宮川 久次郎(みやかわ きゅうじろう、文久2年2月3日(18… 宮川 久次郎(みやかわ きゅうじろう、文久2年2月3日(1862年3月3日) - 没年不詳)は、明治期日本の外交官、銀行家。在広東副領事、在香港副領事、在ニューヨーク一等総領などを歴任した。 東京府出身。高等商業学校(現一橋大学)卒業後、外務省入省。森有礼文部大臣による上申により、1888年に交際官試補と兼任して母校高等商業学校教諭に任じられ、統計を講じた。1889年広東副領事。同年汕頭副領事及び瓊州副領事を兼務。1890年香港副領事。1895年ニューヨーク一等領事。1897年に非職となり、のち横浜正金銀行副支配人などを務めた。1900年叙正六位。1908年の申酉事件では、成瀬隆蔵、図師民嘉、村瀬春雄、八十島親徳と大学問題実行委員に就任。
高柳 豊三郎(たかやなぎ とよさぶろう、文久2年(1862年… 高柳 豊三郎(たかやなぎ とよさぶろう、文久2年(1862年) - 明治45年(1912年)2月22日)は、日本の実業家。読売新聞社社長などを務めた。 肥前国佐賀生まれ。佐賀藩士で、1885年に商法講習所(現一橋大学)を卒業し、三井物産入社。同期に藤瀬政次郎がいた。 1890年三井物産を退社。1892年兵庫県立神戸商業学校校長。同年愛知県名古屋商業学校校長。1897年依願退官。 日本郵船入社後、春日丸事務長などを経て、1909年日就社社長。1910年読売新聞社社長。1912年死去。社葬が行われた。 読売新聞社創業者の本野盛亨の甥にあたる。
渡辺 専次郎(わたなべ せんじろう、1860年9月27日 (… 渡辺 専次郎(わたなべ せんじろう、1860年9月27日 (万延元年8月13日) - 1916年(大正5年)9月26日)は、日本の実業家。三井物産専務理事や、三井同族会管理部会員など務めた。 横浜の医師渡邊顯哉の次男として生まれる。商法講習所(現一橋大学)を経て、矢野二郎校長の紹介で岩下清周とともに1879年に三井物産に入社した。1881年横浜支店詰。その後ロンドン支店詰となり、長年イギリスで勤務し、妻の満里はイギリス人。 1885年ロンドン支店副支配人。1886年ロンドン支店支配人。1895年には理事兼ロンドン支店支配人(1899年から支店長に名称変更)となり、紡績機の輸入や米の輸出、山本条太郎上海支店長との連携による石炭の購入などを進めた。
渡邊 魁(わたなべ かい、安政6年5月6日〈1859年6月6… 渡邊 魁(わたなべ かい、安政6年5月6日〈1859年6月6日〉- 大正11年〈1922年〉12月26日)は、明治中期の日本の裁判官。脱獄囚であったが、戸籍を偽って別人になりすまし、裁判官となったという特異な経歴で知られる。 安政6年(1859年)5月6日、島原藩士渡邊平丁の長男として江戸に生まれる。 商法講習所(一橋大学の前身)で学んだ後、三井物産長崎支店に勤務した。同支店では金銭出納を担当していたが、明治12年(1879年)2月以来、支店長の検印を盗み、会社の切符を偽造して三井銀行から金を盗み、出納簿を改竄し、460余円を横領。これが発覚し、同年7月2日、改定律例の「雇人盗家長財物律」により、終身懲役の有罪判決を受ける。
小山 健三(こやま けんぞう、1858年7月23日(安政5年… 小山 健三(こやま けんぞう、1858年7月23日(安政5年6月13日) - 1923年(大正12年)12月19日)は明治時代から大正時代にかけての日本の官僚、教育者、実業家。 前半生は教育者、近代日本教育の建設者として、とりわけ専門教育の礎を築くことに大きな功績を残し、高等商業学校(1902年に東京高等商業学校に改称、現・一橋大学)校長などを歴任。後半生は、三十四銀行(後の三和銀行、現三菱UFJ銀行)第2代頭取に就任して、事業を大きく発展させるとともに、日本の金融界の発展に尽くす。福澤諭吉の養子であり「日本の電力王」と呼ばれた福澤桃介に、「東に渋沢栄一、西に小山健三あり」と言わしめた。貴族院議員。
