スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
牧原 俊幸(まきはら としゆき、1958年7月26日 - )… 牧原 俊幸(まきはら としゆき、1958年7月26日 - )は、日本のフリーアナウンサーで、元・フジテレビアナウンサー。愛称は「マッキー」。マジマックス所属。 北海道江別市出身。北海道札幌北高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。大学では「早稲田大学寄席演芸研究会」とアナウンス研究会に所属。就職活動では、フジテレビのアナウンサー採用試験に加えて、読売テレビ放送の入社試験も受けた。 大学卒業後の1983年4月1日付で、松尾紀子とともに、アナウンサーとしてフジテレビへ入社。若手時代には『プロ野球ニュース』でNPB公式戦の試合結果を報告していたが、入社5年目の1988年頃から、進行役やナレーターとして多数のバラエティ番組に出演。
水島 宏明(みずしま ひろあき、1957年(昭和32年)10… 水島 宏明(みずしま ひろあき、1957年(昭和32年)10月21日 - )は、日本のジャーナリスト、メディア研究者。元上智大学文学部新聞学科教授。元法政大学社会学部メディア社会学科教授。専門はテレビ報道論、デジタルジャーナリズム、ドキュメンタリー制作、貧困報道。長らくテレビディレクターやテレビプロデューサーを務めた。 北海道札幌市出身。北海道札幌北高等学校を経て、1982年に東京大学法学部を卒業。同年から札幌テレビ放送 (STV) で勤務を始め、記者としてNNNロンドン特派員(1988年~1992年)や同ベルリン支局長(1998年~2003年)などを務めた。 テレビディレクターをしていた1987年、札幌市白石区の母子家庭でDV被害者のシングルマザーが生活保護を申請できずに餓死した「札幌母親餓死事件」を知り、生活保護制度の問題点をまとめたドキュメンタリー番組『母さんが死んだ―生活保護の周辺』を手掛けた。
小川 英治(おがわ えいじ、1957年5月24日 - )は、… 小川 英治(おがわ えいじ、1957年5月24日 - )は、日本の経済学者。専門分野は国際金融論。学位は、博士(商学)(一橋大学・論文博士・1999年)。一橋大学名誉教授。退職後、東京経済大学経済学部教授。一橋大学副学長、日本金融学会会長、財務省関税・外国為替等審議会会長を歴任。日本国際経済学会より小島清賞を受賞。花輪俊哉ゼミ出身。北海道札幌市出身。
笹原 晶博(ささはら まさひろ、1957年2月21日 - )… 笹原 晶博(ささはら まさひろ、1957年2月21日 - )は日本の銀行家。北海道銀行代表取締役会長、北海道経済連合会副会長。 北海道帯広市生まれ。北海道札幌北高等学校、北海道大学教育学部卒業後、1979年北海道銀行入行。入行同期に堰八義博第6代頭取や、山川広行札幌ドーム社長がいる。 営業企画室室長、月寒支店長などを経て、2003年取締役執行役員。2006年取締役常務執行役員。2010年代表取締役副頭取兼ほくほくフィナンシャルグループ取締役。2015年から代表取締役頭取兼ほくほくフィナンシャル代表取締役副社長を務め、2018年には北海道銀行と常陽銀行の間で、北海道産品や茨城県産品のロシア、東南アジア輸出拡大支援などでの連携協定を締結した。
加藤 信行(かとう のぶゆき、1957年(昭和32年) - … 加藤 信行(かとう のぶゆき、1957年(昭和32年) - )は、日本の法学者。北海学園大学教授。 1979年北海道大学法学部卒業、1984年北海道大学大学院法学研究科公法専攻博士課程単位取得満期退学。1987年北海学園大学法学部に専任講師として着任。1995年同教授。2009年大学院法学研究科長(-2012年)。2012年学生部長(-2016年)。2025年北海学園大学退任。北海学園大学名誉教授、法学部非常勤講師。 専門は国際法。研究分野は、主に国家責任法・外交的保護で、近年は海洋法や国際環境法も研究対象とする。 北海学園大学大学院法学研究科長(2009年〜2012年)や入試部長を数度務め、学内の硬式野球部長も長らく務めている。
