藤井 太洋(ふじい たいよう、1971年 -)は、日本の小説… 藤井 太洋(ふじい たいよう、1971年 -)は、日本の小説家、SF作家。日本SF作家クラブ会員・第18代会長。 鹿児島県大島郡瀬戸内町古仁屋(奄美大島南部)出身。瀬戸内町立古仁屋中学校、鹿児島県立錦江湾高等学校卒業。 志望の東京藝術大学芸術学部に不合格で、国際基督教大学教育学科に入学。青年団に舞台美術スタッフとして携わり、大学を中退。印刷会社のDTP制作、フリーランスのデザイナー・イラストレーターなどを経て、ソフトウェア開発会社イーフロンティアに入社。勤務の傍ら、2011年秋より小説の執筆を開始。 2012年7月26日、電子書籍によるセルフ・パブリッシングで『Gene Mapper -core-』を発表する。
平野 公崇(ひらの まさたか 1970年-)は、日本のサクソ… 平野 公崇(ひらの まさたか 1970年-)は、日本のサクソフォーン奏者。神奈川県出身。好きな音楽はCoups de Vents。 1970年神奈川県生まれ。1988年神奈川県立厚木高等学校卒業後、東京藝術大学入学。在学中、第7回日本管打楽器コンクールで第1位。卒業後パリ国立高等音楽院に入学、在学中にジャン=マリー・ロンデックス国際コンクールで日本人サクソフォニスト初の優勝者となり、フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団の定期演奏会に出演。 2000年、現代作品と即興演奏だけで構成されたアルバム「ミレニアム」で、平野は日本国内CDデビューを果たした。以後、平野は全国各地のオーケストラや山下洋輔、塩谷哲、アキコ・グレースら多くのジャズメンと共演、海外各地の音楽祭でコンサートを行っている。
清水 知子(しみず ともこ、1970年 - )は、日本のメデ… 清水 知子(しみず ともこ、1970年 - )は、日本のメディア研究者・文化理論家。専門は、文化理論・メディア文化論。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授。 愛知県生まれ。1989年愛知県立岡崎高等学校卒業。1993年筑波大学第二学群比較文化学類を卒業後、英国バーミンガム大学大学院に留学(1998 - 1999)、修士(社会学・カルチュラル・スタディーズ)号を取得。筑波大学大学院文芸・言語研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、山梨大学教育学部専任講師、助教授を経て) 2006年より筑波大学人文社会科学研究科講師) 2014年より筑波大学人文社会系准教授。その間、ハーバード大学ライシャワー日本研究所 客員研究員(2010 - 2011、フルブライト研究員)、ベルリン自由大学客員研究員(2018 - 2019)を歴任。
中川 幸太郎 (なかがわ こうたろう、1969年2月7日 -… 中川 幸太郎 (なかがわ こうたろう、1969年2月7日 - )は、日本の作曲家、編曲家。 日本大学鶴ヶ丘高等学校、東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学院音楽研究科修了。父はトランペット奏者の中川喜弘、弟はトロンボーン奏者の中川英二郎、叔父はクラリネット奏者の中川武、トロンボーン奏者の中川敦嗣。 学生時代からミュージカル音楽で活動していた。 ストリングスと吹奏楽器を用いたアップテンポ、かつ荘厳壮大で華麗な曲調や、ラテン調の混じったジャズ調な曲を得意とする。 アニメ・特撮作品の劇伴音楽を手掛けることが多く、スーパー戦隊シリーズや仮面ライダーシリーズといった東映特撮作品や、谷口悟朗の監督作品(『コードギアス』シリーズでは黒石ひとみと共作)への起用が特に目立っている。
倉石 真(くらいし まこと、1969年1月22日 - )は、… 倉石 真(くらいし まこと、1969年1月22日 - )は、日本のテノール歌手。 長野県長野市生まれ、長野県小諸市で育つ。小諸市立小諸東小学校、小諸市立小諸東中学校、長野県野沢北高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、同大学院オペラ科修了。藝大定期オペラ『コシ・ファン・トゥッテ』のフェランド役でデビュー。東京交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会、東京フィルハーモニー交響楽団のオペラコンチェルタンテ・シリーズなどに出演。2000年ロータリー財団国際親善奨学生としてイタリアに留学。ボローニャ国立音楽院にてパリデ・ヴェントゥーリに師事。2001年にはモンテプルチアーノ国際芸術祭に出演。
川村 結花(かわむら ゆか 1967年1月24日 - )は、… 川村 結花(かわむら ゆか 1967年1月24日 - )は、日本の女性シンガーソングライター、作詞家、作曲家。
