難波 孝一(なんば こういち、1949年9月1日 - )は、… 難波 孝一(なんば こういち、1949年9月1日 - )は、日本の裁判官、弁護士。東京地方裁判所所長代行や、東京高等裁判所部総括判事を経て、森・濱田松本法律事務所客員弁護士、法務省司法試験考査委員。 1972年中央大学法学部法律学科卒業。司法修習を経て、1979年東京地方裁判所判事補任官。1982年釧路地方裁判所帯広支部判事補。1984年最高裁判所事務総局民事局付。1986年東京地方裁判所判事補。1987年千葉地方裁判所判事補。1990年広島高等裁判所判事職務代行。1993年最高裁判所司法研修所教官(民事裁判)。。 1994年法務省司法試験考査委員(民法)。1997年東京地方裁判所判事。1999年東京地方裁判所部総括判事。
栃木 敏明(とちぎ としあき、1949年4月16日 - )は… 栃木 敏明(とちぎ としあき、1949年4月16日 - )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を務めた。
神 洋明(じん ひろあき、1949年4月8日 - )は、日本… 神 洋明(じん ひろあき、1949年4月8日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、法務省法制審議会刑事法部会幹事、東亜道路工業監査役等を歴任した。 1968年青森県立八戸高等学校卒業。1972年中央大学法学部卒業。1979年弁護士登録。法務省法制審議会刑事法部会幹事、警察大学校非常勤講師等を歴任。2003年東亜道路工業監査役。2014年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。 2019年春の叙勲で旭日中綬章を受章。同年中央大学法曹会会長。
五百蔵 洋一(いおろい よういち、1949年1月5日 - )… 五百蔵 洋一(いおろい よういち、1949年1月5日 - )は、日本の弁護士、東アジア共同体研究所監事。東京都出身。 中央大学法学部法律学科卒業。1972年に23歳で司法試験合格、27期司法修習を経て1975年に弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。 人権問題や労働問題、司法制度改革に積極的に取り組み、非国会議員ながら1993年に中大法学部の先輩山花貞夫を首班とする社会党シャドーキャビネット法相となったほか、社会文化法律センター事務局長などを歴任した。 民主党顧問弁護団の事務局長、民主党倫理委員会の党外委員、今野東の選挙スタッフが刑事訴追された際の弁護人などを歴任し、在住の調布市を含む東京22区選出の山花郁夫を支援したほか、鳩山由紀夫の政治資金報告書虚偽記載問題に関する調査を一任されるなど、民主党とは深いかかわりを持つ。
一宮 なほみ(いちみや なほみ、1948年11月22日 - … 一宮 なほみ(いちみや なほみ、1948年11月22日 - )は、日本の裁判官、人事官、弁護士。 人事院総裁(第25・26代)、仙台高等裁判所長官などを歴任。 東京都出身。中央大学法学部を卒業後、裁判官に任官された後、各地の地方裁判所などの判事を経て仙台高等裁判所長官を務めた。 ねじれ国会状態の参議院で上林千恵子法政大学教授の人事官起用の国会同意人事案が民主党、日本維新の会、日本共産党、生活の党など野党の反対で不同意となり、人事官ポストが1つ空席となっていたため、2013年6月に裁判官出身者としては異例となる人事院人事官に任命された。その後、成長戦略として「女性登用」を掲げていた第2次安倍内閣で、2014年4月12日付で女性として初の人事院総裁に就任し、4月14日に内閣総理大臣官邸にて安倍晋三総理から辞令を交付された。
上田 文雄(うえだ ふみお、1948年6月11日 - 202… 上田 文雄(うえだ ふみお、1948年6月11日 - 2025年9月18日)は、日本の政治家、弁護士。北海道札幌市長(第9代・3期)、札幌弁護士会副会長を務めた。 北海道中川郡幕別町生まれ。父は保守系の幕別町議会議員であった。幕別町立幕別中学校、北海道帯広三条高等学校、中央大学法学部卒業。 1975年、26歳で司法試験に合格し、司法修習第30期を修了。1978年。、弁護士登録し、道央法律事務所に所属する(当時の同僚に後の北海道知事・衆議院議長となる横路孝弘がいる。1983年北海道知事選挙では横路の勝手連に参加した)。「全国中学校一斉学力調査」を阻止しようとした反対派が公務執行妨害罪などに問われた旭川学力テスト事件の弁護も担当した。
