浅原 利正(あさはら としまさ、1946年8月12日 - )… 浅原 利正(あさはら としまさ、1946年8月12日 - )は、日本の外科医、広島大学名誉教授。第11代広島大学学長(2007年5月21日~2015年)。広島県双三郡作木村(現 三次市作木町)出身。
広島県:247人
浅原 利正(あさはら としまさ、1946年8月12日 - )… 浅原 利正(あさはら としまさ、1946年8月12日 - )は、日本の外科医、広島大学名誉教授。第11代広島大学学長(2007年5月21日~2015年)。広島県双三郡作木村(現 三次市作木町)出身。
花岡 一雄(はなおか かずお、 1946年1月14日 - )… 花岡 一雄(はなおか かずお、 1946年1月14日 - )は、日本の医学者。学位は、医学博士(東京大学)。東京大学名誉教授。JR東京総合病院病院長及び名誉院長を歴任し、現在[いつ?]東邦大学医療センター佐倉病院麻酔科客員教授、東京八重洲クリニックのペインクリニック内科勤務。 佃煮の製造業を営む父と小学校教員の母のもとに広島県尾道市で生まれる。尾道市立久保小学校を経て、1964年に広島大学附属福山中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科三類に入学。1971年に東京大学医学部を卒業し、1974年エール大学麻酔科レジデント・ポストドクトラルフェローになる。その後帰国し、東京大学附属病院目白台分院助教授を経て、1991年東京大学医学部麻酔学教授に着任する。
小野 盛司(おの せいじ、1946年 - 2023年11月2… 小野 盛司(おの せいじ、1946年 - 2023年11月23日)は、日本の物理学者、理学博士、進化生物学者、実業家、経済評論家、積極財政を求める運動家と様々な肩書きを持つ。日本ベーシックインカム学会理事。広島県尾道市出身。東京都文京区在住[要出典]。 東京大学大学院博士課程修了、理学博士(東京大学)。 1965年フロイトの『精神分析入門』を読み、彼の考えは間違いであり、人間の行動は性欲ではなく「種の保存」(群選択)で説明できるという説を提唱した。この説に関し心理学者の宮城音弥と議論し、天才的だと言われ自信を得た[要出典]。 専門は物理学であり、1974年東京大学大学院博士課程終了、理学博士(東大)。
片山 一道(かたやま かずみち、1945年11月27日 - … 片山 一道(かたやま かずみち、1945年11月27日 - )は、日本の自然人類学者、京都大学名誉教授。専門は先史人類学・骨考古学。 広島県佐伯郡鹿川村(現・ 江田島市能美町)に生まれる。高校進学に伴い能美島を離れて学生寮に入る。今西錦司と木原均に憧れて中学生時代より京都大学を志望する。広島大学教育学部附属高等学校卒業。1969年、京都大学農学部農林生物学科卒業。1974年、京都大学大学院理学研究科動物学専攻博士課程満期退学。1979年「中部日本人の3隔離集団間における血液多型性形質の遺伝的分化」で理学博士の学位を取得。1974年に大阪医科大学助手、1980年に大分医科大学講師となり、1982年に京都大学理学部助教授となって、後には、京都大学霊長類研究所教授、京都大学理学研究科教授を歴任した。
本蔵 義守(ほんくら よしもり、1945年9月6日 - )は… 本蔵 義守(ほんくら よしもり、1945年9月6日 - )は、日本の地球物理学者。東京工業大学名誉教授。理学博士。 地球電磁気学、特に地球内部・地震関連電磁気現象分野の研究において貢献した。
門田 守人(もんでん もりと、1945年〈昭和20年〉8月8… 門田 守人(もんでん もりと、1945年〈昭和20年〉8月8日 - 2023年〈令和5年〉9月7日)は、日本の医学者。大阪大学名誉教授。 広島県福山市出身、広島大学附属福山高等学校を経て大阪大学医学部卒業。大阪大学第二外科教授に就任し、肝臓癌や肝臓移植の手術を多く手掛けた。教授退官後は、日本癌学会会長、厚生労働省のがん対策推進協議会の会長を務め、臓器移植医療の普及やがん対策の推進などに取り組んだ。2015年から日本臓器移植ネットワーク理事長、2017年には日本医学会会長に就任。日本外科学会名誉会長、大阪大学理事・副学長なども歴任した。 2023年9月7日、死去。78歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝小綬章を追贈された。
