高橋 夢大(たかはし ゆうだい、2001年11月30日 – … 高橋 夢大(たかはし ゆうだい、2001年11月30日 – )は、静岡県焼津市出身の男子レスリング選手である。階級は79kg級。京都府立網野高等学校出身。弟の高橋海大もレスリング選手。 2001年に静岡県焼津市に生まれた。レスリングを始めたのは5歳頃であり、幼少期は焼津市ジュニアレスリングクラブで練習した。小学4年時に全国少年少女レスリング選手権大会で優勝するも、それ以降、全国大会ではあまり良い結果が出せなかった。小学生の頃からよく合宿などに参加していた。京都府立網野高等学校に進学。 高校1年生の時には全国高等学校総合体育大会レスリング競技大会(全国高校総体)で5位となり、また全国グレコローマン選手権大会で5位となった。
樋口 黎(ひぐち れい、1996年1月28日 - )は、日本… 樋口 黎(ひぐち れい、1996年1月28日 - )は、日本のレスリング選手。大阪府茨木市出身。2016年リオデジャネイロオリンピックのレスリング競技にて銀メダルを、2024年パリオリンピックのレスリング競技で金メダルを獲得した。 4歳から吹田市民レスリング教室にてレスリングを習い始め、中学からリベラルキッズレスリングに移籍。大阪府茨木市立西陵中学校卒業後、霞ヶ浦高校へ入学、卒業後は日体大に進学。同大職員、その後、ミキハウス所属。 2015年は全日本選抜を体重超過で失格となるも、全日本選手権優勝でリオデジャネイロオリンピック予選出場を決めた。 2016年はアジア予選で優勝を果たし、リオデジャネイロオリンピック本大会出場権を獲得した。
髙橋 昭五(たかはし しょうご、1994年10月16日)は、… 髙橋 昭五(たかはし しょうご、1994年10月16日)は、日本のレスリング選手。 兵庫県明石市出身。三恵海運株式会社所属。 育英高校在籍時からインターハイをはじめ全国レベルでの実績を積み重ね、2012年の国民体育大会からグレコローマンに転向。 日本体育大学では、2014年JOC杯ジュニアの部で優勝、翌2015年全日本大学グレコローマン選手権優勝、さらに2016年全日本選抜選手権でも優勝。 大学卒業後、警視庁、神明精肉店を経て三恵海運株式会社レスリング班所属。 主な戦績(グレコローマンスタイル67キロ級) 2019年 全日本選手権優勝、全日本選抜選手権優勝2020年 全日本選手権(72キロ級) 優勝2021年 東京五輪世界最終予選 4強
太田 忍(おおた しのぶ、1993年12月28日 - )は、… 太田 忍(おおた しのぶ、1993年12月28日 - )は、日本の総合格闘家、元レスリング選手。青森県三戸郡五戸町出身。日本体育大学体育学部体育学科卒業。THE BLACKBELT JAPAN所属。2016年リオデジャネイロオリンピック 銀メダリスト。2019年世界選手権 金メダリスト。 小学校1年から八戸キッズクラブでレスリングを始め全国少年大会4連覇、五戸町立倉石中学校では全国中学選手権連覇を達成する。山口県の柳井学園高等学校では、新たにグレコローマンに挑戦し、2011年のおいでませ!山口国体で優勝、全国高校選手権で連覇を果たした。多くの大学から誘いがあったが、グレコローマンの強豪がひしめく日本体育大学に進学する。
浜田 千穂(はまだ ちほ、1992年11月17日 - )は、… 浜田 千穂(はまだ ちほ、1992年11月17日 - )は、神奈川県出身の女子レスリング選手である。階級は55kg級。身長160cm。2015年に日体大体育学部を卒業。2016年7月1日よりキッコーマンに所属。 小学生時代は元プロレスラーの高田延彦が主催する髙田道場に所属して、全国少年少女レスリング選手権大会で優勝を果たした。その後、ゴールドキッズ所属となると、元世界チャンピオンの成国晶子の指導の下、橘中学2年の時には全国中学生選手権46kg級とアジアカデット選手権43kg級で優勝、3年の時には全国中学生選手権52kg級とクリッパン女子国際大会で優勝を飾った。2008年に日本工大駒場高校に進むと、1年の時にジュニアオリンピックとアジアカデット選手権、3年の時にはジュニアクイーンズカップ55kg級で優勝を飾った。
