スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小川 三紀(おがわ みのり、1876年(明治9年)3月30日… 小川 三紀(おがわ みのり、1876年(明治9年)3月30日 - 1908年(明治41年)10月31日)は、日本の鳥類学者。日本人で最初に鳥類に専念した動物学者の一人。飯島魁東京帝国大学教授を助けて[要出典]剥製標本や鳥卵標本を集め、日本鳥類学の礎を築く。南西諸島におけるルリカケスの再発見やオオトラツグミの発見などの業績がある。 1876年(明治9年)、静岡藩医小川清齋の四男として誕生。1892年(明治25年)、静岡市立高等小学校卒業。中学校2年生頃より昆虫類の採集を始め、旧制中学4年で処女論文を発表。1896年(明治29年)、静岡県尋常中学校卒業。1901年(明治34年)年、第一高等学校卒業。
青山 禄郎(あおやま ろくろう、1875年(明治8年)7月6… 青山 禄郎(あおやま ろくろう、1875年(明治8年)7月6日 - 1940年(昭和15年)1月6日)は、日本の技術者、実業家。日本信号創業者。電信・無線・信号・電気事業の分野で幾つもの国家的重責を担った。日産自動車のダットサン(DAT)のAは青山に由来する。 1875年(明治8年)7月6日に岡崎で父・鈴山巌と母・智恵の間に生まれる。愛知県額田郡高等小学校卒業。静岡中学校を中退し、1891年(明治24年)9月に上京して東京郵便電信学校に転校した。1892年(明治25年)に青山家に養嗣子として入籍した。1893年(明治26年)に東京郵便電信学校を首席で卒業し、逓信技手に任ぜられ逓信省電務局に勤務した。
仁田 大八郎(にった だいはちろう 、1871年11月19日… 仁田 大八郎(にった だいはちろう 、1871年11月19日(明治4年10月7日) - 1945年(昭和20年)3月1日)は、明治から昭和時代前期の静岡県田方郡で活躍した実業家、政治家。
尾崎 元次郎(おざき もとじろう、1870年10月5日(明治… 尾崎 元次郎(おざき もとじろう、1870年10月5日(明治3年9月11日)- 1945年(昭和20年)1月9日)は、日本の政治家、実業家。衆議院議員、貴族院議員。 現在の静岡県静岡市出身。尾崎伊兵衛の長男。1890年(明治23年)静岡県立尋常中学校を卒業。 日清戦争・日露戦争に従軍し、陸軍歩兵大尉に昇る。退役後、茶業・林業の経営を行い、静岡銀行監査役、静岡地方森林会議員、静岡市奨兵会長、静岡県勧善会理事、静岡市消防組頭などを務める。 1912年(明治45年)5月の第11回衆議院議員総選挙に静岡県静岡市区から出馬し当選。1917年(大正6年)4月の第13回総選挙まで当選し連続3期を務める。政党は中正会、正交倶楽部に所属した。
秋鹿 見橘(あいか けんきつ、1869年11月20日(明治2… 秋鹿 見橘(あいか けんきつ、1869年11月20日(明治2年10月17日) - 1954年(昭和29年)12月8日)は、明治から昭和時代前期の教育者。師範学校校長を歴任した後、沼津精華学園を創設。「我が国教育の急務は女子教育にあり」として、女子教育に尽力した。 1869年、徳川家とともに静岡に移った幕臣・秋鹿見山の長男として、沼津城下の棟割長屋に生まれる。沼津兵学校ゆかりの集成舎(沼津小学校)に学び、江原素六が設立し米山梅吉が学んだ私立沼津中学校を経、県立静岡師範学校に進み、1887年年3月29日、静岡県尋常中学校卒業。 上京して1888年4月、高等師範学校文学科に入学、1891年卒業。新潟県師範学校、及び各地の師範学校に勤務。
鏡 保之助(かがみ やすのすけ、慶応4年4月28日(1868… 鏡 保之助(かがみ やすのすけ、慶応4年4月28日(1868年5月20日) - 昭和6年(1931年)3月29日)は、明治から昭和始めにかけて活躍した農学者。農業教育者、庭園研究家。元姓は中川で人造肥料施用法原理を表した他、庭園研究にも勤しむ。駿河国(現在の静岡県)出身。 1890年(明治23年)、帝国大学農科大学卒業。1890年(明治23年)8月から1896年(明治29年)3月まで母校の静岡県尋常中学校で英語・博物・農業の教員を務める。1897年(明治30年)から農商務省農事試験場技師となる。1905年(明治38年)から1909年(明治42年)まで、京都府立農林専門学校に教諭として赴任し、のち校長を務める。