阪本 昌成(さかもと まさなり、1945年8月2日 - )は… 阪本 昌成(さかもと まさなり、1945年8月2日 - )は、日本の憲法学者、弁護士。古典的自由主義者。オーストリア学派やリバタリアニズムに近い憲法学説で知られる。 学位は法学博士(京都大学・論文博士)。広島弁護士会所属。広島大学教授、広島大学法学部長、九州大学教授、立教大学教授・近畿大学教授を歴任。 広島市出身。原爆投下の4日前に生まれたが、母親が県北へ疎開していたため、被災は免れた[要出典]。1964年3月、広島大学教育学部附属高校卒業。同じく憲法学者の辻村みよ子と長谷部恭男は、広島大学附属高校の後輩である。 1968年3月、広島大学政経学部(現・法学部)卒業。1970年3月、神戸大学大学院法学研究科修士課程修了。
川辺信雄(川邉信雄、かわべ のぶお、1945年7月24日- … 川辺信雄(川邉信雄、かわべ のぶお、1945年7月24日- )は、日本の経営学者、経営史家。早稲田大学名誉教授。 広島県生まれ。1969年早稲田大学第一商学部卒業、1976年同大学院商学研究科単位取得満期退学。フルブライト奨学生としてオハイオ州立大学大学院に学び、1980年Ph.D.。1994年「セブン-イレブンの経営史 組織能力の逆転に関する事例研究」で早大商学博士。1982年広島大学総合科学部専任講師、84年助教授、1990年早稲田大学商学部助教授、1992年教授、2011年名誉教授、文京学院大学・文京学院短期大学学長。2021年、瑞宝中綬章受章。
井上 元(いのうえ げん、1945年 - )は化学者、名古屋… 井上 元(いのうえ げん、1945年 - )は化学者、名古屋大学教授。
赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は… 赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は、日本の教育工学者。東京工業大学名誉教授。日本教育情報化振興会名誉会長。元日本教育工学会会長。 広島県呉市生まれ。1967年静岡大学理学部物理学科卒業。1969年東京工業大学大学院理工学研究科物理学専攻修了、理学修士。1989年東京工業大学工学博士。 静岡県立清水南高等学校教諭、東京学芸大学講師、同助教授、東京工業大学助教授、同教授、同名誉教授、白鷗大学理事・教授・教育学部長、国連大学高等研究所客員教授、コンピュータ教育開発センター理事長等を歴任。 2005年日本教育工学会会長。2012年日本教育情報化振興会会長。2015年ICT CONNECT21(みらいのまなび共創会議)会長。
村上 武則(むらかみ たけのり、1944年6月5日 - )は… 村上 武則(むらかみ たけのり、1944年6月5日 - )は、日本の法学者。専門は行政法。ドイツ行政法学、特に給付行政理論が主な研究対象。学位は、博士(法学)(京都大学・論文博士・2005年)。大阪大学名誉教授(大学院高等司法研究科)。元近畿大学法科大学院教授。2003年以降、国家公務員採用I種試験(行政法)の考査委員。杉村敏正門下。広島県出身。
藤井 信吾(ふじい しんご、1944年 - )は、日本の医学… 藤井 信吾(ふじい しんご、1944年 - )は、日本の医学者。医学博士(京都大学・1981年)。京都大学名誉教授(医学)。社会医療法人岡本病院(財団)理事長。 1963年広島大学附属福山中学校・高等学校卒業。1971年に京都大学医学部を卒業して、1985年京都大学医学部講師となる。その後、ジョンズ・ホプキンズ大学に留学し、1991年信州大学医学部教授、1997年には京都大学医学部婦人科学産科学教室教授に着任する。2004年には、日本産科婦人科学会会長となり、また、国際婦人科腫瘍学会の理事も歴任した。その後、国立病院機構京都医療センター院長を経て、公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院院長となった。
結城 忠(ゆうき まこと、1944年- )は、日本の教育行政… 結城 忠(ゆうき まこと、1944年- )は、日本の教育行政学者。国立教育政策研究所名誉所員、元白鷗大学教授、元日本教育行政学会会長。 広島市生まれ。広島大学政経学部卒業。大阪市立大学法学部を経て、広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。国立教育研究所研究員・主任研究官・室長、ドイツ国際教育研究所客員研究員、国立教育政策研究所総括研究官を経て、2009年上越教育大学教職大学院教授、白鷗大学教授。 2007年「生徒の法的地位に関する学校法学的研究」で広島大学より博士(教育学)の学位を取得。
