スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
北川 喬之(きたがわ たかゆき、1981年12月13日 - … 北川 喬之(きたがわ たかゆき、1981年12月13日 - )は、日本の元ラグビー選手。2016年現在、関東学院大学ラグビー部FWコーチを務めている。 12歳からラグビーを始めた。 2000年、東山高校卒業後、関東学院大学に入る。 2004年、関東学院大学卒業後、ヤマハ発動機ジュビロに加入。同年9月25日に行われたジャパンラグビートップリーグ第2節の近鉄ライナーズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2009年、三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニック ワイルドナイツ)に加入。 2012年、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入 2015年、現役を引退した。
松永 理生(まつなが りお、1981年10月9日 - )は、… 松永 理生(まつなが りお、1981年10月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 京都府京都市出身。母親の影響で第三錦林小学4年よりバレーボールを始める。 中央大学在学中の2001年アジアジュニア選手権に出場、2003年ユニバシアード大会準優勝などを経験。 2004年にパナソニックパンサーズに入団。2007年6月29日付で退部。同年、豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)に移籍。2010年、選手兼コーチに就任。2011年5月、黒鷲旗大会終了後に現役引退し、コーチ専任となった。 2012年に、豊田合成からの外部派遣として、母校の中央大学男子監督に就任し、3月の合宿より合流。
水野 弘貴(みずの ひろき、1981年9月28日 - )は、… 水野 弘貴(みずの ひろき、1981年9月28日 - )は、日本の元ラグビー選手。 洛西ラグビースクール出身である。 2000年、東山高校卒業後、関東学院大学に入る。 2004年、関東学院大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツに加入。同年9月19日に行われたトップリーグ第1節のワールドファイティングブル戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2014年2月23日に行われた第51回日本選手権2回戦の東芝戦でチームとして試合出場100キャップを達成した。 2017年、現役を引退した。
深井 慎一郎(ふかい しんいちろう、1981年 - )は、日… 深井 慎一郎(ふかい しんいちろう、1981年 - )は、日本のジャーナリスト、TBSの報道局の記者。 京都府京都市出身。東山中学校・高等学校から関西学院大学文学部心理学科に進学。 2005年3月に同大学を卒業。同年4月、TBSに入社。同期は石井大貴、飯田和孝、嵯峨祥平、田中健太、宮本晴代。アナウンサーには青木裕子、新井麻希、岡村仁美がいる。 報道局政治部記者として、小泉首相の総理番・第一次安倍総理番、幹事長の番記者を経て、夕方の報道番組『Nスタ』や情報制作局制作の『情報7daysニュースキャスター』のディレクターを担当。 退任後は再び政治部に戻り、外務省、首相官邸クラブ・与党平河キャップを担当。
角濱 嘉彦(かくはま よしひこ、1979年12月5日 - )… 角濱 嘉彦(かくはま よしひこ、1979年12月5日 - )は、日本のラグビー選手。 中学1年生からラグビーを始めた。 1998年、東山高校卒業後、関東学院大学に入る。なお東山高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2002年、関東学院大学卒業後、三洋電機(現・パナソニック ワイルドナイツ)に加入。 2008年、近鉄ライナーズに加入。 2010年、近鉄ライナーズを退団した。