町村 敬志(まちむら たかし、1956年12月4日 - )は… 町村 敬志(まちむら たかし、1956年12月4日 - )は、日本の社会学者。専門は、都市社会学。東京経済大学コミュニケーション学部教授、一橋大学名誉教授。東京市政調査会藤田賞、地域社会学会賞受賞。日本学術会議会員、日本都市社会学会会長、日本社会学会会長などを務めた。 北海道出身。北海道札幌北高等学校、東京大学文学部卒業。同大学大学院社会学研究科修了。東京大学文学部助手、筑波大学社会科学系講師、一橋大学社会学部助教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員を経て、1999年から一橋大学社会学部教授、北京日本学研究センター訪問教授。 2012年一橋大学大学院社会学研究科長・社会学部長。2020年一橋大学名誉教授、一橋大学大学院社会学研究科特任教授。
林 信太郎(はやし しんたろう、1956年5月13日 - )… 林 信太郎(はやし しんたろう、1956年5月13日 - )は、日本の火山学者。秋田大学名誉教授。 北海道苫小牧市生まれ 現在、秋田大学名誉教授。
五十嵐 秀彦(いがらし ひでひこ、1956年3月12日 - … 五十嵐 秀彦(いがらし ひでひこ、1956年3月12日 - )は、俳人。北海道帯広市生まれ。札幌市在住。現代俳句協会、俳人協会会員。漫画家の田島ハルは次女。 札幌北高等学校、明治学院大学法学部法律学科卒。1994年より句作を開始。俳誌「藍生」にて黒田杏子、「雪華」にて深谷雄大に師事。
常本 照樹(つねもと てるき、1955年(昭和30年)10月… 常本 照樹(つねもと てるき、1955年(昭和30年)10月9日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。北海道大学名誉教授。札幌大学特別客員教授。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長。 法学博士(北海道大学・1983年)。違憲審査制・立法過程論・先住民族の権利・アメリカ憲法を中心に研究。北海道岩見沢市出身。
石崎 岳(いしざき がく、1955年(昭和30年)7月9日 … 石崎 岳(いしざき がく、1955年(昭和30年)7月9日 - )は、日本の政治家、社会福祉法人北海道リハビリー理事長。自由民主党所属の元衆議院議員(3期)。
竹内 純一(たけうち じゅんいち、1954年9月7日 - )… 竹内 純一(たけうち じゅんいち、1954年9月7日 - )は、日本の裁判官、公証人。旭川地方裁判所所長等を経て、札幌高等裁判所部総括判事を務めた。 北海道生まれ。北海道大学卒業後、1981年新潟地方裁判所判事補。1984年東京地方裁判所判事補。1987年青森地方裁判所弘前支部判事補。1990年名古屋地方裁判所判事補。1991年同判事。1993年釧路地方裁判所北見支部長。1995年東京地方裁判所判事。1998年札幌高等裁判所判事。2002年横浜地方裁判所判事。2005年千葉地方裁判所佐倉支部判事。2007年千葉地方裁判所佐倉支部長。2009年東京家庭裁判所部総括判事。2012年東京高等裁判所判事。
近久 武美(ちかひさ たけみ、1954年 - )は、日本の機… 近久 武美(ちかひさ たけみ、1954年 - )は、日本の機械工学者。北海道大学名誉教授。北海道職業能力開発大学校校長。元日本伝熱学会会長。 北海道石狩郡当別町生まれ。北海道札幌北高等学校を経て、1976年北海道大学工学部機械工学第二学科卒業。1978年北海道大学大学院工学研究科修士課程修了。1979年ウィスコンシン大学大学院修士課程修了。1982年北海道大学大学院工学研究科博士後期課程修了、北海道大学工学部機械工学科講師。1984年北海道大学工学部機械工学科助教授。2003年北海道大学大学院工学研究科教授。2012年北海道大学副工学研究院長・副工学部長、日本機械学会熱工学部門部門長。2014年国土交通省交通政策審議会臨時委員、経済産業省総合資源エネルギー調査会臨時委員、札幌市環境審議会会長。
丹治 愛(たんじ あい、男性、1953年1月20日 - )は… 丹治 愛(たんじ あい、男性、1953年1月20日 - )は、日本の英文学者。専門は、ヴィクトリア朝・モダニズムの英国小説。東京大学名誉教授。法政大学教授。北海道出身。
坂田 おさむ(さかた おさむ、1952年〈昭和27年〉12月… 坂田 おさむ(さかた おさむ、1952年〈昭和27年〉12月10日 - )は、日本のシンガーソングライター、歌手、声優、タレント、俳優。第7代うたのおにいさん。 本名・坂田 榮一(さかた えいいち)。愛称はおさむお兄さん。北海道旭川市出身。明治大学政治経済学部卒業。 作詞・作曲活動では「坂田修」や「坂田修一」(いずれも読みは芸名と同じ)名義を用いることもある。白鳳女子短期大学の客員教授を務める。 娘はタレントの坂田めぐみ。 旭川市立東町小学校、北海道札幌北高等学校、明治大学政治経済学部卒業。 1975年(昭和50年)、フォークロックバンド「宿屋の飯盛」のメンバーとしてデビュー。本名の「坂田栄一」名義でギターを担当。
