坂東 昌子(ばんどう まさこ、1937年(昭和12年) - … 坂東 昌子(ばんどう まさこ、1937年(昭和12年) - )は、日本の物理学者。専門は、素粒子論・非線形物理。NPO法人知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん理事長、京都大学基礎物理学研究所協力研究員、愛知大学名誉教授。理学博士。 京都大学・湯川秀樹研究室の出身。専門は素粒子論・非線形物理であるが、環境問題や科学教育、放射線リスクなど幅広く研究を進めている。 女性研究者や若手研究者の支援にも積極的に取り組み、2007年には日本物理学会で2人目の女性会長に就任。会長退任後も、日本物理学会にキャリア支援センターを設立して、初代センター長をつとめた。愛知大学を定年退職したのちはNPO法人を立ち上げ、女性研究者の地位向上、ポストドクター問題の改善、研究者間の更なる連携を目指して活動をおこなっている。
篠山 重威(ささやま しげたけ、1937年 - )は、日本の… 篠山 重威(ささやま しげたけ、1937年 - )は、日本の医学者。京都大学名誉教授、同志社大学生命医科学部チェアプロフェッサー教授。
伊藤 徹魯(いとう てつろ、1937年 - 没年不明)は、日… 伊藤 徹魯(いとう てつろ、1937年 - 没年不明)は、日本の哺乳類学者。大阪府大阪市出身。 1937年大阪市生まれ。1961年京都大学農学部農林生物学科卒業、京都大学大学院博士課程修了。1971年朝日大学歯学部助手。2001年朝日大学歯学部退職。尖閣諸島など日本海沿岸や日本の太平洋沿岸に生息していたニホンアシカなど鰭脚類の分布、生態、形態について研究していた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
勝村 哲也(かつむら てつや、1937年 - 2003年)は… 勝村 哲也(かつむら てつや、1937年 - 2003年)は、日本の中国文献学者。京都大学名誉教授。 1963年神戸大学文学部史学科卒業。京都大学大学院文学研究科東洋史学専攻修了後、佛教大学専任講師、同助教授を経て、1975年京都大学人文科学研究所助教授。1979年から情報化に取り組み、『京都大学人文科学研究所漢籍目録』の編纂や、『東洋学文献類目』のデータベース化を行った。1998年京都大学人文科学研究所教授。2000年定年退官、京都大学名誉教授、島根県立大学メディアセンター長・教授。
正本 順三(まさもと じゅんぞう、1937年 - )は日本の… 正本 順三(まさもと じゅんぞう、1937年 - )は日本の高分子化学者。 エンジニアリングプラスチックの代表であるポリアセタール樹脂の革新的な製造技術を開発した研究開発者として著名。 旭化成特別主席研究員・京都大学化学研究所客員教授・京都工芸繊維大学客員教授・福井工業大学教授を経て、2011年より北陸学園北陸食育フードカレッジ(新潟県 長岡市)専任教授。2006年春に紫綬褒章を受章。日本化学会フェロー・高分子学会フェロー。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
小川 眞(おがわ まこと、1937年 - 2021年8月12… 小川 眞(おがわ まこと、1937年 - 2021年8月12日)は、日本の農学者・環境生態学者、農林技官。農学博士(京都大学)。大阪工業大学工学部環境工学科元客員教授。日本バイオ炭普及会創設者・初代名誉会長。日本菌学会名誉会員。白砂青松再生の会元会長。日本で初めて森林のノーベル賞といわれる国際森林研究機関連合(IUFRO)の「ユフロ学術賞」を受賞。 専門は、農学・林学・環境生態学/森林生態学、土壌微生物学・菌学。 1937年京都府生まれ。京都大学農学部農林生物学科卒業。1967年同大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士(京都大学)。農林省に入省、林業試験場農林技官・土壌微生物研究室長。その後、森林総合研究所きのこ科長、関西総合環境センター生物環境研究所所長、関西電力顧問などを経て、2006年大阪工業大学工学部環境工学科客員教授。
児嶋 眞平(こじま しんぺい、1936年12月29日 - )… 児嶋 眞平(こじま しんぺい、1936年12月29日 - )は、日本の工学者。京都大学名誉教授。前・福井大学学長。専門は有機化学、有機金属の化学、環境化学。工学博士(京都大学、1969年)。福井県出身。 1936年京都府京都市生まれ。1944年に福井県丹生郡志津村(現・福井市)へ疎開。1955年藤島高校卒業まで清水町で育つ。1955年京都大学工学部工業化学科入学。1986年京都大学教養学部教授、1992年京都大学総合人間学部教授、1993年-96年総合人間学部長、1997年福井大学学長、現在に至る。 2012年瑞宝重光章受章。