新関 善八(にいぜき ぜんぱち、1858年3月26日〈安政5… 新関 善八(にいぜき ぜんぱち、1858年3月26日〈安政5年2月12日〉 - 没年不明)は、明治時代の政治家。山形県山形市長(第5代)。 先代新関善八の長男としてのちの山形県山形市肴町に生まれ、高等商業学校(現一橋大学)に進学した。肴町出身の後輩に会計学者の鹿野清次郎がいた。山形県多額納税者に列し、山形商業会議所特別議員を務めた。ほか、山形市農会議員、山形県会議員、山形商業銀行監査役、山形市参事会員を歴任した。1906年(明治39年)12月、山形市長に就任。前市長の菱田義民に懲りた市会が土着のものからという基準で最適任者として市長の座に就いたが、誠実一点張りで市政の舵取りに不慣れなうえ、助役の木口市之助が事務の人でなかったため、助役二名説が議論された。
岩下 清周(いわした きよちか、安政4年5月28日(1857… 岩下 清周(いわした きよちか、安政4年5月28日(1857年6月19日) - 昭和3年(1928年)3月19日)は、実業家。銀行家としてベンチャー企業への積極的な融資を行った。息子は、カトリック司祭で哲学者の岩下壮一、清周本人も聖公会に所属したクリスチャンであった。
神田 乃武(かんだ ないぶ、1857年3月22日(安政4年2… 神田 乃武(かんだ ないぶ、1857年3月22日(安政4年2月27日) - 1923年(大正12年)12月30日)は明治時代から大正時代にかけての日本の教育者、英学者。男爵。
図師 民嘉(ずし たみよし、安政元年10月4日〈1854年1… 図師 民嘉(ずし たみよし、安政元年10月4日〈1854年11月23日〉 - 1922年〈大正11年〉7月1日)は、明治期日本の鉄道官僚。鉄道院計理部長などを歴任し、鉄道経理の確立を行った。 鹿児島市潮見町で生まれ、商法講習所(現一橋大学)で学んだ。1873年外務省入省。1876年から1878年までアメリカ合衆国で経理を学び、帰国後第五国立銀行入行。 1879年に工部省権少書記官任官以来、会計事務に従事し、日本における鉄道経理の確立を行った。 1884年鉄道局少書記官。1885年逓信省鉄道事務官。1890年鉄道局会計課長。1893年鉄道庁第三部長心得。同年逓信省計理課長。 1897年鉄道作業局計理部長。
南条 新六郎(なんじょう しんろくろう、嘉永元年7月7日〈1… 南条 新六郎(なんじょう しんろくろう、嘉永元年7月7日〈1848年8月5日〉 - 1920年〈大正9年〉10月7日)は、日本の実業家、名望家。第四十国立銀行頭取や、日本製粉社長を務めた。 上野国で館林藩家老の岡谷瑳磨介の第3子として生まれ、のちに同藩の南條源太左衛門の養子となる。御番頭支配中小姓、半隊司令士、歩卒隊長を経て1871年中尉に任命される。退官後、大蔵省銀行局の簿記学講習所(のちの高等商業学校(現一橋大学)附属主計学校)で学ぶ。同窓にのちにともに日本製粉設立に参画した旧館林藩士の笠原圓蔵がいた。 1878年に館林町で群馬県初の銀行である第四十国立銀行を設立し、1891年に頭取に就任した。
森島 修太郎(もりしま しゅうたろう、1848年 - 191… 森島 修太郎(もりしま しゅうたろう、1848年 - 1910年)は、日本の会計学者、教育者。商法講習所(現一橋大学)の第1期卒業生であり、後身の高等商業学校教授を務めた。 和歌山県出身の東京府士族で、慶應義塾を経て、明治8年(1875年)に商法講習所(現一橋大学)に入学し、明治10年(1877年)3月に成瀬隆蔵とともに同所の第1回卒業生となった。ウィリアム・コグスウェル・ホイットニーの門下生として、卒業翌月の同年4月には同期の成瀬とともに商法講習所の助教心得に就任し、簿記を担当し、同年9月には助教となった。 明治11年(1878年)3月、助教を辞職し、同期の成瀬が助教となった。同年4月、三菱に入社。
藤原 規眞 は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(1期)を務… 藤原 規眞 は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(1期)を務めた。
鈴木 慎治(すずき しんじ)はTBSテレビ番組宣伝部。 独身… 鈴木 慎治(すずき しんじ)はTBSテレビ番組宣伝部。 独身。『うたばん』ではいつも白衣を着て登場し、愛称は“化学くん”。一橋大学卒。以前は番組宣伝部→編成制作局バラエティセンタープロデューサーに所属。
