鈴木 陽子(すずき ようこ、1940年7月 - )は、日本の… 鈴木 陽子(すずき ようこ、1940年7月 - )は、日本の医師、元麻薬取締官。徳島県出身。 徳島大学薬学部卒業後、厚生省入省、麻薬取締官に任官。1974年に医大受験の為の勉強を始め、36歳の時に大阪市立大学医学部に入学。6年後、医師国家試験に合格し医師免許取得。大阪市内の総合病院に勤務。 1990年5月に北海道幌泉郡えりも町の診療所に単身赴任する。2001年に国民健康保険診療所所長を退任。その後は神陽台クリニック(洲本市五色町)に勤務。
渡辺 一秀(わたなべ かずひで、1940年4月14日 - )… 渡辺 一秀(わたなべ かずひで、1940年4月14日 - )は、日本の実業家。マツダ代表取締役会長や、日本自動車工業会副会長、中国経済連合会副会長などを務めた。 山口県出身。山口県立山口高等学校を経て、1964年大阪市立大学法学部卒業、マツダ入社。1992年取締役に昇格。1997年常務取締役。1998年専務取締役。1999年代表取締役副会長。 2000年からマツダ代表取締役会長を務め、経営不振が続く中で人員削減などにあたった。2006年相談役。2008年中国電力監査役。日本自動車工業会副会長、中国経済連合会副会長、広島商工会議所副会頭、マツダ財団理事長、中国実業団陸上競技連盟会長なども歴任した。
以倉 紘平(いくら こうへい、1940年4月8日 - )は、… 以倉 紘平(いくら こうへい、1940年4月8日 - )は、日本の詩人、国文学者、近畿大学名誉教授。 大阪府南河内郡太子町生まれ。神戸大学文学部国文科卒。同大学助手を経て、大阪市立大学大学院修士課程修了。1965年大阪府立今宮工業高等学校定時制教諭。1987年詩集『日の門』で第1回福田正夫賞受賞。1992年詩集『地球の水辺』で第43回H氏賞受賞。1998年近畿大学文芸学部教授、2000年『プシュパ・ブリシュティ』で第19回現代詩人賞受賞。2009年近畿大を退職。2010年、『フィリップ・マーロウの拳銃』で第17回丸山薫賞受賞。2019年、『遠い蛍』で第57回歴程賞受賞。詩誌「les aliz'es」編集人。
田村正紀(たむら まさのり、1940年1月6日 - )は、日… 田村正紀(たむら まさのり、1940年1月6日 - )は、日本の経営学者。神戸大学名誉教授。専門は流通論、マーケティング論。 大阪府大阪市生まれ。1962年大阪市立大学商学部卒。 1966年神戸大学大学院経営学研究科博士課程中退後、神戸大学経営学部助手、専任講師、助教授、教授。 1992年学部長、2006年定年退官、名誉教授、流通科学大学流通科学研究所教授兼所長、同志社大学特別客員教授。 1974年「マーケティング行動体系の構造発生・維持過程の研究」で神戸大学から商学博士の学位を取得。 1986年『日本型流通システム』で日経・経済図書文化賞受賞。 1996年日本商業学会会長。2018年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
須原 一秀(すはら かずひで、1940年(昭和15年) - … 須原 一秀(すはら かずひで、1940年(昭和15年) - 2006年(平成18年)4月)は、日本の哲学者・社会思想研究家。元立命館大学非常勤講師。元龍谷大学非常勤講師。論理学・科学哲学専攻、大阪市立大学文学部哲学科博士課程退学。大阪府出身。 現代を肯定的に捉え、哲学的思索に裏打ちされた社会思想研究を行う哲学者であったが[要出典]、本人の遺著『自死という生き方』によれば「一つの哲学的プロジェクトとして」、2006年4月、自宅近くの神社にて自殺した(65歳没)。
黒田 朔(くろだ さく、1940年 - )は、日本の牧師。福… 黒田 朔(くろだ さく、1940年 - )は、日本の牧師。福岡県出身、大阪府岸和田市育ち。 福岡県で生まれ育ち、大阪で育つ。阪南市立鳥取中学校卒業と同時に大阪府岸和田市に移住。大阪府立岸和田高等学校在学中、高校の聖研に入り福音交友会岸和田聖書教会に在る英会話教室に通い出す。そこにいたマキキ聖城教会出身で福音交友会のアメリカ人宣教師に導かれ、同教会で受洗。 大阪市立大学卒業後、製薬会社に勤務していたが、牧師を目指す為に製薬会社を退職して聖書神学舎に入る。1970年4月から岸和田聖書教会に赴任し、13年間牧師をしていた。高校時代の聖研で知り合った友達と結婚し、3男2女の父親になった。 1983年からマキキ聖城教会の牧師に赴任し、多くの日系人・日本人クリスチャンの為に奉仕をしている。