上田 睆亮(うえだ よしすけ、Ueda Yoshisuke,… 上田 睆亮(うえだ よしすけ、Ueda Yoshisuke, 1936年12月23日 - )は、日本の電気工学者、物理学者、応用数学者。京都大学名誉教授、アバディーン大学名誉教授、ハルビン工業大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1959年、京都大学工学部電気工学科卒業。1964年同大学大学院博士課程単位取得退学。京都大学工学部助手、助教授、教授を経て、2000年に定年退官。同年、公立はこだて未来大学複雑系科学科教授となり、2007年に定年退職。弟子には赤松則男、稲垣耕作らがいる。2017年4月、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。2023年、IEEE GUSTAV ROBERT KIRCHHOFF AWARDを受賞。
足利 健亮(あしかが けんりょう、1936年12月21日 -… 足利 健亮(あしかが けんりょう、1936年12月21日 - 1999年8月6日)は、日本の地理学者。専門は人文地理学。元京都大学教授。没後従四位勲三等旭日中綬章。 1936年、北海道勇払郡追分町(現:安平町)の浄土真宗大谷派寺院に生まれた。北海道苫小牧東高等学校を卒業し、京都大学文学部に進学。藤岡謙二郎の影響を受け、人文地理学の道に進み、日本の古代歴史地理研究に取り組むようになった。1961年に卒業し、同大学大学院文学研究科に進んだ。 1962年、京都大学助手に採用された。1966年、追手門学院大学講師に就いた。1968年、大阪府立大学助教授となった。1974年、京都大学教養部助教授に転じた。
山口 知三(やまぐち ともぞう、1936年12月17日- 2… 山口 知三(やまぐち ともぞう、1936年12月17日- 2021年12月7日)は、ドイツ文学者、京都大学文学部名誉教授。 鹿児島に生まれる。京都大学文学部独文科卒、同志社大学助教授、1979年京都大学文学部独文科助教授、1990年主任教授、2000年定年退官。 1989年共著『ナチス通りの出版社』で日本出版学会賞。1994年「ドイツを追われた人びと 反ナチス亡命者の系譜」で文学博士。 トーマス・マンを研究、翻訳していたが、のち現代ドイツ史に移行。最後の著書『三つの国の物語 トーマス・マンと日本人』においては、「一九二〇年代から三〇年代にかけての日本におけるトーマス・マン受容を手がかりにして、日本のドイツ文学研究にたいするきびしい批判が展開された」。
脇 功(わき いさお、1936年12月11日 - 2017年… 脇 功(わき いさお、1936年12月11日 - 2017年12月18日)は、イタリア文学者、プール学院大学名誉教授。 愛媛県出身。1964年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1968年から1970年までイタリア政府給費留学生としてローマ大学文学部に留学。1980年代半ばよりプール学院大学教授、退任し名誉教授。 2001年に、ルドヴィーコ・アリオスト『狂えるオルランド』により、第38回日本翻訳文化賞と第11回ピーコ・デッラ・ミランドラ賞を受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中野 秀一郎(なかの ひでいちろう、1936年12月8日-2… 中野 秀一郎(なかの ひでいちろう、1936年12月8日-2016年1月6日)は、日本の社会学者。関西学院大学名誉教授。専攻:理論社会学、政治社会学、医療社会学、知識社会学。日本保健医療社会学会名誉会員。 大阪市出身。1962年京都大学文学部社会学専攻卒。67年同大学院文学研究科満期退学。78年「プロフェッションの研究」で文学博士。長崎大学教養部助教授、関西学院大学社会学部助教授、教授、95年名誉教授、奈良女子大学文学部教授、2000年定年退官、京都文教大学人間学部教授。2007年退職。この間、在マレーシア日本国大使館外務省調査員、スタンフォード大学フーヴァー研究所客員研究員、カナダ・ラヴァール大学客員教授など。
薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日… 薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日 - 2016年〈平成28年〉4月22日)は、日本の宗教学者(宗教哲学)。位階は従四位。勲等は瑞宝重光章。学位は文学博士。京都大学名誉教授、仁愛大学名誉教授、日本学士院会員。 京都大学文学部助手、大阪市立大学文学部教授、京都大学文学部教授、京都大学大学院文学研究科教授、龍谷大学文学部教授、仁愛大学学長などを歴任した。 1936年10月18日、和歌山市生まれ。1959年京都大学文学部(宗教学専攻)卒。1964年同大学院博士課程単位取得満期退学。 大阪市立大学助教授、京都大学助教授、1989年 京大にて文学博士、京大文学部教授(西洋近世哲学史)、2000年定年退官、龍谷大学教授、仁愛大学学長。
荒牧 典俊(あらまき のりとし、1936年10月14日 - … 荒牧 典俊(あらまき のりとし、1936年10月14日 - )は、日本の仏教学者、京都大学名誉教授。 神奈川県出身。1959年京都大学文学部仏教学科卒。同博士課程中退。京大教養部助教授、1984年「南朝前半期における教相判釈の成立について」で京都大文学博士。大阪大学教授、91年京都大学人文科学研究所教授、2000年定年退官、名誉教授、大谷大学教授、京都光華女子大学教授、京都光華女子大学真宗文化研究所所長[要ページ番号]。
長尾 真(ながお まこと、1936年〈昭和11年〉10月4日… 長尾 真(ながお まこと、1936年〈昭和11年〉10月4日 - 2021年〈令和3年〉5月23日)は、日本の情報工学者。位階は正三位。 京都大学工学部電子工学科卒業。京都大学総長、京都大学名誉教授、国際高等研究所所長、独立行政法人情報通信研究機構理事長、国立国会図書館長を歴任。 専門は、自然言語処理・画像処理・パターン認識。パターン認識の分野では、手書き文字の認識方式を提案した。この手法は、初期の郵便番号読み取り装置へ応用された。以降、電子図書館システムの研究を主に手がけている。自動翻訳やAIにつながる技術の原理を開発した。 自伝に「情報を読む力、学問する心」(ミネルヴァ書房、2010年)がある。
本庄 資(ほんじょう たすく、1936年(昭和11年)10月… 本庄 資(ほんじょう たすく、1936年(昭和11年)10月4日 - 2018年(平成30年)9月20日)は、日本の官僚、租税法学者。名古屋経済大学大学院法学研究科教授を経て、同大学名誉教授。博士(経済学)(国士舘大学)。位階は従四位。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田中 一昭(たなか かずあき、1936年9月24日 - 20… 田中 一昭(たなか かずあき、1936年9月24日 - 2023年9月11日)は、日本の政治学者。専門は行政管理・改革。 現在は、財団法人大学基準協会専務理事、拓殖大学地域行政研究科客員教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤枝 晃雄(ふじえだ てるお、1936年9月20日 -201… 藤枝 晃雄(ふじえだ てるお、1936年9月20日 -2018年4月26日)は、美術評論家、武蔵野美術大学名誉教授。本名は藤枝照容(ふじえだ てるかた)。 福井県越前市出身。実家は陽願寺で、シベリア抑留経験者の父を持つ。東京都立戸山高等学校、東京芸術大学美術学部卒業。卒業論文はマルセル・デュシャンについて扱い、装丁は石岡瑛子が担当した。在学中にはモダニズム詩に熱中し、北園克衛発行の「VOU」に参加。京都大学大学院を経てペンシルベニア大学大学院に留学、2002年「ジャクソン・ポロック」で大阪大学文学博士。 専攻はポロック、ブラック、草間彌生など。1960年代後半から『美術手帖』などに論評を寄せた。
有本 卓(ありもと すぐる、1936年(昭和11年)8月3日… 有本 卓(ありもと すぐる、1936年(昭和11年)8月3日 - )は、日本の計算機科学者。専門は、情報理論・制御理論・ロボティクス。工学博士(東京大学・1967年・論文博士)、大阪大学名誉教授。制御理論では有本・ポッターの方法、ロボット工学では受動性(英語版)やリーマン多様体に基づく安定性解析、学習制御の研究などで業績を上げた。紫綬褒章、瑞宝中綬章受章者。 東京大学工学部助手、講師、大阪大学基礎工学部助教授、教授、東京大学工学部教授、日本ロボット学会会長を歴任。東京大学定年退官後は設立間もない立命館大学理工学部ロボティクス学科教授に就任し、同大学ロボティクスFA研究センター長、VLSIセンター長、客員教授を務めた。