藤田 善六(ふじた ぜんろく、1948年4月12日 - )は… 藤田 善六(ふじた ぜんろく、1948年4月12日 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長、コメリ監査役等を務めた。 新潟県糸魚川市出身。1972年中央大学法学部卒業。1980年新潟県弁護士会弁護士登録。2007年新潟県弁護士会会長。2011年日本弁護士連合会副会長。2015年からは関東弁護士会連合会理事長を務め、日本の集団的自衛権行使を容認する閣議決定を否定する決議を行うなどした。コメリ監査役なども務めた。2019年、旭日中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
伊藤 鉄男(いとう てつお、1948年3月15日 - )は、… 伊藤 鉄男(いとう てつお、1948年3月15日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁特捜部長、東京地方検察庁検事正、次長検事、総務省政治資金適正化委員会委員長、西村あさひ法律事務所オブカウンセルなどを歴任した。 岐阜県恵那市出身。1971年中央大学法学部卒業。1990年最高裁判所司法研修所教官。1993年東京地方検察庁検事。1999年東京地方検察庁刑事部長。2000年法務省大臣官房会計課長。2001年東京地方検察庁特別捜査部長。2002年甲府地方検察庁検事正。2004年最高検察庁検事。2005年東京地方検察庁次席検事。2006年東京高等検察庁次席検事。2007年東京地方検察庁検事正。
山岸 憲司(やまぎし けんじ、1948年2月27日 - )は… 山岸 憲司(やまぎし けんじ、1948年2月27日 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会会長(2012年 - 2013年度)。東京弁護士会所属。 2012年、日本弁護士連合会会長選挙に立候補し、3回の投票の末、現職の宇都宮健児らを破り、会長に就任した。
有田 知德(ありた ともよし、1948年2月1日 - )は、… 有田 知德(ありた ともよし、1948年2月1日 - )は、日本の検察官、弁護士。最高検察庁公安部長を経て、高松高等検察庁検事長、仙台高等検察庁検事長、福岡高等検察庁検事長を歴任した。瑞宝重光章受章。 兵庫県出身。1970年中央大学法学部卒業。1971年旧司法試験合格。1974年神戸地方検察庁検事。東京地方検察庁特別捜査部副部長や、東京地方検察庁刑事部長を経て、1996年名古屋地方検察庁特別捜査部長。2001年秋田地方検察庁検事正。 2002年最高検察庁検事。2004年名古屋地方検察庁検事正。2005年最高検察庁公安部長。2007年高松高等検察庁検事長。2008年仙台高等検察庁検事長。2009年福岡高等検察庁検事長。
矢田 次男(やだ つぎお、1948年 -)は、日本の弁護士、… 矢田 次男(やだ つぎお、1948年 -)は、日本の弁護士、元検察官。のぞみ総合法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。ジャニーズ事務所顧問弁護士。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は… 増田 暢也(ますだ のぶや、1947年10月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省入国管理局長や、最高検察庁公判部長、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。1971年中央大学法学部卒業。1974年東京地方検察庁検事。法務省入国管理局長、最高検察庁公判部長、千葉地方検察庁検事正を経て、2008年横浜地方検察庁検事正。2009年仙台高等検察庁検事長。2010年に退官し、東京弁護士会弁護士登録、外立総合法律事務所入所、中央更生保護審査会委員(常勤)。2018年春の叙勲で瑞宝重光章受章。同年増田法律事務所代表。2022年月島機械取締役。2023年月島ホールディングス取締役。
