川上 椋輔(かわかみ りょうすけ、1995年8月29日 - … 川上 椋輔(かわかみ りょうすけ、1995年8月29日 - )は、日本の政治家、実業家。元北海道文化放送のアナウンサー。BASE CAMP TESHIKAGA代表。 宮城県大崎市古川(旧・古川市)で生まれ育つ。小学校6年時の2008年に茨城県つくば市へ転居。中学時代には同市のクラブチーム・つくばFCに所属し、クラブユース選手権で関東大会に出場。茨城県選抜に選出。 中学3年時の2011年に宮城県へ戻り、大崎市立古川東中学校を経て、宮城県古川高等学校に入学、高校在学時には体力テストで学年1位を獲得していたほどの運動神経の持ち主で、同校サッカー部の主将を務めていた。 2014年に横浜国立大学人間教育科学部学校教育課程に入学。
石橋 直季(いしばし なおき、1985年〈昭和60年〉 6月… 石橋 直季(いしばし なおき、1985年〈昭和60年〉 6月20日 - )は、日本の政治家。愛知県東郷町長(1期)。東郷町議会議長、東郷町議会議員(3期)を歴任。 名古屋中学校・高等学校を経て、横浜国立大学経営学部経営学科を卒業。大学卒業後は土壌改良会社に入社した。 2015年4月、東郷町議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。以降3期連続当選し、2023年5月には議長に選出された。町議時代は自由民主党愛知県連の青年部長を務めた。 町職員に対するハラスメントにより辞職した現職の井俣憲治の後任を決める、2024年6月9日投開票の東郷町長選挙に無所属新人として立候補。これにより、議長と議員を自動失職。
村上 智信(むらかみ とものぶ、1969年10月9日 - )… 村上 智信(むらかみ とものぶ、1969年10月9日 - )は、日本の政治家、経産官僚。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。 福岡県築上町生まれ。福岡県立京都高等学校、横浜国立大学工学部物質工学科卒業。東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻修了。1995年4月、通商産業省(2001年から経済産業省)入省。経済産業省商務情報政策局医療福祉機器産業室長、同情報プロジェクト室長などを歴任し、2016年4月に退職。 2017年9月27日、第48回衆議院議員総選挙福岡11区への立候補を表明。同区は自由民主党の武田良太が地盤としており、村上は武田と確執のあるとされる麻生太郎副総理や麻生派の大家敏志参議院議員らと収まった写真を掲載したチラシを頒布するなど、保守分裂選挙の様相も呈した。
岡本 英子 (おかもと えいこ、1964年9月19日 - … 岡本 英子 (おかもと えいこ、1964年9月19日 - ) は日本の政治家。 衆議院議員(1期)、横浜市会議員(4期)などを歴任。 神奈川県横浜市生まれ。横浜国立大学経済学部システム科卒業。横浜国立大学大学院会計・経営修士課程ビジネススクールに在籍していた。 当時衆議院議員だった塚本三郎の秘書を務めた後、1995年横浜市議会議員選挙に新進党から出馬し初当選(栄区)、計4期当選。2009年に衆議院議員になるまで、市議会議員を務めた。 第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で神奈川3区から出馬し、小此木八郎を破り初当選を遂げた。 2012年の消費増税をめぐる政局では、野田内閣による消費増税法案の閣議決定に抗議して広報副委員長の辞表を提出し、4月23日の党役員会で受理された。
井上 一徳(いのうえ かずのり、1962年7月31日 - )… 井上 一徳(いのうえ かずのり、1962年7月31日 - )は、日本の政治家、防衛官僚。衆議院議員(1期)、希望の党幹事長(第2代)兼政策調査会長(初代)兼国会対策委員長を務めた。 京都府舞鶴市生まれ。京都府立東舞鶴高等学校、横浜国立大学経済学部卒業。在学中に1年間休学し、アルバイトをしながらアジアやヨーロッパを旅行して回った。 1986年、防衛庁(現防衛省)に入庁。同期入省に、岡真臣(防衛審議官)、芹澤清(防衛省大臣官房長)、土本英樹(防衛装備庁長官)らがいる。 2006年、安倍政権下では公募により白間竜一郎や、高橋洋一、清水康弘らとともに首相官邸で首相補佐官付内閣参事官を務め、国家安全保障問題担当の首相補佐官だった小池百合子に仕えた。
