辻 誠一郎(つじ せいいちろう、1952年(昭和27年)8月… 辻 誠一郎(つじ せいいちろう、1952年(昭和27年)8月4日 - )は、日本の歴史学者、生物学者、地球科学者。専門は環境史、歴史景観生態学。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て 東京大学名誉教授。理学博士。 日本における環境史研究の第一人者。花粉や火山灰の分析を基にした、最終間氷期以降の植生変遷史研究で知られる。 「本当の意味の総合研究を指導、実践してきた」と評されるように、これまで所属してきた研究機関でそれぞれ教育分野の中心領域が異なっている(日本大学では地球科学、大阪市立大学では植物学、国立歴史民俗博物館では文化史、東京大学では環境考古学を講じている)。 大学進学時には哲学を志望していたものの、高校3年の秋に十二指腸潰瘍による腹膜炎を発症し緊急手術を受けたことをきっかけに、志望先を地球科学に転換。
板見 智(いたみ さとし、1952年8月3日 - )は、日本… 板見 智(いたみ さとし、1952年8月3日 - )は、日本の医学者、皮膚科医。元大阪大学教授、大分大学客員教授、日本臨床毛髪学会顧問。鳥取県米子市出身。毛髪研究の第一人者である。日本テレビ系教養バラエティ番組世界一受けたい授業に出演。 鳥取県立米子東高等学校校長、米子市教育長などを務めた板見甲子夫の二男。
恒松 正敏(つねまつ まさとし、1952年8月3日 - )は… 恒松 正敏(つねまつ まさとし、1952年8月3日 - )は、日本の音楽家、画家。1978年から1980年までフリクションのギタリストとして在籍。以降は、自身のバンドや画家としての活動に力を置いている。熊本県人吉市出身。 熊本県立人吉高等学校卒業後、東京芸術大学に入学。同大学院に在学中の1978年にツネマツマサトシ名義で、1stシングル「Do You Wanna Be My Dog・g・g!」をゴジラレコードより発表。 その後、フリクションにギタリストとして加入し、バンド初のフルアルバム「軋轢」の制作に携わる。1980年に脱退後は、自身がボーカル・ギターを務めるE・D・P・S、町田康+THE GLORYにギタリストとして参加する。
浜 矩子(はま のりこ、1952年8月3日 - )は、日本の… 浜 矩子(はま のりこ、1952年8月3日 - )は、日本のエコノミスト。同志社大学大学院ビジネス研究科専門職学位課程教授。専門は「国際経済学」「国際金融論」「欧州経済論」。
立花 希一(たちばな きいち、1952年8月3日 - )は、… 立花 希一(たちばな きいち、1952年8月3日 - )は、日本の哲学者、倫理学者。秋田大学名誉教授。専門はカール・ポパーの批判的合理主義、科学哲学、ヘブライズムの倫理思想。 東京都生まれ。1971年、東京教育大学文学部哲学科に入学し、1975年に文学士を取得して卒業した。学部在学中の1973年、高木勘弌によるポパー『科学的発見の論理』を教材とする哲学講義を受講したことが、立花にとってポパー哲学への関心の出発点となった。同年筑波大学大学院哲学・思想研究科哲学専攻博士課程に進学。1980年から1983年まで、イスラエル政府給費留学生としてテルアビブ大学哲学科に留学し、ポパーの直弟子であるヨセフ・アガシに師事するとともに、ポパーのユダヤ的背景についての現地調査を行った。
細川 安雄(ほそかわ やすお、1952年8月2日 - )は、… 細川 安雄(ほそかわ やすお、1952年8月2日 - )は、阪急ブレーブスに所属したプロ野球選手。ポジションは捕手、外野手。愛媛県出身。
鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は… 鈴木 晶(すずき しょう、男性、1952年8月2日 - )は、日本の評論家、翻訳家。法政大学教授。専門は文学批評、精神分析とその思想史、西洋舞踊史など。
末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、… 末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、日本の中国哲学者。駒澤大学名誉教授。朱子学、徂徠学に地道な研究を進める。六十歳を過ぎて井筒俊彦の哲學に深い影響を受ける。 1952年、山梨県甲府市生まれ。中学卒業までを甲府で過ごす。幼少時から人と交わるのが苦手であったが、気の合う少数の友人とは深く交わる。中学時代に中国に深い興味を抱く。 高校は桐朋高校へ進む。高橋毅や森雅雄、土屋俊などと親しくする。この時期学生運動の影響を強く受けた。また、高校時代から父末木剛博、兄末木文美士と家庭内の勉強会を行っており、幅広く耳学問をした。高校時代兄と一緒に『ガロ』を購入して読んでおり、一時は本気で漫画評論家を目指した。
