吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16… 吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16日 - )は、日本の化学者。専門は放射化学。
東北大学:746人
吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16… 吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16日 - )は、日本の化学者。専門は放射化学。
森 博(もり ひろし、1929年〈昭和4年〉9月7日 - 1… 森 博(もり ひろし、1929年〈昭和4年〉9月7日 - 1999年〈平成11年〉1月30日)は、日本の社会学者。東北大学名誉教授。位階は正四位。勲三等旭日中綬章。 神奈川県川崎市生まれ。1953年東北大学文学部社会学科卒。同・教養部助教授を経て教授。1993年定年退官。甲南女子大学教授。在職中に死去。『サン・シモン著作集』、カール・ポパーなどを訳した。1999年死去。死没日付をもって正四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。
塚本 啓祥(つかもと けいしょう、1929年(昭和4年)7月… 塚本 啓祥(つかもと けいしょう、1929年(昭和4年)7月24日 - 2010年1月20日)は、日本の仏教学者。東北大学名誉教授。熊本市出身。 1964年(昭和39年)に東北大学大学院博士課程(印度学仏教史学専攻)修了、「仏教初期の教団史の研究 部派の形成に関連して」で文学博士。立正大学助教授、教授、仏教学部長。東北大学文学部教授。1993年定年退官、名誉教授、宝仙学園短期大学学長。2000年退職。 その他、タイのマヒドーン大学客員教授など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。
高野斗志美(たかの としみ、男性、1929年7月7日 - 2… 高野斗志美(たかの としみ、男性、1929年7月7日 - 2002年7月9日)は、日本の文芸評論家、旭川大学名誉教授、新日本文学会会員。 北海道鷹栖村(現鷹栖町)生まれ。旧制富良野中学校、旧制弘前高校、東北大学文学部哲学科卒、同大学院文学研究科修士課程修了。 旭川北高等学校ほか北海道立高校教員(地方公務員)を務める。1964年にサルトル論で第4回新日本文学賞。北海道士別高等学校教諭だった1966年、旭川ベ平連代表となる。1971年旭川大学経済学部助教授、1974年旭川大学経済学部教授。1980年~1982年旭川大学学長代行、1985年~1988年旭川大学学長。三浦綾子と親交が深く、三浦作品の13編に解説を寄せるなど三浦文学の研究者。
市川 芳彦(いちかわ よしひこ、1929年〈昭和4年〉6月1… 市川 芳彦(いちかわ よしひこ、1929年〈昭和4年〉6月10日 - )は、日本の物理学者。専門はプラズマ物理学。名古屋大学名誉教授。第41期日本物理学会会長。理学博士。 東北大学理学部物理学科を卒業後、コーネル大学の大学院に進学した。日本大学理工学部の助教授、教授、名古屋大学プラズマ研究所の教授を経た後、1990年に文部省核融合科学研究所の理論・シミュレーション研究センターの教授を務めた。これらの間に、イリノイ大学とテキサス大学の客員教授を務めた。その後、中部大学の教授となった。1985年9月からの一年間、第41期日本物理学会会長を務めた。日本のプラズマ・核融合分野における国際交流で中心的な役割を果たした。
吉田 庄司(よしだ しょうじ、1929年4月23日 - 20… 吉田 庄司(よしだ しょうじ、1929年4月23日 - 2008年7月17日)は、日本の工学者(通信工学情報ネットワークシステム)。工学博士・学校法人東海大学理事・元日本電信電話株式会社取締役。旧制東北大学工学部通信工学科卒、IEEEフェロー。静岡県出身。
