退官。岡山市長選挙に自民・社民2党の推薦を受けて出馬し、初当選する。2003年の市長選でも再選されたが、任期途中の2005年8月、自由民主党の要請を受け、岡山市長を辞職し岡山県第2区から第44回衆議院議員総選挙に出馬。
石田 實(いしだ みのる、1956年2月14日- )は、日本… 石田 實(いしだ みのる、1956年2月14日- )は、日本の政治家、岡山県新見市長(1期)。岡山県出身。 1956年(昭和31年)、岡山県新見市生まれ。岡山県立新見高等学校卒。石油販売会社社長を経て2013年(平成25年)新見市議会議員選挙に初当選。2022年(令和3年)には、市議会議長を務めた。同年12月、新見市長選挙出馬の準備のため任期の途中で辞職。2024年(令和6年)11月17日投開票の結果、現市長の戎斉を破り初当選。12月2日に戎が同月7日までの任期を残して辞職したことから、3日に市長に就任した。 ※当日有権者数:22,733人 最終投票率:68.89%(前回比:-3.25pts) 選挙戦では、人口減少対策が争点となるなか、公共交通機関見直しを掲げ利用者の少ないものは廃止し、地域のイベントと連携させてJR芸備線の利用促進や新見公立大学と連携し、市民の健康と福祉の充実を目指すことなどを訴えた。
加藤 勝信(かとう かつのぶ、1955年〈昭和30年〉11月… 加藤 勝信(かとう かつのぶ、1955年〈昭和30年〉11月22日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党政治制度改革本部長。旧姓は室崎(むろさき)。 財務大臣(第23・24代)兼内閣府特命担当大臣(金融)兼デフレ脱却担当大臣(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、厚生労働大臣(第19・20・22・26代)、内閣官房長官(第84代)、沖縄基地負担軽減担当大臣(菅義偉内閣)、拉致問題担当大臣(菅義偉内閣)、働き方改革担当大臣(第4次安倍第2次改造内閣)、内閣府特命担当大臣(拉致問題)(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、一億総活躍担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、女性活躍担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、再チャレンジ担当大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第3次安倍第2次改造内閣)、内閣官房副長官(第2次安倍内閣・第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、内閣人事局長(初代)、内閣府大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、自由民主党総務会長(第56代)、自由民主党総裁特別補佐、第5代日本武術太極拳連盟会長などを歴任。
山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 -… 山本 雅則(やまもと まさのり、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県加賀郡吉備中央町長(4期)。 岡山県御津郡加茂川町(現・吉備中央町)出身。岡山県立高梁高等学校を経て、愛知学院大学商学部を卒業。 大学卒業後の1979年(昭和54年)4月、加茂川町役場に入職。2004年の合併による吉備中央町発足後は、協働推進課長や参事、企画課長などを歴任した。2011年(平成23年)6月に吉備中央町の副町長に就任。 2012年(平成24年)9月、当時の町長(重森計一)の死去に伴う吉備中央町長選挙に無所属で立候補。新人同士の三つ巴の選挙戦を制し、初当選を果たした(山本:4,188票、他候補:2,886票、1,879票)。
水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 -… 水嶋 淳治(みずしま じゅんじ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の政治家、元地方公務員。岡山県勝田郡勝央町長(3期)。 岡山県勝田郡勝央町出身。近畿大学商経学部を卒業。 大学卒業後の1978年(昭和53年)4月、勝央町役場に入職。役場内では総務部参事や総務課長などの要職を歴任し、2012年(平成24年)からは勝央町の副町長に就任した。 2015年(平成27年)8月、当時の町長の引退に伴い、副町長を辞職して勝央町長選挙に無所属・新人で立候補。元町議ら新人2人を破り、初当選を果たした。同年9月に町長に就任。2019年(令和元年)の町長選挙では、ほかに立候補の届け出がなく、無投票で再選(2期目)を決めた。
