河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989… 河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989年12月4日)は、日本の教育心理学者。東京学芸大学卒、東京教育大学大学院教育心理学博士課程満期退学。1978年「漢字の画と読字行動との関係に関する研究」で東京学芸大学教育学博士。東京学芸大学助教授、教授。過労のため持病の喘息を悪化させて死去、「緘黙児」に関する遺稿を妻・英子がまとめて刊行した。
東京学芸大学:73人
河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989… 河井 芳文(かわい よしふみ、1936年2月17日-1989年12月4日)は、日本の教育心理学者。東京学芸大学卒、東京教育大学大学院教育心理学博士課程満期退学。1978年「漢字の画と読字行動との関係に関する研究」で東京学芸大学教育学博士。東京学芸大学助教授、教授。過労のため持病の喘息を悪化させて死去、「緘黙児」に関する遺稿を妻・英子がまとめて刊行した。
飯高 京子(いいたか きょうこ、1936年 - )は、言語病… 飯高 京子(いいたか きょうこ、1936年 - )は、言語病理学博士、言語聴覚士、東京学芸大学名誉教授、上智大学教授。旧満州国 大連生まれ。1955年、私立近江兄弟社高等学校在学中に同学初の海外留学生として渡米後、米国ベリア大学教育学部を経て、ノースウェスタン大学言語障害学研究科博士課程修了。国際友和会理事、日本友和会書記長。 1997年には言語聴覚士法制定に関わった。
岩城 完之(いわき さだゆき、1935年1月2日 - 202… 岩城 完之(いわき さだゆき、1935年1月2日 - 2020年3月11日)は日本の社会学者。専門は地域社会学、社会・生活史、社会調査論。歌手の沼田浩正は甥にあたる。 東京出身の社会学者。1957年東京学芸大学学芸学部卒業。引き続き、青井和夫の下で東京学芸大学助手を務め、(財)日本工業立地センター研究員、和光大学助教授、北海道大学助教授、山梨大学教授を経て、関東学院大学文学部教授。その他にも非常勤講師を多数の大学で務めた。北大時代は、布施鉄治グループとたくさんの共同研究を行った。その堅実な社会調査に基づく講義と、穏和な雰囲気、特徴のあるやや高い口調はどの大学でもまじめに社会学に取り組む学生を惹きつけた。
尾木 和英(おぎ かずあき、1935年- )は、日本の教育者… 尾木 和英(おぎ かずあき、1935年- )は、日本の教育者・教育学者、東京女子体育大学名誉教授。 東京学芸大学卒。東京都公立学校教諭、東京都教育委員会指導主事、同多摩教育事務所指導課長などを経て東京女子体育大学教授。同理事をへて名誉教授。その間に文部省の高等学校総則指導資料作成協力者、中学校国語指導資料作成協力者、中央教育審議会専門委員、学習指導要領改善調査研究協力者(中学校総則)等を務める。
今野 敏彦(こんの としひこ、1935年 - )は、日本の社… 今野 敏彦(こんの としひこ、1935年 - )は、日本の社会学者。専攻は社会学・教育社会学(人権・差別問題)。 東京府生まれ。東京学芸大学卒業、東洋大学大学院社会学研究科博士課程中退。東海大学文学部助教授、教授、三重大学人文学部教授、四国学院大学社会学部教授、東海大学教育研究所教授。1977年から1978年に米ニュージャージー州立ラトガース大学客員教授。
野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 19… 野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 1986年1月4日)は、日本の社会人類学者・民俗学者。元成城大学教授。 東京市牛込区市ヶ谷富久町に生まれる。父は東京府立第六中学校(現東京都立新宿高校)の武道教官であった。父の京城城東中学校への異動に伴い朝鮮半島に転居し、終戦を京城(ソウル)で迎える。戦後、父の故郷である長崎県に引き揚げ、長崎県立佐世保北高校(現長崎県立佐世保北中学校・高等学校)を卒業。1958年東京学芸大学卒、1965年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学(社会人類学専攻)。1965年成城大学専任講師、1967年助教授、1975年教授(文芸学部文化史学科)。1953年〜57年長崎県崎戸の家船を調査。