馬淵 澄夫(まぶち すみお、1960年8月23日 - )は、… 馬淵 澄夫(まぶち すみお、1960年8月23日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(8期)、国土交通大臣(第14代)兼海洋政策担当大臣兼内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)(菅直人第1次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(東北地方太平洋沖地震による災害及び原子力発電所事故対応担当)(菅直人第2次改造内閣)、国土交通副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、衆議院決算行政監視委員長、同災害対策特別委員長、中道改革連合選挙対策委員長、立憲民主党代表代行、同国会対策委員長(第2代)、同奈良県連代表、民進党選挙対策委員長(第2代)、民主党選挙対策委員長(第17代)、同幹事長代行、同幹事長代理、同政策調査会長代理、一丸の会代表を歴任した。
江端 貴子(えばた たかこ、1959年〈昭和34年〉12月2… 江端 貴子(えばた たかこ、1959年〈昭和34年〉12月22日 - )は、日本の実業家、元政治家。 アムジェン取締役、東京大学広報室特任准教授、アステラス製薬社外取締役、衆議院議員(1期)、民主党税調事務局次長、シンバイオ製薬社外取締役などを歴任。 1959年(昭和34年)東京都出身。 1978年(昭和53年)3月、東京都立青山高等学校を卒業。 1982年(昭和57年)、横浜国立大学教育学部化学科を卒業して、富士通株式会社入社。同社で女性としてはじめての金融機関向けSEに配属される。 1992年(平成4年)、フルブライト留学生としてマサチューセッツ工科大学にてMBAを修得。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント、米国のバイオ製薬会社アムジェン取締役CFOを経て、2005年(平成17年)6月には、東京大学学術企画調整室特任助教授に就任。
薮本 吉秀(やぶもと よしひで、1958年(昭和33年)11… 薮本 吉秀(やぶもと よしひで、1958年(昭和33年)11月28日 - )は、日本の政治家。元兵庫県三木市長(3期)。市役所ホームページ、一部報道等では「藪本吉秀」という表記を用いる。 兵庫県三木市志染町生まれ。三木市立志染小学校、三木市立志染中学校、兵庫県立小野高等学校、横浜国立大学経済学部経済学科卒業。 1982年、兵庫県庁に入庁。1992年3月、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了(経済学修士)。 2003年4月、総務省自治行政局公務員課課長補佐に就任。2005年4月、兵庫県企画管理部新行政担当課長に就任。同年7月末、退職。 2006年1月15日に行われた兵庫県三木市長選挙に無所属で出馬。
佐藤 健治(さとう けんじ、1957年〈昭和32年〉8月14… 佐藤 健治(さとう けんじ、1957年〈昭和32年〉8月14日 -)は、日本の政治家。元自由民主党北海道第8区支部長、北朝鮮に拉致された日本人を救出する会道南代表、ニチロ会最高顧問。 海城高校、横浜国立大学経済学部経済学科卒業。 日本電信電話公社及びNTTコミュニケーションズ勤務を経て、2003年7月に自由民主党北海道第8区支部長に就任。 同年11月の第43回衆議院議員総選挙(北海道8区)に自由民主党公認で出馬するも。総裁派閥の清和研が支援する新人前田一男と保守分裂選挙となり、民主党現職金田誠一に敗れ落選。 2005年北朝鮮に拉致された日本人を救出する道南の会(救う会道南)代表に就任。函館出身の拉致被害者・小住健蔵、道南出身の特定失踪者・渡辺栄一(今金町)森洋子(函館市千歳町)・名取志津子(北檜山町)の奪還運動に従事する。