藤田 洋司(ふじた ようじ、1979年〈昭和54年〉11月2… 藤田 洋司(ふじた ようじ、1979年〈昭和54年〉11月22日 - )は、日本の政治家、薬剤師。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 京都府京都市左京区生まれ。京都市立養徳小学校、京都市立高野中学校、東山高等学校卒業後、スペインに語学留学した。立命館大学経営学部を卒業。母方の家系に薬剤師が多く、自身も同職を志し、北陸大学薬学部を卒業し、株式会社フジタ薬局に入社。左京区薬剤師会会長、左京区保護司会理事、京都府薬剤師連盟副会長、京都府薬剤師会理事、タカノウエスト商店街理事長を歴任した。2024年1月に発生した能登半島地震では薬剤師として現地に派遣され、市販薬を集約し、避難所などに届ける準備に従事した。
茂山 逸平(しげやま いっぺい、1979年(昭和54年)6月… 茂山 逸平(しげやま いっぺい、1979年(昭和54年)6月12日 - )は、狂言方大蔵流能楽師、俳優 。重要無形文化財保持者(総合認定)。二世茂山七五三の次男。京都市芸術新人受賞者、京都府文化賞奨励賞受賞者。 1979年、茂山眞吾(二世茂山七五三)の次男として京都府に生まれる。 父・二世茂山七五三、祖父・四世茂山千作、曽祖父・三世茂山千作に師事。1983年、『業平餅』の童で初舞台を踏んだ。能の子役としても広く活動していた。近年、能と狂言両方の子役を幅広く経験しているのは逸平と和泉流の石田淡朗の二人だけである[要出典]。 東山高等学校卒業。立命館大学文学部日本史学専攻 中退[要出典]。 1994年には、兄・宗彦、従兄弟の茂と「花形狂言少年隊」を結成。
吉崎 勝(よしざき まさる、1978年10月4日 - )は、… 吉崎 勝(よしざき まさる、1978年10月4日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(投手)。
北川 佳男(きたがわ よしお、1978年8月21日 - )は… 北川 佳男(きたがわ よしお、1978年8月21日 - )は、京都府出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはフォワード。 佐川急便大阪SCから2000年に水戸ホーリーホックに加入。シーズン後半よりレギュラーを獲得。 同チームに在籍していた小野隆儀と共にツートップを組む事も多かった事から小野と共に、"水戸の顔"と呼ばれていた。[要出典] 2003年シーズン終了後に解雇。2004年よりアローズ北陸へ移籍。2007年よりロッソ熊本へ移籍。 2008年シーズン限りで引退した。 2009年から2011年にかけてはロアッソ熊本でアカデミーコーチを務めた。2012年より古巣水戸でスタッフを務める。
平井 直人(ひらい なおひと、1978年7月16日 - )は… 平井 直人(ひらい なおひと、1978年7月16日 - )は、京都府出身のサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)。 京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)下部組織出身で、1997年に同クラブのユース初のトップ昇格選手として京都に入団。 加入直後は元日本代表の松永成立の控えという立場で出場機会に恵まれなかったが、2000年J1・1stステージ限りで松永が引退すると、2ndステージにはいきなり全試合フル出場を果たす。一見派手なスーパーセーブこそ少ないが、的確な判断とミスの少ない安定したプレーが特徴の堅実な選手で、素早く正確なスローによるフィードも特徴のひとつであった。
村山 祥栄(むらやま しょうえい、1978年〈昭和53年〉2… 村山 祥栄(むらやま しょうえい、1978年〈昭和53年〉2月7日 - )は、日本の政治家。全国地域政党連絡協議会顧問。京都市会議員(5期)、地域政党京都党代表を務めた。 1978年(昭和53年) 京都市左京区に生まれる。マクリン幼稚園、京都市立下鴨小学校、東山中学校・高等学校を経て、専修大学法学部に入学する。大学時代には、早稲田大学の政治サークル鵬志会に在籍し、当時民主党所属の衆議院議員であった松沢成文の秘書を務めていた。 当時『日経ビジネス』にて、転職するときにニーズが高い会社としてIBMとリクルートと野村證券が挙げられていたことから、大学卒業後は"ビジネス全体で評価される会社"として株式会社リクルートに入社する。
