スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
黒岩 眞吾(くろいわ しんご、1964年 - )は日本のコン… 黒岩 眞吾(くろいわ しんご、1964年 - )は日本のコンピュータ科学者。博士(工学)。 千葉大学大学院工学研究院教授(大学院融合理工学府・情報科学コース、工学部・情報工学コース)、産業連携研究担当副理事(2015〜2019)、千葉大学産業連携研究推進ステーション。電子情報通信学会ヒューマンコミュニケーショングループ運営委員長(2013)。 日本における音声認識の実用化が始まった1990年代に、KDD研究所(現KDDI総合研究所)にて『ジャパンダイレクト向けいたずら電話排除システム』や『内線電話受付システム』など、音声認識システムの実用化に貢献した。前者は、1日1万呼程度の電話を処理しており、当時の商用音声認識システムとしては画期的なものであった(日本音響学会技術開発賞を受賞)。
櫻井 芳生 (さくらい よしお、1962年1月9日- )は、… 櫻井 芳生 (さくらい よしお、1962年1月9日- )は、日本の社会学者。鹿児島大学法文教育学域法文学系法文学部人文学科助教。専攻は非論理社会学。 東京都立上野高等学校卒業。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。鹿児島大学法文学部助教授、教授を経て現職。 日本社会学会、数理社会学会 専門分野 メディア文化論、社会システム論、現代文化論 ○ゲーム理論と文化 ○進化論とメディア社会学 ○文化的稀少性 ○コミュニケーションと社会システム論 ○規範と権力
池田 賢市(いけだ けんいち、1962年 - )は、日本の教… 池田 賢市(いけだ けんいち、1962年 - )は、日本の教育学者。中央大学文学部教授。
大石 学(おおいし まなぶ、1953年10月13日 - )は… 大石 学(おおいし まなぶ、1953年10月13日 - )は、日本の日本近世史学者、東京学芸大学名誉教授・特任教授。静岡市歴史博物館館長。時代考証学会会長。 東京都生まれ。台東区立下谷中学校、都立上野高校を経て[要出典]、1976年東京学芸大学社会科卒業、同大学院修士課程修了。竹内誠に師事。1982年筑波大学大学院博士課程単位取得満期退学、1987年名城大学専任講師、1989年助教授、1997年東京学芸大学助教授、2001年教授。2016年4月より2018年3月まで副学長(兼附属図書館長)。2018年9月1日より2023年8月31日まで日本芸術文化振興会監事。2024年4月1日より静岡市歴史博物館館長。
池田 清彦(いけだ きよひこ、1947年7月14日 - )は… 池田 清彦(いけだ きよひこ、1947年7月14日 - )は、日本の生物学者(構造主義生物学・理論生物学)、科学・社会・環境問題評論家。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。理学博士(東京都立大学)。TAKAO 599 MUSEUM名誉館長。構造主義を生物学に応用する方法を追究する。専門の生物学をはじめ、進化論、科学論、環境問題、脳科学などを幅広く論じる。趣味は昆虫採集。
北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日… 北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日本の化学者、教育者。 秋草学園短期大学学長。明治大学元教授。淑徳大学名誉教授。工学博士で、専門は環境化学、安全学。日本分析化学会会員。所属事務所は三桂。 東京府東京市足立区出身(現在も在住)。淑徳大学人文学部表現学科教授、明治大学理工学部応用化学科教授を歴任。明治大学校友会会長。 三男。兄に北野重一、弟にビートたけし(北野武) 、甥に北野篤、姪に北野井子がいる。 足立区立第四中学校、東京都立上野高等学校を経て、明治大学工学部工業化学科を卒業。もともとは英語を学びたく千葉大学文理学部英文科にも合格していたが、母親の命で明治大学工学部工業化学科に進んだ。
飯島 澄男(いいじま すみお、1939年5月2日 - )は、… 飯島 澄男(いいじま すみお、1939年5月2日 - )は、日本の物理学者および化学者。埼玉県越谷市出身。文化功労者、恩賜賞・日本学士院賞受賞者、文化勲章受章者。日本学士院会員。名古屋大学高等研究院アカデミー会員、名古屋大学特別招聘教授。名城大学終身教授。NEC特別主席研究員。 カーボンナノチューブの発見(1991年)と電子顕微鏡による構造決定の功績で、世界的に有名になった。金の原子がアメーバのように動く金超微粒子の“構造ゆらぎ”現象を発見(1984年)。ノーベル化学賞・物理学賞の有力候補とも見られている。 名城大学終身教授、NEC特別主席研究員をはじめ多数の職を現職で兼任する。 ナノ科学、物性物理、材料科学、電子顕微鏡学、結晶学