菅野 文友(かんの あやとも、1929年4月1日 - 201… 菅野 文友(かんの あやとも、1929年4月1日 - 2019年5月5日) は、日本の経営工学者。元東京理科大学教授。元日本信頼性学会会長。デミング賞本賞受賞。 陸前国生まれ。1952年東北大学理学部地球物理学教室卒業。1963年技術士(生産管理部門品質管理)。1968年東北大学工学博士。日立製作所副技師長、岩手大学工学部情報工学科教授、東京理科大学工学部経営工学科教授、帝京技術科学大学大学院情報学研究科教授、宇宙開発委員会専門委員、日本科学技術連盟参与などを歴任。1982年中部品質管理協会顧問。1996年日本信頼性学会会長。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
稲場 文男(いなば ふみお、1929年 <昭和4年> 3月1… 稲場 文男(いなば ふみお、1929年 <昭和4年> 3月16日 - 2012年 <平成24年> 9月9日) は、日本の電子工学者。東北大学名誉教授。元東北大学電気通信研究所所長。元電子情報通信学会副会長。位階は正四位。 東京府生まれ。1951年東北大学理学部地球物理学教室卒業。1957年東北大学電気通信研究所助手。1961年東北大学電気通信研究所助教授。1962年東北大学工学博士。1965年東北大学電気通信研究所教授。1986年新技術開発事業団創造科学推進事業稲場生物フォトンプロジェクト総括責任者。1990年東北大学電気通信研究所所長、電子情報通信学会副会長。1992年定年退職、東北大学名誉教授、東北工業大学工学部電子工学科教授。
新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 20… 新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 2020年3月15日)は、日本の哲学研究者、東洋大学名誉教授。専攻は、現象学・解釈学。 1929年、石川県生まれ。東北大学文学部を卒業。卒業後は、東洋大学助教授となり、教授となった。2000年に定年退任し、名誉教授となった。 新田義貞の末裔[要出典]。 (古田光、廣川洋一、中野幸次、竹田篤司、上妻精、飯島宗享、城塚登、岩永達郎、新田義弘、市倉宏祐による共編著)
松本 慶蔵(まつもと けいぞう、1929年1月15日 - 2… 松本 慶蔵(まつもと けいぞう、1929年1月15日 - 2023年10月2日)は、日本の医学者であり、感染症学・熱帯医学の専門家。長崎大学熱帯医学研究所名誉教授であり、長崎大学医学部附属病院の熱研内科科長も務めた。特に呼吸器感染症や結核の研究において多大な貢献を果たし、日本の熱帯医学発展に寄与した。1991年に紫綬褒章を受章。 1929年(昭和4年)、宮城県大崎市に生まれる。戦時中は海軍兵学校に入り、長崎県佐世保の針尾島にいた。戦後、1947年(昭和22年)に旧制古川中学校(宮城県古川高等学校)卒業。第二高等学校を経て東北大学医学部に進学し、東北大学医学部大学院内科系を修了した。その後は同大学第一内科学教室で研究を開始した。
田野崎 昭夫(たのさき あきお、1929年 - )は、日本の… 田野崎 昭夫(たのさき あきお、1929年 - )は、日本の社会学者である。中央大学文学部教授を長年勤め、現在、中央大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長谷川 典夫(はせがわ のりお、1929年 - 2013年1… 長谷川 典夫(はせがわ のりお、1929年 - 2013年1月27日)は、日本の地理学者。理学博士(東北大学・論文博士・1962年)。三重大学名誉教授。自然地理学、人文地理学にまたがり多様な研究を展開し、著書『流通地域論』(1984年)などでシステム概念を地域論に導入した。 青森県生まれ。1953年、東北大学理学部地理学科卒業。1962年、「土地利用の立地の地理学的研究」で、東北大学から理学博士の学位を取得。 東北大学、宮城教育大学、三重大学、専修大学で教職を歴任した。1992年に三重大学人文学部教授を退職して、専修大学文学部教授となり、三重大学からは名誉教授の称号を贈られた。 2013年1月27日に死去。