那谷屋 正義(なたにや まさよし、1957年8月3日 - )… 那谷屋 正義(なたにや まさよし、1957年8月3日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元参議院議員(3期)。日本教職員組合の組織内議員。 文部科学大臣政務官(野田第3次改造内閣)、民進党参議院国会対策委員長、立憲民主党参議院国会対策委員長、参議院総務委員長・東日本大震災復興特別委員長等を務めた。 神奈川県横浜市生まれ。横浜市立青木小学校、横浜市立栗田谷中学校、神奈川県立横浜翠嵐高等学校、横浜国立大学教育学部卒業。大学卒業後、1982年から1994年まで、横浜市の市立小学校で教員を務めた。1994年から組合活動に従事し、横浜市教職員組合給対部長。その後、神奈川県教職員組合書記次長、同書記長代理、同書記長を経て、2003年8月より日本教職員組合教育政策委員長を務めた。
畑野 君枝(はたの きみえ、1957年〈昭和32年〉1月19… 畑野 君枝(はたの きみえ、1957年〈昭和32年〉1月19日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の衆議院議員(3期)、日本共産党中央委員。参議院議員(1期)を務めた。 神奈川県川崎市中原区生まれ。旧姓は「大西」。川崎市立上丸子小学校、横浜市立上永谷中学校、神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校卒業。高校時代、漫画家を目指し漫画研究会を作った。横浜国立大学教育学部に入学。日本共産党を応援していた高校時代の同級生に誘われ、大学時代から日本民主青年同盟の活動を始め、党にも入党した。卒業後、教諭として神奈川県内の高等学校、中学校並びに東京都大田区の清明学園中学校に勤務。また、日本民主青年同盟神奈川県委員長などを歴任。
小野 申人(おの しんじ、1956年〈昭和31年〉6月15日… 小野 申人(おの しんじ、1956年〈昭和31年〉6月15日 - )は、日本の政治家。第9代広島県府中市長(2期目)。元・府中市議会議員(4期、元・創生会会長)。府中市議会第23代・25代議長。一般社団法人府中青年会議所 第32代理事長。 広島県芦品郡新市町出身。1969年福山市立新市小学校卒業 1972年福山市立新市中央中学校卒業1975年 広島県立福山誠之館高等学校卒業、1979年 横浜国立大学卒業。 1979年(昭和54年)、旭化成入社。 1981年、菊水株式会社入社。 1994年(平成6年)1月、一般社団法人府中青年会議所 第32代理事長。 1999年、PTA会長。 2002年(平成14年)、府中市議会議員に初当選し、市議会会派「平成クラブ」に所属。
木内 博(きうち ひろし、1956年 - )は、日本の政治家… 木内 博(きうち ひろし、1956年 - )は、日本の政治家。神奈川県議会議員(4期)。 香川県小豆郡(小豆島)生まれ。淳心学院高等学校卒業。立命館大学文学部日本史学科に入学したが、2年半で中退。その後横浜国立大学教育学部に入学したが、再度中退する。 1980年、ハプニング解散による衆参同日選挙(第36回衆議院議員総選挙・第12回参議院議員通常選挙)に東京都選挙区から出馬した宇都宮徳馬の事務所に所属し、選挙ボランティアを務める。1983年、横浜市会議員選挙に港北区選挙区から出馬し、初当選を果たした。1987年に再選されたが、任期途中の1990年に市議を辞職。第39回衆議院議員総選挙に無所属で旧神奈川県第1区から出馬したが、立候補者7人中最下位で落選した。
海老根 靖典(えびね やすのり、1955年(昭和30年)8月… 海老根 靖典(えびね やすのり、1955年(昭和30年)8月17日 - )は、日本の政治家。元神奈川県藤沢市長(1期)、元藤沢市議会議員(4期)。 北海道生まれ。検察官である父親の転勤に伴い、各地を転居していたが、最終的に湘南、藤沢を気に入り定住することになった。 東京都立小山台高等学校を経て、横浜国立大学経営学部を卒業後、松下政経塾(第2期生)に入塾。 山本捷雄が市議から転じて市長選に出馬する際に「自分は市長に挑戦するから君も市議会議員に挑戦しないか」と誘われ、1991年に初当選(なお、山本は1992年の市長選では当時現職だった葉山峻に敗北。山本の市長就任は葉山の国会転出後の1996年である)。