中西 有希人(なかにし ゆきひと、1977年12月13日 -… 中西 有希人(なかにし ゆきひと、1977年12月13日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)。
岡島 秀樹(おかじま ひでき、1975年12月25日 - )… 岡島 秀樹(おかじま ひでき、1975年12月25日 - )は、京都府京都市伏見区出身の元プロ野球選手(投手)。
茂山 宗彦(しげやま もとひこ、1975年〈昭和50年〉6月… 茂山 宗彦(しげやま もとひこ、1975年〈昭和50年〉6月4日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師・俳優 。重要無形文化財保持者(総合認定)。二世茂山七五三の長男。 1975年に、茂山眞吾(二世茂山七五三)の長男として生まれる。 父、祖父四世茂山千作および曽祖父 三世茂山千作に師事し、1979年、4歳のとき「以呂波」で初舞台を踏む。愛称は「もっぴー」。 1989年に京都能楽養成会に入会、1990年に「千歳」、1996年に「三番三」を披くなど活動を重ねるが、狂言師としてやっていく決意をしたのは、2000年に「釣狐」を披いた頃であった。 1994年、従弟の茂、弟の逸平とともに「花形狂言少年隊」を結成し、若い世代向けに活動する。
川中 基嗣(かわなか もとつぐ、1973年12月19日 - … 川中 基嗣(かわなか もとつぐ、1973年12月19日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
十四世茂山 千五郎(しげやま せんごろう、1972年(昭和4… 十四世茂山 千五郎(しげやま せんごろう、1972年(昭和47年)7月7日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師。五世茂山千作(十三世茂山千五郎)の長男。狂言方の名跡・「茂山千五郎」の当世、茂山千五郎家14代目当主(2016年 - )、京都府文化賞功労賞受賞者、重要無形文化財保持者(総合認定)。本名は茂山 正邦(しげやま まさくに)。 1972年、茂山正義(五世千作・十三世千五郎)の長男として生まれる。父、祖父四世茂山千作、曽祖父 三世茂山千作に師事。1976年、「以呂波」のシテで初舞台。 東山高等学校卒業、立命館大学中退。1989年に「三番三」を披き、1993年に「花形狂言会」への入会と共に「釣狐」を披く。
池江 泰寿(いけえ やすとし、1969年1月13日 - )は… 池江 泰寿(いけえ やすとし、1969年1月13日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の調教師。東山高等学校を経て同志社大学文学部卒業。栗東トレーニングセンター所属。 父は元調教師の池江泰郎、伯父に池江敏郎元厩務員がいる。同級生に武豊がおり、幼馴染みである。騎手を志したが、中学2年生時の1年間で身長が14cm伸びたため、騎手になるのを断念した。1年浪人後同志社大学に入学、大学4年の夏休みに6週間ケンブリッジの英語学校に通った。 1993年浅見国一厩舎所属の調教厩務員に、同年浅見国一厩舎所属の調教助手となる。 1994年池江泰郎厩舎に移籍。ステイゴールドなどを管理した。その後、1995年にはイギリスに、1996年からはアメリカに渡り、マイケル・スタウト厩舎やニール・ドライスデール厩舎で調教助手を勤め、腕を磨く。
柳田 光司(やなぎだ こうじ、1968年8月21日 - )は… 柳田 光司(やなぎだ こうじ、1968年8月21日 - )は、日本の構成作家、バラエティタレント、ラジオパーソナリティ。滋賀県大津市生まれ、出身。京都市西京区在住(2023年10月時点)。既婚、1女あり。85kg(2023年6月時点)。血液型O型。別名、金太郎師匠。 大津の谷の下で生まれ育つ。父は小学校教師。大津市立志賀小学校、大津市立唐崎中学校を経て、好きな女子がいた膳所や石山ではない県立高校に落ち、村八分の柴田和志とみうらじゅんに惹かれ、東山高校に入学(S61年度卒)、帰宅部だった。佛教大学在学中から、心斎橋筋2丁目劇場に出入りする。在学中はフォークソング部に在籍、越智順子は3つ上の先輩だった。