蒲生 芳郎(がもう よしろう、1928年12月4日 - 20… 蒲生 芳郎(がもう よしろう、1928年12月4日 - 2011年)は、日本近代文学研究者、宮城学院女子大学名誉教授。 山形師範学校で藤沢周平、松坂俊夫らと同人誌『砕氷船』に参加、東北大学仏文科を卒業後宮城県で高校教諭として教鞭を執る傍ら、森鷗外・夏目漱石など近代日本文学について論文を発表し、宮城学院女子大学教授となる。教授になってからは、山形師範同期の藤沢周平、東北大同期の山折哲雄とも親交を深めた。 「堺事件」論争では大岡昇平と駁論した。また、旧友藤沢周平についても著作を著したほか『カラマーゾフの兄弟』『戦争と平和』の縮訳まで出すなど異能の国文学者である。 晩年は、文学には必ずしも明るくない忙しい大人のため、大人が読むに堪える日本・世界文学の縮約本に情熱を燃やしたが、長年難病を患い、最終的には肺癌で没した。
早坂 祥三(はやさか しょうぞう、1928年11月17日 -… 早坂 祥三(はやさか しょうぞう、1928年11月17日 - 2007年12月26日)は、日本の地質学者・古生物学者、鹿児島大学第8代学長・名誉教授。理学博士。鹿児島湾(錦江湾)をはじめとする地域地質研究のほか、航海調査による南海洋での生物総合調査、オウムガイ研究などに寄与した。 日本統治時代の台湾出身。父は古生物学者・地質学者で台北帝国大学理農学部教授の早坂一郎(後に島根大学学長、日本地質学会会長)。 1949年旧制第二高等学校理科卒業。東北大学理学部地質学古生物学科を卒業し、1952年に東北大学助手となる。論文「愛知県渥美半島の地質学的並びに古生物学的研究」により、1961年3月17日に東北大学から理学博士の学位を授与される。
菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - … 菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - 2007年7月13日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東北大学・1970年)(学位論文「憲法改正限界論についての若干の考察」)。東北大学名誉教授。宮城県仙台市生まれ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 20… 森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 2007年1月26日)は、日本の法学者。専門は民法・金融法・団体法・不動産法。学位は法学博士(東北大学・1966年)(学位論文『権利能力なき社団に関する研究』)。青山学院大学名誉教授。弁護士。中川善之助門下。 長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。長野県立上田中学校などを経て、1951年に東北大学法学部を卒業する。 1954年静岡大学法経短期大学部助教授、1957年福島大学経済学部教授を務め、1968年青山学院大学法学部教授として民法の講義を長年していた。1979年学部長。その後、駿河台大学法学部教授、関東学院大学法科大学院教授を歴任し、生涯現役で教育・研究に従事した。
木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月… 木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。専攻は西洋哲学史、現象学の研究。中央大学名誉教授。 モーリス・メルロー=ポンティ、エドムント・フッサール等の、20世紀ヨーロッパ思想で著名な哲学者の代表作を平易な日本語に訳した。ハイデガーの研究でも知られる。 新潟県新潟市生まれ、本籍地は山形県最上郡東小国村(現在は最上町)。 3歳のとき一家で満洲・新京に渡る。新京第一中学校(戦時体制のため4年で繰り上げ卒業)を経て、1945年(昭和20年)海軍兵学校に入学(78期)。同年8月6日、江田島で水泳の訓練中、原爆投下を広島市側の海岸で目撃。8月15日に日本が終戦を迎えると軍海軍兵学校では生徒たちに帰宅の指示が出たが、満州出身であったため本土にいる親戚もよくわからず困っていたところ、教官が自身の佐賀の実家へ行くよう指示してくれる(教官は兵学校での残務処理に残った)。
藤沢 友吉郎(ふじさわ ともよしろう、1928年7月26日 … 藤沢 友吉郎(ふじさわ ともよしろう、1928年7月26日 - )は、日本の経営者、薬学博士。藤沢薬品工業社長、会長を務めた。 大阪府大阪市出身。1953年に東北大学理学部化学科を卒業し、同年に藤沢薬品工業に入社。1970年11月に取締役に就任し、1972年11月に常務を経て、1976年6月に副社長に就任し、1978年1月には社長に昇格。1992年6月に会長に就任し、1998年6月に取締役相談役を経て、2005年4月からアステラス製薬相談役を務めた。 1993年11月に藍綬褒章を受章し、2002年11月に勲二等瑞宝章を受章。