栗山 康彦(くりやま やすひこ、1954年(昭和29年)12… 栗山 康彦(くりやま やすひこ、1954年(昭和29年)12月25日 - )は、日本の政治家、実業家。岡山県浅口市長(5期)。元岡山県議会議員(1期)。岡山県市長会長。公益財団法人 岡山県市町村振興協会。 栗山精麦に入社。父で元自由民主党の岡山県議会議員、栗山好幸の引退により2003年の県議選に自民党公認として浅口郡選挙区(定数2)より出馬、初当選。任期半ばの2006年に浅口市が発足し、また県議会の定数見直しで浅口市・浅口郡選挙区の定数が1減のため同じ自民党の古山泰生に譲る形で引退し、浅口市長選挙に立候補したものの民主党推薦の旧鴨方町長田主智彦に敗れた。 落選後、岡山政経塾に2年間入塾し卒塾後の2010年4月、浅口市長選に再挑戦し姫井茂(菅直人の義兄)を破り、初当選した。
青木 秀樹(あおき ひでき、1954年〈昭和29年〉12月1… 青木 秀樹(あおき ひでき、1954年〈昭和29年〉12月14日 - )は、日本の政治家。岡山県英田郡西粟倉村長(4期)。元西粟倉村議会議員(5期)。 岡山県英田郡西粟倉村出身。龍谷大学を卒業後、大阪市内の民間企業に勤務した。1981年(昭和56年)に帰郷し、家業の食品会社に従事する。 1995年(平成7年)、西粟倉村議会議員選挙に立候補し初当選。以後5期連続で村議を務め、議長などの要職も歴任した。 2011年(平成23年)8月、前村長の後継として西粟倉村長選挙に無所属で立候補し、初当選を果たした。同年9月に村長に就任。2015年(平成27年)の村長選挙では無投票で再選(2期目)される。 2019年(令和元年)8月の村長選挙では、新人との一騎打ちを制し3選(青木:614票、新人:413票)。
大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 大森 雅夫(おおもり まさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、元建設・国土交通官僚。岡山県岡山市長(4期)。 岡山県岡山市北区東古松生まれ。岡山市立鹿田小学校、岡山市立桑田中学校、岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1977年、大学を卒業し建設省に入省。本省での勤務の他、国土庁や内閣府、熊本県への出向も経験した。2012年9月より国土交通省国土政策局長。2013年6月11日に退官。 同年10月、岡山市長選挙に自由民主党・民主党・公明党・日本維新の会岡山県総支部・連合岡山の推薦を受け、無所属で出馬。元官僚で知名度不足を危ぶむ声もあったが、選挙戦では強固な組織力をバックにつけ、元衆議院議員の高井崇志や元衆議院議員・岡山市議会議員の熊代昭彦ら4候補を破り、初当選した。
井上 稔朗(いのうえ としお、1952年〈昭和27年〉2月2… 井上 稔朗(いのうえ としお、1952年〈昭和27年〉2月23日 - )は、日本の政治家、元岡山県赤磐市長 岡山県赤磐市出身。神戸大学経営学部卒。赤磐郡吉井町で建設会社を営む。2005年、吉井町は合併により、赤磐市が発足。合併後の赤磐市議会議員選挙に立候補し、当選。赤磐市議を1期務め、2009年の市長選挙に立候補し、現職の荒嶋龍一を破って当選した。赤磐市長を1期務め、2013年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元岡山市職員の友實武則に敗れた。その後、2015年の岡山県議会議員選挙に無所属で立候補しが、落選した。落選後は美作東備森林組合代表理事組合長を務め、2021年の赤磐市長選挙に再び立候補したが、現職の友實武則に敗れた。
太田 昇(おおた のぼる、1951年(昭和26年)8月25日… 太田 昇(おおた のぼる、1951年(昭和26年)8月25日 - )は、日本の政治家。岡山県真庭市長(4期)。元京都府副知事。 岡山県真庭郡久世町(現:真庭市)出身。1970年(昭和45年)3月、岡山県立津山高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、京都大学法学部卒業。同年4月、京都府庁に入庁。財政課長、知事室長、総務部長を経て、2010年(平成22年)5月、山内修一とともに京都府副知事に就任。 2013年(平成25年)2月、副知事を辞職。同年4月に行われた真庭市長選挙に出馬し無投票で初当選。4月24日、市長に就任。 2017年(平成29年)1月11日、東京での出張中に総務省から宿泊先への移動の途中、地下鉄の駅で階段を踏み外して左腕を骨折する3カ月の重傷を負い入院し手術を受けた(職務代理者は置かない)。
