服部 三男雄(はっとり みなお、1944年11月10日 - … 服部 三男雄(はっとり みなお、1944年11月10日 - )は、日本の政治家、弁護士、元検事。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。東京都立九段高等学校、東京大学法学部卒業。 父は郵政大臣を務めた服部安司。 政治家の三男として生まれたが、父への反発から検察官の道を選んだ。検察官を志したきっかけは、司法修習生時代に検事の取調室を覗き、「悪いやつは許さない」という姿勢に憧れたことだった。1972年(昭和47年)4月12日付で司法修習生の修習を終え、同年4月12日付で東京地方検察庁検事に任命された。 その後、青森地検・浦和地検・長野地検などに赴任。連合赤軍事件の公判も担当し、12年間で自ら50件以上の逮捕状を請求した。
町村 信孝(まちむら のぶたか、1944年〈昭和19年〉10… 町村 信孝(まちむら のぶたか、1944年〈昭和19年〉10月17日 - 2015年〈平成27年〉6月1日)は、日本の政治家。
原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月… 原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月1日 - )は、日本の政治家、通産官僚、弁護士、実業家。船井電機代表取締役会長。日韓トンネル実現九州連絡協議会会長代行、原田国際法律事務所代表。 環境大臣(第26代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第4次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、厚生政務次官(第2次橋本改造内閣)、衆議院議員(8期)、衆議院消費者問題に関する特別委員長・財務金融委員長・外務委員長、自由民主党総務会長代理・国際情報検討委員長・外交経済連携本部幹事長・競争政策調査会長・衆議院議員総会副会長・道州制推進本部長・人事委員長・筆頭副幹事長・福岡県支部連合会長・総務会副会長、中小企業庁参事官、通商産業大臣秘書官、関東通産局総務課長を歴任した。
蒲谷 亮一(かばや りょういち、1944年(昭和19年)9月… 蒲谷 亮一(かばや りょういち、1944年(昭和19年)9月17日 - )は、日本の政治家。元神奈川県横須賀市長(1期)。旭日中綬章受章。 神奈川県横須賀市浦郷町生まれ。栄光学園中学校・高等学校を経て、東京大学法学部卒業。自治省に入り、横須賀市副市長、宮城県副知事、札幌市助役などを歴任する。2005年の横須賀市長選挙に立候補し、横須賀市が地盤で当時の内閣総理大臣小泉純一郎ほか30人を超す市議会議員の支援や、連合神奈川など200を超す団体の推薦を受け当選した。2009年の市長選挙で再選を目指したが、元横須賀市議の吉田雄人に敗れた。
仁志田 昇司(にしだ しょうじ、1944年(昭和19年)8月… 仁志田 昇司(にしだ しょうじ、1944年(昭和19年)8月7日 - )は、日本の政治家。元福島県伊達市長(3期)、元保原町長(2期)。 福島県保原町(現・伊達市)出身。保原町立保原小学校(現・伊達市立保原小学校)卒業後、保原町立保原中学校(現・伊達市立松陽中学校)に入学。1958年(昭和33年)4月、仙台市立五橋中学校に転入。東京学芸大学附属高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、東京大学工学部精密機械科卒業。同年4月、日本国有鉄道に就職。1987年(昭和62年)4月、JR東日本に入社。 1991年(平成3年)同社大井工場(現・東京総合車両センター)の工場長となる。1994年(平成6年)同社仙台総合車両所(現・新幹線総合車両センター)の所長となる。
松宮 勲(まつみや いさお、1944年5月28日 - )は、… 松宮 勲(まつみや いさお、1944年5月28日 - )は、日本の政治家、通産官僚。民主党所属の元衆議院議員(3期)。 福井県鯖江市出身。福井県立藤島高等学校を経て、1968年 東京大学経済学部卒業後、通商産業省に入省。同期には次官の村田成二、一柳良雄、元ダイエー会長の雨貝二郎ら。 ケンブリッジ大学留学後、生活産業局住宅産業課長などを歴任し、1994年 大臣官房審議官を最後に退官。 1996年10月第41回衆議院議員総選挙で福井1区で無所属で出馬し、新進党現職笹木竜三に惜敗したが自民党現職(宮沢派)平泉渉を凌駕。その後、平泉や新進党分党に伴い無所属となった笹木との自民党公認争いを制し、2000年6月の第42回衆議院議員総選挙に福井1区から立候補し初当選。
竹内 俊夫(たけうち としお、1944年(昭和19年)5月2… 竹内 俊夫(たけうち としお、1944年(昭和19年)5月2日 - )は、日本の元政治家、元建設官僚。元東京都青梅市長(4期)、日本財団理事。旭日小綬章。 東京都立立川高等学校、東京大学工学部卒業。東大卒業後、建設省に入省した。関東地建道路部道路企画官、岡山県土木部長、日本道路公団本社計画部長等を経て1999年11月、青梅市長選挙に出馬し、初当選。2003年、2007年、2011年の市長選で再選。2016年 秋の叙勲で地方自治功労により旭日小綬章を受章。
