浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - … 浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - 2020年2月25日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。南山大学名誉教授。フェミニズムなども研究した。 群馬県群馬郡久留馬村生まれ。1966年群馬県立高崎高等学校卒業。1971年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、1977年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士後期課程満期退学。1979年までパリ第3大学に留学。南山大学文学部助教授、1991年教授。1995年ブローデル『地中海』で日本翻訳文化賞受賞。2000年南山大学総合政策学部教授および副学長を務めた。2010年南山学園常務理事。2011年南山大学附属小学校学監。 妻の浜名エレーヌは椙山女学園大学教授。
大倉比呂志(おおくら ひろし、1947年9月28日 - )は… 大倉比呂志(おおくら ひろし、1947年9月28日 - )は、日本の国文学者、昭和女子大学名誉教授。 岐阜市生まれ。1971年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。81年同大学院文学研究科博士後期課程修了。昭和女子大学助教授をへて、教授。2018年名誉教授。専攻、中古・中世日記文学、平安後期・鎌倉時代物語文学。
大島 一彦(おおしま かずひこ、1947年6月8日 - )は… 大島 一彦(おおしま かずひこ、1947年6月8日 - )は、英文学者、早稲田大学名誉教授。 専門はジェイン・オースティン、ジェイムズ・ジョイス、D・H・ロレンスを中心とするイギリス小説、及び小林秀雄、小沼丹を中心とする日本近現代文学。 茨城県生まれ。1970年早稲田大学文学部英文科卒、1975年同大学院博士課程単位取得満期退学。1972年早大文学部助手、1976年専任講師、1980年助教授、1985年教授、文学学術院教授。2018年停年退職、名誉教授。作家・英文学者の小沼丹に師事し、没後に全集を編んだ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
日下 力(くさか つとむ、1945年1月10日 - )は、日… 日下 力(くさか つとむ、1945年1月10日 - )は、日本の国文学者、早稲田大学名誉教授。専門は中世軍記物語。 新潟県佐渡生まれ。1968年早稲田大学第一文学部文学科国文学専修卒業、1971年同大学大学院文学研究科修士課程修了。1972年、岩手大学教育学部助手、1974年、同専任講師、1977年同助教授。1977年、日本古典文学会賞、第9回窪田空穂賞受賞。1979年、早稲田大学文学部助教授、1984年、同教授。1998年「平治物語の成立と展開」で早稲田大学文学博士。2013年選択定年により早稲田大学を退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
太田 正一(おおた しょういち、1945年 - 2018年3… 太田 正一(おおた しょういち、1945年 - 2018年3月24日)は、日本の詩人、ロシア文学者。筆名にキキ。 宮城県出身。早稲田大学大学院修了。第7次「早稲田文学」再開とともに小説・詩を発表。静岡大学、慶應義塾大学、宇都宮大学、明治学院大学その他で、ロシア語・ロシア文学・ロシア文化論を講じた。ロシアの作家ミハイル・プリーシヴィンの半世紀にわたる「日記」(「プリーシヴィンの日記」成文社)を翻訳していた。さいたま市在住。 2018年3月24日、低酸素脳症のため死去。
佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、… 佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、ロシア文学者、歌人、東海大学名誉教授。 東京都生まれ。早稲田大学文学部露文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。東海大学外国語教育センター助教授、教授、2000年定年、名誉教授。ロシア語、ロシア英雄叙事詩専攻。「新日本歌人」所属の歌人。