山野井 敦徳(やまのい あつのり、1944年- )は、日本の… 山野井 敦徳(やまのい あつのり、1944年- )は、日本の教育学者。川崎医療福祉大学福祉技術学部健康体育学科(教職課程センター)特任教授。 大学教授の移動研究で教育学博士号を取得(広島大学 1985年)。富山大学教育学部教授・広島大学大学教育研究センター・高等教育研究開発センター・教育学研究科高等教育開発教授・専攻長・くらしき作陽大学音楽学部教授・子ども教育学部教授・同学部長を経て、現在、川崎医療福祉大学医療福祉学部特任教授及び広島大学名誉教授・くらしき作陽大学名誉教授。 広島県江田島市生まれ。1967年広島大学教育学部教育学科卒業。73年同大学院教育学研究科博士課程満期退学。1985年「大学教授の社会移動に関する研究」で教育学博士(広島大学)。
吉津 宜英(よしづ よしひで、1943年12月17日 - 2… 吉津 宜英(よしづ よしひで、1943年12月17日 - 2014年1月5日)は、日本の仏教学者・曹洞宗僧侶。専門は華厳、東アジア仏教思想。学位は、博士(仏教学)(駒澤大学・乙種)。駒澤大学教授。駒澤大学仏教経済研究所所長を務めた。広島県府中市出身。 1943年、広島県府中市の曹洞宗松林寺に生まれる。広島県立府中高等学校卒業後、駒澤大学仏教学部に進学。1966年に卒業。同級生の石井修道(同大教授)・袴谷憲昭(同大教授)と共に三羽烏と称された。同大学院進学、鎌田茂雄・宮本正尊の両師に師事、1971年に同大学院博士課程満期退学。1980年に『阿毘達磨倶舎論索引』(平川彰らとの共同研究)で日本学士院賞受賞、日本印度学仏教学会賞も受賞。
小島 朋之(こじま ともゆき、1943年9月9日 - 200… 小島 朋之(こじま ともゆき、1943年9月9日 - 2008年3月4日)は、日本の政治学者。専門は、中国政治。
横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフラ… 横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフランス文学者、広島女学院大学名誉教授。スタンダールをはじめとする19世紀フランス文学が専門。 広島県福山市生まれ。1969年広島大学文学部卒、76年同大学院文学研究科フランス文学科博士課程満期退学。72-75年フランス政府給費生。広島女学院大学助教授、教授、2010年退任、名誉教授。1999-2004年広島平和記念資料館資料調査研究会委員。 2019年8月15日、広島県福山市において酒気帯び状態で車を運転し、軽自動車と衝突事故を起こした。軽自動車に乗っていた女性は頚椎捻挫などの怪我を負った。
勝矢 光昭(かつや みつあき、1942年10月 - )は、日… 勝矢 光昭(かつや みつあき、1942年10月 - )は、日本の物理学者(情報物理学)。学位は理学博士(北海道大学・1973年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡女子大学助手、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、静岡県立大学経営情報学部学部長(第7代)、松蔭大学経営文化学部教授などを歴任した。 広島県海田町出身。広島大学理学部物理学科を卒業し、北海道大学大学院理学研究科にて博士課程を修了し博士号を取得した。学位論文は「Weak interaction based on the three-triplet model : simple product of charged current(3-三重項模型に基く弱い相互作用 : 荷電電流の単純な積)」。
的川 泰宣(まとがわ やすのり、1942年〈昭和17年〉2月… 的川 泰宣(まとがわ やすのり、1942年〈昭和17年〉2月23日 – )は、日本の宇宙工学者、工学博士である。専門は、軌道工学、システム工学。 広島県呉市生まれ。戦艦大和が建造中の呉海軍工廠が一望できる高台が遊び場だった。呉市立荒神町小学校、呉市立二河中学校、広島大学附属高等学校を経て東京大学に進学する。1965年に東京大学工学部航空学科宇宙工学コースを第一期生として卒業し、東京大学大学院工学研究科航空学専攻に進学する。大学院の最後の年には、日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げに貢献。的川は糸川英夫の最後の弟子である。1970年東京大学大学院工学研究科航空学専攻博士課程を修了し、東京大学宇宙航空研究所に入所。