吉田 増次郎(よしだ ますじろう、1867年7月29日 (慶… 吉田 増次郎(よしだ ますじろう、1867年7月29日 (慶応3年6月28日) - 1942年3月14日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
小川 三知(おがわ さんち、1867年7月1日(慶応3年5月… 小川 三知(おがわ さんち、1867年7月1日(慶応3年5月29日)- 1928年(昭和3年)10月24日)は大正から昭和初めに活躍したステンドグラスの工芸家。 橋本雅邦に学んだ高い日本画の素養と、アメリカで修行して身に付けた複雑な色調を生み出すガラス技法で、アール・ヌーヴォー、アール・デコ風でありながらどこか日本情緒を感じさせる作品を生み出し、日本初のステンドグラス作家といえる存在である。 慶応3年(1867年)、静岡県静岡市裏一番町十五番地(現在の住吉町)で静岡藩医・小川清斎の次男として生まれた。静岡濠頭小学校、静岡中学校卒業後、上京。明治16年(1883年)、独逸学協会学校予備科に入学。長男漣平が早世したため、家業の医者になるべく第一高等中学校に入学したが、絵画への憧れは消えなかった。
青地 雄太郎(あおち ゆうたろう、1865年5月25日(慶応… 青地 雄太郎(あおち ゆうたろう、1865年5月25日(慶応元年5月1日) - 1926年(大正15年)12月24日)は、明治から大正時代の政治家。衆議院議員(4期)。 青地半三郎の長男として駿河国志太郡前島村(静岡県志太郡青島村、青島町を経て現藤枝市)に生まれる。1884年(明治17年)11月、家督を相続した。静岡中学校に学ぶ。静岡の朝陽義塾、掛川の冀北学舎を経て東京専門学校に入学し、1886年(明治19年)同校政治経済科を卒業する。1889年(明治22年)青島村初代村長に就任し、現在の東海道本線藤枝駅の青島への誘致、役場や学校の建設、伝染病予防のための隔離病舎の建設などに尽くした。ほか、地方金融の整備のため青島実業銀行(のち頭取)を創立し、物流集散のため青島運送合資会社を立ち上げた。
秋山 一裕(あきやま いちゆう、1865年4月10日(元治2… 秋山 一裕(あきやま いちゆう、1865年4月10日(元治2年3月15日) - 1943年(昭和18年)3月4日)は、明治から昭和時代前期の政治家、実業家。衆議院議員(1期)。 山縣銃太郎の弟、山縣昌繁の二男として駿河国志太郡島田宿(静岡県志太郡島田町を経て現島田市)に生まれ、1884年(明治17年)4月、秋山家の養子となり、同年6月、家督を相続する。1881年(明治14年)静岡師範学校高等師範科を卒業し、小学校教諭を経て、師範学校訓導となる。1887年(明治20年)10月、上京し慶應義塾に入り、1891年(明治24年)4月、同校を首席で卒業した。安田銀行に入行したのち、イーストレイクらと共に日本英学院を創立し教鞭をとる。
神戸 寅次郎(かんべ とらじろう、元治元年12月27日(18… 神戸 寅次郎(かんべ とらじろう、元治元年12月27日(1865年1月24日) - 昭和14年(1939年)5月17日)は、日本の法学者。専門は民法。慶應義塾大学法学部の育ての親。 静岡県庵原郡松野村出身。静岡県松野小学校、県立静岡中学校、静岡英学校を経て1887年慶應義塾正科に入学。1890年に新設された慶應義塾大学部法律科に入学し、ハーバード大学から派遣されたジョン・ヘンリー・ウィグモア教授のもとで学ぶ。同科を卒業した翌年の1892年に同教員となる。 慶應義塾第一回留学生に選ばれ、1899年8月から1902年12月にかけベルリン大学およびハレ大学で学ぶ。学位論文「日本の合名会社」にてハレ大学からドクトル・ユーリスの学位を授与される。