細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5… 細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5日 - )は、日本の政治家、元通産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党総務会長(第54代)、清和政策研究会会長。島根県松江市出身。
田中 英夫(たなか ひでお、1944年3月19日 - )は、… 田中 英夫(たなか ひでお、1944年3月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の京都府議会議員(通算5期)。衆議院議員(1期)、京都府亀岡市長(2期)を務めた。
新貝 正勝(しんがい まさかつ、1944年2月4日 - )は… 新貝 正勝(しんがい まさかつ、1944年2月4日 - )は、日本の元政治家、官僚。元大分県中津市長。元・防衛研究所長。
小林 興起(こばやし こうき、1944年1月1日 – )は、… 小林 興起(こばやし こうき、1944年1月1日 – )は、日本の政治家。元衆議院議員。
岡本 芳郎(おかもと よしろう、1943年10月5日 - )… 岡本 芳郎(おかもと よしろう、1943年10月5日 - )は、日本の農水官僚、政治家。学位は博士(農学)(東京大学・1997年)。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。 徳島県徳島市出身。徳島県立城南高等学校を経て、東京大学農学部農業工学科にて農学を修め農業工学科、1967年に卒業した。 大学卒業後、農林省に入省。徳島県庁耕地課長などを歴任し、1996年より農林水産省構造改善局次長を務めた。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に徳島1区から出馬するも、仙谷由人に敗れた。2003年、第43回衆議院議員総選挙に比例四国ブロックより立候補し初当選。自由民主党内では平成研究会に所属した。2005年9月、第44回衆議院議員総選挙に出馬し、徳島1区で再び仙谷に敗れるも、比例四国ブロックで復活当選。
長勢 甚遠(ながせ じんえん、1943年〈昭和18年〉10月… 長勢 甚遠(ながせ じんえん、1943年〈昭和18年〉10月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(7期)。 法務大臣(第77代)、内閣官房副長官(第3次小泉改造内閣)、法務副大臣(第2次森改造内閣)等を歴任。富山県魚津市名誉市民。 富山県魚津市石垣に生まれ、小学校入学時に父親の仕事の関係で富山市在住となった。富山市立柳町小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。東大法学部第3類(政治コース)在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。 1966年、労働省(現、厚生労働省)に入省する。1986年6月、労政局労働法規課長。
阿部 孝夫(あべ たかお、1943年(昭和18年)9月18日… 阿部 孝夫(あべ たかお、1943年(昭和18年)9月18日 - )は、日本の政治家、自治官僚。神奈川県川崎市長(第15・16・17代)。元個人情報保護委員会委員(常勤、2014年1月1日~2019年1月1日)。 福島県信夫郡水保村(現福島市)生まれ。福島県立福島高等学校卒業。1967年(昭和42年)3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月、自治省に入省した。以後本省での勤務や外務省(本省、在サンフランシスコ日本国総領事館領事)、環境庁(環境管理課長)、埼玉県、茨城県(財政課長)、石川県(企画開発部長、商工労働部長、総務部長)への出向、自治大学校教授、市町村アカデミー教授・研修部長を経て、1992年(平成4年)に退官し北陸大学法学部教授。
伊東 秀子(いとう ひでこ、1943年〈昭和18年〉8月15… 伊東 秀子(いとう ひでこ、1943年〈昭和18年〉8月15日 - )は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(2期)を歴任。夫は北海道大学教授を務めた伊東倫厚。 満洲国(現:中国東北部)で出生し、父の故郷である鹿児島県で育つ。川辺郡大浦町(現:南さつま市大浦町)出身。 東京都立戸山高等学校、東京大学文学部卒業。大学卒業後、家庭裁判所調査官を経て、1979年に35歳で司法試験に合格。司法修習34期を経て1982年弁護士登録、札幌弁護士会入会。 当初は日本共産党に所属していたが離党、1990年の第39回衆議院議員総選挙で北海道第1区において日本社会党公認候補として初出馬し横路孝弘道知事や竹村泰子参議院議員の全面的支援で憲政史上最多得票で初当選を飾り鈴木喜久子らとマドンナ議員として注目を集める(社会党現職小林恒人も再選)。
