稲田 修一(いなだ しゅういち、1954年 - )は、日本の… 稲田 修一(いなだ しゅういち、1954年 - )は、日本の総務技官。総務省大臣官房審議官や、京都大学情報環境機構特命教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授を経て、早稲田大学リサーチイノベーションセンター教授。 福岡県生まれ。福岡県立修猷館高等学校を経て、1977年九州大学工学部卒業。1979年九州大学大学院工学研究科情報工学専攻修士課程修了、郵政省入省。1984年コロラド大学ボルダー校大学院経済学専攻修士課程修了。1994年郵政省電気通信局電波部マルチメディア移動通信推進室長。1996年郵政省電気通信局電波部技術管理室長。1997年郵政省電気通信局電波部移動通信課長。2000年郵政省通信政策局情報企画課長。
藤重 佳久(ふじしげ よしひさ、1954年 - )は、日本の… 藤重 佳久(ふじしげ よしひさ、1954年 - )は、日本の吹奏楽指導者。 島根県浜田市音楽定住コーディネーター、石見音楽文化振興会吹奏楽研究推進室室長、島根県立大学客員教授、長崎県大村市音楽指導官。京都両洋高校吹奏楽部 音楽監督 精華女子高等学校、活水中学校・高等学校の吹奏楽指導者を歴任。全日本吹奏楽コンクールに21回出場し、金賞を10回受賞。全日本マーチングコンテストには20回出場し、金賞を19回受賞するなど、日本国内でトップレベルの吹奏楽指導者である。これらの実績から、特に九州地方において「吹奏楽のカリスマ」との異名をとる。2015年度に就任した活水高校吹奏楽部では就任7ヶ月後に創部初の全日本吹奏楽コンクール出場、2023年度に就任した京都両洋高校吹奏楽部では就任1年7ヶ月後に創部初の全日本マーチングコンテスト出場を果たしている。
井上 善海(いのうえ ぜんかい、1954年 - )は、日本の… 井上 善海(いのうえ ぜんかい、1954年 - )は、日本の経営学者、九州情報大学助教授、広島大学大学院教授、東洋大学教授、法政大学大学院教授を経て、現在、九州情報大学・大学院教授。経営学専攻で、専門分野は経営戦略論、事業創造論、中小企業経営論。“理論と実践の融合”をコンセプトに、長年にわたって多角的な視点から企業経営を研究している。2018年(ー現在)「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞実行委員会副委員長・審査委員、2018年(ー現在)日本マネジメント学会常任理事、2019年(ー2025年)日本経営学会常任理事、2020年(ー現在)人を大切にする経営学会副会長。2021年(ー2024年)経営行動研究学会副会長。
吉武 博通(よしたけ ひろみち、1954年 - )は、日本の… 吉武 博通(よしたけ ひろみち、1954年 - )は、日本の経営学者。筑波大学名誉教授、情報・システム研究機構監事、学校法人東京家政学院理事長。筑波大学理事・副学長、お茶の水女子大学監事、東京都公立大学法人理事などを務めた。専門は経営管理論、大学経営論。 1954年大分県に生まれる。大分県立大分舞鶴高等学校を卒業後、九州大学法学部に入学し、1977年の卒業とともに同年新日本製鐵に入社。同社総務部組織室長、ステンレス事業部光製鉄所総務部長などを経て、2003年に筑波大学社会工学系教授に着任する。翌年、筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授、学長特別補佐となり、2006年に理事・副学長、2009年に大学研究センター長に就任する。
藤澤 文洋(ふじさわ ふみひろ、1954年 - )は東京都立… 藤澤 文洋(ふじさわ ふみひろ、1954年 - )は東京都立国立高等学校英語科教諭。元大リーグ解説者。 宮崎県生まれ。宮崎県立延岡高等学校、東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。 1977年にアメリカ野球愛好会を設立し、1979年以来代表を務めている。 本業は公立高等学校の教員(地方公務員)。東京都立八王子東高等学校教諭を経て、2008年より東京都立国立高等学校英語科教諭。 大学在学中以来アメリカ各地を巡り、すでに廃止された球場を含め、現在までに大リーグ球団の本拠地を40箇所以上訪れている。 アメリカ球界の選手、関係者に知己も多く、これまで、NHK(衛星第1テレビ放送)の大リーグ中継では1987年の放送開始以来解説者を務め、1996年からはスカイパーフェクTV!の解説者などを歴任した。
桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史… 桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史研究家。武蔵野大学政治経済研究所客員研究員 鹿児島県出水市出身。鹿児島県立出水高等学校卒業。1979年立命館大学文学部東洋史学専攻卒業。歴史関係出版社の編集長を経て、編集プロダクションを設立。戦国史、主に薩摩島津氏の研究が多く、『真説 関ヶ原合戦』(学習研究社,2000年)、『真説 本能寺』(学習研究社2001年)などの実証的な書籍も執筆している。 在野の研究者ではあるものの、桐野の研究は歴史学界でも肯定的に評価されている。本能寺の変について朝廷黒幕説を唱えていることで知られていたが、後に明智光秀の単独犯行であるものとして黒幕説を否定するようになった。
酒匂 一郎(さこう いちろう、1954年-)は、日本の法学者… 酒匂 一郎(さこう いちろう、1954年-)は、日本の法学者。法学博士、九州大学名誉教授。専門は法哲学(法理学)で、法システムの基本構造の他、多文化主義をめぐる現代正義論、情報社会の秩序問題、生命倫理と法、グスタフ・ラートブルフ及び関連の法思想、法的思考の比較思想史などについて研究。 1973年3月鹿児島県立加治木高等学校卒業。同年4月に九州大学法学部へ入学し、1978年3月に卒業。同年4月、九州大学大学院法学研究科基礎法学専攻へ進学し、1980年3月に修士課程修了、1984年3月に博士課程単位取得退学。同年4月から1986年3月まで九州大学法学部助手を務める。1987年3月に論文「全体性の法思想 その構造と展開」で九州大学より法学博士号授与。
月野木 隆(つきのき たかし、1954年 - )は、日本の映… 月野木 隆(つきのき たかし、1954年 - )は、日本の映画監督。 鹿児島県霧島市横川町出身。市立横川中学校時代は、剣道部で活躍した。昭和48年県立加治木高等学校卒業・映画監督・今村昌平主宰の横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を1975年に1期生として卒業後、今村に師事した。『楢山節考』『女衒』『黒い雨』等の助監督を務め、『白い犬とワルツを』で監督デビューした。北野武の『その男、凶暴につき』の助監督も務めた。
楠元 香代子(くすもと かよこ、1954年 - )は、日本の… 楠元 香代子(くすもと かよこ、1954年 - )は、日本の彫刻家。崇城大学名誉教授、鹿児島市立美術館第16代館長。日展会員、日本彫刻会会員。 鹿児島県霧島市出身(旧:国分市出身)。鹿児島県立国分高等学校で美術部に所属。鹿児島大学教育学部美術科で彫刻家の中村晋也に師事。学生時代に仲間と3人で鹿児島女流彫塑会を立ち上げ、毎年展覧会を開催する。1975年に日展初入選。1977年、日展新人選抜展出品。1979年、東京学芸大学大学院修士課程修了。高等学校や崇城大学などで後進を育成しながら彫刻制作を続け、日展などの公募展で精力的に作品を発表。1980年、白日会会員推挙。同年、日本彫刻会会員推挙。1991年、日展会員推挙。
上甫木昭春(かみほぎ あきはる、1954年 - )は、日本の… 上甫木昭春(かみほぎ あきはる、1954年 - )は、日本の造園学者。大阪府立大学大学院生命環境科学研究科教授。学術博士。専門分野は、緑地計画および地域生態学。大阪府、兵庫県、神戸市、豊中市、吹田市、大阪狭山市などにおいて、土地利用審査会、河川審議会、都市計画審議会、環境審議会、文化財審議会などの委員を務める。社会的活動は「大阪湾見守りネット」や「阪神・都市ビオトープフォーラム」など。 鹿児島県生まれ。1979年大阪府立大学大学院農学研究科農業工学専攻修士課程修了後、株式会社景観設計研究所、兵庫県立人と自然の博物館などを経て現職。 主な著書として、『検証・学校ビオトープ』(大阪公立大学共同出版会、2009)、『大阪湾の自然と再生』(大阪公立大学共同出版会、2008)、『生態学からみた里やまの自然と保護』(講談社、2005)、『農学から地域を考える』(大阪公立大学共同出版会、2003)、『身近な森の歩き方』(文英堂、2003)などを分担執筆。
二木 昭人(ふたき あきと、1954年 - )は、日本の数学… 二木 昭人(ふたき あきと、1954年 - )は、日本の数学者。学位は、理学博士(東京大学)。東京工業大学名誉教授。専門分野は微分幾何学。ケーラー・アインシュタイン計量の存在に関する二木不変量の構成で知られる。千葉大学を経て、東京工業大学助教授、教授、東京大学教授を歴任。日本数学会の「幾何学賞」「秋季賞」を受賞。
清水 康夫(しみず やすお、1954年 - )は、日本の工学… 清水 康夫(しみず やすお、1954年 - )は、日本の工学者、技術者。群馬県藤岡市出身。本田技研工業の本田技術研究所主任研究員。自動車技術会会員・日本機械学会会員。電動パワーステアリング(EPS)の発明者。可変ギヤ比ステアリング(VGS)の発明者。