宇賀 伊津緒(うが いつお、? - 1950年)は、日本の実… 宇賀 伊津緒(うが いつお、? - 1950年)は、日本の実業家、翻訳、文筆家。ペンネームは、宇賀一男、宇賀一朗。日本ではじめてカレル・チャペック『ロボット』を翻訳し、「人造人間」という造語を造った。 山口県周南市出身。1915年、東京高等商業学校に入学。一橋俳句会加入。1917年、東京高等商業学校を卒業し、鈴木商店に就職した。 1919年末から1925年にかけてニューヨーク支社に勤務。宇賀一男のペンネームで『紐育新報』『日米時報』の年賀広告を執筆。テニスプレーヤーとしても活躍した。1923年には、 俳句誌『層雲』にアントン・チェーホフ『手帖』の抄訳やエッセイ「紐育にて」が掲載された。同年7月、『人造人間』を刊行。
栄久庵 祥二(えくあん しょうじ)は日本の社会学者、教育者。… 栄久庵 祥二(えくあん しょうじ)は日本の社会学者、教育者。米国オハイオ州立大学博士(Doctor of Philosophy)。GKインダストリアルデザイン研究所研究本部長、名古屋造形芸術大学教授、日本大学大学院芸術学研究科教授を経て、同研究科講師及びGKデザイン機構研究担当顧問。兄に工業デザイナーの榮久庵憲司がいる。 一橋大学社会学部卒業。同大学社会学研究科修士課程および米国オハイオ州立大学博士課程修了。社会学博士。GKインダストリアルデザイン研究所究本部長、名古屋造形芸術大学教授、日本大学大学院芸術学研究科教授を経て、現在、日本大学大学院芸術学研究科講師及びGKデザイン機構研究担当顧問。
糟谷 啓介(かすや けいすけ)は、日本の言語学者。一橋大学名… 糟谷 啓介(かすや けいすけ)は、日本の言語学者。一橋大学名誉教授。田中克彦門下。指導学生に鳥羽美鈴など。
河野 正男(かわの まさお)は日本の会計学者。黒澤清の弟子。… 河野 正男(かわの まさお)は日本の会計学者。黒澤清の弟子。横浜国立大学名誉教授。元国際公会計学会副会長。日本会計研究学会学会賞、日本会計研究学会太田黒澤賞受賞。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
佐藤美和(さとう みわ)は、日本の経営コンサルタント、ビジネ… 佐藤美和(さとう みわ)は、日本の経営コンサルタント、ビジネス作家。株式会社ビービーエルの代表取締役。人事戦略策定、人事制度改革、組織開発、人材開発、チェンジマネジメント、組織活性化、タレントマネジメント、グローバルタレント育成など、「人と組織」を主な専門領域とする。 一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士課程修了。 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル、アーサーアンダーセン ヒューマン・キャピタル・サービス、IBMビジネスコンサルティングサービス(現・日本IBM)戦略コンサルティング部門、日本GE人事本部組織・人材開発責任者などを経て、株式会社ビービーエルを設立。 企業研究会が主催する「戦略スタッフ研究フォーラム」において研究協力委員を務める。
高橋 さとみ は、NHKのディレクター。元アナウンサー。
林 茂樹(はやし しげき)は、日本の知的財産学者、商学者・経… 林 茂樹(はやし しげき)は、日本の知的財産学者、商学者・経営学者。大阪工業大学名誉教授・元知的財産学部長・知的財産専門職大学院研究科長。経営学修士(ロンドン大学LBS)。ハーバード・ビジネス・スクールAMP修了者。日本開発銀行(DBJ)元次長。関西ベンチャー学会元会長。一般社団法人知財経営ネットワーク代表理事。 専門は、知的財産価値評価・知財金融、商学(マーケティング・経済学・会計学等)、経営学(MBA論・ビジネスマネジメント・経営戦略論・イノベーション・ベンチャー等)。 また、大阪工業大学知的財産学部・知的財産専門職大学院にて、WIPO・JICA経由で海外研修生(主に中南米・東南アジアから)を積極的に受け入れ、知的財産分野での国際貢献も推進している(特に、メキシコへは自国内からの特許出願率向上に貢献)。