山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は… 山田 卓三(やまだ たくぞう、1933年3月29日 - )は、日本の植物学者・教育学者、兵庫教育大学・名古屋芸術大学名誉教授。 長野県茅野市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京学芸大学学芸学部農学科卒業。国際基督教大学講師、1971年東京都立大学 (1949-2011)理学博士。東京都立アイソトープ研究所遺伝研究室長、東京学芸大学講師、1981年兵庫教育大学教授。1997年定年退官、名誉教授、名古屋自由学院短期大学教授、名古屋芸術大学(校名変更)教授。2004年同名誉教授。兵庫県立南但馬自然学校校長(2011年〜2018年)原体験教育研究会主宰(1989年〜)。 日本科学教育学会理事、日本環境教育学会理事、日本科学協会理事、文部省学術審議会専門委員をはじめ、「青少年のための科学の祭典」(日本科学振興財団)全国委員長など、学会および社会での活動は多岐にわたる。
岡田 恵美子(おかだ えみこ、1932年3月29日 - )は… 岡田 恵美子(おかだ えみこ、1932年3月29日 - )は、ペルシア文学者、元東京外国語大学教授。夫は十八世紀フランス文学者の岡田直次。 東京生まれ。旧姓は中村。1955年東京学芸大学国語科卒業、中学校の国語教師を務めた後、1963年に31歳でテヘラン大学に留学、1967年、同大学で日本人で初めて文学部博士課程修了、文学博士号を取得する。帰国後、NHK国際局非常勤(1967年)、東海大学講師のほか、1967年東京外国語大学講師、1982年助教授、同年『イラン人の心』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。1988年教授、のち中央大学客員教授を経て総合政策学部教授、退職後は日本イラン文化交流協会会長。
アンドリュー・T・椿(Andrew Takahisa Tsu… アンドリュー・T・椿(Andrew Takahisa Tsubaki、1931年11月29日 - 2009年12月16日)は、アメリカ合衆国の演劇学者。カンザス大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京学芸大学学芸学部卒業。1958年にアメリカ合衆国に移住し、サスカチュワン大学大学院留学を経て、1961年テキサスクリスチャン大学大学院修了、M.F.A.。1967年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校Ph.D.。 1968年からカンザス大学で助教として教鞭を執り、同教授などを経て、同名誉教授。2004年平塚市国際交流協会理事長感謝状受賞。2007年にカンザス・シティ・マリオット・カントリー・クラブ・プラザで開催された新年会において瑞宝小綬章を授与された。
山崎 真秀(やまざき まさひで、1930年9月25日 - 2… 山崎 真秀(やまざき まさひで、1930年9月25日 - 2007年6月14日)は、日本の法学者、専門は憲法、教育法。静岡大学人文学部教授、国分寺市長(1期)などを務めた。「山崎眞秀」と表記されることもある。 東京生まれ。1957年、東京学芸大学卒業。その後、東京学芸大学助手、広島大学講師、北海道大学助教授、東京学芸大学教授を経て、静岡大学人文学部教授。 1994年、静岡大学を退職し、国分寺市西元町の自宅で「国分寺・市民憲法教室」を開講した。 1997年の国分寺市長選挙に、日本共産党と新社会党の推薦を受けて無所属で出馬し、5選を目指していた現職の本多良雄を破って当選した。一騎討ちとなった選挙戦では、JR国分寺駅北口再開発事業が大きな争点となり、山崎は再開発計画の一部見直しを主張し、本多市政を「開発優先で福祉を切り捨ててきた」と批判した。
矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022… 矢島 稔(やじま みのる、1930年7月18日 - 2022年4月26日)は、日本の昆虫学者。群馬県立ぐんま昆虫の森名誉園長。 東京府豊多摩郡野方町[要出典](現東京都中野区)出身。1949年、日本昆虫学会主催のコンクールで論文が入賞、昆虫学者の道に進むことを決意する。旧制市立東京第三中学校(東京都立文京高等学校)を経て、1957年、東京学芸大学学芸学部1部乙類理科を卒業、同年豊島園昆虫館の創設に携わる。 上野動物園水族館館長を経て、1987年より多摩動物公園園長。園長を1990年に定年退職した翌年、長年の動物園事業に対する功労として文部大臣表彰を受ける。1997年、財団法人東京動物園協会理事長。
目賀田 八郎(めがた はちろう、1930年 - 2015年)… 目賀田 八郎(めがた はちろう、1930年 - 2015年)は、日本の教育学者。東京都で活躍した著名な小学校社会科教員である。 1960年頃に発足した社会科勉強会を主宰し、社会科教育の向上と、若手教員の育成に尽力した。また、宮内庁東宮職東宮侍従を務めた。東京都の公立小学校沿革史として著名な寺崎昌男編『誠之が語る近現代教育史』(1988年)は、目賀田八郎の発意で生まれた。 (社会科勉強会『目賀田八郎先生追悼文集』社会科勉強会会長関口修司発行、2016年3月) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
佐島群巳(さしま ともみ、1929年 - 2021年)は、日… 佐島群巳(さしま ともみ、1929年 - 2021年)は、日本の教育者・教育学者。東京学芸大学・帝京短期大学名誉教授。 岩手県江刺郡愛宕村(現・奥州市)の農家に生まれる。幼少期はしばしば家業を手伝った。岩手県立岩谷堂農林学校林業科、東京第二師範学校本科を経て、1953年東京学芸大学教育学部社会科甲類(地理学)卒業。公立小学校、東京学芸大学附属小金井小学校などで教師を務め、1974年東京学芸大学助教授、78年教授、98年名誉教授、1992年日本女子大学人間社会学部教授、1999年帝京短期大学教授、名誉教授、星槎大学非常勤講師。日本社会科教育学会顧問、日本生態系協会顧問、文部省「環境教育指導資料」(中学校・高等学校編)(小学校編)作成協力者。
市川 健夫(いちかわ たけお、1927年9月5日 - 201… 市川 健夫(いちかわ たけお、1927年9月5日 - 2016年12月7日)は、日本の地理学者(人文地理学・地誌学)。学位は、理学博士。地域学としての『信州学』の提唱者として知られる。 長野県上高井郡小布施村生まれ。旧制須坂中学(長野県須坂高等学校)を経て、東京高等師範学校文科第四部卒業。長野県都住村立都住中学校教諭、長野県須坂西高等学校教諭、長野県長野高等学校教諭、長野県総務部事務吏員長野県政史編纂、東京学芸大学助教授、教授、信州短期大学教授、学長、名誉学長、長野県県文化財保護審議会長、長野県立歴史館館長などを歴任する。東京学芸大学名誉教授、信州短期大学名誉教授。秋山郷常民大学学長。 学位論文「日本の中央高地における高冷地農業の諸類型」で東京教育大学より理学博士の学位を取得。
高杉 自子(たかすぎ よりこ、1924年4月28日 - 20… 高杉 自子(たかすぎ よりこ、1924年4月28日 - 2003年3月27日)は、日本の教育・保育学者。 大阪府生まれ。1944年東京第一師範学校女子部本科卒業。1944年、東京都公立学校教諭。1946年、東京学芸大学附属竹早小学校教諭。1965年、東京都教育庁指導主事、1974年、同副参事・主任指導主事。1977年、文部省初等中等教育局幼稚園課教科調査官。1976年、昭和女子大学教授。1996年から子どもと保育総合研究所所長を務めた。
辻本 芳郎(つじもと よしお、1914年(大正3年)9月7日… 辻本 芳郎(つじもと よしお、1914年(大正3年)9月7日 - 1991年(平成3年)9月17日)は、日本の地理学者。東京学芸大学名誉教授。学位は、理学博士。専門は工業地理学。 三重県生まれ。三重県立上野中学校を経て、1935年東京高等師範学校卒業。1938年応召、旅順重砲兵連隊に入営。1939年東京文理科大学理学部地学科地理学専攻卒業。1941年召集解除、陸軍教授、陸軍経理学校教官。1947年東京第二師範学校教授、1949年東京学芸大学助教授、1952年教授。1959年「伝統的在来工業の地域構造 東海陶業地域を中心として」で理学博士(東北大学)。1960 - 66年東京学芸大学附属世田谷小学校校長兼任、1975 - 77年東京学芸大学附属図書館長。