加藤 青延(かとう はるのぶ、1954年 - )は、日本のジ… 加藤 青延(かとう はるのぶ、1954年 - )は、日本のジャーナリスト、NHK専門解説委員。NHK中国総局長、NHK解説主幹等を経て、武蔵野大学特任教授、国立大学法人東京外国語大学経営協議会委員。ギャラクシー賞優秀賞受賞。 東京都世田谷区[要出典]出身。お茶の水女子大学附属中学校、東京都立青山高等学校を経て、1978年東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。同年4月日本放送協会(NHK)に入局。報道局国際部から1987年に NHK香港支局長となり、2年間の勤務を経て、 1989年NHK北京支局特派員となる、NHK北京支局 特派員時代は天安門事件の発生時に 緊迫の中国情勢を現地から取材、4年間の勤務を経て、1993年よりNHK北京支局長に就任。
永田 雅一(ながた まさかず、1954年(昭和29年) - … 永田 雅一(ながた まさかず、1954年(昭和29年) - )は静岡県出身の海洋動物学者・海洋ジャーナリスト。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業。様々な海洋調査・研究に参加し、海洋ドキュメンタリー番組の企画やリポート活動、海洋専門誌への執筆活動などを行う。
小林 傳司(こばやし ただし、1954年 - )は、科学哲学… 小林 傳司(こばやし ただし、1954年 - )は、科学哲学者、大阪大学教授。洛星高等学校卒、1978年京都大学理学部生物学科卒、1983年東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。1987年福岡教育大学講師、助教授、1990年南山大学人文学部助教授、教授、2005年大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授、副センター長を歴任。現在は、大阪大学理事(教育担当)、副学長。専門は、科学哲学・科学技術社会論。
中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライ… 中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライター、漫画評論家。
阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋… 阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋史学者、第19代青山学院大学学長。 宮城県仙台市生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業、東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程退学。1985年より青山学院大学文学部史学科専任講師。助教授を経て、1999年より同大学教授となった。2016年より文学部長・大学院文学研究科長、2017年より副学長・青山スタンダード教育機構機構長、2018年より学校法人青山学院評議員。2019年より学長を務めている。 専門は古代ローマ史。西洋史研究会、日本西洋史学会、キリスト教史学会等に所属。
日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の… 日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の翻訳家。翻訳学校ユニカレッジ講師。筆名に「日暮まさみち」。日本推理作家協会会員、日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員。 千葉県千葉市出身。小学生の頃からホームズ物語のとりこになる。青山学院大学理工学部物理学科卒業。同大学の推理小説研究会に所属。 在学中にミステリーの翻訳をはじめ、著作権代理店、出版社など十年間の会社勤務の後に翻訳家として独立。ミステリー、SF、コンピュータ書など、幅広い分野の訳書がある。 2023年、『シャーロック・ホームズ・バイブル 永遠の名探偵をめぐる170年の物語』で第76回日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞。
古草 秀子(ふるくさ ひでこ、1954年- )は、日本の翻訳… 古草 秀子(ふるくさ ひでこ、1954年- )は、日本の翻訳家。 青山学院大学文学部卒業。ロンドン大学アジア・アフリカ研究院を経て、ロンドン大学経済学院大学院で国際政治学を専攻。