堀川 哲男(ほりかわ てつお、1936年7月15日 - 19… 堀川 哲男(ほりかわ てつお、1936年7月15日 - 1990年10月5日)は、日本の中国史学者。中国近代史専攻。 1936年、愛媛県松山市生まれ。京都大学文学部史学科、同大学院文学研究科博士課程満期退学。岐阜大学助教授、京都大学教養部助教授、教授。1990年、腎腫瘍のため死去。
松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 … 松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 - 2015年5月9日)は、日本の工学者。名古屋大学名誉教授、元総長。工学博士(京都大学)。専門は土質工学。京都市出身。 1960年京都大学工学部土木工学科卒業、1962年同大学院工学研究科修士課程修了、1964年京都大学講師、65年助教授。1969年「引揚力を受ける基礎と複合地盤の支持力に関する研究」で工学博士(京都大学)、1972年名古屋大学工学部助教授、1978年教授、1989年工学部長、1995年名古屋大学理工科学総合研究センター長、1998年名古屋大学総長、2004年退任、名誉教授、財団法人科学技術交流財団理事長、なごや環境大学(これは正式な大学ではない)学長、2004年6月中部電力株式会社社外監査役、2006年財団法人名古屋都市センター理事長。
木村 汎(きむら ひろし、1936年6月19日 - 2019… 木村 汎(きむら ひろし、1936年6月19日 - 2019年11月14日)は、日本の政治学者。拓殖大学海外事情研究所客員教授。北海道大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。専門はロシア政治、日露関係。 朝鮮・京城(現ソウル)生まれ。父は民法学者で京都大学名誉教授の木村常信。推理小説家の山村美紗は実姉、女優の山村紅葉は姪。 1960年京都大学法学部卒業、1962年同大学院政治学修士課程修了(指導教員は猪木正道)、同博士後期課程進学。1968年Ph.D.(アメリカ・コロンビア大学、政治学)。 1970年北海道大学法学部助教授、1977年教授、1978年同大学スラブ研究センター(現・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)教授、1991年北海道大学退官、名誉教授、国際日本文化研究センター教授、2002年同退官、名誉教授、拓殖大学海外事情研究所教授(のち客員教授)。
加茂直樹(かも なおき、1936年5月11日 - )は、日本… 加茂直樹(かも なおき、1936年5月11日 - )は、日本の哲学者、京都教育大学名誉教授。 満洲国新京生まれ。京都市立紫野高等学校卒、1959年京都大学文学部哲学科卒、64年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学(西洋哲学史専攻)。1966~70年大阪府立大学教養部助手. 1970年京都教育大学助教授、教授、学長を務めた。2000年定年退官、名誉教授、京都女子大学教授。2010年退職。北海道大学薬学部教授だった加茂直樹(1946年生?)は同名異人。
矢野 暢(やの とおる、1936年〈昭和11年〉4月17日 … 矢野 暢(やの とおる、1936年〈昭和11年〉4月17日 - 1999年〈平成11年〉12月14日)は、日本の政治学者。専門は東南アジア地域研究。1986年『冷戦と東南アジア』で吉野作造賞を受賞。 ノーベル賞に関するテレビ番組等にゲストとして出演するなどマスコミ露出も多く、アウンサンスーチーの京都大学留学時代の恩師とされる。1993年に発覚した「矢野事件」で知られる。事件の責任をとり同年末に京都大学を辞職した。 熊本県生まれ。生後満洲国関東州の大連に転居。八代市内の高等学校(現在の熊本県立八代中学校・高等学校)を経て、1959年京都大学法学部卒業、1961年同大学院修士課程修了、1965年同大学院博士課程修了。
静田 靖(しずた やすし、1936年4月1日 - )は、日本… 静田 靖(しずた やすし、1936年4月1日 - )は、日本の数理科学者・物理学者。奈良女子大学・大阪工業大学元教授。理学博士(京都大学)。元京都大学数理解析研究所研究員。 専門は、数理科学・物理学・量子アルゴリズム、数値解析/数値シミュレーション。 1959年京都大学理学部物理学科卒業。1961年同大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。1965年同大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士(京都大学)。京都大学数理解析研究所研究員などを経て、1986年奈良女子大学理学部教授。1999年大阪工業大学情報科学部教授。2002年同学部情報科学科(現:情報知能学科)教授。2006年大阪工業大学退職。