田崎 健太(たざき けんた、1968年3月13日 - )は、… 田崎 健太(たざき けんた、1968年3月13日 - )は、日本のノンフィクション作家。早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。 京都府の私立東山高等学校を経て早稲田大学法学部を卒業後、小学館に入社。作家志望であったため、作家に接触できる出版社に入りやり方を見れば自分もなれるだろうという動機だった。週刊ポストの編集を担当し1999年に退社。その後ノンフィクション作家として活動している。『球童 伊良部秀輝伝』で2014年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した。
鏡 リュウジ(かがみ リュウジ、本名:服部 彰浩、1968年… 鏡 リュウジ(かがみ リュウジ、本名:服部 彰浩、1968年3月2日 - )は、日本の心理占星術研究家・翻訳家。京都文教大学客員教授。所属事務所はサンミュージックプロダクション。
谷口 正晃(たにぐち まさあき、1966年7月6日 - )は… 谷口 正晃(たにぐち まさあき、1966年7月6日 - )は、日本の映画監督。
レッド 吉田(レッド よしだ、本名:吉田 永憲(よしだ なが… レッド 吉田(レッド よしだ、本名:吉田 永憲(よしだ ながのり)、1965年(昭和40年)10月30日 - )は、日本のお笑いタレント。お笑いコンビ・TIMのツッコミ担当。 京都府出身。ワタナベエンターテインメント所属。血液型はO型、身長180cm、体重80kg。 京都市立九条中学校卒業。私立東山高等学校を経て佛教大学卒業。 高校時代は野球部に所属し、登板機会は無かったが控え投手として夏の甲子園に出場した経験を持つ。 大学卒業後は一時会社員として働いていたが、役者を志して1990年に上京。最初に住んだアパートで隣の部屋の住人だった松本政彦(のちのゴルゴ松本)と出会う。1994年に松本とコンビ「TIM」を結成。
トモ 藤田(トモ ふじた、1965年9月11日 - )は、京… トモ 藤田(トモ ふじた、1965年9月11日 - )は、京都府出身のギタリスト、著述家、教育者。本名は、藤田智久。
山村 幸広(やまむら ゆきひろ、1963年10月-)は、日本… 山村 幸広(やまむら ゆきひろ、1963年10月-)は、日本の実業家。ダブルクリック、エキサイトの代表取締役社長を歴任、元グラムメディア・ジャパン株式会社CEO兼シニアバイスプレジデント。2014年パズルリング設立。スクウエア・エニックスホールディングス社外取締役、プロジェクト8株式会社(集英社100%子会社)非常勤取締役、トランス・コスモス株式会社 顧問、xAd Japan 顧問を兼任している。 京都市出身。京都東山高校卒業、天理大学外国語学部フランス学科卒業、1986年トランスコスモス入社。同社営業副本部長から米国法人の取締役、取締役事業企画開発副本部長を経た後、1997年にダブルクリック株式会社設立と共に代表取締役社長へ就任。
久保田 真也(くぼた しんや、1962年〈昭和37年〉12月… 久保田 真也(くぼた しんや、1962年〈昭和37年〉12月2日 - )は、日本の銀行家。滋賀銀行頭取。 滋賀県大津市出身。東山高等学校を経て、1986年(昭和61年)に関西学院大学社会学部を卒業し、4月に滋賀銀行に入行。 労働組合の委員長を務めた経験がある。2013年守山支店長。2015年総合企画部長。2017年取締役 総合企画部長。2018年常務取締役。2020年専務取締役(代表取締役)。 2023年(令和5年)6月27日、滋賀銀行取締役頭取(代表取締役)に昇格。コンサルティングを通じて脱炭素、事業承継などの社会課題をビジネスに繋げることや、スタートアップ支援を重視する方針を示した。 2026年5月からは、滋賀経済同友会代表幹事を務めている(任期は2年)。
平川 良浩(ひらかわ よしひろ、1961年12月16日 - … 平川 良浩(ひらかわ よしひろ、1961年12月16日 - )は、日本の実業家。京阪ホールディングス代表取締役社長、京阪電気鉄道代表取締役会長。神奈川県出身。 東山高等学校を経て、1986年に早稲田大学理工学部を卒業、同年に京阪電気鉄道株式会社(現・京阪ホールディングス株式会社)に入社。入社後は、地下鉄や高架化工事等の鉄道インフラ整備、駅改良並びに周辺開発に従事。特に駅周辺開発では、地元、行政、政治家など関係者との調整を担った。1994年、京都大学大学院工学研究科修了。同社安全推進部長、工務部長などを経て、2015年6月、同社執行役員。その後、2017年6月に同社常務取締役、2019年6月に同社専務取締役にそれぞれ就任し、2021年6月から2025年6月まで京阪電気鉄道社長を務め2025年6月から京阪ホールディングス代表取締役社長、京阪電気鉄道代表取締役会長に就任。