上野 恵司(うえの けいじ、1939年(昭和14年)10月1… 上野 恵司(うえの けいじ、1939年(昭和14年)10月1日 - )は、日本の中国語学者、共立女子大学名誉教授、一般財団法人日本中国語検定協会理事長。 大阪府生まれ。東京教育大学文学部社会学科、漢文学科卒業、1968年大阪市立大学大学院修了。関西大学助教授、筑波大学助教授、教授を務めた(2003年定年退官)。1991年4月より共立女子大学教授、2010年定年、名誉教授を務めた。 1981年「「五四」文学言語の語彙・語法史的研究 魯迅・葉聖陶編」で筑波大学文学博士。 1979年から1991年にわたり北京にて研修。帰国後から長年にわたってNHKラジオ中国語講座を担当した。1982年より開始された中国語検定試験の実施母体たる一般社団法人日本中国語検定協会の理事長に2000年4月に就任し、現在に至る。
榎 信晴(えのき のぶはる、1939年〈昭和14年〉8月16… 榎 信晴(えのき のぶはる、1939年〈昭和14年〉8月16日 - )は、日本の政治家。元奈良県五條市長 (3期)。旭日中綬章受章。 奈良県出身。1962年〈昭和37年〉大阪商科大学(現・大阪市立大学)卒。奈良県議会議員(自由民主党)を4期務め、1989年〈平成元年〉と1992年〈平成4年〉の参院選に奈良県選挙区から立候補するが落選した。1997年〈平成9年〉の五條市長選挙に立候補し、現職の今田武を破って初当選する。2001年〈平成13年〉に再選。2004年〈平成16年〉に三選した。2007年〈平成19年〉3期目途中で体調不良のため市長を退任した。2010年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
工藤 治夫(くどう はるお、1939年6月1日 - )は、日… 工藤 治夫(くどう はるお、1939年6月1日 - )は、日本の実業家。サンスター代表取締役会長などを務めた。 愛媛県西条市出身。愛媛県立西条高等学校、大阪市立大学経済学部卒業後、1965年サンスター歯磨(現サンスター)入社。サンスターマーケティング代表取締役社長などを経て、2006年からサンスター取締役副会長を、2007年から同社代表取締役会長を務めるなどし、選択と集中による経営資源の配分を進めるなどした。
福本 直之(ふくもと なおゆき、1939年2月13日 - )… 福本 直之(ふくもと なおゆき、1939年2月13日 - )は、日本のフランス中世文学者。創価大学名誉教授。フランス中世文学、語学専攻。『狐物語』が専門。妻は福本秀子。日本文体論学会常任理事。国際動物叙事詩学会名誉会長。 京都府生まれ。1963年大阪市立大学文学部仏文科卒、1970年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。パリ大学文学博士。創価大学助教授、教授。2010年定年退任、名誉教授。
茨木 和生(いばらき かずお、1939年1月11日 - 20… 茨木 和生(いばらき かずお、1939年1月11日 - 2025年12月23日)は、奈良県出身の俳人。本名は和男。 奈良県生駒郡郡山町(現・大和郡山市)生まれ。奈良県立郡山高等学校、大阪市立大学文学部卒業後、高槻中学校・高等学校教諭(古文担当)を長く勤めた。 高校時代の1956年、創刊したばかりの「運河」に入会し右城暮石に師事。また暮石の紹介で「天狼」に入会し山口誓子にも師事、天狼青年句会で指導を受ける。1986年、「運河」の「運河集」選者。1991年、暮石から継承し「運河」主宰。1997年、『西の季語物語』により第11回俳人協会評論賞、2002年、句集『往馬』により第41回俳人協会賞、2014年、句集『薬喰』により第13回俳句四季大賞を受賞。
