森 正人(もり まさと、1975年8月11日- )は、日本の… 森 正人(もり まさと、1975年8月11日- )は、日本の文化地理学者、評論家。学位は博士(地理学)(関西学院大学・2003年)。三重大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松西高等学校卒、1998年関西学院大学文学部地理学専修卒業、2003年同大学院文学研究科博士課程修了、「四国八十八か所巡礼の文化地理学的研究」で関西学院大学博士(地理学)。2003年三重大学人文学部講師、2005年助教授、2007年教授。専門以外についても著述を行う。
尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - )は、日本… 尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - )は、日本の教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」主宰、一般社団法人包括的性教育研究協議会代表。愛称は「尾木ママ」。 姉と弟を持つ3人姉弟の真ん中として誕生する。滋賀県坂田郡伊吹町(現:米原市)生まれ。高松第一高等学校を経て早稲田大学教育学部卒業後、高校・中学校教諭、東京大学教育学部非常勤講師などを歴任。教員生活22年間を経て1994年に教員を退職。同年、臨床教育研究所「虹」を設立。東日本大震災後の被災地に何度か足を運び、教育や子育て支援活動にも取り組んだ。2011年7月2日、故郷の滋賀県米原市の「まいばらふるさと大使」に任命され、講演先の大津市で委嘱式が行われた。
近藤 昭仁(こんどう あきひと、1938年4月1日 - 20… 近藤 昭仁(こんどう あきひと、1938年4月1日 - 2019年3月27日)は、香川県高松市出身のプロ野球選手(内野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。 妻は元女優の北沢典子。一男二女の子がおり、次女は女優の近藤典子。プロレスラーの中西学は次女の元夫で、長女が結婚した際にはタモリ夫妻が媒酌人を務めた。 近藤の登録上の誕生日は1938年4月1日であるが、実際は4月10日が誕生日である。9日の違いがあるのは父親が「1年得するから」という理由で誕生日を繰り上げて役所に届け出たためである。 近所の遊び友達に4学年上の中西太がおり、1953年に中西と同じ高松一高へ進学。3年次の1955年には春季四国大会に進むが、準決勝となった1回戦で鳴門高に敗れる。
菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作… 菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作家、児童文学作家、教育評論家。香川県高松市生まれ。 少年時代を山陰の禅寺で過ごす。 京都大学理学部物理学科卒業。32年間神奈川県立定時制高等学校教諭を務め退職。和光大学講師。1964年『女の勤行』で第10回岸田國士戯曲賞受賞。1982年『善財童子ものがたり』で第29回産経児童出版文化賞受賞。
岡田 寛(おかだ ひろし、1932年〈昭和7年〉1月30日 … 岡田 寛(おかだ ひろし、1932年〈昭和7年〉1月30日 - 2025年〈令和7年〉11月)は、香川県高松市出身・在住の音楽評論家・ディスクジョッキー。愛称「カンさん」。 早稲田大学政治経済学部卒業。1954年に高島屋飯田に入社するが、家業の旅館業を継ぐために1年で帰郷する。 クラシック音楽・タンゴに特に造詣が深く、地元のラジオ香川→RNCラジオ(西日本放送)が開局した当初(1953年11月)から2017年10月29日まで日曜に放送されていたタンゴ音楽の専門番組「タンゴアルバム」は番組開始当初に構成作家として参加したのち、1955年よりパーソナリティーとなる。番組はじめの「タンゴファンの皆様こんにちは(後に「こんばんは」)。
福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 19… 福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 1997年6月8日)は、日本の文芸評論家、ドイツ文学者、翻訳家。 専門は、登山にまつわる随筆、紀行、ドイツ文学などの翻訳のほか、トーマス・マン、 テオドール・フォンターネ、ロベルト・ムジールを中心にドイツ近代小説の研究。また、井上靖夫人の次兄の娘婿で、最もよき理解者である。『井上靖の世界』『井上靖評伝覚』は、文献的にも作家論的にも井上靖に関する最高の業績である。 香川県三豊郡大野原村(現 観音寺市大野原町)出身。旧制香川県立三豊中学校、旧制松山高等学校を経て、1952年東京大学文学部独文科卒業。同年東京大学文学部助手。 1953年茨城大学講師、1955年立教大学文学部講師を経て、1967年立教大学文学部教授。