復本 一郎(ふくもと いちろう、1943年9月5日 - )は… 復本 一郎(ふくもと いちろう、1943年9月5日 - )は、日本の国文学者・俳人。神奈川大学名誉教授。専門は、近世・近代の俳文学。俳号は復本鬼ヶ城(おにがじょう)。「阿」の会代表。 愛媛県宇和島市生まれ。神奈川県横浜市で育ち、横浜市立青木小学校、横浜市立栗田谷中学校、神奈川県立横浜翠嵐高等学校を卒業。1966年、早稲田大学第一文学部文学科国文学専修卒業。1972年、同大学院博士課程単位取得満期退学、福岡教育大学助手。1973年、講師、1974年、助教授。同年、書籍 (『芭蕉における「さび」の構造』)で窪田空穂賞(早稲田大学国文学会)受賞。1977年、静岡女子大学文学部助教授。1979年10月、静岡大学人文学部助教授、1988年、教授。
柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016… 柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016年7月30日)は、日本の英文学者、翻訳家、随筆家。 語呂合わせなどの言葉遊びを駆使した独自の文体で『フィネガンズ・ウェイク』などの翻訳を行った。「悪訳」をするとみなした翻訳家に対しては痛烈な批判を行った。 北海道根室市出身。1965年に早稲田大学第一文学部卒業、1967年同大学院文学研究科修士課程卒業、1970年同大学院文学研究科博士課程満期終了退学。1977年に成城大学助教授、1991年に辞職。 1976年にエリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』の訳書がベストセラーとなり、「飛んでる女」が流行語となる。その後もジョング作品の翻訳を続けている。
神野藤 昭夫(かんのとう あきお、1943年 - )は、日本… 神野藤 昭夫(かんのとう あきお、1943年 - )は、日本の中古・中世国文学者。跡見学園女子大学名誉教授。 東京都文京区生まれ。1967年早稲田大学国文科卒、1974年同大学院博士課程中退、1999年「散逸した物語世界と物語史」で博士(文学)の学位を取得、角川源義賞受賞。東京都立葛飾商業高等学校教諭、跡見学園大学助教授、教授、2011年退職、名誉教授、放送大学客員教授を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
清水 武雄(しみず たけお、1943年 - )は、日本の英文… 清水 武雄(しみず たけお、1943年 - )は、日本の英文学者・教育学者である。2009年3月に群馬大学教育学部英語教育講座教授を退官した。2023年、瑞宝中綬章受章。 物理学者で、日本物理学会初代会長の清水武雄とは同姓同名の別人である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松林 靖明(まつばやし やすあき、1942年(昭和17年)1… 松林 靖明(まつばやし やすあき、1942年(昭和17年)11月9日 - 2016年(平成28年)4月20日)は、日本の国文学者、甲南女子大学学長。中世日本文学専攻。 東京生まれ。早稲田大学文学部国文科卒。帝塚山短期大学助教授、甲南女子大学教授、2011年より学長。
小林 茂(こばやし しげる、1942年1月21日 - )は、… 小林 茂(こばやし しげる、1942年1月21日 - )は、フランス文学者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。東京教育大学附属駒場高等学校(現:筑波大学附属駒場高等学校)を経て1964年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、71年同大学大学院博士課程フランス文学専攻単位取得満期退学、フランス政府給費留学生として、パリ第3大学および第4大学でフランス文学、応用言語学を学ぶ。早大助教授を経て、早大文学学術院教授。その間、NHKテレビ・フランス語講座講師、パリ国際大学都市日本館館長などを歴任。比較文学会会員。2020年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