齋藤 貢(さいとう みつぐ、1954年- )は、日本の詩人。… 齋藤 貢(さいとう みつぐ、1954年- )は、日本の詩人。本名は齋藤貢一。 福島県生まれ、いわき市在住。茨城大学卒。1979年に教員となり、福島県立小高商業高等学校や福島県立郡山東高等学校の校長を歴任。詩誌「白亜紀」「歴程」同人。福島県現代詩人会理事長。日本ペンクラブ会員。1987年、第40回福島県文学賞受賞(詩集『奇妙な容器』にて)。2019年『夕焼け売り』で現代詩人賞受賞。
清水 与志雄(しみず よしお、1954年- )は、日本基督教… 清水 与志雄(しみず よしお、1954年- )は、日本基督教団の正教師(牧師)である。福島県西白河郡の日本基督教団川谷教会で主任牧師を務める。祖父は桜美林学園創立者の清水安三。 1954年小田原市の病院にて出生。開校して間もない都立の全寮制男子高等学校秋川高校に入学し、その頃から人生の目的を見い出せずに悩む。統一協会に勧誘され、卒業後桜美林大学経済学部に進み「ホーム生活」をするようになる。 祖父が著名な牧師であったことから、神学研究の思いやみがたく、同志社大学神学部に転入する。当初は統一協会員として学んでいたが、真の神イエス・キリストへの「回心体験」をして脱会した。 その後数年間、「自分ははたして何をしたかったのか」と自問自答する中で「神への献身」を決心。
高梠 真一(こうろぎ しんいち、1954年 - )は、日本の… 高梠 真一(こうろぎ しんいち、1954年 - )は、日本の会計学者。管理会計論、原価計算論、会計史専攻。久留米大学教授。元日本会計史学会会長。 熊本県熊本市生まれ。1977年大分大学経済学部卒業。1979年大分大学大学院経済学研究科修士課程修了。中九州短期大学助手、中九州短期大学専任講師、中九州短期大学助教授、九州共立大学専任講師、九州共立大学助教授を経て、1989年久留米大学商学部助教授。1993年イリノイ大学客員研究員。1997年久留米大学商学部教授。2003年年神戸大学博士(経営学)。2008年ハグレー博物館と図書館客員研究員。2009年日本会計史学会会長。2014年大学基準協会評価委員。
金花 芳則(かねはな よしのり、1954年〈昭和29年〉 -… 金花 芳則(かねはな よしのり、1954年〈昭和29年〉 - )は、日本の実業家、技術者。 兵庫県神戸市出身。父も川崎重工業の技術者だった。兵庫県立神戸高等学校を経て、1976年大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、川崎重工業入社。 2007年車両カンパニープロジェクト本部長、2009年執行役員、2011年常務執行役員、2012年常務取締役マーケティング本部長、2013年代表取締役常務車両カンパニープレジデント、2016年代表取締役副社長、2018年代表取締役社長執行役員CEO、2020年代表取締役会長。2021年取締役会長。 日本鉄道車輌工業会の会長を務め、2018年5月に一度退任したが、2020年5月に再び会長に就任している。
高田 珠樹(たかだ たまき、1954年 - )は、日本の哲学… 高田 珠樹(たかだ たまき、1954年 - )は、日本の哲学研究者、大阪大学教授。 福井県生まれ。1976年大阪外国語大学ドイツ語科卒、1981年京都大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程満期退学。大阪外国語大学助教授、1998年教授、2007年大阪大学コミュニケーションセンター教授。妻はドイツ文学者・思想史研究者の高田里惠子。
西岡 久美子(にしおか くみこ、1954年 - )は、日本の… 西岡 久美子(にしおか くみこ、1954年 - )は、日本の数学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は超越数で、Mahler関数の理論に関する研究を行っている。
平沢 安政(ひらさわ やすまさ、1954年 - )は、日本の… 平沢 安政(ひらさわ やすまさ、1954年 - )は、日本の教育学者。多文化教育研究の第一人者。大阪大学教授。 大阪府生まれ。1978年大阪大学人間科学部卒業、羽曳野市立羽曳野中学校教諭。在職中にフルブライト奨学生となり、ハーバード大学教育大学院修士課程に入学。1982年修士課程修了後、同年7月に教員を退職。1984年ハーバード大学教育大学院博士課程単位取得退学。1984年から1992年まで国際会議同時通訳者を務めた。1989年ハーバード大学教育大学院博士号取得。1992年大阪大学人間科学部助教授、1996年同教授。2012年人間科学研究科・学部長。2017年大阪大学を定年退職、同大学名誉教授。
