古田 隆彦(ふるた たかひこ、1939年12月1日 - )は… 古田 隆彦(ふるた たかひこ、1939年12月1日 - )は、日本の社会学者。研究領域は広く、応用社会学、人口社会学、未来社会学、消費社会学、マーケティング論、生活学、消費者行動論、文明論など多岐にわたる。 1939年、岐阜県恵那市に生まれる。1958年、愛知県立旭丘高等学校卒業。1963年、名古屋大学法学部卒業。八幡製鐵株式会社(現・日本製鉄株式会社)に入社。1971年、株式会社社会工学研究所(黒川紀章、香山健一、佐藤誠三郎、公文俊平が立ち上げ、牛尾治朗がバックアップしたシンクタンク)に入社、1975~1984年、取締役・研究部長。1984年、現代社会研究所を設立、所長に就任。同年より青森大学社会学部助教授、教授を兼任(2010年まで)。
湯田 利典(ゆだ としのり、1939年11月30日 - 20… 湯田 利典(ゆだ としのり、1939年11月30日 - 2016年8月8日)は、日本の物理学者。位階は従四位。 専門は、素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理。東京大学名誉教授。名古屋大学太陽地球環境研究所教授、神奈川大学工学部特任教授などを歴任。 1939年11月生まれ。名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻課程修了、理学博士。日本学術振興会奨励研究員、神奈川大学助教授、東京大学宇宙線研究所助教授、教授、附属乗鞍観測所長、名古屋大学太陽地球環境研究所教授などを経て神奈川大学工学部特任教授。東京大学名誉教授。没後、叙従四位、瑞宝小綬章追贈。
藤井 康生(ふじい やすなり、1939年9月27日 - )は… 藤井 康生(ふじい やすなり、1939年9月27日 - )は、日本の演劇学者、大阪市立大学名誉教授。 東京府東京市(現品川区)生まれ。1963年名古屋大学文学部仏文科卒。1967年同大学院博士課程中退。1995年「バロック演劇の詩学 17世紀フランスの想像力」で名大博士(文学)。1967年大阪市立大学文学部助手、助教授、教授。2004年定年退官、名誉教授。関西外国語大学教授。はじめはフランス演劇が専門だったが、近代日本大衆演劇(特に関西)の研究へ転換した。 2019年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
西永 頌(にしなが たたう、1939年8月19日 - )は、… 西永 頌(にしなが たたう、1939年8月19日 - )は、日本の工学者。工学博士(名古屋大学)。専門は、半導体工学、結晶成長学。東京大学教授等を経て、豊橋技術科学大学学長(2002年-2008年)。東京大学名誉教授。豊橋技術科学大学名誉教授。栃木県生まれ。 半導体結晶を作る技術の世界的権威で、日本結晶成長学会会長(1994年-1996年)、結晶成長国際機構(IOCG)会長(1995年-2001年)等を歴任。また、結晶成長国際機構(IOCG)Laudise賞、日本結晶成長学会業績賞等を受賞。
永井 美之(ながい よしゆき、1939年8月18日 - 20… 永井 美之(ながい よしゆき、1939年8月18日 - 2020年1月20日)は、日本の医学者。医学博士(名古屋大学)。名古屋大学名誉教授。東京大学名誉教授。理化学研究所名誉研究員。専門はウイルス学。 岐阜県土岐市出身。名古屋大学医学部教授、東京大学医科学研究所教授、理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター長などを歴任。センダイウイルスやエイズウイルスなどを研究し、ウイルスが病気を起こすメカニズムの解明に貢献。遺伝毒性のない (non-integrating) 広域、高発現細胞質RNAベクターの創始。2008年日本学士院賞を受賞。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
鳥脇 純一郎(とりわき じゅんいちろう、1939年7月20日… 鳥脇 純一郎(とりわき じゅんいちろう、1939年7月20日 - 2017年10月5日) は、日本の情報工学者。名古屋大学名誉教授。国際パターン認識連盟副会長や、コンピュータ支援画像診断学会会長を務めた。 愛知県知多郡生まれ。1962年名古屋大学工学部電子工学科卒業。稲垣康善は研究室の同期。1964年名古屋大学大学院工学研究科電気・電子工学専攻修士課程修了。1967年名古屋大学大学院工学研究科電気・電子工学専攻博士課程単位取得退学、名古屋大学工学部電子工学科助手。1968年名古屋大学より工学博士の学位を取得。 1974年名古屋大学大型計算機センター助教授。1980年豊橋技術科学大学工学部情報工学系教授。
