岩田 壮平(いわた そうへい、1978年 - )は、日本画家… 岩田 壮平(いわた そうへい、1978年 - )は、日本画家。武蔵野美術大学で教授を勤めている。 東海理化電機製作所創立者の一人、岩田由雄は祖父。加藤由雄は祖母の次兄。 1978年に愛知県名古屋市に生まれる。 1981年から1995年まで華道の池坊に入門している。 2000年に金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科で日本画専攻し、卒業する。卒業制作は大学買上となった。2002年には金沢美術工芸大学大学院美術工芸研究科絵画専攻(日本画)を修了。 多摩美術大学(2013年 - 2015年)、佐賀大学(2016年 - )、金沢美術工芸大学(2016年 - )で非常勤講師を務めている。 祖母の従兄弟に第一生命元会長の塚本亮一がいる。
井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の… 井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の画家、イラストレーター、漫画家。大阪府東大阪市出身、茨木市在住。大阪府立春日丘高等学校、金沢美術工芸大学産業美術科卒業。 大学卒業後の1971年から2年間広告代理店に勤め、その後大阪府立春日丘高等学校に美術教諭として20年間勤務。学校勤務と並行して、異郷「イバラード」をテーマにした作品を描き、個展や画集を発表。1992年に学校退職後も精力的に活動し、1995年公開のアニメ映画『耳をすませば』中の挿話「バロンのくれた物語」の背景画を制作して注目を集めた。2002年から6年間成安造形大学に教授として勤務。2007年にはスタジオジブリが製作した映像作品『イバラード時間(英語版)』を監督した。
いもと ようこ(本名:井本 蓉子、1944年10月20日 -… いもと ようこ(本名:井本 蓉子、1944年10月20日 - )は、日本の絵本作家、挿絵画家。兵庫県三木市志染町出身。 三木市立志染小学校、三木市立志染中学校卒業。1967年、金沢美術工芸大学油絵科卒業。小学校教員を経て絵本の世界に入る。その後、「風の子絵画教室」を開塾。東京で貼り絵の個展を開く。 ちぎった和紙の貼り絵に着色する技法によって、やわらかで暖かな表情の人物や動物、植物などを描く。創作童話の作家として活躍するほか、日本の昔話や世界の名作などの絵本の挿絵なども手がける。出版された絵本は400冊以上。 1985年度『ねこの絵本』(講談社)、1986年度『そばのはなさいたひ』(佼成出版社)でボローニャ国際児童図書展エルバ賞を2年連続受賞。
小灘 一紀(こなだ いっき、1944年3月7日 - )は、日… 小灘 一紀(こなだ いっき、1944年3月7日 - )は、日本の洋画家。日本藝術院賞受賞者。 鳥取県境港市に生まれる。鳥取県立米子東高等学校時代に金畑実に師事し、卒業後に芝田米三に師事した。1963年に金沢美術工芸大学へ入学し、のちに同大学彫刻科を卒業した。 日展作家として活動し、29歳で日展に初入選した。その後、古事記・記紀神話を主題とする作品を描き続けている。 2017年、改組新第4回日展で「伊須気余理比売命」により内閣総理大臣賞を受賞した。2023年、令和4年度(第79回)日本藝術院賞を、「伊邪那岐命の悲しみ」により受賞した。2026年、鳥取県文化功労賞知事表彰を受けた。
藤森 兼明(ふじもり かねあき、1935年 - )は、日本の… 藤森 兼明(ふじもり かねあき、1935年 - )は、日本の洋画家。富山県砺波市出身。 日展内閣総理大臣賞・芸術院賞受賞。日展顧問、光風会理事長、金沢美術工芸大学非常勤講師、日本芸術院会員。
頭川 政始(ずかわ まさし、1933年(昭和8年) – 19… 頭川 政始(ずかわ まさし、1933年(昭和8年) – 1993年(平成5年))は、昭和時代から平成時代にかけての洋画家、漆芸家。富山5人展の一人、通称「闇の作家」。 富山県高岡市に生まれる。漆芸家の山崎立山に師事。1957年第13回日展に「初秋」(工芸)で初入選。金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業後、1962年漆芸から画家に転身する。1969年から1988年まで「5人展」に出品。1989年に筋萎縮性側索硬化症を発症し、1993年に逝去した。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
塗師 祥一郎(ぬし しょういちろう、1932年4月24日 -… 塗師 祥一郎(ぬし しょういちろう、1932年4月24日 - 2016年9月21日)は、日本の洋画家(浦和画家)。2010年から日洋会理事長。石川県小松市生まれ。雪深い北国の風景画で知られた。陶芸家・塗師淡斉の長男。
高坂 卓至(こうさか たかし、昭和6年(1931年)3月3日… 高坂 卓至(こうさか たかし、昭和6年(1931年)3月3日 - 平成19年(2007年))は、昭和から平成時代の日本の洋画家。 昭和6年(1931年)富山県新湊市庄西町(現・射水市)に生まれる。金沢美術工芸大学美術科卒業、宮本三郎、高光一也に師事。1951年金沢現代美術展知事賞。1954年、東京都公立中学校教諭となる。1979年、東京銀座の日動画廊で開催の「第2回現代裸婦展」にて出品、準大賞を受賞。翌年、同画廊にて海をモチーフとする作品発表。1981年モスクワ、レニングラード、キエフを訪れ滞欧作品を制作する。1982年故郷の新湊市中央文化会館にて個展開催。1988年、高岡市美術館にて異色作家シリーズ特別展「高坂卓至展」開催。