小川 英光(おがわ ひでみつ、1942年 - )は、日本の情… 小川 英光(おがわ ひでみつ、1942年 - )は、日本の情報工学者。東京工業大学名誉教授。元電子情報通信学会情報・システムソサイエティ会長。 1960年広島県立府中高等学校卒業。1965年東京工業大学理工学部電子工学科卒業、通商産業省工業技術院電子技術総合研究所入所。1972年東京工業大学電気工学科助手。1977年東京工業大学より論文博士として工学博士の学位を取得。飯島泰蔵に師事。 1978年東京工業大学情報工学科助教授。1984年ヘルシンキ工科大学客員教授。1987年東京工業大学情報工学科教授。2001年東京工業大学大学院情報理工学研究科長。研究室の指導学生に杉山将東京大学教授や、平林晃衆議院議員など。
山下 威士(やました たけし、1941年11月6日 - )は… 山下 威士(やました たけし、1941年11月6日 - )は、日本の憲法学者・法哲学者。新潟大学名誉教授。 広島県広島市出身。1945年広島市への原爆投下を経験し、その後の法学者としての思想に影響を与える。1960年広島県立広島観音高等学校卒業。1964年中央大学法学部卒業。1966年同大学院法学研究科修士課程修了。1970年早稲田大学大学院法学研究科公法学博士課程中退。 1987年「カール・シュミット研究 危機政府と保守革命運動」で法学博士(早稲田大学)の学位を取得。 1970年埼玉大学教養部講師(社会思想史担当)、中央大学法学部通信教育課程インストラクターを兼任。1971年教養部助教授、1982年新潟大学法学部教授(憲法・比較憲法学)、1993年同大学院現代社会文化研究科教授、1995年同法学部長、2000年同学長補佐、2004年同大学院実務法学研究科(法科大学院)長・同教授(法学概論・正義論など担当)、2007年同定年退官、同名誉教授。
有本 章(ありもと あきら、1941年10月26日 - )は… 有本 章(ありもと あきら、1941年10月26日 - )は、日本の教育社会学者、広島大学名誉教授。元日本高等教育学会会長。専門は教育社会学(高等教育論)。 広島県広島市生まれ。1964年広島大学教育学部卒業。1969年広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1985年「マートン科学社会学の研究 そのパラダイムの形成と展開」で広島大学より教育学博士の学位を取得。第1次新渡戸フェロー、大阪教育大学助教授、教授、1988年広島大学高等教育研究開発センター教授、2001年日本高等教育学会会長、2004年定年退官、特任教授、センター長、文部科学省21世紀COEプログラム拠点リーダー等、名誉教授、比治山大学高等教育研究所長・教授、日本学術会議連携委員。
佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941… 佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941年2月15日 - 2017年1月21日)は、日本の演劇評論家、フランス文学者、学習院大学名誉教授。 シンガーソングライターの大和姫呂未は姪にあたる。 広島県生まれ。愛媛県出身。学習院大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。演劇集団68/71(現在の劇団黒テント)創立に参加。同集団の制作部門責任者として1960代後期からのアングラ演劇の左翼的活動の興隆に携わった。のち現場を離れ演劇評論家として活躍。またフランス文学者として駒澤大学教授を経て、学習院大学フランス語圏文化学科の教授を務め、フランスを軸にした現代演劇と演劇史を関心領域としていた。
笹田 剛史(ささだ つよし、1941年(昭和16年)2月7日… 笹田 剛史(ささだ つよし、1941年(昭和16年)2月7日 - 2005年(平成17年)9月30日)は、日本の工学者、大阪大学教授。