田野倉 翔太(たのくら しょうた、1990年8月11日 - … 田野倉 翔太(たのくら しょうた、1990年8月11日 - )は、日本のレスリング選手。東京都小平市出身。 中学生までは剣道一筋だったが、レスリング強豪校の自由ヶ丘学園高校に入学すると誘われてレスリング部へ入部。剣道で培ったグリップ力が武器であるという。 高校卒業後は日本体育大学に進学し、同学大学院に所属していた長谷川恒平と出会う。長谷川のストイックな練習姿勢に「いつかは越えたい」と思うようになる。 2012年8月のロンドンオリンピックに出場した長谷川の練習パートナーとして随行し、オリンピックの空気を肌で感じる。 2013年6月15日に行われた全日本選抜レスリング選手権大会で、3度目の対戦で長谷川に勝利し、レスリング世界選手権の出場切符を手にした。
松本 隆太郎(まつもと りゅうたろう、1986年1月16日 … 松本 隆太郎(まつもと りゅうたろう、1986年1月16日 - )は、日本の男子レスリング選手。群馬県邑楽郡千代田町出身。群馬ヤクルト販売所属。弟の篤史は2018年の世界選手権フリースタイル92㎏級3位となった。 群馬県立館林高等学校、日本体育大学体育学部体育学科卒。日体大院前期課程修了。 全日本選抜選手権では男子グレコローマン60kg級で2009年から現在まで3連覇している。 2010年レスリング世界選手権グレコローマン60kg級で銀メダルを獲得。 2011年レスリング世界選手権では翌2012年ロンドンオリンピックの日本の出場枠獲得を目指したが、初戦(2回戦)で欧州王者のレバズ・ラシヒ(グルジア)に敗退。
湯元 健一(ゆもと けんいち、男性、1984年12月4日 -… 湯元 健一(ゆもと けんいち、男性、1984年12月4日 - )は、日本の元レスリング選手(60kg級)。和歌山県和歌山市出身。日本体育大学助手。2008年北京オリンピック銀メダリスト。和歌山県立和歌山工業高等学校、日本体育大学卒業。身長165cm。 双子の弟・湯元進一(自衛隊)はロンドンオリンピックフリースタイル55kg級銅メダリスト。北京オリンピックでは兄健一の練習パートナーを務めた。 2007年1月28日、天皇杯全日本レスリング選手権大会 男子フリースタイル60kg級に出場し、決勝で井上謙二を下し優勝を果たした。なお、山本"KID"徳郁が出場し注目を集めた大会・階級でもあった。 2008年5月、ポーランドのワルシャワで開催された北京オリンピック出場権獲得予選最終ステージ第2戦にて男子フリースタイル60kg級で優勝を果たし、五輪出場権を獲得した。
松永 共広(まつなが ともひろ、1980年6月27日 - )… 松永 共広(まつなが ともひろ、1980年6月27日 - )は、静岡県焼津市出身の男子レスリング選手(55kg級)。ALSOK綜合警備保障所属。2008年北京オリンピック銀メダリスト。 飛龍高等学校(旧沼津学園高等学校、同級生に伊代野貴照)、日本体育大学卒業。身長163cm。実家は常照寺という浄土宗寺院。2017年より神奈川大学レスリング部コーチを務める。 北京オリンピックでは決勝でアメリカのヘンリー・セジュードに敗れるも銀メダルを獲得した。なお、準決勝では世界チャンピオンであるロシアのベシク・クドゥホフを破るも、その際にクドゥホフが松永の左頬骨を噛み付いてきたが、審判はそれに気付かなかった。 6歳の時に得度しており、現役の僧侶である。