稲垣 康善(いながき やすよし、1939年 - ) は、日本… 稲垣 康善(いながき やすよし、1939年 - ) は、日本の情報工学者。名古屋大学名誉教授。元国立大学法人豊橋技術科学大学理事・副学長。元電子情報通信学会副会長。 1962年名古屋大学工学部電子工学科卒業。鳥脇純一郎は研究室の同期。1966年電気通信学会稲田賞受賞。1967年名古屋大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了、工学博士。名古屋大学工学部助手、名古屋大学工学部講師、名古屋大学工学部助教授を経て、1977年三重大学工学部教授。1981年名古屋大学工学部教授。1992年電子情報通信学会論文賞受賞。1994年名古屋大学工学部長。1996年電子情報通信学会情報システムソサイエティ会長。愛知県立大学情報科学部教授、国立大学法人豊橋技術科学大学理事・副学長、東海情報通信懇談会会長なども務めた。
織田 揮準(おだ きじゅん、1939年 - )は、日本の教育… 織田 揮準(おだ きじゅん、1939年 - )は、日本の教育学者。三重大学名誉教授。専門は、教育心理学、教育評価、教育工学。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
坂 幸恭(さか ゆきやす、1939年 - 2010年)は、日… 坂 幸恭(さか ゆきやす、1939年 - 2010年)は、日本の地質学者。早稲田大学名誉教授。元日本地質学会副会長。 奈良県生まれ。1961年名古屋大学理学部地球科学科卒業。1963年名古屋大学大学院理学研究科修士課程修了。1965年名古屋大学大学院理学研究科博士課程中退、名古屋大学理学部助手。1967年早稲田大学教育学部助手。1969年理学博士。1979年早稲田大学教育学部教授。1998年日本地質学会副会長。2008年早稲田大学名誉教授。2020年日本地質学会表彰を受賞。
日比野 倫夫(ひびの みちお、1939年 - 2012年) … 日比野 倫夫(ひびの みちお、1939年 - 2012年) は、日本の電子工学者。名古屋大学名誉教授。元日本電子顕微鏡学会会長。 1962年に名古屋大学工学部電子工学科を第1期生として卒業後、名古屋大学大学院工学研究科修士課程、名古屋大学大学院工学研究科博士課程を経て、1967年名古屋大学工学部電子工学科助手。1968年コーネル大学客員研究員。1973年名古屋大学工学部電子工学科講師。1976年名古屋大学工学部附属電子光学実験施設助教授。1985年名古屋大学工学部電子工学科粒子線工学講座教授。1986年日本電子顕微鏡学会瀬藤賞受賞。1991年名古屋大学工学部附属電子光学実験施設長。1995年名古屋大学理工科学総合センター教授。
新海 英行(しんかい ひでゆき、1938年11月2日 - 2… 新海 英行(しんかい ひでゆき、1938年11月2日 - 2024年3月6日)は、日本の教育学者。教育学博士。名古屋大学名誉教授。 愛知県半田市生まれ。阿久比町出身。1962年名古屋大学教育学部卒、中部鋼鈑に勤務、1967年大学院に入り、1972年同博士課程満期退学。2001年「現代ドイツ民衆教育史研究 ヴァイマル期民衆大学の成立と展開」で、教育学博士の学位を取得。 香川大学教育学部講師、1976年名古屋大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、2002年愛知学院大学総合政策学部教授、2008年名古屋柳城短期大学学長となる。2016年退任。 2024年3月6日に腎不全のため死去。85歳没。
小國 伊太郎(おぐに いたろう、1938年 - )は、日本の… 小國 伊太郎(おぐに いたろう、1938年 - )は、日本の農芸化学者。学位は農学博士(名古屋大学・1974年)。静岡県立大学名誉教授。「國」は常用漢字に含まれていないため、新字体を用いて小国 伊太郎(おぐに いたろう)と表記されることもある。 名古屋大学農学部助手、静岡県立大学短期大学部食物栄養学科教授、静岡県立大学食品栄養科学部教授、浜松大学健康プロデュース学部教授、浜松大学健康プロデュース学部健康栄養学科学科長(初代)、浜松大学総合研究所食品機能部門部門長などを歴任した。 1938年、兵庫県神戸市にて生まれた。姫路工業大学に進学し、工学部の応用化学科にて学んだ。1960年、姫路工業大学を卒業した。
杉山 達夫(すぎやま たつお、1937年10月25日 - )… 杉山 達夫(すぎやま たつお、1937年10月25日 - )は、日本の植物生理学者。名古屋大学名誉教授。農学博士(名古屋大学、1968年)。愛知県出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