滝澤 孝臣(たきざわ たかおみ、1947年7月24日 - )… 滝澤 孝臣(たきざわ たかおみ、1947年7月24日 - )は、日本の裁判官、弁護士。中央大学法学部卒業。東京地方裁判所部総括判事、山形地方裁判所所長兼山形家庭裁判所所長などを経て東京高等裁判所判事で定年後、日本大学大学院法務研究科教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日… 城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日本の元弁護士、元検察官。 愛知県出身。愛知県立田村(現愛西市)に生まれた。愛知県立津島高等学校では弁論部で活躍した。1966年、津島高校を卒業し(18回生)、上京して中央大学法学部法律学科に入学した。当時は、学園紛争が続き中央大学もロックアウトになってまともに講義が受けられない4年間をすごすことになったが、その間に弁論部で活躍し、選挙活動のアルバイトに没頭した。ようやく司法試験を合格を目指すサークルに入って勉強を開始する。 大学卒業後5回目で司法試験に合格した。この後、司法修習を受けた後、検事として検察庁に配属される。 東京地方検察庁、前橋地方検察庁、名古屋地方検察庁に勤務した後、1992年、法務省訟務局検事を最後に退官。
竹之内 明(たけのうち あきら、1947年5月26日 - )… 竹之内 明(たけのうち あきら、1947年5月26日 - )は、日本の弁護士。東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、アルプス電気監査役、アマダホールディングス監査役等を歴任した。 新潟県出身。新潟県立新潟高等学校を経て、1972年中央大学卒業。1979年東京弁護士会弁護士登録、辻誠法律事務所入所。2002年アルプス電気監査役。2010年警察庁捜査手法取調べの高度化を図るための研究会委員。2011年から[東京弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長を務め、東日本大震災への対応にあたるなどした。2012年日本弁護士政治連盟副理事長・常務理事。2013年最高裁判所裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会委員。
加毛 修(かも おさむ、1947年3月25日 - )は、日本… 加毛 修(かも おさむ、1947年3月25日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、内閣府政府調達苦情検討委員長、東京都都政改革本部特別顧問等を歴任した。 1969年中央大学法学部法律学科卒業。1973年弁護士登録。2006年アゼアス監査役。2007年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2010年内閣府政府調達苦情検討委員会委員長。2016年日本航空監査役、東京都都政改革本部特別顧問。2017年春の叙勲で旭日中綬章受章。 2018年には福田淳一財務事務次官によるセクハラ問題で、財務省から調査委託を受け、匿名での情報提供も受けつけるとの方針で事態にあたった。
鳥飼 重和(とりかい しげかず、1947年3月12日 -)は… 鳥飼 重和(とりかい しげかず、1947年3月12日 -)は、日本の弁護士。日本初のタックスロイヤー。鳥飼総合法律事務所代表。第二東京弁護士会所属。 ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(USMH)社外取締役、株式会社ムラコシホールディングス社外取締役、株式会社野村資産承継研究所 法律顧問、KODAMA国際教育財団 理事、明海大学理事。 元内部統制研究学会会長、元日本税理士会連合会顧問。 福岡県出身。中央大学法学部卒。税理士事務所勤務後、司法試験に合格し、弁護士登録。1994年(平成6年)4月、鳥飼経営法律事務所(現 鳥飼総合法律事務所)を創設。会社法を中心とした企業法務と税法を中心とした税務訴訟を業務の中核としている。
近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )… 近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:15594)。 参議院議員(1期)を務めた。 新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1977年、新潟市で法律事務所を開業した。 1987年、日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年の第20回参議院議員通常選挙に新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院の院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。