掛下 知行(かけした ともゆき、1952年 - )は、日本の… 掛下 知行(かけした ともゆき、1952年 - )は、日本の材料科学者。大阪大学名誉教授。福井工業大学学長。元日本金属学会会長。元八大学工学系連合会会長。日本金属学会賞受賞。 北海道生まれ。1971年北海道札幌北高等学校卒業。1976年北海道大学理学部物理学科卒業。1978年北海道大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。1979年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻博士後期課程中退、大阪大学産業科学研究所文部教官教育職。1983年大阪大学産業科学研究所助手。1987年理学博士。1993年大阪大学大学院工学研究科助教授。2000年大阪大学大学院工学研究科教授。2013年日本金属学会会長。2014年八大学工学系連合会会長。
浜田 毅(はまだ たけし、1951年12月6日 - )は、日… 浜田 毅(はまだ たけし、1951年12月6日 - )は、日本映画の撮影監督(カメラマン)。日本映画撮影監督協会理事長。北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校卒業。 明治大学在学中は演劇の製作に熱中していた。大学中退後、1971年大蔵映画に撮影助手として入社。大蔵映画、国際映画など数多くの現場に撮影助手として参加した後、三船プロダクションに移籍。その後、フリーとなる。 『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』(1983/森﨑東監督)で映画カメラマンとしてデビュー。2008年『おくりびと』(滝田洋二郎監督/第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞)では日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞。2014年、紫綬褒章受章。
田中 大輔(たなか だいすけ、1951年(昭和26年)11月… 田中 大輔(たなか だいすけ、1951年(昭和26年)11月13日 - )は、日本の政治家。元東京都中野区長(4期)。 北海道小樽市生まれ。1970年、北海道札幌北高等学校卒業。1977年、中央大学文学部を卒業後、東京都・中野区役所に入庁し、交通対策課長、健康課長、介護保険準備課長、行政改革課長等を歴任する。2001年12月、中野区役所を退職。 2002年6月、中野区長選挙に無所属で出馬し、自民党が推薦する元区議会議員や公明党が推薦する元副区長などの他の候補者を破り、初当選した(現職の神山好市区長は不出馬)。2006年、中央大学大学院経済学研究科修了。2006年、2010年の中野区長選挙においても、それぞれ再選。
石井 純二(いしい じゅんじ、1951年(昭和26年)5月2… 石井 純二(いしい じゅんじ、1951年(昭和26年)5月25日 - )は、日本の実業家、銀行家。北洋銀行頭取、第二地方銀行協会会長、札幌証券取引所理事長を務めた。 北海道芦別市出身。札幌市立新琴似小学校、札幌市立新琴似中学校、北海道札幌北高等学校、弘前大学人文学部経済学科卒業。 1975年北海道拓殖銀行入行。5つ違いの兄も拓銀に入行していた。 拓銀破綻後は、1998年に北洋銀行の業務推進部管理役に就任。経営管理部や法人推進部、大通支店長を経て、2004年には親会社であった札幌北洋ホールディングスと北洋銀行の取締役に選任される。2012年に横内龍三の後任として、札幌北洋ホールディングス社長および北洋銀行頭取になる。
沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、… 沼 よしのぶ(ぬま よしのぶ、1951年3月3日 - )は、日本の漫画家。北海道出身。本名は沼吉信(ぬま よしのぶ)。北海道札幌北高等学校卒業。 1974年『週刊少年ジャンプ』(集英社)のフレッシュジャンプ賞入選、翌年『月刊少年ジャンプ』(集英社)に掲載された『ああ兄弟』でデビュー。当時のペンネームは『マヌー・しん吉』であった。その後、『月刊少年ジャンプ』で『スターびっくり箱』を連載、デビュー早々の長期間の連載となった。後にペンネームを『沼よしのぶ』に変更し、1970年代後期からは『週刊少年マガジン』(講談社)、1980年代中期からは『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)、1990年代初期からは『漫画サンデー』(実業之日本社)と主な発表の場を変更しながら活動していった。