岸 義人(きし よしと、1937年4月13日 - 2023年… 岸 義人(きし よしと、1937年4月13日 - 2023年1月9日)は、日本とアメリカ合衆国で活動した有機合成化学者。専門は天然物化学。ハーバード大学名誉教授。天然物化学における驚異的な功績により2010年から名古屋大学特別教授。米国エーザイの副社長も務めた。 愛知県名古屋市出身で、戦時中に岐阜県美濃加茂市に疎開。岐阜県立加茂高等学校を経て、1961年に名古屋大学理学部を卒業したのち、名古屋大学農学部助教授などを経て、1974年にハーバード大学教授として招聘された。2009年現在ハーバード大学名誉教授。 1966年 理学博士「ウミホタルルシフェリンの構造とその全合成」。 海洋産天然物の研究を行い、パリトキシン、マイトマイシン、テトロドトキシン、ハリコンドリンBなどの全合成を達成した。
葛西 道生(かさい みちき、1937年3月5日 - 2015… 葛西 道生(かさい みちき、1937年3月5日 - 2015年4月3日)は、日本の生物物理学者。大阪大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。 岐阜県岐阜市出身。1959年名古屋大学理学部物理学科卒業。大澤文夫研究室出身。1961年名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻修了、理学修士、名古屋大学理学部助手。1964年名古屋大学より理学博士の学位を取得。1968年パスツール研究所CNRS研究員。1970年大阪大学基礎工学部助教授。1977年大阪大学基礎工学部教授。1992年日本生物物理学会会長。2001年大阪大学名誉教授、龍谷大学理工学部教授。2015年腎臓癌のため豊中市の病院で死去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
田口 泰子(たぐち やすこ、1937年 - )は、日本の生物… 田口 泰子(たぐち やすこ、1937年 - )は、日本の生物学者。 愛知県出身。名古屋大学理学部生物学科を卒業後、1960年から1997年まで、放射線医学総合研究所の研究員(定年退職時、特別研究官)。 メダカを用いて放射線の生物影響を研究した。その過程で、遺伝的に均一な近交系メダカを世界で初めて作出した。これによってメダカは、マウスやラットと同様な、遺伝的にコントロールされた実験動物として確立された。1989年科学技術庁長官業績表彰。また、1994年の日本人初の女性宇宙飛行士、向井千秋(スペースシャトルコロンビア号)によるメダカの宇宙実験に共同研究者として参加し、実験を成功させた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
村上 光照(むらかみ こうしょう、1937年 - 2023年… 村上 光照(むらかみ こうしょう、1937年 - 2023年)は、日本の禅僧、物理学者。 名古屋大学理学部卒、京都大学大学院中退。 父親は太平洋戦争で戦死し、母子家庭で育つ。名古屋大学理学部に進学し素粒子物理学を学ぶ。大学では登山部に入り山登りに熱中する。大学2年時に座禅に出会い禅語録の『碧巌録』に興味を惹かれる。その後京都大学大学院に進学し湯川秀樹の薫陶を受ける。研究者として将来を嘱望されるも禅僧になることを決意し、同大学院を中退し科学者としての道を自ら閉ざす。母親の強い反対を受けるなか澤木興道師に弟子入りし修行の生活に入る。2022年現在、寺を持たず雲水として托鉢を行うことで糊口をしのぎながら各地で座禅指導を行っている。
村上 靖彦(むらかみ やすひこ、1937年 - )は、日本の… 村上 靖彦(むらかみ やすひこ、1937年 - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。元名古屋大学精神科助教授。元日本精神病理学会理事長。学位は、医学博士。 植本行男らと共に思春期妄想症の研究を行った。永田俊彦、市橋秀夫、中安信夫らと共に日本における精神病理学第3世代を代表する人物である。著書は専門書多数。 1962年名古屋大学医学部卒業。1963年名古屋大学精神医学教室入局。1964年からほぼ2年間静岡県立病院養心荘で精神科卒後研修を受け、以後ほぼ10年単位で名古屋大学精神科(助手→講師)・国立病院機構東尾張病院(副院長)・名古屋大学精神科(助教授)と転勤。2001年名古屋大学定年後、共和病院(愛知県大府市)副院長。
野村 浩康(のむら ひろやす、1937年 - 2024年5月… 野村 浩康(のむら ひろやす、1937年 - 2024年5月25日)は、日本の物理化学者。名古屋大学名誉教授。名古屋大学副総長や、東京電機大学副学長、ソノケミストリー研究会会長などを歴任した。 京都府生まれ。1962年名古屋大学理学部化学科卒業。1964年名古屋大学大学院理学研究科修士課程修了。1973年名古屋大学工学博士。益川敏英京都大学名誉教授は学生時代の友人。 1973年名古屋大学助教授。1975年サスカチュワン大学博士研究員。1983年名古屋大学教授。1993年名古屋大学評議員。1996年名古屋大学副総長、ソノケミストリー研究会会長。1998年溶液化学研究会会長。 2000年名古屋大学名誉教授、東京電機大学理工学部教授。