島 伸一(しま しんいち、1947年 - )は、日本の法学者… 島 伸一(しま しんいち、1947年 - )は、日本の法学者・弁護士。刑法学者・刑事訴訟法学者。学位は、法学博士(上智大学)。駿河台大学名誉教授。島伸一法律事務所所長。東京都文京区出身。 当初は内田文昭に師事し、1976年に内田が転出した後は、町野朔に師事する。 熊本信夫編集代表『北海学園大学法学部・大学院法学研究科教育・研究年報』(北海学園大学法学部大学院法学研究科, 1993年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
奈良 道博(なら みちひろ、1946年5月17日 - )は、… 奈良 道博(なら みちひろ、1946年5月17日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、学校法人中央大学理事、王子ホールディングス取締役、セイコーエプソン取締役、法務省法制審議会委員等を歴任。旭日中綬章受章。 1970年中央大学法学部法律学科卒業。1974年弁護士登録。総務省年金記録確認中央第三者委員会委員長代理、学校法人中央大学理事等を歴任。2006年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2011年法務省法制審議会委員。2013年セイコーエプソン監査役。2014年王子ホールディングス取締役。2015年蝶理監査役、日本特殊塗料取締役。2016年セイコーエプソン取締役、蝶理取締役。
田中 康郎(たなか やすろう、1946年2月9日 - )は、… 田中 康郎(たなか やすろう、1946年2月9日 - )は、日本の裁判官、検察官、弁護士。東京高等裁判所部総括判事を経て、札幌高等裁判所長官を最後に定年退官後、明治大学法科大学院長事務取扱・教授等を務めた。 1968年中央大学法学部法律学科卒業。1971年任官、東京地方裁判所八王子支部判事補。東京地方裁判所判事補、東京地方検察庁検事、法務省法務総合研究所教官、東京地方裁判所部総括判事、千葉地方裁判所部総括判事、司法研修所教官等を経て、2003年盛岡地方裁判所長。2005年東京高等裁判所部総括判事。2009年札幌高等裁判所長官。 2011年東京弁護士会弁護士登録、明治大学法科大学院教授。2014年明治大学法科大学院院長代行。
新垣勉(あらかきつとむ、1946年 - )は、日本の弁護士(… 新垣勉(あらかきつとむ、1946年 - )は、日本の弁護士(登録番号:13560)。 1968年中央大学法学部卒業。1973年弁護士登録。 反戦地主弁護団、代理署名拒否訴状大田知事弁護団に加わる。沖縄弁護士会常議員、日本弁護士連合会人権委員、沖縄弁護士会会長(2003年度)、日米地位協定改定の実現を求めるNGO事務局長を歴任。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
鈴木 芳夫(すずき よしお、1945年11月1日 - )は、… 鈴木 芳夫(すずき よしお、1945年11月1日 - )は、日本の検察官、弁護士。仙台高等検察庁検事長や、広島高等検察庁検事長、中央大学大学院法務研究科教授、外国人技能実習機構理事長等を歴任した。瑞宝重光章受章。 東京都出身。1968年中央大学法学部卒業。1970年検察官任官。法務省訟務局付として原発訴訟を担当し、1983年からは最高裁判所司法研修所教官を務めた。1987年法務省訟務局租税訟務課長。1997年東京高等検察庁刑事部長。1999年大津地方検察庁検事正。2001年福岡地方検察庁検事正。2003年最高検察庁総務部長。同年横浜地方検察庁検事正。2004年高松高等検察庁検事長。2005年仙台高等検察庁検事長。
種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本… 種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本の政治家、弁護士。茨城県水戸市谷田町出身。茨城中学校、茨城県立水戸第一高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。元参議院議員(1期)、元日弁連副会長。茨城バングラデシュ友好協会名誉顧問。種田法律事務所所長。学校法人茨城理事長。