新美 敏(にいみ さとし、1952年8月2日 - )は、熊本… 新美 敏(にいみ さとし、1952年8月2日 - )は、熊本県宇土市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。 PL学園高校では3年次の1970年、エース投手・5番打者として夏の甲子園に出場。田代克業(中大-本田技研)との二本柱で勝ち進み、決勝に進出するが東海大相模に敗れ準優勝に終わる。同年秋の岩手国体では、決勝で大分商の小川清一に投げ勝ち優勝。PL学園では同期の新井宏昌、1学年下の行澤久隆がチームメイトであった。 高校卒業後、1971年に日本楽器へ入社。1972年の都市対抗では池谷公二郎との二本柱で勝ち進む。決勝では三菱自動車川崎の池田善吾と投げ合い完封勝ち、初優勝を飾る。この大会では3回戦で三菱名古屋から大会史上3人目の毎回奪三振を記録するなど大きな注目を浴び、橋戸賞を受賞。
潤 ますみ(じゅん ますみ、1952年8月2日 - )は日本… 潤 ますみ(じゅん ますみ、1952年8月2日 - )は日本の女優、歌手。本名・佐藤まり子。東京都墨田区押上出身。 身長162cm。B84cm、W57cm、H83cm(1973年12月)。 施設で生まれ、3歳の時、養父となる父親が東京都庁に勤める子供のいない家庭に貰われる。養父は可愛がってくれたが、養母と上手くいかず、家出を繰り返す。東京家政学院中学校~東京家政学院高校に進み、高校2年時に中退。銀座の喫茶店のウェイトレスをしながら、モデル事務所に所属。自身「『ムゲン』『ビブロス』、モデル仲間と連れ立って遊び歩いた。酒、クスリ、ボンド、ラリって遊んだモデル時代」などと話している。荒木一郎は「潤ますみは前の女房(榊ひろみ)の友達で、オッパイがでかくて、かわいい子がいるって言うから見て俺の事務所(現代企画)に拾ってきた。
魚住 裕一郎(うおずみ ゆういちろう、1952年〈昭和27年… 魚住 裕一郎(うおずみ ゆういちろう、1952年〈昭和27年〉8月1日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士。中央選挙管理会委員。 参議院議員(4期)、総務副大臣(第1次安倍改造内閣)、参議院法務委員長、公明党参議院国会対策委員長、公明党選挙対策委員長、公明党参議院会長、公明党顧問などを歴任した。 1952年、和歌山県で生まれる。家族は両親と姉の4人家族だった。1955年、家族と共に東京都新宿区に上京。のちに中野区に引っ越した。新宿区立落合第五小学校、中野区立第十一中学校を経て、創価高等学校を卒業。1977年、東京大学法学部を卒業。1980年、27歳で司法試験合格。1983年、司法修習35期を経て東京弁護士会に弁護士登録。
重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は… 重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は、日本の外交官。フランクフルト総領事や、ホノルル総領事を経て、第3代駐リトアニア特命全権大使を務めた。2019年退官。 鹿児島県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1977年中央大学法学部卒業。1981年外務省入省。オーストリア、スイス、エジプトでの大使館勤務、大臣官房査察室長、通産省生活産業局関連産業課長、経済産業省大臣官房参事官(環境担当)、領事移住部旅券課長を経て、2004年在ウィーン国際機関日本政府代表部参事官。同公使や、フランクフルト総領事、ホノルル総領事を経て、2015年から駐リトアニア特命全権大使を務め、2017年には所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とリトアニア共和国との間の条約(日・リトアニア租税条約)の署名を行った。
菅生 隆之(すごう たかゆき、1952年8月1日 - )は、… 菅生 隆之(すごう たかゆき、1952年8月1日 - )は、日本の男性俳優、声優。文学座所属。千葉県出身。