浜中 和宏(はまなか かずひろ、1978年10月24日 - … 浜中 和宏(はまなか かずひろ、1978年10月24日 - )は、日本の男性レスリング選手、総合格闘家。青森県出身。Laughter7所属。戸籍上の表記は濱中 和宏。 光星学院高等学校、日本体育大学卒業。大学ではレスリング部に在籍して、2000年世界学生代表予選優勝、2000年全日本選抜3位の成績を残した。2001年に日本体育大学を卒業して、高田延彦の主宰する髙田道場へ入門。レスリングのコーチを行いながら、2001年に全日本社会人レスリング選手権大会の85kg級で優勝、全日本レスリング選手権大会で97kg級で準優勝の実績を挙げる。 引き続き、レスリングフリースタイルでのアテネオリンピック出場を目標にレスリングを続けていたが、2003年6月8日、PRIDE.26でプロデビュー戦にしていきなりPRIDEに出場。
笹本 睦(ささもと まこと、1977年10月21日 - )は… 笹本 睦(ささもと まこと、1977年10月21日 - )は、東京都出身のレスリング選手。2000年シドニーオリンピック、2004年アテネオリンピックレスリング男子グレコローマン級日本代表。向上高校、日本体育大学卒業。 全日本選手権で2000年から7連覇を果たすなど、この階級の男子第一人者であり、シドニーオリンピック、アテネオリンピックではともに入賞を果たした。 アテネオリンピック決勝トーナメント1回戦では、前大会王者のアルメン・ナザリャンを相手に不可解な判定負けを喫した。笹本の俵返しの際に、ナザリャンは手を笹本の足にかける反則を犯し、一度は主審が反則を取った。だが、後にチェアマンが一方的に判定を覆して、結局判定負けとなった。
田南部 力(たなべ ちから、1975年4月20日 - )は、… 田南部 力(たなべ ちから、1975年4月20日 - )は、日本のアマチュアレスリング選手(フリースタイル)。北海道岩内郡岩内町出身。北海道岩見沢農業高等学校、日本体育大学体育学部卒業。警視庁警部補。賞歴にアテネオリンピックフリースタイル55キロ級銅メダル。警察功労章受章。娘もレスリング選手の田南部夢叶。
永田 克彦(ながた かつひこ、1973年10月31日 - )… 永田 克彦(ながた かつひこ、1973年10月31日 - )は、日本の男性レスリング選手、総合格闘家。千葉県東金市出身。レッスルウィン主宰。プロレスラーの永田裕志は実兄。2000年シドニーオリンピックで銀メダルを獲得するまでは警視庁に警察官として勤務しており、兄のトレードマークである敬礼ポーズの元ネタとなっている。 千葉県立成東高等学校、日本体育大学卒業。 2008年6月29日、結婚披露宴を行った。 2010年格闘スポーツジム、レッスルウィンを東京都調布市にオープンした。 2015年度から日本ウェルネススポーツ大学に新設されたレスリング部監督に就任した。 1994年、全日本学生選手権 グレコローマンスタイル69kg級 優勝。
片山 貴光(かたやま たかみつ、1971年9月21日 - )… 片山 貴光(かたやま たかみつ、1971年9月21日 - )は、日本の陸上自衛官、元レスリング選手。秋田県出身。 秋田商業高校では全国大会出場はならなかったが、日本体育大学進学後は4年時の1993年に大学四冠を獲得。 卒業後は自衛隊体育学校所属の自衛官として競技を続ける。全日本選手権ではグレコローマン74kg級で1993年より3連覇、同76kg級で1996年から4連覇。 アトランタオリンピックでは8位入賞。シドニーオリンピックにも出場した。 引退後は第1空挺団で一般自衛官となる。 グレコローマン74kg級 グレコローマン76kg級