三角 創太 は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。
水城 幾雄(みずき いくお)は、日本の外交官。
鈴木 一泉(すずき かずみ)は、日本の外交官。グアテマラ、コ… 鈴木 一泉(すずき かずみ)は、日本の外交官。グアテマラ、コロンビア駐箚特命全権大使。
野川 保晶(のがわ やすあき)は、日本の外交官。在ジュネーヴ… 野川 保晶(のがわ やすあき)は、日本の外交官。在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部大使、外務省研修所所長を経て、駐ニュージーランド特命全権大使。
米澤 健(よねざわ たけし)は、日本の総務官僚。内閣府大臣官… 米澤 健(よねざわ たけし)は、日本の総務官僚。内閣府大臣官房審議官や、消防庁次長等を経て、危険物保安技術協会理事長。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1987年一橋大学法学部卒業、自治省入省。2001年総務省大臣官房秘書課課長補佐。消防庁国民保護・防災部防災課国民保護室長を経て、2008年内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)併任。2009年政治資金適正化委員会事務局参事官。2012年辞職、地方公務員共済組合連合会事務局長。2013年消防庁予防課長。 2015年消防庁国民保護・防災部防災課長。2016年兼国民保護・防災部防災課国民保護室長事務取扱。2017年から内閣府大臣官房審議官(防災担当)を務め、災害情報ハブなどの官民連携により対策推進等にあたった。
上野 勝(うえの まさる)は、日本の検察官、弁護士。東京高等… 上野 勝(うえの まさる)は、日本の検察官、弁護士。東京高等検察庁公判部長を最後に退官し、上野法律事務所を設立して弁護士に転じた。 秋田県南秋田郡土崎港町出身。1948年旧制秋田中学校(現秋田県立秋田高等学校)卒業。1960年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。指導教官吉永榮助。1962年東京地方検察庁検事任官。日本航空123便墜落事故などを手掛け、前橋地方検察庁次席検事、静岡地方検察庁次席検事、東京高等検察庁公判部長を経て、1993年退官し、弁護士登録して新宿区に上野法律事務所を設立。2001年春の叙勲で勲三等旭日中綬章受章。
小野 稔(おの みのる)は、日本の内閣府官僚。経済社会総合研… 小野 稔(おの みのる)は、日本の内閣府官僚。経済社会総合研究所総括政策研究官、消費者庁審議官、農林水産省大臣官房審議官等を経て、財務総合政策研究所副所長を務めた。 秋田県南秋田郡八郎潟町出身。秋田県立秋田高等学校を経て、1985年一橋大学法学部卒業、経済企画庁入庁。外務省在チェコ日本国大使館、日本輸出入銀行海外投資研究所、総務省公害等調整委員会事務局、総合研究開発機構などに出向し、2007年内閣府大臣官房参事官。 2009年食品安全委員会事務局勧告広報課長。2010年国土交通省都市・地域整備局離島振興課長。2011年内閣府大臣官房参事官(政府広報室)、内閣官房内閣参事官(内閣広報室)。同年経済社会総合研究所総務部長。
虻川 高範(あぶかわ たかのり)は、日本の弁護士。 秋田弁護… 虻川 高範(あぶかわ たかのり)は、日本の弁護士。 秋田弁護士会会長、東北弁護士会連合会会長、憲法改悪阻止各界連絡会議事務局長、秋田市民オンブズマン代表等を歴任し、住民訴訟なども手掛ける。 秋田県大館市出身。秋田県立大館鳳鳴高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。1984年秋田弁護士会に弁護士登録。2003年度秋田弁護士会会長。秋田市民オンブズマン代表を務め、住民訴訟なども手掛ける。 2016年には齊藤光喜湯沢市長に違法な公金支出があったとした住民訴訟で市長らの損害賠償責任が認められるなどし2017年に和解が成立した。2018年には児玉一鹿角市長らが市税の延滞税の徴収を怠っていたとして提起した住民訴訟で市の違法な処理があったとして市長らに損害賠償責任が認められた。