二世野村 萬斎(のむら まんさい、本名・野村 武司〈のむら … 二世野村 萬斎(のむら まんさい、本名・野村 武司〈のむら たけし〉、1966年(昭和41年)4月5日 - )は、狂言方和泉流の能楽師、俳優。能楽狂言方和泉流野村万蔵家の名跡である。二世野村万作と詩人阪本若葉子の長男として生まれる。野村裕基は萬斎の長男。
室田 尚子(むろた なおこ、1966年3月31日-)は、日本… 室田 尚子(むろた なおこ、1966年3月31日-)は、日本の音楽評論家。早稲田大学、成蹊大学講師。桜蔭中学校・高等学校を経て、東京芸術大学音楽学部楽理科に入学。東京芸術大学大学院音楽研究科音楽学専攻修了。執筆活動ジャンルは、クラシック音楽、なかでも19世紀末から20世紀初頭にかけての音楽、特に、ドイツの音楽キャバレーにおける音楽文化、ヴィジュアル・ロック、少女漫画、特にやおい、ネット・コミュニケーション等と幅広い。
九世野村 万蔵(のむら まんぞう、1965年(昭和40年)1… 九世野村 万蔵(のむら まんぞう、1965年(昭和40年)12月23日 - )は、狂言方和泉流能楽師、旧名:二世野村与十郎、野村万蔵家9代目当主(2005年 - )、萬狂言代表、NPO法人ACT.JT理事、重要無形文化財「能楽」総合認定保持者。本名:野村 良介(のむら りょうすけ)。狂言方の名跡「野村万蔵」の当世。東京都豊島区出身(現在も在住)。東京藝術大学、桜美林大学、劇団青年座講師。 1965年12月23日、野村萬(当時は四世野村万之丞、のちに人間国宝、日本芸術院院長、日本芸能実演家団体協議会会長)と妻・登美子(2004年死去)の次男(第三子)として東京都豊島区に生まれる。祖父の六世野村万蔵と父の萬(七世野村万蔵)に師事。
オクダ サトシ(おくだ さとし、1965年12月5日 - )… オクダ サトシ(おくだ さとし、1965年12月5日 - )は、日本のダンサー・役者・映像作家。ダンスカンパニー「コンドルズ」メンバー。 岐阜県益田郡小坂町(現・下呂市)生まれ、岐阜県立加納高校、東京藝術大学大学院修了。 在学中よりアートレスラーを名乗り、パフォーマンスを始め、美術家小沢剛、会田誠、村上隆らと、ギンブラート、新宿少年アートに参加。1994年にダンスカンパニーNomade~sの「ABSENT」で初舞台。Nomade~s作品で共演した、近藤良平に誘われ、1999年ダンスカンパニー「コンドルズ」に参加、舞台美術、小道具制作、グッズデザイン、映像も担当。また写真家藤里一郎、デザイナー中田亘哉とアートユニットATG unlimitedを結成。
岩代 太郎 (いわしろ たろう、1965年5月1日 - )は… 岩代 太郎 (いわしろ たろう、1965年5月1日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー。 東京都出身。世田谷区育ち。教育者岩代吉親を祖父に、作曲家の岩代浩一を父に持つ。 和光小学校、和光中学校を卒業。中学3年生の夏から本格的に作曲とピアノのレッスンを始め、東京都立芸術高等学校に入学。高校卒業後、1浪ののち、東京藝術大学音楽学部作曲科に入学する。1989年に東京藝術大学音楽学部作曲科を首席卒業、1991年に同大学院修士課程を首席修了する。南弘明、近藤譲、松下功、黛敏郎に師事した。大学院在学中、サクソフォーン奏者雲井雅人の演奏からサクソフォーンのための作曲を思いつき、寺山修司の詩「世界のいちばん遠い土地へ」(『寺山修司少女詩集』角川文庫所収)からの霊感を受けて、寺山の詩をタイトルとするサクソフォーン協奏曲を書き始める。
斉藤 恒芳(さいとう つねよし、1965年4月28日 - )… 斉藤 恒芳(さいとう つねよし、1965年4月28日 - )は、日本の作曲家。静岡県伊豆市出身。主にアニメ、ドラマ、舞台の音楽を手がけている。
鈴木 英史(すずき えいじ、1965年2月18日 - )は、… 鈴木 英史(すずき えいじ、1965年2月18日 - )は、日本の作曲家、編曲家。 1965年2月18日東京都世田谷区生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科を経て1991年東京藝術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。作曲を間宮芳生、遠藤雅夫、指揮を遠藤雅古、ピアノを萩原和子、角野裕、尺八を山口五郎、雅楽(篳篥)を芝祐靖に師事。1987年安宅賞、2001年第11回日本管打・吹奏楽アカデミー賞(作編曲部門)を受賞。外務省在外公館長表彰授与。東京2020オリンピック・パラリンピック開閉会式式典にて作品が使用される。国民体育大会(1991年石川、1992年山形、2022年栃木)式典音楽、国民文化祭創作音楽(2002年鳥取、2014年秋田)、ねんりんピック(2010年石川)式典音楽、台湾バンドクリニック課題曲、日本スリランカ国交60周年記念委嘱(初演:スリランカ交響楽団(英語版))、2022年度全日本吹奏楽コンクール課題曲委嘱等を担当。