高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )… 高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )は、日本の図書館情報学者。八洲学園大学特任教授。専攻は図書館情報学、資料組織論、学校図書館経営論。全国学校図書館協議会理事。 広島県呉市生まれ。1963年東京学芸大学教育学部卒業、1964年文部省図書館職員養成所(現・筑波大学図書館情報学群)卒業、亜細亜大学図書館司書、図書館短期大学助手、静岡女子短期大学(現・静岡県立大学短期大学部)講師を経て、1975年助教授。東京学芸大学教授、附属教育実践総合センター長、附属図書館長を経て、現職。 学校図書館司書教諭の必要性を訴えていることや、図書館学の基本文献・教科書執筆で知られる。メディア出演もしている。
伊賀 健一(いが けんいち、1940年6月15日 - )は、… 伊賀 健一(いが けんいち、1940年6月15日 - )は、日本の工学者。工学博士。広島県呉市出身。東京科学大学栄誉教授・旧名東京工業大学18代学長。文化功労者 1940年、広島県呉市出身。広島大学附属高等学校を経て、東京工業大学理工学部電気工学課程卒業。大学4年次に末松安晴研究室で光・量子エレクトロニクスの研究に入門。東京工業大学教授、電子情報通信学会会長、日本学術振興会理事を歴任。 2007年より2012年まで東京工業大学学長。高速データ通信の信号源等に応用されている面発光レーザー(VCSEL)生みの親。高速光ファイバー通信網などインターネットやデータセンターの光配線への基礎技術、コンピューターマウス、レーザープリンターのレーザー光源などに展開される光エレクトロニクスの基礎を築いた。
松田 文子(まつだ ふみこ、1940年5月7日 - )は、日… 松田 文子(まつだ ふみこ、1940年5月7日 - )は、日本の心理学者。学校法人福山大学副理事長。福山大学人間文化学部心理学科元教授、同学元学長、同学元顧問。広島大学名誉教授。 広島県広島市生まれ。1963年3月、広島大学教育学部心理学科卒業。1971年3月、同大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程後期修了。 広島女子大学児童学科助教授、鳴門教育大学学校教育学部教授を経て、1993年4月に広島大学教育学部教授に就任。2001年4月、同大学大学院教育学研究科教授。 2004年4月、福山大学人間文化学部教授。2009年4月、同大学副学長に就任。2010年6月、同大学学長に就任。2021年4月、同大学顧問に就任。
田村 昌三(たむら まさみつ、1940年 - )は日本の工学… 田村 昌三(たむら まさみつ、1940年 - )は日本の工学者、東京大学名誉教授。専門は安全工学、火薬。 広島県に生まれる。1969年、東京大学大学院工学系研究科燃料工学専門課程博士課程修了。工学博士。研究テーマは「硝酸酸化とニトロ化に関する研究」。 修了後、東洋紡績に入社する。その後、東京大学工学部反応化学科講師、同助教授を経て、1990年より東京大学工学部反応化学科教授。1994年に東京大学工学部化学システム工学科教授。1995年に東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻教授を歴任し、1999年より東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻教授に就任。2004年横浜国立大学安全・安心の科学教育研究センター教授。
加納 重文(かのう しげふみ、1940年 -2018年8月1… 加納 重文(かのう しげふみ、1940年 -2018年8月11日)は、日本の国文学者、京都女子大学名誉教授。 広島県福山市生まれ。1967年東京教育大学文学部卒、71年同大学院博士課程単位取得退学。秋田大学講師、平安博物館、78年京都女子大学助教授、教授。1994年大阪大学文学博士。2006年に定年退職、名誉教授。
藤岡 康宏(ふじおか やすひろ、1939年1月11日 - )… 藤岡 康宏(ふじおか やすひろ、1939年1月11日 - )は、日本の法学者。専門は民法。北海道大学名誉教授、早稲田大学名誉教授。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1975年)(学位論文『自動車交通事故による損害の補償―交通災害保険化構想への総論的展望(1)~(2完)』)。広島県出身。 1979年3月から1981年3月にいたる2年間
秋光純(あきみつ じゅん、1939年 - )は、日本の物理学… 秋光純(あきみつ じゅん、1939年 - )は、日本の物理学者。学位は理学博士(東京大学・1970年)。青山学院大学理工学部名誉教授。2001年紫綬褒章、2014年瑞宝中綬章を受章。
倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は… 倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は、日本の教育学者。 広島県呉市生まれ。1961年広島大学教育学部小学校教育専攻卒、1963年同大学院教育行政学修士課程修了。広島大学教育学部附属三原小学校教諭、鈴峯女子短期大学講師、助教授、広島文教女子大学教授、広島経済大学教授。2007年退任。
花岡 永子(はなおか えいこ、1938年5月5日 - )は、… 花岡 永子(はなおか えいこ、1938年5月5日 - )は、日本の宗教哲学者、大阪府立大学名誉教授。 広島県生まれ。1957年広島国泰寺高等学校卒、1963年京都大学文学部哲学科卒、同大学院に学び、1965年より西独ハンブルク大学留学、1968年京大博士課程中退、1973年ハンブルク大学神学博士。1981年花園大学助教授、1986年教授、1992年大阪府立大学教授、1994年「心の宗教哲学 -心の自然な構造に即して」で京大文学博士。2002年定年退官、名誉教授、奈良産業大学教授、2009年退任、名誉教授。別に亡夫の姓である川村永子名義の著作もある。西田幾多郎の影響が強い。
天野 正子(あまの まさこ、1938年3月10日 - 201… 天野 正子(あまの まさこ、1938年3月10日 - 2015年5月1日)は、日本の社会学者。お茶の水女子大学名誉教授。前東京家政学院大学・大学院学長。専攻はジェンダー社会学、歴史社会学、新しい社会運動論。現代生活者論。教育社会学者の天野郁夫(東京大学名誉教授)は夫。政治学者の天野拓(熊本県立大学准教授)は長男。 1938年、広島市生まれ。1961年、お茶の水女子大学文教育学部(教育社会学専攻)卒業、1970年、東京教育大学文学研究科社会学専攻(修士課程)修了(社会学修士)、1973年、東京教育大学文学研究科(博士課程)中途退学。1973年、南山短期大学専任講師、1978年、金城学院大学文学部助教授、1983年、金城学院大学文学部教授。
正木 晴彦(まさき はるひこ、1938年 - )は、日本の仏… 正木 晴彦(まさき はるひこ、1938年 - )は、日本の仏教学者、哲学者。長崎大学名誉教授、元副学長。光永寺(長崎市)住職。 1938年、広島県広島市生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1961年に学習院大学文学部哲学科卒業。1964年に東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1967年に同博士課程を単位修得退学後、長崎大学に着任。1967年4月教養部助手、同年11月講師、1972年8月助教授、1977年3月教授、1997年10月環境科学部教授を経て、2004年3月に定年退官、名誉教授。1988年から1990年にかけて同大学評議員、2003年から退官まで副学長を務めた。 大学退官後は光永寺住職となったほか、地球システム・倫理学会の設立発起人となり、2016年現在も同学会理事を務めている。
大国 和江(おおくに かずえ、1938年 - )は、日本の法… 大国 和江(おおくに かずえ、1938年 - )は、日本の法律家、弁護士。和法律総合事務所代表。 1938年生まれ。広島女学院中学校・高等学校、中央大学卒業。1968年弁護士登録。広島弁護士会所属。1986年から1987年広島弁護士会副会長、1996年から1997年には広島弁護士会会長、中国地方弁護士連合会理事長を歴任。2003年から2004年には日本弁護士連合会副会長をつとめた。女性で同会副会長に選任されたのは1949年発足以来初。法務局人権擁護委員会、広島県人権擁護委員連合会会長、中国人権擁護委員連合会会長、全国人権擁護委員連合会副会長、財団法人広島市母子寡婦福祉連合会顧問など委員も歴任。ひろしま女性大学、エソールひろしま大学法律講座講師。