一條 實昭(いちじょう さねあき、1945年(昭和20年)8… 一條 實昭(いちじょう さねあき、1945年(昭和20年)8月6日 - )は、日本の弁護士。かつての摂家・公爵家である一条家の第28代当主。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。一條實文の子。また、吉良義央の九世子孫 にあたる。子で次期一条家当主に一条実綱がいる。
木村 晋介(きむら しんすけ、男性、1945年1月24日 -… 木村 晋介(きむら しんすけ、男性、1945年1月24日 - )は、日本の弁護士(東京弁護士会所属)、エッセイストである。木村晋介法律事務所所長。 長崎市生まれ。東京都立杉並高等学校、中央大学法学部卒業。 大学在学中は親友の椎名誠(作家)や沢野ひとし(イラストレーター)らと克美荘で共同生活を送る。 大学卒業の1967年に22歳で司法試験合格し、司法修習22期(同期に弘中惇一郎や筒井信隆)を経て1970年に弁護士登録。独立して木村晋介法律事務所を開設。 2025年発売の椎名誠「続々失踪願望。」において前立腺がんステージ4であることを告白している。 消費者問題、犯罪被害者問題、環境問題、プライバシー問題に造詣が深く、オウム事件では坂本弁護士一家救出運動に尽力した。
戸谷茂樹(とだにしげき 1945年 - )は、日本の弁護士。… 戸谷茂樹(とだにしげき 1945年 - )は、日本の弁護士。 中央大学法学部法律学科卒業。 1970年弁護士登録。 附属池田小事件の犯人の弁護士を務める。起訴内容を争わない方針を取り、犯人には罪を償う意識を持ってもらうことを目指した。だが犯人は最後まで謝罪の言葉を口にせず事件と向き合わなかったことを悔やむ。罰や治療では解決しない人間もいるため、人格形成が重要と説く。生まれながらの犯罪者はいないとして、歪んだ人間を生まない教育や家庭環境をいかにして築くかとする。 事件後の犯人と獄中結婚した女性がいた。戸谷茂樹を通じて手紙や差し入れが行われていた。死刑確定後は親族以外は犯人とは面会できないため、死刑確定の前に獄中結婚していた。
横田 尤孝(よこた ともゆき、1944年〈昭和19年〉10月… 横田 尤孝(よこた ともゆき、1944年〈昭和19年〉10月2日 - )は、日本の最高裁判所裁判官、弁護士、元次長検事。長島・大野・常松法律事務所顧問。
荒木 伸怡(あらき のぶよし、1944年4月15日 - )は… 荒木 伸怡(あらき のぶよし、1944年4月15日 - )は、日本の法学者、弁護士、立教大学名誉教授。法と心理学会常任理事・犯罪社会学会会長を歴任。 横須賀市生まれ。1963年栄光学園高等学校卒業、1968年中央大学法学部卒業、1975年東京大学大学院民刑事法専攻博士課程修了・「迅速な刑事裁判を受ける権利」で法学博士。1974年立教大学法学部助手、75年専任講師、77年助教授、84年教授、2010年定年退任、名誉教授。弁護士。法と心理学会常任理事・犯罪社会学会会長を務めた。
吉村 駿一(よしむら しゅんいち、1944年〈昭和19年〉4… 吉村 駿一(よしむら しゅんいち、1944年〈昭和19年〉4月1日 - )は、日本の弁護士。吉村駿一法律事務所代表。 群馬県北群馬郡吉岡町出身。渋川高等学校卒業。1967年中央大学法学部卒業。1971年弁護士登録。司法修習後、横浜合同法律事務所に勤務する。1973年に吉村駿一法律事務所を設立。 1991年の群馬県知事選挙に日本共産党推薦で立候補するが落選。その後、1995年・1999年・2003年・2007年と連続して立候補しているがいずれも落選している。 2004年、「写真屋さん45訴訟」で原告代理人を務め、原告勝訴を勝ち取った。 全国人権連副議長、群馬弁護士会副会長、安保破棄諸要求貫徹群馬県実行委員会委員長などを歴任している。
中山 武敏(なかやま たけとし、1944年2月6日 - )は… 中山 武敏(なかやま たけとし、1944年2月6日 - )は、日本の弁護士。狭山事件の再審請求の主任弁護人をつとめた。第二東京弁護士会所属。登録番号12688。 福岡県直方市の被差別部落に生まれる。実父の中山重夫は大日本帝国陸軍戦車隊の整備兵として中国戦線に参加し、日本軍の残虐行為を目撃したと主張、戦後は南京大虐殺の証言を続け、反戦平和運動やカトリック教会の部落解放運動の発足に寄与し、部落解放同盟東京都連合会江戸川支部長や東京江戸川区日中友好協会会長などを務めた。 父が靴の修理、母が廃品回収で生計を支える貧困家庭に育ち、働きながら苦学し、定時制高校を経て、1968年、中央大学法学部二部卒業。1969年に司法試験合格、司法修習(23期)を経て、1971年に弁護士を開業。