神谷 百子(かみや ももこ、1965年2月15日 - )は、… 神谷 百子(かみや ももこ、1965年2月15日 - )は、日本のマリンバ奏者。 国際政治学者の神谷不二と法学者の神谷笑子(えみこ)の娘として奈良県に生まれる。兄は国際政治学者の神谷万丈、伯母は宇宙物理学者の神谷美子。幼稚園時代、横浜市に転居。 慶應義塾幼稚舎在学中、7歳からマリンバを菅原淳に師事。慶應義塾中等部在学中に父の仕事の関係で渡米し、1年半を米国で過ごす。帰国後、慶應義塾女子高等学校を経て東京藝術大学器楽科に、マリンバ受験者として開学以来初合格した後、ジュリアード音楽院に留学。故エルデン・ベイリーに師事。同校を卒業。在学中に名誉奨学生としてナウムバーグ賞やソウル・グッドマン賞などを受賞。
橋本 和幸(はしもと かずゆき、1965年 - )は、日本の… 橋本 和幸(はしもと かずゆき、1965年 - )は、日本の芸術家、空間デザイナー。東京藝術大学美術学部長、大学院美術研究科長を務めるとともに、同大学美術学部デザイン科第9研究室(Design Embody)教授である。 1965年、神奈川県横浜市鶴見区に生まれる。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を卒業後、馬車道美術研究所を経て東京藝術大学美術学部デザイン科に入学し、1991年に卒業した。1993年、同大学大学院美術研究科構成デザイン専攻修士課程を修了した。 修了後は鹿島建設株式会社に入社し、インテリアデザイナーとしてホテル、住宅、商業施設などの内装設計に携わった。2006年より東京藝術大学で教鞭を執り、准教授、副学部長を経て、2017年に教授に就任した。
時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイ… 時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイナーおよび空間クリエイター。 NYをベースとしたワールドワイドで活躍している建築家トニーチから声が掛かりヒルトン系国内ブランチの照明部門として協力するなど活躍する。 近年では株式会社atmosmithを設立しプロダクトに定まらず店舗オフィス住宅の内外装空間プロデュースを手掛けている。 東京藝術大学工芸科彫金科修了 ロンドンに渡りinterior designの視野を広げ海外の展示会に参加 NYICFFにて発表したスツール(swingegg)のデザインの斬新さが注目され様々な媒体に掲載される 以降数年にわたりユニークな作品を発表し続けて照明プロダクトに特化して行く。
妻屋 秀和(つまや ひでかず、1964年8月17日 - )は… 妻屋 秀和(つまや ひでかず、1964年8月17日 - )は、日本の声楽家(バス)、オペラ歌手。 大阪府生まれ。島根県松江市出身。島根県立松江北高等学校卒業。高校の音楽担当で、合唱部の顧問でもあった勝部俊行(現:島根県合唱連盟理事長・NPO法人松江音楽協会理事)に声楽を師事し、その後、勝部の紹介で森山俊雄(? - 2013年)に師事する。森山の門下からは、栗山文昭(合唱指揮者)、福島明也(バリトン)、錦織健(テノール)、田中誠(テノール)、経種廉彦(テノール)ほか、錚々たる音楽家が輩出されている。 東京藝術大学卒業。同大学院修了。 1992年(平成4年)よりミラノに留学。1994年(平成6年) - 2001年(平成13年)ライプツィヒ歌劇場と専属契約しモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』ワーグナー『タンホイザー』等幅広いレパートリーで活躍。
岡本 美津子(おかもと みつこ、1964年8月5日 - )は… 岡本 美津子(おかもと みつこ、1964年8月5日 - )は、日本の映像プロデューサー、メディア研究者。東京藝術大学副学長。 宮崎県宮崎市出身。宮崎県立宮崎大宮高等学校第35回生。 京都大学文学部史学科で学び、1987年4月、大学卒業と共にNHKへ入職。小学校の時の放送部の活動でメディアの世界に興味を持ち、テレビジョンと映画だけが娯楽だった時代背景もあって“映像によるものづくり”への魅力を感じてテレビの世界へ入ったという。 NHKへ入職後は労務室での業務を経て編成局、制作局へ異動し、番組開発やBSデジタル放送の立ち上げなどに携わる。特にヤング・クリエイターを発掘する目的で2000年~2009年にNHK BS2などで放送された『デジタル・スタジアム』は岡本が企画から立ち上げ、自らプロデューサーとして番組制作に携わった。