神崎 武法(かんざき たけのり、1943年7月15日 - )… 神崎 武法(かんざき たけのり、1943年7月15日 - )は、日本の政治家、弁護士。公明党常任顧問。
中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月… 中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月7日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、文部科学大臣(第5代・第6代)、国土交通大臣(第10代)、経済産業副大臣(第2次森改造内閣)、日本維新の会・次世代の党両院議員総会長兼代議士会長、希望の党最高顧問、同代表(第2代)を歴任。 ラ・サール高等学校、東京大学法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。大臣官房企画官などを経て1982年に退官。翌1983年の第37回衆議院議員総選挙に旧宮崎2区から無所属で立候補したが落選。1986年の第38回衆議院議員総選挙で自民党公認で立候補し初当選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で落選。
田中 八洲男(たなか やすお、1943年〈昭和18年〉3月2… 田中 八洲男(たなか やすお、1943年〈昭和18年〉3月21日 - )は、日本の政治家、元島根県議会議員(5期)、元島根県益田市長(1期)。 島根県出身。東京大学理学部卒。三井東圧化学に入社し、主席部員となる。1996年益田市長選挙に立候補し、現職を破って当選。8月2日に市長に就任。就任直後に市内への私立大学誘致を巡り、市議会と対立した。これにより市議会は市長の田中に不信任案を提出し、市議会は不信任案を可決した。12日に田中は市議会を解散したものの、市議会議員の任期が25日までしかなかったことから市長と同時に改選された新しい市議の任期が13日から繰り上がる珍しい事態となった。2000年に落選。
二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20… 二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20日 - )は、日本の政治家。山口県知事(第42 - 45代)を務めた。 山口県美祢市生まれ。山口県立山口高等学校を経て、1966年(昭和41年)に東京大学法学部を卒業し、自治省に入省。以降、長崎県(税務課長など)や中小企業庁へ出向したほか、自治省選挙部政治資金課長補佐等を歴任。 1979年(昭和54年)、山口県総務部財政課長に就任し山口県庁へ入庁。同じ自治省出身の山口県知事・平井龍(当時)のもと、その1期目から5期目まで県の要職に就いた。山口県出納長を務めていた1996年(平成8年)、同職を退任するとともに山口県知事選挙に立候補し、初当選した(平井が6期目を模索していたため、二井は平井の意向に沿わない形で立候補した)。
澤田 五十六(沢田、さわだ いそろく、1943年(昭和18年… 澤田 五十六(沢田、さわだ いそろく、1943年(昭和18年)2月22日 - )は、日本の政治家。元高知県四万十市長(1期)、中村市長(3期)。 高知県出身。1965年、東京大学理学部卒。同年、経済企画庁に入る。経済研究所主任研究官、タイ王国経済社会開発庁顧問、経済企画庁長官官房システム課長、同庁調査局審議官、調整局審議官、経済研究所所長、経済企画庁調査局長を歴任する。1996年に退官、郷里の中村市の市長選挙に立候補して当選する。合併まで3期務めた。 2005年に中村市は合併で四万十市となり、合併後の市長選挙で当選する。市長を1期務めた。 2009年の市長選挙に立候補して再選を目指したが、元農林中央金庫職員の田中全に敗れて落選した。
佐藤 昭郎(さとう あきお、1943年2月10日 - )は、… 佐藤 昭郎(さとう あきお、1943年2月10日 - )は、自由民主党の元参議院議員(2期)。広島県生まれ。青森県立弘前高等学校、東京大学農学部農業工学科卒業。血液型はB型。 1966年、農林水産省入省。北陸農政局長や構造改善局次長を歴任。1998年の第18回参議院議員通常選挙に全国土地開発事業団を支持団体として比例区より出馬し当選。第1次小泉内閣第1次改造内閣では防衛庁長官政務官をつとめた。政治家の年金未納問題では1年7か月分が未納だった。 2010年の第22回参議院議員通常選挙には出馬せず、引退。