島 善高(しま よしたか、1952年(昭和27年)7月30日… 島 善高(しま よしたか、1952年(昭和27年)7月30日 - 2020年(令和2年)9月4日)は、日本の法制史学者。 早稲田大学社会科学総合学術院教授。法学博士(京都大学)。 専門は、法制史、基礎法学、日本近代史、皇室史(旧・皇室典範)。また、早稲田大学の歴史および、創立者大隈重信に詳しい。 佐賀県佐賀市出身。1971年(昭和46年)、佐賀県立佐賀北高等学校卒業、1976年(昭和51年)、早稲田大学法学部卒業、1978年(昭和53年)、國學院大學大学院法学研究科修士課程修了、1982年(昭和57年)、國學院大學大学院法学研究科単位取得退学。同1982年(昭和57年)、日本学術振興会奨励研究員、1983年(昭和58年)から1986年(昭和61年)まで國學院大學非常勤講師。
堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952… 堀田 かつひこ(ほった かつひこ、本名:末次 直人、1952年7月30日 - )は、日本の漫画家。長崎県佐世保市出身、長崎県立佐世保北高等学校、立教大学卒業。福岡県福岡市在住。 デビューは『別冊マーガレット』誌で、当時のペンネームは本名の「すえつぐ なおと」であった。その後、「堀田かつひこ」に改名。雑誌に発表した『オバタリアン』は庶民的なおばさん世代を風刺した漫画として人気を集め、タイトルは流行語にまでなった。そのことから、「おばさんウォッチャー」としてマスコミに専門家として紹介されたことがある。 新聞でも産経新聞夕刊に「カボスさん」(1990年~95年)を連載。中日新聞や東京新聞、西日本新聞、北海道新聞などブロック紙3社連合に属する地方紙にも『主婦コー座』という漫画エッセイを執筆した。
岡地 功(おかち いさお、1952年7月30日 - )は、日… 岡地 功(おかち いさお、1952年7月30日 - )は、日本のスポーツ選手、指導者、法人経営者である。 1952年(昭和27年)、北海道旭川市に生まれる。 1975年(昭和50年)、札幌大学経営学部卒業。 若き日より体操選手としてスポーツに親しみ、その後も指導者、大学職員として活動。 一方、現在もスポーツ・地域貢献活動を行なっている。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
中洞 正(なかほら ただし、男性、1952年〈昭和27年〉7… 中洞 正(なかほら ただし、男性、1952年〈昭和27年〉7月30日 - )は、昭和・平成時代の日本の酪農家(山地酪農家)。中洞牧場創業者。東京農業大学客員教授。帯広畜産大学非常勤講師。内閣府地域活性化伝道師。 岩手県宮古市出身。実家は自給自足的農業を営んでいた。高校卒業後、集団就職で上京し、東京農業大学農学部農業拓殖学科(現・国際農業開発学科)に入学。在学中、猶原恭爾博士(1908年-1987年)によって提唱された、通年昼夜放牧、自然交配、自然分娩という「山地酪農」を実践することを決意する。卒業後は、岩手県下閉伊郡岩泉町の北上山系総合開発事業による牧場開発地に入植して酪農を開始した。24時間365日畜舎に牛を戻さない通年昼夜放牧酪農、牛乳プラントの設計、建築、乳製品の製造販売まで手掛ける中洞式山地酪農を確立した。
中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、… 中野 秀樹(なかの ひでき、1952年7月29日 - )は、日本・北海道出身の元ノルディック複合選手。1972年札幌オリンピック日本代表に選ばれ、1970年代に国内外の大会で活躍した。 北照高等学校-早稲田大学 19歳で出場した1972年札幌オリンピックでは、前半ジャンプでは首位となってメダル獲得の期待が掛けられたが後半クロスカントリースキーでは39位のタイムと振るわず総合13位に終わった。 現役引退後は札幌市内でそば店を営む。
さくま あきら(1952年7月29日 - )は、東京都杉並区… さくま あきら(1952年7月29日 - )は、東京都杉並区出身のゲームライター・作家。血液型はA型。本名は佐久間 晃(読み同じ)。 東京都立武蔵丘高等学校から1年浪人。立教大学経済学部、劇画村塾出身。小池一夫曰く「自分の一番弟子」。自身が中学生のときから強い影響を受けたという作曲家のすぎやまこういちにあやかって、ペンネームを平仮名にする。 漫画評論家を廃業した後は、漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』の読者投稿コーナー『ジャンプ放送局』の構成を1982年から1995年にわたり担当したほか、コンピュータゲーム「桃太郎シリーズ」(『桃太郎伝説』シリーズ、『桃太郎電鉄』シリーズなど)や『忍者らホイ!』などにゲーム監督・監修などとして制作に携わる。