佐藤 のりゆき(さとう のりゆき、1949年11月18日 -… 佐藤 のりゆき(さとう のりゆき、1949年11月18日 - )は、北海道旭川市生まれのブロードキャスター、ジャーナリスト、ソムリエ ドヌール、元アナウンサー。愛称は「のりさん」。 1949年、北海道旭川市生まれ。生後まもなく札幌市へ。 1968年、北海道札幌北高等学校卒業。 1972年、北海学園大学法学部法律学科卒業(在学中は菅原勝伴ゼミ)。在学中、東京アナウンスアカデミーで修学。 同年4月、北海道放送(HBC)にアナウンサーとして入社。同期には横田久、中田美知子がいる。 1994年1月、HBCを退社。フリーアナウンサーに転身した。北海道文化放送の帯番組『のりゆきのトークDE北海道』の司会を18年間・4300回 務めた。
大槻 博(おおつき ひろし、1949年7月11日 - )は、… 大槻 博(おおつき ひろし、1949年7月11日 - )は、日本の経営者。北海道ガス社長、会長、現在も札幌商工会議所副会頭を務めている。 北海道出身。北海道札幌北高等学校を経て、1972年に北海道大学工学部を卒業し、同年に北海道ガスに入社した。1998年に取締役に就任し、2000年6月に常務、2002年6月に副社長を経て、2008年4月に社長に就任。2022年6月に会長に就任。。
冨士原 康一(ふじわら こういち、1949年4月8日 - )… 冨士原 康一(ふじわら こういち、1949年4月8日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省海事局長や、日本海事協会会長を経て、日本海事協会理事会議長。 北海道出身。1968年北海道札幌北高等学校卒業。1973年東京大学工学部船舶工学科卒業。1975年東京大学大学院修士課程修了、運輸省入省。1996年運輸省海上技術安全局舶用工業課長。2002年国土交通省中国運輸局長。2003年国土交通省大臣官房技術審議官(海事局)。2005年国土交通省海事局次長。2006年国土交通省海事局長。2007年日本海事協会顧問。2010年日本海事協会常務理事。2011年日本海事協会業務執行理事常務理事。2011一般財団法人日本海事協会業務執行理事副会長。
藤堂 志津子(とうどう しづこ、1949年3月14日 - )… 藤堂 志津子(とうどう しづこ、1949年3月14日 - )は、日本の小説家、エッセイスト。中編小説「熟れてゆく夏」で第100回直木賞受賞。本名は熊谷 政江。札幌市在住の作家として知られる。 1949年(昭和24年)3月14日、北海道札幌市に生まれる。北海道札幌北高等学校を経て、藤女子短期大学国文科に入学。1967年、同人詩誌『にじゅうえん詩集』の創刊に参加、1968年には19歳で第一詩集『砂の憧憬』を刊行する(熊谷政江名義)。1969年、藤女子短期大学卒業。1974年、第二詩集『六月にひとり逝き七月溺愛八月水死』(熊谷名義)を創映出版より公刊して注目される。そのころから詩から小説に転じ、同人誌『莞爾』『マロオス』などに作品を発表。
柳田 孝義(やなぎだ たかよし、1948年3月27日 - )… 柳田 孝義(やなぎだ たかよし、1948年3月27日 - )は、日本の作曲家。 1948年北海道札幌市生まれ。北海道札幌北高等学校を経て、武蔵野音楽大学・同大学院で作曲をクラウス・プリングスハイムに師事。ミュンヘン音楽大学で作曲をハラルド・ゲンツマーに学ぶ。 1969年、第38回日本音楽コンクール作曲部門第1位作曲賞を受賞。オーケストラ・プロジェクトのメンバーとして第52回・第54回の2回文化庁芸術祭優秀賞を受賞。2006年、吹奏楽曲「西風の肖像」で第1回フランク・ティケリ国際作曲コンテスト(The First Frank Ticheli Composition Contest、ニューヨーク)第3位入賞(カテゴリー2)。
河原 多恵子(かわはら たえこ、1948年〈昭和23年〉1月… 河原 多恵子(かわはら たえこ、1948年〈昭和23年〉1月2日 - )は、北海道放送の元アナウンサーで、現在はフリーアナウンサー。 北海道岩見沢市出身、血液型A型。北海道札幌北高等学校、北海道女子短期大学(現・北翔大学短期大学部)体育科卒業。1968年10月に北海道放送入社。愛称は「おたえさん」(HBCホームページより)。 2012年2月にフリーアナウンサーとなる。フリーになった後も、HBCラジオで活躍中。 フリーアナウンサーとして活動する傍ら、朗読会や言葉のワークショップを企画、開催。表現スペース「言葉のアトリエ・Kukka」を主宰。講演会も行っている。 色々な物を人からもらうことが多かったということで、地酒に、山のような量のどら焼きやあんパン、一頭分の牛までもらったことがあったという。