鈴木 正夫(すずき まさお、1939年 - )は、中国文学者… 鈴木 正夫(すずき まさお、1939年 - )は、中国文学者、横浜市立大学名誉教授。 愛知県生まれ。大阪市立大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。専門は郁達夫。北海道大学文学部助手、横浜市立大学文理学部助教授、同国際文化学部教授。2005年定年退官、名誉教授。2008-2011年関東学院大学文学部教授。1996年中華人民共和国より第一回郁華、郁達夫烈士文芸基金優秀成果賞を受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松本 英孝(まつもと ひでたか、1939年 - )は、社会福… 松本 英孝(まつもと ひでたか、1939年 - )は、社会福祉学者。 神戸市生まれ。1963年大阪市立大学家政学部社会福祉学科卒業、大阪市中央児童相談所児童福祉司となる。その後、新見女子短期大学教授、県立広島女子大学生活科学部教授、広島国際大学医療福祉学部教授、神戸学院大学教授、日本福祉大学教授。
吉村康(よしむら やすし、1939年 - )は、日本の作家。… 吉村康(よしむら やすし、1939年 - )は、日本の作家。京都府久世郡佐山村(現・久御山町)下津屋川原の木津川畔に生まれる。大阪市立大学経済学部卒業。京都在住。日本民主主義文学同盟に所属していた。
平野 昌繁(ひらの まさしげ、1939年 - 2024年1月… 平野 昌繁(ひらの まさしげ、1939年 - 2024年1月16日)は、日本の地形学者。2003年3月、大阪市立大学文学部教授を退任。大阪市立大学名誉教授。理学博士。 1939年、東京都生まれ。 1963年に大阪市立大学理学部地学科卒業、1968年、同大学院理学研究科博士課程地質学専攻を単位取得退学。日本学術振興会奨励研究員をへて、大阪市立大学文学部教授に着任。 2003年、同大学教授を退任。 2019年、瑞宝中綬章受章。 2024年1月16日に死去。没後に正四位に追叙された。 地形学の原点のひとつに位置するプトレマイオスが述べたことに「地理学は知られている世界を統一体とみなして、その自然と位置を示す。
丸山 敬一(まるやま けいいち、1938年9月1日 - )は… 丸山 敬一(まるやま けいいち、1938年9月1日 - )は、日本の政治学者、中京大学名誉教授。 長野県伊那市生まれ。1966年京都大学法学部卒。1976年大阪市立大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、中京大学法学部助教授、81年教授、87-89年法学部長。2001-03年法学研究科長、2009年定年退職、名誉教授。91年「マルクス主義と民族自決権」で、法学博士(大阪市立大学)の学位を取得。専攻はドイツ、オーストリアの政治思想史。
三宅 興子(みやけ おきこ、1938年7月20日- 2022… 三宅 興子(みやけ おきこ、1938年7月20日- 2022年10月21日)は、日本の英国児童文学研究者、梅花女子大学名誉教授。大阪生まれ。 大阪市立大学大学院修士課程修了。大谷女子短期大学講師、梅花女子大学教授、2007年定年、名誉教授。絵本学会会長などを歴任。一般財団法人大阪国際児童文学振興財団の設立に関わり2010~2015年に理事長、その後は特別顧問を務めた。 1983年『児童文学はじめの一歩』(共著)で日本児童文学学会賞奨励賞受賞。1996年『イギリスの絵本の歴史』で日本児童文学学会賞受賞。2019年国際グリム賞受賞。 2022年10月21日、悪性リンパ腫のため死去。84歳没。
下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 20… 下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 2007年8月9日)は、日本の経営学・経済学者。 大阪府池田市生まれ。1963年大阪市立大学経済学部卒、1968年同大学院経済学研究博士課程単位取得。2000年「信用制度の経済学」で商学博士(大阪市立大学)。佐賀大学助教授、福島大学経済学部助教授、教授、2003年定年退官し、名誉教授となり、福島学院大学学長を務めた。地域経済が専門。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
是金 俊治(これかね としはる、1937年11月3日 - 2… 是金 俊治(これかね としはる、1937年11月3日 - 2013年3月18日)は、日本の実業家。小野薬品工業代表取締役社長を務めた。 滋賀県出身。大阪市立大学経済学部卒業。1965年小野薬品工業入社。1986年取締役営業本部長に昇格。1990年常務取締役。1993年専務取締役。1995年代表取締役専務取締役。2001年代表取締役副社長。2005年取締役。取締役を退任予定だったが、2006年に岩井孝司の突然の辞職に伴い、急遽後任の代表取締役社長に就任した。2008年に健康上の理由で退任し、2013年に膵臓がんのため死去した。