尾崎乕四郎(おざき とらしろう、1902年2月23日 - 1… 尾崎乕四郎(おざき とらしろう、1902年2月23日 - 1991年10月30日)は、日本の地理学者。東京学芸大学名誉教授。専門は社会科教育学、地理学。千葉県の地誌研究は田中啓爾に次ぐものとして高く評価された。 新潟県中頸城郡高田町(現上越市)生まれ。1921年高田師範学校卒業、同年小学校訓導に就く。1924年東京高等師範学校教員養成所歴史地理科卒業、岡山女子師範学校教諭。1926年東京高等師範学校地理学専攻中途退学、千葉県立長狭中学校教諭。1933年千葉女子師範学校教諭、1942年文部省教科書図書調査嘱託、1946年文部省図書監修官を経て、1947年東京第一師範学校教授。1951年東京学芸大学教授。
大泉 義一(おおいずみ よしいち)は、日本の教育学者である。… 大泉 義一(おおいずみ よしいち)は、日本の教育学者である。早稲田大学教育・総合科学学術院教授、博士(教育学)である。 東京生まれ。専門は,教科教育学(美術科教育)、デザイン教育、教育方法学、造形ワークショップ実践論。
霜田 浩信(しもだ ひろのぶ)は、日本の教育学者。専門は、障… 霜田 浩信(しもだ ひろのぶ)は、日本の教育学者。専門は、障害児心理学・応用行動分析学。群馬大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高橋 信雄(たかはし のぶお)は、日本の教育学者。専門は特別… 高橋 信雄(たかはし のぶお)は、日本の教育学者。専門は特別支援教育、教育工学。愛媛大学名誉教授。 主な研究テーマは、「新生児期から高齢者までの聴力検査」、「幼児期から成人までの補聴器フィッティング」 「人工内耳装用後のリハビリテーション」、「きこえとことばの発達指導」、「学校での学習支援や情報保障」である。 1967年群馬県立沼田高等学校卒業。東京学芸大学卒業、筑波大学大学院博士課程修了、筑波大学文部技官、国立特殊教育総合研究所研究員、1983年より愛媛大学教育学部教員。1996年教授。2014年定年退職、同大学名誉教授。
佐藤 寛之(さとう ひろゆき)は、日本の教育学者。早稲田大学… 佐藤 寛之(さとう ひろゆき)は、日本の教育学者。早稲田大学教育学部教授。専門は理科教育学で、日本理科教育学会論文賞受賞。 横浜国立大学大学院教育人間科学研究科修了、修士(教育学)。東京学芸大学附属竹早中学校教諭を経て、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了、博士(教育学)。2007年佐賀大学文化教育学部講師。2009年同准教授。2014年山梨県立巨摩高等学校SSH運営指導委員会委員。2016年山梨県立甲府南高等学校SSH運営指導委員会委員。2020年日本理科教育学会論文賞受賞。同年早稲田大学教育・総合科学学術院准教授。2022年同教授。専門は理科教育学、科学教育。
高木 潤野(たかぎ じゅんや)は、場面緘黙症の研究者であり、… 高木 潤野(たかぎ じゅんや)は、場面緘黙症の研究者であり、長野大学社会福祉学部の元教授。 2009年に東京学芸大学大学院にて教育学の博士号を取得後、東京都立あきる野学園養護学校で言語指導を担当。その後、八王子市立第四小学校のきこえとことばの教室や東京学芸大学の非常勤講師を経て、長野大学社会福祉学部で講師、准教授、教授を務めた(2010年度 - 2011年度、2017年度 - 2023年度)。 現在は2023年4月に開所した「いちりづか」において、場面緘黙当事者とその家族への支援を中心に活動している。
森住 衛(もりずみ まもる)は、日本の教育学者。大阪大学名誉… 森住 衛(もりずみ まもる)は、日本の教育学者。大阪大学名誉教授、桜美林大学名誉教授。大学英語教育学会会長、日本言語政策学会会長、日英言語文化学会会長などを歴任した。 東京府生まれ。1968年東京学芸大学教育学部卒業。1969年東京都立立川高等学校非常勤講師。1970年東京学芸大学大学院言語教育研究科修士課程修了。1971年東京工業高等専門学校講師。1974年シドニー大学大学院TEFL留学。1978年大妻女子大学文学部英文科講師。1982年大妻女子大学文学部英文科助教授。1989年大妻女子大学文学部英文科教授。 1996年大阪大学言語文化部英語教育講座教授。2001年桜美林大学大学院国際学研究科言語教育専攻教授、大阪大学名誉教授。