広岡 裕児(ひろおか ゆうじ、1954年 - )はフランス在… 広岡 裕児(ひろおか ゆうじ、1954年 - )はフランス在住のジャーナリスト。 神奈川県川崎市出身。大阪外国語大学フランス語科卒。卒業後はパリ第三大学映画科に留学する。その後、フランスに留まりジャーナリストとして活動する。パリ郊外の自治体プロジェクトに参加し、この他、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。
前川 輝光(まえかわ てるみつ、1954年 - )は、日本の… 前川 輝光(まえかわ てるみつ、1954年 - )は、日本の宗教学者。亜細亜大学国際関係学部教授。専門は、インド宗教・文化論。 熊本県出身。大阪外国語大学ヒンディー語学科卒業、東京外国語大学大学院修士課程修了、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。文学博士。1994年、『マックス・ヴェーバーとインド』で中村元賞受賞。 血液型と性格の関係に肯定的な立場で『血液型人間学―運命との対話』を1998年に出版。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
森栗 茂一(もりくり しげかず、1954年 - )は、日本の… 森栗 茂一(もりくり しげかず、1954年 - )は、日本の都市民俗学者。神戸学院大学教授、都市住宅学会理事。 兵庫県神戸市長田区に生まれる。大阪教育大学卒業後、高校教師を経て1990年に大阪外国語大学助教授となる。その後、教授に昇進した。2007年の大学併合により大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授となる。1992年から1995年まで、国立歴史民俗博物館民俗研究部客員助教授も兼務した。 この間の2004年に「河原町の歴史と都市民俗学」で國學院大學から博士(文学)の学位を取得した。 2020年に大阪大学を退職して神戸学院大学人文学部教授となる。大阪大学では招へい教授となった。2025年春(2024年度末)をもって神戸学院大学を退職予定。
石田 修一(いしだ しゅういち、1954年 - )は、日本の… 石田 修一(いしだ しゅういち、1954年 - )は、日本の北海道出身の音楽科教諭。 柏市立柏高等学校吹奏楽部総監督、千葉県吹奏楽連盟副理事長、全日本吹奏楽連盟東関東支部理事、日本音楽教育文化振興会評議委員、日本管打吹奏楽学会副執行役員、日本高等学校吹奏楽連盟常任理事、日本バンドクリニック委員会委員、柏の葉吹奏楽団音楽監督、柏市民吹奏楽団顧問、尚美ミュージックカレッジ専門学校管弦打楽器学科客員教授、開智国際大学教育学部教授、開智アカデミックウインドオーケストラ顧問。 1954年、北海道札幌市で生まれる。小中学生時代を福岡県北九州市で過ごし、フルートやトランペット、ピアノを学ぶ。大阪芸術大学芸術学部音楽学科へ進学。
山田 和(やまだ かず、1954年 - )は、現代美術家、陶… 山田 和(やまだ かず、1954年 - )は、現代美術家、陶芸家。 愛知県常滑市に生まれる。1976年、大阪芸術大学芸術学部工芸学科陶芸コース卒業。卒業と同時に越前陶芸村に築窯。加藤唐九郎に師事。志野を中心に、赫釉織部や青織部などを制作。祖父は二代山田常山(本名:誠)、父は山田健吉(常滑焼日展作家)、伯父は三代山田常山(本名:稔、常滑焼人間国宝)。次男の山田大、甥も陶芸家。 1988年、ドイツにて穴窯制作(ヤン・コルヴィツ陶房)。記録映画「炎より生れる」制作に参加(マークスツエルナープロダクション)。1989年、ドイツにて作品制作、初窯。2020年、イギリス、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に作品収蔵、展示。
濱 隆(はま たかし、1954年 - )は、大阪府出身の日本… 濱 隆(はま たかし、1954年 - )は、大阪府出身の日本の一級建築士。大和ハウス工業取締役常務執行役員、環境エネルギー事業担当。 1976年大阪工業大学工学部建築学科を卒業後、大和ハウス工業入社。1999年倉敷支店長。2002年総合技術研究所所長。2003年に同社執行役員、技術本部総合技術研究所長に就任。2007年より同社取締役常務執行役員。2006年に25年間採用していた戸建て住宅の工法を刷新する新商品「xevo」(ジーヴォ)を開発。耐震強度を維持しながら居住空間を広くする住宅を実現させた。ロボット、環境エネルギー事業など新規事業の立ち上げに関わり、スマートハウスの研究・開発も担当する。