太田 拓弥(おおた たくや、1970年1月2日 - )は、日… 太田 拓弥(おおた たくや、1970年1月2日 - )は、日本のレスリング選手(フリースタイル)。和歌山県新宮市出身。霞ヶ浦高校、日本体育大学体育学部体育学科卒業。日本体育大学助手、霞ヶ浦高校教諭、アトランタオリンピック銅メダリスト、中大レスリング部コーチ。 霞ヶ浦高校2年の時にインターハイで優勝。日本体育大学へ進み68kg級で活躍。1989年〜1991年、全日本学生選手権で優勝。1990年は全日本大学選手権でも勝って学生二冠王となった。日体大助手を経て、霞ヶ浦高校教員。 1993年5月、74kg級で出場した全日本社会人選手権で1992年バルセロナオリンピック68kg級銅メダルの赤石光生を破って一躍脚光を浴び、このあと正式に74kg級にアップ。
浦野 弥生(うらの やよい、1969年3月30日 - )は、… 浦野 弥生(うらの やよい、1969年3月30日 - )は、日本の柔道家、女子レスリング選手。中延学園高校、日本体育大学卒業。神奈川県川崎市出身。1990年から1996年まで女子レスリング世界選手権において、重量級3階級(75・70・65 kg級)で金メダル6個、銀メダル1個を獲得した。世界女子レスリングの90年代の第一人者。吉田沙保里らに破られるまでは世界選手権金メダル数でギネス記録に載っていたこともある。 中延学園高等学校(のちの朋優学院高等学校)在学時は陸上競技で活躍し(1年下の後輩に元女子マラソン日本記録保持者である朝比奈三代子がいる)、日本体育大学入学より柔道部に入り、本格的に格闘技の道に入ることとなる。
奥山 恵二(おくやま けいじ、1968年12月18日 - )… 奥山 恵二(おくやま けいじ、1968年12月18日 - )は、日本の元アマチュアレスリング選手で、レスリング指導者。1992年バルセロナオリンピック代表を務めた(フリースタイル57kg級)。 東京都八丈町で中学時代までを過ごす。尊敬する先輩がレスリングを始めたことに触発されて、自らも中学2年生より取り組んだ。 霞ヶ浦高等学校から日本体育大学に進む。全日本レスリング選手権ではフリースタイル57kg級で1991年と1992年に連続優勝を果たし、バルセロナオリンピック代表に選ばれた(3回戦失格)。全日本レスリング選手権は1993年にも優勝、3連覇となる。 大学卒業後は山形県立山形南高等学校の教員やユニデンで選手生活を続けた。
宮崎 未樹子(みやざき みきこ、1967年8月10日 - )… 宮崎 未樹子(みやざき みきこ、1967年8月10日 - )は、青森県出身の柔道家、女子レスリング選手である。1996年女子レスリング世界選手権61 kg級金メダリスト。八戸西高を経て、日本体育大学卒業。 高校生時代から柔道で活躍。第23回三船十段杯争奪柔道大会女子の部優勝(1985年)、第1回全日本女子柔道選手権(1986年、後の皇后盃全日本女子柔道選手権大会)に出場するが持田典子に敗れる。 日体大に進むと柔道部の1年先輩に持田典子がおり、浦野弥生(レスリング・京樽クラブ)は後輩に当たる。日体大を卒業すると、持田を追って住友海上火災保険に入社した。1991年には全日本選抜柔道体重別選手権大会66 kg級3位の成績を残し、バルセロナオリンピックを目指していた。
原 喜彦(はら よしひこ、1964年2月11日 - )は、日… 原 喜彦(はら よしひこ、1964年2月11日 - )は、日本の元アマチュアレスリング選手、高等学校教諭。 新潟県白根市(現新潟市南区)出身。新潟県立巻農業高等学校(現新潟県立巻総合高等学校)入学と同時にレスリング部に入部した。しかし高校時代はさしたる実績を挙げることができず、大学進学を希望したものの推薦の声は掛からず、辛うじて日本体育大学体育学部の推薦を受けて入学。大学時代は同世代の赤石光生(日本大学)らをライバル視しつつ研鑽を重ね、国内のトップ選手に名を連ねるまでに成長した。全日本レスリング選手権大会では1988年から74kg級フリー5連覇を達成。学士修了後も引き続き日体大に研究員として残り、1988年のソウルオリンピックの日本代表に選出。