高橋 都彦(たかはし くにひこ、1952年(昭和27年)2月… 高橋 都彦(たかはし くにひこ、1952年(昭和27年)2月5日 - )は、日本の政治家。元東京都狛江市長(2期)。 市役所女性職員に対しセクシャルハラスメントを行い、問題の収拾を図るため辞職した。 大分県別府市出身。1975年3月に横浜国立大学経済学部を卒業し、4月に東京都庁へ入庁。東京都総務局総務部総務課長、東京都産業労働局観光部長、東京都交通局総務部長、株式会社東京国際フォーラム執行役員、東京都産業労働局理事、公益財団法人東京しごと財団理事長を経て、2010年に公益財団法人東京都公園協会の理事長に就く。 2012年6月24日執行の狛江市長選挙に民主党、自由民主党、公明党、生活者ネットの推薦を受けて無所属で立候補し、16,377票を得て初当選した。
タノン・ビダヤ(タノン・ピタヤ、ทนง พิทยะ、1947… タノン・ビダヤ(タノン・ピタヤ、ทนง พิทยะ、1947年7月28日 - )は、タイ王国の政治家、経営学博士。財務大臣や、商務大臣、タイ国際航空会長、タイ軍人銀行頭取、アサンプション大学経営大学院院長などを歴任した。旭日大綬章受章。 タイ王国スパンブリー県の貧しい家に生まれる。国費外国人留学生制度で日本に留学し、1970年横浜国立大学経済学部卒業。宮崎義一などに師事。その後フォード財団奨学金を得てノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に留学し、1971年ノースウェスタン大学経済学修士。1973年世界銀行研究員。1978年ノースウェスタン大学経営学博士、国立発展行政大学院ビジネススクール准教授。
石阪 丈一(いしざか じょういち、1947年(昭和22年)6… 石阪 丈一(いしざか じょういち、1947年(昭和22年)6月29日 - )は、日本の政治家。元東京都町田市長(5期)。 5人兄弟の末っ子として東京都南多摩郡鶴川村(現在の町田市野津田町)出身。 町田市立鶴川小学校(現在の町田市立鶴川第一小学校)、町田市立鶴川中学校、東京都立立川高等学校を経て横浜国立大学経済学部卒業後。 1971年4月に横浜市役所に就職。総務局に配属され、以後横浜市企画財政局での勤務や総合研究開発機構、横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)への出向を経て、2004年4月1日に横浜市港北区長に就任し、2005年9月30日まで港北区長を務める。 横浜市職員を退職後、2006年2月26日に町田市長選挙に出馬し、自由民主党の伊藤公介衆議院議員(当時)の支援も受けて初当選を果たした。
結柴 誠一(けしば せいいち、1947年5月21日 - )は… 結柴 誠一(けしば せいいち、1947年5月21日 - )は、日本の政治家、市民運動家。東京都杉並区議会議員(7期)。
平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月2… 平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月21日 - )は、日本の政治家、大学教員。新潟県知事(公選第14・15・16代、在任1992年 - 2004年)。新潟県知事時代に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレを発案し、開催に漕ぎ着けた。長岡技術科学大学特任教授、事業創造大学院大学非常勤教員。新潟国際情報大学前学長(在任2008年 - 2018年)。 東京佐川急便事件に関わったとして金子清が辞職したことに伴い行われた1992年新潟県知事選挙にて、自民党と社会党からの推薦を受け出馬し、長﨑明を破り当選した。ロシアとの交流に積極的であり、1994年8月には新潟市にロシア総領事館を開設することなった。
大石 昭忠(おおいし あきただ、1942年(昭和17年)8月… 大石 昭忠(おおいし あきただ、1942年(昭和17年)8月8日 - )は、日本の元政治家。大分県日田市の第7代市長を務めた。 日田市出身。横浜国立大学経済学部卒業後、30年間にわたり安宅産業や伊藤萬などの商社で勤務。主に食品畑を歩み、その間西ドイツの駐在員や、居酒屋チェーン副社長も務めた。1991年よりシダックス取締役。1995年に日田市長に初当選。3期にわたり日田市長を務めたが、4選を目指した2007年7月29日の市長選挙で新人の佐藤陽一に大差で敗れ落選した。 2010年6月から、国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアとしてアルゼンチン南部のパタゴニアに赴任した。 就任後、職員を100人削減して440人にするなど、行政改革を推進した。