三谷 邦明(みたに くにあき、1941年2月4日 - 200… 三谷 邦明(みたに くにあき、1941年2月4日 - 2007年9月3日)は、日本の国文学者。横浜市立大学名誉教授。専門は中古文学。 国文学者・三谷栄一の子として東京に生まれる。1963年、早稲田大学第一文学部卒業、1970年、同大学院日本文学専攻博士課程満期退学。早稲田大学高等学院教諭を経て、1981年、横浜市立大学文理学部文科人文課程助教授。その後、同大学国際文化学部教授、2005年、名誉教授。 2007年、8月28日に死去した父の後を追うように9月3日に死去した。妻は同じく中古文学研究の三田村雅子。 主として『源氏物語』を文学理論、および左翼的な立場から研究した。物語研究会、日本文学協会会員。
沓掛 良彦(くつかけ よしひこ、1941年1月1日 - )は… 沓掛 良彦(くつかけ よしひこ、1941年1月1日 - )は、日本の比較文学者・西洋古典学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。井伊 華言(いいかげん)名義の著書もある。 1941年、長野県上田市で生まれた。1959年、長野県上田高等学校を卒業。早稲田大学第一文学部ロシア文学科に進学し、1965年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻に進み、比較文学を専攻。西脇順三郎を読んで地中海世界に憧れ、寺田透と木村彰一に師事した。1971年に博士課程を中退。 その後は大阪市立大学専任講師に就いた。東北大学助教授を経て、東京外国語大学外国語学部教授となった。1990年、学位論文『サッフォー:詩と生涯』を東北大学に提出して文学博士の学位を取得。
石崎 晴己(いしざき はるみ、1940年10月4日 - 20… 石崎 晴己(いしざき はるみ、1940年10月4日 - 2023年10月22日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。青山学院大学名誉教授。 ジャン=ポール・サルトルを専門とする。ブルデューやエマニュエル・トッドの翻訳書も数多く刊行した。 早稲田大学仏文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。ナンシー大学博士課程に留学ののち、立正女子大学助教授、青山学院大学文学部教授、同学部長、青山学院大学総合文化政策学部教授、同学部長等を経て、青山学院大学名誉教授。 2023年10月22日、がんのため死去。83歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
雲英 末雄(きら すえお、1940年3月28日 - 2008… 雲英 末雄(きら すえお、1940年3月28日 - 2008年10月6日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(早稲田大学・論文博士・1986年)(学位論文『元禄京都俳壇研究』)。早稲田大学名誉教授。 1940年3月、愛知県幡豆郡一色町(現西尾市)生まれ。1964年、早稲田大学文学部国文科卒。1972年、同大学院博士課程退学。同年、窪田空穂賞受賞。 愛知淑徳短期大学専任講師、大阪女子大学助教授を経て、早稲田大学文学部教授、早稲田大学文学学術院教授。1985年芸術選奨文部大臣賞受賞。1986年『元禄京都俳壇研究』で、早稲田大学より文学博士の学位を取得。2008年、急性骨髄性白血病のため、68歳で逝去。
田中 善信(たなか よしのぶ、1940年 - 2024年)は… 田中 善信(たなか よしのぶ、1940年 - 2024年)は、日本の国文学者。白百合女子大学名誉教授。専門は近世俳文学、特に松尾芭蕉。 石川県生まれ。早稲田大学第一文学部国文科卒業、同大学院修士課程修了。早稲田大学図書館勤務、高知女子大学助教授、武蔵野女子大学助教授、文部省勤務などを経て、1991年、白百合女子大学教授。2011年、定年退任、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
森 朝男(もり あさお、1940年 - )は、日本の国文学者… 森 朝男(もり あさお、1940年 - )は、日本の国文学者。博士(文学)(早稲田大学・論文博士・2003年)(学位論文「恋と禁忌の古代文芸史 日本文芸における美の起源」)。フェリス女学院大学名誉教授。専攻は上代文学、特に万葉集。 1964年早稲田大学文学部国文科卒業、1970年同大学院博士課程中退。相模女子大学助教授、1981年教授を経て、1990年フェリス女学院大学文学部教授。2007年定年退任、名誉教授。 2003年「恋と禁忌の古代文芸史 日本文芸における美の起源」で博士(文学)(早稲田大学)の学位を取得。 2012年『古歌に尋ねよ』で第20回ながらみ書房出版賞受賞。