御橋 廣眞(みはし こうしん、1937年(昭和12年) - … 御橋 廣眞(みはし こうしん、1937年(昭和12年) - 2026年(令和8年)3月7日)は、日本の生物物理学者。理学博士。名古屋大学名誉教授。日本福祉大学教授。財団法人天風会講師。大沢文夫の弟子の一人。山形県鶴岡市出身。
安川 悦子(やすかわ えつこ、1936年10月 - )は、日… 安川 悦子(やすかわ えつこ、1936年10月 - )は、日本の思想史・女性学者、名古屋市立大学名誉教授。専攻は社会思想史、ジェンダー論。夫は安川寿之輔。 横浜市生まれ。1959年名古屋大学経済学部卒。1964年同大学院経済学研究科博士課程満期退学、同助手。 1965年名古屋市立女子短期大学講師、1968年同助教授、1974-1975年ロンドン大学に留学、エリック・ホブズボームに師事。1975年同教授。1982年「イギリス労働運動と社会主義 「社会主義の復活」とその時代の思想史的研究」で、経済学博士(名古屋大学)の学位を取得。同年同書で労働関係図書優秀賞受賞。1995年同学長。 1996年名古屋市立大学人文社会学部教授、2002年退任。
杉浦 昌弘(すぎうら まさひろ、1936年9月25日 - )… 杉浦 昌弘(すぎうら まさひろ、1936年9月25日 - )は、日本の植物分子生物学者・植物分子遺伝学者。学位は、理学博士(名古屋大学・論文博士・1967年)(学位論文「無細胞系におけるバクテリオファージφ×174の遺伝情報の発現」)。名古屋大学特別教授。名古屋大学名誉教授、名古屋市立大学名誉教授。 愛知県岡崎市出身。小学校から高校卒業まで幸田町で過ごした。双子葉植物であるタバコを用いて、1986年に植物葉緑体ゲノムの全塩基配列を世界で初めて決定した業績で世界で広く知られる。その後、単子葉植物のイネ葉緑体ゲノム、裸子植物のクロマツ葉緑体ゲノム、藻類のクロレラ葉緑体ゲノムの全塩基配列を決定。また、試験管内(in vitro)で活性のある葉緑体DNAの転写・翻訳系を開発した事でも知られる。
豊田 彰(とよだ あきら、1936年9月8日 - )は、日本… 豊田 彰(とよだ あきら、1936年9月8日 - )は、日本の物理学者、翻訳家、茨城大学名誉教授。 愛知県生まれ。1964年名古屋大学大学院理学研究科物理学博士課程修了、「弱い相互作用におけるボゾン極近似と中間ボゾンについて」で理学博士。茨城大学教養部講師、助教授、教授。2000年定年退官、名誉教授。1993年『青春 ジュール・ヴェルヌ論』で日本翻訳出版文化賞受賞。ミシェル・セールの著作を数多く翻訳した。
酒井 ツギ子(さかい つぎこ、1936年(昭和11年)7月1… 酒井 ツギ子(さかい つぎこ、1936年(昭和11年)7月16日 - )は、日本の教育学者。哲学者。元徳島文理大学教授。元日本ホワイトヘッド・プロセス学会理事。 南山大学文学部卒業。名古屋大学大学院教育学研究科修了。愛知県出身。 愛知県出身。1975年(昭和50年)、南山大学文学部を卒業。1982年(昭和57年)、南山短期大学人間関係学科の講師に就任。1983年(昭和58年)、イタリア政府国費留学にてローマ大学大学院哲学研究科へ留学。1985年(昭和60年)、南山大学法学部の講師に就任。1985年、名古屋大学大学院教育学研究科博士課程を修了。 1986年(昭和61年)に山口女子大学文学部の助教授に就任し、1992年(平成4年)より同学部の教授に就任。
岩間 一雄(いわま かずお、1936年3月16日 - )は、… 岩間 一雄(いわま かずお、1936年3月16日 - )は、日本の政治学者、岡山大学名誉教授。専攻は中国・東洋政治思想史。 愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了。1967年「中国における封建的思惟の展開」で名大法学博士。名古屋大学法学部助手、1966年岡山大学法学部助手、同法文学部助教授、教授。2001年定年退官、名誉教授。1998年地方出版文化功労賞受賞。守本順一郎に師事した。門下生に伊藤恭彦等。
雀部 幸隆(ささべ ゆきたか、1936年2月6日 - 201… 雀部 幸隆(ささべ ゆきたか、1936年2月6日 - 2013年12月25日)は、日本の政治学者。名古屋大学名誉教授。大阪市出身。位階は従四位。瑞宝小綬章受章。 1960年名古屋大学法学部卒業。1965年同大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。大学では守本順一郎に師事した。1978年法学博士の学位を名古屋大学から取得。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