大石 尚子(おおいし ひさこ、1936年8月26日 - 20… 大石 尚子(おおいし ひさこ、1936年8月26日 - 2012年1月4日)とは、日本の政治家である。参議院議員(1期)、衆議院議員(2期)、神奈川県議会議員(5期)を務めた。民主党所属。母方祖父は日露戦争で連合艦隊作戦参謀を務めた秋山真之海軍中将。
戸田 邦司(とだ くにじ、1934年(昭和9年)11月18日… 戸田 邦司(とだ くにじ、1934年(昭和9年)11月18日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)。
小林 正(こばやし ただし、1933年4月24日 - )は、… 小林 正(こばやし ただし、1933年4月24日 - )は、日本の政治家、教育評論家。元参議院議員(1期)。日本教育再生機構」代表委員、教科書改善の会賛同者、日本の教育改革を進める会理事、「日本の教育改革」有識者懇談会(民間教育臨調)教育制度部会長、新しい憲法をつくる国民会議理事、協和協会理事、新しい歴史教科書をつくる会会長、世界戦略総合研究所評議員、全国教育問題協議会顧問などを歴任。 かつて日教組で活動していた際には、右派の現代教育労働運動研究会(現教研)の中心人物の一人。現教研出身の田中一郎委員長が落選中の西岡武夫を激励したことを切っ掛けとして日教組が内紛状態に陥った際には、監査委員として左派の批判を封じる役回りを演じた。
鈴木 一弘(すずき かずひろ、1924年(大正13年)11月… 鈴木 一弘(すずき かずひろ、1924年(大正13年)11月1日 - 2003年(平成15年)7月8日)は、日本の政治家。創価学会文化部長、川崎市議、神奈川県議を経て、1962年7月、参議院議員に当選し4期務める。 1924年11月1日に、静岡県で淳一郎うめ夫妻の長男として生まれる。 1944年、横浜高等工業学校(現横浜国立大学)機械工学科卒業。 1946年9月、日新工業に勤務。 1954年11月、創価学会男子部第1部隊長を兼務し、初代文化部長となる。 1955年4月、 川崎市議会議員選挙に、無所属で立候補し、当選する。 1959年4月、神奈川県議会議員選挙に、無所属で立候補し、当選する。 1962年7月1日、第6回参議院議員通常選挙に、全国区から無所属で立候補し、初当選する。
長洲 一二(ながす かずじ、1919年7月28日 - 199… 長洲 一二(ながす かずじ、1919年7月28日 - 1999年5月4日)は、日本の政治家、経済学者。専門はマルクス経済学。 神奈川県知事(民選第8・9・10・11・12代)、地方分権推進委員会委員、神奈川県国際交流協会会長、かながわ学術研究交流財団理事長、湘南国際村協会社長などを歴任した。位階勲章は従三位勲一等瑞宝章。 東京府東京市神田区(現在の東京都千代田区神田)出身。安田商業学校(現:安田学園中学校・高等学校)を卒業後、1937年に日本銀行入行、1939年に退職し、1941年に横浜高等商業学校(現:横浜国立大学)を卒業する。1944年には東京商科大学(現:一橋大学)を卒業。マルクス主義やアダム・スミスが専門の高島善哉ゼミナール出身。
牛田 寛(うしだ ひろし、1915年〈大正4年〉4月22日 … 牛田 寛(うしだ ひろし、1915年〈大正4年〉4月22日 - 1965年〈昭和40年〉1月10日)は、日本の政治家、宗教家。参議院議員(1期)。 東京市(現・東京都)に生まれる。横浜高等工業学校(現在の横浜国立大学)機械工学科を卒業後、東京計器製作所(現・東京計器)に勤める。 戦後、都立機械工業専門学校教授、東京都立大学工学部講師を務める。創価学会男子部長(初代)、同会青年部長(第2代)、同会理事、学術部長(初代:1962年9月~)、南米総支部長(初代:1962年11月)等を歴任する。 1959年6月2日、第5回参議院議員通常選挙に、創価学会系無所属として全国区から立候補し、創価学会現役幹部の原島宏治、小平芳平らと共に、当選(当選1期)する。