石毛 直道(いしげ なおみち、1937年11月30日 - )… 石毛 直道(いしげ なおみち、1937年11月30日 - )は、日本の人類学者。専門は文化人類学。勲等は瑞宝中綬章。学位は、農学博士(東京農業大学・1986年)。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。文化功労者。 京都大学人文科学研究所助手、甲南大学文学部助教授、国立民族学博物館教授、国立民族学博物館館長などを歴任した。 千葉県出身の文化人類学を専攻する人類学者である。京都大学や甲南大学に勤務し、国立民族学博物館では館長に就任した。東京農業大学より農学博士の学位を授与された。国立民族学博物館と総合研究大学院大学より名誉教授の称号を授与された。日本コナモン協会では筆頭理事を務めた。
堀 秀道(ほり ひでみち、1934年5月21日 - 2019… 堀 秀道(ほり ひでみち、1934年5月21日 - 2019年1月3日)は、日本の鉱物学者。鉱物科学研究所所長、鉱物標本商。理学博士(東北大学)。 東京都台東区出身。中学時代より鉱物を愛好し、櫻井欽一に師事する。1952年都立上野高校卒業後、北里大学化学科助手として就職。モスクワ大学地質学部留学を経て、1970年帰国。シベリアの石油採掘事業に関わった後、1977年に株式会社鉱物科学研究所を設立。鉱物標本の販売、鑑定、研究を行う。 新鉱物の欽一石(kinichilite、1981)を発見した功績により、1986年に櫻井賞を受賞。同年にアンモニウム白榴石(ammonioleucite、1986)、翌年にはストロナルシ石(stronalsite、1987)を発見した。
木山 英雄(きやま ひでお、1934年4月20日 - )は、… 木山 英雄(きやま ひでお、1934年4月20日 - )は、日本の中国文学者、一橋大学名誉教授。東京市荒川区日暮里生まれ。東京都立上野高等学校卒。1957年、東京大学文学部中国文学科卒。1960年、同大学院修士課程修了、同助手。1966年埼玉大学教養部講師、1967年助教授。1969年一橋大学商学部助教授、1977年教授、1981年一橋大学社会学部教授。1991年から1993年まで社会学部長。1998年定年退官、名誉教授、神奈川大学外国語学部教授、2005年同退職。近現代中国文学、特に周作人が専門。指導学生に加藤栄など。
奥野 中彦(おくの なかひこ、1930年8月29日 - 20… 奥野 中彦(おくの なかひこ、1930年8月29日 - 2010年11月18日)は、日本の歴史学者、国士舘大学教授。 東京市赤坂に弁護士の奥野彦六の二男として生まれる。二本松藩士の家だという。1951年に日本史を学ぶため大学に進学し、学生団体の早稲田大学歴史学研究会で日本中世史を学び、網野善彦、松本新八郎らの指導も受けていた。1955年に早稲田大学第一文学部を卒業し、同大学大学院に進学。大学院では前年に東京大学史料編纂所から転任していた西岡虎之助に学び、日本中世史を専攻する。東京都立上野高等学校教諭を勤めたのち、1981年鹿児島県立短期大学教授、1984年に山形県立米沢女子短期大学教授、1991年に国士館大学文学部教授となる。
足立原 貫(あだちはら とおる、1930年7月15日 - 2… 足立原 貫(あだちはら とおる、1930年7月15日 - 2025年6月30日)は、日本の哲学者。地べたの哲学者、土に根ざした思想―農哲学者・農学者(農業原論、農作業研究、農村地域研究)。詩人(筆名 光原邦夫)。東京市本所区(現在の墨田区)で生まれ。富山県富山市大沢野町小羽在住。 社会における“農”の機能の一端を担いつづけていこうとする“やる者”によって、開かれた営農体の確立と高度成長の時流への問題提起をねらい、“地球を耕そう”を合言葉に「農業技術者協会」結成。その実践の場を廃村に求めた。また廃村を拠点とした運動を基軸に「人と土の大学」「草刈り十字軍」「『山崎賞』の創設」「中国への技術協力」など幅広い実践を続けた。
俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年… 俵 浩三(たわら ひろみ、1930年5月11日 -2020年11月30日)は、日本の景観学者、林学者、専修大学北海道短期大学名誉教授、学術博士(北海道大学)。東京都台東区生まれ。