阿部 軍治(あべ ぐんじ、1939年5月16日 - 2014… 阿部 軍治(あべ ぐんじ、1939年5月16日 - 2014年8月29日)は、ロシア文学者、筑波大学名誉教授。専攻はロシア文学・文化、旧ソ連邦の地域研究、比較文学。 宮城県生まれ。1960年から3年間日本電信電話公社に勤務した後、1967年早稲田大学第一文学部露文科卒業。1969年、同大学大学院文学研究科ロシア文学専攻修士課程修了。1973年、同研究科博士課程単位取得退学。1975年、筑波大学現代語・現代文化学系講師、1986年助教授、1992年教授。1999年、筑波大学より博士(文学)を取得。2000年から2002年まで、筑波大学外国語センター長を務めた。2003年定年退職、名誉教授。 このほか、日本トルストイ協会副会長を務めた。
増淵 勝一(ますぶち かついち、1939年 - )は、国文学… 増淵 勝一(ますぶち かついち、1939年 - )は、国文学者。 東京市(現:東京都墨田区)生まれ。1962年早稲田大学第一文学部国文科卒、1969年同大学院博士課程満期退学。立正女子大学短期大学部助教授、文教大学女子短期大学部助教授、湘南短期大学教授。2010年退職。古典研究誌「並木の里」主宰。茨城県県南生涯学習センター講師。横須賀市生涯学習センター講師。よみうりカルチャー(横浜・川崎)講師。湘南リビング新聞社文学講座講師。
佐佐木 幸綱(ささき ゆきつな、1938年10月8日 - )… 佐佐木 幸綱(ささき ゆきつな、1938年10月8日 - )は、日本の歌人・国文学者。早稲田大学名誉教授。日本芸術院会員。『心の花』主宰・編集長。現代歌人協会前理事長。 曽祖父の佐々木弘綱、祖父で文化勲章受章者の佐佐木信綱、父の佐佐木治綱、母の佐佐木由幾、長男の佐佐木頼綱、次男の佐佐木定綱も歌人である。本名は佐々木幸綱で、祖父、父に倣って「佐佐木」を称する。 祖父信綱が主宰した「竹柏会」とその機関誌「心の花」を継承。骨格の太い男性的な歌風を特色とする。俵万智の師。歌集に『群黎』(1970年)、『反歌』(1989年)、『金色の獅子』(1989年)、『天馬』(2001年)、『ほろほろとろとろ』(2014年)など。
青山 太郎(あおやま たろう、1938年9月5日 - 202… 青山 太郎(あおやま たろう、1938年9月5日 - 2024年1月)は、日本のロシア文学者。 1938年、東京で生まれた。私立武蔵高校を卒業後、早稲田大学に進学。文学部ロシア文学科を卒業し、同大学院修士課程修了。 卒業後は九州大学教養部助教授となり、同言語文化部教授を務めた。2002年に九州大学を定年退官した。
野中 成夫(のなか しげお、1938年(昭和13年) - )… 野中 成夫(のなか しげお、1938年(昭和13年) - )は、日本の独文学者。信州大学名誉教授。専門は近代ドイツ文学。 1956年、群馬県立沼田高等学校卒業。 1966年、早稲田大学大学院博士課程を修了。のち、信州大学教授を務めた。 2016年、秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章した。
小林 保治(こばやし やすはる、1938年 - )は、日本の… 小林 保治(こばやし やすはる、1938年 - )は、日本の国文学者。学位は、文学博士。専門は、中世の説話文学・仏教文学・能・狂言など。 青森県青森市出身。早稲田大学教育学部卒、同大学院文学研究科博士課程修了。その後、早稲田大学教育学部・大学院文学研究科兼担教授、浙江大学客員教授。2008年3月、早稲田大学を定年退職。 津軽弁を大切にしていて、さまざまな高校で地域の言葉に眼差しを向ける授業を展開してきた。 中学生の時に石器を発見してから、化石や石の収集を趣味としている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