片塰 満則(かたあま みつのり、1964年6月15日 - )… 片塰 満則(かたあま みつのり、1964年6月15日 - )は、日本のコンピュータグラフィック (CG) アニメーションディレクター。山口県岩国市出身。カタアマ光画設計所属。 中学1年生の頃に観た『宇宙戦艦ヤマト』劇場版よりアニメの魅力を知る。岩国高等学校を卒業後、1984年に東京藝術大学美術学部デザイン科に入学し、藤幡正樹に師事して3DCGの道へ進む。 1990年1月、大学を中退し、映像制作会社リンクスに中途採用として入社。OVA『マクロスプラス』やテレビアニメ『マクロス7』で3DCGとセルアニメのマッチングに挑戦する。 1994年秋、『マクロスプラス』『マクロス7』のために制作した3DCGのデモリールを携え、スタジオジブリでプレゼンを行う。
菊池 幸夫(きくち ゆきお、1964年 - )は、日本の作曲… 菊池 幸夫(きくち ゆきお、1964年 - )は、日本の作曲家。 東京都生まれ。1983年に埼玉県立春日部高校卒業、1988年に東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業、1991年に同大学院を修了。作曲を北村昭、佐藤眞、松村禎三に師事。国立音楽大学や尚美学園大学で講師を務める傍ら、映画やテレビ、国体の音楽を手がけるなど幅広い活動を行っている。 1985年に作曲したサクソフォーン四重奏曲「Saxophones' Studies」で、1986年の日本サクソフォーン協会主催「第1回サクソフォーンのための作品コンクール」優秀賞を受賞。1991年の修了制作「ピアノと管弦楽のための『曜変』」で、1992年に第14回日本交響楽振興財団作曲賞に入選、翌1993年に第3回芥川作曲賞を受賞。
長南 牧人(ちょうなん まきと、1964年 – )は、日本の… 長南 牧人(ちょうなん まきと、1964年 – )は、日本のチェリスト。 神奈川フィルハーモニー管弦楽団フォアシュピーラーチェロ奏者。パリのエコールノルマル音楽院および東京藝術大学で学び、オーケストラ、室内楽、ソロ、教育活動など幅広く活動している。 琉球フィルハーモニックオーケストラ客演首席チェロ奏者も務める。 1964年、東京都品川区に生まれる。11歳より才能教育研究会にてチェロを始め、12歳でナショナル・ミュージックキャンプに参加、翌年ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラに入団し、芥川也寸志、山田一雄、山本直純、塚原晢夫らの指導を受けた。 東京音楽大学付属高等学校卒業後、1984年に渡仏し、パリ・エコールノルマル音楽院に入学。
島村 菜津(しまむら なつ、1963年5月5日- )は日本の… 島村 菜津(しまむら なつ、1963年5月5日- )は日本のノンフィクション作家。日本におけるスローフード運動の先駆け。 長崎県生まれ、福岡県育ち。福岡県立福岡高等学校、東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。イタリア美術史を専攻。 大学在学中にはイタリア美術史を専攻。卒業後にイタリアに留学し、以後現地での数年間にわたる取材をもとにした著書「スローフードな人生!-イタリアの食卓から始まる」を刊行。同書は日本で当時ほとんど知られていなかったスローフードを紹介したものであり、以後日本でスローフードが広く知られるようになった。 スローフードとちぎ協会会員。
山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日… 山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日 - )は、日本のフルート奏者。尚美学園大学客員教授、フルートサロン「メゾン・デュ・リエール」主宰。東京都出身。 英文学者、山形和美の長女として東京に生まれ、幼少期より音感教育、ピアノ、クラシック・バレエを習う。14歳のクリスマスの夜に出会った音色に強く惹かれたことが後に由美がフルート奏者として活躍する切っ掛けとなった。 立教女学院中学校・高等学校在学中にフルートを始め、野口博司、小泉剛に師事した。東京藝術大学音楽学部器楽科でフルートを専攻し、同大学を卒業した後に渡英している。由美はサー・ジェームズ・ゴールウェイの数少ない弟子のひとりであり、1986年(昭和61年)のデビュー以来、演奏活動と並行してマスコミ活動を行ったことがあった(テレビ番組のレギュラー出演期間は、1987年〈昭和62年〉10月から1991年〈平成3年〉3月20日まで。