林田 博(はやしだ ひろし、1952年7月29日 - )は、… 林田 博(はやしだ ひろし、1952年7月29日 - )は、日本の国土交通技官。元国土交通省大臣官房技術総括審議官、国土交通省港湾局長。新日鐵住金顧問。長崎県出身。 1952年長崎県生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、1978年に京都大学大学院工学研究科土木工学専攻を修了後、運輸省に入省。一貫して港湾畑を歩み、2004年国土交通省港湾局企画課長、2006年国土交通省大臣官房技術参事官を経て、2009年港湾局長。2011年から技術総括審議官を務め、2013年に退官。 退官後は、新日鐵住金顧問となったほか、2013年に設立された産業遺産国民会議の顧問に就き、明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録に向けた活動にも関わった。
松原 好之(まつばら よしゆき、1952年7月28日 - )… 松原 好之(まつばら よしゆき、1952年7月28日 - )は、日本の小説家、予備校講師。医系予備校「進学塾ビッグバン」創業者。 金山町立下原小学校、金山町立濃斐中学校、岐阜県立岐阜北高等学校を経て、1978年大阪外国語大学外国語学部英語学科を卒業。作家活動に入り、1979年「京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ」で第3回すばる文学賞受賞。 1981年、友人との共同経営により進学塾「北斗塾」を設立。1982年に河合塾の近畿地区所属の英語科専任講師として活動の傍ら、「大阪大学入試プロジェクト」チーフとして「大阪大学入試オープン」模試を作成にかかわる。1990年代から、参考書、問題集を執筆。 1988年3月に若松孝二監督「キスより簡単」で助監督を務める。
俣野 博(またの ひろし、1952年7月28日 - )は、日… 俣野 博(またの ひろし、1952年7月28日 - )は、日本の数学者。東京大学大学院数理科学研究科教授。
小川 精一(おがわ せいいち、1952年7月28日 - )は… 小川 精一(おがわ せいいち、1952年7月28日 - )は、大分県別府市出身の元プロ野球選手。尚、プロ入り前の名前は、「小川 清一(※読みは上記と同じ)」であった。
山本 浩二(やまもと こうじ、1952年〈昭和27年〉7月2… 山本 浩二(やまもと こうじ、1952年〈昭和27年〉7月28日 - 2001年〈平成13年〉3月29日)は、秋田県山本郡八森町(現:八峰町)出身のバスケットボール選手。ポジションはガード。 能代工業高校で全国大会2冠を達成し、明治大学に進学。4年次に主将を務め、1975年のオールジャパン優勝に導いた。これが現在のところ学生チームが制した最後のオールジャパンとなる。 卒業後、日本鋼管に入社。1年目より活躍し、全日本にも選ばれ翌年のモントリオール五輪に出場した。 引退後は日立戸塚女子の監督も務めた。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
安達 健祐(あだち けんゆう、1952年〈昭和27年〉7月2… 安達 健祐(あだち けんゆう、1952年〈昭和27年〉7月27日 - )は、日本の経済産業官僚。経済産業事務次官、商工組合中央金庫(商工中金)社長等を歴任した。東京都出身。父は文部省文化局長などを務めた安達健二。 1977年(昭和52年)、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、通商産業省に入省(中小企業庁金融課配属)。2002年(平成14年)、経産省経済産業政策局経済産業政策課長に就任。2003年(平成15年)、経済産業省大臣官房総務課長に就任。2004年(平成16年)6月、資源エネルギー庁電力・ガス事業部長に就任。2006年(平成18年)7月、経済産業省大臣官房総括審議官に就任。2007年(平成19年)7月、貿易経済協力局長に就任。