森 正夫(もり まさお、1935年12月11日 - )は、日… 森 正夫(もり まさお、1935年12月11日 - )は、日本の中国史学者、名古屋大学名誉教授。 京都府出身。京都府立洛北高等学校卒、1958年京都大学文学部東洋史学科卒、1963年同大学院博士課程単位取得退学。1989年「明代江南土地制度の研究」で文学博士。1963年名古屋大学文学部助手、1967年高知大学教育学部専任講師、1968年助教授、1970年名大文学部助教授を経て、1980年教授、1989-1991年文学部長を務め、1998年定年退官、名誉教授となる。1998-2001年愛知県立大学学長。明清史が専門。 2013年11月瑞宝中綬章受章。
岩﨑 一生(いわさき かずお、1935年 - )は、日本の法… 岩﨑 一生(いわさき かずお、1935年 - )は、日本の法学者・仲裁人。専門は国際私法。名古屋大学名誉教授。立命館大学教授、名古屋大学教授、ニューヨーク大学・ロー・スクールフルブライト上級研究員、モナシュ大学客員教授等を歴任。 熊本県熊本市出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1959年一橋大学法学部卒業、三井金属鉱業株式会社入社。 京セラ株式会社、ネッスル日本株式会社を経て、1979年愛媛大学法文学部助教授。1981年から1982年までニューヨーク大学・ロー・スクールフルブライト上級研究員。1985年から1986年までモナシュ大学法科大学院客員教授。1985年愛媛大学法文学部教授。1988年立命館大学国際関係学部教授。
熊澤 峰夫(くまざわ みねお、1934年 - )は、日本の地… 熊澤 峰夫(くまざわ みねお、1934年 - )は、日本の地球科学者。 1961年名古屋大学大学院(地球科学専攻)修了。同年名古屋大学 理学博士。「岩石の物性に関する研究 I 地震波の伝幡と岩石の圧電気性による電磁場の変化 II 岩石鉱物の非靜水圧場における熱力学的考察とその安定方位」。名古屋大学理学部助手、助教授を経て、東京大学理学部地球物理学科教授。その後、名古屋大学理学部地球惑星科学科教授を経て、名古屋大学名誉教授。東京工業大学地球生命研究所リサーチアドバイザー。父は植物学者の熊沢正夫。 全地球史解読プロジェクト代表。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
早川 太郎(はやかわ たろう、1934年 - )は、日本の医… 早川 太郎(はやかわ たろう、1934年 - )は、日本の医学者、医師。愛知学院大学名誉教授。元愛知学院大学歯学部生化学講座教授。 愛知県名古屋市出身。1959年名古屋大学医学部卒業、1963年同大学院修了。以後長崎大学助手、講師、助教授、カリフォルニア大学デービス校客員研究員、ロシュ分子生物学研究所客員研究員、愛知学院大学助教授を経て1977年より愛知学院大学教授に就任。2005年に退職し名誉教授。
江口 吾朗(えぐち ごろう、1933年10月3日 - 201… 江口 吾朗(えぐち ごろう、1933年10月3日 - 2019年4月3日) は、日本の生物学者。学位は、理学博士(名古屋大学・1964年)。名古屋大学理学部教授などを経て、 基礎生物学研究所名誉教授。元熊本大学学長。元学校法人尚絅学園理事長。従三位瑞宝重光章。 愛知県名古屋市生まれ。実家は工場で、名古屋大学医学進学コースに入学したが、周囲は医者の子供ばかりで違和感を感じ、生物学者になろうと考え、1956年名古屋大学理学部生物学科卒業。1957年名古屋大学大学院修士課程中退、名古屋大学理学部生物学科教務員。 1959年名古屋大学理学部生物学科助手。1964年名古屋大学より理学博士の学位を取得。1968年竹市雅俊ともに、京都大学に移籍し、京都大学理学部生物物理学科助教授着任。
服部 禎男 (はっとり さだお、1933年7月27日 - )… 服部 禎男 (はっとり さだお、1933年7月27日 - )は、日本の工学者、元電力中央研究所名誉特別顧問。放射線ホルミシスの研究者。 愛知県名古屋市生まれ。愛知県立旭丘高等学校を経て、1956年、名古屋大学電気工学科卒業後、中部電力に入社。入社翌年、東京工業大学大学院原子核工学修士課程に進学。修了後の1960年、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所原子炉災害評価研修課程へ留学。1972年、動力炉・核燃料開発事業団に在籍、ふげん建設電気機械課長として設計、許認可研究活動に携わる。 1980年、電力中央研究所・研究開発部の初代原子力部長に就任。1984年、アメリカ合衆国の生化学者トーマス・ラッキーの唱えた放射線ホルミシス論を知り、のちに同理論は正しいと考えるに至る。