山本 剛嗣(やまもと たけじ、1944年1月6日 - )は、… 山本 剛嗣(やまもと たけじ、1944年1月6日 - )は、日本の弁護士。東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、最高裁判所司法研修所教官、法務省司法試験考査委員、国家公安委員等を歴任した。旭日中綬章受章。 東京都練馬区出身。高千穂高等学校を経て、1968年中央大学第二法学部(夜間部)卒業。1969年旧司法試験合格。1972年弁護士登録。1993年最高裁判所司法研修所民事弁護教官。1999年法務省司法試験考査委員(刑法)。2001年法律扶助協会東京都支部支部長。2008年から東京弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長を務め、法曹人口の適正規模の検討を進めるなどした。2010年国家公安委員。2010年6月高千穂学園理事就任。
杉井 静子(すぎい しずこ、1944年 〈昭和19年〉- )… 杉井 静子(すぎい しずこ、1944年 〈昭和19年〉- )は、日本の弁護士、評論家。 中国・青島生まれ。東京都立立川高等学校卒業、中央大学法学部卒業。1969年弁護士登録。平和・民主・革新の日本をめざす全国の会代表世話人。都留文科大学ジェンダー学入門非常勤講師。日弁連・両性の平等に関する委員会委員長、家事法制委員会委員長、第二東京弁護士会副会長、関東弁護士会連合会理事長などを務めた。2009年にひめしゃら法律事務所を設立・所長。
千賀 修一(せんが しゅういち、1943年9月6日 - )は… 千賀 修一(せんが しゅういち、1943年9月6日 - )は、弁護士・税理士。弁護士法人TLEO虎ノ門法律経済事務所代表弁護士、公益財団法人千賀法曹育英会理事長、公益財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団監事、公益社団法人シニア総合サポートセンター理事長。公益財団法人公益事業支援協会理事長。 愛知県愛西市出身。不動産取引・建築・都市再開発を得意としている。中央大学の真法会で同会の理事長(後に会長)であった弁護士向江璋悦氏(当時司法試験受験指導の神様といわれていた)から学問に国境はない、先輩から受けた恩は後輩に返せという指導を受け、司法試験に合格。1973年赤坂1丁目再開発事業のとりまとめを受任し望外の報酬が入ったので後進のため虎ノ門司法研究室を設立し、ボランティアで司法試験受験生の指導を開始(。
庄司 捷彦(しょうじ かつひこ、1943年8月30日 - )… 庄司 捷彦(しょうじ かつひこ、1943年8月30日 - )は、日本の弁護士・詩人。仙台弁護士会所属。自由法曹団所属。
熊田 士朗(くまだ しろう、1943年7月10日 - )は、… 熊田 士朗(くまだ しろう、1943年7月10日 - )は、日本の裁判官、弁護士。名古屋高等裁判所部総括判事や、名古屋地方裁判所所長、法務省難民審査参与員等を歴任した。 1967年中央大学法学部法律学科卒業、旧司法試験合格。1970年名古屋地方裁判所判事補任官。名古屋高等裁判所判事、名古屋地方裁判所判事等を経て、2001年福井地方裁判所長。2002年名古屋高等裁判所部総括判事。2005年名古屋家庭裁判所長。2007年名古屋地方裁判所長。2008年定年退官、春日井簡易裁判所判事。2009年名古屋簡易裁判所判事。2013年定年退官、岐阜県弁護士会弁護士登録。2014年法務省難民審査参与員。2015年瑞宝重光章受章。
松嶋 英機(まつしま ひでき、1943年4月19日 - 20… 松嶋 英機(まつしま ひでき、1943年4月19日 - 2021年10月5日)は、日本の弁護士。西村あさひ法律事務所代表パートナーを務めた。合併前のときわ総合法律事務所の開設者である。事業再生実務家協会代表理事。熊本県出身。 民事再生、会社更生その他の倒産・事業再生を専門とし、山一證券、住宅金融専門会社、そごう、ハウステンボス、国民銀行などの事案を担当した。 不動産投資会社レーサムの創業者で、1992年から2021年まで取締役を勤めた男が、ホテルで覚醒剤やコカインを所持したとして覚醒剤取締法違反などの罪で逮捕・起訴され、2025年8月14日までに懲役2年、執行猶予4年の判決を受けた 。 この男は、1992年の同社の創業時から、2021年に取締役会長を辞任するまで同社に勤務していたが、松嶋は2012年より、死去する2021年まで同社の社外監査役を勤めていた。