海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025… 海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025年2月6日 )は、日本の教育学者・歴史学者。教育学博士(京都大学・論文博士・1973年)。元京都学園大学学長、京都大学名誉教授。専門は日本教育史特に江戸時代から近代にかけての教育、吉田松陰や松下村塾などについて研究。
福島 邦彦(ふくしま くにひこ、1936年3月16日 - )… 福島 邦彦(ふくしま くにひこ、1936年3月16日 - )は、日本の計算機科学者。ニューラルネットワークと深層学習の研究で有名である。現在、ファジィシステム研究所(福岡県飯塚市)の特別研究員である。 1958年、京都大学工学部電子工学科卒業。NHK放送科学基礎研究所主任研究員、NHK放送技術研究所主任研究員を経て、1989年大阪大学基礎工学部教授。1999年、電気通信大学電気通信学部教授。2001年東京工科大学教授。2006年から2010年まで関西大学客員教授。2006年から一般財団法人ファジィシステム研究所特別研究員。 日本神経回路学会(JNNS)初代会長・名誉会員、電子情報通信学会フェロー。
西村 武(にしむら たけし、1936年2月24日 - )は、… 西村 武(にしむら たけし、1936年2月24日 - )は、日本の工学者、京都工芸繊維大学名誉教授。専門は照明学、色彩学。宝塚大学学長を務めた。 少年期を京都市で過ごしたが、第二次世界大戦時には学童疎開も経験した。 1958年、京都大学工学部電気工学科卒業して日立製作所に入社し、以降、研究所でカラーテレビの開発などに従事した。 1968年に京都工芸繊維大学教員となった。京都工芸繊維大学では、工芸学部長などを務めたが、1999年に退職して名誉教授となり、宝塚造形芸術大学(後の宝塚大学)教授となった。 この間、社団法人照明学会で長く活動して副会長などを務め、2007年には照明学会賞(研究業績)を受章し、参与となり、後には名誉会員となった。
真木 和美(まき かずみ、1936年1月27日 - 2008… 真木 和美(まき かずみ、1936年1月27日 - 2008年9月10日)は、日本の物理学者。専門は、超伝導・超流動・電荷密度波・スピン密度波などを含む凝縮系の理論物理学。ジョン・バーディーン賞受賞。超伝導分野の専門語「Maki-Tompson項」や「Makiパラメター」に名前を残している。外国に拠点をおいて世界的な研究を続けた数少ない日本人研究者の一人としても特筆される。音楽や絵画にも造詣が深かった。 真木和美は京都大学湯川研究室で素粒子論を学び、学位論文はその分野のものでありながら、のちの研究方向を示唆するものでもあった。そして、同研究室から米国に留学し帰国した恒藤敏彦から、超伝導分野に興味深い問題が山積していると告げられ、BCS理論に基づいた、超伝導に関する場の理論的アプローチを展開した。
新 睦人(あたらし むつんど、1936年1月3日 - )は、… 新 睦人(あたらし むつんど、1936年1月3日 - )は、日本の社会学者。奈良女子大学名誉教授。専門は理論社会学 。 東京生まれ。1960年神戸大学文学部卒業。1965年京都大学大学院文学研究科博士課程社会学専攻満期退学。1978年「都市地域社会システムの理論的・実証的基礎研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。大阪府立大学助手、1968年奈良女子大学家政学部助教授、1972年文学部助教授兼任、1978年文学部教授、1979年から一時京都大学教授を兼任。1999年奈良女子大を定年退官、名誉教授、広島国際学院大学教授。 2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。