岡崎 恒子(おかざき つねこ、1933年〈昭和8年〉6月7日… 岡崎 恒子(おかざき つねこ、1933年〈昭和8年〉6月7日 - )は、日本の生物学者(分子生物学)。理学博士(名古屋大学・1963年)。名古屋大学名誉教授。名古屋大学理学部教授などを歴任。藤田医科大学特別栄誉教授。紫綬褒章受章者、瑞宝中綬章受章者、文化功労者、文化勲章受章者。 愛知県出身の分子生物学者である。夫である岡崎令治と共同で遺伝子複製の仕組みを予測させたDNA断片「岡崎フラグメント」の研究で知られる。 愛知県名古屋市で外科医の原多喜万の二女として生まれる。愛知県立旭丘高等学校を経て、1952年に名古屋大学理学部生物学科入学。卒業研究のために通った名古屋大学臨海研究所で岡崎令治と知り合い、1956年に大学院進学と同時に結婚、共同研究者となる。
杉田虔一郎(すぎた けんいちろう、1932年10月14日 -… 杉田虔一郎(すぎた けんいちろう、1932年10月14日 - 1994年9月5日)は、日本の医学者。専門は脳神経外科学。学位は、医学博士。信州大学医学部脳神経外科学教室教授(初代1978年-1988年)、名古屋大学医学部脳神経外科教授(1988年-1994年の死亡時まで)を歴任。 定位脳手術、手術機器の開発などを手がけ、脳動脈瘤治療のためのクリップ(Sugitaクリップ)を開発する。さらに、顕微鏡手術のための手術機器および支援機器を精力的に開発し脳神経外科手術の治療成績と安全性の向上、国内外の若手医師の指導など幅広く寄与する。門下に小林茂昭世界脳神経外科学会連盟名誉会長らがいる。 在任中に、看護師と共同で開催する信州セミナー(1978年創設)、手術映像を用いた症例検討会の嚆矢である白馬脳神経外科セミナー(1979年)を創設
中川 昌美(なかがわ まさみ、1932年9月7日 - 200… 中川 昌美(なかがわ まさみ、1932年9月7日 - 2001年3月9日)は、日本の物理学者。専門は素粒子論。学位は、理学博士(名古屋大学)。 元名城大学理工学部教授。三重県出身。 坂田学派と呼ばれる坂田昌一の弟子の一人。1962年、坂田昌一、牧二郎とともに、ニュートリノ振動を提唱した(ポンテコルボ・牧・中川・坂田行列(PMNS行列) )ことで知られる。
藤井 知昭(ふじい ともあき、1932年6月16日 - 20… 藤井 知昭(ふじい ともあき、1932年6月16日 - 2023年3月24日)は、日本の音楽学者。文化・音楽評論家。位階は従四位。 国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。専攻は民族音楽学・音楽人類学・比較芸術学。 京都府京都市生まれ。名古屋育ち。名古屋大学文学部哲学科卒業。 名城大学助教授を経て、国立民族学博物館助教授、教授、副館長。1996年3月退官、名誉教授。 また、1988年に国立の総合研究大学院大学文化科学研究科が設置されると、教授・比較文化学専攻長、文化科学研究科長を併任し、1996年3月退官、名誉教授。 その後は中部大学中部高等学術研究所副所長、教授を務めた。特任客員教授。
吉岡 郁夫(よしおか いくお、1932年5月19日 - )は… 吉岡 郁夫(よしおか いくお、1932年5月19日 - )は日本の解剖学者で民俗学者・人類学者。日本民俗学会会員、名古屋民俗研究会会員。自然科学と民俗学・文化人類学をテーマに多彩な調査・執筆活動をおこなっている。 広島県福山市出身。1958年に広島大学医学部を卒業後、名古屋大学医学部解剖学研究室大学院に進んで修了し、1966年に医学博士の学位を取得した。 愛知医科大学教授、愛知学院大学教養部教授を務め、1998年に退職した。この間の1978年に、明石原人を世界各地より出土した猿人、原人、旧人、新人の化石骨と比較して、旧人または現世人類の骨だと鑑定した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
辻 真先(つじ まさき、1932年3月23日 -)は、日本の… 辻 真先(つじ まさき、1932年3月23日 -)は、日本のアニメ・特撮脚本家、推理作家、漫画原作者、旅行評論家、エッセイスト、デジタルハリウッド大学名誉教授。 父は自由民主党の衆議院議員・中日電機工業会長の辻寛一。「実家はおでん屋」と語ることもあるが、これは父寛一が栄で「辻かん」というおでん屋を営んでいたからである。愛知県第一中学校、愛知県立明和高等学校、名古屋大学文学部卒業。 1954年、NHKに入局。制作進行、演出、プロデューサーなどを務めた。NHK在局中も脚本の執筆を行っていたが、1962年に退局し、脚本家としてアニメ・特撮などを中心に多くの脚本を担当。 小説家としては旧『宝石』の新人賞候補作が商業誌デビュー作という経歴を持つ。