山本 佳司(やまもと けいじ、1963年11月21日 - )… 山本 佳司(やまもと けいじ、1963年11月21日 - )は、滋賀県甲賀市出身の元アマチュアレスリング選手、サッカー指導者。滋賀県立野洲高等学校保健体育科教諭で同校のサッカー部総監督を務めている。 日本体育大学時代はレスリングの選手として活躍。卒業後の1986年、ドイツ・ケルン体育大学に留学し、そこでサッカーと出会う。当時マスコミは素人監督の快挙と持て囃したが、中学時代はサッカー部で活躍した。高校、大学とレスリング部ではあるが、満更素人でもなかったという話である「同級生談より」[要出典]。 帰国後、水口東高校を経て、1996年に野洲高校に赴任。就任当時、無名で部員数16人しかいなかったサッカー部を、2002年の高校選手権に初出場でベスト8に導く。
長島 偉之(ながしま ひでゆき、1953年5月27日 - )… 長島 偉之(ながしま ひでゆき、1953年5月27日 - )は、日本のレスリング選手(フリースタイル)。1984年ロサンゼルスオリンピック銀メダリスト。栃木県足利市出身。栃木県レスリング協会理事長。 次男は2013年世界柔道選手権81㎏級日本代表の長島啓太。 ロス五輪当時、機械科2組の担任であった。が、試合のテレビ中継が無く、生徒はがっかりした為、凱旋時、知らん顔された。
佐々木 禎(ささき ただし、1953年1月11日 - )は、… 佐々木 禎(ささき ただし、1953年1月11日 - )は、静岡県出身のフリースタイルのレスリング選手である。階級は57kg級。 稲取高校から日体大に進むと、1973年のユニバーシアード57kg級で優勝した。1974年には全日本選手権でも優勝を飾った。世界選手権では4位だった。卒業後は稲取高校教員になるが、1976年の全日本選手権では3位にとどまり、モントリオールオリンピックには出場できなかった。1977年の全日本選手権では3年ぶり2度目の優勝を遂げると、世界選手権でも優勝を果たした。現在は静岡県レスリング協会の理事長を務める。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
大島 和子(おおしま かずこ、1948年 - )は、元アマチ… 大島 和子(おおしま かずこ、1948年 - )は、元アマチュアレスリング選手。 日本における女子レスリング選手第1号である。日本体育大学体育学部卒業。 元々は高校1年から講道館で柔道を始め、最高段位は三段だった。城西高校の教員時代の1985年、女子レスリングの開拓を進める日本レスリング協会により女子レスリング選手第1号となりフランスのクレルモン=フェラン国際大会に出場。日本・フランス・ベルギーの3ヶ国のみの大会であったが、柔道時代の癖が抜け切れず初体験故の惨敗を喫した。 しかし、この大会の経験を活かしてコーチに転じ、1989年に清水美弥子を世界選手権金メダルへと導いた。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。