正宗 悟(まさむね さとる、1928年7月4日 - 2003… 正宗 悟(まさむね さとる、1928年7月4日 - 2003年11月9日)は、日本出身のアメリカ合衆国の生化学者。マサチューセッツ工科大学名誉教授。専門は生化学。ロバート・バーグマンとともに正宗・バーグマン環化を発見した。 福岡市出身。旧制仙台第二中学校(現・宮城県仙台第二高等学校)を経て、1952年東北大学卒業。フルブライト奨学金でカリフォルニア大学バークレー校に留学し、1957年にPh.D.を取得。ウィスコンシン大学で博士研究員となった後、メロン工業所(現・カーネギーメロン大学)で研究員として勤務する。1964年アルバータ大学に移り、1967年に教授に昇進した。1978年にマサチューセッツ工科大学の教授となり、多くの有機化学者を育てた。
宮 次男(みや つぎお、1928年6月2日 - 1994年2… 宮 次男(みや つぎお、1928年6月2日 - 1994年2月20日)は、日本の美術史家。専門は日本中世絵画史。 三重県出身。東北大学文学部卒。東京国立博物館、東京国立文化財研究所勤務。1960年「醍醐寺五重塔の壁画」(共同研究)で学士院恩賜賞受賞。77年「金字宝塔曼陀羅の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。東京国立文化財研究所情報資料部長、87年実践女子大学教授。
泉 久雄(いずみ ひさお、1928年4月14日 - 2017… 泉 久雄(いずみ ひさお、1928年4月14日 - 2017年4月29日)は、日本の法学者。専門は民法・家族法。専修大学名誉教授。法学博士(東北大学)。中川善之助門下。弟子に家永登(専修大学教授)、高橋敏(国士舘大学教授)、小野憲昭(北九州市立大学教授)、久々湊晴夫(北海学園大学教授)など。 宮城県伊具郡角田町出身。旧制山形高等学校卒業。1951年東北大学法学部卒業。東北大学法学部助手を経て、1954年専修大学法学部助教授。1961年専修大学法学部教授。1963年「相続人の責任に関する研究」にて東北大学にて法学博士受く。1972年(昭和47年)東京家庭裁判所参与。1983年(昭和58年)専修大学法学部長。
井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 20… 井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 2017年10月6日)は、日本の美術史家。東京都庭園美術館名誉館長。西洋・日本近代美術史専攻。 横浜市生まれ。1950年東北大学法文学部美学美術史学科卒。1956年、白柳美彦らの同人誌『カタルシス』に参加。国際文化振興会、1984年ローマ日本文化会館館長、在イタリア日本大使館公使、1988−1994年北海道立近代美術館館長。1989年−1997年明星大学日本文化学部生活芸術学科主任教授。1997年東京都庭園美術館館長。2016年同美術館名誉館長。 2009年秋、旭日小綬章受勲。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
川崎 健(かわさき つよし、1928年1月10日- 2016… 川崎 健(かわさき つよし、1928年1月10日- 2016年9月12日)は、日本の水産資源学者。東北大学名誉教授。専門は水産海洋学。農学博士(東北大学、1961年3月)。(社)東北建設協会漁業調査アドバイザー、気候影響・利用研究会顧問、日本科学者会議代表幹事、那珂川関係漁業協同組合協議会の設置した「那珂川の魚類・生態系影響評価委員会」委員長などを歴任。レジーム・シフト理論を発見、展開したことから「レジーム・シフトの父」と呼ばれる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