高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニュ… 高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニューヨーク総領事や、駐イラン特命全権大使、駐フィンランド特命全権大使を務めた。 秋田県北秋田郡鷹巣町(現北秋田市)出身。旧制秋田県立能代中学校(現秋田県立能代高等学校)、旧制東京商科大学(現一橋大学)を経て、1943年外務省入省。 バンコク、ワシントンでの大使館勤務を経て、科学技術庁原子力局国際協力課長や、外務省アメリカ局安全保障課長、駐連合王国大使館公使、駐クウェート特命全権大使、1977年ニューヨーク総領事、1981年駐イラン特命全権大使、1983年北海道担当特命全権大使(駐道大使)を歴任し、1984年から1987年まで駐フィンランド特命全権大使を務め、マウノ・コイヴィスト第9代フィンランド大統領の来日の際には、昭和天皇への進講を行うなどした。
軍司 育雄(ぐんじ いくお)は、日本の弁護士、人権擁護委員。… 軍司 育雄(ぐんじ いくお)は、日本の弁護士、人権擁護委員。弁護士法人大成綜合法律事務所代表弁護士。日本弁護士連合会副会長、法テラス東京初代所長、弁護士賠償責任保険審査会会長等を歴任し、旭日中綬章受章。 1964年茨城県立水戸第一高等学校を卒業し、一橋大学法学部入学。水戸育英会水戸塾出身。大学在学中の1967年に旧司法試験合格。1968年大学卒業。1970年最高裁判所司法研修所を修了し、弁護士登録。1983年東京都千代田区神田に軍司法律事務所を設立し、1996年大成綜合法律事務所と改称。2003年第一東京弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長に就任。2015年旭日中綬章受章。 この間、日本司法支援センター理事兼東京地方事務所初代所長、法務省人権擁護委員、預金保険機構理事、弁護士賠償責任保険審査会会長、全国弁護士協同組合連合会理事長、日中法律家交流協会副会長、水戸育英会理事、如水会理事、一橋大学後援会評議員等も歴任した。
小池 博史(こいけ ひろし、男性)は、日本の空間演出家・作家… 小池 博史(こいけ ひろし、男性)は、日本の空間演出家・作家・振付家・映画監督。 1982年パフォーミングアーツグループ「タラフマラ劇場」を設立(1987年に『パパ・タラフマラ』に改称)。2012年5月の同グループ解散まで全55作品の作・演出・振付を手掛ける。2012年6月に6月に『小池博史ブリッジプロジェクト』を立ち上げる。(2023年6月、『小池博史ブリッジプロジェクトーODYSSEY』に改称)現在までに同プロジェクトにて38作品を創作。北南米、欧州、アジア18カ国にて創作。アフリカを除く42カ国をツアーしている。数多くの多国籍かつバックグラウンドの異なるアーティスト、俳優、舞踊家、音楽家、美術家、映像作家、プロデューサーと共同制作を行ってきた。
鏡 武(かがみ たけし)は、日本の外交官。シリア駐箚特命全権… 鏡 武(かがみ たけし)は、日本の外交官。シリア駐箚特命全権大使、アイルランド駐箚特命全権大使などを経て、査察担当大使を最後に退官。公益財団法人中東調査会副理事長および副会長を経て同会参与。 川越市立川越第一小学校、川越市立川越第一中学校を経て、1962年(昭和37年)埼玉県立川越高等学校卒業。昭和42年度外務公務員採用上級試験に合格し、1968年(昭和43年)に一橋大学法学部卒業後、外務省に入省。1969年(昭和44年)9月、英語研修で英国ケンブリッジ大学に留学。1971年(昭和46年)6月、同大学経済学部を卒業。 その後、外務本省では、情報文化局、経済協力局、国際情報局等で勤務し、その後国際報道課長、官房文書課長を歴任。
安田 純平 は、日本のフリージャーナリスト。