水谷 伸治郎(みずたに しんじろう、1932年〈昭和7年〉1… 水谷 伸治郎(みずたに しんじろう、1932年〈昭和7年〉1月6日 - 2025年〈令和7年〉11月10日)は、日本の地球科学者。専門は堆積地質学・構造地質学。三重県四日市市生まれ。学位は、理学博士(名古屋大学・1964年)。名古屋大学名誉教授。弟に経済評論家・中京大学名誉教授の水谷研治。 1954年(昭和29年)名古屋大学理学部を卒業し、同地球科学科大学院修士課程へ進学。当時の木村敏雄助教授の影響を受け、堆積地質学を専攻。1956年同博士課程へ進学。松澤勲教授のもとで、構造地質学を専攻。 1958年3月同課程中退。同年4月名古屋大学理学部地球科学科の助手となる。 1964年名古屋大学より理学博士の学位を取得。
永井義雄(ながい よしお、1931年11月25日 - )は、… 永井義雄(ながい よしお、1931年11月25日 - )は、日本の経済学史学者、名古屋大学名誉教授。経済学史・社会思想史専攻。 名古屋大学経済学部教授を経て、一橋大学社会科学古典資料センター教授を務めた。ロバート・オウエン、ベンサムを中心として英国社会思想を研究する。 愛知県生まれ。1954年3月名古屋大学経済学部卒業、1959年名古屋大学大学院経済学研究科博士課程満了。同年名古屋大学経済学部助手任官。水田洋に師事。1961年名古屋市立女子短期大学講師、1963年名古屋市立女子短期大学講師、同年「イギリス急進主義の研究」で名大経済学博士。1965年金沢大学教養部助教授、1975年同教授、1981年名古屋大学経済学部教授、1983年金沢大学教授併任(名古屋大学経済学部併任)、1984年名古屋大学経済学部教授。
桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2… 桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2014年5月8日)は、日本の国文学者、文学博士。花井純一郎の筆名で詩人。椙山女学園大学名誉教授。元佛教大学教授。1960年代から、中世日本紀研究において先陣を切り、中世神話の研究地平を切り拓いた先駆者。1982年、芸術選奨文部大臣賞(『中世日本文化の形成-神話と歴史叙述』東京大学出版会)。 1931年9月17日、愛知県瀬戸市に生まれる。1954年3月、名古屋大学文学部史学科卒業。 1954年4月に名古屋市立志賀中学校教諭となる。1957年4月から名古屋市立中央高等学校教諭を経て、1961年4月から名古屋市立桜台高等学校教諭。 1967年4月からの豊田工業高等専門学校講師を経て、1969年4月に豊田工業高等専門学校助教授就任。
木村 克美(きむら かつみ、1931年8月31日 - )は、… 木村 克美(きむら かつみ、1931年8月31日 - )は、日本の化学者。分子科学の分野で著名。分子科学研究所名誉教授。レーザー光を利用して分子の電子状態やイオン化ポテンシャル等の精密測定を行った。実兄の木村資生(きむら もとお)も研究者で、世界的な集団遺伝学者である。理学博士(名古屋大学)。 ヘリウム共鳴線 (HeI) を光源とするHeI光電子分光法や、ナノ秒パルスレーザー光電子分光法などを用いて数々の業績を上げた。多数の基本的有機分子の光電子スペクトルを測定し、理論計算に基づくイオン化ポテンシャルの帰属を行った。レーザーを光源とした、新たな高分解能光電子分光法の開発を精力的に行い、パルスレーザーによる多光子励起光電子の飛行時間分析を組み合わせた「電子励起状態からの光電子分光法」を確立した。
藤井 保憲(ふじい やすのり、1931年8月13日 - 20… 藤井 保憲(ふじい やすのり、1931年8月13日 - 2019年7月20日)は、日本の物理学者。主な専門は、重力理論。理学博士(名古屋大学)。東京大学名誉教授。2019年、叙従四位、瑞宝小綬章追贈。兵庫県神戸市出身。神奈川県横浜市青葉区在住であった。 この当時、藤井保憲は中性ベクトル場を用い、場の理論の観点から基本粒子(坂田模型)間の強い相互作用を媒介する場を創っていた。さらに、この場をゲージ場と見なしていた。 しかし、力の有限到達距離をだすためには媒介粒子の固有質量に帰着させざるを得ず、対称性の自発的破れが知られていない当時は無理であった。そして、その頃の雰囲気もあって埋もれてしまったのであった。
霜田 一敏(しもだ かずとし、1931年5月26日 - 20… 霜田 一敏(しもだ かずとし、1931年5月26日 - 2021年10月31日)は、日本の教育学者、愛知教育大学名誉教授。 群馬県前橋市生まれ。1955年名古屋大学教育学部卒、1966年同大学院博士課程満期退学、帝塚山小学校教諭、福岡教育大学助教授、愛知教育大学教授。愛知教育大学附属岡崎小学校校長、1995年定年退官、名誉教授、愛知淑徳大学言語文化研究所教授。 2021年10月31日、肺がんのため、愛知県岡崎市内の病院で死去。90歳没。死没日をもって正四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