長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )… 長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )は、日本の政治家、郵政官僚。 参議院議員(1期)、総務大臣政務官、駐フィンランド特命全権大使などを歴任した。 郵政省官僚、駐フィンランド大使を経て、2004年に自由民主党から参議院に出馬し、初当選。 2005年に自由民主党を離党。国民新党旗揚げメンバーの一人として名を連ねるが、同年8月24日友党であった新党日本に同党の政党条件を満たすために期間限定で移籍。9月11日、新党日本へ離党届を提出し、国民新党へ復党した。この政党移籍はレンタル移籍と揶揄され、選挙互助会という批判があった。 全国郵便局長会顧問。政党代表者が招かれない定期総会に総務大臣と共に招かれた。
広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 … 広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 - )は、日本の通産官僚、政治家。 衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、民主党筆頭副幹事長、同参議院幹事長代理、同広報委員長、同富山県総支部連合会代表、国民の生活が第一副代表兼参議院議員会長、日本未来の党幹事(広報担当)、生活の党副代表・両院議員総会長・幹事会議長・富山県総支部連合会代表などを歴任。 選挙など政治活動の際には、姓を新字体、名を平仮名で表記した「広野ただし」名義を用いることが多いが、本名は漢字表記の「廣野允士」である。 富山県富山市出身。富山県立富山中部高等学校、東京大学工学部卒業後に通商産業省に技官で入省。
上吉原 一天(かみよしはら かずひろ / いってん、1942… 上吉原 一天(かみよしはら かずひろ / いってん、1942年(昭和17年)11月14日 - )は、日本の自治官僚、政治家、元自由民主党参議院議員(1期)。 1942年、栃木県に生まれる。1965年、東京大学法学部を卒業。 同年、自治省に入省。以後、1970年、諫早税務署長、1973年、福島県総務部財政課長、1986年、消防庁危険物規制課長、1987年、自治省官房企画兼参事官、同年、愛媛県総務部長、1993年、消防庁官房審議官などを歴任。 1996年10月20日、第16回参議院議員通常選挙栃木県選挙区補欠選挙で自由民主党から出馬して当選。1998年7月第18回通常選挙では次点で落選し参議院議員を一期務めた。
秋葉 忠利(あきば ただとし、1942年〈昭和17年〉11月… 秋葉 忠利(あきば ただとし、1942年〈昭和17年〉11月3日 - )は、日本の政治家、数学者。第33-35代広島市長(3期)、衆議院議員(3期)、社会民主党国会対策委員長(第2代)、同政策審議会長(第3代)を歴任。 日本社会党(後に社会民主党)に所属し、1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に大原亨の後継者として出馬し、初当選。以後当選3回。1期目の当選後、筒井信隆らと共に「ニューウェーブの会」を設立し、対案を出す党に社会党を生まれ変わらせることを目指した。 1999年(平成11年)に衆議院議員を辞職し、広島市長選挙に立候補。市民の党の応援を受け、自民党が推薦する元厚生官僚(広島市助役)の大田晋や広島市議会議長経験者など新人5人と激戦の末、初当選する。
白井 英男(しらい ひでお、1942年(昭和17年)10月2… 白井 英男(しらい ひでお、1942年(昭和17年)10月23日 - )は、日本の政治家。元喜多方市市長。無所属、自民党派。旭日中綬章受章。 福島県喜多方市出身。喜多方高等学校を経て東京大学卒。農林水産省入省、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、大臣官房審議官、水産庁漁政部長を経て退官。地方競馬全国協会常務理事から、1998年に福島県喜多方市長選に立候補し当選。2006年2月に合併後の新・喜多方市長に当選。2010年1月の市長選挙では旧喜多方市長の飯野陽一郎から受け継いだ選挙組織が飯野の長男の立候補により分裂、さらに旧市域と旧町村部との格差に対する不満もあり、民主党の支援を受けた旧熱塩加納村長の山口信也に敗れ落選。
溝手 顕正(溝手 顯正、みぞて けんせい、1942年〈昭和1… 溝手 顕正(溝手 顯正、みぞて けんせい、1942年〈昭和17年〉9月13日 - 2023年〈令和5年〉4月14日)は、日本の実業家、政治家。従三位。 幸陽船渠代表取締役社長、国家公安委員会委員長(第74代)、内閣府特命担当大臣(防災)、自由民主党参議院議員会長(第28代)、自由民主党参議院幹事長、参議院議員(5期)、参議院予算委員長・議院運営委員長・国家基本政策委員長・総務委員長・懲罰委員長・政府開発援助等に関する特別委員長、自由民主党広島県支部連合会会長を歴任した。 広島県広島市南区皆実町生まれ。その後は安芸郡や父方の郷里の賀茂郡原村(現東広島市八本松町原)を経て、日本通運に勤めていた父親の転勤に伴い三原市に転居した。