中村 雄二郎(なかむら ゆうじろう、1925年(大正14年)… 中村 雄二郎(なかむら ゆうじろう、1925年(大正14年)10月13日 - 2017年(平成29年)8月26日)は、日本の哲学者、評論家、文学博士。明治大学名誉教授。 東大哲学科卒。卒業後、文化放送に就職するが、1955年から明大に勤務し、1964年に教授となった。 早くからフランス人文主義に関心をもち、パスカルやデカルトを研究し『パスカルとその時代』(1965年)を書く。一方、近代合理主義を厳しく批判し、感性や情念の正当な位置づけを試みて『感性の覚醒』(1975年)を著した。また人間存在を根源から回復させる方法として、人間の共通感覚を重視する『共通感覚論』(1979年)を執筆。現代日本を代表する国際的な哲学者の一人。
市川 平三郎(いちかわ へいざぶろう、1923年10月28日… 市川 平三郎(いちかわ へいざぶろう、1923年10月28日 - 2014年8月15日)は、日本の医学者。医学博士。専門は放射線医学。国立がんセンター名誉院長。東京都出身。
朝倉 隆太郎(あさくら りゅうたろう、1921年8月7日 -… 朝倉 隆太郎(あさくら りゅうたろう、1921年8月7日 - 2002年10月21日)は、日本の地理学者・教育学者。 栃木県宇都宮市生まれ。1942年東京高等師範学校卒。1945年9月東京文理科大学地理学科卒、東京都立上野中学校(現東京都立上野高等学校)教諭。47年東京高等師範学校附属中学校(現筑波大学附属中学校・高等学校)教諭。51年東京教育大学助教授。56年文部省初等中等教育局長事務官、58年同教科調査官。1963年宇都宮大学学芸学部助教授、68年教養部助教授、70年教授、72年教育学部教授、74-78年宇都宮大学教育学部附属中学校校長、1979年筑波大学教授、85年定年退官、上越教育大学教授、87-89年上越教育大学附属中学校校長兼任、90年定年退官、名誉教授、豊田短期大学教授、94年学長。
神田 順治(かんだ じゅんじ、1915年3月29日 - 20… 神田 順治(かんだ じゅんじ、1915年3月29日 - 2005年8月13日)は、元日本野球規則委員会委員長、東京大学運動会硬式野球部監督、東京大学教養学部教授。 1915年(大正4年)、東京・本郷に生まれる。第二東京市立中学校(現東京都立上野高等学校)、第八高等学校を経て、1936年(昭和11年)に東京帝国大学文学部教育学科に入学し、1939年に卒業後は厚生省体力局体育科に嘱託職員として勤務。中国戦線に応召し、南苑飛行場整備班長の陸軍中尉であった。 復員後、東京大学厚生部に勤務し、東京大学運動会主事を経て、東京大学運動会硬式野球部監督、1949年より同大教養学部助教授。プロ野球コミッショナー参与、朝日新聞社運動部嘱託、清和女子短期大学教授などを歴任。
山崎 正一(やまざき まさかず、1912年11月4日 - 1… 山崎 正一(やまざき まさかず、1912年11月4日 - 1997年8月17日)は、日本の哲学者。東大名誉教授。臨済宗の僧侶。谷中・興禅寺先住職。
浅香 幸雄(あさか ゆきお、1910年4月29日 - 199… 浅香 幸雄(あさか ゆきお、1910年4月29日 - 1994年7月24日)は、日本の地理学者。学位は、理学博士(東北大学)。東京教育大学名誉教授。 富山県高岡市出身。1932年東京高等師範学校卒、陸軍士官候補生、1936年東京文理科大学地理学科卒。 1953年「近世期の集落発達に関する地理学的研究」で、東北大学より理学博士の学位を取得(主査:富田芳郎教授)、東京市立第二中学校(現東京都立上野高等学校)教諭、朝鮮水原の高等農林学校の地理博物教員養成所教員、1944年東京高等師範学校教授、1949年至徳専門学校(現国士舘大学)地理科教授(兼任)、東京教育大学教授。74年定年退官、名誉教授、専修大学教授、1981年北陸工業専門学校教授、富山県教育委員会長。
岩田 孝三(いわた こうぞう、1907年1月30日-1994… 岩田 孝三(いわた こうぞう、1907年1月30日-1994年2月21日)は、日本の地理学者。専門は地政学。 新潟市出身。本籍は埼玉県浦和市。1930年東京高等師範学校文科第一部卒業、1933年東京文理科大学地理学科卒業。1934年同大学院退学、第二東京市立中学校(現東京都立上野高等学校)教諭、1936年陸軍経理学校教授、1937年陸軍教授。1945年敗戦により解雇、1951年東京学芸大学教授。1952年「わが国、国界、藩界についての政治地理学的研究」で東北大学理学博士(主査 富田芳郎教授)。1970年東京学芸大学定年退官、名誉教授、国士舘大学文学部地理学専攻教授。