森本 栄浩(もりもと しげひろ、「榮浩」と書く場合もあり、1… 森本 栄浩(もりもと しげひろ、「榮浩」と書く場合もあり、1961年〈昭和36年〉10月4日 - )は、毎日放送(MBS)所属のエグゼクティブアナウンサー。 JNN・JRN系列局の優秀なアナウンサーに贈られるアノンシスト賞で、2007年度にスポーツ実況・ラジオ部門賞を受賞した。2021年10月31日に定年で退職した後も、翌11月1日から「シニアスタッフ」(嘱託契約扱いのアナウンサー)としてMBSに在籍。 滋賀県甲賀郡土山町(現在の甲賀市)の出身。朝日放送テレビ(ABC)のスポーツアナウンサー・中邨雄二とは同郷・同年齢で、少年時代から面識がある。 東山高等学校を経て、関西学院大学へ進学。大学時代には、後に入社するMBS(毎日放送)の名物番組『アップダウンクイズ』で、全問(10問)正解を果たした末にハワイ旅行へ招待された。
佐藤 裕久(さとう ひろひさ、1961年8月18日 - )は… 佐藤 裕久(さとう ひろひさ、1961年8月18日 - )は、日本の実業家。株式会社バルニバービ創業者、代表取締役会長CEO兼CCO。 京都府京都市出身。西陣(上京区)にある和菓子屋に生まれる。1980年3月、東山高等学校を卒業。1980年4月神戸市外国語大学英米語学科に入学。1984年1月中退。1991年9月7日、有限会社バルニバービ総合研究所を設立、代表取締役に就任。南船場の材木店跡地に「Hamac de Paradis」(アマーク・ド・パラディ)を開業し、以後、全国に92店舗(2023年1月末時点)のレストラン・カフェ・ホテルを展開。 自身が掲げる地方創再生(創生・再生)プロジェクトの第一弾として2016年10月01日、大津駅観光案内所「OTSURY」、同駅舎内にてカフェ&レストラン「THE CALENDAR」、カプセルホテル『CALENDAR HOTEL』をオープンする。
喜多村 樹美男(きたむら きみお、1961年1月6日 - )… 喜多村 樹美男(きたむら きみお、1961年1月6日 - )は、日本の実業家。西武鉄道社長。 京都府京都市出身。東山高等学校を経て1984年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、同年に西武鉄道に入社。秘書室長、管理部長、上場準備室長、執行役員人事部長、取締役、上席執行役員人事部長を歴任。2015年1月に近江鉄道に出向し、副社長に就任し、同年6月には社長に昇格した。2020年に西武鉄道に戻り、社長に就任した。
中山光一(なかやま こういち、1960年8月17日 - )は… 中山光一(なかやま こういち、1960年8月17日 - )は、日本の撮影技師。 京都府出身。京都東山高校(硬式野球部)、近畿大学 法学部法律学科を中退。写真スタジオマンを経て、撮影技術会社で助手、カメラマンを務める。以降ドキュメンタリー、CM、ミュージックビデオ、LIVE撮影など、多種にわたる撮影を担当。近年は映画、ドラマを中心に活動。 1993年より有限会社蓮を設立し、代表取締役を務める。2022年より日本映画撮影監督協会(JSC)に会員となる。 https://mpte.jp/publication/%e3%80%8e%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%83%86%e3%83%ac%e3%83%93%e6%8a%80%e8%a1%93%e3%80%8f2023%e5%b9%b4%e3%80%8010%e6%9c%88%e5%8f%b7%e3%80%80no%ef%bc%8e854/