清水 弘司(しみず ひろし、1952年7月27日- )は、日… 清水 弘司(しみず ひろし、1952年7月27日- )は、日本の心理学者。学位は、文学博士。 神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部卒。1981年東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科心理学専攻博士課程満期退学。 1983年「青年期における性愛の発達」で文学博士。埼玉大学教育学部講師、助教授、教授、神奈川県立保健福祉大学教授。1988年カリフォルニア大学客員研究員。2001年オランダ・ライデン大学客員教授。専門は発達心理学・性格心理学。
石田 長生(いしだ おさむ、1952年7月25日 - 201… 石田 長生(いしだ おさむ、1952年7月25日 - 2015年7月8日)は、日本のギタリスト。大阪府八尾市出身。 1974年、大塚まさじの録音「ザ・オリジナル・ディラン」に参加、レコーディング・デビュー。 1975年、単身渡米。メンフィスのソウル・ミュージシャンと交流する。帰国後、山岸潤史、北京一、チャールズ清水、永本忠、ベーカー土居、砂川正和、国府照幸とソウルバンド「ソー・バッド・レビュー」を結成する。 1978年、自身がリーダー・リードボーカルを担当する『GAS』結成。メンバーはB・藤井裕、Dr・松本照夫、Key・近藤達郎&中西康晴。日本一、日本全国を廻るバンドとして噂になるがレコード・デビュー前に惜しまれつつも解散。
青山 繁晴(あおやま しげはる、1952年〈昭和27年〉7月… 青山 繁晴(あおやま しげはる、1952年〈昭和27年〉7月25日 - )は、日本の政治家、危機管理コンサルタント、作家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。環境副大臣。日本の尊厳と国益を護る会(護る会)代表。 元独立総合研究所代表取締役社長・兼・首席研究員、元三菱総合研究所専門研究員(安全保障・テロ対策・危機管理、外交政策、政治、包括的国家戦略立案担当)、元共同通信社記者(事件記者、経済記者、政治記者)、東京大学教養学部元非常勤講師、近畿大学経済学部客員教授、東京大学学生有志ゼミ講師、参議院議員(2期)、自由民主党大阪府支部連合会会長、参議院環境委員長などを歴任。 妻は水産学研究者・水産学博士、東京海洋大学特任准教授、独立総合研究所社長の青山千春、長男は同研究所前社長の青山大樹。
上田 孝(うえだ たかし、1952年7月25日 - )は、日… 上田 孝(うえだ たかし、1952年7月25日 - )は、日本の実業家。サノヤスホールディングス代表取締役社長、サノヤス造船代表取締役社長、日本造船工業会副会長。 1975年神戸大学経済学部卒業、住友銀行(現三井住友銀行)入行。2002年三井住友銀行執行役員大阪本店営業第一部長。2005年常務執行役員大阪本店営業本部長。2007年SMBCセンターサービス代表取締役社長。2008年サノヤス・ヒシノ明昌副社長執行役員。2009年からサノヤス・ヒシノ明昌代表取締役社長を務め、2011年には持株会社化してサノヤスホールディングスに改組し、同社代表取締役社長に就任。2012年サノヤス造船代表取締役社長。日本造船工業会副会長も務める。
本田 みちこ(ほんだ みちこ、1952年7月24日 - )は… 本田 みちこ(ほんだ みちこ、1952年7月24日 - )は、日本の女優。1970年代に東宝系の映画に出演した。 東京都江戸川区出身。 和洋女子大学附属国府台女子高等学校在学中に、電車の中でスカウトされ、庄司薫原作の東宝映画『白鳥の歌なんか聞えない』の主人公の恋人役の公募に応募し、2500名の中から選ばれて映画デビューした。 映画の公開前から、アシスタントなどとしてテレビにも露出し、テレビ・ドラマ『新・だいこんの花』にも出演した。 1973年、エランドール賞新人賞を受賞した。
小林 正則(こばやし まさのり、1952年(昭和27年)7月… 小林 正則(こばやし まさのり、1952年(昭和27年)7月24日 - )は、日本の政治家。元東京都小平市長(4期)、元東京都議会議員(3期)、元小平市議会議員(2期)。 新潟県長岡市生まれ。新潟県立三条工業高等学校(現:新潟県立新潟県央工業高等学校)を経て産業能率大学卒業。佐藤螺子製作所(サトーラシ)や生活クラブ生活協同組合職員を経て、社会民主連合の大柴滋夫、菅直人両衆議院議員の秘書を務める。 小平市議会議員を2期、東京都議会議員(小平市選挙区選出)を3期務める。社民連の解党後は新党さきがけに入党し、さきがけ東京(新党さきがけの東京都支部連合会)幹事長も務めた。その後民主党(旧)に加わり民主党東京幹事長代理を務め、都議会では民主党政策調査会長を務める。