香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991… 香川 茂(かがわ しげる、1920年4月14日 - 1991年5月13日)は、日本の児童文学作家、教育評論家。 香川県高松市中新町出身。旧制高松中学から日本大学(芸術科)に進むも中退し、香川県師範学校を卒業。 終戦まで北支と満洲で軍隊生活を送る。戦後、高松市内の小・中学校で教鞭をとった。1951年に上京。川越市立富士見中学校を振り出しに、1960年志木市立志木中学校の校長となり、1980年新座市立新座中学校の校長を最後に退職した。 その間作家として活動、1967年「セトロの海」で野間児童文芸賞、1980年「高空10000mのかなたで」で小学館文学賞受賞。 「中学生文学」を創刊し、編集長を務めて文学教育にも取り組んだ。
十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日… 十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日 - 1963年〈昭和38年〉8月28日)は、香川県出身の作家、文芸評論家、編集者。 本名は十返 一(とがえり はじめ)。筆名=大方宗多(オオカタ ソウダ)。 高松市生まれ。料亭・淀川楼の長男に生まれる。 旧制高松中学校を経て、1935年(昭和10年)日本大学芸術科卒業。在学中から中河与一主宰「翰林」の同人となり、文芸時評を連載。東京市麹町区土手三番町に下宿していたとき、近所の吉行エイスケに師事。 森永製菓宣伝部に勤務。後に、第一書房に入社して「新文化」(「セルパン」改題) 編集長。 戦後、丹羽文雄に勧められて十返肇という筆名を名乗る。
水原 茂(みずはら しげる、1909年〈明治42年〉1月19… 水原 茂(みずはら しげる、1909年〈明治42年〉1月19日 - 1982年〈昭和57年〉3月26日)は、香川県高松市出身のプロ野球選手(内野手)・監督、解説者・評論家。 1955年から1959年の登録名は「水原 円裕(みずはら のぶしげ)」。 現役時代は東京巨人軍(1947年より読売ジャイアンツ、以下巨人)で活躍し、引退後は巨人、東映フライヤーズ、中日ドラゴンズの監督を歴任した。巨人監督時代の在任11年間で8度のリーグ優勝、4度の日本一に輝き、セ・パ両リーグでチームを日本一に導いた(セ - 巨人、パ - 東映)。 幼少時に両親が離婚、父親が入り婿になり再婚した先の「水原」姓になったという。野球を始めたのも、実家の環境からの気晴らしであったという。
村山 リウ(むらやま りゅう、女性、1903年4月1日 - … 村山 リウ(むらやま りゅう、女性、1903年4月1日 - 1994年6月17日)は、日本の評論家。 香川県仲多度郡琴平町生まれ。1923年、日本女子大学校国文科卒、1930年、岡山医科大学副手の村山高と結婚、1936年頃から地域婦人活動を行う。新地に女子青年団が結成された際、団長に選ばれる。 その後、1943年から大阪に住み女子挺身隊関連の仕事で大阪府庁に勤める。 戦争で大阪の家を焼かれ、戦後、大阪市社会教育委員など各種婦人団体の役員をつとめ、新聞の身の上相談や社会時評などで、婦人問題評論家として活動。 『源氏物語』の研究を始めてその解き語りを、関西中心に始める。現代視点からのユニークな解説、講演から「村山源氏」として知られ、1959年にはテレビでその現代語訳の朗読を行った。
小島 烏水(こじま うすい、1873年12月29日-1948… 小島 烏水(こじま うすい、1873年12月29日-1948年12月13日)は、日本の登山家、随筆家、文芸批評家、浮世絵や西洋版画の収集家・研究家。本名は小島 久太。 1873年(明治6年)香川県高松生まれ。横浜商業学校卒業。横浜正金銀行に入行。銀行は定年まで勤め、シアトル支店長などを歴任。 横浜商業学校時代に友人と雑誌『学燈』を編集するなど、早くから文筆に興味を持つ。銀行に入ってから、1896年に出した『一葉女史』により評論家として世に注目される。 また、登山家としても知られ、1897年立川から甲府の昇仙峡まで徒歩で青梅街道を歩く、1899年休暇に浅間山 - 木曽へ山旅するなど、旅を趣味とした。