村上 和雄(むらかみ かずお、1936年1月2日 - 202… 村上 和雄(むらかみ かずお、1936年1月2日 - 2021年4月13日)は、日本の分子生物学者。筑波大学名誉教授。 現在の奈良県天理市生まれ。1983年に、高血圧を引き起こす原因となる酵素「ヒト・レニン」の遺伝子解読に成功。 1958年京都大学農学部農芸化学科卒業、1963年京都大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士課程修了、1964年農学博士。オレゴン医科大学研究員(生化学教室)。1968年京都大学農学部助手。1969年ヴァンダービルト大学医学部研究員、1975年ヴァンダービルト大学医学部助教授。1976年筑波大学応用生物化学系助教授、1978年教授、1984年筑波大学遺伝子実験センター長、1994年筑波大学先端学際領域研究センター長、1999年筑波大学定年退官、名誉教授、財団法人国際科学振興財団専務理事、同バイオ研究所所長。
櫻井 正一郎(さくらい しょういちろう、1936年1月 - … 櫻井 正一郎(さくらい しょういちろう、1936年1月 - 2025年6月24日以前)は、日本のイギリス文学者、イギリス史学者、京都大学名誉教授。 大阪府生まれ。京都大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退。大阪府立大学助手、大阪女子大学専任講師を経て、京大総合人間学部教授。99年停年退官、名誉教授。退官後甲子園大学教授、龍谷大学特任教授。 病気休学した高校時代から京都学派の先人たちの本を好んで読み続ける。京大英文学会の紀要に学派の学風についての論文2本を発表。『京都学派 酔故伝』で吉川幸次郎ら酒人12名の人物論を著しつつ、文学研究にも京都学派があったと提唱した。 英文学の研究者として3つの特徴を持つ。
荒井 章三(あらい しょうぞう、1936年 - )は、日本の… 荒井 章三(あらい しょうぞう、1936年 - )は、日本の神学者。神戸松蔭女子学院大学名誉教授。 福井市生まれ。1958年京都大学文学部哲学科美学美術史卒、1963年立教大学大学院神学部組織神学専攻博士課程満期退学、松蔭短期大学助教授、神戸松蔭女子学院大学教授、学長。2006年退任、名誉教授。
岡本 幸治(おかもと こうじ、1936年 - )は、日本の政… 岡本 幸治(おかもと こうじ、1936年 - )は、日本の政治学者。大阪国際大学名誉教授。法学博士(京都大学)。専門は北一輝研究・インド政治史。 1960年、京都大学法学部を卒業。同年 三井物産入社。1964年 同社退社。1965年 大学時代の恩師である大石義雄からの連絡で京都産業大学の政治学担当の教員となる。 1969年、 大阪府立大学教育学部専任講師。1974年 同教養部助教授。1981年 愛媛大学法文学部教授。1992年 大阪国際大学政経学部教授。1997年 論題「北一輝 転換期の思想構造」を京都大学に提出して法学博士の学位を取得。2000年に大阪国際大学を定年退職した。その後は近畿福祉大学社会福祉学部教授として教鞭をとる。
木平 勇吉(このひら ゆうきち、1936年 - )は、日本の… 木平 勇吉(このひら ゆうきち、1936年 - )は、日本の林学者。東京農工大学名誉教授。 森林科学への地理情報システム活用等の分野で活動し、「森林GISフォーラム」の会長を務めた。 京都府に生まれる。1960年に京都大学農学部を卒業した。林野庁を経て、信州大学に在職した後、東京農工大学に転じ演習林長も務める。 その後日本大学生物資源科学部教授となる。 学外では、日本林学会会長(1996年から2年間)や、林政審議会会長を務めた。
寺田 雅昭(てらだ まさあき、1936年 - )は、日本の医… 寺田 雅昭(てらだ まさあき、1936年 - )は、日本の医学者。専門は、分子腫瘍学。医学博士。国立がんセンター名誉総長。神戸市出身。
永井 規男(ながい のりお、1936年 - )は、日本の建築… 永井 規男(ながい のりお、1936年 - )は、日本の建築史家。関西大学名誉教授。NPO法人古材文化の会会長。文化財建造物保存技術協会理事をつとめた。 1936年 京都府で生まれた。早稲田大学理工学部建築学科で学び、1959年に卒業。京都大学大学院工学研究科に進み、1964年に博士課程を修了。 修了後は、京都大学助手に採用された。1968年、学位論文『中世建築生産史の研究』を京都大学に提出して工学博士号を取得。1969年、関西大学工学部講師に就いた。1970年に助教授、1977年に教授昇格。1994年、NPO法人古材文化の会(旧古材バンクの会)会長となった。2006年に関西大学を退任して名誉教授となった。
尼岡 邦夫(あまおか くにお、1936年 - )は、日本の魚… 尼岡 邦夫(あまおか くにお、1936年 - )は、日本の魚類学者。 高知大学卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。 北海道大学水産学部教授。北海道大学名誉教授。 日本魚類学会会長 (1996/1/1 - 1997/12/31, 2000/1/1 - 2001/12/31) 日本魚類学会名誉会員、 アメリカ魚類爬虫類学会 (American Society of Ichthyologists and Herpetologists:ASIH) 名誉外国会員。