笠井 信一(かさい しんいち、1864年7月22日(元治元年… 笠井 信一(かさい しんいち、1864年7月22日(元治元年6月19日) - 1929年7月25日)は、日本の内務官僚・政治家。貴族院議員。 静岡県出身。笠井勘三郎の三男として生まれる。静岡県立静岡中学校、第一高等学校を経て、1892年、帝国大学法科大学を卒業した。 1893年2月、内務省に入り、内務属として警保局に配属された。その後、警保局監獄課長、山形県参事官、岩手県警察部長、高知県書記官、台湾総督府事務官、台南県書記官、岐阜県書記官、新潟県書記官、同県第一部長、熊本県第一部長などを歴任。 1907年1月、岩手県知事に就任。1913年3月、地元出身初の静岡県知事に就任。1914年6月、岡山県知事に転じた。
木原 正二郎 は、日本の俳優、声優。旧芸名は木原 抄二郎。本… 木原 正二郎 は、日本の俳優、声優。旧芸名は木原 抄二郎。本名、木原規之。
木村 良平(きむら りょうへい、 - 2022年〈令和4年〉… 木村 良平(きむら りょうへい、 - 2022年〈令和4年〉3月4日)は、日本の薬学者(生物薬剤学)。学位は薬学博士(静岡薬科大学・1976年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡薬科大学薬学部教授、静岡県立大学薬学部教授、静岡県立大学学生部部長などを歴任した。 生物薬剤学を専攻する薬学者である。医薬品の薬物動態や薬効解析といった業績や、環境汚染物質についての薬物代謝酵素誘導作用の解析などで知られる。静岡薬科大学、静岡県立大学で教鞭を執った。 1957年(昭和32年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1961年、静岡薬科大学卒業後、企業人として医薬品学術情報業務に従事。博士論文「グルタミン酸の5-アルキルアミドの中枢神経に及ぼす影響」により、1976年(昭和51年)に静岡薬科大学から薬学博士の学位を授与された。
桐澤 誠(きりさわ まこと、 - 2011年4月29日)は、… 桐澤 誠(きりさわ まこと、 - 2011年4月29日)は、日本の薬学者。日本大学薬学部初代学部長、元日本大学副総長。日本大学名誉教授。日本大学薬学部設置に尽力した。薬学博士(東京大学)。桐沢誠とも表記される。 1948年(昭和23年)東京大学医学部薬学科卒業、製薬会社に入社。1952年(昭和27年)4月から1958年(昭和33年)3月まで東京大学医学部薬学科薬品製造学教室において、アルカロイドの合成研究に従事。薬学博士の学位を取得。 1958年(昭和33年)4月に日本大学理工学部薬学科講師。1960年(昭和35年)4月助教授、1967年(昭和42年)9月教授。その後、1971年(昭和46年)分析化学研究室の教授に就任、1980年(昭和55年)以降、1992年(平成4年)11月に定年退職まで薬品製造学および薬品化学研究室の教授。
栗原 幸衛(くりはら ゆきえ、生年不明 - 1920年(大正… 栗原 幸衛(くりはら ゆきえ、生年不明 - 1920年(大正9年)1月7日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は騎兵大佐。日露戦争では秋山支隊 騎兵第一旅団司令部に所属。奉天会戦などに参戦した。 静岡県田方郡韮山町(現伊豆の国市)出身。1895年(明治28年)、静岡県尋常中学校卒業。1898年(明治31年)11月25日、陸軍士官学校10期卒業。1899年(明治32年)、6月27日任官。 1903年(明治36年)8月3日、陸軍大学校入校。1904年(明治37年)2月9日中退、日露戦争を戦った後、1906年(明治39年)3月20日に陸大に復校。1908年(明治41年)11月30日、陸大20期卒業。大尉。
服部 寛一郎(はっとり かんいちろう)は静岡県出身の元静岡県… 服部 寛一郎(はっとり かんいちろう)は静岡県出身の元静岡県議会議員、元静岡市議会議員。静岡県オンブズマンネットワーク代表。「ハットリカンちゃん」の愛称で知られる。