長内 順一(おさない じゅんいち、1947年(昭和22年)3… 長内 順一(おさない じゅんいち、1947年(昭和22年)3月7日 - )は、日本の経営者。衆議院議員(1期中退)と札幌市議会議員(2期)を務めた。 株式会社未来経営研究所代表取締役社長。北海道商工会議所連合会会頭特別補佐。サイバー大学客員教授(企業社会責任論)。北海道経営未来塾塾長。 1947年(昭和22年)、北海道札幌市に生まれる。1959年(昭和34年)、札幌市立幌北小学校卒業。1962年(昭和37年)、札幌市立北辰中学校卒業。1966年(昭和41年)、北海道札幌北高等学校を卒業。1970年(昭和45年)、北海学園大学経済学部を卒業。その後、民間企業に勤務する。 1987年(昭和62年)、札幌市議会議員選挙に立候補し、初当選。
成田 憲彦(なりた のりひこ、1946年6月24日 - )は… 成田 憲彦(なりた のりひこ、1946年6月24日 - )は、日本の政治学者。専門は、比較政治学・日本政治論。 北海道札幌市生まれ。 細川護熙の首相時代に、内閣総理大臣首席秘書官(政務担当秘書官)を務めた。 首相秘書官退任後は、駿河台大学法学部教授を務めた。第5代駿河台大学学長。駿河台大学名誉教授。
成田 賢(なりた けん、1945年10月22日 - 2018… 成田 賢(なりた けん、1945年10月22日 - 2018年11月13日)は、日本の音楽家、歌手。本名は成田 慶一。 2歳の時に満洲から博多(福岡県前原市)へ引き揚げし、5歳の時に父が他界し母方の実家がある北海道札幌市に移る。 北海道札幌北高等学校に入学し、バンド活動を始める。ある時、ジャズ喫茶で歌っていたところを大阪のバンドから加入の誘いを受けたことがきっかけで、歌手になる道を選ぶ。その後単身関西へと移り、「成田賢一」の芸名でバンド「ケーパーズ」に所属。ライブハウスでの音楽活動に加え吉本新喜劇の舞台で芝居も経験する。 その後、東京のバンド「ダークホース」での活動を経て、札幌で石間秀樹と共に「ザ・ジャローズ」を結成し活動。
大塚 龍児(おおつか りゅうじ、1945年4月23日 - )… 大塚 龍児(おおつか りゅうじ、1945年4月23日 - )は、日本の法学者。専門は商法。学位は、法学士(東京大学)。北海道大学名誉教授。北海学園大学教授。北海道出身。竹内昭夫門下。
佐々木 一樹(ささき かずき、1944年 - )は、日本のヴ… 佐々木 一樹(ささき かずき、1944年 - )は、日本のヴァイオリニスト。 札幌北高校出身、札幌音楽院で荒谷正雄に師事。1966年から札幌交響楽団コンサートマスター、1977年から東京交響楽団コンサートマスターを務めた。1980年、ヴェネツィア合奏団 (I SOLISTI VENETI)に招かれ、首席奏者及びソリストに就任。ソロ及び「クヮルテット・ロッシーニ」等の室内楽でも活躍。 長女はピアニストのウララ・ササキ、次女はチェロ奏者のマルモ・ササキで、父娘で「パドヴァ・トリオ」としても活動している。
加森 公人(かもり きみひと、1943年 - )は、日本の実… 加森 公人(かもり きみひと、1943年 - )は、日本の実業家。加森観光取締役相談役。元代表取締役社長。 1943年、北海道札幌市に生まれる。札幌北高校を卒業、同高校時代の修学旅行で後楽園遊園地のジェットコースターに乗ったことをきっかけに遊園地好きとなり、その後の遊園地開発へと繋がる。 大学は教師を志望し東京教育大学を第一志望としていたものの不合格となり、1968年に学習院大学経済学部を卒業、立教大学大学院ホテル観光学科修了。大学卒業後は日本ケーブル浦安工場に出向し索道の安全輸送について学んだ後、大学院修了後に父の加森勝雄が第三セクター方式で設立した「登別温泉ケーブル」に就職。夏の濃霧の頃が事実上のオフシーズンになっていたさなか「のぼりべつクマ牧場」の運営にたずさわり、ヒグマを飼育し観光客を呼び込むとともにヒグマの人工飼育や計画出産への挑戦、博物館の建設、ヒグマに芸を覚えさせてのショーの開催といったヒグマに特化した積極策を取り、クマ牧場の収益を元手に札幌市の都心で中古ビルを買収し収益を強化した。