柳川 賢次(やながわ けんじ、1954年 - )は、日本の建… 柳川 賢次(やながわ けんじ、1954年 - )は、日本の建築家。神戸市新開地デザイン委員もつとめる。 大阪府に生まれる。1977年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業する。瀧光夫建築・都市設計事務所に勤務し、一方母校の大阪工業大学工学部建築学科建築計画増田研究室の研究生ともなる。研究テーマは「LE CORBUSIERの空間構造」。1978年に研究生を修了した。 1983年、一級建築士事務所「柳川賢次建築設計事務所」を開設する。1988年、有限会社柳川賢次建築設計事務所に商号を変更した。 2025年、有限会社アーキネイトに商号を変更
風谷 昌彦(かぜたに まさひこ、1954年 - )は、中小企… 風谷 昌彦(かぜたに まさひこ、1954年 - )は、中小企業診断士、株式会社アズマネジメントコンサルティング代表。 現在、一般社団法人大阪中小企業診断士会理事長。公認不動産コンサルティングマスター等の資格も有する。大阪経済大学中小企業診断士登録養成課程講師。 1954年大阪市生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科修了。不動産会社を経て、1993年独立。センテクス総合開発株式会社代表取締役。 著書に『商業まちづくり・ネットワーク』(共著、ミネルヴァ書房、2005年)などがある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
都留 康(つる つよし、1954年 - )は、日本の経済学者… 都留 康(つる つよし、1954年 - )は、日本の経済学者。専門は、労働経済学・労使関係論・人的資源論。一橋大学名誉教授。一橋大学経済研究所教授、カリフォルニア大学バークレー校経済学部フリーマン招聘教授等を務めた。Emerald Literati Network Awards for Excellence、進化経済学会賞受賞。 福岡県生まれ。父は都留大治郎九州大学名誉教授。1982年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。高須賀義博ゼミ出身。2002年『労使関係のノンユニオン化: ミクロ的・制度的分析』により審査員大橋勇雄、尾高煌之助、中馬宏之で、一橋大学より博士(経済学)の学位を授与された。
脇村 孝平(わきむら こうへい、1954年 - )は、日本の… 脇村 孝平(わきむら こうへい、1954年 - )は、日本の経済学者。大阪市立大学教授を経て、大阪経済法科大学副学長。アジア経済史、インド経済が専門。元日本南アジア学会理事長。 西宮市生まれ。兵庫県立西宮高等学校卒業し、1972年に大阪市立大学経済学部に入学。3年生の時に低開発経済論ゼミを選択し、本田健吉のもとで南北問題について研究した。これをきっかけに研究者を目指すことを決意、2年間の浪人を経て1978年同大大学院経済学研究科へ進学。 前期博士課程では古賀正則に師事し独立後インドの農業問題を、後期博士課程では当初は杉原薫、後に中岡哲郎の指導を受け経済史研究に本格的に取り組むようになった。1986年から2年間、文部省主催の「アジア諸国等留学生」としてデリー大学デリー・スクール・オブ・エコノミクスに留学。
楠木新(くすのき あらた、1954年 - )は、日本のビジネ… 楠木新(くすのき あらた、1954年 - )は、日本のビジネス評論家。元神戸松蔭女子学院大学人間科学部都市生活学科教授。神戸新開地・喜楽館アンバサダー。 神戸市生まれ。京都大学法学部卒業。大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長等を経験。47歳の時うつ状態で休職。その後、50歳から勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。大阪府立大学大学院経営学研究科でMBAを取得。関西大学商学部非常勤講師を務める。2015年60歳で定年退職。神戸松蔭女子学院大学非常勤講師を経て、2018年4月より神戸松蔭女子学院大学人間科学部都市生活学科教授。2022年3月大学を退任。
王 敏(オウ ビン又はワン ミン、1954年 - )は、中国… 王 敏(オウ ビン又はワン ミン、1954年 - )は、中国出身の作家、研究者。法政大学名誉教授、周恩来平和研究所所長。研究領域:比較文化研究、国際日本学研究、宮沢賢治研究、日中交流史研究(治水神・禹王研究 周恩来及び中国の日本留学研究)、漢字文明と伝統文化の現代的価値の研究、グローバルコミュニケーション研究。 1954年中国河北省承徳市生まれ。1977年、大連外国語大学日本語学部卒業。四川外国語大学大学院(日本文学)修了、同学院専任講師。文化大革命後初の論文審査による日本の国費留学生として1982年1月、宮城教育大学に留学。2000年、お茶の水女子大学で人文科学博士号(比較文化)学位を取得(博士論文:「宮沢賢治と中国」)。