富田 虎男(とみた とらお、1928年 - 2016年6月1… 富田 虎男(とみた とらお、1928年 - 2016年6月11日)は、アメリカ史学者、立教大学名誉教授。 1952年東北大学文学部西洋史学科卒。1961年東京大学アメリカ研究センター助手、立教大学助教授、教授、1994年定年退任、名誉教授。 日本初のネイティブの公式英語教師で、聖公会会員でもあったラナルド・マクドナルドの研究を進め、その成果を1979年に『マクドナルド「日本回想記」―インディアンの見た幕末の日本―』として発刊した。その後、新しい資料を元に書き換え、1981年に補訂版、2012年に再訂版を発刊している。 マクドナルドを研究する「日本マクドナルド友の会」の会長も務め、マクドナルドが上陸した利尻島野塚岬にあるマクドナルド顕彰碑と彼を描いた小説「海の祭礼」の作者である吉村昭文学碑の建立を進め、1996年10月23日の除幕式では祝文を捧げた。
津田 淳(つだ じゅん、1927年11月4日 - )は、日本… 津田 淳(つだ じゅん、1927年11月4日 - )は、日本の哲学者、茨城大学名誉教授。 北海道生まれ。東北大学文学部哲学科卒、同大学院博士課程満期退学。茨城大学教育学部助教授、教授。91年定年退官、名誉教授、中央学院大学教授。キリスト教哲学を研究した。
金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は… 金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は、日本の国文学者、宮城教育大学名誉教授。 福島市生まれ。本籍・仙台市。海軍兵学校在学。1950年東北大学文学部国文科卒業。同大学院博士課程中退、宮城県第二女子高等学校教諭、宮城県仙台第一高等学校教諭、東北大学講師、宮城教育大学助教授、教授、図書館長をへて92年定年退官、名誉教授、山形女子短期大学教授。近世俳諧、特に『奥の細道』が専門。
遠藤 進之助(えんどう しんのすけ、1927年5月24日 –… 遠藤 進之助(えんどう しんのすけ、1927年5月24日 – 1955年8月31日)は、日本の歴史家。 岩手県岩手郡寺田村(西根村、西根町を経て、現在の八幡平市)に生まれる。岩手師範学校本科に進学し、森嘉兵衛に学ぶ。1948年に同校を卒業し、東北大学法文学部に進学。古田良一、豊田武に師事し、日本史を専攻する。1951年に同大学を卒業し、大学院特別奨学生となり、1955年に東北大学文学部東北文化研究室員となる。幕末維新期の東北史を中心に、幕藩体制の成立と変質崩壊過程の研究に取り組むも、急逝した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - … 小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - 1980年2月7日)は、日本の病理学者、専門は実験腫瘍学、特に化学物質による発がん研究。宮城県仙台市出身。倫理学者・白井成允の三男。 日本癌学会理事、日本病理学会評議員、日本食品衛生学会評議員、厚生省中央薬事審議会委員、食品衛生調査会委員などを歴任。
高松 和男(たかまつ かずお、1927年3月12日 - )は… 高松 和男(たかまつ かずお、1927年3月12日 - )は、日本の経営学者。 福島経済専門学校(1947年卒業、現・福島大学)を経て、1950年に東北大学経済学部(旧制)を卒業した。卒業後は、福島大学で講師を務めた後東北大学に移り、助教授を経て、教授に就任した。1962年「現代会計の原理 : 制度論的会計理論の展開」で東北大学から経済学博士の学位を取得した。1971年に初代創価大学学長となる。1984年に日本経営分析学会(現・日本経済会計学会)の初代会長に就任した。
茂泉 昭男(しげいずみ てるお、1927年2月10日 - 2… 茂泉 昭男(しげいずみ てるお、1927年2月10日 - 2022年7月11日)は、日本の宗教学者。東北学院大学名誉教授。 新潟県出身。東北帝国大学文学部倫理学科卒業。1953年、東北学院大学助手、1955年、同大学講師、1958年、同大学助教授。62年論文「アウグスティヌスにおけるSYMBOLISM」で日本倫理学会・和辻哲郎賞受賞。1965年、東北学院大学教授となり、文学部基督教学科主任、大学図書館長を歴任。1986年「初期キリスト教神学における倫理と形成-アウグスティヌス研究」で東北大学文学博士。1994年定年退職、名誉教授。その後、嘱託教授を務めた。
滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 20… 滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 2011年6月14日)は、日本の哲学者。東北大学名誉教授。 フランス及びイギリスの哲学を研究、メルロ=ポンティの翻訳を多く行った。 岩手県紫波郡紫波町出身。1951年、東北大学文学部哲学科卒業。1962年岩手大学助教授、1971年東北大学教授を経て、1985年東北大学文学部部長に就任。1989年定年退官、名誉教授。 その後岩手県立大学盛岡短期大学部学長、日本哲学会委員、日本現象学会委員などを務め、2005年秋に瑞宝中綬章受勲した。 2011年6月14日、胃癌のため宮城県仙台市内の病院で死去。84歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
岩脇 三良(いわわき さぶろう、1927年(昭和2年) - … 岩脇 三良(いわわき さぶろう、1927年(昭和2年) - )は、日本の心理学者。兵庫教育大学名誉教授。 高等学校在学中の1945年応召、1952年東北大学文学部心理学科卒、防衛大学校助教授、教授、中京大学教授、1972年「心理検査における回答の心理」で東北大学より文学博士の学位を取得。1980年兵庫教育大学教授、1992年定年退官、名誉教授、昭和女子大学生活機構研究科教授、同女性文化研究所長。
中名生 正昭(なかのみょう まさあき、1927年 - 202… 中名生 正昭(なかのみょう まさあき、1927年 - 2023年)は、日本の歴史家。 東北大学法学部卒業。読売新聞社経営計画委員会幹事会幹事代表、総合技術開発室長、編集委員を歴任、三菱重工業と提携し世界初のロボット輪転機RX、日立製作所と提携しニューメディア総合配信システムSUMMITの考案開発実用化に成功。東京読売サービス創立に参画、取締役企画制作本部長。日本マス・コミュニケーション学会会員。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英… 西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英文学者、東北学院大学名誉教授。 宮城県石巻市出身。東北大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退、東北学院大学助教授、教授を務め、1998年定年、名誉教授。1991年「憂鬱の時代 文豪ジョン・ダンの軌跡」で東北学院大学文学博士。
板倉 勝高(いたくら かつたか、1926年11月13日 - … 板倉 勝高(いたくら かつたか、1926年11月13日 - 1994年1月10日)は、日本の経済地理学者。東北大学名誉教授。 東京生まれ。大名華族板倉氏の子孫。1952年東北大学経済学部卒、東京都立神代高等学校教諭。信州大学助教授。1967年「日本興業地域の形成」で東北大経済学博士。流通経済大学助教授、教授、1977年東北大理学部教授、1990年定年退官、信州短期大学教授。1994年1月10日、肝臓癌のため死去。 もっぱら地場産業を研究した。
栗原 康(くりはら やすし、1926年10月28日 - 20… 栗原 康(くりはら やすし、1926年10月28日 - 2005年12月7日)は、日本の生態学者。 静岡県出身。東北帝国大学理学部卒。東北大学理学部助教授、1961年「ミクロコスム構造の生物学的解析」で理学博士。1971年東北大教授。1989年定年退官、名誉教授。その後奥羽大学歯学部教授。2002年「生態系解析手法の研究とその環境保全への応用」で日本学士院エジンバラ公賞授賞。 2005年12月7日、肺癌のため死去。
廣中 俊雄(ひろなか としお、1926年10月23日 - 2… 廣中 俊雄(ひろなか としお、1926年10月23日 - 2014年2月24日)は、日本の法学者。広島県広島市出身。東北大学名誉教授。専門は民法、法社会学。ほか財産法、契約法。日本の公安警察も研究した。
古田 武彦(ふるた たけひこ、1926年(大正15年)8月8… 古田 武彦(ふるた たけひこ、1926年(大正15年)8月8日 - 2015年(平成27年)10月14日)は、日本の思想史学者・古代史研究家。専門は親鸞等の中世思想史だが、むしろ古代史研究において著名である。