丹羽 祐而(にわ ゆうじ、1943年 - )は、日本の実業家… 丹羽 祐而(にわ ゆうじ、1943年 - )は、日本の実業家、市民活動家、環境活動家、大学講師。 朝鮮生まれ。1945年太平洋戦争終結に伴い北海道に引き揚げ。北海道札幌北高等学校卒業。1966年北海学園大学経済学部卒業。北海道協同組合通信社に入社。1972年同社を退社し、株式会社丹羽企画研究所を設立。その後、札幌市PTA協議会会長。1983年クリエイティヴ・コア株式会社代表取締役社長(2000年まで)。1992年酪農学園大学環境システム学部では非常勤講師として「北海道産業論」を担当(2006年まで)。1995年社団法人日本PTA全国協議会副会長(1996年まで)。札幌市社会教育委員(1996年まで)。
鈴木 輝志(すずき てるし、1941年10月23日 - 20… 鈴木 輝志(すずき てるし、1941年10月23日 - 2020年)は、日本の経営者。札幌テレビ放送社長を務めた。 北海道出身。1960年に札幌北高等学校を卒業し、同年に札幌テレビ放送に入社。2002年に専務に就任し、2005年6月には社長に就任。2009年6月に会長に就任。
西 美緒(にし よしお、男性、1941年10月 - )は、日… 西 美緒(にし よしお、男性、1941年10月 - )は、日本の材料科学者。リチウムイオン二次電池の炭素負極などを開発した。 愛知県名古屋市東区出身。愛知県立旭丘高等学校に入学し、北海道札幌北高等学校へ転校し卒業。1966年慶應義塾大学工学部応用化学科を卒業。ソニー中央研究所、ソニー・エナジー・テック専務取締役、ソニーにて、コーポレート・リサーチ・フェロー、業務執行役員上席常務、マテリアル研究所長・CTOなどを歴任。ソニー・エナジーテックでは1991年、世界初のリチウムイオン二次電池実用化・商品化を果たす。1999年、リチウムイオンポリマー二次電池も商品化に成功した。 ソニーにおけるリチウムイオン電池開発の中心人物として、世界初となるリチウムイオン電池の量産・商品化に貢献した。
横舘 英雄(よこだて ひでお、1941年〈昭和16年〉9月2… 横舘 英雄(よこだて ひでお、1941年〈昭和16年〉9月29日 - 2024年〈令和6年〉5月27日)は、元テレビ朝日アナウンサー。岩手県二戸市出身。
巻山 晃(まきやま あきら、1940年〈昭和15年〉10月2… 巻山 晃(まきやま あきら、1940年〈昭和15年〉10月28日 - 2022年〈令和4年〉11月26日)は元札幌テレビ放送アナウンサー。
大谷 良雄(おおたに よしお、1939年 - 2015年)は… 大谷 良雄(おおたに よしお、1939年 - 2015年)は、日本の法学者。専門は国際法。法学博士(一橋大学)。一橋大学名誉教授。オットー・リーゼ賞受賞。 北海道札幌北高等学校を経て、小樽商科大学商学部卒業後、1966年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、1969年同博士課程単位取得。指導教官は大平善梧。1971年に一橋大学より法学博士の学位を取得。 小樽商科大学助教授、一橋大学法学部教授、1995, 97, 99, 2001年パリ第1大学招聘教授、1998年パリ第2大学招聘教授、日本大学法学部教授等を務めた。1976年オットー・リーゼ賞受賞。2003年一橋大学名誉教授。 大谷ゼミ出身者としては高村ゆかり東京大学未来ビジョン研究センター教授や、中西優美子一橋大教授、南諭子津田塾大学准教授、佐藤智恵明治大学教授、相澤美智子一橋大教授等がいる。
福井 爽人 (ふくい さわと、1937年9月20日 - )は… 福井 爽人 (ふくい さわと、1937年9月20日 - )は、日本画家。平山郁夫門下。北海道旭川市生まれ、小樽市育ち。 旭川市新町で福井貞一・チエの長男として生まれる。1939年より小樽市潮見台、1954年より琴似町字東牧場に住む。 北海道小樽潮陵高等学校から北海道札幌北高等学校に転入して卒業後、日本大学芸術学部に進学するが、東京芸術大学助手だった平山郁夫との出会いから芸大進学を決意。1961年に東京芸術大学美術学部日本画専攻に進学。芸大時代はボクシング部に所属するなどスポーツマンだった。同大学院修士課程修了後、芸大助手となり法隆寺金堂壁画再現模写に参加。1973年、イタリア初期ルネサンス壁画調査団員として初渡欧。
近藤 良一(こんどう りょういち、1937年3月13日 -… 近藤 良一(こんどう りょういち、1937年3月13日 - 2015年2月22日)は、日本の僧侶・哲学者・仏教学者。専門はインド哲学・仏教学。苫小牧駒澤大学2代学長。号は「近藤聖欣」。駒澤大学名誉教授・曹洞宗北大寺住職だった人物。札幌市生まれ 関稔とは同じ師を持つ同門で、急病により同学長を辞任し、後輩に学長職を引き継いでもらった。