広瀬 勝貞(ひろせ かつさだ、1942年6月25日 - )は… 広瀬 勝貞(ひろせ かつさだ、1942年6月25日 - )は、日本の通産・経産官僚、政治家。大分県知事(民選第15・16・17・18代)。
横内 正明(よこうち しょうめい、1942年〈昭和17年〉3… 横内 正明(よこうち しょうめい、1942年〈昭和17年〉3月2日 - 2020年〈令和2年〉4月21日)は、日本の政治家、建設官僚。山梨県知事(公選第16・17代)。衆議院議員(3期)、法務副大臣(第1次小泉内閣)を務めた。 都留文科大学前理事長。父は元山梨県韮崎市長の横内要。弟は元山梨県韮崎市長の横内公明。 山梨県韮崎市生まれ。山梨県立韮崎高等学校、東京大学法学部卒業。1964年、建設省(現国土交通省)に入省した。1990年、建設大臣官房審議官に就任。1993年、建設省を退官。 1993年の第40回衆議院議員総選挙に、金丸信元自由民主党副総裁の地盤を引き継いで山梨県全県区から無所属で立候補し、初当選を果たした(金丸は前年、東京佐川急便事件により衆院議員を辞職)。
東 力(ひがし ちから、1941年11月21日 - 2022… 東 力(ひがし ちから、1941年11月21日 - 2022年9月19日)は、日本の政治家。衆議院議員(3期)。企業家、ヒューロン国際大学ロンドン校総長。 和歌山県新宮市出身。東京大学教養学部教養学科卒業。GWUジョージ・ワシントン大学大学院博士課程修了。1989年、GWU卒業生に贈られる最高栄誉賞(5名選出)を、先輩であるコーリン・パウエルとともに授与された。 1965年、大蔵省に入省。入省同期に薄井信明、榊原英資、竹島一彦らがいる。国際金融局総務課に配属。課長は渡辺誠、筆頭課長補佐は渡辺喜一、次席(末席)補佐は藤野公毅。係長も含めて一丸となって東に英語を教えていたという。 名古屋国税局調査査察部国税調査官、銀行局特別金融課特別銀行係長心得、諏訪税務署長、理財局国有財産第一課長補佐(総括)、アジア開発銀行予算企画担当官、大臣官房企画官、大臣秘書官などを経て、1983年の第37回衆議院議員総選挙に旧和歌山2区から無所属で立候補し、衆議院議員初当選(選挙後、自由民主党に追加公認された。
浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈… 浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈昭和16年〉10月5日 - 2022年〈令和4年〉5月16日)は、日本の弁護士、実業家、元政治家。 妻は実業家、エッセイストの浜田マキ子、長男の妻はコカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス社外取締役などを務める浜田奈巳。位階勲等は正四位旭日重光章。 鹿児島県姶良郡加治木町(姶良市)生まれ。祖父は故浜田精蔵衆議院議員。父は警察官。神奈川県横須賀市に転居し、栄光学園中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大在学中の1964年、国家公務員採用上級職甲種試験、司法試験に合格。1965年に東京大学法学部を卒業し、大蔵省に入省した。同年、結婚。
野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 … 野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党熊本県支部連合会特別顧問。 自治大臣(第52代)、国家公安委員会委員長(第62代)、経済企画庁長官(第45代)、建設大臣(第53代)、通商産業政務次官(鈴木善幸内閣)、経済企画政務次官(第1次大平内閣)、衆議院商工委員長、衆議院議員(16期)、自由民主党税制調査会長、同衆議院議員総会長、同国民運動本部長、同商工部会長、保守党党首(第2代)、同幹事長(初代)、自由党幹事長(初代)、新進党政策審議会長(初代)などを歴任。 東京府東京市(現在の東京都)杉並区生まれ。実父は日本大学教授の小立稔であり、筆跡学の創始者ルートヴィヒ・クラーゲスを初めて日本に紹介した哲学者として知られる。
江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日… 江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日 - 2021年〈令和3年〉7月28日)は、日本の弁護士(登録番号:15935)、政治家、裁判官。 衆議院議員(4期)、参議院議員(4期)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第86代)、環境大臣(第16代)、参議院議長(第27代)、社会市民連合代表、社会民主連合代表、民主党参議院議員会長、民主党・民進党最高顧問などを歴任した。 父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。 1941年に岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、1960年、東京大学文科一類に入学。 東京大学教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。