岩崎 俊一(いわさき しゅんいち、1926年〈大正15年〉8… 岩崎 俊一(いわさき しゅんいち、1926年〈大正15年〉8月3日 - 2025年〈令和7年〉7月25日)は、日本の工学者。工学博士(東北大学・1959年)(学位論文「磁気録音に関する研究」)。東北大学名誉教授。東北工業大学名誉理事長。元電子情報通信学会副会長。文化勲章受章者。福島県福島市生まれ、同県郡山市出身。 専門は電気工学・磁気記録。記録密度を飛躍的に上げる手法として垂直磁気記録方式を提唱した。 1977年頃に、磁気記録の記録密度を飛躍的に上げる手法として垂直磁気記録方式を提唱した。同方式は基礎研究は進められたものの、いくつかの困難があり、物性的にそれに適した磁気テープなどは割と早くに実現したが、広く市販される商品となったものは光磁気ディスク等といった別方式との併用を除けば、主力機器では東芝による2005年のハードディスク商品化が初であった。
星 猛(ほし たけし、1926年7月20日 - 2020年1… 星 猛(ほし たけし、1926年7月20日 - 2020年12月24日)は、日本の医学者(生理学)、医師。勲等は勲二等。学位は医学博士(東北大学・1956年)。東京大学名誉教授、東北大学名誉教授、静岡県立大学名誉教授。 東北大学医学部助手、東京大学医学部助教授、東北大学医学部教授、東京大学医学部教授、静岡県立大学食品栄養科学部教授、静岡県立大学食品栄養科学部学部長(初代)、静岡県立大学大学院生活健康科学研究科研究科長(初代)、静岡県立大学学長(第2代)、静岡県立大学短期大学部学長(第2代)、財団法人しずおか健康長寿財団理事長などを歴任した。 大日本帝国領台湾出身の生理学を専攻する医学者である。上皮膜輸送に関する研究の第一人者とされる。
佐々木 交賢(ささき こうけん、1926年4月24日 - 2… 佐々木 交賢(ささき こうけん、1926年4月24日 - 2005年6月28日)は、日本の社会学者。教育学博士(東北大学・論文博士・1981年)(学位論文「デュルケーム社会学研究 基礎理論と政治社会学」)。 秋田県出身。東北大学文学部社会学科卒、同大学院博士課程中退、1981年「デュルケーム社会学研究 基礎理論と政治社会学」で教育学博士(東北大学)の学位を取得。 宮城学院女子大学助教授、日本福祉大学助教授、1971年創価大学文学部助教授、教授。2005年定年退任、名誉教授。
城戸健一(きど けんいち、1926年(大正15年)4月15日… 城戸健一(きど けんいち、1926年(大正15年)4月15日 - 2015年(平成27年)10月7日)は、日本の学者。専門は建築音響工学・電気音響工学・音声情報処理・情報工学。 1926年4月15日生まれ。1948年3月、東北帝国大学工学部電気工学科卒業。同年4月、東北大学に奉職。1956年3月、同大学工学部助教授。1961年3月、工学博士(東北大学)。1962年4月、東北大学電気通信研究所教授。1976年4月、同大学応用情報科学研究センター長。1990年4月、同大学名誉教授、千葉工業大学教授・音響情報研究所所長。1994年5月、オンテックR&D代表取締役会長。2007年11月、瑞宝中綬章受章。
二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2… 二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2023年11月15日)は、日本の紙飛行機の設計者、日本紙飛行機協会会長、日本インダストリアルデザイナー協会会員、工学博士、自家用飛行機操縦士。ハードSF研究所客員研究員。 紙飛行機設計歴50年の世界的権威、設計したオリジナル機は、競技機から軽飛行機、プロフィール機まで2,600機を超え、素材には紙だけでなくバルサ材やスチレンペーパーも使用して紙飛行機の可能性を追求している。1967年、第1回国際紙飛行機サンフランシスコ大会でグランプリを獲得。1985年シアトルでの第2回大会では元宇宙飛行士マイケル・コリンズらとともに審査委員を務めた。 1967年から、月刊『子供の科学』で紙飛行機の付録を連載。