髙野 利雄(たかの としお、1943年4月18日 - )は、… 髙野 利雄(たかの としお、1943年4月18日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁検事正や、名古屋高等検察庁検事長、国際研修協力機構理事長等を歴任した。瑞宝重光章受章。 1966年中央大学法学部卒業。1968年札幌地方検察庁検事。1969年釧路地方検察庁帯広支部検事。1971年東京地方検察庁検事。1973年札幌地方検察庁検事。1975年水戸地方検察庁検事。1978年東京地方検察庁検事。1987年東京地方検察庁特別捜査部副部長。1989年東京地方検察庁刑事部副部長。1990年法務大臣官房営繕課長。1992年東京地方検察庁総務部長。1993年東京地方検察庁刑事部長。1994年最高検察庁検事。
児玉 勇二(こだま ゆうじ、1943年 - )は、日本の弁護… 児玉 勇二(こだま ゆうじ、1943年 - )は、日本の弁護士。DCI日本支部の代表を標榜している。 1968年中央大学法学部を卒業し、1971年より裁判官、1973年に弁護士登録。立教大学非常勤講師などを勤めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁… 細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁護士、警察官僚。
須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月… 須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月27日 - 2016年(平成28年)11月5日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事を経て、東京電力ホールディングス取締役。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1970年4月に弁護士登録後、みなと協和法律事務所に所属。法学博士。 東京弁護士会副会長、財団法人法律扶助協会常務理事、最高裁判所司法研修所教官(民事弁護)、日本弁護士連合会綱紀委員会委員長、東京都労働委員会公益委員、国際医療福祉大学客員教授を歴任。そごうグループ民事再生申立代理人、日本長期信用銀行内部調査委員を務める。 2009年(平成21年)12月28日に最高裁判所判事に67歳で就任。
簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本… 簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。元日本共産党中央委員会委員。夫は同じく弁護士の簑輪弘隆。 愛知県名古屋市出身。中央大学法学部を卒業後、司法修習生時代に日本共産党へ入党。弁護士となってからは、夫・弘隆と共に岐阜県岐阜市内に法律事務所を開設する。 1974年の参院選で岐阜県選挙区から出馬するも落選するが、1980年の衆院選で旧岐阜1区から立候補し初当選、岐阜県初の共産党衆議院議員となった。以後衆議院議員を2期務める。
高村 正彦(こうむら まさひこ、1942年〈昭和17年〉3月… 高村 正彦(こうむら まさひこ、1942年〈昭和17年〉3月15日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:10863)。公益財団法人日本武道館会長(第9代)。自由民主党憲法改正実現本部最高顧問。 衆議院議員(12期)、経済企画庁長官(第50代)、法務大臣(第70代)、防衛大臣(第3代)、外務大臣(第122・135代)、衆議院農林水産委員長、番町政策研究所会長(第3代)、自民党副総裁(第13代)、日中友好議員連盟会長、武道議員連盟会長、少林寺拳法振興議員連盟会長、自民党たばこ議員連盟顧問などを歴任した。 元衆議院議員高村坂彦の四男。息子は衆議院議員の高村正大。 山口県徳山市(現・周南市)出身。
宗像 紀夫(むなかた のりお、1942年1月12日 - )は… 宗像 紀夫(むなかた のりお、1942年1月12日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁特捜部長、最高検察庁刑事部長、名古屋高等検察庁検事長、内閣官房参与、中央大学大学院教授等を歴任した。瑞宝重光章受章。 福島県田村郡三春町出身。福島県立安積高等学校卒業。生家は裕福ではなく、司法試験合格者を多数輩出し、他の私学より学費が安かった中央大学法学部に進んだ。中央大学法学部の司法試験受験サークル「真法会」に入って勉学に励んだ。1965年に中央大学法学部を卒業し、同年の司法試験に合格。司法修習第20期を修了し、1968年に検事任官。 福島地方検察庁検事在職中、福島県政汚職事件では、東亜相互企業の町井久之(本名・鄭建永)ら3人からの贈賄も絡み福島県庁総務部長を逮捕・起訴し、追って当時の木村守江福島県知事を収賄の疑いで起訴する。