佐藤 仁美(さとう ひとみ)は、日本の臨床心理士、芸術療法士… 佐藤 仁美(さとう ひとみ)は、日本の臨床心理士、芸術療法士。放送大学准教授。専門は臨床心理学。静岡県生まれ。
手塚圭子(てづか・けいこ)は美容研究家。医学博士・保健学博士… 手塚圭子(てづか・けいこ)は美容研究家。医学博士・保健学博士。
石山 建一 は、静岡県静岡市駿河区出身の元社会人野球の野球選… 石山 建一 は、静岡県静岡市駿河区出身の元社会人野球の野球選手・監督である。
蒼木 るい(あおき るい)は、日本の女優、アーティスト。 事… 蒼木 るい(あおき るい)は、日本の女優、アーティスト。 事務所はエイジアプロモーションを退所後、スペースクラフトエンタテイメントに所属していたが、2020年9月に退所。現在はエッグスター所属。身長163cm、靴のサイズ24.5cm、血液型B型。 幼少期から始めた器械体操では全国大会準優勝、西日本大会優勝等の好成績を残す。現在は女優として活動中。TikTokフォロワー46000人超。
安達 宣郎(あだち のぶお)は、日本の元バスケットボール選手… 安達 宣郎(あだち のぶお)は、日本の元バスケットボール選手。日本健康スポーツ連盟理事。元日本トップリーグ連携機構常務理事。 1961年、静岡県立静岡高等学校卒業。静高時代は粟野吉州とともに1年の時から全国大会を経験。1年生、2年生の時にインターハイ準優勝、3年生の1960年は国体準優勝。1961年、東京教育大学に進学。大学時代に、粟野吉州とともに1964年東京オリンピックの日本代表候補選手となる。 大学卒業後、八幡製鉄の主力選手として日本リーグで活躍した。1966年、八幡製鉄退社後、地元シャンソン化粧品に入社し1976年まで監督を務める。その後、三井生命の男女チームの監督、日本バスケットボール協会理事、1995年バスケットボール女子アジア選手権日本代表チーム団長、1996年アトランタオリンピック日本代表チームリーダーなどの要職を歴任。
稲木 良光(いなぎ よしみつ)は、日本のプロコントラバス奏者… 稲木 良光(いなぎ よしみつ)は、日本のプロコントラバス奏者・指揮者。静岡クラシック音楽振興会代表、静岡プロレス代表。静岡県静岡市駿河区出身・在住。国立音大助手を3年、常葉短期大学講師を10年間務めた。静岡での地域密着演奏会を約4000回に渡って開催している。 森下小、東海大学第一中学校音楽部(現吹奏楽部)、静岡高校弦楽合奏部を経て東京音楽大学コントラバス科を首席で卒業した。在学中から在京の主要オーケストラにエキストラ出演する。卒業後は国立音楽大学オーケストラ演奏助手及び霧島国際音楽祭招待アーティストを3年間務めた。 静岡コントラバス協会代表、国立オペラカンパニーコントラバス奏者、ロイヤルジャパンアンサンブル音楽監督、静岡クラシック音楽振興会代表なども務めている。
遠藤 繁清(えんどう しげきよ、1884年(明治17年) -… 遠藤 繁清(えんどう しげきよ、1884年(明治17年) - 1965年(昭和40年)は、日本の医師。病理医、内科医。医家に生まれる。旧姓、槇(遠藤家に婿入り)。結核病学を専門とし、自身の結核療養の経験をもとに医学書を執筆し、診療にあたった。サナトリウム療法の第一人者と称される。秩父宮雍仁親王の主治医の一人。医学博士。 静岡県立静岡中学校に学ぶ。1908年(明治41年)、東京帝国大学医科大学卒業。病理学教室を経て、1911年(明治44年)、青山内科へ移り、同年夏に自らの痰の検鏡を行い結核菌を見た。肋膜炎を発症、1ヶ月の入院を含む療養を経て、翌、1912年(明治45年)春より復職。1914年(大正3年)、伝染病研究所へ異動後、病状悪化、辞職。
大石 悦男(おおいし えつお)は、日本の薬学者(有機合成化学… 大石 悦男(おおいし えつお)は、日本の薬学者(有機合成化学)。学位は薬学博士(静岡薬科大学・1969年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡薬科大学薬学部助教授、静岡県立大学薬学部助教授、静岡県立大学大学院生活健康科学研究科教授、静岡県立大学環境科学研究所教授などを歴任した。 有機合成化学を専攻する日本の薬学者である。静岡県立大学大学院生活健康科学研究科にて有機合成化学研究室の教授を務め、環境物質科学専攻の専攻長などを歴任した。静岡県立大学の環境科学研究所の教授を経て、名誉教授となる。 1958年(昭和33年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1966年3月、静岡薬科大学大学院博士課程を中退。大学院では林英作から指導を受けた。