采野 吉洋(うねの よしひろ、1959年〈昭和34年〉5月1… 采野 吉洋(うねの よしひろ、1959年〈昭和34年〉5月14日 - )は、鹿児島県を拠点に活動する日本のフリーアナウンサー。 滋賀県大津市出身。私立東山高等学校、関西大学卒業。中学から大学まで一貫して放送系のクラブに在籍。大学生時代は「海賊放送研究会」で活動し、1982年(昭和57年)にMBCへ入社。同期には上野知子がいる。血液型はA型で、「うねちゃん」と言うニックネームで有名。MBCラジオの「アニメでGo!Go!」では番組内で「アニメキング」と名乗っていた。「アニメでGo!Go!」終了後は、采野が司会を行う城山スズメ番組内で水曜日16時から放送されているミニコーナー「お父ちゃんのアニメソング」において、懐かしいアニメソングを扱うという趣旨で受け継がれている。
三谷 典正(みたに のりまさ、1958年3月3日 - )は、… 三谷 典正(みたに のりまさ、1958年3月3日 - )は、日本の元競輪選手、元ラグビー選手。京都府出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第49期生。現役時は日本競輪選手会奈良支部所属(最終。デビュー当初は滋賀支部所属)。 競輪選手の三谷政史(93期)は長男、三谷将太(92期)は二男、三谷竜生(101期生)は三男で、実子3人の師匠となっている。三兄弟の他に娘(末子)がいる。 東山高校在学中からラグビー部に所属し、法政大学ラグビー部では主にセンター(CTB)のポジションで、1978年度、1979年度の関東大学ラグビーリーグ戦グループで優勝を経験し、当人は79年度の同リーグ戦グループのベストフィフティーンに選出された。
みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )… みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。 血液型:AB型、ニックネームはMJ、じゅんちゃん、みうらさん。妻はシンガーソングライターのbird。京都府京都市出身。東山高等学校、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。エッセイスト、小説家、ミュージシャン、評論家、ラジオDJ、編集長、ライター、解説者など幅広い分野で活動しており、公表している職業は「イラストレーターなど」。 亡き祖父は『拓本による京の句碑』を出版した饗庭蘆穂(あいば あしほ)。 高校時代から絵描きを目指し、2浪後に武蔵野美術大学に入学。在学中から友人が糸井重里の事務所に勤めていたため、特に何をするでもなく入り浸り、糸井が「タダでイラストを仕上げる奴がいる」と紹介し、カットの仕事をもらっていた。
元橋一裕(もとはし かずひろ、1958年 - )は、京都のタ… 元橋一裕(もとはし かずひろ、1958年 - )は、京都のタウン情報誌「京都CF!」の元・編集長(ペンネームはモックン・カズロー またはモトハシ・カズヒロ)。現在、編集業の他、コラムニスト・TV、ラジオ出演等でコメンテーターをする他、京都を舞台とする出版物や映像関係などでロケ・コーディネーターとしても活動。「京都サンガF.C.」ファンでもある。 京都府出身。生家は油小路二条にあった呉服製造卸・悉皆業だった「元㐂屋」。こよなく海と波そして南国系フィギュアにワインを愛する昭和オールドボーイを自負。役者・芦屋小雁を人生の師と仰ぎながら、日夜自由奔放に京の町を彷徨しては、その街角に棲息する下世話な人間を標本観察する。
三木 力雄(みき りきお、1957年〈昭和32年〉7月29日… 三木 力雄(みき りきお、1957年〈昭和32年〉7月29日 - )は、日本の元バスケットボール選手で、現在は指導者。京都府出身。現役時代のポジションはポイントガード。B3リーグ・東京八王子ビートレインズヘッドコーチ。 東山高等学校から京都産業大学を経て、1980年に熊谷組に入社。 10年間選手として活躍し、引退後は母校である京産大を始め、中学生、国体チームなどで指導者として育成に取り組む。 2003年、さいたまブロンコスのヘッドコーチに就任。チームを日本リーグ2連覇に導く。 bjリーグ発足後は、テクニカルアドバイザーに退くが、2006-07シーズンは山根謙二ヘッドコーチの下、アシスタントコーチを務めた。