飯嶋 康弘(いいじま やすひろ)は、日本の国土交通官僚。世界… 飯嶋 康弘(いいじま やすひろ)は、日本の国土交通官僚。世界観光機関アジア太平洋センター副代表、国土交通省交通管制部長、国土交通省航空局次長などを歴任した。 埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。1988年運輸省入省。外務省在中華人民共和国日本国大使館一等書記官(政治部)等を経て、2000年運輸省鉄道局業務課長補佐。2001年国土交通省大臣官房人事課付。2003年国土交通省近畿運輸局交通環境部長。 2005年人事院人材局交流派遣専門員。2007年国土交通省総合政策局観光経済課観光交通政策推進室長。2008年観光庁付、世界観光機関アジア太平洋センター副代表。2010年国際観光振興機構北京事務所所長。
三幣 利夫(さんぺい としお)は、日本の実業家。中東住友商事… 三幣 利夫(さんぺい としお)は、日本の実業家。中東住友商事社長を経て、敬愛大学学長兼学校法人千葉敬愛学園理事長。日本貿易会常務理事、日本貿易振興機構監事、国際社会貢献センター理事長等も務めた。 千葉県出身。千葉県立安房高等学校を経て、1968年一橋大学経済学部卒業。外交官の岡本行夫は大学の同級生。大学卒業後住友商事に入社。アメリカ合衆国、カナダ、イラン、バーレーン等に駐在し、ドバイでは中東支配人を務めた。 中東住友商事会社社長兼住友商事理事中東支配人兼バグダッド事務所長を経て、2006年から2010年まで社団法人日本貿易会常務理事。2007年から2011年まで独立行政法人日本貿易振興機構監事。
橋本真吾(はしもと しんご)は日本の財務官僚。経済産業省大臣… 橋本真吾(はしもと しんご)は日本の財務官僚。経済産業省大臣官房審議官。 千葉県出身。市川高等学校、一橋大学法学部卒業。1991年 大蔵省入省(理財局総務課)。2001年7月 財務省主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)。2002年7月 主計局主計官補佐(農林水産第四係主査)。2004年6月から約3年間、経済協力開発機構(OECD)で勤務。その後は理財局国債企画課長補佐、理財局国庫課国庫企画官などを務める。2009年7月 環境省総合環境政策局総務課調査官。2011年7月 大臣官房文書課企画調整室長兼大臣官房文書課業務企画室長。2012年7月 東京国税局査察部長。2013年2月 (株)農林漁業成長産業化支援機構企画管理本部企画調整室長。
菊間 邁(きくま すすむ)は、日本の実業家。旭タンカー株式会… 菊間 邁(きくま すすむ)は、日本の実業家。旭タンカー株式会社代表取締役社長、全国内航タンカー海運組合海工務委員会委員長などを務めた。 世田谷区立桜丘中学校、東京都立新宿高等学校を経て、一橋大学商学部卒業後、商船三井に勤務。サウジアラビアおよびロンドンに駐在し、日本に帰国後、代表取締役を務めた。2002年から立石信義の後任として旭タンカー代表取締役社長を務め、ソーラージャパン設立、アムテック設立、上海事務所開設、ロンドン事務所開設、台湾子会社設立などにあたった。全国内航タンカー海運組合海工務委員会委員長、国土交通省タンカーのダブルハル化促進に関する検討会委員等も務めた。
鈴木 ゆめ(すずき ゆめ)は、日本の医師、医学者、博士(医学… 鈴木 ゆめ(すずき ゆめ)は、日本の医師、医学者、博士(医学)。専門は一般内科、脳神経内科学、認知症。横浜市立大学附属病院神経内科教授、横浜市立大学附属市民総合医療センター一般内科教授・部長を歴任、日本神経学会、日本自律神経学会、日本神経治療学会、日本薬物脳波学会評議員等を務めた。日本神経学会、日本認知症学会、日本プライマリケア連合学会、日本神経治療学会会員。 東京都立西高等学校を経て、1979年一橋大学社会学部卒業、英語科・社会科高等学校教員免許取得。1986年横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学附属病院臨床研修医。1991年日本神経学会認定医(現専門医)。1992年横浜市立大学病院神経内科助手。
山内 あゆ は、TBSアナウンサー。