上岡 敏之(かみおか としゆき、1960年9月20日 - )… 上岡 敏之(かみおか としゆき、1960年9月20日 - )は、日本の指揮者、ピアニスト。東京都出身。 神奈川県立湘南高等学校(同高校の1学年先輩に大野和士がいる)を経て、1979年に東京藝術大学に入学し、マルティン・メルツァー教授の下で指揮、作曲、ピアノ、ヴァイオリンを学ぶ。在学中の1982年に安宅賞を受賞。1984年、ロータリーの奨学生としてハンブルク音楽大学に留学し、指揮をクラウスペーター・ザイベルに師事。1986年にはマセフィールドの奨学金受けさらに研鑽を積んでいる。 1987年、ハンブルク音楽演劇大学で室内楽および伴奏の講師として地位を得るとともに、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の州都キールのキール劇場でソロ・レペティートゥアおよび専属指揮者として契約。
ひびの こづえ(1958年4月15日 - )は、日本のコスチ… ひびの こづえ(1958年4月15日 - )は、日本のコスチューム・アーティスト。東京藝術大学卒業。静岡県沼津市生まれ。1997年までの旧作家名は、内藤 こづえ(ないとう こづえ)。
小松 長生(こまつ ちょうせい、1958年3月1日 - )は… 小松 長生(こまつ ちょうせい、1958年3月1日 - )は、日本の音楽家・指揮者。現在はセントラル愛知交響楽団桂冠指揮者、およびコスタリカ国立交響楽団桂冠指揮者を務めている。福井県坂井郡三国町(現在の坂井市)出身。既婚。 1958年3月1日、福井県坂井郡三国町崎に生まれる(現在、生家はレストランに改装)。小学校2年生のとき、三国町立雄島小学校から福井市宝永小学校に転校。福井市進明中学校在学中に東京藝術大学附属高等学校に首席合格したが、「指揮者になるには幅広い勉強を」との藝大教官たちの助言により、福井県下の進学校である福井県立藤島高等学校に進学。その後東京大学美学藝術学科、イーストマン音楽院大学院指揮科を卒業。
白石 美雪(しらいし みゆき、1958年 - )は、日本の音… 白石 美雪(しらいし みゆき、1958年 - )は、日本の音楽学者、音楽評論家。 東京都に生まれ、長野県松本市に育つ。長野県松本深志高等学校卒業。1984年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽学専攻修了。 東京藝術大学講師、国立音楽大学講師などを経て1997年から武蔵野美術大学教授。音楽評議会会員。専門はジョン・ケージ。現代音楽や音楽家、コンサートなどに造詣が深い。 1990年代から音楽評論家として本格的に活動しはじめ、演奏会や現代音楽に関する評論を専門誌や、『讀賣新聞』や『朝日新聞』などに執筆した。『信濃毎日新聞』、『朝日新聞』には定期的に批評を寄稿している。1996年から2005年3月まで、NHK-FM放送の『現代の音楽』にレギュラー出演した。
鶴田 睦夫(つるた むつお、1956年 - )は、日本の作曲… 鶴田 睦夫(つるた むつお、1956年 - )は、日本の作曲家。鹿児島県指宿市出身。東京芸術大学卒業。これまで打楽器による作品を数多く手掛けた。 東京藝術大学在学中に作曲したオーケストラによる楽曲「瘴烟(しょうえん)」が、1980年度日本音楽コンクールの作曲部門に入選。同大学院修了後、藤島昌壽や北村昭、南弘明、黛敏郎に師事。パーカッショングループのファルサと、1999年から長期にわたり交流がある。
弓場 徹(ゆうば とおる、1956年 - )は、三重大学教育… 弓場 徹(ゆうば とおる、1956年 - )は、三重大学教育学部 教授、国立病院機構東京医療センター( 感覚器 )センター 客員研究員(2013-2016)、理化学研究所情報基盤センター客員研究員(2015-)、放送大学非常勤講師(2015-)、米コロンビア大学 客員教授(2001)、東京大学医学部 客員研究員(2002.11-2008)、発声研究、声楽家(テノール)、YUBAメソッド創始者・YUBAメソッドインスティテュート創設者・代表である。 所属学会は日本耳鼻咽喉科学会員、日本音声言語医学会員。
山口 泉(やまぐち いずみ、1955年7月28日 - )は、… 山口 泉(やまぐち いずみ、1955年7月28日 - )は、日本の小説家。長野県長野市生まれ。男性。本名、同じ。沖縄県在住。 1974年、長野県長野高等学校卒業。東京藝術大学美術学部在学中の1977年に、「夜よ、天使を受胎せよ」で第13回太宰治賞優秀賞。1980年、株式会社径書房創業時から請われて顧問に就任、第1長篇小説『旅する人びとの国』、第2長篇小説『吹雪の星の子どもたち』の執筆と並行して、同社の企画相談・ブックデザイン等も担当するが、88年、辞任。1989年、「宇宙のみなもとの滝」で第1回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。 主要作品に『吹雪の星の子どもたち 翡翠の天の子どもたち』『旅する人びとの国』『悲惨観賞団』『神聖家族』『重力の帝国』『アジア、冬物語』『「新しい中世」がやってきた!』『宮澤賢治伝説』『原子野のバッハ』など。