宮島 久雄(みやじま ひさお、1936年 - 2026年2月… 宮島 久雄(みやじま ひさお、1936年 - 2026年2月24日)は、美術史学者。 大阪府出身。京都大学文学部美学美術史卒業、同大学院修士課程修了、国立国際美術館主任研究官、京都工芸繊維大学教授、1996年京都大学総合人間学研究科教授、1998年定年退官。その後、宝塚造形芸術大学で教鞭を執り、また国立国際美術館館長などを歴任した。2005年退官。2010-2014年高松市美術館館長。 2026年2月24日、誤えん性肺炎のため死去。89歳没。
梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月… 梶野 吉郎(かじの きちろう、1935年〈昭和10年〉12月13日 - )は、日本のフランス文学者、北海道大学名誉教授。 長野県伊那市出身。1959年京都大学文学部仏文科卒、70年同大学院博士課程満期退学。1963 - 69年グルノーブル大学大学院博士課程に在籍、文学博士。69年グルノーブル大学最優秀論文賞受賞。1970年北海道大学文学部助教授、82年言語文化部教授、1999年定年退官、名誉教授。
牧 岩男(まき いわお、1935年12月1日 - 2009年… 牧 岩男(まき いわお、1935年12月1日 - 2009年5月30日)は、日本の生物学者。専攻分野は淡水魚。和歌山大学名誉教授。 長野県出身。1961年に京都大学理学部動物学科を卒業後、同大学院に進み、1966年3月同大学院単位取得退学。同年4月和歌山大学助手となる。以後、講師・准教授を経て、1977年4月に和歌山大学教授に就任する。 この間、1968年3月に京都大学より理学博士号を取得した。 1987年4月から1989年3月まで教育学部長を務める。1991年4月 - 1993年3月には図書館長も務めた。 1996年4月に大阪教育大学教授に転じ、2001年3月に退官した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、… 槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、日本の物理学者、アソシエーショニスト。専攻は金属物理学(特にレアアース)。 京都市生まれ。父は槌田龍太郎、兄は槌田敦。1958年 京都大学理学部化学科卒業。1963年アメリカピッツバーグ大学留学。1967年京都大学工学部助教授。1973年伊方原発訴訟に住民側証人として参加。炉心担当。1978年松山地方裁判所での敗訴後、科学技術そのものの社会でのあり方に疑問を持ち、1979年京都大学を辞職。1979年京都精華大学開学時に精華大教員に(美術学部)。 1973年使い捨て時代を考える会、1975年安全農産供給センターを設立。有機農業運動及び環境運動に深く関わる。
喜志 哲雄(きし てつお、1935年〈昭和10年〉11月10… 喜志 哲雄(きし てつお、1935年〈昭和10年〉11月10日 - 2025年6月30日)は、日本の英米演劇学者。京都大学名誉教授。京都府京都市右京区在住(2023年時点)。 父親は詩人で作詞家の喜志邦三。 1935年兵庫県西宮市生まれ。1958年京都大学文学部英文科卒、1960年から1961年コロンビア大学留学。1964年京大大学院博士課程満期退学、同年京大教養部専任講師、1967年助教授。1973年文学部英文科助教授、1982年教授。この間、1967年から一年間スタンフォード大学客員准教授、1980年インディアナ大学客員教授。1996年から1998年まで京大大学院文学研究科研究科長。1999年定年退官。
朝木 善次郎 (あさき ぜんじろう、1935年11月3日 -… 朝木 善次郎 (あさき ぜんじろう、1935年11月3日 - 2009年4月25日)は、日本のプロセス工学者。京都大学名誉教授。元三菱マテリアル常勤顧問。 1959年京都工芸繊維大学工芸学部窒業工芸学科卒業。1962年京都大学大学院工学研究科冶金学専攻修士課程修了、京都大学工学部冶金学科助手。1970年同講師。1976年同助教授。1988年同教授。1999年定年退官、京都大学名誉教授、三菱マテリアル常勤顧問。デミング賞委員会委員、日本学術振興会協力会素材プロセシング第69委員会副委員長、資源・素材学会理事なども歴任した。 米国冶金学会科学賞受賞。従四位瑞宝小綬章。 専門分野はプロセス工学。 2009年4月25日、敗血症のため死去。
