深尾 昌峰(ふかお まさたか、1974年10月 - )は、日… 深尾 昌峰(ふかお まさたか、1974年10月 - )は、日本の社会起業家、政策学者、社会学者。龍谷大学政策学部教授、龍谷大学副学長、株式会社PLUS SOCIAL代表取締役、京都コミュニティ放送理事長、経済財政諮問会議 専門委員・政策コメンテーター。滋賀県東近江市参与もつとめる。専門は公共政策、非営利組織論、ローカルファイナンス。 京都府生まれ。熊本県立熊本北高等学校を経て滋賀大学卒業。卒業後は同大学院修士課程に進学。大学院在学中にきょうとNPOセンターの構想づくりに参画し、大学院を修了した1998年、特定非営利活動法人きょうとNPOセンターを立ち上げると同時に事務局長に就任。2001年には日本で初めてのNPO法人放送局京都コミュニティ放送を設立。
小野 善生(おの よしお、1974年9月 - )は、日本の経… 小野 善生(おの よしお、1974年9月 - )は、日本の経営学者。滋賀大学経済学部教授。博士(経営学)(神戸大学・2003年)。 1974年京都生まれ。1997年滋賀大学経済学部卒業。2003年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。2003年3月31日、「フォロワーの語りから構成されるリーダーシップの分析」で博士(経営学)の学位を取得(授与番号:甲第2703号)。リーダーの立場からリーダーシップを研究する従来の視点とは異なり、リーダーシップの受け手からの視点によるリーダーシップの考察がなされた。 2003年4月に滋賀大学経済学部助手、2004年より2006年まで同校講師、2006年より同校助教授、2007年に准教授を経て、2009年より関西大学商学部准教授。
稲垣 稜(いながき りょう、1974年8月 - )は、日本の… 稲垣 稜(いながき りょう、1974年8月 - )は、日本の地理学者。奈良大学文学部地理学科教授。 1974年岐阜県に生まれる。1997年に滋賀大学教育学部を卒業後、同大学大学院教育学研究科修士課程に進学。同研究科を1999年に修了した後、名古屋大学大学院人間情報学研究科博士課程に進学し、2004年にこれを修了。京都大学大学院人間・環境学研究科助手、奈良大学文学部地理学科講師を経て、2011年より准教授。専攻は人文地理学、都市地理学。博士(学術)(名古屋大学)。 2012年度に著書『郊外世代と大都市圏』で、日本都市学会賞(奥井記念賞)を受賞。2014年度に論文「大都市圏郊外における中心都市への通勤者数減少の要因に関する考察―1990年代後半以降の奈良県生駒市を中心に―」にて日本地理学会賞(優秀論文部門)を受賞。
伊藤 博之(いとう ひろゆき、1965年 - )は、日本の経… 伊藤 博之(いとう ひろゆき、1965年 - )は、日本の経営学者。滋賀大学名誉教授。現大阪経済大学経営学部経営学科教授。博士(経営学)(神戸大学)。 1965年京都府に生まれる。1988年に滋賀大学経済学部を卒業後、神戸大学大学院経営学研究科に進学し、1990年博士前期課程修了、1992年博士後期課程中退。滋賀大学経済学部助手、専任講師、助教授、准教授を経て、2009年教授。2020年滋賀大学より名誉教授の称号を授与され、大阪経済大学経営学部経営学科教授に就任。専門は経営組織論、経営管理論。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
白石 恵理子(しらいし えりこ、1960年- )は、日本の教… 白石 恵理子(しらいし えりこ、1960年- )は、日本の教育学者。滋賀大学教授。 福井県生まれ。1978年福井県立藤島高等学校卒。1982年京都大学教育学部卒、84年同大学院修士課程修了。1990年京都大学教育学部助手、1993年大阪総合福祉専門学校(現大阪健康福祉短期大学)教員、1996年滋賀大学教育学部講師、97年助教授、2004年教授。全国障害者問題研究会研究推進委員。 夫は龍谷大学教授の白石正久。
澤田 幹(さわだ みき、1959年 - )は、日本の経営学者… 澤田 幹(さわだ みき、1959年 - )は、日本の経営学者。金沢大学人間社会研究域経済学経営学系教授。専門は人事労務管理、経営管理論。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山下 登(やました のぼる、1957年6月 - )は、日本の… 山下 登(やました のぼる、1957年6月 - )は、日本の法学者。岡山大学大学院法務研究科教授。 この他、神戸学院大学法科大学院客員教授(2007年~2011年)も務めた この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