本田 康典(ほんだ やすのり、1938年 - )は日本の英米… 本田 康典(ほんだ やすのり、1938年 - )は日本の英米文学者、翻訳家。宮城学院女子大学名誉教授。 熊本市出身。1961年早稲田大学教育大学英語英文学科卒、1964年同大学院文学研究科修士課程修了。宮城学院女子大学助教授、1980年教授、2002年退職、名誉教授。20世紀英米小説専攻。 1994年から「日本ヘンリー・ミラー協会」会長として、ヘンリー・ミラーやアナイス・ニンに関する日本での再評価にむけて執筆活動を続けている。 ミラーに関する多くの論文、著書、翻訳、エッセーがある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
関森 勝夫(せきもり かつお、1937年12月14日 - )… 関森 勝夫(せきもり かつお、1937年12月14日 - )は、日本の俳人、文学者(日本文学)。静岡県立大学名誉教授。 静岡女子大学文学部教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部学部長、浜松学院大学短期大学部幼児教育科教授などを歴任した。 1937年、神奈川県横浜市にて生まれた。早稲田大学の大学院に進学し、文学研究科の日本文学専攻にて学んだ。1966年に早稲田大学の大学院を修了する。 大野林火に師事し、俳句の創作を続ける。また、俳句雑誌である『蜻蛉』の主宰を務めている。 俳句の創作だけでなく、俳句の研究や評論にも取り組んでおり、教育機関で教鞭も執った。1979年4月、静岡女子大学の文学部に着任した。
村上 春樹(むらかみ はるき、1937年 - )は、日本の国… 村上 春樹(むらかみ はるき、1937年 - )は、日本の国文学者。『将門記』の研究で知られる。 早稲田大学教育学部国語国文学科国語学専攻卒業。横浜市立戸塚高等学校国語科教諭、横浜市立桜丘高等学校副校長を経て定年退職。横浜市立図書館嘱託となり、任期終了後は各地の文化講座などで講師を務める。元千葉県立関宿城博物館客員研究員。東洋史家宮澤正順とは、戸塚高校在職時の同僚。神奈川県在住。 『ノルウェイの森』などで知られる作家の村上春樹とは同姓同名で出身大学も同じであることから、混同されることがある。
篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本の… 篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本のフランス文学者。神戸市生まれ。1961年、早稲田大学フランス文学科卒。読売新聞社勤務。
松代 洋一(まつしろ よういち、1937年 - )は、日本の… 松代 洋一(まつしろ よういち、1937年 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。帝京大学名誉教授。 ドイツ文学研究者として、児童文学の翻訳のほか、ユング心理学関係の本の翻訳を手掛けた。 1937年生まれ。早稲田大学文学部独文科を卒業。卒業後は、中央公論社に入社。帝京大学教授。2008年に帝京大学を定年退任し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
木下 豊房(きのした とよふさ、1936年12月10日 - … 木下 豊房(きのした とよふさ、1936年12月10日 - 2025年2月26日)は、日本のロシア文学者、比較文学者。千葉大学名誉教授。ドストエーフスキイの会前代表。国際ドストエフスキー学会(IDS)元副会長。 長崎市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程(露文専攻)修了。千葉大学教養部教授、文学部教授を経て2002年定年退官、名誉教授。ドストエフスキー、および日本におけるドストエフスキー受容に関して研究。2000年8月、千葉大学国際ドストエフスキー研究集会「ドストエフスキーの眼で見た21世紀人類の将来」を主宰。 亀山郁夫の新訳『カラマーゾフの兄弟』について誤訳が多いことの指摘の他に、亀山著のドストエフスキー論に見られる作家像の恣意的な解釈、歪曲について批判している。
照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月2… 照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月22日 - )は、日本の英文学者。早稲田大学名誉教授。沖縄県中頭郡北谷村(現北谷町)生まれ。1956年普天間高等学校卒業。1962年早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学、早稲田高等学院教諭。1973年早稲田大学社会科学部専任講師、1975年同助教授、1980年同教授。2007年に定年退職、名誉教授。