三好 功峰(みよし こうほう、1935年(昭和10年)11月… 三好 功峰(みよし こうほう、1935年(昭和10年)11月— )は、日本の医学者。専門は精神医学、ことに老年精神医学と神経病理学。認知症を含めた大脳器質性精神障害の臨床的ならびに脳病変の研究。兵庫医科大学教授、京都大学大学院教授、兵庫県立高齢者脳機能研究センター所長を歴任。国際神経精神医学会会長および理事長、一般財団法人仁明会精神衛生研究所所長を務める。現職は一般財団法人仁明会精神衛生研究所名誉所長。 1935年、鳥取県米子市に生まれる。山陰日日新聞や日本海新聞の取締役を務めた三好徹次郎の三男。 1960年、京都大学医学部卒業。1966年 京都大学医学部附属病院助手。1968年、医学博士(京都大学) 1969年 コロンビア大学神経学教室。
筏 義人(いかだ よしと、1935年10月15日 - )は、… 筏 義人(いかだ よしと、1935年10月15日 - )は、日本の生体工学者。京都大学名誉教授。工学博士(京都大学、1963年)。医学博士(京都大学、1984年)兵庫県出身。
牛川 喜幸(うしかわ よしゆき、1935年10月11日 - … 牛川 喜幸(うしかわ よしゆき、1935年10月11日 - 2009年2月16日)は、日本の造園学者。長岡造形大学名誉教授。専門は日本庭園史。農学博士。 香川県高松市出身。1959年、京都大学農学部林学科を卒業し、引き続き大学院に進み、1961年に京都大学大学院農学研究科林学専攻修士課程を修了した。文化庁で主任文化財調査官を務め、奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部長となる。1993年より長岡造形大学造形学部環境デザイン学科教授に就任した。 1998年 - 1999年に日本庭園学会会長、2003年に日本遺跡学会会長をそれぞれ務め、京都橘大学文学部文化財学科教授でもあった。平成18年度日本造園学会賞上原敬二賞を受賞した。
上杉 孝實(上杉 孝実、うえすぎ たかみち、1935年(昭和… 上杉 孝實(上杉 孝実、うえすぎ たかみち、1935年(昭和10年)9月15日 - )は、日本の教育学者、京都大学名誉教授。専攻は社会教育、教育社会学。 京都府宮津市生まれ。1959年京都大学教育学部卒業。61年同大学院教育学研究科修士課程修了、京都府立図書館勤務、62年大阪市教育委員会社会教育主事補、67年大阪府科学教育センター、69年姫路短期大学講師、1970年助教授、73年奈良女子大学助教授、78年京都大学教育学部助教授、87年教授、学部長、99年定年退官、名誉教授、龍谷大学教授、2006年畿央大学教育学部教授、学部長、2010年退職。世界人権問題研究センター客員研究員。
佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 20… 佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 2025年4月2日)は、日本の歴史学者、東京都立大学名誉教授。専攻、日本近現代史。近現代国際関係史、近現代日本の地域支配構造、部落問題などを論じた。『季論21』の編集委員を務めた。 滋賀県高島郡出身。1958年京都大学文学部史学科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。静岡大学助教授、東京都立大学助教授、1991年「日本戦後史とアメリカのアジア政策」で文学博士。都立大学教授、2001年定年退官、名誉教授、日本大学教授。2005年退職。
大澤 映二(おおさわ えいじ、1935年 (昭和10年)6月… 大澤 映二(おおさわ えいじ、1935年 (昭和10年)6月9日 - )は日本の化学者。株式会社ナノ炭素研究所取締役社長。1970年にフラーレン分子の存在を予想したことで知られる。 富山県出身。1960年に京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、帝国人造絹糸株式会社に入社する。1964年に京都大学に戻り、吉田教授の下、工学博士号を得る。 その後ウィスコンシン大学、プリンストン大学、ニューヨーク州立大学ストーニブルック校で3年間のポスドク後、1970年に北海道大学理学部化学第二学科の助教授に就任。1991年豊橋技術科学大学工学部知識情報工学系教授、2001年定年退職。同年に有限会社ナノ炭素研究所を設立。