大賀 正行(おおが まさゆき、1937年8月2日 - 202… 大賀 正行(おおが まさゆき、1937年8月2日 - 2024年4月15日)は、日本の部落解放運動家。部落解放・人権研究所名誉理事。 部落解放同盟中央執行委員、部落解放研究所理事を歴任。 大阪市東淀川区西淡路(日之出地区)出身。被差別部落出身ではない父親と被差別部落出身の母親の間に非嫡出子として生まれる。父親は鏡会社の工場長、母親はその工場の工員であった。大阪市立啓発小学校2年の時、父親の正妻のもとに引き取られ、和歌山市で異母姉兄と共に育てられる。和歌山師範附属小学校(現・和歌山大学教育学部附属小学校)に編入学したが、1945年7月9日の和歌山大空襲で被災したため日之出地区に戻り、さらにまた父親のもとに移るなど、被差別部落の内外を往復して育つ。
森 一夫(もり いちお、1937年7月30日 - )は、教育… 森 一夫(もり いちお、1937年7月30日 - )は、教育学博士(広島大学論文博士)、大阪教育大学名誉教授。 日本理科教育学会会長、日本教科教育学会理事、日本生活科・総合的学習学会常任理事、日本科学教育学会評議員を歴任。 シンガポールの学校理科教育に貢献。 1984年3月、政府派遣教育制度改善専門家(エキスパート)としてシンガポール教育省カリキュラム開発研究所にて、日本で言うところの理科学習指導要領及び国定理科教科書作成指導とその開発研究並びに現職教育や実践研究のありかた等について同国の校長や視学官への指導と講演に従事した。 以下の表彰・受賞歴がある。 主要な研究テーマは「自然認識の発展(達)と形成」である。
大矢知 浩司(おおやち ひろし、1937年2月28日 - )… 大矢知 浩司(おおやち ひろし、1937年2月28日 - )は、日本の会計学者。経営学博士(1978年)。滋賀大学経済学部教授・青山学院大学経営学部教授・九州産業大学教授を歴任。 三重県四日市市出身。大阪市立大学卒、1963年神戸大学大学院経営学研究科会計学博士課程満期退学。1978年「アメリカにおける会計監査の生成と発展に関する研究」で経営学博士。滋賀大学経済学部助教授、教授、1983年青山学院大学経営学部教授、2000年九州産業大学教授。
辻本 嘉助(つじもと かすけ、1937年 - 2020年10… 辻本 嘉助(つじもと かすけ、1937年 - 2020年10月9日)は、日本の医師。医学博士(大阪市立大学)。淀川キリスト教病院院長を務めた。 1937年、辻本家に生まれる。その後、大阪市で暮らす。関西学院中学、大阪府立北野高等学校卒業を経て、大阪市立大学医学部を卒業。また、大阪市立大学病院外科、淀川キリスト教病院にて勤務。その後、ピッツバーグ大学モンテフィオレ病院外科研究員として勤務。「先天性腸閉鎖の発生病理に関する実験的研究」で医学博士号(大阪市立大学)を取得。 その後再び、淀川キリスト教病院にて勤務。1996年~2003年まで同院院長を務めた。 他にも、公益財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団顧問、学校法人梅花学園理事、学校法人関西医療学園理事、公益社団法人日本キリスト教海外医療協力会理事などを務めた。
上野 雄宏(うえの たけひろ、1936年12月24日 ‐ )… 上野 雄宏(うえの たけひろ、1936年12月24日 ‐ )は、日本の心理学者。大阪市立大学(現大阪公立大学)名誉教授。 日本心理学会会員(平成3年から11年まで心理学モノグラフ編集委員)、日本動物心理学会会員、日本行動計量学会会員、日本基礎心理学会会員、関西心理学会会員(平成3年から8年まで常任委員)
寺田 為三(てらだ ためぞう、1936年〈昭和11年〉11月… 寺田 為三(てらだ ためぞう、1936年〈昭和11年〉11月29日 - )は、日本の政治家。元大阪府高石市長(3期)。 大阪府出身。大阪市立大学法学部卒業。卒業後は泉北郡高石町(現・高石市)役場に入り、助役などを務める。1991年の高石市長選挙に立候補し、初当選。1995年に再選。1999年に三選を果たした。 在任中、平成の大合併による堺市との合併を打ち出し、2003年の市長選挙の公約に掲げたが、対立候補で合併に反対の元高石市議の阪口伸六に半数近い得票で敗れ、同時に行われた住民投票でも、合併反対が全得票数の74%を占め、堺市との合併は白紙となった。