六田 登(ろくだ のぼる、1952年〈昭和27年〉7月23日… 六田 登(ろくだ のぼる、1952年〈昭和27年〉7月23日 - )は、日本の漫画家、同人作家、京都精華大学特任教授。男性。大阪府八尾市出身。 高校時代はアストロ作画会や作画グループで同人活動を行っていた。 1971年、19歳で漫画家を目指し、ヒッチハイクで上京。初めはルポイラストや単行本の企画・構成をする。その後、ろくだのぼ〜る名義で、御厨さと美と共に『小学六年生』(小学館)の読者ページ『ハロー6ワイドショー』にて活躍。 1978年、『最終テスト』が第1回小学館新人コミック大賞佳作となり、漫画家としてデビューした。その後は『週刊少年サンデー』などで『ダッシュ勝平』や『その名もあがろう』などの少年向けギャグ漫画を発表。
山本 進一(やまもと しんいち、1952年(昭和27年)7月… 山本 進一(やまもと しんいち、1952年(昭和27年)7月22日 - 2022年(令和4年)9月3日)は、日本の農学者、農学博士。国立大学法人の理事や副学長など、大学・研究機関における要職を歴任した。 岡山大学名誉教授、名古屋大学名誉教授、研究大学コンソーシアム(RUC)全体会議初代議長、一般社団法人リサーチ・アドミニストレータースキル認定機構初代機構長であった。専攻は森林科学(特に森林生態学、森林生命科学)。大阪府出身。 名古屋大学教授、同大学理事・副総長、岡山大学理事・副学長、同大学エグゼクティブ・アドバイザー、大学共同利用機関法人自然科学研究機構客員教授、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構研究開発部長・同客員教授などを務めた。
三宅 峰三郎(みやけ みねさぶろう、1952年7月22日 -… 三宅 峰三郎(みやけ みねさぶろう、1952年7月22日 - )は、日本の実業家。岡山県出身。キユーピー株式会社相談役・元代表取締役社長。旭日中綬章受章。第51回食品産業功労賞受賞。 岡山県出身。1976年上智大学理工学部卒業後、同年4月キユーピー株式会社に入社。同社家庭用営業本部長、広域営業本部長、取締役、常務取締役等を経て、2011年同社代表取締役社長に就任。2017年同社相談役に就任。2018年第51回食品産業功労賞受賞。2024年旭日中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
三枝 規悦(さえぐさ のりえつ、1952年7月21日 - )… 三枝 規悦(さえぐさ のりえつ、1952年7月21日 - )は、静岡県田方郡韮山町出身の元プロ野球選手(投手)。 日大三島高では、1970年夏の甲子園県予選準々決勝で、静岡高に延長14回敗退。社会人野球の金指造船、大昭和製紙を経て、1976年オフにドラフト外で阪急ブレーブスに入団。 1年目の1977年は、9試合を投げて1勝を挙げる。1978年は主に中継ぎで24試合を投げ、4勝2敗の成績だった。6月24日のロッテとの対戦では12安打5失点を喫するが、9回に簑田浩二が逆転サヨナラ2点本塁打、初完投勝利を記録した。この年にチームは4年連続でリーグ優勝し、日本シリーズに出場。第2戦では4回に長池徳二の代走に入り、そのまま今井雄太郎をリリーフ、日本シリーズで初登板を果たすがヤクルトの角富士夫に本塁打を打たれる。
小幡 真一郎(おばた しんいちろう、1952年7月21日 -… 小幡 真一郎(おばた しんいちろう、1952年7月21日 - )は、京都府京都市出身の元サッカー選手、サッカー審判員(元国際主審)。 1993年5月15日に行われた、Jリーグオープニングマッチ・ヴェルディ川崎対横浜マリノスの主審を務めたことで知られる。 京都教育大学教育学部附属高校から東京教育大学を卒業後、母校である京都教育大学教育学部附属高校で教鞭を執りながら京都サンガF.C.の前身である京都紫光クラブで選手としてプレーし、29歳で現役引退。引退後は高校サッカー部の指導者としての道を歩むつもりであったが、1988年に第43回国民体育大会が行われることになり、開催地として審判員を確保する必要に迫られ、先輩の誘いを受けて審判員資格の取得を目指すことになる。
今井 雅則(いまい まさのり、1952年7月21日 - )は… 今井 雅則(いまい まさのり、1952年7月21日 - )は、日本の実業家。戸田建設代表取締役会長。全国建設業協会会長。 大阪府出身。料亭を営む家の二男に生まれる。大阪府立三国丘高等学校(高23回)を経て、1978年3月大阪大学大学院工学研究科博士前期課程建築学専攻を修了し、戸田建設入社。建設とは無縁な環境に育ったものの建設会社に入社したのは、大学受験に失敗した失意の時期に大阪万博を訪れ、場内の建造物の素晴らしさに目を奪われたことがきっかけ。座右の銘は明末の陽明学者・崔後渠の説いた「六然」。 2008年執行役員、2009年常務執行役員大阪支店長、2013年4月執行役員副社長を経て、2013年6月に社長に就任。