永井 和子(ながい かずこ、1955年〈昭和30年〉6月30… 永井 和子(ながい かずこ、1955年〈昭和30年〉6月30日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノ)・オペラ歌手・音楽教育者。東京藝術大学教授。1960年代から関西歌劇団等で活動している同姓同名の声楽家・永井和子(ソプラノ:大阪音楽大学名誉教授)とは別人であることに注意されたい。 長野県岡谷市出身。国立音楽大学附属高等学校を経て、1978年(昭和53年)国立音楽大学声楽科卒業後、1980年(昭和55年)同大学院音楽研究科声楽専攻(オペラコース)修了。1983年(昭和58年)二期会研究生(オペラスタジオ)修了。1984年(昭和59年)文化庁オペラ研修所第4期終了。文部科学省在外派遣として、ジュネーヴにて研鑚を積む。
岐部 哲也(きべ てつや、1955年5月12日 - )は、オ… 岐部 哲也(きべ てつや、1955年5月12日 - )は、オウム真理教の元幹部。ホーリーネームはマハーカッサパ。大分県出身。省庁制が採用された後は「防衛庁長官」となる。教団内でのステージは師長だったが、地下鉄サリン事件3日前の尊師通達で正悟師に昇格した。 1955年5月12日、大分県に生まれる。実家は旧家で、祖父は県会議長など歴任した郷里の名士。父親も地元の区長や神社総代を務めた。1974年3月、大分県立大分舞鶴高等学校を卒業。絵描きを志望し、上京して東京藝術大学進学を目指すが受験に3度失敗する。自立心が強く「とにかく親に面倒を見てもらいたくない」という気持ちから、浪人中は住み込みで新聞配達をして奨学金を受けながら予備校に通っていた。
田中 公平(たなか こうへい、1954年2月14日 - )は… 田中 公平(たなか こうへい、1954年2月14日 - )は、日本の作曲家、編曲家、歌手。音楽プロダクション「イマジン」所属。主にアニメの楽曲を手がける。大阪府出身。 大阪星光学院高等学校卒業、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。ビクター音楽産業宣伝部に3年間勤務する。退社後、バークリー音楽学院に2年間留学し、帰国後に作曲家として活動を始める。その中でも、アニメソングでは、作詞家の藤林聖子と組んだ作品が多い。 川井憲次と親交があり、「地球防衛企業ダイ・ガード」ではアニメ界の二大作曲家と題され競演している。ビデオアニメ『魔獣戦士ルナ・ヴァルガー』の企画アルバム『決定版! 魔獣戦士ルナ・ヴァルガー 主題歌全曲集』には、「日本アニメ音楽を代表する二人を組ませる」という名目(ブックレットより抜粋)で作られた、作曲:川井憲次・歌:田中公平の曲が収録されている。
樋本 英一(ひもと ひでかず、1954年- 東京都出身)は、… 樋本 英一(ひもと ひでかず、1954年- 東京都出身)は、日本の指揮者。指揮者として東京藝術大学指揮科在学時に安宅賞を受賞。現在、東京藝術大学、桐朋学園芸術短期大学、新国立劇場オペラ研修所、二期会オペラ研修所、各講師。声楽を畑中良輔、平野忠彦、大久保昭男、指揮を伊藤栄一、金子登、遠藤雅古、マルティン・メルツアー、佐藤功太郎に師事。
西村 朗(にしむら あきら、1953年9月8日 - 2023… 西村 朗(にしむら あきら、1953年9月8日 - 2023年9月7日)は、日本の現代音楽の作曲家。東京音楽大学教授。エリザベート王妃国際音楽コンクール作曲大賞、尾高賞など受賞多数。 大阪市城東区で自転車店を営む父、大阪市城東区役所職員の母の息子として生まれる。幼い頃の夢は比叡山で僧侶になることであったが、小学校5年のとき入った放送部においてシューベルトの『軍隊行進曲』に触れたことでクラシック音楽に惹かれ作曲家を志す。大阪では下村米太郎・大橋博・山田光生らに教えを受けた後、大阪府立旭高等学校時代は池内友次郎に師事。東京藝術大学大学院まで矢代秋雄、野田暉行に師事。1980年(昭和55年)修了。 尚美学園講師などを経て、東京音楽大学・同大学大学院にて教授、東京藝術大学非常勤講師を歴任。
土田 英三郎(つちだ えいさぶろう、1952年8月14日 -… 土田 英三郎(つちだ えいさぶろう、1952年8月14日 - )は、日本の音楽学者、東京藝術大学教授。専門は音楽理論・西洋音楽史、とりわけドイツ=オーストリア音楽史。
恒松 正敏(つねまつ まさとし、1952年8月3日 - )は… 恒松 正敏(つねまつ まさとし、1952年8月3日 - )は、日本の音楽家、画家。1978年から1980年までフリクションのギタリストとして在籍。以降は、自身のバンドや画家としての活動に力を置いている。熊本県人吉市出身。 熊本県立人吉高等学校卒業後、東京芸術大学に入学。同大学院に在学中の1978年にツネマツマサトシ名義で、1stシングル「Do You Wanna Be My Dog・g・g!」をゴジラレコードより発表。 その後、フリクションにギタリストとして加入し、バンド初のフルアルバム「軋轢」の制作に携わる。1980年に脱退後は、自身がボーカル・ギターを務めるE・D・P・S、町田康+THE GLORYにギタリストとして参加する。