井上 博司(いのうえ ひろし、1936年11月23日 - 2… 井上 博司(いのうえ ひろし、1936年11月23日 - 2014年3月16日)は、日本の経営者。光洋精工(現在のジェイテクト)社長、会長を務めた。大阪府出身。 1958年に大阪市立大学商学部を卒業し、同年にトヨタ自動車工業に入社。1986年6月に光洋精工に出向し、取締役に就任し、1983年6月に常務、1987年6月に専務を経て、1990年6月に副社長に就任し、1995年6月には社長に昇格。2001年6月に会長に就任し、2005年6月に相談役に就任。 2006年11月に旭日重光章を受章。 2014年3月16日大動脈解離のために死去。77歳没。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18… 藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18日 - )は、日本の英文学者、ビジネス英語教育者。 大阪府大阪市出身。1959年大阪府立大学経済学部卒、藤田鉄工所入社。1963年早川電機工業(シャープ)貿易部入社、大阪市立大学文学部英文科卒。1965年神戸大学大学院修士課程修了。1969年関西外国語大学専任講師となる。1972年助教授。1990年神戸女学院大学短期大学教授、神戸学院大学教授。専攻分野、英米文学(特にヘンリー・ジェイムズ)、英米文化、国際ビジネス、国際交渉・説得、国際普及学。
倉戸 ヨシヤ(くらと ヨシヤ、1936年 - )は臨床心理学… 倉戸 ヨシヤ(くらと ヨシヤ、1936年 - )は臨床心理学者。クリスチャンの家系に生まれ、名前の「ヨシヤ」も聖書からとったものである。妻は倉戸由紀子であり、夫婦共に人間性心理学やゲシュタルト療法の研究に従事している。大阪市立大学名誉教授。 同志社高等学校を経て、1959年同志社大学文学部心理学専攻卒業、大阪社会事業短期大学助手。 "マサチューセッツ大学アマースト校"大学院教育学部カウンセリング専攻博士課程修了M.Ed.、Ed.D.サンフランシスコ州立大学専任講師・カウンセラー 日本心理臨床学会理事、同編集委員、同倫理委員、現在名誉会員、日本人間性心理学会理事長、大阪府臨床心理士会会長などを歴任した。
木津川 計(きづがわ けい、1935年10月22日 - 20… 木津川 計(きづがわ けい、1935年10月22日 - 2026年4月16日)は、日本の雑誌編集者、文化芸能評論家、コラムニスト。本名は坂本 凡夫(さかもと つねお)。 雑誌『上方芸能』を発行するかたわら、立命館大学ほかで教鞭をとったほか、演芸賞・文学賞等の審査を行った。 高知県高知市江ノ口生まれ。高知市立旭小学校・高知市立城北中学校・高知県立高知丸の内高等学校卒業。萩原遼(本名:坂本孝夫)は実弟。 20代より上方の芸能に関する執筆活動を行う。ペンネームを当初「私の主張に『気付けい』」との思いを込め、「木津 計(きづ けい)」としていたが、やがて「聞き流していただいて結構です、水のように川のように」と心境が変化し、川の字をつけて「木津川 計」と改めたという。
西山 孝(にしやま たかし、1935年8月18日 - 201… 西山 孝(にしやま たかし、1935年8月18日 - 2016年4月25日)は、日本の経営者。ミニストップ社長、会長を務めた。岡山県岡山市出身。 1958年に大阪市立大学商学部を卒業。野村證券での勤務を経て、1968年に明星食品取締役に就任し、1978年に常務を経て、1983年5月にミニストップ社長に就任。1995年5月に会長を経て、1998年5月には監査役に就任。 2016年4月25日、喘息のために死去。80歳没。
關 淳一(せき じゅんいち、關の字は新字体で「関 淳一」とも… 關 淳一(せき じゅんいち、關の字は新字体で「関 淳一」とも表記される、1935年(昭和10年)8月13日 - 2024年(令和6年)6月9日)は、第17代大阪市長。医学博士。 大阪府大阪市出身。祖父は社会政策学者で第7代大阪市長の關一(ただし、出生前に一が死去したため、直接の面識はない)。 医師から行政職に転じた経歴を持つ。 2期8年にわたって市長をつとめた磯村隆文の下で助役を務め、磯村の後継候補として2003年の市長選挙に日本共産党を除く各政党の相乗り推薦を得て出馬、元大阪城天守閣館長の渡辺武(日本共産党推薦)らを破り当選。就任当初、助役に弁護士の大平光代を起用し、異例の市役所外部からの人事として話題となった。