川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月1… 川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。明治大学研究・知財戦略機構特任教授・豊田通商株式会社取締役・武蔵野大学客員教授/国際総合研究所フェロー などを務めている。 外務大臣(第128・129代)、環境大臣(初代・第2代)、環境庁長官(第39代)、参議院議員を歴任。 夫は元福岡通産局長の川口融(1963年入省、同期に牧野力らがいる)。 東京都生まれ。1960年、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。高校の同期には、畔柳信雄(元三菱UFJフィナンシャル・グループ社長)、島村英紀(元国立極地研究所所長)、星出豊(昭和音楽大学教授)、松本元(脳科学者)、横田洋三(国連大学学長特別顧問)、広瀬久美子(元日本放送協会アナウンサー)、藤田宙靖(元最高裁判事)などがいる。
横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月… 横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月3日 - 2023年〈令和5年〉2月2日)は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(通算12期)、北海道知事(公選第10・11・12代)、衆議院議長(第73代)、衆議院副議長(第63代)、民主党総務会長を歴任。父は元日本社会党衆議院議員の横路節雄。 北海道札幌市で次男として生まれる。父・節雄は教員で、後に日本社会党で北海道議会議員、衆議院議員を務めた。母・美喜は経済学者の野呂栄太郎の妹である。札幌市立二条小学校を卒業。中学生時代に交通事故に遭い療養生活を余儀なくされ、4年かけて16歳で札幌市立啓明中学校を卒業する。北海道札幌西高等学校に入学するが、1年生の2学期から東京都立九段高等学校に転校し、同校を卒業。
久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月… 久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月4日 - )は、日本の政治家、農林官僚。昭和ホールディングス社外取締役(監査等委員)。 防衛大臣(初代)、防衛庁長官(第59・73代)、運輸政務次官(竹下内閣)、衆議院議員(9期)、長崎県議会議員(3期)、自由民主党総務会長、同幹事長代理、同副幹事長、同国会対策副委員長などを歴任した。 長崎県南高来郡加津佐町(現・南島原市)の農家に生まれる。両親は教育者(父は高校教員、母は中学教員)。 長崎県立口加高等学校・東京大学法学部卒業後、農林省に入省。農林省退職後に長崎県庁に入庁し、長崎県議会議員を経て、1980年に衆議院議員に初当選。第2次橋本内閣で防衛庁長官として初入閣。
宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )… 宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(8期)。 鹿児島県川辺郡笠沙町(現南さつま市)出身。笠沙町立赤生木小・中学校、ラ・サール高校を経て、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1965年、農林省入省。農林経済局農業協同組合課課長補佐等を務める[要出典]。群馬県農政部次長(1981年)、農林水産省大臣官房参事官(1983年)、畜産局畜政課畜産総合対策室長(1984年)を歴任し、1985年退官。 1986年の第38回衆議院議員総選挙で旧鹿児島1区に無所属で出馬したが、落選。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で初当選。以後6期務める。
石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - … 石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家、行政学者(専門は地方自治)。勲等は旭日大綬章。日本大学国際関係学部客員教授。「嘉延」の読みは「よしのぶ」が正式だが、「かえん」と呼ばれることもある。 静岡県知事(第49〜52代)、内閣府中央防災会議委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員、全国知事会理事・災害対策委員会委員長、学校法人静岡文化芸術大学理事長などを歴任した。 日本統治時代の台湾生まれ。両親はいずれも静岡県出身の日本人だが仕事の都合で台湾に滞在しており、石川は生後5年間を台湾で過ごした。1945年の終戦にともない、家族の故郷である静岡県小笠郡佐束村(現掛川市)に引き揚げた。