佐藤 雄二(さとう ゆうじ、1954年 - )は、日本の海上… 佐藤 雄二(さとう ゆうじ、1954年 - )は、日本の海上保安官。海上保安庁長官、運輸安全委員会委員。 1954年生まれ。1977年海上保安大学校通信科卒業。巡視船「いず」の三席通信士として海上保安官人生を歩み始める。1989年「くにさき」の首席通信士に赴任、特別警備隊の規制班長として警備実施を担当する。1990年関西国際空港海上警備隊隊長。1991年プルトニウム輸送船警乗隊隊長。2001年特殊警備隊(SST)の基地長に就任し、SSTの総指揮を行う。 2003年第三管区海上保安本部警備救難部長、本庁勤務を経て2010年第十管区海上保安本部長、2012年海上保安庁警備救難部長。2013年警備救難監、初代海上保安監。
山﨑 達彦(やまさき たつひこ、1954年/1955年 - … 山﨑 達彦(やまさき たつひこ、1954年/1955年 - )は、日本の実業家。アストモスエネルギー代表取締役社長や、同社代表取締役会長、日本LPガス協会会長、日本LPガス団体協議会会長を務めた。 1977年香川大学経済学部卒業、出光興産入社。2003年出光ガスアンドライフ常務。2006年アストモスエネルギー常務。2010年アストモスエネルギー専務。2011年からアストモスエネルギー代表取締役社長を務め、日本LPガス協会会長や日本LPガス団体協議会会長も兼務した。2014年アストモスエネルギー代表取締役会長。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
小畑 芳和(おばた よしかず、1954年 - )は、日本のテ… 小畑 芳和(おばた よしかず、1954年 - )は、日本のテレビプロデューサー。元フジテレビKIDS代表取締役社長。 学習院大学卒業後にフジテレビに入社。 数々の番組のディレクターを経て、1989年に「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のプロデューサーとなり、人気番組に導く。その後編成制作局バラエティ制作センターゼネラルプロデューサーを歴任し、2000年設立のフジテレビ関連子会社、フジテレビKIDSの代表取締役社長に就任。 J-POPを好み、手がけた番組では随所に音楽を取り入れたり、まだ評価の高くないタレント・俳優・歌手の才能を見抜いて担当番組に出演させたり、更には流行の最先端を推測して番組に取り入れる等のこだわりを持つ(この手法は、後に部下である水口昌彦ときくち伸らフジテレビ音組に多大な影響を与えている)。
秋吉 博之(あきよし ひろゆき、1954年 - )は、日本の… 秋吉 博之(あきよし ひろゆき、1954年 - )は、日本の教育学者、和歌山信愛大学教育学部教授。専門は理科教育学、子ども環境学。 1954年福岡県久留米市生まれ。1980年鹿児島大学農学部農芸化学科卒業。2004年神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程修了、博士(学術)。 食品会社勤務(品質管理)、神戸市立葺合中学校教諭、兵庫教育大学附属中学校文部教官教諭、国際協力機構(JICA)ケニア中等理数科教育強化プロジェクト技術協力専門家(生物教育)、就実大学教育学部初等教育学科教授、就実大学大学院人文科学研究科初等教育学専攻(新設)教授、大阪教育大学教育学部実践学校教育講座理科教育学研究室教授、大阪教育大学大学院連合教職実践研究科(新設)教授等を経て、2019年4月より和歌山信愛大学教育学部(新設)教授。
瀧澤 寿美雄(たきざわ すみお、1954年 - )は、日本の… 瀧澤 寿美雄(たきざわ すみお、1954年 - )は、日本の経営コンサルタント。スペイン、メキシコ、オーストラリア、カリフォルニア州など在日の諸外国の貿易・投資機関勤務を経て、2006年から2013年までメキシコ大使館経済省駐日代表部に勤務。その後、ジェトロ新興国進出支援メキシコ専門家として、日本の中小企業を支援する。2014年12月、この貴重な経験を生かすべく、日本とメキシコにおける輸出入促進と日本企業のメキシコ直接投資誘致に関するサービスを提供するため、株式会社メヒココンサルティングを立ち上げ、代表取締役に就任し、今日に至る
寺﨑 浩子(てらさき ひろこ、1954年 - )は、日本の医… 寺﨑 浩子(てらさき ひろこ、1954年 - )は、日本の医師、医学者。名古屋大学未来社会創造機構特任教授。名古屋大学第11代眼科学教授。名古屋大学名誉教授。前日本眼科学会理事長。医学博士(名古屋大学)。1999年に、名古屋大学医学部初の女性教授となる。寺崎浩子と表記されることがある。 静岡市生まれ。1973年、静岡県立静岡高等学校卒業。1980年、金沢大学医学部卒業。1984年、名古屋大学大学院医学研究科修了。静岡済生会総合病院勤務。1997年、ハーバード大学網膜硝子体メディカルフェローシップ修了。ハーバード大学客員講師。1998年、名古屋大学医学部眼科学助教授。1999年、名古屋大学大学院医学系研究科 頭頸部・感覚器外科学講座 感覚器障害制御学教授。
仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の… 仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の自動車デザイナー。現職は、三菱自動車工業の執行役員、及び北米本部長。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、金沢美術工芸大学卒業。1977年、三菱自動車工業入社。1987 - 88年のカリフォルニア駐在等を経て同社欧州法人のデザインスタジオであるミツビシ・デザイン・ヨーロッパ(MDE、ドイツ・ヘッセン州Trebur)においてゼネラル・マネジャーを務める。2004年6月、三菱自動車工業デザインセンター長に就任、2006年6月からは同社執行役員を兼務する。2009年2月にデザイン部門から離れ、以後アジア・アセアン本部長、ミツビシ・モーターズ・ヨーロッパ社(Mitsubishi Motors Europe BV)の取締役社長を歴任。
入江 文敏(いりえ ふみとし、1954年 - )は、日本の考… 入江 文敏(いりえ ふみとし、1954年 - )は、日本の考古学者。関西大学文学部非常勤講師。専門は古墳時代史。小浜市・若狭町・高島市歴史文化基本構想等策定委員。 福井県出身。若狭地方の小学校、中学校社会科教諭、福井県立若狭歴史民俗資料館文化財調査員、福井県立若狭東高等学校社会科教諭を経て、1996年から2015年までの19年間、福井県立若狭高等学校社会科教諭(日本史)兼、教育相談室室長を歴任。 長年にわたり、若狭地方の古墳時代の遺跡調査にたずさわっており、現在は、全国各地でシンポジウムや講演等を行っている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
関谷 一彦(せきたに かずひこ、1954年 - )は、日本の… 関谷 一彦(せきたに かずひこ、1954年 - )は、日本のフランス文学者、関西学院大学法学部教授。 18世紀のフランス文学を専門とするが、啓蒙思想やエロティシズムなど研究対象は比較的広い。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
中農 一也 (なかのう かずや、1954年 - )は、学校法… 中農 一也 (なかのう かずや、1954年 - )は、学校法人誠和学院・姫路建設専門学校校長、日本工科大学校理事長。揖保川流域懇談会 委員。 1977年関西大学工学部建築学科卒業後、1978年末吉栄三研究室、1982年から1999年まで那覇市役所に所属。教育委員会、都市計画部、土木部を渡り開かれた学校施設づくり、文化遺産を活かしたまちづくり、亜熱帯庭園都市をコンセプトにした都市デザインなど行政アーバンデザインに携わるほか、糸満兼城の家など手掛ける。 1999年から、学校法人誠和学院理事長に就任。 2001年日本建築学会九州支部業績賞。2018年兵庫県から兵庫県功労者表彰。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
乳原 孝(うはら たかし、1954年 - )は、日本の西洋史… 乳原 孝(うはら たかし、1954年 - )は、日本の西洋史の研究者。京都先端科学大学名誉教授。 1954年 大阪府東大阪市に生まれる 1975年 関西学院大学文学部史学科入学 1979年 関西学院大学文学部史学科卒業 1981年 同大学大学院文学研究科修士課程修了 1984年 同大学院文学研究科博士課程単位取得、予備校講師 1998年 京都学園大学経営学部助教授 2003年 京都学園大学経営学部教授 2015年 京都学園大学人文学部歴史文化学科教授 2019年 京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授 2020年 京都先端科学大学人文学部歴史文化学科特任教授 2023年 京都先端科学大学名誉教授 専門はアンデス、マヤなど古代ギリシア史、近世イギリスを中心とした西洋史の研究や日本の俳句史である。
月泉 博(つきいずみ ひろし、1954年 - )は、日本の流… 月泉 博(つきいずみ ひろし、1954年 - )は、日本の流通コンサルタント、商業開発ディレクター。株式会社シーズ代表取締役社長、株式会社ドン・キホーテ顧問。 関西学院大学法学部卒業。山一證券、流通誌編集記者などを経て、1991年に株式会社シーズを設立した。商業、流通に関する著述、講演活動、セミナー行っている。著書、論文多数。