押谷 善一郎(おしたに ぜんいちろう、1935年5月11日 … 押谷 善一郎(おしたに ぜんいちろう、1935年5月11日 - )は、日本のアメリカ文学者。大阪市立大学名誉教授。 京都府生まれ。1963年大阪市立大学文学部英文科卒、京都大学大学院修士課程修了。和歌山大学学芸学部(のち教育学部)助教授、教授、京都府立大学教授、1994年大阪市立大学文学部教授、1998年定年退官、名誉教授、就実女子大学教授、就実大学人文学部教授、学長。1995年「スティーヴン・クレインの眼」で大阪市大文学博士。2016年11月、瑞宝中綬章を受章。
藤田 崇(ふじた たかし、1935年4月22日 - 2020… 藤田 崇(ふじた たかし、1935年4月22日 - 2020年11月16日)は、日本の土木・地質学者。理学博士(大阪市立大学)。大阪工業大学名誉教授。日本地形学連合元会長・名誉会員。日本地質学会名誉会員。斜面災害対策における地質学的研究の第一人者の一人。瑞宝中綬章受章。 専門は、土木地質学・防災工学(特に斜面災害)、地学・地すべり学・測量学。 1935年島根県生まれ。1958年大阪市立大学理工学部地学科卒業。のちに、大阪市立大学(現:大阪公立大学)大学院にて理学博士(大阪市立大学)。原子燃料公社(現:日本原子力研究開発機構JAEA)にて、地質探査・研究に従事。1973年大阪工業大学工学部土木工学科に助手として着任。
松井和夫(まつい かずお、1935年3月1日ー2004年1月… 松井和夫(まつい かずお、1935年3月1日ー2004年1月7日)は、日本の経済学者。 岡山県日生町(現・備前市)生まれ。1958年神戸大学経営学部卒、1963年大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、大阪証券経済研究所入所、64年日本証券経済研究所主任研究員。のち大阪経済大学教授となり、69歳で死去。
奥田 哲雄(おくだ てつお、1935年 - )は、朝日放送所… 奥田 哲雄(おくだ てつお、1935年 - )は、朝日放送所属のプロデューサー。現在は同社を定年退職している。 大阪府出身。大阪市立大学卒の1959年に朝日放送入社。ラジオ編成部を経て、1970年にテレビ制作部プロデューサーに就任。その1970年代には『ラブアタック!』などのバラエティ番組の制作を担当し、1980年4月にドラマ制作部に移る。推理小説好きで、特に作家・和久峻三の大ファンで、土曜ワイド劇場枠の藤田まこと主演『京都殺人案内』シリーズ、金曜夜9時枠のフランキー堺主演『赤かぶ検事奮戦記』シリーズなどの和久の原作作品のドラマ化に力を入れた。ほかにも、『ザ・ハングマン』シリーズなど数々のヒットドラマを生み出す。
塩崎 勤(しおざき つとむ、1935年(昭和10年) - )… 塩崎 勤(しおざき つとむ、1935年(昭和10年) - )は、日本の元裁判官、弁護士(第一東京弁護士会、平沼髙明法律事務所)。元東京高等裁判所判事(部総括)。法政大学大学院法務研究科教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
内藤 徹男(ないとう てつお、1935年 - )は、兵庫県出… 内藤 徹男(ないとう てつお、1935年 - )は、兵庫県出身の日本の建築家。日本設計会長を務めた。 1960年、大阪市立大学大学院修士課程修了。山下寿郎設計事務所(現・山下設計)から、日本設計の設立に参加。代表取締役社長を経て、現職。 代表作として、京王プラザホテル、徳島県庁舎、関西学院大学キャンパス再整備、小金井カントリー倶楽部、品川インターシティーなどがある。 日本建築学会賞業績部門受賞。
橋本 聖圓(はしもと しょうえん、1935年 - )は、華厳… 橋本 聖圓(はしもと しょうえん、1935年 - )は、華厳宗の僧侶。華厳宗管長、217代東大寺別当を歴任。 奈良市生まれ。1958年大阪市立大学文学部哲学科卒業(西洋哲学専攻)。1966年、京都大学文学研究科美学美術史学博士課程満期退学(日本美術史専攻)。東大寺学園理事長を経て、華厳宗管長・第217代東大寺別当・東大寺龍蔵院住職を歴任。現在は東大寺長老。