小澤 勝男(おざわ かつお、 - )は、日本の医学者、医師。… 小澤 勝男(おざわ かつお、 - )は、日本の医学者、医師。専門は心臓血管外科学。静岡済生会総合病院第4代院長。医学博士(名古屋大学)。 1961年、静岡県立静岡高等学校卒業。1967年、名古屋大学医学部卒業。名古屋大学医学部第1外科、米国オハイオ州クリーブランド・クリニック人工臓器部門を経て、1981年、名古屋保険衛生大学医学部外科学助教授。1993年、静岡済生会総合病院第1医療部部長兼心臓血管外科医長。1998年、同院副院長。2001年、静岡済生会総合病院院長兼心臓血管外科科長(〜2009年)。2004年、静岡済生会看護専門学校第5代校長。東海医療工学専門学校校長などを勤めた。東海医療工学専門学校非常勤講師。
小野 友樹 は、日本の男性声優、歌手。フリー。静岡県静岡市出… 小野 友樹 は、日本の男性声優、歌手。フリー。静岡県静岡市出身。紺綬褒章受賞者。
風間 舜介(かざま しゅんすけ)は、日本の薬学者(薬品物理化… 風間 舜介(かざま しゅんすけ)は、日本の薬学者(薬品物理化学)。薬学博士(静岡薬科大学・1985年)。 芳香族ケトンやサーモクロミックエチレンに着目、コンフォメーションについて研究。「芳香族ケトンおよびサーモクロミックエチレンのラジカルのコンホメーションに関する研究」、により薬学博士。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。静岡薬科大学薬学部、静岡県立大学薬学研究科講師。製薬学科の薬品物理化学講座を担当。大学院では、薬学研究科に所属する講師として、藤井敏や片山誠二らとともに製薬学専攻の薬品物理化学講座を担当した。 薬品物理化学を中心とする領域に取り組む。特に原子の立体配座に関する研究を手がけ、成果は日本薬学会の『藥學雜誌』などに掲載された。
吉川 晴夫(きっかわ はるお)は、日本の高等学校教諭、学校長… 吉川 晴夫(きっかわ はるお)は、日本の高等学校教諭、学校長。元静岡県教育委員会教育長。常葉学園大学第2代学長。 静岡県立静岡中学校卒業。1953年(昭和28年)から1971年(昭和46年)までの長きに亘り、母校の静岡高校で国語科の教員、また教頭として教鞭を執った。1977年(昭和52年)から1981年(昭和56年)まで、静岡高校学校長を務めた後、静岡県教育委員会教育長。1990年(平成2年)から1996年(平成6年)まで常葉学園大学学長を務めた。
桑原 雅夫(くわはら まさお、 - )は、日本の交通工学者。… 桑原 雅夫(くわはら まさお、 - )は、日本の交通工学者。東京大学名誉教授。東北大学名誉教授。Ph.D(カリフォルニア大学バークレー校)。 1973年、静岡県立静岡高等学校卒業。1977年、早稲田大学理工学部土木工学科卒業後、鉄建建設入社。その後、東京大学で修士号、1985年、カリフォルニア大学バークレーにてPh.D取得。同年、東京大学工学部土木工学科助手。1987年、東京大学生産技術研究所助教授を経て、2000年、同教授。2010年、東北大学大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻に転出、教授。2015年、東京大学名誉教授。2020年、東北大学名誉教授。同年、東北大学未来科学技術共同研究センター特任教授。