藤本 哲也(ふじもと てつや、1940年〈昭和15年〉12月… 藤本 哲也(ふじもと てつや、1940年〈昭和15年〉12月18日 - )は、日本の法学者・弁護士。専門は、犯罪学・刑事政策・被害者学。Ph.D.(カリフォルニア大学バークレー校・1975年)。中央大学名誉教授。元常磐大学大学院教授。 現在、日本刑事政策研究会理事、法務省・性犯罪者処遇プログラム研究会構成員、法務省矯正研修所講師、財団法人矯正協会評議員、全国少年警察ボランティア協会顧問、日本更生保護協会理事、日本被害者学会理事、特定非営利活動法人全国就労支援事業者機構理事、内閣府少年非行事例等調査研究企画分析会議委員長、社会福祉士試験委員、最高検察庁参与。また、2000年まで司法試験考査委員を務めた。
渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1… 渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1日 - )は、日本の弁護士、評論家。 静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を経て、1963年に中央大学法学部を卒業後、1966年に弁護士開業。 千葉県の女性弁護士第1号。 家族、遺産相続、DVなどの問題を担当、人生相談の回答者として活動している。 女性と仕事の未来館館長(2003年 - 2011年)を務めたほか、NPO法人DV被害者支援活動促進のための基金を設立(同理事長)、NPO法人高齢社会をよくする女性の会監事などを務めている。2005年に男女共同参画社会づくり功労者として内閣総理大臣表彰を受けている。 法律事務所の会議室に高座をもうけて講談師を招き、「渥美講談塾」を開設。
三瀬 顕(みせ けん、1940年1月19日 - )は、日本の… 三瀬 顕(みせ けん、1940年1月19日 - )は、日本の弁護士。愛媛県大洲市出身。本名は三瀬顕(みせあきら)。
保岡 興治(やすおか おきはる、1939年5月11日 - )… 保岡 興治(やすおか おきはる、1939年5月11日 - )は、日本の政治家、元裁判官、弁護士 (東京弁護士会所属)。自由民主党所属の衆議院議員(13期)、党憲法改正推進本部長。法務大臣(第69代、第81代)、裁判官弾劾裁判所裁判長を歴任した。2016年10月からは裁判官訴追委員会委員長。
石川 達紘(いしかわ たつひろ、1939年〈昭和14年〉4月… 石川 達紘(いしかわ たつひろ、1939年〈昭和14年〉4月4日 - )は、日本の元検察官、元弁護士(2023年5月15日付で法曹資格を喪失)。 山口県出身。1958年下松工業高校工業化学科卒業。1962年中央大学法学部を卒業後、同年に23歳で司法試験合格。司法修習生17期を経て、1965年に検事任官。任官同期に原田明夫(検事総長)ら。 1982年東京地検特捜部副部長に就任。岡田茂の三越事件、リッカー事件、平和相互銀行事件、新薬スパイ事件、撚糸工連事件などに関わる。 1986年10月、河井信太郎以来、私立大学出身者としては2人目の法務省刑事局刑事課長に就任。 その後、法務省大臣官房会計課長を経て、1989年に東京地検特捜部長に就任し、金丸信の巨額脱税事件、ゼネコン汚職事件などを指揮した。
豊嶋 秀直(とよしま ひでなお、1939年3月30日 - )… 豊嶋 秀直(とよしま ひでなお、1939年3月30日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁公安部長や、最高検察庁検事、公安調査庁長官、福岡高等検察庁検事長等を歴任した。 1961年中央大学法学部卒業。1962年旧司法試験合格。1965年東京地方検察庁検事。1988年東京高等検察庁検事。1990年東京地方検察庁公安部長。1991年公安調査庁総務部長。1993年最高検察庁検事。1994年長崎地方検察庁検事正。1995年熊本地方検察庁検事正。1996年浦和地方検察庁検事正。1997年大阪地方検察庁検事正。同年公安調査庁長官。1999年高松高等検察庁検事長。2000年福岡高等検察庁検事長。2001年東京弁護士会弁護士登録。