檜山哲彦(ひやま てつひこ、1952年3月25日 - )は、… 檜山哲彦(ひやま てつひこ、1952年3月25日 - )は、日本のドイツ文学者、俳人、東京藝術大学教授。
青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本の作曲家… 青木 進(あおき すすむ、1952年 - )は、日本の作曲家。 和歌山県出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後、ドイツに渡り、ケルン国立アカデミーで学ぶ。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、佐藤眞、山田光生、ユルク・バウアーに師事した。 全日本吹奏楽コンクールの課題曲公募に応募し、「フェリスタス」が1979年度の課題曲に採用された。 1999年に和歌山市文化奨励賞受賞。2009年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)中田喜直賞入選。 作品はピアノ曲、エレクトーン曲、歌曲、合唱曲など多数。
辰野 登恵子(たつの とえこ、1950年1月13日 - 20… 辰野 登恵子(たつの とえこ、1950年1月13日 - 2014年9月29日)は、日本の抽象絵画画家・版画家。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。多摩美術大学教授。長野県岡谷市出身。 1968年、長野県諏訪二葉高等学校を卒業。同年、東京芸術大学美術学部に入学。大学時代に柴田敏雄(写真家)や鎌谷伸一(版画家)とともにグループ「コスモス・ファクトリー」を結成。名前は、彼らが好きだったクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのアルバム『Cosmo's Factory』(1970年)からとられた。アンディ・ウォーホルやロバート・ラウシェンバーグの影響を受けた写真製版によるシルクスクリーンをいち早く試みる。
小六 禮次郎(、1949年12月13日 - )は、日本の作曲… 小六 禮次郎(、1949年12月13日 - )は、日本の作曲家、編曲家。東京音楽大学客員教授、日本作編曲家協会理事長。 すぎやまこういちの弟子にあたる人物。妻は歌手・女優の倍賞千恵子。 岡山県岡山市中区[要出典]出身。小学生時代に第17回国民体育大会が岡山で開催された際に小中学校で鼓笛隊が編成されたことをきっかけに音楽に熱中するようになる。岡山県立岡山操山高等学校から東京藝術大学音楽学部作曲科に進み、卒業後は作・編曲分野の第一線で活動。映画、テレビ、ミュージカル、CM作品からオペラ、交響詩まで幅広いジャンルの作品がある。 同郷の先輩である川口真からすぎやまこういちを紹介され、1年ほどアシスタントを務めた。
建石 修志(たていし しゅうじ、1949年12月8日 - )… 建石 修志(たていし しゅうじ、1949年12月8日 - )は、日本の画家。 東京都生まれ。作家立松由記夫(本名・建石大介)の次男。東京都立小平高等学校を経て、東京藝術大学美術学部卒業。 鉛筆による幻想的な絵で知られ、『幻想文学』の表紙絵のほか挿画などで活躍する。
馬場 良治(ばば りょうじ、1949年(昭和24年)6月13… 馬場 良治(ばば りょうじ、1949年(昭和24年)6月13日 - )は、日本画家、重要文化財復元の第一人者。日本美術院の院友である。東京藝術大学美術研究科保存修復技術専攻修了。山口大学客員教授。 1949年、山口県宇部市生まれ。宇部鴻城高等学校卒業。1980年(昭和55年)東京藝術大学美術学部日本画科卒業。同大学院美術研究科保存修復技術専攻に進学し、大山明彦らと共に山崎昭二郎に師事する。1983年(昭和58年)同大学院美術研究科保存修復技術専攻修了。1984年(昭和59年)文化庁の依頼を受ける。 2003年(平成15年)〜2010年(平成22年)、歓喜院聖天堂の修理専門委員会委員となり、彩色担当となる。
渡邊 康雄(わたなべ やすお、1949年1月24日 - )は… 渡邊 康雄(わたなべ やすお、1949年1月24日 - )は、日本のピアニスト、指揮者。祖父は元首相・鳩山一郎。父は指揮者の渡邉暁雄。弟はピアニストの渡邉規久雄 。従兄弟に鳩山由紀夫、鳩山邦夫がいる。 東京都に生まれ、東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校作曲科を経て18歳で渡米し、ボストンのニューイングランド音楽院とニューヨークのジュリアード音楽院にて8年間学んだ。ピアノをセオドア・レトヴィンとサッシャ・ゴルトニツキーに師事した。 1972年、父が指揮する東京フィルハーモニー管弦楽団とブラームスのピアノ協奏曲第2番で共演し、ピアニストとしてデビューした。以後NHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、ヘルシンキ放送交響楽団などと共演した。