後藤 正夫(ごとう まさお、1913年6月18日 - 200… 後藤 正夫(ごとう まさお、1913年6月18日 - 2000年1月29日)は、日本の政治家、統計学者。位階は従三位、勲等は勲一等。参議院議員(3期)、法務大臣(第50代)を歴任した。 父は元内務大臣の後藤文夫。 大分県大分市生まれ。旧制横浜高等工業学校(現:横浜国立大学)卒業。三菱鉱業(現:三菱マテリアル)の技師、内閣技術院参技官、内閣調査局調査官、宮城県職員、内閣統計委員会事務局基準課長、行政管理庁統計基準部企画課長等を経て、1959年、行政管理庁統計基準局長に就任。1967年の退官まで務める。 退官後、1968年から8年間、大分大学学長を務める。 1976年9月、岩男頴一の死去に伴う参議院大分地方区補欠選挙に立候補。
細谷 治嘉(ほそや はるよし、1912年(大正元年)9月21… 細谷 治嘉(ほそや はるよし、1912年(大正元年)9月21日 - 1997年(平成9年)1月19日)は、昭和から平成初期の労働運動家、政治家。位階は従三位、勲一等。 衆議院議員(9期)、大牟田市長(2期)、福岡県議会議員。 千葉県長生郡白子町に生まれる。1933年横浜高等工業学校(現横浜国立大学工学部)応用化学学科を卒業。同年、三井化学三池染料工業所に勤務。三井化学労働組合委員長、全日本化学労働組合委員長を務めた。 1947年福岡県議会議員に選出され2期在任。1955年、大牟田市長選挙に立候補し、現職の田中忠蔵を305票差で破り初当選。1959年、再選。1962年、次回の選挙の不出馬を表明。 1963年、第30回衆議院議員総選挙福岡3区に日本社会党から立候補し、初当選。
秦野 章(はたの あきら、1911年10月10日 - 200… 秦野 章(はたの あきら、1911年10月10日 - 2002年11月6日)は、日本の官僚・政治家。
石川 ハナ (いしかわ ハナ、1905年3月8日 - 199… 石川 ハナ (いしかわ ハナ、1905年3月8日 - 1997年12月30日) は、日本の教師、政治家。1955年から1971年まで横浜市の市議を4期務めた。 神奈川県津久井郡小原町(現・相模原市緑区)に生まれ。地元の小学校高等科を卒業後、横浜の女子師範学校(現・横浜国立大学教育学部)へ進学。師範学校卒業後は青根小学校や日吉台小学校で教師として勤務した。 1948年に夫が死去すると、多方面で活動するようになり、横浜市教職員組合副委員長として女性教師の待遇改善に取り組んだほか、新生活連合婦人会を立ち上げて婦人学級の主催や託児所の開設に取り組んだ。また、1955年には教師を辞して横浜市会議員選挙に港北区選挙区から無所属で立候補して当選。
鈴木 憲一(すずき けんいち、1898年8月2日 - 197… 鈴木 憲一(すずき けんいち、1898年8月2日 - 1979年9月1日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。参議院議員(1期)。 神奈川県都筑郡田奈村大字恩田上恩田(現横浜市)に於いて農家の鈴木重彦とツルの長男として生まれる。初代は正徳3年(1713年)に没し、代々弥兵衛や六右衛門、茂右衛門などと名乗った。都筑郡尋常高等田奈小學校(現在の横浜市立田奈小学校)で学ぶ。1919年神奈川県師範学校本科第一部(現・横浜国立大学教育学部)を卒業。同年、母校である都筑郡尋常高等田奈小學校の訓導となった。のち、小学校校長、県視学、県教職員組合長などを務める。 1946年の第22回衆議院議員総選挙で神奈川県から無所属で立候補して当選する。
田辺 郷左衛門(田邊 郷左衛門、たなべ ごうざえもん、前名・… 田辺 郷左衛門(田邊 郷左衛門、たなべ ごうざえもん、前名・榮重郎、1866年3月11日〈慶應2年1月25日〉 - 没年不明)は、日本の政治家(神奈川県会議員、横浜市会議員)、会社重役、神奈川県多額納税者、地主、神奈川県教員互助会理事。族籍は神奈川県平民。田辺家19代目である。 神奈川県久良岐郡中村出身。先代・郷左衛門の二男。神奈川師範卒業。1886年、家督を相続し、前名・榮重郎を改め襲名する。貸地業を営む。 横浜市会議員、神奈川県会議員、同参事会員に挙げられる。戸塚銀行、横浜植木、横浜農薬各取締役などをつとめる。1937年、退隠する。 教育界と農村産業の革新等に尽力する。宗教は真言宗。趣味は碁、将棋、読書、旅行。