楠 正臣(くすのき まさおみ、1934年11月3日 - )… 楠 正臣(くすのき まさおみ、1934年11月3日 - )は、日本の銀行家、経営者。近畿銀行社長を務めた。 広島県出身。1958年に大阪市立大学商学部を卒業し、同年4月に近畿相互銀行に入行。1981年6月に取締役に就任し、1989年6月に常務、1991年6月に専務を経て、1993年6月には頭取に就任。1999年6月からは会長を務めた。
佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、… 佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授。 和歌山市出身。1965年大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、87年「「資本の生産過程論」の成立: 「資本論」第1部の成立過程の研究」で経済学博士。大阪社会事業短期大学講師、助教授、大阪府立大学社会福祉学部教授。99年定年退官、名誉教授、福井県立大学教授を務めた。
鬼追 明夫(きおい あきお、1934年8月5日 - 2020… 鬼追 明夫(きおい あきお、1934年8月5日 - 2020年6月1日)は、日本の弁護士。元日本弁護士連合会会長、弁護士法人なにわ共同法律事務所代表社員・弁護士。財団法人日本漢字能力検定協会の理事長を務めた。 趣味は読書、囲碁、ゴルフ。 奈良県立五條高等学校を経て、大阪市立大学法学部を卒業。 1958年4月、司法研修所入所(12期)。1960年4月、大阪弁護士会に弁護士登録。1962年4月、太田・鬼追共同法律事務所(のち「なにわ共同法律事務所」に名称変更)を開設。1973年、大阪弁護士会副会長、1990年同会長。1996年、日本弁護士連合会会長。中坊公平の後任として、1999年から2004年まで整理回収機構代表取締役。
鳥井 克之(とりい かつゆき、1934年6月26日 - )は… 鳥井 克之(とりい かつゆき、1934年6月26日 - )は、中国語学者、関西大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪府立今宮高等学校卒、1958年大阪市立大学経済学部(二部)卒業。1960年同文学部中国学科(二部)卒業。1963年同大学院文学研究科修士課程修了、大阪市立大学文学部助手、1967年関西大学文学部講師、助教授、教授、2000年外国語教育研究機構教授。2005年定年、名誉教授。 1996年「中国文法学説史」で関西大学より文学博士の学位を取得。 2014年11月瑞宝中綬章受章。
北沢 恒彦(きたざわ つねひこ、1934年4月22日 - 1… 北沢 恒彦(きたざわ つねひこ、1934年4月22日 - 1999年11月22日)は、日本の社会運動家。文筆家。元京都市役所職員。 京都市出身。黒川創は息子。北沢街子は娘。秦恒平は弟。 1952年京都府立鴨沂高等学校在学中、朝鮮戦争への反戦運動に加わり、逮捕。1960年同志社大学法学部卒業。また大学卒業後に製パン業の老舗・進々堂に勤め労働争議を経験。 その後、雑誌『思想の科学』の編集、執筆に関わる。1962年京都市役所勤務。66年京都市中小企業指導所に勤務、診断士となる。 京都ベ平連に参加し、67年まで事務局長を務める。 1984年大阪市立大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年京都市役所を定年退職。
上野 利雄(うえの としお、1934年3月21日 - 201… 上野 利雄(うえの としお、1934年3月21日 - 2016年9月30日)は、日本の経営者。小野薬品工業社長、会長を務めた。 兵庫県出身。1957年に大阪市立大学経済学部を卒業し、同年に小野薬品工業に入社した。1981年に取締役に就任し、1983年4月に常務、1985年4月に専務、1989年4月に副社長を経て、1993年6月に社長に就任し、2001年6月には会長に就任した。2005年6月に取締役相談役に就任し、2008年6月から非常勤取締役相談役を務めた。 2016年9月30日、肺炎のために死去。82歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