井口 貢(いぐち みつぐ、1956年2月 - )は、日本の文… 井口 貢(いぐち みつぐ、1956年2月 - )は、日本の文化政策学者。同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科名誉教授。 滋賀県米原町生まれ。1979年滋賀大学経済学部経営学科卒業。1982年滋賀大学大学院経済学研究科経済学専攻修士課程修了、経済学修士。同年岡崎女子大学経営実務科専任講師。1996年岡崎女子大学経営実務科助教授。1999年岐阜女子大学文学部助教授。2001年京都橘女子大学文化政策学部助教授。2005年京都橘大学文化政策学部教授。2007年同志社大学政策学部教授。2026年同志社大学名誉教授。専攻は文化政策学、文化経済学、観光文化論。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
位田 隆一(いだ りゅういち、1948年 <昭和23年> 2… 位田 隆一(いだ りゅういち、1948年 <昭和23年> 2月16日 - )は、日本の法学者。学位は、 D.E.A(droit international)。元滋賀大学学長。京都大学名誉教授、滋賀大学名誉教授。専門は、国際法・国際生命倫理法。兵庫県姫路市出身。2024年、瑞宝重光章受章。 監事を務めている滋賀大学の学長選において、学長選考会議の推薦により出馬。学内の意向投票で大差で最下位となるも学長選考会議の結果、学長に選出された。 指導教官は田畑茂二郎。
金田 正男(かねだ まさお、1947年 - )は、一橋大学の… 金田 正男(かねだ まさお、1947年 - )は、一橋大学の副学長(理事非兼任)。元文部官僚。 滋賀大学卒業。奈良教育大学理事・事務局長等を経て、2005年に一橋大学事務局長就任。職員の人事評価を年功序列から実力主義へ転換するなど、抜本的な事務局改革を行った。また、運営費交付金が年々削減される大学の財政事情を受けて、企業からの募金活動にも率先して取り組んできた。これらの実績から、同大学は2007年、定年退職となる事務局長の金田を学内にとどめるため、教育研究評議会において募金・事務局改革担当の副学長を新設し、同年、金田を同ポストにスライド就任させた。後任の事務局長には塚越義行(大阪大学と統合された大阪外国語大学の最後の理事及び事務局長)が就任。
岸田 雅雄(きしだ まさお、1946年5月29日 - 202… 岸田 雅雄(きしだ まさお、1946年5月29日 - 2020年1月21日)は、日本の法学者。専門は、商法・法と経済学・ファイナンス論。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1997年)。神戸大学名誉教授[リンク切れ]、早稲田大学名誉教授。早稲田大学大学院ファイナンス研究科長・早稲田大学ファイナンス研究センター所長を歴任。 京都府出身で、1970年に滋賀大学経済学部を卒業後、1972年に神戸大学法学部卒業、同年に司法修習を修了した(最高裁判所)。ニューヨーク大学・ロー・スクール修了。神戸大学法学部助手・助教授・教授、同大学院法学研究科教授を経て、2004年に早稲田大学へ移籍。同年、神戸大学より名誉教授の称号を受けた。
中山 武憲(なかやま たけのり、1944年 - )は、日本の… 中山 武憲(なかやま たけのり、1944年 - )は、日本の法学者。学位は経済法。名古屋経済大学名誉教授。元公取官僚。 富山県福岡町生まれ。金沢大学附属高等学校を経て、1969年に滋賀大学経済学部を卒業。同年公正取引委員会事務局に入局。この間2年間通商産業省。1982年以降、公正取引委員会事務局官房、取引部、審査部の各課・室長、名古屋地方事務所長等を経て、1991年に公正取引委員会事務局退職。同年名古屋経済大学企業法制研究所教授に就任。1994年に同法学部教授となり、2012年名誉教授。
吉田 修(よしだ おさむ、1935年3月1日 - )は、日本… 吉田 修(よしだ おさむ、1935年3月1日 - )は、日本の医学者。前奈良県立医科大学学長。京都大学名誉教授。学位は、医学博士(京都大学・1967年)。専門は泌尿器科学。 岡山県出身。元日本学術会議議員。38歳で京都大学医学部泌尿器科学講座を主宰。以後多数の俊英を育成。日本泌尿器科学会総会会長、同理事長、日本癌治療学会総会会長、同理事などを歴任。泌尿器科学領域全般に幅広い業績。特に泌尿器腫瘍学分野で画期的な業績。また、医学教育分野や医事行政にも造詣が深く、文部科学省、厚生労働省関連の協議会、懇談会などに数多く参加。 2008年6月よりiPSアカデミアジャパン株式会社代表取締役社長(現在相談役)、2012年4月より天理医療大学学長。