伊藤 喜栄(いとう よしえい/よしえ、1931年5月8日- … 伊藤 喜栄(いとう よしえい/よしえ、1931年5月8日- )は、日本の地理学者。慶應義塾大学名誉教授。経済地理学専攻。 愛知県一宮市第四小学校(在籍中に国民学校へ移行)から愛知県立一宮中学校に進み、在学中に昭和東南海地震を経験した。1945年4月、大阪陸軍幼年学校に入学し49期生となったが、これは最後の陸軍幼年学校生徒となったことを意味していた。敗戦後、幼年学校は8月28日に閉校となり、伊藤は9月に一宮中学校へ復学した。 愛知県立一宮高等学校を経て、名古屋大学文学部史学科を卒業する。1961年、名古屋大学大学院博士課程を満期退学し、大分大学経済学部専任講師となる。以後、名古屋市立大学助教授、金沢大学法文学部助教授を経て、1979年慶應義塾大学経済学部教授に就任。
小川 英次(おがわ えいじ、1931年1月10日 - 201… 小川 英次(おがわ えいじ、1931年1月10日 - 2019年7月4日)は、日本の経営学者。専門は生産管理論、中小企業経営論。名古屋大学名誉教授、学校法人梅村学園名誉理事長。第6代中京大学学長、第5期日本中小企業学会会長等も務めた。日経・経済図書文化賞受賞、瑞宝重光章、豊田市市政功労章受章。 名古屋市出身。1953年旧制名古屋大学工学部機械学科卒、1955年名古屋大学経済学部経営学科卒業、1960年名古屋大学大学院経済学研究科経営学専攻博士課程単位取得満期退学。64年「生産計画論」で名古屋大学より経済学博士の学位を取得。末松玄六研究室出身。 60年名大経済学部助手となり、62年生産管理論専任講師。
富田 英夫(とみた ひでお、1931年 - 1998年)は、… 富田 英夫(とみた ひでお、1931年 - 1998年)は、日本の生物学者、遺伝学者。元名古屋大学理学部教授。 名古屋市出身。名古屋大学理学部生物学科卒業。大学院に進学し、山本時男に師事した。1965年名古屋大学理学博士。博士論文は「メダカのメラニン形成 」。 30年以上にわたる研究により、100種類以上のメダカの自然発生的突然変異をひとりで発見した。これら約100種類の突然変異系統を大学の敷地および自宅の庭の水槽で交配保存し、世界中の研究者に提供した。これらの突然変異には、アルビノなど、色素に関する多数の突然変異の他、眼のないメダカ(el)、鱗の発達しないメダカ(rs)、腹部の構造が背部にできるメダカ(Da)、など生命現象の理解にとって重要なものが多数含まれていた。
山本 尤(やまもと ゆう、1930年11月25日 - 201… 山本 尤(やまもと ゆう、1930年11月25日 - 2015年7月23日)は、日本のドイツ文学者、京都府立医科大学名誉教授。専攻はドイツ文学、思想史。 兵庫県西宮市生まれ。1955年名古屋大学文学部独文科卒業。1971年神戸大学講師、助教授、京都府立医科大学教授。1994年定年、名誉教授。2009年秋瑞宝中綬章受章。叙正四位。多くの翻訳を行った。
永津 俊治(ながつ としはる 1930年10月20日 - )… 永津 俊治(ながつ としはる 1930年10月20日 - )は、日本の生化学者。医学博士(名古屋大学)。東京工業大学名誉教授。元名古屋大学医学部長、名古屋大学名誉教授。藤田学園保健衛生大学名誉教授。愛知県出身。 カテコールアミン研究の世界的権威。また、パーキンソン病モデルラットの脳内で、ドーパミンを生成させる実験にも成功し、パーキンソン病等脳疾患の治療法開発に貢献した。 (その後、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、愛知学院大学、南カリフォルニア大学、米国ロッシュ分子生物学研究所で研究)
藤本 哲夫(ふじもと てつお、1930年10月11日 - 2… 藤本 哲夫(ふじもと てつお、1930年10月11日 - 2017年1月20日)は、日本の流体工学者。名古屋大学名誉教授。三重大学名誉教授。名古屋大学工学部長、三重大学工学部長、名城大学理工学部長を歴任した。 名古屋大学工学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校に於いて希薄気体力学を専攻。1964名古屋大学工学博士。 三重大学工学部長を経て、母校名古屋大学教授。1992年名古屋大学工学部長。 静岡理工科大学教授、名城大学教授。1997年名城大学協議員。1999年名城大学理工学部長。 本邦での希薄気体力学の第一人者。2009年春瑞宝中綬章を受章。2017年1月20日、敗血症のため死去、正四位。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。