星川順一(ほしかわ じゅんいち、1934年3月11日- )は… 星川順一(ほしかわ じゅんいち、1934年3月11日- )は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。 愛媛県松山市出身。1956年松山大学経済学部卒、1961年大阪市立大学大学院経済学博士課程満期退学、72年「価格体系と経済機構」で経済学博士。立命館大学講師、大阪市大経済学部助教授、教授を務める。97年定年退官、名誉教授、大阪経済法科大学教授。2014年退職。
青山 賢信(あおやま よしのぶ、1933年8月31日 - )… 青山 賢信(あおやま よしのぶ、1933年8月31日 - )は、日本の建築人類学者・建築史家。大阪工業大学名誉教授。工学博士(大阪市立大学)。元貝塚市文化財保護審議会委員。 専門は、建築人類学・文化人類学・人文科学、建築史・建築意匠(特に神社/寺院、文化遺産)、建築規制・建築法令など。 1959年大阪市立大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了(古建築の復原研究の第一人者である浅野清の指導)。のちに工学博士(大阪市立大学)。大阪工業高等専門学校助教授を経て、1975年大阪工業大学工学部建築学科教授。2001年大阪工業大学名誉教授。 大阪工業大学工学部建築学科にて、25年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に建築人類学・建築史・建築意匠の研究に貢献した。
松本 徹(まつもと とおる、1933年8月19日 - )は、… 松本 徹(まつもと とおる、1933年8月19日 - )は、日本の文芸評論家。近畿大学・武蔵野大学教授、三島由紀夫文学館館長を経て顧問。 北海道札幌市生まれ。大阪市立大学文学部国語国文学科卒業後、産経新聞社に入社。記者時代の1963年に「森鷗外ノート」で第6回群像新人文学賞(評論部門)候補。1973年に「三島由紀夫論」を発表。文芸評論、小説を書き、徳田秋声論を書いている。1977年に姫路工業大学、1980年に近畿大学教養部教授。1982年から『文學界』で同人雑誌評を担当、1993年から2004年まで武蔵野女子大学(現:武蔵野大学)教授。その時期は作家・漫画家の白倉由美の指導教官だった。 2006年『徳田秋声全集』(八木書店)の編纂で菊池寛賞受賞。
新崎 盛善(あらさき せいぜん、1933年8月11日 - 2… 新崎 盛善(あらさき せいぜん、1933年8月11日 - 2019年5月9日)は、日本の銀行家。 沖縄県出身。1958年に大阪商科大学商経学部を卒業し、同年に沖縄銀行に入行。1982年6月に取締役に就任し、1985年6月に常務、1988年6月に専務を経て、1993年6月に頭取に就任。1998年6月に会長に就任し、2002年6月には相談役に退いた。 2019年5月9日に老衰のために死去。85歳没。
鄭大聲(ちょん でそん、1933年8月10日- )は、在日韓… 鄭大聲(ちょん でそん、1933年8月10日- )は、在日韓国人の朝鮮料理研究家、滋賀県立大学名誉教授。 京都府生まれ。本籍、韓国慶尚南道。1961年大阪市立大学大学院理学研究科修士課程修了。77年「黒カビAspergillus nigerのアミラーゼ系,特に耐酸性α-アミラーゼに関する研究」で理学博士。モランボン(株)研究所所長、国立民族学博物館共同研究員、大阪経済法科大学客員教授、滋賀県立大学人間文化学部教授、97年定年退官、名誉教授。
寺内 信(てらうち まこと、1933年8月9日 - )は、日… 寺内 信(てらうち まこと、1933年8月9日 - )は、日本の建築計画学者・建築史家、まちづくり専門家。 大阪工業大学工学部建築学科元教授。工学博士(京都大学)。日本都市計画学会総務委員会元委員。 専門は建築計画・建築史、都市計画・まちづくり。 京都工芸繊維大学に進学し、1957年に卒業する。大阪市立大学(現:大阪公立大学)大学院に進み(川名吉エ門の指導を受ける)、1959年に同大学院修士課程を修了した。 1960年に日本住宅公団大阪支所、大阪府企業局勤務などを経て、1966年に大阪工業大学工学部建築学科講師となる。大阪工業大学では助教授(1973年)を経て、同学科教授に就任した。 1993年に京都大学大学院工学研究科より論文「大阪における長屋建住宅建設と市街地形成の近代化過程に関する研究」で工学博士号を取得した。