半田 善三(はんだ ぜんぞう、1950年(昭和25年)7月2… 半田 善三(はんだ ぜんぞう、1950年(昭和25年)7月27日 - )は、日本の政治家。岡山県津山市出身。元衆議院議員(1期)。財団法人亜細亜友之会理事長。
竹内 洋二(たけうち ようじ、1950年〈昭和25年〉3月7… 竹内 洋二(たけうち ようじ、1950年〈昭和25年〉3月7日 - )は、日本の政治家。元岡山県総社市長(3期)。旭日小綬章受章。 岡山県吉備郡山田村(現・総社市)に生まれる。総社市立山田小学校(現・総社市立総社西小学校)、総社市立総社中学校、岡山県立倉敷商業高等学校を経て、カリフォルニア州・コースト大学卒業。総社市議会議員を経て、1994年総社市長選挙に立候補するが、落選。1998年総社市長選挙に立候補し、当選する。2002年に再選。2005年に総社市は近隣の山手村と清音村と合併し、新たな総社市が発足、合併後の市長選挙に立候補し、元行政改革・沖縄北方担当大臣秘書官の片岡聡一を破り、当選。2007年に市の入札業者選定関与問題が起こり、市議会で百条委員会が設置され、市民団体による竹内に対する市長解職請求運動(リコール)が行なわれる。
大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は… 大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は、日本の弁護士、政治家。公明党所属の元参議院議員(1期)。 岡山県備前市出身。1972年に津田塾大学英文科を卒業後、アニメーション会社での勤務などを経て、司法試験に合格。検事を経て弁護士に転じる。 1995年、第17回参議院議員通常選挙に新進党から比例区で立候補して当選。新進党解党後は公明に加わり、1998年11月には新公明党結成に参加した。2001年に政界を引退した。 引退後は岡山市で弁護士として活動する。
安東 美孝(あんどう よしたか、1949年〈昭和24年〉3月… 安東 美孝(あんどう よしたか、1949年〈昭和24年〉3月1日 - )は、日本の政治家。元岡山県美作市長(1期)。 岡山県出身。岡山県立津山高等学校卒。美作町役場に入り、2005年に美作町を含めた5町1村による合併により美作市が発足し、美作市役所勤務となった。2007年に美作市副市長に就任。2009年の市長選挙で健康上の理由で再選出馬を断念した宮本俊朗から後継指名を受け、「にぎわいのある観光田園都市創造」を訴えて選挙戦を戦い、元東粟倉村長の春名明ら2人を破って当選した。美作市長を1期務め、2013年に退任した。
小倉 博俊(おぐら ひろとし、1948年〈昭和23年〉 - … 小倉 博俊(おぐら ひろとし、1948年〈昭和23年〉 - )は、日本の政治家。岡山県真庭郡新庄村長(通算7期)。岡山県町村会会長。 岡山県真庭郡新庄村生まれ。地元の小中学校を卒業後、福岡県内の福岡大学へ進学した。大学時代は書道部に所属。アルバイトとして政治に関わったことから政治の世界に関心を持ち、大学卒業後に上京。衆議院議員の大村襄治(第39代防衛庁長官)の秘書を務めた。 1990年(平成2年)、42歳で新庄村長選挙に立候補し初当選。以後、4期連続(16年間)で村長を務めた。在任中の2000年代前半には、平成の大合併の波が押し寄せる中、周辺自治体との合併を行わず「小さくても自主自立の村」を目指す『新庄村宣言』を村議会で決議した。
伊礼 幸雄(いれい ゆきお、1947年8月17日 - )は、… 伊礼 幸雄(いれい ゆきお、1947年8月17日 - )は、日本の政治家。沖縄県伊平屋村長(2期)。元同村収入役。 1970年に岡山県立邑久高等学校卒業後、村役場へ入庁。1998年から8年にわたり、村収入役を務める。2006年、ごみ処理施設導入の業者との契約を巡り、村を混乱させたとして辞職し、出直し選挙を行った西銘真助の対抗馬として村長リコールの署名活動をしてきた反対派に擁立される。「村民との対話、村民の目線でですね、行政改革すべきじゃないのかなと」と話していた。選挙戦では551票を獲得し、443票に終わった西銘を下し、初当選を果たした(投票率95.91%)。村が業者へ支払った1億7千万円余の賠償金について、当選直後に「11月ごろまでに村として西銘氏に請求する訴訟を起こしたい」と発言していた。