中村 紀雄(なかむら のりお、1940年〈昭和15年〉10月… 中村 紀雄(なかむら のりお、1940年〈昭和15年〉10月30日 - )は日本の政治家。群馬県議会議員(7期)、第75代群馬県議会副議長、第79代群馬県議会議長を歴任した。 1940年10月30日、群馬県前橋市曲輪町(現大手町2丁目)に生まれる。1955年、前橋市立元総社中学校卒業。その後は、実家の製菓業に従事する。1961年、群馬県立前橋高等学校定時制卒業。1969年、東京大学文学部西洋史学科卒業。卒業後、私塾修学館を設立した。 1987年に初めて群馬県議会議員選挙に立候補した際は270票及ばず落選。1988年7月10日、群馬県議会議員補欠選挙に前橋市選挙区から無所属で立候補して、初当選を果たした。
小寺 弘之(こでら ひろゆき、1940年〈昭和15年〉10月… 小寺 弘之(こでら ひろゆき、1940年〈昭和15年〉10月3日 - 2010年〈平成22年〉12月21日)は、日本の政治家。元群馬県知事(民選第13・14・15・16代)。東京府生まれ。 父は佐賀県、母は茨城県の出身。父の仕事の都合で誕生して間もなく台湾(日本統治下)に移住し、再び東京に戻る。戦時中は母の故郷である茨城に疎開するが、終戦後に東京に戻り小学校に入学する。しかし、小学1年の1学期までで東京を去り、函館、熊本、広島、名古屋と転居を繰り返し5つの小学校の転校を経験する。中学校も名古屋から芦屋に移り、高校は兵庫県立芦屋高等学校に入学するが高校2年の2学期に東京へ転居し、東京都立新宿高等学校に入学した。
入沢 肇(入澤 肇、いりさわ はじむ、1940年〈昭和15年… 入沢 肇(入澤 肇、いりさわ はじむ、1940年〈昭和15年〉8月26日 - 2018年〈平成30年〉9月18日)は、日本の政治家、官僚。元帝京大学教授。農林水産省構造改善局長、林野庁長官、参議院議員を歴任。
平田 辰一郎(ひらた しんいちろう、1940年8月4日 - … 平田 辰一郎(ひらた しんいちろう、1940年8月4日 - )は、日本の政治家、通産官僚。元衆議院議員(1期)。薬丸自顕流顕彰会顧問 鹿児島県鹿児島市出身。東京教育大学附属駒場高等学校卒業。1965年、東京大学工学部卒業。通商産業省に入省。 1981年4月18日、敦賀原子力発電所1号機内の一般排水路から放射性物質漏えい事故が発生。日本原子力発電株式会社による「事故隠し」が社会問題になるが、このとき平田は原子力発電運転管理課長として事故に対処した。資源エネルギー庁技術課長、新産業技術研究所長などを歴任。日本の原発推進におけるキーマンであったと言われる。 1986年7月の第38回衆議院議員総選挙の旧鹿児島1区に無所属で立候補し落選。
常松 裕志(つねまつ ひろし、1940年6月19日-)は、日… 常松 裕志(つねまつ ひろし、1940年6月19日-)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。 旧満洲国浜江省ハルビン市生まれ。1963年東京大学経済学部卒。三井鉱山勤務を経て、1976年に三多摩医療生活協同組合を設立し、理事長に就任した。旧東京7区から1983年の総選挙、1986年の総選挙に立候補したが落選。同じく旧東京7区から1990年の総選挙に立候補して三度目の挑戦で初当選。1993年の総選挙で落選した。1996年の総選挙で新設された小選挙区東京19区に社会民主党から立候補するも落選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
鶴岡 啓一(つるおか けいいち、1940年(昭和15年)5月… 鶴岡 啓一(つるおか けいいち、1940年(昭和15年)5月18日 - )は、日本の政治家、官僚。千葉市長(第24・25代)等を歴任。
岩本 荘太(いわもと そうた、1940年5月9日 - )は、… 岩本 荘太(いわもと そうた、1940年5月9日 - )は、日本の政治家。東京農業大学客員教授、日本国際協力センター理事。参議院議員(1期)、石川県副知事を務めた。 東京都出身。1964年に東京大学を卒業。翌1965年、農林水産省に入省。構造改善局建設部出身。 1994年に石川県副知事へ就任し、1998年7月12日の第18回参議院議員通常選挙に石川県選挙区から無所属で立候補(民主党・社会民主党・自由党・新党さきがけ推薦)。現職の沓掛哲男を破り初当選。 2004年、妻の介護を理由に改選となる第20回参議院議員通常選挙に立候補せず、政界からの引退を表明する。 2010年11月の秋の叙勲で旭日中綬章を受章する。