佐木 隆三(さき りゅうぞう、本名:小先 良三〈こさき りょ… 佐木 隆三(さき りゅうぞう、本名:小先 良三〈こさき りょうぞう〉、1937年〈昭和12年〉4月15日 - 2015年〈平成27年〉10月31日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家で、北九州市立文学館名誉館長、九州国際大学元客員教授。当初は純文学作家として活動したが、直木賞受賞の『復讐するは我にあり』以降は犯罪ノンフィクションで人気を博し、後年は法廷のルポルタージュでも広く知られる。旧朝鮮咸鏡北道穏城郡生まれ。 両親とも広島県出身で、父親は農家。一旗あげようと田畑を売り払って朝鮮に渡り、良三は朝鮮で生まれる。1941年(昭和16年)、銀山の所長をしていた父が呉の海軍に召集されたため、一家で日本に引き揚げた。
平川 公義(ひらかわ きみよし、1934年8月18日 - 2… 平川 公義(ひらかわ きみよし、1934年8月18日 - 2012年12月23日)は、日本の医学者である。東京医科歯科大学名誉教授。 広島県福山市で誕生。父が医師として開業していたことから、子供のころから将来は医者を目指していた。1953年(昭和28年)4月に東京大学へ入学。1969年(昭和34年)3月に医学部卒業後、東京大学医学部第一外科学教室(主任は清水健太郎)へ入局した。 日本脳神経外傷学会の平川賞は、遺族の寄付によって設立された 。
山内 久明(やまのうち ひさあき、1934年7月10日 - … 山内 久明(やまのうち ひさあき、1934年7月10日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。Ph.D.(ケンブリッジ大学、1975年)。広島県生まれ。 英国ロマン派の詩が専門だが、夏目漱石を中心とした日本近代文学に関する英文著書や大江健三郎論もある。大江とは東大駒場時代からの友人で、大江のノーベル賞受賞記念講演「あいまいな日本の私」を英訳した。
石原 舜三(いしはら しゅんそう、1934年3月10日 - … 石原 舜三(いしはら しゅんそう、1934年3月10日 - 2020年3月2日 )は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。理学博士(東京大学・論文博士・1970年)。 広島県安芸郡府中町生まれ。1956年に広島大学理学部地学科を卒業後、工業技術院地質調査所(地質調査総合センターの前身)に入所。ウラン探査プロジェクト担当となる。1963年アメリカ合衆国コロンビア大学にて斑岩モリブデン鉱床の研究で修士の学位取得。1970年東京大学より理学博士の学位を取得。学位論文の表題は、Molybdenum mineralization in Daito-Yamasa area, eastern Shimane Prefecture, Japan (島根県東部大東-山佐地域のモリブデン鉱化作用)。
岡田 至雄(おかだ よしお、1934年(昭和9年) - )は… 岡田 至雄(おかだ よしお、1934年(昭和9年) - )は、日本の社会学者、関西大学名誉教授。 広島県三原市出身。京都大学教育学部教育社会学卒、同大学院博士課程満期退学。立命館大学産業社会学部助教授、関西大学社会学部助教授、教授。2005年定年退任、名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。
藤原 暹(ふじわら のぼる、1933年10月11日 - 20… 藤原 暹(ふじわら のぼる、1933年10月11日 - 2009年7月14日)は、日本の思想史学者。 広島県広島市出身。岡山県立矢掛高等学校卒、1958年東北大学文学部卒、広島電波工業高等学校教諭、1962年広島県修道中学校教諭、1964年東北大学文学部日本思想史研究室助手、1965年東北大学大学院文学研究科日本思想史入学、1970年博士課程満期退学、ノートルダム清心女子大学国文科助教授、1980年岩手大学人文社会科学部教授、1997年学部長、1999年定年退官、名誉教授。没後従四位、瑞宝中綬章受勲。
藤瀬 浩司(ふじせ ひろし、1933年8月12日 - )は、… 藤瀬 浩司(ふじせ ひろし、1933年8月12日 - )は、日本の経済史学者、名古屋大学名誉教授。 広島県広島市生まれ。1956年東京大学経済学部卒、1961年同大学院社会科学研究科博士課程満期退学、1964年「プロシャ農業 土地所有の構造的特質 「農民解放」の歴史的地位」で経済学博士。東京大学社会科学研究所助手ののち、名古屋大学経済学部講師となり、助教授を経て、1977年教授。1989年経済学部長。1991年経済構造研究センター長。1997年定年退官、名誉教授、愛知淑徳大学教授を務めた。 名大生協の理事を務め、1975年名古屋大学出版会の設立に尽くした。 2012年4月瑞宝中綬章受章。