北澤 滋久(きたざわ しげひさ、1936年8月7日 - 20… 北澤 滋久(きたざわ しげひさ、1936年8月7日 - 2014年6月3日 )は、日本の英文学者。獨協大学名誉教授。 東京都出身。1959年、早稲田大学第一文学部英文科卒業。1961年同大学院文学研究科英文学修士課程修了。1967年より2007年まで獨協大学に勤務。 <漂白の意識の表白:あるジェイムズ・ジョイス論・イギリス紀行:やぶにらみ異文化論・小論集:ポオと定家とワイルドと・ポオのこと、ロレンスのこと・ふたつの太陽・てんとうむしの神話等。> <ジャコモ・ジョイス:自虐的愛の悦楽> この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 201… 伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 2019年2月9日)は、日本の英文学者、詩人、歌人、劇作家、比較文化学者、東洋大学名誉教授。 横浜市生れ。1963年早稲田大学第一文学部英文学科卒業、65年同大学院修士課程修了。東京農業大学講師、助教授、東洋大学教授、2007年定年退任、名誉教授。日本歌人クラブ中央幹事。良寛会会長。沙羅短歌会主宰会長。W・B・イェイツ研究が専門。
青木 日出夫(あおき ひでお、1936年6月10日 - 20… 青木 日出夫(あおき ひでお、1936年6月10日 - 2006年8月3日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、風俗史研究家。 京都府生まれ。早稲田大学大学院英米文学研究科修了。学生時代から神田神保町でペーパーバックを買いあさり、勇名を馳せた。同じように神田神保町でペーパーバックを買いあさった仲間に早稲田大学の同級生でもある小鷹信光がおり、1962年からはその小鷹や片岡義男とともに雑誌『マンハント』でペーパーバックを紹介する「ポケットの中の本棚」を担当した。また、常盤新平と知り合い、ハヤカワミステリやハヤカワノヴェルズへの企画を担当した。なお、小鷹によれば、リチャード・スタークの悪党パーカー・シリーズは「私が当時の仲間(片岡義男、青木日出夫)たちと一緒に売り込んだ」ものという。
市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 20… 市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 2019年1月6日)は、フランス文学者、日欧交渉史研究者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程修了。1966-1970年フランスのモンペリエ大学に留学。早稲田大学文学部教授。2002年に定年後は、学習院女子大学非常勤講師。慶應義塾大学特別招聘教授、マドリッド・アウトノマ大学客員教授を歴任。2016年春、瑞宝中綬章受勲。2019年1月6日、肺炎のため死去。82歳没。叙従五位。 百科全書・18世紀啓蒙思想を中心とするフランス思想・文学および比較文化専攻。
花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は… 花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は、日本のアメリカ文学者。早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。島根県立浜田高等学校卒、早稲田大学文学部英文科卒、1965年同大学院文学研究科博士課程満期退学、立正女子大学短期大学部専任講師、1969年助教授、1974年早大法学部助教授、教授。2005年定年、名誉教授。2015年11月瑞宝中綬章受章。
植田 祐次(うえだ ゆうじ、1936年1月24日 - )は、… 植田 祐次(うえだ ゆうじ、1936年1月24日 - )は、日本のフランス文学者、青山学院大学名誉教授。 満州営口生まれ。1959年早稲田大学仏文科卒、1963年同大学院博士課程単位取得満期退学、1965年長崎造船大学助教授、1970年、青山学院大学助教授となり、1984年に教授、2006年に定年退任、名誉教授。 18世紀フランス文学専攻。サド、レチフなどを研究、翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