武見 龍磨(たけみ りょうま、本名:武田 良史、1955年1… 武見 龍磨(たけみ りょうま、本名:武田 良史、1955年1月3日 - )は、日本の俳優、演出家、演劇企画室「劇論◎三者会談」主宰。京都市生まれ。母親は元大映女優の小柳圭子。 1973年、京都市私立東山高等学校卒業後、京都造形芸術学院(旧藤川学園)グラフィックデザイン科に入学。1975年卒業後、京都の中堅広告代理店に入社。グラフィック・デザイナーとして活動する。 1977年、広告代理店を退社すると同時にグラフィック・デザイナーを廃業。俳優を志し上京する。劇団青俳の付属俳優養成所に入り、1年間の基礎訓練を受ける。本科終了後、1980年俳優事務所の現代制作舎に所属。また、1981年名倉ジャズダンススタジオに入り名倉加代子に師事。
井口 雅勝(いぐち まさかつ、1949年11月26日 - )… 井口 雅勝(いぐち まさかつ、1949年11月26日 - )は、日本の元ラグビー選手。 東山高校を経て法政大学でプレー。 卒業後は栗田工業ラグビー部に入団した。 1973年のフランス戦で日本代表初キャップを獲得。 東山高校ラグビー部OB会会長。 最近はシニアのラグビーチームで活躍している。(スタンドオフ)
田阪 登紀夫(たさか ときお 1947年9月4日- )は京都… 田阪 登紀夫(たさか ときお 1947年9月4日- )は京都府京都市出身の卓球選手、体育学者。2018年3月、退職。同志社大学スポーツ健康科学部教授。 東山高校で今井良春(東山高校卓球部を45年間指導して7回インターハイを制した。)の指導を受けて、1965年にインターハイのシングルスで優勝、その後早稲田大学社会科学部に進学、卒業後は青卓会に所属した。 1968年、長谷川信彦とのペアでアジア選手権大会の男子ダブルスで優勝、翌年から世界卓球選手権の日本代表となり、1969年第30回世界卓球選手権ミュンヘン大会のシングルスで銅メダル、ダブルスで長谷川信彦とのペアで銀メダルを獲得(この大会で優勝した団体は長谷川信彦、河野満、伊藤繁雄、井上哲夫、笠井賢二がメンバーであった。
二世茂山 七五三(しげやま しめ、1947年(昭和22年)8… 二世茂山 七五三(しげやま しめ、1947年(昭和22年)8月30日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師、人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)。本名は茂山眞吾。 1947年、父・七五三(後の四世茂山千作)と母・幸子の次男として京都府に生まれる。 2歳頃から祖父の三世茂山千作より狂言の稽古を付けられ、4歳で狂言「業平餅」の子方にて初舞台を踏む。 中学生だった1962年に、母が死去した。翌年(1963年)に父は再婚し、1964年には年の離れた異母弟・千三郎(2020年末まで千五郎家で活動、その後独立)が誕生する。 東山高等学校卒業。高校時代から剣道を本格的に始め、京都産業大学経済学部に進学後も続けて、3回生の時には全国大会で個人ベスト16となった。
四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭… 四代目 坂田 藤十郎(さかた とうじゅうろう、1931年〈昭和6年〉12月31日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は山城屋。定紋は五つ藤重ね星梅鉢、替紋は向い藤菱。位階は従三位、文化勲章受章者。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者。 前名の三代目 中村 鴈治郎(さんだいめ なかむら がんじろう)、また初名の二代目 中村 扇雀(にだいめ なかむら せんじゃく)としても知られる。日本舞踊雁音流の家元として雁音 歌扇(かりがね かせん)を名乗った。妻は女優で政治家の扇千景、妹は女優の中村玉緒。 現代歌舞伎の大看板のひとりでもあり、また上方歌舞伎の復興プロジェクトでも主導的な役目を務めたほか、近松門左衛門作品を原点から勉強し直すために劇団近松座を結成し、尽力した。
大村 高史(おおむら たかし、1931年1月29日 - )は… 大村 高史(おおむら たかし、1931年1月29日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手。
長谷部 栄一(はせべ えいいち、1928年5月17日 - )… 長谷部 栄一(はせべ えいいち、1928年5月17日 - )は大阪府出身の元プロ野球選手、高校野球・社会人野球監督。