田中 仁(たなか ひとし)は、日本の物理学者。専門はプラズマ… 田中 仁(たなか ひとし)は、日本の物理学者。専門はプラズマ物理学。京都大学名誉教授。理学博士(京都大学)。 1978年(昭和53年)、静岡県立静岡高等学校卒業。京都大学理学部卒業。京都大学大学院理学研究科修士課程物理学第一専攻修了。京都大学大学院理学研究科博士後期課程物理学第一専攻修了。理学博士(京都大学)。2016年(平成28年)、京都大学大学院エネルギー科学研究科基礎科学専攻エネルギー物理学講座教授。京都大学名誉教授。
吉村 徹(よしむら とおる - )は、日本の生化学者。 立命… 吉村 徹(よしむら とおる - )は、日本の生化学者。 立命館大学総合科学技術研究機構上席研究員。名古屋大学名誉教授。農学博士(京都大学)。 専門は酵素学。D-アミノ酸代謝関連酵素の構造、機能、生理的役割と応用。 1975年、静岡県立静岡高等学校卒業。1979年、京都大学農学部農芸化学科卒業。1984年、京都大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士課程単位認定退学。1985年、京都工芸繊維大学繊維学部助手。1989年、京都大学化学研究所助手。1997年、同助教授。2003年、名古屋大学大学院生命農学研究科教授。応用分子生命科学専攻 応用生命化学講座 生体高分子学分野。2022年、同名誉教授、立命館大学総合科学技術研究機構上席研究員。
鈴木 絲子(すずき いとこ)は、元国連ガバナンス・行政部次長… 鈴木 絲子(すずき いとこ)は、元国連ガバナンス・行政部次長。元立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部学部長。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。国際基督教大学修士課程(行政大学院)修了。大学院時代に、シンガポール国立大学に留学。1969年から2000年、国際連合で開発途上国の行政改革とそのための人材育成に注力。2000年、立命館アジア太平洋大学教授、アジア太平洋学部学部長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
笹尾 光彦(ささお みつひこ)は日本の画家。洗練された洒落た… 笹尾 光彦(ささお みつひこ)は日本の画家。洗練された洒落た色彩感覚で「赤の画家」として知られる。個展「花のある風景」を毎年開催、2024年に第27回を迎えた。 静岡市出身。日本画家の父、笹尾好一の影響で、幼い頃より絵に興味を持つ。高校時代、美大入試のために美術教師大村政夫のアトリエに通い、デッサンに励んだ。1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。多摩美術大学図案化卒業。大手印刷所デザイナー、外資系広告代理店クリエイティブディレクター、制作担当副社長を務め、広告業界で活躍。その間ヨーロッパ、特にパリへ何度も足を運んだ。仕事のかたわら絵を描き始め、56歳で本格的に画家になる決心をし、1997年11月、画家として独立。
藤野 威男(ふじの たけお、- )は、日本の材料工学者。 専… 藤野 威男(ふじの たけお、- )は、日本の材料工学者。 専門は原子力(核燃料化学)。元東北大学多元物質科学研究所教授。理学博士(東京大学) 1956年、静岡県立静岡高等学校卒業。1975年、「ウラン,アメリシウムおよびキュリウムの放射化学的研究」で、理学博士(東京大学)。日本原子力研究所東海研究所。1993年、東北大学素材工学研究所教授、2001年、東北大学多元物質科学研究所(素材工学研究所改組)教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
森崎 裕子(もりさき ひろこ)は、日本の医学者、臨床遺伝専門… 森崎 裕子(もりさき ひろこ)は、日本の医学者、臨床遺伝専門医。榊原記念病院総合診療部臨床遺伝科科長。遺伝病の診療に30年携わる。特にマルファン症候群、エーラス・ダンロス症候群については最先端。医学博士(東京大学医科学研究所)。 1974年、静岡県立静岡高等学校卒業。1980年、東京大学医学部卒業。同年、東京大学医学部附属病院小児科研修医。1987年、医学博士(東京大学医科学研究所)。1991年、デューク大学医学部内科研究員。1994年、ペンシルバニア大学医学部内科研究員。同年、国立循環器病センター研究所研究員。1998年、同研究所室長。2003年、国立循環器病センター遺伝カウンセリング外来担当医(併任)。