田上 高(たのうえ たかし、1947年4月30日 - 200… 田上 高(たのうえ たかし、1947年4月30日 - 2009年2月19日)は、日本のレスリング選手、テニス選手。熊本県八代市出身、八代高校卒業。 レスリングを始めたのは日本体育大学進学後ながら、1969年から全日本レスリング選手権大会で4連覇を達成、同時期に開催されているレスリング世界選手権では1970年のカナダのエドモントン大会、1971年のブルガリアのソフィア大会のグレコローマンの68kg級において2大会連続の銅メダルを獲得した。大学卒業後は高校教諭となり、鹿児島県立甲南高等学校教諭時には1972年のミュンヘンオリンピックに出場が決まった。1回戦でモロッコのモハメド・マラモー、2回戦でスイスのハインツ・リンに勝利したものの3回戦でハンガリーのアンタル・ステアに敗れた。
杉山 三郎(すぎやま さぶろう、1946年4月13日 - … 杉山 三郎(すぎやま さぶろう、1946年4月13日 - )は、日本のアマチュアレスリング選手、指導者。至学館大学(当時は中京女子大学)にレスリング部を立ち上げ、全日本チームのコーチも務めた。 三重県に生まれる。高校時代は柔道の選手で、日本体育大学に進んでからレスリングを始め、大学在学中の1967年にグレコローマン52kg級で全日本レスリング選手権大会に優勝した。1969年にレスリング世界選手権に初出場し、このときは2回戦敗退だったが、1970年の大会で銀メダルを獲得した。しかし、1972年ミュンヘンオリンピック出場を逃し、1974年の第29回国民体育大会での優勝を飾った。これを最後に選手生活を引退した。
山本 郁榮(やまもと いくえい、山本 郁栄、1945年2月1… 山本 郁榮(やまもと いくえい、山本 郁栄、1945年2月17日 - )は、日本の元レスリング選手、日本体育大学スポーツ医学研究室名誉教授、元トレーナー研究会顧問、NPO法人日本スポーツネットワーク(JSN)理事長。GENスポーツアカデミー総監督。日本体育大学卒業。 長女の山本美憂、長男の山本徳郁、次女の山本聖子、孫の山本アーセン(美憂の息子)らもレスリング・総合格闘技の実力者である。 1945年(昭和20年)2月17日、愛知県碧海郡高浜町(現・高浜市)に生まれた。1960年(昭和35年)に高浜市立高浜中学校を卒業し、その後愛知県立刈谷北高等学校を卒業した。日本体育大学(日体大)体育学部体育学科に進学し、4年時にはアメリカ合衆国の東ミシガン大学体育学部に留学している。
藤本 英男(ふじもと ひでお、1944年〈昭和19年〉6月2… 藤本 英男(ふじもと ひでお、1944年〈昭和19年〉6月24日 - )は、日本の元レスリング選手、日本体育大学名誉教授。徳島県美馬市美馬町出身。日本体育大学卒。1968年メキシコシティーオリンピック銀メダリスト。 徳島県立穴吹高等学校レスリング部で吉田廣一に師事する。 日本体育大学2年生の1964年に、東京オリンピックのレスリング会場となった駒沢体育館で得点板の掲示係を務める。 1967年、ルーマニアのブカレストで行われたレスリング世界選手権においてグレコローマン・フェザー級で3位となる。 1968年、メキシコオリンピックにレスリング日本代表として出場し、グレコローマン・フェザー級で銀メダルを獲得する。
花原 勉(はなはら つとむ、1940年〈昭和15年〉1月3日… 花原 勉(はなはら つとむ、1940年〈昭和15年〉1月3日 - 2024年〈令和6年〉2月5日)は、アマチュアレスリング選手。日本体育大学名誉教授。1964年東京オリンピックレスリンググレコローマンスタイル・フライ級金メダリスト。 山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校に在籍中は柔道部で活躍した。 日本体育大学進学後にレスリングに転向し、1960年から1965年まで日本選手権6連覇。東京オリンピックでも、決勝でブルガリアのケレゾフ選手を撃破し金メダルを獲得。日本レスリング陣の士気を上げる価値ある金メダルであった。後年大学界のレスリング王国と呼ばれる日体大の礎を築いた。 2019年、瑞宝中綬章受章。