白橋 宏一郎(しらはし こういちろう、1926年1月23日 … 白橋 宏一郎(しらはし こういちろう、1926年1月23日 - 2009年2月3日)は、日本の医学者、精神科医。専門は児童精神医学。元東北福祉大学教授。医学博士(東北大学・1959年)。 東北児童青年精神医学会を発足し、精神科医として初めて国立総合病院長に就任した。日本における児童精神医学の権威の一人として多くの後輩を教えた。 1926年生まれ。1951年東北大学医学部卒業。1958年国立仙台病院精神科医長。東北大学医学部講師。1959年医学博士(東北大学)。後に東北福祉大学教授。国立仙台病院名誉院長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
大谷 茂盛(おおたに しげもり、1926年1月1日 - 19… 大谷 茂盛(おおたに しげもり、1926年1月1日 - 1990年10月15日)は、日本の化学工学者。元東北大学総長。従三位勲二等旭日重光章。 1926年、長野県南安曇郡真々部村(現・安曇野市)生まれ。1943年に 旧制長野県立松本中学校(現・長野県松本深志高等学校)を卒業。旧制山梨工業専門学校(現・山梨大学工学部)に進んで1945年に卒業した。戦後、東北大学大学院第1期特別研究員として東北大学大学院工学部機械工学科で学び、1949年に卒業した。 1960年、東北大学工学部助教授に着任。1965年、「粒状物質内における水分移動に関する研究」を提出して、工学博士号を取得。また、同年に東北大学工学部化学工学科教授に昇進。
荒川 泓(あらかわ きよし、1926年 - )は、日本の化学… 荒川 泓(あらかわ きよし、1926年 - )は、日本の化学者、北海道大学名誉教授。 岐阜県生まれ。1952年東北大学理学部化学科卒。1962年「熱可逆性ゲルのレオロジー的性質に関する研究」で東京大学理学博士。富士電機勤務、静岡大学助教授、北海道大学理学部応用電気科助教授、教授、90年定年退官、名誉教授。
新田 健一(にった けんいち、1926年- )は、日本の犯罪… 新田 健一(にった けんいち、1926年- )は、日本の犯罪心理学者。 東京生まれ。東北大学文学部心理学科卒業。法務技官、東京少年鑑別所所長。昭和女子大学大学院特任教授。日本犯罪心理学会会長。
松野 良寅(まつの よしとら、1926年(大正15年) - … 松野 良寅(まつの よしとら、1926年(大正15年) - 2012年(平成24年)3月12日)は、日本の英学者。日本英学史学会第7代会長、我栄記念館館長。豊田實賞、米沢市功績章を受章。 山形県出身。米沢中学から、海軍兵学校入校。松野は海兵75期で、在校中に第二次世界大戦の終結を迎え卒業証書を授与されている。 戦後は東北大学法文学部英文科を卒業し、母校の教員や山形県教育庁主事などを務める。1967年(昭和42年)から山形大学工業短期大学部助教授、同教養部教授、1992年(平成4年)から東北芸術工科大学教授を歴任。 英学者としては『興譲館世紀』で第1回豊田實賞を受賞。また日本英学史学会会長を務めた。
野口 廣(のぐち ひろし、1925年12月26日 - 201… 野口 廣(のぐち ひろし、1925年12月26日 - 2017年5月31日)は、日本の数学者、国際あやとり協会顧問、数学オリンピック財団前理事長、早稲田大学名誉教授。初期は野口宏の筆名を用いた。 東京出身。東北帝国大学理学部数学科卒業、1948年同大学副手、1952年早稲田大学講師、1956~1957年湯川奨学金による大阪大学内地留学、1958年ミシガン大学に留学、1960年大阪大学より理学博士号取得。1965年早稲田大学理工学部教授。1966年~米国National Science Foundationの招待によるイリノイ大学客員教授。1996年早大定年、名誉教授。1991年の数学オリンピック財団設立に尽力。
永井 信一(ながい しんいち、1925年12月9日 - )は… 永井 信一(ながい しんいち、1925年12月9日 - )は、日本の美術史家、美術評論家。女子美術大学名誉教授。 神戸市生まれ。本籍は群馬県。京城帝国大学予科在学中に敗戦を迎え、引揚後、旧制松本高等学校理科甲類に編入。1948年東北帝国大学文学部東洋芸術史学科卒業後、東北帝国大学助手、1949年女子美術大学芸術学部講師、助教授、教授を歴任。1989年から1991年まで女子美術大学付属高等学校・中学校長(第十代)。1991年に女子美術大学を定年退職し、名誉教授の称号を得る。同年、沖縄県立芸術大学教授に就任し、1999年に沖縄県立芸術大学を退職。