飯田 隆昭(いいだ たかあき、1936年1月15日 - 20… 飯田 隆昭(いいだ たかあき、1936年1月15日 - 2019年5月12日)は、日本の英文学者、翻訳家。専門はアメリカ文学、特に20世紀の詩。三重大学名誉教授、大東文化大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。三重大学助教授、教授をへて、2001年定年、名誉教授、大東文化大学教授となり、2006年定年退任、名誉教授。 米国20世紀の詩が専門。ウィリアム・S・バロウズ、フィリップ・K・ディックなど、前衛的な文学及びSFの翻訳もした。山形浩生は飯田の翻訳を批判して、飯田訳作品の改訳を行っている。 2019年5月12日、肺がんのため東京都中野区の病院で死去。83歳没。
雨宮 栄一(あめみや えいいち、1936年 - )は、日本の… 雨宮 栄一(あめみや えいいち、1936年 - )は、日本のアメリカ文学者。家庭問題評論家。 テネシー・ウィリアムズを専門としたが、家族論などの著作もある。 埼玉県生まれ。1965年早稲田大学大学院英文科修士課程修了。大東文化大学、早大講師などをへて群馬県立女子大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大友 徳明(おおとも のりあき、1935年12月7日 - )… 大友 徳明(おおとも のりあき、1935年12月7日 - )は、日本の翻訳家・フランス文学者。関東学院大学名誉教授。筆名に秋本紀夫。 東京生まれ。早稲田大学政経学部卒、同大学院仏文学専攻をへて、2006年まで関東学院大学教授。 モーリス・ルブラン、ジュール・ヴェルヌなどフランスの冒険小説を多く翻訳した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
中野 三敏(なかの みつとし、1935年《昭和10年》11月… 中野 三敏(なかの みつとし、1935年《昭和10年》11月24日 - 2019年《令和元年》11月27日)は、日本の教育者・文学者(日本近世文学)。位階は従三位。学位は、文学博士(早稲田大学・1982年)。九州大学名誉教授。文化功労者。文化勲章受章。 正則高等学校教諭、愛知淑徳短期大学国文学科助教授、九州大学文学部教授、九州大学文学部長、福岡大学人文学部教授などを歴任。 福岡県生まれ佐賀県武雄市育ちの日本文学研究者である。江戸から明治期の近世文学を中心に研究する。九州大学文学部学部長などを務め、のちに名誉教授となった。 福岡県に生まれ佐賀県武雄市で育つ。父 中野敏雄は戦前、高額納税者で貴族院議員、戦時中は、海軍参与官で、戦後GHQにより公職追放にあったが、後1954年に合併によって誕生した佐賀県武雄市の初代市長に就任。
星野 恒彦(ほしの つねひこ、1935年11月19日 - )… 星野 恒彦(ほしの つねひこ、1935年11月19日 - )は、日本の俳人、英文学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立日比谷高等学校卒業。1959年早稲田大学第一文学部英文科卒業、同大学院文学研究科博士課程修了。立正大学教養部助教授、早稲田大学法学部教授。2003年退任、名誉教授。 1976年「れもん」に入会、多田裕計に師事。1980年「貂の会」に入り川崎展宏に師事。 2002年『俳句とハイクの世界』で俳人協会評論賞受賞。俳人協会理事(国際部長)、国際俳句交流協会副会長、「貂」代表。
神崎 巌(かんざき いわお、1935年10月24日 - )は… 神崎 巌(かんざき いわお、1935年10月24日 - )は、ドイツ文学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校、早稲田大学文学部卒。同大学院博士課程中退。早大教育学部助教授、人間科学部教授。1981年旺文社児童文学翻訳賞受賞。2006年定年退任したが年金問題で早大と争っている。早稲田大学の年金を知る会代表。日本民主主義文学同盟会員。