有賀 貞一(あるが ていいち)は、日本の情報技術者、実業家。… 有賀 貞一(あるが ていいち)は、日本の情報技術者、実業家。CSKホールディングス代表取締役、ミスミグループ本社代表取締役副社長、リアルワールド取締役会長、情報サービス産業協会副会長、情報処理技術者試験委員長等を歴任した。経済産業大臣表彰受賞。 1966年東京都立立川高等学校理数科進学コース卒業。1970年一橋大学経済学部卒業。大学では杉田元宜ゼミや磯野修ゼミで計量経済学、数理統計学を専攻し、大学院生だった刈屋武昭の指導も受けた。また1965年に創設されたコンピュータ・クラブ(一橋電子計算機研究会)に参加し、コンピュータの利活用に関する研究等を行った。。 大学卒業後、野村証券の子会社として1966年1月に設立された野村電子計算センターに入社し、システムエンジニアとなる。
植田 守昭(うえだ もりあき)は、日本の通産官僚。通商産業省… 植田 守昭(うえだ もりあき)は、日本の通産官僚。通商産業省基礎産業局長を経て、日本鉄鋼連盟副会長や、日本アルコール販売代表取締役社長を務めた。 東京都出身。東京都立第二中学校(現東京都立立川高等学校)、海軍兵学校第76期を経て、1951年に東京商科大学(現一橋大学)卒業後、大学の杉本栄一研究室に残り指導を受けて学者を目指したが、杉本が急逝したため、1954年通商産業省入省。 通商産業省企業局企業第一課長補佐を経て、1968年通商産業省企業局商務第二課長。1969年通商産業大臣官房審議官。1971年中小企業庁計画部下請企業課長。1972年通商産業省企業局工業用水課長。 1973年佐賀県経済部長。
永松 健次(ながまつ けんじ)は、日本の国土交通官僚。国土交… 永松 健次(ながまつ けんじ)は、日本の国土交通官僚。国土交通省海事局次長等を経て、日本船員雇用促進センター理事長。 大分県宇佐市出身。東京都立国立高等学校を経て、1984年一橋大学経済学部卒業、運輸省入省。国家安全保障政策研究なども行い、1987年からイラン・イラク戦争下にペルシャ湾岸地域に駐在し船舶安全確保対策の取りまとめにあたった。1998年運輸省九州運輸局自動車部長。 経済企画庁物価局物価管理室長、内閣府国民生活局消費者企画課国際室長を経て、アメリカ同時多発テロ事件翌年の2002年から運輸政策研究機構国際問題研究所在ワシントン研究室次長を務め、アメリカ合衆国国土安全保障省とテロ対策の研究に従事。
西尾 昭彦(にしお あきひこ)は、日本出身のエコノミスト、国… 西尾 昭彦(にしお あきひこ)は、日本出身のエコノミスト、国際公務員。世界銀行副総裁。 埼玉県所沢市生まれ。横浜市を経て、小学校4年から父の仕事の関係でアメリカ合衆国ロサンゼルスに移る。高校2年のときにJICA作文コンクールで入賞し、副賞のブラジル旅行で、国際的な仕事に興味を持つようになる。 神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業後、1983年一橋大学経済学部卒業(池間誠ゼミ出身)。一橋大学在学中フランス共和国アンジェの西カトリック大学に留学しフランス語のディプロマを取得。帰国後Newsweekでライターのアルバイトを経験し、卒業後は海外経済協力基金(現国際協力機構)に入る。 1986年ケンブリッジ大学ペンブルック・カレッジ大学院修了(ブリティッシュ・カウンシル奨学生)、開発経済学修士。
西崎 寿美(にしざき としみ)は、日本の内閣府官僚。財務総合… 西崎 寿美(にしざき としみ)は、日本の内閣府官僚。財務総合政策研究所副所長、女性初の沖縄振興開発金融公庫理事を経て、外務省大臣官房審議官、NGO担当大使、人道支援担当大使。 神奈川県相模原市出身。母は与那国島出身。神奈川県立厚木高等学校を経て、1991年一橋大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。2013年内閣府大臣官房企画調整課長。2016年経済社会総合研究所景気統計部長兼統計委員会担当室参事官。2018年内閣府参事官(総括担当)(政策統括官(経済社会システム担当)付)兼内閣官房日本経済再生総合事務局参事官兼内閣官房行政改革推進本部事務局局員。2020年経済社会総合研究所上席主任研究官。2022年財務省大臣官房参事官(大臣官房担当)兼財務総合政策研究所副所長。