村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月1… 村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月15日 - 2018年(平成30年)7月14日)は、日本の洋画家。石川県金沢市出身。 2013年(平成25年)に石川県立美術館で開催された『村田省蔵展 -画業60年の歩み-』では「卓抜な描写力と師・小絲に鍛えられた深い色彩を両輪」「美しい自然を賛美して描くものと、近景をクローズアップし、自己の感興や思いを述べるものとがある」「多彩かつ濃厚な色彩と緊密な構図は村田様式」 と評されている。 1929年(昭和4年)6月15日、石川県金沢市にて生糸問屋を営む生家の五男として生まれる。1942年(昭和17年)、石川県立金沢第二中学校へ入学。1944年(昭和19年)海軍飛行予科練習生として滋賀航空隊に入隊する。
鴨居 玲(かもい れい、男性、1928年2月3日 - 198… 鴨居 玲(かもい れい、男性、1928年2月3日 - 1985年9月7日)は、日本の洋画家である。社会や人間の闇を描いた画家であった。 下着デザイナーの鴨居羊子は姉。 石川県金沢市生まれ。1941年、旧制金沢中学校(現在の金沢高等学校)に入学。1946年、金沢市立金沢美術工芸専門学校(現在の金沢美術工芸大学)に入学。宮本三郎に師事する。1950年、金沢市立金沢美術工芸専門学校洋画科専攻を卒業。二紀会同人に推挙される。1952年、芦屋・田中千代服装学園の講師となる。 1959年、31歳で初渡欧。1961年に帰国し、二紀会を退会。1964年、創作活動に行き詰まり、南米、フランスの首都パリ、イタリアの首都ローマを渡り歩く。
芝田米三(芝田 米造、しばた よねぞう、1926年(大正15… 芝田米三(芝田 米造、しばた よねぞう、1926年(大正15年)9月12日 - 2006年(平成18年)5月15日)は、日本の洋画家。金沢美術工芸大学教授を務めた。日本芸術院会員。位階は従四位。 京都生まれ。1939年、京都商業学校入学。今井憲一に師事し油絵を学ぶが、戦時下のため入営する。戦後、独立美術京都研究所で須田国太郎に師事。1950年独立展独立賞、サロン・ド・プランタン賞受賞、1963年安井賞受賞。1965年、1971年、1973年に渡欧。1974年安井賞選考委員、日伯美術連盟評議員、1975年ブラジル・サンパウロ州議会より騎士賞授与、1978年京都府芸術会館理事、1979年訪ソ、1989年京都府文化賞功労賞、1993年独立美術協会功労賞、1994年京都市文化功労者、「楽聖讃歌」で日本芸術院賞を受賞、日本芸術院会員。
十二町 仁三(じゅうにちょう じんぞう、大正15年(1926… 十二町 仁三(じゅうにちょう じんぞう、大正15年(1926年)5月7日 – 平成12年(2000年)12月)は、昭和から平成前期時代の日本画家。日本芸術院特待、院展富山支部代表、富山県日本画家連盟委員、富山県展実行委員を歴任。 大正15年(1926年)富山県高岡市に生まれる。富山県立工芸学校(現・富山県立高岡工芸高等学校)を経て、金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)で学ぶ。1952年富山県染織試験場に勤務し、1955年小倉遊亀に師事し日本画を描き始め、1957年には安田靫彦門下の火燿会に入会して画技に励む。1959年、院展に「店」で初入選。以後、院展を中心に制作を続ける。2000年12月没。
高光 一也(たかみつ かずや、1907年1月4日 - 198… 高光 一也(たかみつ かずや、1907年1月4日 - 1986年11月12日)は、日本の洋画家。石川県石川郡潟津村(現・金沢市北間町)出身。中村研一に師事。金沢美術工芸大学名誉教授。日展文部大臣賞、日本芸術院賞受賞。日本芸術院会員、文化功労者。真宗大谷派専称寺住職。 真宗大谷派専称寺住職・高光大船の長男として生まれる。大正14年、石川県立工業学校(現・石川県立工業高等学校)図案絵画科を卒業。小学校教師を経て、昭和4年の第16回二科展に「卓上静物」を出品し、初入選。同年より中村研一に師事する。昭和7年、第13回帝展に「兎の静物」を出品し、初入選。画業に専念する。昭和12年、第1回新文展に「藁積む頃」を出品し、特選。
宮本 三郎(みやもと さぶろう、1905年〈明治38年〉5月… 宮本 三郎(みやもと さぶろう、1905年〈明治38年〉5月23日 - 1974年〈昭和49年〉10月13日)は、日本の洋画家。金沢美術工芸大学名誉教授。石川県能美郡末佐美村(現・小松市)生まれ。 1905年、石川県小松市に生まれる。旧制小松中学校に在学中に陸軍幼年学校を受験するも落ちたため中学校を中退、画家になることを志す。1922年(大正11年)に上京すると川端画学校に入り富永勝重、藤島武二に師事する。また安井曾太郎、前田寛治からも教えを受けた。関東大震災後に京都に移り、関西美術院で黒田重太郎の指導を受ける。 1936年(昭和11年)、二科会に新会員として迎えられる。 油絵の他に雑誌の挿絵、新聞小説の挿絵も多く手がけた。