髙浦 美佐緒(たかうら みさお、1952年7月20日 - )… 髙浦 美佐緒(たかうら みさお、1952年7月20日 - )は、千葉県木更津市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 本名同じ。1984年までの登録名は「高浦 美佐緒」、1985年から1992年の登録名は「高浦 己佐緒」、2010年から2014年の登録名は「髙浦 己佐緒」(いずれも、読みは同じ)。選手時代の愛称は「タカ」。 本名および2010年以降の登録名に使われる「高」の字は、異字体の「髙」(はしごだか)であるが、「高」に差し替えられることもある。 千葉商業では3年次の1970年に春の選抜で甲子園初出場を果たし、2年生エースの永島時郎(日本通運)とバッテリーを組んで準々決勝に進出するが、広陵高の佐伯和司に0-1で完封負けを喫した。
松坂 慶子(まつざか けいこ、1952年〈昭和27年〉7月2… 松坂 慶子(まつざか けいこ、1952年〈昭和27年〉7月20日 - )は、日本の女優・歌手・司会者・タレント。本名:高内慶子(たかうち けいこ)。身長162 cm、血液型A型。モマオフィス所属。東京都大田区出身。 韓国人の父と日本人の母との間に誕生。早産で未熟児だったという。7歳下の弟がおり4人家族。「イングリッド・バーグマンのような綺麗な女性になってほしい」との両親の思いから、いくつもの習い事をかけもちしていた。幼少期は大人しい性格で、貸本屋で手塚治虫の『リボンの騎士』を借りたり、『赤毛のアン』や童話を読むなど読書や朗読が好きだった。また一時期、画家のオディロン・ルドンの作品に傾倒し、ルドンの描いた青い花を夢の中で浴びることが快感となり、毎晩のように鑑賞していたという。
沖森 卓也(おきもり たくや、1952年〈昭和27年〉7月2… 沖森 卓也(おきもり たくや、1952年〈昭和27年〉7月20日 - )は、日本の日本語学者、立教大学名誉教授。二松學舍大学教授。専攻は日本語学。 三重県伊賀市生まれ。伊賀で古書店を経営していた郷土史研究家・沖森直三郎の孫。 1971年・三重県立上野高等学校卒業。1975年・東京大学文学部国語国文学専修課程卒業。1977年・東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程修士課程修了。同助手。1979年・白百合女子大学専任講師、1983年・助教授、1985年・立教大学助教授、1990年・教授。2018年・定年退任、名誉教授となる。 現在、二松學舍大学教授。2023年、文化庁長官表彰。 1999年「日本古代の表記と文体」で東京大学より博士(文学)の学位を取得。
倉持 明(くらもち あきら、1952年7月20日 - )は、… 倉持 明(くらもち あきら、1952年7月20日 - )は、神奈川県横浜市中区出身の元プロ野球選手(投手)。現在はプロ野球解説者。愛称は「クラさん」「ヒゲクラ」。
高澤 秀次(たかざわ しゅうじ、1952年(昭和27年)7月… 高澤 秀次(たかざわ しゅうじ、1952年(昭和27年)7月18日 - )は、日本の文芸評論家。日本ジャーナリスト専門学校文芸創作科、慶應義塾大学総合政策学部、明治学院大学文学部、近畿大学大学院文芸学研究科非常勤講師、苫小牧駒澤大学国際文化学部特任教授、二松學舍大学文学部非常勤講師を歴任。 北海道室蘭市生まれ。北海道室蘭栄高等学校、早稲田大学第一文学部(文芸専攻)卒業。フリージャーナリストを経て、1980年代後半から評論活動を始める。民俗ルポルタージュから思想史、近代知識人論、中上健次に関する評論・研究、文芸評論などのほか、文芸誌上に発表された近年の作家論では、中野重治、金石範、大西巨人、石牟礼道子、小島信夫、小田実、古井由吉、後藤明生、津島佑子がある。
長谷川 眞理子(はせがわ まりこ、1952年7月18日 - … 長谷川 眞理子(はせがわ まりこ、1952年7月18日 - )は、日本の人類学者。日本芸術文化振興会理事長。総合研究大学院大学学長・教授、放送大学客員教授。専門は行動生態学、自然人類学。特に動物の性淘汰を研究、人間の進化と適応についても多角的に探究する。理学博士(東京大学、1986年)。 日本動物行動学会会長(2003-2006)、科学技術・学術審議会脳科学委員会委員等歴任。夫は同じく行動生態学者の長谷川寿一。NHK国際報道記者の辻浩平とは早稲田大学教授時代の師弟関係にあたり、ダーウィン所縁の地に帯同してフィールドワークの基礎を叩き込んだという。東京都出身。