山本 和隆(やまもと かずたか)は、日本の経営コンサルタント… 山本 和隆(やまもと かずたか)は、日本の経営コンサルタント。フューチャーアーキテクトディレクター等を経て、ジャパン・インターカルチュラル・コンサルティング日本代表。 京都市出身。栄光学園高等学校を経て、1980年一橋大学経済学部卒業、旭硝子入社。1992年シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス修了、経営学修士(MBA)。旭硝子で営業や経営企画を担当したのち、モトローラ経営戦略部長、フューチャーアーキテクトディレクター、Rhodia Electronics & Catalysis社ゼネラルマネージャー、スミダ電機副社長を経て、2013年から日本の多国籍企業の海外進出支援などのコンサルティングを行うシカゴのジャパン・インターカルチュラル・コンサルティング日本代表。
宇留間 和基(うるま かずもと)は、日本のジャーナリスト、編… 宇留間 和基(うるま かずもと)は、日本のジャーナリスト、編集者。AERA創刊時から編集部に入り、同誌編集長や、初代朝日新聞出版代表取締役社長等を経て、J-CASTニュース編集長。 新潟県相川町(現佐渡市)出身。新潟県立佐渡高等学校を経て、1979年一橋大学社会学部卒業、毎日新聞社入社。その後朝日新聞社に移り、1988年にAERAが創刊されると同誌編集部に入る。 1992年朝日新聞東京社会部。1995年AERA副編集長。2003年から2006年までAERA編集長。朝日新聞社出版本部雑誌編集センター長、図書編集センター長、出版本部長を経て、2008年に朝日新聞出版が設立されると、同社代表取締役社長に就任。
鶴 宏明(つる ひろあき)は、日本のアニメ映画プロデューサー… 鶴 宏明(つる ひろあき)は、日本のアニメ映画プロデューサー、ゲームプロデューサー。ポケモン代表取締役等を経て、江副記念リクルート財団代表理事、日本バスケットボール協会理事、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事、Tリーグ理事。 高岡市立志貴野中学校、富山県立高岡高等学校を経て、1983年一橋大学卒業、日本リクルートセンター(のちのリクルートホールディングス)入社。 橘慶一郎衆議院議員は中学・高校の同級生。武市敬元東京都副知事や田中俊和元住友不動産販売代表取締役社長は大学のテニス仲間。村井満元Jリーグチェアマンはリクルートの同期。 ポケモン代表取締役を務め、日本のアニメーションの海外展開に携わり、2005年には新設されたポケモンラーニング代表取締役社長に就任。
河西 良治(かさい りょうじ)は、日本の実業家。ニチメン(現… 河西 良治(かさい りょうじ)は、日本の実業家。ニチメン(現・双日)副社長を務めた。 長野県諏訪部四賀村(現・諏訪市)出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、一橋大学法学部卒業。日綿実業(現・双日)入社。ニチメン(現・双日)専務取締役を経て、同社副社長。2008年ニチメン東京社友会副会長。2010年同会会長。
倉沢 宏希(くらさわ ひろき)は、NHKのアナウンサー。 長… 倉沢 宏希(くらさわ ひろき)は、NHKのアナウンサー。 長野県塩尻市出身。長野県松本深志高等学校時代はバドミントン部に所属。一橋大学卒業後、2018年入局。秋田放送局でデビュー。 ☆印は現在出演(担当)中。
堀部 伸子(ほりべ のぶこ)は、日本出身の国際公務員。元国際… 堀部 伸子(ほりべ のぶこ)は、日本出身の国際公務員。元国際連合人口基金(UNFPA)アジア・太平洋地域事務所所長。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、一橋大学社会学部及び一橋大学経済学部卒業後、デンバー大学ジョセフ・コーベル国際研究大学院修了、国際関係学修士。大学院修了後、バグダッドの都市計画プロジェクトのためイラクに赴任した。 1984年ジュニア・プロフェッショナル・オフィサーとして国際連合開発計画バルバドス事務所に赴任。その後、人口関係に興味があったため、1987年から国際連合人口基金に移り、中国国事務所副所長等を務めた。また、ニューヨークやウィーンの国際連合人口基金本部、国際連合プロジェクトサービス機関本部、国連薬物犯罪事務所本部でも勤務した。