小川 昂(おがわ たかし、1912年3月1日 - 2008年… 小川 昂(おがわ たかし、1912年3月1日 - 2008年4月14日)は日本のミュージック・ライブラリアン (音楽司書) の先駆者。NHK資料室でレコードや楽譜など音楽資料の整理に長年携わり、音楽関係の多様なレファレンスブックを刊行。また後進の育成にも尽力した。1972年黄綬褒章受章。 1912年東京に生まれた小川昂は、父の転勤により10歳の時京都へ転居。役人であった父親は几帳面で整理魔であり、また管楽器を吹く趣味もあった。小川は中学在学中からチェロを学び東京音楽学校に進学を志すが、父の許しが得られず断念。京都帝国大学農学部図書室へ就職し、上司や先輩から仕事の手ほどきを受ける。京大オーケストラに参加する一方、青年図書館連盟の集会で間宮不二雄に認められる。
マキノ 登六(マキノ とうろく、1910年4月8日 - 19… マキノ 登六(マキノ とうろく、1910年4月8日 - 1932年6月7日)は、日本の俳優である。本名は林 喜一郎()、マキノ家の人間ではない。当初は片岡 十六()を芸名とし、マキノ 十六()、嵐寛寿郎プロダクションでは片岡 市太郎()と名乗った。 1910年(明治43年)4月8日、京都市に生まれる。下京区中立売通猪熊通下ルの京都市立聚楽小学校(1997年に西陣中央小学校に統合されて廃校)を卒業、旧制東山中学校に在学、天然色活動写真を経て、1923年(大正12年)に牧野省三のマキノ映画製作所に入社した。まだ13歳のときであった。 「マキノ・プロダクション」設立後の1926年(大正15年)には、井上金太郎のオリジナル脚本による監督作『喧嘩日記』で、主演のマキノ正唯(のちのマキノ正博)の友人役を、「片岡十六」名義で、滝沢憲(のちの映画監督滝沢英輔)や玉木潤一郎(のちの映画プロデューサー)とともに演じている。
真野 春美(まの はるみ、1907年1月12日 - 没年不明… 真野 春美(まの はるみ、1907年1月12日 - 没年不明)は、京都府出身のプロ野球選手(二塁手,遊撃手)、パシフィック・リーグ審判員。
小瀧 彬(小滝 彬、こだき あきら、明治37年(1904年)… 小瀧 彬(小滝 彬、こだき あきら、明治37年(1904年)7月1日 - 昭和33年(1958年)5月28日)は、日本の外務・商工官僚、政治家。参議院議員(2期)、防衛庁長官(第6代、第7代)。位階は正三位。 島根県雲南市(旧飯石郡三刀屋町)出身。東山中学、旧制松江高校文科甲類を経て、1927年東京帝国大学経済学部。 総領事、外務省情報部長、貿易庁輸出局長、通商産業省通商監、国際捕鯨委員会日本政府代表、終戦連絡大阪事務局局長。戦時中は陸軍司政官に任命された。 1950年に行われた第2回参議院議員通常選挙の島根県選挙区に自由党公認で立候補。国民民主党公認の櫻内義雄にわずか389票差で敗れた。しかし小瀧側は、櫻内の票の中に無効票(櫻内義雄の父櫻内幸雄の名を書いたものが義雄の有効票に数えられていた)が含まれているとの訴えを起こした。
志茂山 剛(しもやま つよし、1903年7月16日 - 没年… 志茂山 剛(しもやま つよし、1903年7月16日 - 没年不詳)は、日本の俳優である。 1903年(明治36年)7月16日、秋田県に生まれる。 のちに京都に移り、勝見庸太郎に入門、1922年(大正11年)には旧制・東山中学校(現在の東山高等学校)を卒業している。1926年(大正15年)、勝見が「勝見庸太郎プロダクション」を設立、マキノ・プロダクションと配給提携を交わし、映画の製作を開始すると、それに参加する。その後、島耕二と離婚した大谷良子と結婚している。 1937年(昭和12年)には、日活京都撮影所に入社、多く脇役を務めた。1942年(昭和17年)1月27日、戦時統合によって大映が設立され、日活京都撮影所は大映京都撮影所となり、志茂山は同社に継続入社する。
北川 敬一(きたがわ けいいち)は、日本のテレビドラマ、映画… 北川 敬一(きたがわ けいいち)は、日本のテレビドラマ、映画のプロデューサー・監督。 京都府出身。東山高校、早稲田大学第一文学部人文学科、多摩芸術学園映画学科卒業。現在は埼玉県在住。 クラスがえ、進学、就職。どもるとき、どうしてきたか(2013年 岩崎書店) 文章と写真と映像で、吃音を考える(2017年 学苑社)