才田 修(さいだ おさむ、1952年7月18日 - )は、大… 才田 修(さいだ おさむ、1952年7月18日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。
片山 由美子(かたやま ゆみこ、1952年7月17日 - )… 片山 由美子(かたやま ゆみこ、1952年7月17日 - )は、千葉県生まれの俳人。本姓・野口。 千葉県に生まれる。上野学園大学ピアノ科卒業。ピアノ教師を経て句作を始め、1979年鷹羽狩行に師事した。1990年「一夜」で第5回俳句研究賞、1994年「現代俳句との対話」で第8回俳人協会評論新人賞、2006年「俳句を読むということ」で第21回俳人協会評論賞、2013年「香雨」で第52回俳人協会賞を受賞した。俳誌「狩」同人、副主宰を経て同誌終刊に伴い、2019年に俳誌「香雨」を創刊、主宰。俳人協会理事。青山学院女子短期大学国文科非常勤講師。NHK文化センター講師。蛇笏賞選考委員。2025年から第九代俳人協会会長となる。
池田 正己(いけだ まさき、1952年7月17日 - )は、… 池田 正己(いけだ まさき、1952年7月17日 - )は、日本の実業家。ホテルオークラ東京代表取締役会長兼社長総支配人を経て、同社代表取締役会長、日韓経済協会副会長、日本ホテル協会副会長。 東京都出身。1975年東京農工大学工学部工業経営管理専攻卒業、同年、大成観光(現ホテルオークラ)入社。社長室経営企画課長、事業部情報システム課長を経て、2005年ホテルオークラ東京ベイ管理部長に出向。2006年ホテルオークラ東京ベイ取締役管理部長。2008年ホテルオークラ東京ベイ常務取締役副総支配人兼管理統括部長、ホテルオークラ執行役員。2010年ホテルオークラ東京ベイ代表取締役専務総支配人。2011年ホテルオークラ上席執行役員。
斉藤 英一朗(さいとう えいいちろう、1952年7月16日 … 斉藤 英一朗(さいとう えいいちろう、1952年7月16日 -)は、日本のSF作家、ライトノベル作家。東京都出身。 本名は漢字表記も含めて同じ。東京都立本所高等学校卒。東海大学中退。その後は実家の食品会社を継ぐために東京経理学校に通ったものの、斉藤はその後、弟に家業を譲って作家の道を進むことになった。経理学校での勉強は、妻との共同経営で設立した編集エージェンシー「スタジオ・とき」に生かされることになる。 東海大学の学生であった頃よりSF同人誌『宇宙塵』に参加し、作品を発表していた。1981年、『宇宙塵』に掲載された50枚の短編小説「太陽ダイヴィング」が、当時朝日ソノラマの編集者であった石井進の目に留まり、長編の執筆を薦められ、翌1982年の11月に同社より処女長篇『亜空間潜艦を撃て』を出版し、それが作家デビューとなった。
君塚 栄治(きみづか えいじ、1952年〈昭和27年〉7月1… 君塚 栄治(きみづか えいじ、1952年〈昭和27年〉7月16日 - 2015年〈平成27年〉12月28日)は、日本の陸上自衛官。第33代陸上幕僚長。1等陸佐までの職種は野戦特科。自衛隊初の災統合任務部隊(JTF)指揮官・東北方面総監経験者初の陸上幕僚長。位階は従三位。 神奈川県相模原市出身。東京都立豊多摩高等学校卒業。防衛大学校(第20期)卒業後、陸上自衛隊に入隊。アメリカ陸軍上級砲兵学校、アメリカ陸軍指揮幕僚大学及び幹部レンジャー課程、空挺課程を修了。東北方面総監在任時に発生した東日本大震災においては自衛隊の統合運用史上最大となる10万人規模からなる陸海空の統合任務部隊(JTF-TH:Joint Task Force - Tohoku)の指揮官を務め、人命救助や被災地支援などの陣頭指揮にあたった(東日本大震災に対する自衛隊の対応)。
白取 祐司(しらとり ゆうじ、1952年7月16日 - )は… 白取 祐司(しらとり ゆうじ、1952年7月16日 - )は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。徹底した人権主義に立脚。法学博士(北海道大学、1984年)(学位論文「一事不再理の客観的効力」)。北海道札幌市出身。
用田 和仁(もちだ かずひと、1952年7月16日 - )は… 用田 和仁(もちだ かずひと、1952年7月16日 - )は、福岡県出身の元陸上自衛官。陸将。