磯村 元史(いそむら もとし、1934年 - )は、日本の経… 磯村 元史(いそむら もとし、1934年 - )は、日本の経営学者・実業家。日本年金機構理事、函館大学客員教授。東京都江東区在住。 1934年旧満洲国生まれ。1947年に帰国。1956年滋賀大学経済学部卒業。野村證券入社後、東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)の新設に参画。1962年より年金業務に従事。1993年に東洋信託銀行代表取締役副社長を退任した後、洋伸不動産代表取締役社長、滋賀大学・早稲田大学の非常勤講師、長野県調査委員会会長等を歴任。 1998年に函館大学客員教授着任後は、東京都金融広報アドバイザー、(総務省所管)年金業務・社会保険庁監視等委員会委員等を務める。2008年1月からは厚生労働大臣のアドバイザーとして、年金記録問題作業委員会、年金記録問題拡大作業委員会、年金記録問題回復委員会の各委員長に就任し、年金記録問題の処置に取り組んできた。
吉田 龍恵(よしだ りゅうけい、1930年 - )は、日本… 吉田 龍恵(よしだ りゅうけい、1930年 - )は、日本の文化人類学者、僧侶。滋賀大学名誉教授、舎那院住職。元アイオワ州立大学客員教授、元米国ビジネスコミュニケーション学会国際委員会副委員長。滋賀県長浜市在住。 1930年大阪府に生まれる。その後、滋賀県長浜市に移り、1953年に滋賀大学経済学部を卒業。卒業後は世界中を旅し見聞を広めた。1967年より滋賀大学経済短期大学部講師、助教授、教授、大学部長を歴任。経済学部でも非常勤講師を務め、滋賀大学名誉教授の称号を受ける。同大学退官後はアイオワ州立大学の客員教授に就任。米国ビジネスコミュニケーション学会国際委員会副委員長としても国際的な研究交流に大きく貢献した。
中村 昌生(なかむら まさお、1927年8月2日 - 201… 中村 昌生(なかむら まさお、1927年8月2日 - 2018年11月5日)は、日本の建築家、建築史家(日本建築史)。京都工芸繊維大学名誉教授、福井工業大学名誉教授。京都伝統建築技術協会を設立、理事長を務める。専攻は日本建築。工学博士。 愛知県出身。それまで建築史研究の対象としてはまれであった茶室や数寄屋建築を本格的に研究し、研究によって得られた知見を生かして設計活動を行った。また、桂離宮修理事業をはじめ、伝統建築の保存に貢献した。 1927年、愛知県名古屋市生まれ。彦根工業専門学校建築学科(現滋賀大学)を卒業した後、京都大学工学部の研修員となる。同大学助手等を経て、1973年、京都工芸繊維大学教授。
岡本 巌(おかもと いわお、1924年5月2日 - 2011… 岡本 巌(おかもと いわお、1924年5月2日 - 2011年12月4日)は、日本の地球物理学者。陸水学・湖沼学が専門で、長年琵琶湖を調査研究し、琵琶湖の環境保全のための住民運動を行ったことで知られている。滋賀大学名誉教授。 鹿児島県谷山村(現:鹿児島市の一部)出身。鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)を経て、1945年に第七高等学校造士館 (旧制)を卒業。進学した京都大学理学部(旧制)では海洋物理学を学び、1948年に卒業。卒業後、別府市にある京都大学地球物理学研究所に勤務したがあまり気乗りがしていなかったため、人に勧められて滋賀大学学芸学部(後に教育学部に改称)に移り、以来琵琶湖の調査研究に取り組む。
山桝 忠恕(やまます ただひろ、1922年 - 1984年1… 山桝 忠恕(やまます ただひろ、1922年 - 1984年11月13日)は、日本の会計学者。学位は、経済学博士(慶應義塾大学・1960年)(学位論文「監査制度の展開」)。慶應義塾大学教授を歴任。 愛知県名古屋市生まれ。愛知県立明倫中学校(現愛知県立明和高等学校)を経て、1942年に彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)卒業。1945年神戸経済大学(現神戸大学)卒業。平井泰太郎門下。神戸大学講師、松山商科大学助教授、神戸商科大学助教授等を経て、1960年に慶應義塾大学教授。同年「監査制度の展開」で慶應義塾大学より経済学博士の学位を取得。三邊金蔵、小高泰雄を財務会計論において後継した研究者の一人とされる。