森田 信男(もりた のぶお、 - )は、日本の資源工学者。専… 森田 信男(もりた のぶお、 - )は、日本の資源工学者。専門は石油工学。早稲田大学名誉教授。工学博士(テキサス大学) 1963年、静岡県立静岡高等学校卒業。1968年、東京大学工学部資源開発工学科 石油工学専攻卒業。1974年、テキサス大学大学院博士課程(石油生産・地球科学研究室 石油工学科)修了。1974年 - 1977年、テキサス大学研究員。1979年-1981年、テキサス大学 Research Associate。1981年-1995年、コノコ社 部長級上級研究者。スタットオイル、ノルスクハイドロ、エニ、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)等の石油会社のテクニカルアドバイザーを務めた。 1995年より早稲田大学理工学部環境資源工学科教授。
寺田 典生(てらだ よしお、 - )は、日本の医師、医学者。… 寺田 典生(てらだ よしお、 - )は、日本の医師、医学者。高知大学医学部教授。専門は腎臓内科。医学博士(東京医科歯科大学)。 1978年、静岡県立静岡高等学校卒業。1984年、東京医科歯科大学医学部卒業。同年、東京医科歯科大学第2内科医員。1988年、米国国立衛生研究所(NIH)研究員。2002年、東京医科歯科大学大学院腎臓内科助教授。2008年、高知大学医学部内分泌代謝・腎臓内科学講座教授。2010年、高知大学医学部付属病院栄養管理部長。2012年、高知大学医学部附属病院副病院長(~2016年)。2016年、高知大学医学部臨床医学部門・部門長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
志田 笙子(しだ しょうこ)は、日本の作曲家。ジャンルは現代… 志田 笙子(しだ しょうこ)は、日本の作曲家。ジャンルは現代音楽、舞台音楽、ダンスミュージック。ドイツを拠点にフリーランスの作曲家として活動。作品は、ヨーロッパを中心に、アメリカ、日本、台湾など世界各地の音楽祭で演奏されている。 静岡県出身。静岡県立静岡高等学校卒業。東京藝術大学作曲科卒業。愛知県立芸術大学音楽科、及びフェリス女学院音楽学部において講師、その後、台北市の中国文化大学音楽学科などで教授を務めた。1980年よりケルンに移住しフリーランス。これまでに、ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習、ヴィッテン現代音楽祭、ボスヴィール音楽祭、ケルンタンツフォールム、ACL香港、ローマ、ザールブリュッケン現代音楽祭、MDRサマーフェステイバル、アースエレクトロニカ、またアメリカ、台湾、日本で演奏され、特にヨッヘン・ウルリッヒ振付によるオルフェウス(ジャン・コクトーの生涯)はヨーロッパ各地のダンスフェステイバルなどで40回以上にわたって上演されている。
三浦 克敏(みうら かつとし、 - )は、日本の医師、医学者… 三浦 克敏(みうら かつとし、 - )は、日本の医師、医学者。浜松医科大学名誉教授。専門は病理学。医学博士(浜松医科大学)。浜松医科大学1期性・初代同窓会長。静岡市出身。 1974年、静岡県立静岡高等学校卒業。1980年、浜松医科大学医学部卒業。1984年、浜松医科大学医学研究科修了。2006年、浜松医科大学附属病院病理部長から浜松医科大学看護学科基礎看護学講座教授に就任。解剖学、病理学、医療概論の授業を担当した。2021年、浜松医科大学退職。名誉教授。 1980年〜1981年、浜松医科大学同窓会初代会長を務めた。浜松医科大学非常勤講師。本多電子技術顧問。 心臓の弁に沈着するアミロイドの分析。「超音波顕微鏡」を用いた組織の観察を行い Laboratory Investigation、Scientific Reportsなどに論文を発表。