田代岩 弘道(たしろいわ ひろみち、1936年6月15日 -… 田代岩 弘道(たしろいわ ひろみち、1936年6月15日 - 没年不明 )は、北海道札幌市出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は羽賀 弘道(はが ひろみち)。173cm、85kg。最高位は東十両18枚目。得意技は右四つ、寄り。 北海道札幌北高等学校では陸上競技で活躍して3年生で円盤投げや砲丸投げの記録を作り、その評判を聞いた立浪部屋の世話人中ノ島が訪ねて来て勧誘し、北光山と名乗って土地相撲で活躍した父は入門を承諾した。自身は小学校時代から絵画と漫画描きに熱中しており、それを活かせる商業デザイナーを志望していたが、相撲は嫌いではなかったので高校3年生で中途退学して入門した。1954年9月場所に初土俵。
松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 202… 松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 2020年5月19日)は日本の実業家、会社経営者。従三位。東日本旅客鉄道(JR東日本)社長、同社会長を歴任。北海道北見市出身。 井手正敬、葛西敬之と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した。北海道大学名誉博士。 「国鉄改革3人組」の筆頭として、国鉄分割民営化に尽力した。民営化後は、JR東日本の社長・会長として経営を掌握。 また、道路関係四公団民営化に委員として参画する等、当時の内閣総理大臣・小泉純一郎が主導した聖域なき構造改革路線において、民営化の代表的な成功例の立役者の一人とされた。 2008年、日本経済新聞『私の履歴書』に寄稿し、国鉄民営化の経緯を赤裸々に語っている。
河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2… 河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2025年12月13日)は、日本の経営者、銀行家。北海道拓殖銀行最後の頭取を務めた。 兵庫県神戸市出身。祖父と兄は弁護士、父は裁判官の法曹一家に育つ。北海道札幌北高等学校を経て、1957年に北海道大学法学部を卒業し、同年に北海道拓殖銀行に入行。 業務企画部長、企画部長、1986年7月に取締役、1989年4月に常務、1992年6月に専務、1993年6月に副頭取を経て、1994年6月に頭取に就任し、破綻する1997年11月まで務めた。破綻後、特別背任罪で実刑判決が確定し、2009年12月から1年7ヶ月服役した。その後はテレビ局、新聞社のインタビューに時折答えていた。
豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学… 豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学研究者・イギリス文学者。小樽商科大学名誉教授。主な研究対象はイギリス文学(D・H・ローレンス)。 北海道出身。1958年北海道大学文学部英米文学科卒業。1962年旭川工業高等専門学校講師。1967年室蘭工業大学講師、1970年同大学助教授を経て、1979年小樽商科大学商学部助教授。1981年小樽商科大学商学部教授に就任。1991年に同大学言語センター教授。1999年に小樽商科大学名誉教授の称号を授与される。なお、1999年から札幌大学外国語学部教授、現在札幌大学外国語学部研究科非常勤講師。2008年3月退職。2015年11月瑞宝中綬章を受章。
木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、… 木村 直司(きむら なおじ、1934年9月11日 - )は、日本のドイツ文学者、上智大学名誉教授。専攻はゲーテ研究。 札幌市出身。北海道札幌北高等学校卒、1959年上智大学文学部ドイツ文学科卒業、西ドイツに学び、1963年ミュンヘン大学で博士号。 1963年上智大学文学部専任講師、68年助教授、75年教授、2000年定年退職、名誉教授、レーゲンスブルク大学客員教授。1982年ジーボルト賞を受賞した。 ドイツ文芸アカデミー通信会員、日本ゲーテ協会副会長、ウィーン文化科学研究所 (INST) 副会長、元レーゲンスブルク独日協会副会長。