谷端 長(たにはた ひさし、1919年8月31日 - 200… 谷端 長(たにはた ひさし、1919年8月31日 - 2001年1月21日 )は、日本の会計学者。神戸大学名誉教授。経営学博士。 和歌山県古座町(現串本町)出身。1941年彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)卒業。彦根高商時代は文芸部に所属し、経済哲学に関心を持つ。1943年東京商科大学(現一橋大学)卒業。松下電器産業、徴兵、古座造船所等を経て、1951年に神戸大学経営学部助手となる。1959年、著書『動的会計論の構造』(森山書店)にて日本会計研究学会賞・太田賞を受賞。1964年神戸大学経営学部教授。翌1965年、『動的会計論』(森山書店)を出版。この年より甲南大学や香川大学でも教鞭を執る。1984年に神戸大学停年退職、同大学名誉教授、大阪商業大学教授に着任。
馬場 克三(ばば かつぞう、1905年 <明治38年> 3月… 馬場 克三(ばば かつぞう、1905年 <明治38年> 3月14日 - 1991年 <平成3年> 10月29日)は、日本の経営学者、会計学者。九州大学名誉教授。位階は従三位。 滋賀県彦根市出身。1926年彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)卒業。1931年九州帝国大学(現九州大学)法文学部経済科卒業。卒業後も同大学に残り、副手、講師、助教授を経て、1945年教授昇任。1968年に退官後は西南学院大学(1968年~1977年3月)、広島修道大学(1977年~1981年3月)等でも教鞭を執った。1966年藍綬褒章受章、1976年勲二等瑞宝章受章。1991年没。死没日付をもって従五位から従三位に進階した。
秋山 範二 (あきやま はんじ、1893年9月 - 1980… 秋山 範二 (あきやま はんじ、1893年9月 - 1980年6月7日)は、日本の哲学者。専門は道元の禅の研究。元滋賀大学学長事務取扱。滋賀大学名誉教授。 1893年(明治26年)香川県豊田郡柞田村(現 観音寺市柞田町)に秋山清七(柞田村第6代村長・1906-1918年在任)の長男として生まれる。旧制香川県立三豊中学校、旧制第六高等学校を経て、1919年(大正8年)東京帝国大学哲学科卒業。1920年(大正9年)旧制滋賀県立八幡商業学校教諭。1923年(大正12年)彦根高等商業学校開校に合わせ着任、1924年(大正13年)教授就任。1928年(昭和3年)から1930年(昭和5年)までドイツに留学する。
橋本 忠太郎(はしもと ちゅうたろう、明治19年(1886年… 橋本 忠太郎(はしもと ちゅうたろう、明治19年(1886年)7月3日 - 昭和35年(1960年)2月5日)は、明治から昭和にかけての植物学者、教師。滋賀県女子師範学校等で教鞭をとりつつ滋賀県下の植物調査を行った。 明治19年(1886年)7月3日に滋賀県蒲生郡北比都佐村大字十禅師(現滋賀県蒲生郡日野町十禅師)にて誕生。 明治39年(1906年)滋賀県立彦根中学(現滋賀県立彦根東高等学校)、明治44年(1910年)滋賀県師範学校(現滋賀大学教育学部)二部を卒業した。その後、郷里の北比都佐小学校(現日野町立必佐小学校)の教員となり、大正10年(1921年)中学校教員試験検定に合格し翌11年(1922年)より滋賀県女子師範学校、県立大津高等女学校の教諭となった。
吉岡 孝昭(よしおか たかあき)は、日本の政策学者、経済学者… 吉岡 孝昭(よしおか たかあき)は、日本の政策学者、経済学者。世界平和研究所主任研究員(日本銀行より出向)。大阪大学博士(国際公共政策)、四川大学経済学博士、熊本大学博士(法学)、早稲田大学博士(政治学)。 1982年、滋賀大学経済学部を卒業し、日本銀行入行(総合職)。外国局、業務管理局、経営管理局、発券局調査役、検査室企画役等を経て、2009年より世界平和研究所主任研究員に出向。この間、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程を修了し、早稲田大学アジア研究機構の客員研究員等を務める。また、四川大学経済学院や千葉商科大学大学院政策情報学研究科等で教鞭を執る。専攻(専門分野)は政治学、法学、経済学、金融、地域政策学、国際公共政策、公衆衛生学、国際協力。