東 清和(あずま きよかず、1933年3月20日-2004年… 東 清和(あずま きよかず、1933年3月20日-2004年3月20日)は、日本の心理学者。発達心理学が専門。
上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月… 上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月29日)は、日本の臨床心理学者、臨床心理士、教育学博士。広島大学名誉教授。元日本学術会議会員。専門は臨床心理学・健康心理学。
杉岡 洋一(すぎおか よういち、1932年11月6日 - 2… 杉岡 洋一(すぎおか よういち、1932年11月6日 - 2009年11月27日)は、日本の医学者。整形外科医。第20代九州大学総長。広島県生まれ。 福岡県立東筑高等学校を経て、1958年九州大学医学部卒業。1970年、米ペンシルヴェニア大学に留学。1972年、大腿骨頭壊死症の新しい手術法を考案。九州大学医学部助教授を経て、1983年同教授に就任。1995年から2001年まで同学長を務める。この間東北大学などとともに、国立大学初の人物重視を掲げたアドミッションオフィス入試(AO入試)を導入。 学長退任後の2002年3月、韓国国民勲章無窮花章を受章。2008年秋の叙勲で瑞宝大綬章を受章。 2009年11月27日、十二指腸癌のため死去。
坂田 勝(さかた まさる、1932年8月24日 - )は、日… 坂田 勝(さかた まさる、1932年8月24日 - )は、日本の機械工学者。東京工業大学名誉教授。元拓殖大学学長。元カリフォルニア大学バークレー校スプリンガー卓越教授。 広島県深安郡大津野村(現福山市大門町)生まれ。1952年広島県福山東高等学校(現広島県立福山誠之館高等学校)卒業。1956年東京工業大学機械工学課程卒業、三菱日本重工業入社。1957年東京工業大学精密工学研究所機械力学研究室助手。 1964年東京工業大学工学博士。1965年東京工業大学理工学部助教授。1968年日本放送協会総合技術研究所嘱託。1969年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員(文部省在外研究員)。1975年東京工業大学工学部教授。
吉岡 郁夫(よしおか いくお、1932年5月19日 - )は… 吉岡 郁夫(よしおか いくお、1932年5月19日 - )は日本の解剖学者で民俗学者・人類学者。日本民俗学会会員、名古屋民俗研究会会員。自然科学と民俗学・文化人類学をテーマに多彩な調査・執筆活動をおこなっている。 広島県福山市出身。1958年に広島大学医学部を卒業後、名古屋大学医学部解剖学研究室大学院に進んで修了し、1966年に医学博士の学位を取得した。 愛知医科大学教授、愛知学院大学教養部教授を務め、1998年に退職した。この間の1978年に、明石原人を世界各地より出土した猿人、原人、旧人、新人の化石骨と比較して、旧人または現世人類の骨だと鑑定した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
児玉 正憲(こだま まさのり、1932年4月22日 - )は… 児玉 正憲(こだま まさのり、1932年4月22日 - )は、日本の経営学者(専門は生産管理)。理学博士、九州大学名誉教授、広島修道大学名誉教授(元学長)。 広島県出身。1955年広島大学文理学部卒業。1960年九州大学大学院理学研究科修士課程修了。九州大学経済学部教授、九州大学経済学部長、広島修道大学学長を歴任。 日本生産管理学会(会長)、日本オペレーションズ ・リサーチ学会(九州支部顧問)、日本経営工学会(九州支部顧問)、他。 2009年4月瑞宝中綬章受章。
山手 茂(やまて しげる、1932年3月15日 -2025年… 山手 茂(やまて しげる、1932年3月15日 -2025年4月15日 )は、日本の社会学者・福祉学者。新潟医療福祉大学名誉教授。 広島県福山市生まれ。1954年東京大学文学部社会学科卒業。 県立広島女子大学助教授、東京女子大学教授、東京都神経科学総合研究所研究員、茨城大学教授、東洋大学教授、新潟医療福祉大学社会福祉学部学部長、同名誉教授をそれぞれ歴任。 1997年「福祉社会形成とネットワーキング-社会学・社会福祉学論集2」で東洋大学社会福祉学博士。 日本保健医療社会学会会長、日本医療社会福祉学会会長、日本社会病理学会理事、日本介護福祉学会理事、日本学術会議社会福祉研連第16期・17期委員。