中西 章一(なかにし しょういち、1932年〈昭和7年〉6月… 中西 章一(なかにし しょういち、1932年〈昭和7年〉6月21日 - 2005年〈平成17年〉8月18日)は、日本の北海道を拠点に活動したエッセイスト、ラジオパーソナリティ。 北海道出身。北海道大学総長を務めた丹保憲仁は札幌師範附属小学校(現・北海道教育大学附属小学校)1年からの幼馴染。 旧制北海道庁立第一中学校(現・札幌南高校)在学中に新制高校への移行を経験し、新制札幌北高校を経て、中央大学法学部を卒業。北海道帯広農業高等学校教諭、ホテル三愛(現・札幌パークホテル)勤務を経て、家業である「中西印刷」の社長に就任 。1986年に相談役に就任と同時に、STVラジオ「ジャーナル談話室」に出演を開始。
大星 公二(おおぼし こうじ、1932年4月7日 - )は日… 大星 公二(おおぼし こうじ、1932年4月7日 - )は日本の実業家。NTTドコモ社長、同社会長を歴任。北海道札幌市出身。 1945年北海道庁立札幌第一中学校入学、1951年北海道札幌北高等学校卒。1957年東京大学法学部卒業後、日本電信電話公社(現NTT)入社、1966年北海道石狩深川電報電話局長。電気通信総合研究所経営研究室長、データ通信本部営業部長などを経て、1988年NTT取締役経営企画本部長、1990年同常務企業通信システム本部長、1992年NTT移動通信網(NTTドコモ)社長、1998年同会長、現在に至る。社長時代にiモード開発を推進した。 多趣味で知られ、学生時代は全都道府県を旅行したように、今もぶらり出かける外出を好む。
南部 明子(なんぶ あきこ、1920年 <大正9年> 11月… 南部 明子(なんぶ あきこ、1920年 <大正9年> 11月3日 - 1994年 <平成6年> 6月4日)は、北海道出身の家政教育者。光塩学園元理事長、光塩学園女子短期大学元学長。料理研究家。位階は正五位。勲三等瑞宝章。 北海道の歴史と伝統、文化を基盤に、創造力豊かな人間形成と、より専門性をきわめる学問研究を目指す女子教育を使命とする光塩学園の発展に尽力した。 北海道のローカルフードとして、21世紀に入ってから全国でも有名となった「甘納豆入りお赤飯」は、南部明子が昭和20年代後半に考案し、TV等で紹介した料理。
小笠原 貞子(おがさわら さだこ、女性、1920年4月20日… 小笠原 貞子(おがさわら さだこ、女性、1920年4月20日 - 1995年10月9日)は、日本の政治家。 1960年代 - 1990年代にかけて参議院議員、日本共産党副委員長、新日本婦人の会事務局長などを務めた。キリスト教徒であり、宗教的世界観を持たない同党において信仰を公表した人物の中では最も要職に就いた人物である。 東京都出身。北海道庁立札幌高等女学校補習科(現在の北海道札幌北高等学校)を卒業(1937年)。新日本婦人の会事務局長を経て、1968年の参議院議員選挙に全国区より出馬し初当選。1974年7月7日に実施された第10回参議院議員通常選挙では北海道地方区に移り、トップ当選(ただし、この選挙は自由民主党が同選挙区に保守系無所属も含めて3名を立候補させて共倒れになった側面もある)をした。
柄沢 とし子(からさわ としこ、本名:松島 登志子(と志子と… 柄沢 とし子(からさわ としこ、本名:松島 登志子(と志子とも)、1911年5月7日 - 2013年12月2日)は、日本の政治家、労働運動家。衆議院議員(日本共産党公認)を2期務めた。夫は日本共産党名誉幹部会委員の松島治重(1994年死去)。日本で最初に女性参政権が認められた、1946年総選挙で当選した日本最初の女性国会議員(39人)の一人。共産党女性国会議員第1号としても知られる。 北海道札幌市出身。北海道庁立札幌高等女学校(現・北海道札幌北高等学校)を卒業後、道庁などでタイピストをしながら日本労働組合全国協議会に参加。三菱美唄炭鉱などでストライキに関わるが、非合法活動により1929年以来数度検挙される。
中村 佐喜子(なかむら さきこ、1910年5月7日 - 19… 中村 佐喜子(なかむら さきこ、1910年5月7日 - 1999年10月10日)は、日本の翻訳家・作家。本名は石川佐喜子 北海道札幌市出身。日本女子大学英文科卒業。1942年に発表した小説『雪のりんご畑』が改造社の文芸推薦を受け、その後数作を発表。戦後は翻訳家としての活動が中心となり、数多くの英米文学の翻訳を行う。中でも角川文庫版『赤毛のアンシリーズ』は、その格調高く、且つ温かみのある訳文によって親しまれ、村岡花子訳の新潮文庫版とともにロングセラーとなった。 その他の著書に評伝『ロレンスを愛した女たち』、エッセイ『トマス・ハーディの全小説を楽しむ』などがある。