真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日… 真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。香川県知事を務めた。 日本統治下の朝鮮の京畿道京城府(ソウル市)生まれ。香川県木田郡下高岡村(現三木町)出身。香川県立高松高等学校、東京大学法学部卒業。1963年(昭和38年)4月農林省に入省。農林水産省大臣官房企画室長、水産庁漁政部長、環境庁水質保全局長、農林水産審議官などを務め、1996年(平成8年)7月退官。同年8月国際協力事業団副総裁に就任。1998年(平成10年)9月、香川県知事に就任。 県知事としては、大的場健康体育センター、津田病院、栗林公園動物園の閉鎖や公共事業の縮小、県職員の人件費カットなどによる行財政改革に取り組んだ。
許 文道(ホ・ムンド、朝鮮語: 허문도、1940年2月26日… 許 文道(ホ・ムンド、朝鮮語: 허문도、1940年2月26日 - 2016年3月5日)は、大韓民国のジャーナリスト、政治家。第五共和国の大統領府政務秘書官、国土統一院長官を務めた。本貫は金海許氏で、全斗煥政権では許三守、許和平と共に「スリー許」と呼ばれた。 日本統治時代の慶尚南道固城郡に生まれた。釜山高等学校、ソウル大学校農科大学、東京大学大学院社会学科卒業。卒業後は朝鮮日報記者、東京特派員を務め、1979年に駐日韓国大使館の公報官に就任した。 1980年に新軍部に抜擢され、中央情報部秘書室長、国保委文化公報委員、文化公報部次官、青瓦台政務秘書官、第13代国土統一院長官を歴任した。特に在任中は言論統廃合を主導したほか、1981年5月には文化祭「国風81」を開催した。
熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月… 熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年〈昭和10年〉2月21日 ‐ )は、日本の政治家、元厚生官僚。 衆議院議員(4期)、総務政務次官(第2次橋本改造内閣)、内閣府副大臣・内閣総理大臣補佐官(行政改革担当〈第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣〉)、市民の党「自由と責任」代表、岡山市議会議員(通算3期)などを歴任した。 岡山県御津郡一宮村尾上(現・岡山市北区尾上)の農家に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部卒業。1963年、厚生省(現・厚生労働省)に入省(薬務局薬事課配属)。厚生省では年金局資金課長、大臣官房総務審議官、援護局長等を務める。1969年、ウィスコンシン大学大学院に留学し、政治学修士の学位を取得。
中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月… 中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月26日 ‐ )は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。靖国神社崇敬奉賛会会長。 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(福田康夫改造内閣)、拉致問題担当大臣(福田康夫改造内閣)、公文書管理担当大臣(福田康夫改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(拉致問題担当)(第1次安倍内閣・第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣・麻生内閣)、参議院議員(2期)、日本のこころ代表、日本のこころを大切にする党代表、次世代の党代表、日本維新の会政策調査会拉致問題対策委員長 、たちあがれ日本参議院幹事長代理などを歴任。この他、内閣官房参与、在ウズベキスタン特命全権大使、国際交流基金常務理事、大蔵省大臣官房参事官兼審議官、大蔵省四国財務局長などを務めた。
藤田 忠夫(ふじた ただお、1939年〈昭和14年〉12月2… 藤田 忠夫(ふじた ただお、1939年〈昭和14年〉12月27日 - )は、日本の元政治家・元建設技官。元山口県宇部市長。 山口県宇部市出身。山口県立宇部高等学校、東京大学工学部を経て、建設省(当時)に入省。沖縄開発庁振興局専門官、日本道路公団計画部課長、会計検査院技術参事官、建設省関東地方建設局道路部長、同道路局国道1課長、同近畿地方建設局長などを歴任する。 1993年(平成5年)5月に建設省を退官し、翌月の宇部市長選挙に出馬。この市長選挙は、前任の中村勝人が小野湖周辺のゴルフ場建設計画を巡って市長職をリコールされたことに伴い実施されたもので、ゴルフ場開発以外の方法での小野地域振興を掲げた藤田は保守系から日本共産党まで幅広い層の支持を受け、無投票で当選した。