松尾 大(まつお ひろし、1949年 - )は、日本の美学研… 松尾 大(まつお ひろし、1949年 - )は、日本の美学研究者、翻訳家。東京藝術大学名誉教授。文学修士(東京大学)。 専門は美学・西洋古典学。 芸術学、特に美学の分野において論文発表や翻訳を行っており、美学が成立する根拠を多角的に問い直している。 三重県に生まれる。1968年、三重県立四日市高等学校卒業。1968年、東京大学教養学部文科三類入学。1970年、同文学部第一類(文化学)進学。1972年、同文学部第一類卒業。1972年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程(美学芸術学専攻)入学。1975年、同課程修了。1975年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(美学芸術学専攻)進学。1978年、同課程単位取得退学。
三浦 徹(みうら とおる、1949年 - )は、日本のユーフ… 三浦 徹(みうら とおる、1949年 - )は、日本のユーフォニアム奏者。
鹿島 恵子(かしまけいこ、1948年5月16日 - )は、新… 鹿島 恵子(かしまけいこ、1948年5月16日 - )は、新潟県新発田市出身のアルト歌手。東京藝術大学声楽科及び同大学院修了。血液型はA型。 新発田工芸併設中学校・高等学校(現新発田中央高等学校)卒業後、東京芸術大学声楽科に入学、同大学大学院修了。日伊声楽コンクール第1位を受賞した後、イタリア政府給費生として、ミラノ・ヴェルディ音楽院に留学する。そこでカゾーニ、カンポガリアーニに師事し、ティチネッリのもとでイタリア古典音楽も学ぶ。ミラノのテアトロ・アンジェリクムでデビューしたのを皮切りに、スカラ座やルツェルン音楽祭など、ヨーロッパ各地で音楽活動を行う。 1994年にイタリアから帰国し、フェリス女学院大学や活水女子大学で教鞭を執った。
岩田 実(いわた みのる、1948年 - )は、日本の彫刻家… 岩田 実(いわた みのる、1948年 - )は、日本の彫刻家。 1948年に生まれる。岐阜県多治見市出身。岐阜県立多治見北高等学校を経て、東京藝術大学美術学部彫刻科に入学、卒業。同大学大学院美術研究科彫刻専攻に進み、修士課程を修了後、ヨーロッパへ美術研修旅行をする。その後、新しい芸術運動を志すグループ新具象彫刻展に参加、志を同じくする仲間と共に東京都美術館で、同グループが解散する第10回展まで、秋季特別展も含め、毎年立体の作品発表を続ける。一方で、創作メダル彫刻展にて日本芸術メダル協会賞(大賞)を2回受賞するなど、レリーフ(浮彫)作品も得意で、数多く手がけている。近年は、屋外彫刻、モニュメントを制作している。
森ミドリ(もり みどり、1947年2月4日 - )は、日本の… 森ミドリ(もり みどり、1947年2月4日 - )は、日本の作曲家、演奏家、エッセイスト、司会者。本名もカタカナのミドリ。 愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立菊里高等学校音楽科、東京藝術大学作曲科卒業。1975年に同大学院修士課程修了。同大学在学中に安宅賞を受賞。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、佐藤眞、ピアノを小津恒子、伊達純に師事する。芸大の同期に加古隆、浦田健次郎、松田昌らがいる。 芸大在学中からテレビやラジオに出演し注目を集める。また日本ビクター(後のJVCケンウッド)が開発・製造・発売した電子オルガン「ビクトロン」の演奏でも知られた。リクエストを受けた曲にすぐさまアレンジを加えて演奏する腕前は作曲家ならではであった。
多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1… 多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン、バスバリトン)・オペラ歌手・公演監督・指揮者・音楽教育者。 香川県坂出市に生まれる。香川県立坂出高等学校卒業。1969年(昭和44年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、1971年(昭和46年)同大学院修士課程音楽研究科(オペラ専攻)修了。同年、日本人による日本語の創作オペラを掲げた「こんにゃく座」の結成に加わり、1972年(昭和47年)まで所属。しかし「もっと発声の技術を磨きたい」との思いを募らせ、中山悌一の下で「一から勉強し直しました」という。1972年(昭和47年) - 1973年(昭和48年)尚美高等音楽院非常勤講師。