高儀 進(たかぎ すすむ、1935年9月24日 -2020年… 高儀 進(たかぎ すすむ、1935年9月24日 -2020年8月4日)は、日本の英文学者、翻訳家、早稲田大学名誉教授。 神奈川県生まれ。早稲田大学文学部卒。早稲田大学政治経済学部助教授、教授を務め、2006年定年退任。 デイヴィッド・ロッジの訳を多数刊行。初期の訳にマクルーハン『グーテンベルグの銀河系』、また推理小説を数多く訳している。
小黒 昌一(おぐろ しょういち、1935年〈昭和10年〉5月… 小黒 昌一(おぐろ しょういち、1935年〈昭和10年〉5月4日 - 2008年〈平成20年〉11月4日)は、日本の英文学者、英語学者。早稲田大学名誉教授。専門は古代・中世英文学および古代・中世英語。小沼丹と平岡篤頼に師事。 新潟県新潟市出身。1951年(昭和26年)4月に新潟高等学校に入学、1953年(昭和28年)12月に祖父の小黒猶一の新潟高等学校と早稲田大学の後輩の会津八一を訪問した。 1954年(昭和29年)3月に新潟高等学校を卒業、1958年(昭和33年)3月に早稲田大学第一文学部文学科(英文学専攻)を卒業。 1962年(昭和37年)3月に早稲田大学大学院文学研究科(英文学専攻)修士課程を修了、1965年(昭和40年)6月にワシントン大学大学院(英語学専攻)修士課程を修了。
松野 陽一(まつの よういち、1935年1月1日 - 201… 松野 陽一(まつの よういち、1935年1月1日 - 2018年11月25日)は、日本の国文学者。東北大学名誉教授。専門は、中世和歌。 1935年、東京市神田区生まれ。東京都立九段高等学校を経て、1959年早稲田大学第一文学部国文科卒業。卒業論文は『六百番歌合』。1964年、立正女子大学短期大学(後の文教大学女子短期大学部)専任講師、1967年同助教授。1970年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1974年「藤原俊成の研究」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。同年4月、東北大学教養部助教授、1976年同教授。1988年10月、国文学研究資料館教授。1995年、東北大学名誉教授。1997年、国文学研究資料館館長。
加藤 尚宏(かとう なおひろ、1935年 - )は、日本のフ… 加藤 尚宏(かとう なおひろ、1935年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学仏文科卒、同大学院博士課程中退。早稲田大学文学部助教授、教授、2006年定年退任、名誉教授。オノレ・ド・バルザックが専門。
藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフラ… 藤野 邦夫(ふじの くにお、1935年 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。 石川県生まれ。早稲田大学仏文科卒。同大学院中退。 出版社勤務ののち翻訳などを行う。 2008年、自身のがん体験をへて「がん難民コーディネーター」として活動する。
村手 義治(むらて よしはる、1934年10月20日- )は… 村手 義治(むらて よしはる、1934年10月20日- )は、日本のロシア文学者、翻訳家。 東京生まれ、長野育ち。1960年早稲田大学文学部露文学専修卒業。1977年からモスクワのプログレス出版に勤務。1984年帰国、翻訳に従事。のち創価大学文学部ロシア語専攻教授。2005年定年。 『こんにちはチェホフ! 三つの短編を訪ねる』訳者紹介
山元 護久(やまもと もりひさ、1934年〈昭和9年〉9月1… 山元 護久(やまもと もりひさ、1934年〈昭和9年〉9月19日 - 1978年〈昭和53年〉4月22日)は、京都府出身の放送作家、児童文学者。 日本画家の山元桜月の私生児として京都に生まれる。早稲田大学第一文学部独文科在学中から、早大童話会より改名した少年文学会に所属。同会からの派生団体では『小さい仲間』のほか、小沢正と創刊した童話研究誌『ぷう』に参加。 早稲田大学卒業後放送作家となり、童話や絵本、子供向けテレビ番組で活躍。特に井上ひさしとの共作『ひょっこりひょうたん島』が人気を呼んだ。 1976年4月から『おかあさんといっしょ』の人形劇『ゴロンタ劇場』の原作・脚本を担当していた。しかし、放送期間中の1978年4月22日、仕事の打ち合わせ中に脳出血で43歳で急逝。